Missing Powers

C-4、魔法の森。
瘴気に包まれ、鬱蒼とした木々を揺らしているのは『衝撃の余波』。
衝撃は周囲の葉を撒き散らすように吹き飛ばす。
始まった『力と力の衝突』による影響。
殺し合いの開始から時刻はまだ間もない。
だが、既にこの地で熾烈な戦闘は始まっていた。
二人の『鬼』が、激突していたのだ。


―――鋭い眼差しと共に拳を構える少女が一人。

「ふーッ…!」

息を吐き、気を引き締めつつもどこか楽しむかの如く少女は笑みを浮かべる。
少女の名は『伊吹萃香』。
幻想郷最強の妖怪である「鬼」の一人、「山の四天王」の一角。
小さな百鬼夜行。かつてとある異変を引き起こした『主犯』の妖怪。
巨大な鉄製の塔を背に、彼女は拳を構えている。

「全く…『始まり』から、とんでもなさそうなヤツがおいでなすったね」

迫り来る『敵』を見据え、笑みを浮かべながら萃香は呟く。
傷を負いながらも、決して臆することも無く身構え続けている。
「一体何なんだ?鬼…にも似ているが、明らかに違う―――」
雑草を踏み躙りながら突っ切るように大地を蹴り、萃香の方へと『敵』は迫る。

それはまるで彫刻のように整った筋肉質な身体。
吹き荒れる熱風に当てられているかの如く靡いている朱色の髪。
そして、萃香たち「鬼」にも似ているのは頭部から生える一対の角。
圧倒的なプレッシャーと殺意を纏い、『暴風』は木々の間を駆け抜ける。

『柱の男』―――『サンタナ』。

吸血鬼をも超越する、究極生物の一人。

「―――ま、相手が何だろうと構わないけどねッ!」
強大な敵を前にしても、彼女が怯むことは無い。
むしろ、彼女の中の『鬼』の血が滾りを見せていた。
交戦を始めてからさほど時間は経っていないが、少なくともあの吸血鬼の娘以上のパワーを感じられた。
成る程、これは中々楽しめそうじゃないか…!



―――萃香の『ゲーム』の始まりは、魔法の森の中だった。
まさか自分が『攫われる』立場になってしまうとは夢にも思わなかった。
荒木飛呂彦に、太田順也という二人の人間が開催した『殺し合い』。
妖怪の山に住まう神を平然とみせしめにし、殺戮を強要するあいつらに従うつもりは無い。
あの二人に『鬼』の力を存分に見せつけてやる。
彼女がこの殺し合いへの『反抗』を目的とすることにさしたる時間はかからなかった。
だが、殺し合いは許容せずとも純粋な闘いとなれば話は別だ。
鬼は純粋に『闘い』を好む。強者との戦闘ならば当然の如く喜んで受けて立つ。
そんな彼女が最初に出会ったのが、あの『鬼のような男』だ。
彼は萃香を発見するなり、彼女の呼びかけを遮り躊躇無しに攻撃を仕掛けてきたのだ。

早速凶暴な『獣』が姿を表すとは思っても見なかった。
だが、彼女は同時に見抜いていた。目の前の男の強大さに。
自分を楽しませてくれるであろう、大いなる『力』の持ち主であるということに―――!

「はぁッ!!」

その掌に形成するのは火球。迫り来るサンタナ目掛け、勢いよくそれを放つ。
霊力で形成した『鬼火』。まずは牽制目的の攻撃。
そのまま火玉は複数に拡散し――サンタナに一斉に叩き込まれる!

「…!」

サンタナの表情が僅かながらも歪む。
見慣れぬ力。奇妙な術を前に、彼は対処する間もなく怯まされる。
叩き込まれた火球は彼の胴体の一部分を焼き、その動きを一瞬止めることに成功した。

―――だが、あくまで『一瞬』。

胴体に負った火傷はブジュル、ブジュルと気味の悪い音を立てながら―――少しずつ塞がっていく。
何を映し出しているのかも解らぬ瞳が、真っ直ぐに萃香を捉えている。
一片の表情すらも見せぬ顔で、萃香を『視』る。
徐々に治癒していく傷を意にも介さぬまま、その両足の筋肉を躍動させる。
猛獣の如く荒々しく地を蹴り、萃香目掛け―――サンタナは一気に接近するッ!!

