誰殺がれ語ル死ス

「は……っ! は……っ! は……っ! ………………はァ……!」



都合の悪い、何かから逃げ出すように。
都合の良い、何かへと追い縋るように。
ひたすら、脇目もふらずに走り尽くしてきたつもりだった。……これでも。
辿り着けるかも分からない、遠い遠い処に煌く星の光を目指して、私は此処まで来た。

此処まで来た。

来れたんだ……此処まで、来れた。


「ハァ……っ! あと…………あと、はち……、にん……っ!」



―――バトルロワイヤルなどという愚戯が始まってから、そろそろ『36時間』が経過しようとしている。









▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『秋静葉』
【第二日:昼】E-2 妖怪の山


胸が苦しい。
私は自分の心臓をそっと押さえた。
どくん、どくん……と、たった今までこの険しい妖怪の山をひた走ってきたツケを回すかのような動悸の早さ。

生きている。
この鼓動が、私の『生』を確かに伝えていた。
か細い悲鳴を上げ続ける己の心臓は『生』の象徴であり、同時に『死』の象徴でもある。……今の私にとっては。


───『一度しか言わんから、よく聞けよ? きさまはあと『33時間』で死ぬ』


そう言って私の胸に丸太のように太ましい腕を潜らせ、その心臓に毒薬を仕掛けたあの狂人の言葉がついさっきのように思える。


狂人―――あの大男エシディシは、とうにこの世から去っているというのに。


エシディシの言葉は、私の鼓膜へとまるで呪言の如く反射し続けている。
33時間。あの時は確か……『昨日の深夜3時』くらいだったっけ。
……そろそろだ。もうすぐ、タイムリミットの『33時間後』がやってくる。もしかしたら、もう過ぎているのかもしれない。


「クソ…………くそぉ……! なんで……なんで勝手に死んじゃってんのよ、化け物のクセに……!」


エシディシは──────死んだのだ。

勝手に私へと時限爆弾を仕掛けたくせに、
勝手に奴への強制再戦を仕向けたくせに、

勝手に死んだ。

私の『結婚指輪』だけは、しっかりと遺したままに、勝手に死んだのだ。
私の居ない所で、勝手に誰かに倒されたらしい。


「――――――ふざけ、ないで」


アイツの死報を知ったのは、いつだかの放送でその名が読み上げられた時だった。
瞬間、私の頭の中身は蒼白に、空っぽに、上塗りされた。
愕然とした。当たり前だ。アイツの持つ解毒剤とやらが無ければ私だって死んでしまうんだから。


この瞬間、秋静葉のゲーム優勝の可能性は、限りなくゼロへと落下してしまった。


先程、『第五回放送』が終了した。
その時点での残り生存数―――9人。
私以外では、あと8人。目的達成まで、もう少し。もう少し、だったのに……!


「ふざ……っけ、…ぃでよ…………っ!」


もう無理。今にも毒薬が溶け出そうかという瀬戸際、ふるいにかけられた選りすぐりの猛者8人を続けざまに倒せるわけがない。
つまり、私のバトルロワイヤルはここで終末を遂げることが確定。
終わった。
終わって、しまった。
穣子を、蘇生させることが不可能となってしまった。


「みのり、こ…………!」


愛する妹の名を木霊させる。
ここは妖怪の山。9人となった参加者の他、生物一匹消え失せてしまったこの山に、木霊するのは私の声と、無気力な足音だけ。
身近な木を見繕い、私は背を預けた。途端に全身から力が抜けていき、ずるずると腰が落ちていく。

疲れてしまった。
……もう、疲れた。


「………………穣子」


埋めた顔と膝の間で、誰に聞こえないように私はもう一度、血を分けた姉妹の名前を。
泣き言みたいにか細い囁きで、ボソリと。


「………………穣子。私……もう、」



──────いいよね?



思わず吐き出しそうになる言葉(よわね)を、グッと固く呑みこんで。
埋めていた顔をほんの少しだけ、上げた。
辺りに散らばっているのは、不思議なことに紅葉の群だ。
木々から散っていった落葉の数々が、私の周囲を囲んでいた。

(もう、そんな季節だったかな……)

ぼんやりとした意識の中、己の置かれていた本来の境遇を手繰り寄せようと私は頭を働かせる。ほんの少し。
妹・秋穣子。秋の豊穣神。
私・秋静葉。秋の終焉神。
秋の終焉は私の季節であることを示唆すると共に、私自身の終焉も示唆している。
秋が去ればすぐにも冬が到来する。そうなれば、私たち姉妹の出番はまた来年となるのだ。

「今年の秋も、もう終わりね……」

落ちていた紅葉の1枚を手に取り、私は毎年お馴染みとなってきた台詞を独り呟いた。
秋の来ない年は存在しない。来年も、その来年も、そのまた来年も、秋は延々と繰り返される。
たとえ私が消え去っても──来年まで姿を消す、というのではなく神様としての寿命を迎える意味で──またいつか、秋は来るだろう。

私が此処で死んでも、秋は死なない。
だったら、誰一人悲しまないんじゃないだろうか。
幻想郷に……いや、この地上に秋静葉という存在は……もはや必要ないかもしれない。


───だったらもう、神様ですらなくなりつつある私が、これ以上頑張る必要なんて……


     (……を見て……引力……素養が……二度とは……)



     ガサ



入り乱れた落葉を踏みしめる音が、項垂れる私の意識を覚醒へと引き戻した。
気配の方向に頭を動かすと、『彼女』がそこに立っていた。



「……ここに、居たんですね。───静葉さん」



彼女はそう言って座り込んだ私をジッと見つめている。
最悪だ。誰にも会いたくない時に限って、よりによって彼女とは。神サマってば、なんて性格が悪いのだろう。……私含めて。


「……笑いに来たの? それとも、ケジメ? どっちにしろ、貴方が手を下すまでもなく私は死ぬわ、間もなく。
 此処までは来れた。でも、私は所詮…………此処までだった。自分が自分で惨めなものね──────寅丸さん」


寅丸星が、確固とした瞳を向けながら私に対峙する。
いえ、対峙だなんて格好付けたモノじゃない。確固たる意志を失った私に、格好を垂る意思なんか残っちゃいない。
何もかも諦めた格好悪い私は、もはや格好の餌食でしかないのだ。矜持を取り戻した獣が振る、気高き矛への供物が今の私なのだ。

「正直、驚いています。“あの時”、私と袂を分けた静葉さんが、まさかたった独りで此処まで生き残っているなんて」

「なんだ……やっぱり笑いに来た方じゃない。…………それで?」

「随分と卑屈になってるじゃないですか。そのお召し物の様な色で、静かに燃える瞳を映してた昨日の貴方は何処へ行ったんです」

「何処へも…………私はもう、何処へも行けなくなってしまった」

「何処へも、ですか」

「……妹を殺されたあの瞬間から私は、本当は死んでいたのかもしれない。今ここでくたびれているのは、秋静葉の抜け殻よ」

「へえ。それで? そのセミの抜け殻さんに諭され歩みを共にした、毘沙門天の成れの果てに掛ける言葉はそれだけですか」

お互い、意地になっていたのかもしれない。
それぞれ愛する存在を救えず、伸ばした腕も虚しく空回り。これまでの苦労も苦しみも、犠牲にしてきた他の皆も全部無意味なものだった。
これで何処へ行こうというのか。きっと、私の行き着く地獄にあの子は居ないのでしょう。私なんかよりずっと優しく恵まれた、妹なら。

「…………もしかして寅丸さん、怒ってる?」

「怒ってる、ですって……?」

魂が抜けた私の湿り声に、寅丸さんはピクリと反応した。
つかつかと歩み寄り、彼女はらしからぬ乱暴な仕草で私の胸倉を掴み、そのまま持ち上げて木の幹にガツンと押し付けてきた。
いつ息の根を止められたっておかしくない状況。その距離でも、今更私の心は何ら動くことはない。

「怒ってるわよ! 当たり前じゃないっ!」

「…………」

「此処まで来たんでしょう!? 弱っちいアナタが、万感の思いで此処まで生き残れたんじゃない!」

「…………」

「なに諦めてるのよっ! 死に物狂いで生き残ると宣誓したあの時の言葉は何だったのよっ!」

「…………」

「そんなアナタの言葉に感銘して、共に勝ち進むと決心した私が馬鹿みたいじゃないッ!
 なにが“何処へも行けない”よ! なにが“抜け殻”よ! 私たちがどんな想いでこの手を汚してきたか……もう忘れたの!?」

「…………」

「黙ってないで……何とか言いなさいよッ!」

彼女は本気だった。私の醜態に本気で呆れ、本気で怒っていた。
自分で言えることではないけど、無理もない話だ。立場が逆であったら、私なら……どうするんだろう。もしかしたら、殺すかもしれない。

でも、本当に……私はもう無理みたいだ。
寅丸さんの本気の喝も、今の私の心には───何も響いてはこない。


「…………寅丸さんは、私を殺しに来たんでしょう。もういいから、早く殺して」


バチンと、頬に熱い衝撃が迸った。脳天が揺れ、私は無抵抗のまま秋の絨毯の上に転がされた。

「ふざけるなァ!!」

牙をも見せかねない彼女の、怒り狂ったとでも言える激昂。煮え繰り返った腸が透けて見えそうな程に、普段の彼女からは想像も出来ない態度だった。
これが寅丸星の本性。真面目、冷静、温厚、人格者であった表の顔を裏返せば、実に感情的な素顔がころりと転がってくる。
ジンジンと痺れる頬の痛みは、生気を失った私にせめてもの反証、その口実を吐かせようとする程度の気概をもたらしてくれたようだ。

「知ってるでしょ……私の心臓に仕掛けられた『毒薬』のこと」

「知ってるわよ……っ」

「じゃあ……汲んでよ。もう、諦めないとか、死に物狂いとか、そういうレベルの話じゃないの。……物理的に、どうしようもないじゃない」

「それでもッ!」

胸の火を灯すことも出来ず、断念の思いをタラタラと流すばかりの私と違い、寅丸さんは躍起になって切言する。

「それでも……! 私は、妹の為に泥の底を泳ぎ続けるアナタに憧れた……!」

滑稽だ、と思った。この期に及んで私に何らかの期待をかける彼女の姿は、それ以下の廃人──ならぬ廃神の私から見れば、腹の立つほどに鬱陶しく見えた。

「そう……。思えばずっと、息継ぎなんてしなかったものね。そろそろ、泳ぐのにも疲れたわ」

「息継ぎですって……? いいえ、今のアナタはまさしく抜け殻。生きる意志を完全に捨てた泥魚に、呼吸なんて必要ない。
 そのまま泥煙に塗れたまま、沈んでなさい。……私は、戦いに赴きます」