「おっと―――!」
接近と共に放たれた右拳を、萃香は身を屈めて躱す。
小柄な体格に助けられ、そして鬼としての高い身体能力によって回避に成功する。
右拳のストレートを回避されながらも、サンタナは慌てることも無く全身の筋肉に可能な限りの強靭な力を籠める。
強力な弾丸のような拳撃を、鎌の如く刈り取るような蹴りを次々と放つ。
しかし、萃香の動きはあくまで冷静。サンタナの放つ体術を屈んで躱す、跳ぶように躱す、後方に下がり躱す。


回避に徹する彼女は冷静にサンタナの動きを把握し、観察する。

(…確かに、身体能力は大したものだ。だけど―――)
やはり身体能力は相当高い。『力』と『敏捷性』を十二分に兼ね備えている。高い戦闘センスも感じられる。
だが、落ち着いて観察すれば気付ける。その動きは大雑把、そして力任せであるということに。
攻撃の動作が雑と言ってもいい。優れた戦闘技術があるワケでもなく、高い身体能力を強引に振り回しているだけの攻撃だ。
恐らく、単純な体術の技量では自分の方が上なんじゃないかと思える程。

だが、そんな戦闘でも格下の相手…そう、そこいらの人間や妖怪にとっては高い身体能力だけで大きな脅威になるのも確かだろう。
そう考えると、目の前のこの男は「自分と同格の相手との戦闘経験」に乏しいということが容易に推測出来る。

ならば、対処はさほど難しくない。
冷静に相手の攻撃を見切り、隙を突けば…!

その直後のことである。
サンタナが右拳を強く握り締める。右腕の筋肉が、血管が大きく浮かび上がる。
そして、萃香に向けて屈強な筋肉をバネに渾身の突きを放ったのである―――!

(今――だァッ!)

―――サンタナの懐に素早く潜り込むように、萃香は拳を回避する!
至近距離にまで接近。サンタナの腹部を射程に完全に捉えた。もはや回避など不可能だろう。
今度は、こっちの攻撃だ―――!

「そぉぉぉ――――らッ!!!」

萃香が右腕を構え、勢いよく拳撃を放つ。そして―――『密と疎を操る能力』を発動!
パンチを放った右腕の『密度』を収束させ、拳から高熱を発生させる。
そのままサンタナ目掛け、『超高温』と『火玉』を纏った拳を叩き込んだのだ―――!

腹部に強烈な衝撃と熱が叩き込まれ、サンタナの身は仰け反る。
『鬼』のパワーを込めた拳撃、そして強力な『熱』による攻撃。
腹部は焼け焦がされ、同時に打撃により全身に轟くような衝撃に襲われる。
サンタナの口から真紅色の血液が吐き出される。一撃は、確実に入っている。
間髪入れずに萃香は、次の一撃を叩き込まんと左の拳に力を込める。

―――だが、サンタナは鈍痛を受けても尚、強引に動き出した。

「…!?」

サンタナが、拳が腹部にめり込んでいる萃香の『右腕』を無理矢理両手で掴んでいた。
そして―――萃香を引き離す訳でもなく、逆に引き寄せるかの様に。
力づくで右腕を『引っ張った』。



「ぐ、ああああぁぁぁっ!!!?」

突如として萃香の右腕に、今まで感じたことも無いような激痛が走る。
サンタナの腹部にめり込んでいた右拳が、逆に取り込まれ始めていたのだ。
まるで『喰われている』かのように、萃香の右腕はゆっくりと吸収されていた。
抵抗をするも、柱の男の腕力と『腹部に喰われて固定された萃香の右腕』が原因となり振りほどくことは出来ない。
不気味な肉塊のような音と共に、少しずつ、着実に萃香の右腕は取り込まれていく。
このままでは、右腕を全て『喰われる』…!


「…………何だ……コレ……は………?」


一言も語らなかった男が、口を開いた。
萃香の右腕を喰らいながら、サンタナは彼女を見下ろしていた。
立場が逆転した。今度はサンタナが萃香を眺めて『観察』しているのだ。

「人間や……………吸血鬼………ではない」

ボソボソと、うわ言のように淡々と言葉を発する。

「だが…………『俺』……とも………違う………………」

苦痛に喘ぐ萃香を見下ろしながら、彼は言葉を発し続ける。
相も変わらず無表情、そして無感情のままだ。ただし、萃香を見る瞳に浮かび上がるのは僅かながらの『好奇』。
奇妙な術を操り、自身と互角以上の『力』を持つ小娘。
明らかに人間ではない。それどころか、吸血鬼でもない。
自身の記憶に一切存在しない、全く『未知』の存在だ。一体、こいつは――――