もうこれ以上、お前の顔なんか見たくない。
ここから立ち去ろうと身を翻す寅丸さんは、そんな顔を作って私を軽蔑していた。我ながら、本当に救えない。

「───聖白蓮、でしたか。貴方の大切な人……彼女の命を、蘇らせる為に?」

「……聖は、死にました。残された私に出来ることなど……もう、他に……!」

大きくって、そして小さなその背中が、微かに震えていた。
彼女は、かつての私と同じ選択を歩むつもりだ。

───当然、かもしれない。聖白蓮も既に、亡き人となっているのだから。


「それでは、失礼します。…………さようなら、静葉さん」


行ってしまう。修羅道を共に受け入れた、唯一の理解者が。
たまらなく幻滅したのだろう。全てを閉ざされ足場を失った私に、寅丸星はきっと……未来の己の姿を重ねてしまいそうになった。
自分もすぐに、抜け殻と化すのかもしれない。
あのような、何事にも揺り動かされない愚かな末路を歩むのかもしれない。
だから彼女は、こうなってしまった私の前から逃げるように去っていくのだ。

ああ……もしそうであったなら。彼女には悪い事をしてしまったかもしれない。
もはや冬を越せるだけの力を奪われた私と違い、彼女の頭上にはまだ『可能性』という僅かな希望の糸が垂らされているのだから。


「待って」


そうであるならせめて、私は彼女の……ツギハギだらけの未来に手を貸してあげたい。
少しでも、彼女の糧になれるのなら……もう少しだけ、立ち上がれる。



「私と今、殺し合いなさい……寅丸星」



穣子のことは諦めた。主催への復讐も諦めた。自身の未来なんか、以ての外だ。
ここで朽ちて、秋の終焉と共に消え去ろうと立ち止まった。
けれども、目の前で戦いに向かう彼女の背中を見てると……分かったことがひとつだけある。


「貴方が私を探してここまで逢いに来た理由……今なら分かる気がするわ」

「……静葉さんは、それで納得できるのですか」


背を向けたままの寅丸さんは、どんな顔で私の言葉を聞き入れているのか。
怒っているのか。悲しんでいるのか。笑っているのかもしれない。


「私はこの殺し合いの初めから、自分が選ぶ道の全てに納得してきたつもりよ」

「…………私は、貴方を殺す為に来たのではない。倒す為でも、笑う為でも、罵る為でもない」


振り返った彼女の顔に張り付くは……やはり変わらない。
それは、鎧を捨てた生身の覚悟を持つ者だけが浮かべる気概。


「私は貴方を乗り越える為にやって来たのです。───秋、静葉」


鉄の志。
半死人だったかつての獣は、その手に再び宝塔を携えて……私の前に立ちはだかる。
しっかりと両の足で立つ彼女が持つ宝塔は、昼だというのに孤高の存在感を存分に発揮する太陽が如く、ギラギラと煌いていた。
かつての彼女は、抉られた腕と消失した得物によって空いた溝を埋めるかのように、特異な『スタンド』という力を己がモノにしていた。
あれから一日。どれほどの糧を吸ったのか、彼女の千切れ飛んだ腕はすっかり元の様相を取り戻し、失われていた宝塔もその手に握られている。
完全100%の力を取り戻した寅丸星。彼女自身はそれほど力の強い妖怪ではなかった筈だが、危険なのがあの『宝塔』だ。どちらかと言えば、寅丸が秘める強さの八割方が宝塔の加護によるものと聞いたことがある。

彼女がどのような想いでそれを手にしたのか。聖なる輝きを放つ神具を、血の滴る刃として振るうことに決めたのか。
私は……寅丸星と相対するに相応しい人材なのか。
彼女が最後に乗り越える『崖』へと、私は成れるのか。
この『糧』が、最後に何をもたらすのか。



私と寅丸星の関係は……『血』によって終幕が垂らされる。
秋の神である私の血を吸い、糧とし、きっと彼女はおぞましい怪物へと『変わる』のだろう。
だったら私は……喜んで我が血を与える選択を取る。

それで───何もかもが終わる。




『ニャァ…』



十全の力を取り戻した寅丸星が、陽光を反射させるその宝塔をかざした時。
脈絡もなしに、どこからともなく響いた猫のような鳴き声が、私を──────、









▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

『藤原妹紅』
【第一日:昼】B-5 果樹園小屋周辺の林


「あ~も~~……ちっくしょう。何なのよ、さっきの紫パジャマは。藪から棒に」


ワケのわからない頭痛に苛まれ、私は胡乱な目でふらつき、何処とも知らない木々の中を彷徨っていた。
全く不思議なことだけど、この場所に至るまでの経緯がまるで記憶に無い。本当にふと、突然この世界に立たされていたのだ。
私の覚醒に立ち会っていたのは、どっかで見た女だった。確か名前は『八意永琳』だっけ。あの馬鹿たれ(輝夜)の従者だ。
彼女は──本当にどういうワケだか分からないけれど──突然、理由もナシに私を攻撃してきた。混濁する脳裏の中、私は必死に逃げて、逃げて、先ほどまた別の女に出会った。
今度は知らない女だった。紫色を基調としたパジャマのような装いをした、魔法を使う根暗そうな女。
またしても攻撃を受けた。本当にワケがわからん。熊とでも間違えたのだろうか。馬鹿らしい。

「くそ……意味が分からない。第一ここは何処なんだ? 一体全体どうして私はここに居る?」

頭の中を片っ端から掘り返してみても、コレが全然思い出せない。


───何も思い出せないんだ。


一種の記憶混雑なのかもしれない。あるいは何者かの陰謀で誘拐されたか。
でも、これまた不思議なことに。私はこの知らない土地の何処かに『輝夜』の奴が居るんじゃないかって確信があった。
根拠なんて全くないけど、アイツは私の唯一人の……

唯一人の──────何だっけ?


「……いや、そうだ。そう、確か───蓬莱の薬。薬は何処だ?」


つらつら、ふらふらと歩いて行く内に、ふと『ある記憶の片鱗』が脳裏に顔を出した。

『帝の勅命』『岩笠』『咲耶姫』『蓬莱の薬』『不死の山──富士山脈』

そう……だ。何となくだけど、思い出してきた記憶がある。
不老不死の薬。私は岩笠とかいう男が勅命を受け、蓬莱の薬を富士山の火口へと隠密に運ぶ一行の後を付けていた。
あの時、兵士の一団は互いに殺し合い、躰は焼け爛れ、“まるで怪物に襲われたかのように”全滅したんだ。
残ったのは私と岩笠。そして蓬莱の薬。
魔が差した、という言葉で片付けられる罪ではないだろうけど、信じられないことに私は恩人とも言える岩笠を蹴り落とし、そのまま薬を奪って逃げた。
逃げて、逃げて、頭が真っ白になるくらいに逃げて…………

「覚えてないんだよなあ。それから……どーして私はこんな場所に居るんだ?」

『その記憶』の続きが『今』だと言うのなら、私の手には蓬莱の薬が握られているはず。
おかしい。辻褄が合わない。それにもしそれが正しい記憶だとして、この場所に『永遠亭』の『八意永琳』が居るはずもないし、輝夜も同様だ。
記憶が全くグチャグチャだった。少し時間を置かないとダメかもしれない。

「いや、そんな暇も無いかもしれないわね。さっきみたいな変な奴らが私を追ってきているかもしれない」

今思えば、あの紫パジャマの魔法使いは全滅したと思っていた兵士の生き残りかもしれない。私が薬を奪って逃げたので、始末して奪い返す気ってわけね。
当然だ。どう考えたって悪いのは盗んだ私で、口封じも兼ねて私を殺そうというのは如何にも筋が通ってる。
一つだけ筋が通らないのは、今の私の手元には何故か蓬莱の薬は無いってことだ。落としたのか、私が眠ってる途中にまた誰かに盗まれたか。

あの薬が欲しい。ここには私の『敵』ばかりだ。殺らなきゃ殺られる世界だ。
だったら一刻も早く、薬を見つけて飲んでしまいたい。“もう”痛いのは嫌だ。


───『殺しなさい、妹紅。貴方には、生きる権利がある』


ズキズキと、未だに頭の中が握り締められる感覚が振動する。
同時に響く声は、私がよく知っている者の声。


───『このバトルロワイヤルの中では貴方は“まともな人間”よ。痛いのが嫌。死ぬのは怖い。正常な人間なら当然持ち得る考え。結末』


くっ……何だってのよ。周り全員、追手ばかりか。
輝夜に逢いたい。アイツに逢って……そして、どうしようか。


───『他者を屠って己の正当性を証明しなさい妹紅。でも気をつけて? 今はまともな貴方でも、ひとたび“日常”へ帰れば“異常者”は貴方になる』


日常。私の日常は、何処へ行った?
彼方(あっち)? それとも此方(こっち)?
夢も現も、ちょっと視点を変えれば全て彼辺此辺(あべこべ)だ。


───『改めて妹紅。貴方は果たして“まとも”かしら?』


まともだとも。だってこうしてその自覚があるんだ。まともに決まってる。私はどこまでも、正常な人間よ。
薬を盗んだのも、異常者/敵を排すのも、恐れから来る行為。恐怖するということは、まともな人間の証なんだ。
だから。


───『戻りなさい妹紅。殺しなさい妹紅。怯えなさい妹紅。抗いなさい妹紅。生きなさい妹紅。妹紅。妹紅。もこう。モコウ』


宿敵の声にとってもよく似た、けれどもこれは『私』の声。
〝わたし〟自身が、恐怖する〝私〟に警告を促している。
全ては恐怖から逃れる為。全ては生きる為。

きっと私は、誰よりも正常な人間。
周り全てが『怪物』だらけ。だったら、そいつらから身を守る“術”を手に入れたいと思うのは、それこそまともな思考なんだ。


「……小屋だ。人の気配もする、か」


果樹園を抜けた先。私を待ってるみたいにポッカリ口を開けた空間に、ボロっちい小屋が建っていた。
少し怖いけど、あそこに蓬莱の薬があるかもしれない。そうでなくとも雨宿りには使えそうだ。

よし、行ってみるか。














───『妹紅。妹紅。妹紅。妹紅。妹紅。妹紅。もこう。妹紅。もこう。もこう。モコウ。も殺う。妹コウ。 コう。 コ 。も゛ う゛。    。  う  。  ■゛ ぅ 。  ぁ  こ゛  、、、 。 殺 妹紅  。 ……■ ■ し なさ ぃ ─────────

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

『ジョナサン・ジョースター』
【昼】B-5 果樹園小屋


ジョナサン・ジョースターは戦士ではない。
忠義に尽くす兵士でもなければ、イカれた殺戮者でもない。あのブラフォードやタルカスとは違い、元々心優しい青年であり、特別修練を積んで人生を重ねてきたワケでもない。
紳士だった。誰から見ても清く眩く映る、英国きっての逞しき紳士。
あらゆるを経て。そして深い因縁と運命をその身に受容し、一流の波紋使いにまで成長はしたが。
彼を大きく形作る要素とは、何者にも屈しない強靭な精神──ではないのだ。
誉れ高き父から受け継いだ恩愛の心。

『優しさ』と『勇気』である。

そして、ジョナサン最大の長所といっていいそれらは、裏を返せば致命的な短所にもなり得る。
付け焼刃とまでは言わないが、所詮は極短い修行の末に磨かれた波紋と精神力。彼自身を“本物”の戦士へと至らせるには、まだ足りない。
かつて友に言われた『アマちゃん』という言葉が、ジョナサンの脳裏にふっと浮かんだ。


(しまった……! 背中と足をやられた……!)


事が起こってから、一瞬の出来事だった。
突如現れた謎の少女の対応に、ジョナサンはどうしようもない後れを取ってしまったのだ。
「説得は不可能」と、本能的に理解してしまった。それは先の対立時、静葉と寅丸の覚悟を肌で感じた時とはまた別種の、畏怖とも言い換えられる彼女への理解。
黒髪の少女の瞳を覗いた瞬間、内奥に潜む『虚無』を感じ取り、彼女に対して言葉での対応はそもそも意味を成さないと分かった。
吸血鬼と化した友、ディオ。彼と同じ吸血鬼ではあるが、どこか違うレミリア。大切な誰かの為に戦う静葉と寅丸。彼ら彼女らは、善悪抜きに見てみれば『正常』に生きる者達であり、言葉も通じるし意義もある。
しかし目の前の少女はどうか。正常であるジョナサンゆえに、一目で異常だと分かる少女へと会話を試みる勇気に、果たしてどれほどの意味があるのだろうか。
それでも、ジョナサンは根元の芯から『紳士』だ。だからと言って問答無用で少女──藤原妹紅へと攻撃を仕掛けるような人間ではない。

結果、生まれた『躊躇』が妹紅の先制を許してしまい、今に至る。


「大丈夫? ジョナサン」

「あ、ああ。ありがとう。……僕としたことが油断した」


秦こころの気遣いを、軽い礼で返したジョナサン。丸太のように屈強なその腕には、依然と意識混濁の古明地さとりが抱えられている。
襲来した妹紅の有無を言わさぬ広範囲火焔攻撃が、立ち尽くしたジョナサンを襲ったのだ。動けないさとりを瞬時に庇い、あわや丸焦げのところをこころの弾幕が寸前で塞ぎ留めた。
無傷とはいかなかった。防ぎ零した黒い不死鳥の羽根が、ジョナサンの背と足を烙印を押すように焚いたのだ。大丈夫だと口にする彼の額に浮かんだ脂汗は、この小屋の熱気によるものではないだろう。

「アイツ……」

「彼女を知っているのか? こころ」

膝を折り、憔悴するさとりの盾となる形のままジョナサンは横のこころに問いかける。
こころはすっくと立ち上がり、黒い来訪者の姿をキッと睨みつけた。



「殺しなさい妹紅殺しなさい妹紅殺しなさい妹紅もこうもこうもこうモコう あなた、 誰よ 蓬莱のほうらいのクスリは何処 どこなんだ くそお …… わ た し は も う 死 に た く ナ イ の に 」



そいつは、誰から見ても異常であった。
揺らめく灼熱の生み出す蜃気楼が、まるで彼女の存在そのものを希薄に映していた。
夥しく、陽炎のように燃え広がる黒き髪が、深淵に誘おうと手を招く死神に見えた。
悠久なる紅蓮を人の形として象った少女の成れ果てが、蓬莱人形として立っていた。

そいつは、誰から見ても───


「……知らない。私はあんな『怪物』、見たこともない」


こころは哀しげに滲ませた瞳を、雨雫でも振り払うように、ジョナサンの問いに対してかぶりを振った。
嬉しげでもない。怒りでもない。悲しみでもない。楽しげでもない。
しかし、嬉しげでもあり。怒りでもあり。悲しみでもあり。楽しげでもある。こころには妹紅がそう見えた。
目の前の怪物に宿る感情は、彼女の知る表情のどれとも様相が異なっていた。
それは恐らく、秦こころという面霊気が最も恐れる表情──“零”感情。すなわち『死』である。
感情が無いという事は絶望であり、死であり、そして死は希望(みらい)を作らない。
かつて妹紅と呼ばれていた彼女を、こころは確かに知っている。かの異変では、大した事情もなく喧嘩を吹っ掛けたような気もする。

“アレ”は、違う。こころの知る藤原妹紅ではない。
“アレ”に希望(みらい)は感じられない。死人でさえもう少し人間らしい表情を浮かべるだろう。

こころは希望を求めて、『感情の迷路』とでも言うべき迷宮の出口を目指して彷徨っていた。あの宗教戦争において彼女が演じた役割とは終止それに尽きる。
しかし今の妹紅には、感情そのものが汲み取れない。屍の如く虚ろなまま迷宮からずり落ち、奈落に向かって落下しているようなものだ。
腕を伸ばして彼女を掬い上げるには、あそこは遠すぎる。どうしようもない所にまで妹紅は追い込まれてしまったのだと、一目見て実感できる。
あの少女は、こころの最も忌避すべき怪物だ。哀しみの姥面を被り、目の前の絶望から目を背けるように、両手で顔を覆って少女は語る。

「私は……とても哀しい。知っている『人間』の感情がこうまで喪われるなんて、あってはならないこと」

仮面と両手によって覆われたこころの表情は見えないが、きっと彼女は心の底から嘆いているのだ。
友や知り合いが『人間』から『怪物』へと変貌し嘆く気持ちを、ジョナサンは痛いほどによく分かる。

「そして私はとても怒りに満ちている! 貴方のような哀しい存在を産んでしまったこの残虐非道なる遊戯に対しッ! そして貴方の感情に対し何も出来ずにいる我が無能さへとッ!」

般若の面へと被り直したこころの素の表情は、きっと本当に本当に、燃え尽きるくらい怒りに溢れているのだ。
友の凶行を防ぐことの出来なかったかつての自分を思えば、こころはまるでジョナサンの感情を写し鏡にした仮面(ペルソナ)だ。

「能面を上向きに見ると悲しみ、下向きに見ると喜びの表情に見える。上下逆さに被ると性質が反転する仮面も多くある」

66の面の一つ一つがまるで意志を持つ妖精の様に、こころの周囲を青白い光を発しながら浮遊する。あまりに幻想的なその光景を、ジョナサンは見惚れるように呆然と眺めていた。

「でも、仮面の表と裏を逆さに被る者は居ない。表情とは〝心〟のこと。仮面は、心を表現する感情そのもの。故に、その裏っ側など見せるべきではないから」

しかし、66に加えられた“ひとつ”の仮面を見た瞬間───彼の表情は驚愕に塗れる事となった。

「忘れたのならば思い出させてやろう。───我が名は『秦こころ』。感情を愛し司る……『心』を表す付喪神!
 キサマの裏返しとなった心の仮面……もういっぺんひっくり返してやる!」

まさに“それ”こそが、かつてジョナサンの友を『怪物』へと至らせた悪魔の仮面なのだから。


「WRRRRYYYYYYYYYYYYYYY!!!!」


優越感と、全能感と、残虐性と。
様々な感情を含むその仮面の狂気に、こころは飲み込まれたりはしない。
数多の面を操り、正負の感情を己の物にしてこそが、表情豊かなポーカーフェイスたる秦こころ。彼女の舞う暗黒能楽だ。
そしてこの仮面に潜む最も大きな表情───『進化』こそが、『退化』の道へと堕ちる妹紅を引っ張り上げる唯一の感情だとこころは悟る。

その手段は暴力となるが、構わない。こころは未だ覚束ない足取りの妹紅へと、正面から跳んだ。


「こころ!? き、君の持つその仮面はもしや……ッ!?」

「貴様はそこで彼女を見ていろジョナサン! コイツは私が泣かすッ!」


深くはないが、ジョナサンは現状手負いである。加えて動けないさとりの守護に入らねばならない為、妹紅の対応は必然、こころが適任だ。
すぐ近くにプッチや聖たちも居る。この騒ぎだ、すぐに駆けつけてくれるだろう。危惧すべきは例の二人……静葉と寅丸の扱いだが、そこは聖に任せるしかない。

(こころ……あの『石仮面』を被っているようだが、吸血鬼化しているのか……!?)

傍目にも異様なテンションで跳び掛かった彼女を見てジョナサンもギョッとするが、石仮面抜きに考えてもこころには元々そういった性質が見られるようだ。理性はあるようにも見える。
第一、石仮面の『針』は発動しているわけではない。あくまで気持ち、精神的な高揚を促すこころ流の儀式か何かだと、ジョナサンは早まりを抑えた。

「くっ……ゴホ……っ! 波紋の呼吸が、上手く扱えない。ここは場所が悪いか……!」

兎にも角にもこの火傷では迅速な戦闘は厳しい。ジョナサンは即座に波紋の呼吸による治療を試みるが、妹紅の第一撃による炎が小屋の実に半分程度を燃やし、黒煙が辺り一面に上がり始めている。
この雨降りだというのに、盛る炎は消化を辿るどころか燃え広がる一方だった。この黒い炎……どこか普通とは違って“まとも”じゃない。
モクモクと部屋中に広がる煙は一酸化炭素を多分に生み、人の気道や肺を熱傷させる。肺へのダメージは波紋戦士への最大の敵と言っても良い。体中に酸素が運ばれなくなり、すぐさま呼吸困難に陥るのだ。
このままでは治療どころか意識を失う。ジョナサンはすぐにさとりを抱きかかえ、火傷の足を引き摺ってでも外への脱出を試みた。


「ぁ…………は、ぁ…………っ」


入り口正面には妹紅が立っている。裏口か窓からの逃走を考えたその時、腕の中の少女が呻き声を上げた。さとりの意識が僅かではあるが、回復しつつある。

「君、大丈夫かい!? 詳しくは後で話す……! 袖を口に当ててなるべく煙を吸い込まないようにするんだ」

「げほ……っ! ぁ……か、ぃ、…………!」

絶え絶えではあるが覚醒の兆しを見せたさとり。元々完全に気絶していたわけではないが、彼女もこの危機的状況を理解はしているようだ。
故に、彼女は覚醒一番に『畏怖』した。サトリ妖怪の性が、反射的に思考を読み込んでしまった。距離はあったが、その片鱗に触れただけでさとりは目を見開き、怖気を震う。


「───怪、物……っ! あの娘、の…、げほっ……心には……何も残って、ない……っ」


深淵を覗き込みすぎて、狂気に取り込まれた。
そんな哀れな少女の心をまた、サトリ妖怪は覗いてしまった。




──────そこには何も、無かった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

『聖白蓮』
【真昼】B-5 果樹園小屋周辺の林


聖白蓮は、僧侶としての本懐を遂げた。
仏道──広く言えば宗教の凡そ全てに当て嵌まるが、その大願は人を導くことである。最終的な地点は宗派によってガラリと様相は変わるものだが、こと今回の出来事に至ってはそんな大それた話ではない。
道義を誤っていた弟子に、命蓮寺たる住職として正善の路を指し示し、理非曲直を正しただけである。決して高尚な話ではない。
師弟だろうが。主従であろうが。家族であろうが。友であろうが。
一先ずではあるが、結局は倫理の中の当たり前を為しただけであった。親が子に教育を施すことのように、特別なことなど何も無い。