直後にサンタナが重ねていた思考は打ち切られることになる。

萃香の姿が、突如として霧状になって拡散したのだ。
自身の身体の密度を可能なまでに下げたのだ。身体が『霧』と化すまでのレベルに。
そのまま霧と化した萃香は、瞬時にサンタナの背後に回る―――

「……!」

目を見開き、サンタナが振り返ろうとした時だった。

鋭い刃物で裂くような音がその場で響き渡る。
焼けるような痛みが右腕部に伝わる。

サンタナの右腕が、血を噴出しながら吹き飛んでいたのだ。

「――――GUUUUUOOOOOOOOOOO!!!」

激痛による絶叫を上げながらその右腕を残った左手で抑えるサンタナ。
瞬間。彼は己の身に起こったことを理解する。
振り返ると、あの小娘が左手に刃を血に濡らした『剣』を持った状態で着地していたのだ。
先程の『捕食』によって右腕を失いながらも、物ともせぬ様子だ。
傍らに転がっているのは中身を乱暴に開かれたデイパック。それは萃香が先程まで背負っていたものだ。

「ちょいと借りるよ‥天人の娘っ子!」


萃香の左手に握り締められていたのは彼女の支給品『緋想の剣』。
天人である比那名居天子が愛用する気質を操る能力を持つ剣。
相手の気質を見極め、確実に相手の弱点を突くことが出来る強力な武器である。
その能力により、再生能力を持つサンタナに確実な一撃とダメージを与えることに成功したのだ。

先程右腕を『吸収』をされたことで萃香は当然気付く。
この男に触れることは危険だ。まるで全身で捕食をしてくるかのような、奇妙な感覚だった。
触れた瞬間即座に吸収されるというワケではないらしいが、厄介極まりない。
あの再生能力を見る限り、弾幕で攻め続けた所でまともなダメージになるはずもない。
故に支給品であるこの剣を使ったのだ。相手の気質を読み、着実に弱点を突くことの出来る剣。
以前比那名居天子と闘った時に『こいつ』の強さは承知している。
事実、こうしてこの男に対し効果的なダメージを与えられているのだ。

その場で剣を手放し、彼女は咄嗟に開いた左手でもう一つの『支給品』を解き放つ。

「このまま、大人しくしてもらうよ」

萃香の懐から『鎖』が投げられる。
鬼である彼女を象徴する道具の一つである鉄の鎖。彼女のもう一つの支給品。
それは瞬時にサンタナの身体を縛り、彼の身動きを封じる。

「酔神「鬼縛りの術」!」

「…!?」
サンタナの身体が鎖によって雁字搦めに拘束される。
抵抗しようとするも、その身に力が入らない。
それもそのはず。この拘束は単なる鎖による妨害ではなく、スペルカードによる技。
能力によって相手の霊力や魔力を『散らす』ことがその真価。
サンタナは霊力を持たぬとはいえ、鬼の腕力と高い強度の鎖によってガッチリと縛られている。
故に抵抗をする度に疲労を大きく蓄積される。もはや無駄な抵抗と言ってもいい。
それでもサンタナは、必死に身体を動かし鎖を振りほどこうとする。


左手によって鎖を縛り上げる萃香は、サンタナを見下ろしていた。

「…まだ抵抗するかい?へぇ、根性があるのはいいことだ」
身体をよじらせるサンタナを見つつ感心したように萃香は呟く。
この男には随分と手間取らされた。まさか片腕を奪われるとは思っても見なかった。
真剣勝負を行わなくなってから久しい。それ故に少々腕が鈍っていたのかもしれない。
今回の闘いで彼女は再認識する。此処で行われるのは、正真正銘の『死闘』であると。
これから、もっと気を引き締めないといけないようだ―――そんなことを内心思い続ける。