喪われたモノはあまりに大きい。少なくとも、身内が身内の命を奪った事実はあるまじき沙汰である。軽く説教をして、反省しましたもうしません、などと流される行いではない。
一生涯消えない大罪を背負ったのだ。たとえ幽谷響子が許しても、その尊い命を奪った本人が己自身を許さないだろう。本来なら寅丸星の行為への罰は、破門程度では済まされない。


「弟子の不出来は、私の不出来。全てを甘んじて受け入れましょう。未熟な私自身の足りなさが、貴方の心を不必要に迷わせてしまった」


それが本心だろうと気遣いだろうと。
白蓮の掛けてくれた、あまりに高潔で優しい言葉は、溶けかけた寅丸の心を正の路へと矯正させた。
秋静葉と交わした誓いは、落ち葉のように脆く、儚く、ボロボロに散った。傍から見れば、なんて軽々しく馬鹿げた決意だったのか。守ると決めた御方を一目見た瞬間にこの有様なのだから。
これでは道化だ。彼女を守る最も堅実な方法など、殺戮に身を投じる以外無いというのに。


「大切な事は、秩序を重んじることです。この穢れし舞台の法……あの主催共の宣った『殺生』の事ではありません。
 法とは。ここで言う秩序とは……星。貴方の心に刻まれた信念を決して裏切らない志操堅固の精神を指すのです」


寅丸の心。ひいては人の心に本来備わった倫理を、決して裏切らないこと。自身の信念から、目を背けないこと。
それこそが白蓮の説く説法であり、寅丸は己の本心から目を背けたのだ。結果、自分を見失い、弟子を殺めてしまった。
寅丸は妖怪だが毘沙門天の代理であり、命蓮寺の本尊である以上、この教えは絶対だ。そうでなくとも響子は可愛がるべき弟子であり、彼女が殺されなければならない理由なんてどこにも無かった。

白蓮は、それでも寅丸を赦した。
無論、お咎め無しなどという虫の良い話とはならないだろう。きっとこの先、どこかでバチは当たる。塗炭の苦しみがいずれは彼女に与えられるだろう。
それを前提とした上で、寅丸星は再び立ち上がる。白蓮も、そんな弟子の支えとなれるよう努めるだろう。苦しみを分かち合おうとするだろう。
罪の清算は途方も無い年月と努力、信頼が必要となる。それでも。何十、何百もの歳月を積み重ねようと、彼女は二度と足を踏み外さない。守ると決めた大切な人が隣を歩いてくれるのだから。

今は、それで良かった。悩み、足を止めるのは今やるべきことではない。



───『今回も相変わらず長くなってしまったが、ここいらでお開きとしようか。次回の放送も6時間後、夕方の6時に行われる。これにて、第2回放送を終了するよ』



白蓮と寅丸は駆けながら第二回放送を耳に入れていた。足を止め、じっくりと聴き入っている状況ではないからだ。
放送が鳴る直前、果樹園小屋の方角にて轟音が響いてきた。残してきた者たちの身に何か起こったのは明白だ。故に彼女らはメモも取らず、簡易的に内容を頭に入れながら足を動かしていた。

「小傘……神子さんまで……」

ショックの大きさでは白蓮が上である。寺の仲間達が立て続けに逝き、殺したって平然と立ち上がってきそうなあの似非為政者までが呼ばれたのだから。
傍で共に駆ける愛弟子を除けば、命蓮寺の仲間と呼べる者の生き残りは封獣ぬえのみにまで減ってしまったのだ。生真面目な寅丸でさえ暴走していたのだから、己を御すことにおいて特に不慣れなぬえの身は、色々な意味で心配である。
もうこれ以上、我慢ならない。そんな焦燥の心を白蓮は幻想郷随一の自制心にて何とか抑制し、寺の仲間を探しに飛び出したい衝動よりも、残してきた迷える子羊たちの安全を優先した。
小屋からはそう離れてはいない。それでも其処へ向かう道程は、針の筵へ転がる程に永く苦しい時間に思えた。

「星。『六波羅蜜』が一項───“持戒”」

唐突に白蓮は、横の寅丸に向けて言葉を投げかける。六波羅蜜とは、この世に生かされたまま仏の境涯に到るための六つの修行をいう。
その内の一つに『持戒』という項が存在する。これは仏道を修行する者にとっては基本項、最も堅く守るべき戒である。

「……殺生しない、盗まない、不倫をしない、嘘を言わない、酒を飲まない、の五つの戒律を守る事、です」

「そうですね。貴方はその内、人が守るべき最も大きな『不殺生戒』の教えを、私の為とはいえ、心の弱さが原因となり破ってしまいました」

本当の所は最後の項目もこっそり破っているのだが、余計な所で説教の時間を増やすのは嫌なのでこの場は黙っておいた。

「しかし、貴方は偽らなかった……つまり『不妄語戒』の教えを破らず、全てを私にきちんと話してくれた事は本当に嬉しく思っています」

それでも、起こした悲劇に比べればあまりに微々たる幸い。慰めにもならない筈の白蓮の優しさが、何故だか今の寅丸にとっては至上の救済にも思える。
白蓮の言葉一つ一つが、寅丸にとっては宝だった。財宝を引き寄せる寅丸の能力が、富ではなく身近な幸福を言葉に変えて齎してくれている。
愚かなのは、身近なる幸福に彼女が気付いたのがあまりに遅すぎたこと。覆水は決して盆に返ることはない。

だから白蓮がこれから言わんとする内容は、命蓮寺の本尊として新たに生まれ変わった寅丸には予想がつく類の『任』であり、『生きる意味』そのものである。


「人々を救ってください。人も妖も、分け隔てなく」

「……はい」


心より尊敬する人である。故に身を焦がすほどの罪悪感と贖罪への気持ちが、今の寅丸を胎動させる。


「“正しき目的”の為に揮うという強い覚悟さえあれば、人は自ずと迷わなくなります」

「はい」


一生涯をこの御方へ、そして犠牲としてしまった彼女たちへ、そして何より自分自身へと尽くして生きる。道を踏み外した報いは、きっと大きいけれど。


「ある『正義の男性』が“コレ”を私へと託し、亡くなりました。本来は貴方にこそ相応しい神具です」

「はい」


“赦す”という事は、この世のなによりも難しくって……きっと、素晴らしい行いなのだと。


「お返しします。……ここは私が『彼』と話をつけましょう。皆さんを頼みますよ」

「───はいッ!」


聖から赦され、かの『宝塔』は私の手に戻ってきた。神々しい輝きが、私の心に一層溶け込んでいくみたいだった。
正義の執行。一度は修羅へと堕落した私に、そんな権限などあるのだろうか。
……違う。権限だとか、そんな表向きの良い建前はお呼びじゃない。
今、私は確かに必要とされていて。そして応えるべき場面なのだ。
聖から頼まれた。ただのそれだけで、私の荒んでいた心に『勇気』が湧いてくる。


「走ってください!」

「聖も、どうかお気をつけて!」


黒い火の手が上がる小屋方向を見据えて、白蓮と寅丸は再び別れた。
新たな敵襲と考えて間違いない。暫定『白寄りの黒』と見ていたプッチ神父と、『紛うことなき黒』の“倒れた秋静葉”が、小屋の外にまで出てきてこんな所に居るのだから。
このまますんなりと小屋の方へ向かわせてくれる空気ではない。何故静葉が死んだように倒れているかも、そこの神父には聞き出さなければならないだろう。
その役目を申し出たのが白蓮の方だ。命を受けた寅丸は、心配ではあったがそのままプッチらの横を素通りし、燃え盛る小屋へと走っていった。


「……案外、彼女はあっさり通してくれるのですね」

「このまま成り行きを見守りたかった私としても、君と彼女の二人を同時に相手するには少々厳しいと思ってね」


手に持つは地図と参加者一覧表。この騒ぎの中でもメモを怠らずにきっちりと放送を聴き終えたであろうプッチは、荷を仕舞いながら平然と答えた。物腰などは先程までとそう変わらないが、纏う空気が明らかに変貌している。
守矢諏訪子が察した『彼の本性』が、徐々に顕れてきているようだった。同職同士、悲しいことではあったが、状況から言ってプッチ神父は『黒』と断定。
出来る限りの対話を望んでいた白蓮といえど、こうなれば実力行使も視野に入れる。一人残った白蓮は、実に落ち着いた姿勢でプッチと言葉を交わしていき、彼の本意を紐解こうと試みた。

「あら、私一人ならどうとでもなるというのでしょうか?」

「軽く見ているわけじゃあないが、所詮は神に縋ることしかできない尼だ」

「お互い様では?」

「まさか。私も神に仕える身だが、神とは縋るものではない。君たちが崇める所のそれは、力のない民衆が最後に頼る、当たるかもわからない夜店のクジ引き屋みたいなものだ」

「では問います。貴方個人にとって、プッチ神父さん。……神とは何でしょう?」

「人と人とを。或いは運命と運命とを巡り逢わせてくれる超常的な存在。ある時は『引力』と呼ばれるそれを、人は決して拒めない。だから覚悟の足りない民衆は、時にそれを崇拝し、時に拒絶する」

穏やかとも言える会話の裏筋には、確かな闘気が沸々と湧いて出てきている。
聖白蓮のものであった。穏便に済ますなどということは不可能だろう。プッチの方も衝突の予見をその肌で感じる。

「定義など宗教によって様々……それもまた、素晴らしい考えなのだと私は思います」

「それはどうも」

「では話を変えましょう。そこで横たわっている静葉さんに、何をしたんですか?」

「夢を見ているだけさ。彼女に『引力』が作用しているならばすぐにも起きるだろう。もし、素養がなければ……二度とは起き上がってこないだろうね」

「それもまた、貴方の言う『神』が引き起こす出逢いなのでしょうか」

「神は、いつだって我々人間を引き逢わせ、試してきた。これもまた『運命』を克服する為の試練なのだ。おっと、彼女も神サマ……だったっけ? どうでもいいがね」

プッチの足元で目を閉じたまま横たわる静葉の表情は、苦悶に塗れているかのようだった。悪夢でも見る、子供のように。ただ気絶させられているだけでもなさそうだ。

「……どうやら私には、些か足りていなかったみたいですね。───人様の心の内を見透す、観察眼が!」

「人の心など不用意に見るべきではないよ。それは得てして、良くないものが齎されるものだ。……覗かれた本人にとっても、覗いた者にとっても、ね」

これ以上、会話など必要ではないと判断したのか。恐るべき速度で先に飛び掛かったのは白蓮からだった。プッチはそれを受け、身構えるも決して動じない。


「お淑やかな美人かと思えば、その血の気の多さ。全く……意外と破戒僧なんだな、聖白蓮」

「それもまた、お互い様でしょう! 邪なる神父は、仏罰で苦しむがよいッ!!」


黒煙のシルエットを背景として、ここにまた相容れない聖職者達の争いが勃発した。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

『秦こころ』
【真昼】B-5 果樹園の小屋 前


見た目に反して他愛もない相手だなと、こころは思う。
目の前で狂い踊る襲撃者の名前をこころは知っているわけではないが、以前にも弾幕を交えた相手ではあった。
これ程までに安直で後先顧みない闘い方をする人間だったか。石仮面の恩恵で攻撃性が増したこころですら、頭の冷静な部分ではそんな評を下す始末だ。

「~~~~~~~~っっ!! なんでよ!?!? どうっして!! 当たらないんだッ!!
 ■ね!! 死■!! ■ね!! 死■!! ■ね!! 死■!! ■ね!! 死■!! 死ね死ね死ねぇぇえええ!!!!」

癇癪でも起こしたみたいに喚き散らしながら爆炎を放出する妹紅の攻撃を見切ることは、あの尼僧の強烈過ぎるそれと見比べれば随分と楽なものだった。
妹紅は元々、不死にかまけた行き当たりばったりというか、言ってしまえばずさんで被虐的な戦闘スタイルだった気がしたが、今の彼女はそれにも輪をかけて酷い。
弾幕ごっこの基礎である『美しさ』など欠片も見当たらず、醜悪で凶悪な火炎弾幕を滅多矢鱈に撃ち出す。ひたすらそれの反復だ。これでは猪を追う猟師の方がまだ上等な腕前だ。
無論、これは美しさを競う弾幕ごっことは違う『殺し合い』。こころもゲームに乗っているわけではないが、だからと言ってごっこ遊びに興じる程遊んでいるつもりもない。
逆を言えば、殺戮を繰り出す相手に対してこころは真剣に相対しているからこそ、余計に妹紅の荒さが浮き出て見えてしまっていた。

感情など無い。表情もメチャクチャ。何にも考えていない。
故に攻撃の幅も、稚拙で幼稚。噴き出す火力こそ高く、レンジも脅威の広範囲となるが、相手の挙動をしっかり見ていれば対応は容易かった。

「あああああああ灰にしてやるゥゥうううあああっ!!!!」

「最高に灰(ハイ)ってやつだァァああああああッ!!!!」

猛る黒焔のスキマを器用に潜り抜け、石仮面により鋭さを増幅させたこころの蹴りが妹紅の腹を突き刺した。
隙だらけの脇から射抜かれた豪速の足先が、妹紅の肺に溜まった空気を圧縮ポンプのようにして瞬時に押し出す。たまらず妹紅は地面に転がった。

「弱いッ! 思った以上に! 想像以上に!! 幻滅するほどに弱いぞ!!!」

狂気的な雰囲気に呑まれかけていたが、これでは若干拍子抜けだ。出会い頭に不意討ちでも受けていたならともかく、こうして広い場所で面と向き合い柔らかく対処すれば、この怪物はいかにも見掛け倒しである。
この闘い、攻勢に出ていたのは圧倒的にこころだ。元々こころも付喪神としては相当上位レベルの高い力を蓄えていた面霊気であり、前エシディシ戦で負傷があったとはいえ、ジョナサンの波紋によって大方の回復は済んでいた。
対して妹紅の戦闘をよくよく観察すると、“痛み”への忌避が異様に大きいように見える。つまりは、必要以上に被弾を避けているようなのだ。
確かにダメージへの回避行動とは戦いに身を置く者にとって当然の義務とまで呼べるが、妹紅は蓬莱人。『不死人』なのだから、ある程度の負傷など無視してでもゴリ押すスタイルをとれば、戦況もこうまで傾かなかっただろう。
彼女がこの様な気狂いに至った経緯は計り知れないが、皮肉にもそれは妹紅本来の戦闘能力を大幅に削ぐ結果にしかなっていない。こころは荒れ狂う弾幕を回避しながら、そんなことを思っていた。

とにもかくにも、この結果は当然と言えば当然である。(一応は)正気なる頭で考えながら機動に重きを置いた強者と、前方もまともに見えているかすら怪しい狂者とが弾幕格闘を行えば、結果などそこで轟々と燃える小屋の火を見るより明らかだった。


「あ……ぐ、ぅぅう、う、う…………っ なんて、ひどい…………!」

「……貴方の心に、何が起こったの。酷いのは貴方のお顔だよ? 喜びのお面、一個貸してもいいけど」


早くも勝負は着いた。パチパチと炎の弾ける音をバックに膝を突く妹紅を見下ろしながら、こころは問いかける。
着用していた石仮面も外し、いつもの無表情……『素の表情』で、『素の心』で、こころは目の前の怪物と言葉を交わしたかった。

喪われた表情を取り戻すには、結局は暴力でなく心───すなわち『言葉』や『繋がり』なのだと、彼女は知っているからだ。



「───なん、て…………酷い酷い酷い酷い……ひどいヒドイよ私は何もしていないのに私はただ私は死ニタクナイダケナノニ」



それでも。
それでも言葉が、心が、気持ちが通じない相手も存在する。
繋がりも、過去も、全てをひっくるめて、死の幻想〝ネクロファンタジア〟の内へと捨て去った者のことだ。


「あああぁァァアアあアぁぁあああぁあぁぁああアアアもおおおおぉぉオオうざいなアァアアアァァアアアアッ!!!!」


人間は、そうしてヒトのカタチをとった『怪物』へと変貌するのだ。
彼女は、己が狂った彷徨い者だと気付いてもいない。


「…………………………………………私は、哀しい」


長い沈黙と逡巡の末にこころが導き出した言葉と答えは。
どうにもならない無気力と、沈みゆくような悲哀や悔しさの表情。
とうとう……この怪物へと、人間らしい感情を思い出させることが出来なかった───我が非力さ。
答えと呼ぶにもおこがましい、存分に痛感した『結果』を噛み締めて、彼女は決意する。


「──────ごめんなさい」


せめて最期にかけてあげたかった言葉は、そんなありふれた、慰めにもならない言霊。
彼女の目的は感情の喪失……つまり『死』を防ぐことだ。そんな彼女が自ら他者の命を奪うなんて、可能な限りやりたくないに決まっている。
しかし目の前の少女は違う。既にして、その感情自体が消滅している。とうに死んでいるのだ、この存在は。
狂気的な表情を浮かべているように見えるが、こころからすればこんなモノは表情とはいえない。抜け殻の躰に遺された残り香を、機械的に映し出しているだけだ。
妹紅をこれ以上放っておくことは、死を蔓延る原因になりかねない。それこそが、こころの真に恐れる事態。


両手に霊力で形成させた扇子を顕現させ、のたうち回る妹紅の首を狙う。決して外さぬよう、苦痛だけは与えないよう。
これ以上、見ていられないのだった。これもまた、自己満足にしかならないのだろうか。

扇子が振り翳され、力一杯に落とされる。


「…………さような」


スパァン


「──────ら?」


赤に彩られた骨と共に勢いよく切断された肉塊が、血飛沫に塗れて吹っ飛んだ。

バランスを崩したこころが大きな尻餅をつき、“自分の切断された右足”を不思議そうな無表情で凝視する。


(…………)

(………………っ?)

(…………あれ? あれあれ?? なんだなんだ、痛いぞ。これは、私の…………足?)


表情は頑として歪ませることなく、実に見事なポーカーフェイスを形成したままに、こころは歪んだ。
ぷつぷつと、額辺りから脂汗が一斉に湧き出てくる。痛みを表情として的確に表現する術を彼女は仮面以外に持っていないが、痛覚が無いわけでは決してない。
ましてや落とされたのは妹紅の首でなく、自分の足首から先だというのだ。焼き鏝にでも当てられたかのような熱がまず先で、次に疑問と驚嘆、遅れて最後に肉を捻じ切られる痛覚が彼女を襲った。

「~~~~~~~~……ッッ!!」

脊髄反射で狐の面を被る。声にもならない悲鳴を響かせるより先に、こころは倒れたままに身を捻りながら大声を上げた。


「聞こえているかジョナサンッ!! 気を付けろ!! 『誰か』潜んでいるぞォォーーー!!」


離れてさとりの守護を請け負ったジョナサンに対し、喉の奥から精一杯の声を上げて警戒を促す。
彼らの姿は、半壊して燃え上がる果樹園小屋やその黒煙に紛れているのか、目視できる範囲では確認できない。

「……………??」

妹紅の方も、突然崩れ落ちたと思えば急に叫びを上げたこころに対し、ポカンと口を開けながら眺めるだけだった。
そんな傍目にもマヌケに見える彼女を横目に捉えながら、こころは周囲を見渡す。

(違う……『コイツ』の仕業じゃない。知らない誰かが私の背後から奇襲してきたんだ……!)

今まさに膝突いた妹紅に手を下そうとしていたのだ。彼女が攻撃する素振りなど微塵も見せなかったし、攻撃は確かに背後からだったように思えた。
どこの卑怯者が降って湧いたのだと、警戒心を最大値にまで引き上げて周囲を確認するも、下手人は姿でも見られたくないのか、やはり影も形もない。
考えられるならあの秋の神様とかか。その協力者であった寅丸星も併せて十二分な容疑者候補だが、彼女達はあの聖職者らが話を付けているはずだ。

かなり、マズイ……! 『深い』……くそっ、足へのダメージが深い!

「痛い時の表情……違う違う。こんな時は、え~~~~っとえ~~~~っと……」

「なんだかよくわかんないけど これってチャンスなのかな」

幽し風体で、妹紅はニヘラと笑みを浮かべながら蘇生(リザレクション)を終えた。
悠々と立ち上がるその様は、まさにふざけた自己回復能力を孕む蓬莱人であることへの証左。何という皮肉か、それに気付いていないのは本人だけだ。

「えっとえっと驚いた時の表情……は今更か。あれっ どこだ、まずいぞ。反撃の時の表情……そんなのあったかな」

ガンガンと黒焔の出力を高めていく妹紅を前に、こころは立ち上がれない。無表情でパニックに陥る彼女は現状で最善のお面を取捨していくも、この期に及んで面霊気の性をなぞっただけの行為に何ら意味など無い。
エシディシと対峙した時にも感じた、本当の意味での『零感情』。今の妹紅がケタケタと浮かべているような“死”そのものがこころの顔にも貼り付いてしまう。
想像だにもしたくない。自分はこれから、全ての感情を永遠に奪われてしまうのだ。


「お前のような奴は、人間であるわたしが退治(ころ)してやる。仮面の怪物」



地獄の底から蘇った怪物の吐く黒い息が、こころの表情を撫でた。
どこまでも、どこまでも虚ろを感じさせる嘆きが、短い声のカタチをとって──────


「■ね」


絶命必至の火焔が、こころを包んで黒に染まる。

視界一杯が、墨汁でも垂らされたように黒々さを浴びた。




「──────あ…………





           斬
            ッ
           !