「だけど、もう腹括りな」

未だに抵抗を続けるサンタナに対し、言葉を手向ける。


「私は出来ればトドメは刺したくないからね」

そう、命の奪い合いは自分の好みではない。
血腥い殺し合いなんかより、正々堂々とした真剣勝負を興じたいくらいだ。

「だから、このまま大人しく」



グシャリ。



「え?」

唐突に萃香の右足に走る熱。痛み。
瞬間、鎖を握り締めながら立っていた彼女の身体が大きく崩れる。
自らの体勢が崩れる中で彼女は気付く。

自身の右足に、『斬り飛ばしたはずのサンタナの右腕』が纏わりついていることを。
その右腕が、自身の右足を抉って『捕食』しているということを。

彼女が知る由もない。『肉体を遠隔操作出来る』という柱の男の能力を。
例えそれが攻撃によって切断された身体の一部であっても自在に操作出来るということを。

バランスを崩し、鎖を手放し体勢を崩した彼女の隙をサンタナが見逃すはずもなかった。

纏わりつく鎖を強引に振り払い、間接と骨格を滑らかに変形させながら―――跳び上がった。


「―――――ッ!!?」

萃香の目が驚愕で大きく見開かれる。

跳び上がったサンタナが、萃香の『右腕の切断面』の中へと強引に入り込んだのだ。
それはあまりにも不気味で、そして奇妙な光景だった。
肉体を変形させる男の身体が、萃香の『傷口』を無理矢理切り開くように押し込まれていくのだから。

―――入り込んでくる。

―――まずい。何なんだ、こいつは。このままだと、やばい―――!

必死で対処しようとしても既に遅い。
苦痛のような、快楽のような、奇妙な感覚が彼女の身にどっと襲いかかる。
そんな感覚に耐え切れぬまま、転がり落ちるように萃香はその場で転倒する。
そのままぐちゃり、ぐちゃりとサンタナの身体が――――萃香の身体へと『侵入』し。


萃香の身体が、爆ぜた。



◆◆◆◆◆◆




「……――――………」


勝敗が決した。

虚空を眺めるように、焦点の合わない瞳で萃香が仰向けに倒れている。
息絶え絶えに荒い息を吐く。彼女の命の灯火が消えかけているのは明白だ。
多量の血液と肉片が彼女を中心とし周囲に散らばっている。
もはや肉体の半分以上が原形を留めていない状態。
体内に侵入したサンタナが強引に内側から肉体を破裂させたのだ。

瀕死の萃香の傍で、サンタナは切断された右腕を接着させながら地に立っている。
自らの傷の状態を確認しつつ、萃香を見下ろした。

ゆっくりと萃香がその虚ろな眼を動かし、傍に立つサンタナを見る。

「……あぁ…………私の、負け……か………」

自嘲するような笑みを弱々しく浮かべながら、彼女はか細い声を発する。
あの主催者共に何ら抵抗も出来ないまま、死ぬのか。
無念だ。我ながら、情けない結末だ。
だけど、目の前の男に対する憎悪や憤怒は浮かばなかった。
これが『死』か、と言わんばかりの清々しい感情が胸の内で渦巻く。
千年以上の時を彷徨ってきたが、『終焉』というものは案外呆気無い。
自分に対し、自分でそんなことが思えてきた。

何も言わずに、サンタナは萃香を見下ろし続けている。
無言のまま、ピクリとも表情を動かさない。
目の前の少女に対し、思う所など無い。

「…なぁ…」

萃香が、サンタナへと顔を向けて声をかける。
突然の呼びかけに対し、彼は耳を傾けた。

そして、彼女の口から細々と…だが確かな問いかけが発せられた。


「……あんた、からは…何も感じなかった。信念も…魂も」

「見えたのは、ただ生きることへの執念だけ」

「本当に、それだけだ」

「…きっと…あんたは……空っぽの、存在。…生き残った先に…何を、見出すんだ?」


思うがままに、疑問を吐き出した。
目の前の男からは何も感じられなかった。闘いの際にも、何一つとして。
敢えて言うならば、生への執念だけだ。
幻想郷で出会ってきた連中とは違う。生きる意味も、愉しみも、信念も感じられない。
ただ獣のように、漠然と生きているだけの存在。
彼女には、男がそんな風にさえ思えたのだ。
憶測には過ぎない。だが、萃香は確信を以てその問いかけを投げていた。