            …………れ?」




瞬間、目の前を覆っていた漆黒色の火幕が、スッパリと両断された。
「斬ッ!」などという擬音らしき文字が、可視化されてこころの瞳に飛び込んできたような気すらした。
それ程に圧倒的な速度と鋭さを纏った、銀色のつむじ風。目前に迫ってきた回避不能の反則的な火炎弾幕が、それによって縦に裂かれたのだ。

斬った。
銀の剣戟が、黒の炎を、真っ二つに。
光をはじく銀灰色。雪景色を連想させる銀世界が刀身より反射せしめ、灰を喰らう黒炎に光芒一閃の道を斬り開いたのだ。


「ひとつに。挨拶もなく突然に剣を抜いたこの無礼。まずはお詫びしよう……仮面のマドモアゼル」


炎を、刀剣にてブッた斬る。こんな冗談のような離れ業が為せるのは、この場にて唯一人。


「ふたつに。君の失われた、綺麗だった御御足……我が足りなさゆえ、間に合わなかった。……すまない」


達磨のように転げるこころの前に、男が立った。
千切れ飛んだ脚の痛みも忘れるくらいに、その男の存在感は眩く映った。
今更ながらにこころは悟った。自分は、絶体絶命の窮地を救われたのだ、と。


「みっつに。緊急時ゆえ、こちらで勝手に判断させてもらった。……“斬るべき敵”を、だ」


白銀の男は語る。漆黒をも切り裂く、その鋭い瞳で。
彼の傍に立つのは、銀色の甲冑を纏う戦士。

男が───銀の戦車が炎に向けて繰り出した斬撃は……ただの一瞬。〝無数の一閃〟であった。


「最後になるが、自己紹介させて頂きたく。我が誇り高き名はジャン・ピエール・ポルナレフ」

「───斬れねぇーモノなんぞ、あんまりねぇぜ」


そして、それで終わりだった。


「…………が、うァアアッ!?!?」


口上を終えると同時、妹紅の全身がカマイタチにでも襲われたかのように、遅れて斬り刻まれた。迫り来る“炎ごと”、ポルナレフの剣閃はそのまま妹紅をも八つ裂きに斬り裂いたのだ。
たった一撃で妹紅の炎は真っ二つに両断されるどころか、その炎を刀身に纏わせ、光を反射するかの如く相手へと返す業を披露した。
皮肉にも己の炎に包まれることとなった妹紅だが、これは彼女の着込んだ『火鼠の皮衣』の効能によって無効化される。
しかし、それまでだ。突如現れたこのイレギュラーの魅せつけた剣術は、あまりに精巧、神速、強力無比の一閃だった。殆ど不意討ちに近かったこともあり、無数の剣筋を一直線に刻まれた妹紅はたまらず崩れ落ちる。

「ぁ、あ……………………」

全身の筋という筋、アキレス腱及び上腕骨隙間への刺突。それによって発生する神経の切断は、両腕両脚の可動不能を意味する。容赦なしの問答無用。急所を狙った、殺意の斬撃。
妹紅は全身から血飛沫を噴出させ、とうとう何が起こったかも認識できず、呻きながら大地に伏した。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

『ジャン・ピエール・ポルナレフ』
【数分前:真昼】B-5 果樹園小屋周辺の林


プラムの生る木々の中、ポルナレフは握り拳を作って顔を俯けた。
かの麗しき令嬢を護り通さんが為、我武者羅に駆けていた彼が逸る気持ちを抑えて足を止めていた理由など一つだ。
第二回放送。これに付属される死者の読み上げこそ、今彼が最も欲する情報であり、聴き逃しなど絶対にあり得ない報だからだ。

「そう、か……良かった。幽々子さんは、生きてンだな……良かった……!」

かくして、心中では絶望視していた西行寺幽々子の生存は伝えられ、放送は終えた。
気になる所ではジョースター姓の者と、この地に呼ばれて初めに出会ったチルノとかいうおてんば少女の名があったことぐらいだが、そんなことは些事だと言うほどに喜びの比率が勝っていた。

西行寺幽々子は生きている。
明らかになった事柄に光が当たれば、必然と次に行うべき行動への思考が割かれることになる。ポルナレフは二つの選択を迫られているのだ。
まずは当初の通り『このまま目的地である禁止エリア周辺の捜索を行う』べきか。
それとも『ジャイロらが幽々子の確保に成功したと断じ、一旦撤収する』べきか。
目的人物の生存が確定した以上、事を急く必要は無くなったかもしれない。ポルナレフは今後の身の振り方を思案する。



「聞こえているかジョナサンッ!! 気を付けろ!! 『誰か』潜んでいるぞォォーーー!!」



Uターンも視野に入れ始めた時、ぱらつく雨に混じって少女の叫び声が轟いてきた。
よくよく耳を澄ませば、果樹園小屋の方面が騒がしい。戦闘でも起こっているのだろうかとポルナレフは考える。

どうする? 理性的にはせめて何事かを確認しに向かいたいというのが人情だ。しかし、そこに幽々子や永琳とやらの姿がないのなら時間の無駄になることは確実である。
こちらの目的はあくまで幽々子であり、現時点で彼女が死亡していないとはいえ、今なお危機的状況に陥っている可能性も充分ある。もしかしたらポルナレフの助けをずっと待っているかもしれない。
そうであるなら、優先度が遥かに高いのは幽々子だ。いま他の面倒ごとに首を突っ込んでいる暇など、あるわけがない。

自分は、幽々子を護り通す『剣』であると誓ったのだから。


「──────すまない」


ギリと唇を噛み、ポルナレフは小さく口走った。


「すぐに迎えに行きます。あとほんの少し、辛抱していてください。……幽々子さん」


まだ見ぬ“愛しの亡霊姫に対し”僅かに気が咎めながらも、男は駆けた。


ジャン・ピエール・ポルナレフ。
自身の中に燃ゆる『騎士道精神』は、それでも───偶然届いた見知らぬ少女の叫びに背を向けることが、赦せなかった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

『寅丸星』
【真昼】B-5 果樹園小屋 前


とうに穢れきった魂をこんな言葉で飾るのは、とても分不相応極まるものだけども。

「魂が清められる」というのを、身を以て体感した。

聖の言葉の一節一節が、私の鼓膜から体全体を風のように通り抜け、耿々たる光の奔流のように魂を照らしていった。
私にはもう、誰かを救う資格なんてないのに。他者を導く特質なんてとっくに腐っているのに。
聖の為に尽くそうとすることより、聖が私を再び信頼し頼ってくれたという事実の方が、何倍も嬉しかった。

───『“正しき目的”の為に揮うという強い覚悟さえあれば、人は自ずと迷わなくなります』

聖は言った。

今の私が正しい『白』の中にいるとはとても思わないけど。

贖罪のチャンスがもう一度、この頭上へと舞い降りてきたのなら。

私は最後に再び、『正しさ』へと突き向かっていかなければならない。

もう……私は『魔王』ではない。











「…………こ、れは」

我が手に戻ってきた宝塔を携え、寅丸は使命遂行の為、再び此処に戻ってきた。
待ち構えていた光景は、想像以上の悲惨さを物語っている。先程までのように小屋の体裁を保っていた家屋は既に半焼。黒々しく燃える炎がパチパチと音を立て、とても人が入れる状況になかった。
雨の中だというのに、焔の煙は轟々と立ち昇っている。まるで自己の存在を誰かに誇示するかのように、次から次へと高く舞い上がる。

「誰か居ませんか! ゴホ……ッ 何が起こったのですッ!」

火事の煙を肺に入れるのはマズイ。若干腰を屈めながら寅丸は生存者の行方を追う。少なくともジョナサンとさとり、こころの三人が残されているはずだ。
そして、すぐにも目的の人物は見つかった。現場からは少し離れた周辺の場所に、二名の人物を確認できた。

「古明地、さとり……さん」

「……っ 貴方……!」

昏睡状態から復活しているさとりが、怨敵でも発見したかのような敵意と警戒心を含んだ視線で寅丸を睨み付けてきた。
そして座り込んだ彼女が懸命に揺さ振っていたのは──────死んだように眠る、ジョナサン・ジョースターの巨躯。


「…………彼は、どうしたのですか」

「貴方がそれを言うのですか。この、人殺し」


さとりは倒れたジョナサンを守ろうと、拙い所作で彼の前に出た。そのぽっくりと膨らんだ腹部という外見のせいか、まるで母猫が外敵から子を守ろうとする光景のように寅丸には見えた。
「人殺し」と非難するさとりの瞳の中にあるのは、まさにそこで大きく燃えている黒い炎のようにドス黒く、激憤と憎悪を混ぜ込んだ敵対心そのものといった感情。
寅丸は何も返せない。さとりからは殺されたって文句など言えない関係なのだ。第一、そのさとりを本気で殺そうとさっきまで追走劇を繰り広げていたのは他ならぬ自分ではないか。

「近付かないで。……よくもまあ、いけしゃあしゃあと私の前に顔を出せましたね」

「あ……っ、……っ」

「もう一度私を始末するために? 今度は善良なる僧侶を装って?」

「わ、私は…………」

「……つい先程、放送が聴こえてきましたね。私の大切な家族……お空の名前もそこにありました」

「…………っ!」

「『実際に彼女の命を直接奪ったのは静葉さん』……ですか。だから自分は悪くない、とでも?」

「ち、違い……!」

「ええ、ええ、分かってます。貴方が誰かに罪を擦り付けることをやらないなど。生半可な覚悟を背負ってここに現れたわけではないことも」

「…………私、は」

「『聖に頼まれ、私たちを救いに来た』……ですか。ご立派な利他行精神ですね。素晴らしい行為だと思います」

「……私は、貴方に───」

「『赦してもらおうなどとは思ってません』……ですか。私を殺そうとした事は、この際水に流しても構いません。他人から敵意を向けられるのは慣れてますから」

「…………」

「ですが、貴方は確かに私の家族を殺しました。奪ったんです。こればかりは到底流せない。私の言うこと……間違ってますか?」

「……その、通りです」

「『何もかも聖の為だった』……ですって? それが貴方流の正義の免罪符というわけですか」

「違いま───!」

「『違わない。私は殺生を犯した禁忌を、聖から見放されるかもという耐え難い恐怖を、この上ない善行によって帳消しにしようとしている屑。罪と向き合うなどと体のいい事をほざき、綺麗事に逃げ込み、犠牲にした被害者のことなんか何一つ救わない』」

「…………ッ!」

「『本当は自分の為。私は、私自身の穢れた心を救いたい。ただそれだけの為に、実に利己的な気持ちで人々を救おうと行動している。聖の信頼を得ようとしている。他人の為にだなんて、考えてすらいない』」

「もう、覗かないで……くだ、……っ」

「『大切な弟子を手に掛けた時だって、その最期の叫びを聞いた時だって、大して心に響きはしなかった。踏み台としか思わなかった。全ては聖の為。全部、ぜんぶ大切な御方の為だったんだから』」

「嫌……いや……いや、ぁ……ちがい、ます……っ」

「『結局のところ、私は聖すらも利用しているに過ぎない。これまでの悪行を正当化しようとは思わないけど、これからの善行だけでも正当化する為には、聖白蓮という免罪符が必要』」

「やめて!! わたしは……そんな事、思ってないっ!」

「『私はいつだって、自分の心に潜む罪悪感を消し去りたいと願っていた。大昔に人間から裏切られた聖を見捨てた、あの時から。いつもいつも、この胸に燻る気分の悪い感情を棄てられる捌け口だけを求めて生きてきた』」

「お願い、します……っ もう、やめ……」



「『私は聖のことを───愛してなどいなかった。本当に寵愛していたのは、荒んだ自分の醜い心だけ』」



サトリ妖怪の囀るその口は、止まらない。
元々“そういう妖怪”なのだ。だから彼女らは忌み嫌われ、迫害され、とうとう地底の底に引き籠った。
そして、そんな自覚もある彼女らだからこそ、そういった『性』をひとたび攻撃に転じることもある。時には誰かを苦しめようと、まこと勝手に他人の心の鍵を開き、覗くことをするのだ。

周囲がシンとしたように錯覚する。自分の心臓の鼓動も聴こえてきそうだった。
寅丸は大事な宝塔まで地面に落とし、隻腕となった腕でギュッと力強く耳を塞いでいた。だがどうしても、片腕では左右の耳全てを塞げない。
結局、さとりの囀る口撃は受け流されることなく、その一字一句全てが寅丸の耳に這入り込んできた。
その憐れな姿をさとりは、サードアイを胸に構えながら正座でじっくりと覗き続け、やがて小さな口を開いたのだった。


「…………これは『バチ』です」

「…………」

「貴方のやってきた行為は、決して他者から清められるものではない。勘違いした紛い物の正義に、免罪符など存在しない」

「……言葉も、ありません」

「この『第三の眼』で覗くまでもなく……貴方の核心など、私の瞳からは外道にしか映りません」

「…………」

「寅丸さん。貴方は本当に『償い』がしたいのかしら。それとも自分に都合の良い『言い訳』を求めてるだけなのかしら」


さとりは、怒っていた。
傷付け、奪い、陥れられてきた相手が、掌返しで正義面している。今度は自分たちを救いに来たなどとワケの分からない事を宣っている。
いったい何様で現れたのか。挙句の果てにその心を覗いてみれば、この女は結局自分のことしか考えてなかった。
痛みを受容する心構えが足りてなかった故か、恩人から赦された瞬間、晴れ晴れとした気持ちで浮かれる。あまつさえ涙など流し、今度は人を救うなどと大言を吐く。奪われた者たちを差し置いて、あろうことか自分だけは清められた気になっている。
人も妖も、生きていれば道を誤るものだ。寅丸星という少女は、それでも罪と向き合い、贖罪の為に生きようとした。それは紛うことなき本心だろう。
しかしその贖罪の先にあるものは、自らが救われたいという自分本位の弱音。その感情自体は抱いて然るべきという当たり前のモノかもしれないが、そういった不修多羅な想いは他人に曝け出さず、せめて心の内に隠しておくというのが人の情。
ましてや目の前にいるさとりは、家族を奪われた当事者その人なのだ。正しいとか間違っているだとか、そういう道徳的な問題ではない。
『悟り』も開けぬ青二才に、『サトリ』妖怪である古明地さとりが遅れを取るものか。心をはだけさせ、覚り、最も脆い部分を覗く。
この妖怪の心など、いま……全て知れた。煮るも焼くも、命綱を握るのはさとりだ。


果たして、これは誰の責だろう。
己の弱心を捨て切れなかった、寅丸星か?
それとも、誰しもが抱くそんな本音を覗いた、古明地さとりか?
確実に言えることは、寅丸星は自らの弱さが原因で修羅に堕ち、古明地さとりは大切な家族を奪われたという、変えようのない結果だ。

被害者なのは──古明地さとりと、その家族なのだ。


「…………ここを襲った下手人は『二人』」

「…………」


次第にさとりは話を本筋に戻し始めた。苦しむ寅丸の姿を見て溜飲を下げたとでもいうように。
呼吸を整え、ポツポツと語り出す。寅丸は膝を折り、顔を俯けながら話を耳に入れる。その表情は、如何なサトリ妖怪でも読み取れない。

「一人は黒い炎を操る怪物。向こうで秦こころが抑えています」

「……ふた、り」

「そしてもう一人。問題なのはこちらです。たった今、負傷している私とジョナサンを奇襲してきた謎の存在がいました。人間には見えませんでしたが、妖怪とも違ったように思えます」

「……それは」

「『スタンドかもしれない』……ですか。スタンドというものがどういった概念なのかは、貴方の心を読めば理解できます。先の『足跡』のような幻像と同じ存在……スタンドにも、色々あるのだということが」

そうしてさとりが語った内容は、寅丸星がここへと辿り着く直前に起こった事件だという。
黒い炎を撒き散らすあの怪物の襲撃を受け、一先ずは戦線を離脱し治療に専念しようとした所だった。
何の前触れもなく、二人の前にいきなり『スタンド』が現れた。奇妙な紋様が刻まれた包帯状のラインが全身に走っており、言葉も操れる人型の白い幻像だったという。
それはさとりがこの会場で覚醒し、最初に出会ったあの『赤い悪魔』と似たタイプの幻像──スタンドだったのかもしれない。

そこからは一瞬での出来事だった。その白いスタンドがジョナサンの額に触れたかと思うと、何か『円盤』のような物がそこから飛び出してきた。
不気味な白スタンドがそれを奪うと同時、急にジョナサンは意識を失ったのだ。何か彼にとって致命的な物が失われた……さとりはそう感じた。
更にそいつはそれだけに飽き足らず、二人を完全に絶命させようと乗り出してきた。さとりは満足に動けない身体でありながら、決死の抵抗を見せた。
相手のトラウマを蘇らせる攻撃。得意の“想起「テリブルスーヴニール」”である。
通常、スタンドはスタンドでしか攻撃できないルールであり、さとり自身はそのことを知らなかった。思い返せば魔法の森で寅丸のハイウェイ・スターにこちらから触れられなかったのは、そういうルールだったのか。
だが何故か襲ってきた白いスタンドは苦しみだし、脂汗まで掻きながら逃走したのだという。肝心なスタンドの心を視ることまでは不可能だったが、ハッキリと効力があったのは明白だ。


「───そうして私は何とか難を逃れましたが、彼はずっとこの状態です」


話を終えたさとりは、眉をしかめて酷く憂鬱な顔を作りながらジョナサンの胸に手を置いた。心臓も動いておらず、生気がまるで感じられない。
いったい何だ? あの謎の『円盤』は。

「……そのスタンドは、どちらへ?」

「燃え盛る小屋の方へ、慌てて。……あちらではまだ、面霊気ともう一人の襲撃者が戦っていると思います」

雨土の上でも構わないというふうに、さとりは正座のままでスタンドの逃げていった方向を指し示した。

まさにその時──示した方向から、雨音に混じって叫び声が轟いた。


「聞こえているかジョナサンッ!! 気を付けろ!! 『誰か』潜んでいるぞォォーーー!!」


こころのものだった。件のスタンドと思わしき潜入者の存在を、今や起きることのないジョナサンに向けて懸命に伝えてきたのだ。
さとりにとって、ジョナサンは大恩ある人物。慈しむようにその男の手を支え、やがて口を開いた。

「寅丸さん」

「……は、い」

「救ってあげてください。寅丸さんの本心がどうであれ、貴方が行おうとしている行為は……誰かから必要とされているもの。私はその道まで、否定しようとは思っておりません」

「……心に深く、刻んでおきます。……あ──」

「『ありがとう』だなんて、言わないでください。私はこれ以上、貴方と会話などしたくありません」

「……っ」

「出来ることなら、貴方の顔だって二度と見たくない。……彼は私が看ます。早く、行って」

「…………失礼します」

小さな小さな一礼をした寅丸は、再び戦場へと駆け出していった。
その後ろ姿は、まるで子供のように弱々しげで、今にも突っ伏しそうなほどに朧気に見えた。

「…………ふ、ぅ」

さとりは彼女の姿を最後まで見届けると、震える息を微かながら吐き出し、そして────

「───あ、」

両腕を己の肩に抱くようにして回し、今度こそ完全に顔を俯けると……雨に紛れて小さな嗚咽が鳴り出した。
今まではそれどころではなかったが、憎き相手の姿がなくなると、堰を切ったように感情が溢れだしてきたのだ。


「……こい、し。ごめん、ね。ごめん、なさぃ……お姉ちゃん、最後まで貴方を支えてあげられなかった……っ」


愛する家族の名は……『二回』。放送の中に、二回読み上げられていた。
今度こそ家族として向き合おうと誓ったお空。彼女の死自体は、状況からして何となく予想できていた。だからその名が呼ばれた時は、激しい悲悼こそあったものの、衝撃は然程でもなかった。
しかし愛する妹の名。それが耳に入った瞬間、古明地さとりの『心』には修復不可能なほどの傷が入ってしまった。

「こ、ぃし……こい……っ、…………ど、ぅ…し……て……っ」

恐れていた事態が起こってしまった。
妹は決して強い妖怪ではない。殺し合いに進んで励む残忍な性格でもない。むしろ、非常に心の弱い子だったのだ。
弱さゆえに第三の眼を閉じ、弱さゆえに心を閉ざした。だからこのままでは、あの子は邪悪な存在に近い内に殺されてしまうと、思っていたのに。


何も、出来なかった。
家族として。姉として。


放送を聴いた瞬間、頭の中に鉛か泥でも注がれてしまったような陰鬱な気持ちが湧いた。
そんな折に、一番会いたくない女が正義面してやって来たというのだ。

ぶちまけてやった。
思い思いの毒を、然も正当性を纏わせたかのように、力一杯に吐き出してやった。
吐いて、糾弾して、傷付けて、再び正義の道を歩もうと立ち上がった少女の心を、壊してやりたかった。
「悪いのはお前なんだ」「被害者はこちらの方だ」と、尤もらしい詭弁で殴りつけて……傷付いたこの心を、少しでも晴らしたくって。
透かして見えた心の声を、寅丸がより傷付きそうな言葉に組み替えて、敢えて罵った。そこに私の抱く敵意も反映させ、歪んだ形で暴露してやった。
必要以上に、故意的に攻撃した結果、寅丸星はどうなったか。どんな顔をして、正義を執行しに向かっただろうか。
そして吐くだけ吐いた私の心は、どうなったか。今、私はどんな顔を作っているのか。