サンタナは彼女の問いを聞いても尚、無表情のまま。
そして暫しの沈黙の後―――彼は口を開いた。


「…どうでも、いい」


淡々と、興味も無さげにただ短くそう言い放つ。


「……そうかい」

萃香の口元に、フッと笑みが浮かぶ。
その身に迫るサンタナの屈強な右脚を見て確信していた。
あぁ、ついに終わりが来たか、と。

生はこの世の夢幻。
酒と同じだ。一時の愉悦、享楽。
ま、欲を言えばもっとそんな美味な酔いを楽しみたかったんだけどね。

さて――――狂酔から、醒めるとするかな。



◆◆◆◆◆◆




瘴気に包まれた森の中を堂々たる姿で進むのは、一人の戦闘者。
柱の男の一人にして、戦闘の天才と呼称される戦士『ワムウ』。
先の『太陽の力を操る少女』との闘いで彼の身には大きな傷が生まれていた。
全身の火傷は再生能力によって少しずつ塞がってはいる。だが、焼き切られた右手の指は元に戻ることは無い。

(先程の違和感…)

この状態でも戦えないというワケではないが、先程「神砂嵐」を放った際に僅かだが重心が崩れていたことを感じたのだ。
右手の指が欠損していたことにより、左右の腕のバランスが崩れていたのだろう。
神砂嵐は強力な技である。だが、本来持ちえている安定性が多少なりとも失われていることは無視出来ない。
敵を確実に葬る必殺の闘技なのだ。その技を使う際には可能な限り安定性を、万全を保ちたい。
故に彼は思う。早急に代えの指を探し出し、全力を発揮出来る状態にしなければと。

(…可能ならば、速やかに見つけたいものだ)
そう、まだ見ぬ『強者』との闘いがあるのだ。
負傷した身で全力を出せぬまま戦う等、格闘者として些か不本意である。
万全を以て、全力を以て戦うこと。それが一人の戦士としての望みだ。
それにカーズ様、エシディシ様のこともある。少しでも負傷した状態で合流し、足を引っ張る様な真似はしたくない。
内心で思考を続けつつ、鬱蒼とした森を進み続けていた。



それから暫しの時を経た後だった。
自身の進む方向の木々の奥から、物音が聞こえたのだ。
そう、それは言わば肉を喰らうような音。
ぐちゃり、ぐしゃり、と生々しく肉を咀嚼しているかのように何度も耳に入ってくる。

音に気付いたワムウは、警戒をしつつもそちらの方へとゆっくりと歩く。
捕食音にも似ているが…明らかにそこいらの獣のそれとは違うような生々しい音だ。
この血腥さも何度も感じたことのあるものである。まるで『我々』が、人間共を喰らう時のような―――

木々を抜けた先。目に入ったのは鉄で象られた一つの塔。
この血の匂いは、すぐ傍から感じ取れる。ワムウは周囲一帯へと目を向けた。
そうして辺りを見渡す彼の瞳に、一つの屈強な男の姿が入る。
鉄塔のすぐ傍だ。暗闇の中だが、確かにその姿は確認出来る。
原形を留めていない死体を、その身を以て『捕食』する男の姿が。
『死体』は辛うじて幼い少女のものだと判別出来るが、もはや殆ど肉片同然だ。
ワムウはそれを補食する男を見て目を丸くする。暫し様子を眺めた後、彼の方へと歩み寄った…

「…貴様、いたのか」
「…………。」

『男』に目を向け、素っ気ない口振りでそう言う。
彼もワムウに気付き、そちらへと顔を向ける。
ワムウにとって、その男は見知った顔ではある。
一族の生き残りで、自分にとっての仲間の一人ではある。
共に『二人の主君』に育て上げられた、言わば同年代の同胞だ。
久方ぶりの再会。一体この男を最後に見てから、どれほどの時を経たのだろうか。
だが、ワムウは彼との再会を決して歓迎しているわけではなかった。
喜びを覚えている訳でもない。かといって嫌悪を抱いているわけでもない。
その瞳に浮かぶものは、ただひとえに『無感情』。
有り体に言えば、『興味そのものが希薄』だった。
立ち尽くす『男』を淡々と流し見て、ワムウは言葉を続ける。

「人間共に敗北したと聞いていたが… まあ、今はいい」
「…………。」

思眠りについていた我々を監視していた人間共が口にしていたことを思い出す。
『メキシコの地でもう一体柱の男を捕獲している』と。
奴らは我々を『柱の男』と呼称している。そのことに関しては特に関心は無い。
メキシコと言えば、遥か大海原を渡った先に存在する大陸。
その地で捕らえられた『我らの一族の一人』。当然の如く、心当たりがあった。
我々の力に着いていけず、波紋戦士との闘いに参加することさえ許されなかった「ヤツ」を。
幼き頃から共に育て上げられ、そして我らが主達から捨て置かれた「ヤツ」を。
ヤツの名などもはや主君であるカーズ様、エシディシ様ですら呼称しなくなって久しい。
名簿にも『その名』は記載されていなかったが…どうやら人間共から付けられた名で載せられていたようだ。
あの軍人共、それにスピードワゴンと言う老人が口にしていた。
そう、『ヤツ』の新たな名を――――

「『サンタナ』と呼ばれていたな」


「…ワムウ、か」

かつてワムウと共にカーズ、エシディシに育て上げられた『闇の一族』の一人。
とはいえ彼はその中でも最下位の階級。
確かに彼は人間や吸血鬼を蹂躙する程の圧倒的な力を持っていた。
だが、彼の実力は他の柱の男と比べれば大きく劣るものだ。
『仲間』からその存在を軽んじられ、柱の男の中で唯一単独で行動を取っていた。

「貴様と再会することになるとは、思っても見なかった」

そう呟くワムウも、彼に対しての認識はあまり快いものではない。
サンタナは流法を習得することさえ出来ず、カーズ様とエシディシ様から放置された。
そんな彼に対する情が無い訳ではない。だが、所詮は主達から認められなかった落ちこぼれ。
とはいえ、同胞である以上『仲間』ではある。見殺しにするつもりは無いし、それに同じ『闇の一族』である以上使えないことはない。
故に彼はサンタナを使うことにした。我らが主が、自身を使うように。

「…俺はこの傷を癒し、主達と合流するつもりだった。だが『サンタナ』、お前がいたとなれば丁度いい」

「お前は南方へと向かえ。カーズ様、エシディシ様もこのゲームに参加している…二人を捜し、合流しろ。そしてその指示を仰げ」

「卓越した戦闘能力を持ち合わせる主達とはいえ、下らぬ手を煩わせる訳にもいかない…俺とお前で、我らが主の手足となるのだ。
 無論、俺も二人を捜す」

サンタナに対し、ワムウは指示を言い渡す。
本音を言えば暫し強者との闘争を楽しみたいという思いもあるが、主の捜索を疎かにする訳にもいかない。
一人で捜すのは骨が折れると思っていたものの、同胞がいるとなれば丁度いい。

「………解った」

こくりと頷きながら、サンタナはその指示を承諾する。
特に迷うことも無く即座の返答だった。



「そしてもう一つ。…ジョセフ・ジョースター、シーザー・アントニオ・ツェペリという参加者には警戒しろ。
 奴らは『波紋戦士』…と言っても、お前は知らぬだろうな」

ジョセフ・ジョースター。
その名を聞き、サンタナの表情が一瞬だけ歪むがすぐに平静の態度へと戻る。
ワムウはサンタナの反応に対し気付いているのかは定かではないが、直ぐに波紋についての説明を行う。
血液が生み出すエネルギーによって刻まれる『力』。
それは太陽と同じ効果を発揮し、吸血鬼や闇の一族に有効な一撃を与える。
我らが主、そして自身は彼らと戦っていた―――と。
サンタナは古代ローマにおけるエイジャの赤石を奪還する為の闘いに参加していない。
当然の如く、波紋の存在すら教えられていないのだ。
この場に波紋戦士がいる以上、その存在を教えなければ都合が悪い。
サンタナは波紋の説明を聞き、再び了解したように頷く。

「奴らには最大限の注意を払え。…それに、俺はお前の実力のことも理解している。
 もし戦闘になり、敵わないと判断したならば…生きることを優先しろ」
「………。」
「これはあくまで『俺』からの助言のようなもの、だがな」

ワムウは同胞としての僅かながらの情を込めつつ、そう言う。
彼を使うことに躊躇いは無いが、かといって『死んでも構わない』とは思っていない。
主から見捨てられた弱者とはいえ、仲間であることには変わりないのだから。

「……ああ、了解した」

サンタナはワムウに対し短くそう返答をし、『死体』の肉を豪快に取り込むとその場から歩き出す。
のらりくらりとワムウの傍を通り過ぎる。向かう先は南方。
指示に従い、すぐに行動を始めたサンタナの姿をワムウは少しだけ眺める…

「『サンタナ』」
「………。」

歩き始めたサンタナに対し、声をかけた。
サンタナは動きを止め、ワムウの方へと振り返る。


「お前は、我らが主に認められたいか?」
「…………。」
「共に闘う『戦士』として認められたいか?」


紡がれるワムウの言葉。何も言わず、それに耳を傾けるサンタナ。

あの小娘の言葉がサンタナの脳裏を過る。
自分からは信念も何も感じられない。あるのは生きる執念だけ。
何も持たない空っぽだ、と。
その通りなのだろう。所詮は主達から捨て置かれた身。
―――本心、そんな主達にさしたる興味を抱いているワケでもない。
自分と言う存在が見捨てられたあの時から、主達に対する関心そのものが希薄になっていた。
所詮は最下位である自分に目を向けることも無い。そんな主達のことに関して考えるだけ無駄なのだろう、と。
だが、この世界において自身の唯一の『同胞』であることも確かである。
それに、こうしてワムウと再会した。仲間である彼に逆らう気はないし、逆らう程の目的もサンタナには無かった。



そして少しの間の後、ワムウの口から言葉が発せられる。


「もしそう思うのならば、相応の成果を出せ」


鋭い眼光と確かな重みと共に、ワムウはそう言い放つ。
「………。」
言葉の直後、ほんの少しだけサンタナの表情が動いたように見えた。
それが見間違いだったのか、実際に何か思う所があったのかは解らない。
真偽は不明だが、彼の言葉に対し静かに頷くとサンタナはその場から再び歩き出し去っていった。




「……行ったか」

去っていくサンタナを見届けた後、ワムウもまたその場から歩き出す。
サンタナとは逆の方向へ。早い内に代えの指を捜し、主達を捜したい。
のんびりとしている暇など無い。
日が明けるまでの時間は、そう長くないのだから。

「……。」
そして…久しく再会を果たした『サンタナ』のことは僅かながら気がかりでもある。
彼が主の為に相応に働くことが出来るか。
足手纏いとならず、一人の戦士として戦うことが出来るのか。
どちらにせよ、ヤツの価値を結論付けるのは我が主達である。
思う所が無いと言う訳ではないが、サンタナの処遇がどうなろうと自分には関係ない。

結果を出せなければ、切り捨てられるだけなのだから。



【伊吹萃香@東方萃夢想】死亡
【残り 85/90】

【C-4 魔法の森(鉄塔前)/深夜】

【ワムウ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:全身に重度の火傷(再生中)、右手の指を欠損、疲労(微小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:他の柱の男達と合流し『ゲーム』を破壊する
1:カーズ・エシディシと合流する。南方の捜索はサンタナに任せる。
2:ジョセフに会って再戦を果たす
3:霊烏路空(名前は聞いていない)を敵と認識
4:代えの指を探す
5:主達と合流するまでは『ゲーム』に付き合ってやってもいい
[備考]
※参戦時期はジョセフの心臓にリングを入れた後~エシディシ死亡前です。

【サンタナ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:右腕にダメージ(小)、疲労(小)、再生中
[装備]:緋想の剣@東方緋想天
[道具]:基本支給品、不明支給品(確認済)、鎖@現実、伊吹萃香の支給品一式
[思考・状況]
基本行動方針:………。
1:ワムウの指示に従い、南部へと移動。カーズ、エシディシと合流し、指示を仰ぐ。
2:ジョセフ、シーザーに警戒。
3:同胞以外の参加者は殺す。
[備考]
※参戦時期はジョセフと井戸に落下し、日光に晒されて石化した直後です。
※波紋の存在について明確に知りました。


<緋想の剣>
伊吹萃香に支給。
天人の一族である比那名居家の総領娘・比那名居天子が家に無断で持ち出した剣。
「気質を見極める程度の能力」を持ち、相手の気質を読み取ることで必ず弱点を突くことが出来る。
本来ならば天人のみが扱え、その能力を発揮出来る剣だが主催者の施しで天人でない参加者でも扱うことが可能になっている。
ただし「全人類の緋想天」のみは天人である比那名居天子にしか発動出来ない。
現在はサンタナが装備。

<鎖>
伊吹萃香に支給。
線材を環状にしたものをつなげた道具。
使い勝手は悪いが鞭のように振るって武器にすることも出来るし、その長さで相手を縛ることも可能。
現在はサンタナが所持。

039:最低のファースト・コンタクト 投下順 041:迷い猫オーバードライブ!
039:最低のファースト・コンタクト 時系列順 042:森近霖之助の憂鬱
023:北風と太陽 ワムウ 069:一万と二千年の孤独
遊戯開始 サンタナ 065:Roundabout -Into The Night
遊戯開始 伊吹萃香 死亡

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最終更新:2014年02月06日 00:44