結論から言えば、心の中はちっとも晴れてくれやしなかった。
少しもスカッとなんかしなかったし、寧ろ自分は何て惨めで、自分勝手で、嫌な女なんだろうとさえ思えてきた。
徒に他人を咎めたばかりか、自分は被害者面して、涙を絞って、今ではこうして何もせず座っているだけだ。
罪を悔い、決して赦される行いではなかったと自覚し、その上で自分なりの正義を奮おうと立ち上がった寅丸星の方がまだ清廉潔白なのではないか。
そんなドロドロとした卑屈な感情が、突然に湧き上がって来たのだった。

こんな事なら、最初から覗かなければ良かった。
私にとっても、彼女にとっても、齎されたのは黒い感情だけ。
心の何処かで期待した様なカタルシスなんて、全然得られなかった。語れば語るだけ、黒ずんでいく心も死すようで。
沈みゆく夕日に染まるような私の真っ黒な心は、想像とは真逆の……まるで黄昏のカタルシス。



「──────私って…………ほんと、最低」



もう、何もかもがどうでも良い。

孤影悄然の少女と、謹厳実直の紳士の躰が、胸を叩きつけるような雨の中へと包まれていった。





             ◆




「─────────な」



ここに居合わせた一同───ポルナレフと、こころと、寅丸の全員が同時に驚愕し、声を呑んだ。
僅かに漏れてしまった動転は、誰のものだっただろうか。あまりにも突然のことで、視界に映る動きの全てがスローモーションに見えた。

ポルナレフの冴え渡った驚異的な剣術が、対する怪物───藤原妹紅を完全に行動不能とした筈だった。
瞬く間に全身を斬り刻まれた妹紅が大地に沈み、それを苦い目で見届けたポルナレフは『銀の戦車』を収め、こころへと振り返った。

その瞬間。全く、その瞬間であったのだ。


「───■■」


明瞭不明の呟きが、ポルナレフのすぐ背後から囁かれた。
何者かが背中に絡み付いている。抱きしめられた、というよりも絡まれた、という表現の方が適切だと言えるほど、ねっとりして気色の悪い組み方だった。
男は、背後を振り返るより先に疑惑が脳裏を掠る。
全身筋肉も神経も、急所という急所を完全に突き刺してやったはずだ。起き上がれるはずがない。ましてや、こんな機敏な動きを出せるものか。


───敢えて致命的な事実を述べるのなら。ポルナレフはこの怪物の正体が不死人……『蓬莱人』であることを知らなかったことだろう。

───そうと分かっていれば、瞬時に心臓を串刺し……『即死』をお見舞いしていた。それを行わなかったのは、様相の不気味さを差し引かずとも、見知らぬ少女を出会い頭で刺し殺すなどという卑劣さを彼が毛嫌いしていた性格ゆえだろう。


「シルバーチャ───!」


収めた剣を、再び抜刀することは叶わなかった。
銀の戦車と命名した我が精神像を召喚せしめる叫び。その名を轟かせる喉の奥から、気道から、肺から。
超高温の黒炎が呻き声をあげ、男の叫びを上塗ったのだ。

「カ゛ァ゛ッ───!?」

背から肺へと。肺から喉へと。眼孔も鼻腔も、いずれは顔面が内側から焼け爛れ、体内・血液中の酸素が一瞬にして消滅した。
まるで死神が死期を悟った人間を補足するように、黒い不死鳥の翼を生やしたその怪物はポルナレフを決して逃がさない。
地獄絵図であった。もはやポルナレフの姿は激しく燃え上がる黒炎によって影すらも見えない。焚き上がる煙が破壊と再生を繰り返し、男の苦悶や絶望の表情を形成するようにも見えた。


「■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■」


猛々しい炎の渦を形成する呪縛の中心から、少女の恐ろしい呻きが永遠のように流れてくる。
最早それはヒトの声などという生易しいモノではない。暗闇の中の呪術師が怨み節を延々吐き出すような、この世にあってはならない類の呪言そのものだ。
それは焼かれる者にとっても、場面を覗いた者にとっても、最悪の人体発火光景でしかなかった。




【ジャン・ピエール・ポルナレフ@ジョジョの奇妙な冒険 第3部】
【残53/■■





「…………っ!」

すぐ目の前で“それ”が行われたこころにとっても、例外なく悪夢。しかも男は、窮地に陥った自分を救った人間だ。
礼も、会話することもなく、殺された。どう楽観的に見たって、確実に死んでいる。一瞬でそれを悟れるほどの高熱なのだ。
見ていられない。こころは恐怖の面を被ることすら忘れ、再び両手で顔を覆う。流れ込んでくる『死』の感情に、耐え切れない。
面霊気の周囲を漂う幾多もの面が、全て裏返しに落下した。見たくもない感情から目を背けるように。

「そ、んな…………」

そして、寅丸星は立ち尽くす。
白蓮から託された想いは。贖罪の為の正義は。
呆気なく、燃え尽きようとしている。何も出来ず、愕然と立ち尽くすのみ。
今目の前で燃やし尽くされている男を彼女は知らない。それでも、彼が自分の中の正義を掲げて戦ったのだということは、何となく理解できる。
誇りと勇気のある人間だったのだろう。本当に救われるべきは、彼のような男だったはずだ。

遅かった。寸での所で、間に合わなかった。
何故だ?
果たしてこれは誰の責なのだろう。
恐怖に負け、過去を捨て去り、感情までも零とした怪物、藤原妹紅か?
自分の中に燻る醜悪な感情を、嫌悪する相手の口を借りてひたすらに吐露し続けた、古明地さとりか?
サトリ妖怪の糾弾さえ無ければこのような事態に間に合えたはずだと、己の弱心を棚に置いてまたも逃げ道を作ろうとする、寅丸星か?
確実に言えることは、自分はまだ何も正義を執行していない。被害の拡大を防ぐ者は今ここに立つ寅丸星しか居ないという、意地の悪い運命が招いた状況だ。

奮起すべきは──毘沙門天の代理として輝く、寅丸星なのだ。


「ぅ、……ぁあア……痛い……身体が、ズキズキする……」


どれほどの時間、男は火あぶりに掛けられただろう。そのうち炎は情勢を鎮めていき、渦の中から黒髪の少女がブツブツと呟きながら現れた。
少女はだらしない目で何事か喚き、自分の身体を掻き毟っている。様子とは裏腹に、刻まれたダメージは既に回復しているように見えた。
幾ら何でも再生が早すぎる。あれほどのダメージがもはや無かったことのようだ。蓬莱人と言えど、妹紅の見せたリザレクションは通常の治癒力と比べて遥かに桁違いだった。
かつてまでの妹紅と違い、今や恐ろしい程に『生』を望む怪物が生み出した偶発的なスキルだろうか。それが彼女の理性を対価に得た能力であれば、こころが評した“荒っぽいだけの幼稚な戦闘力”とは単純に言えなくなった。

焦土の跡に残ったモノはと言えば、鼻を突くような悪臭を放つ脂ぎった灰と、焼け焦げた四肢の先端のみ。
紛れもなくポルナレフの両腕と両脚だった。身体の中心から爆砕したような、死体とも呼べない屍体が肢体と化して、無造作に散らばっていた。
寅丸は静葉と共に、霊烏路空を惨いミイラ死体へと変えた拭いきれない罪があったが、今そこの怪物が作り上げた死体はそれ以上の凄惨な物体を遺した。

「……何処のどなたかは存じ上げませんが、貴方のような怪物を野放しにはできません。せめてその哀れなる魂、この寅丸星が清めましょう。我が『宝塔』の加護を以て」

自分で自分を、相応しくない口上だと思った。どの口が言うんだろうと、心では卑下した。
サトリ妖怪の見透かした通り、今の私に誰かを裁く権利なんて無いはずなのに。私は私のエゴで正義を騙り力を働く、最低の妖怪。若しくはそれ以下の屑。
でも、自分にはもうそれしかないんだ。
あの人が、聖が信じてくれた私を、私自身が信じられずにいたのなら。

それはもう私ではなく、寅丸星の抜け殻。


「光符『正義の威光』」


償いだなんて、嘘かもしれない。言い訳でもいい。エゴだなんて、最初から分かってた。
無意識の内に、あの方を自分の為に利用しようとしていたのは否定出来ない。さとりが語った正義の免罪符という表現は、核心だった。


それでも……私は本当に、聖のことを───────


















「──────────────え?」


怪物の黒炎に包まれ、気付けば私はボロボロに吹き飛ばされていた。


(……………………あ、れ? な、んで……?)


手にしていた宝塔の輝きは、いつの間にか消えている。
私の身体から、正義の加護は消失していた。

(え…………ほ、宝塔の加護が、発動しない……?)

ほんの少し前までは確かに光を纏っていた宝塔から、力の一切を感じなくなっている。
私の内に秘める力の、実に八割は宝塔の加護による恩恵。これが手に戻る前までは、他の武器やスタンドでその溝を埋めていたのだけど。
ようやく全ての、寅丸星としてのパワーを発揮できると思ったら、一体……

「どう、して……!? 私の、宝塔が…………なん、で…………」

私は、とうとう自分の宝塔にすらも見捨てられたのか。
これはやろうと思えば、私以外の者でも扱える神具の筈なのに。
聖も、これはある正義の男性が最期に託した物だと言っていた、筈なのに。
どうして、私だけが、見捨てられて…………


やっぱりわたしには…………『せいぎ』をふるう『もくてき』も、『かくご』も、なかったの?


怪物の容赦ない炎が、正義の装束を燃やした。
私は自信消失のあまり、回避することも叶わず、また吹き飛んだ。
揮えない。奮えない。震えるばかりの心に積もりゆく覚悟なんて、死への覚悟だけだった。
朧気に薄れゆく頭の中、膝を折りながら私は意を決して反撃にでた。

「は……『ハイウェイ・スター』っ!」

宝塔が無用の長物となった今、私が持つ事実上での最高の武器だ。
たとえ加護がなくたって、私は充分に戦える───


「なんだ これ。……足跡? 変なの」


───ハイウェイ・スターが、マトモに動いてくれない。


「う、うそ…………」


無数の足跡が、陸に上げられた魚のように痙攣しながらバダバタもがいている。怪物は珍しいものでも見るかのように、それらを冷めた視線で眺めるだけだ。
ハッとして私は周囲を見渡した。辺りは火の海であり、ここら一帯の温度はまるで鍋の中の煮炊き芋だ。
忘れていた……! このハイウェイ・スターは『炎』に撹乱される性質を持っていたのだ。
魔法の森にて霊烏路空が放った超巨大な火球により、この足跡たちは一時的に使い物にならなくなっていた。今回も、それと同じ轍を踏んでしまったのだ。
ターゲットの『ニオイ』を、憶えられない。捕捉、出来ない……!



私は……これから殺されるのか。
異形の少女が三度吹き荒らした黒い炎渦によって、私の全身はもう一度大きな火傷を負い───────今度こそ視界が真っ黒に染まった。



             ◆








都合の悪い、何かから逃げ出すように。

都合の良い、何かへと追い縋るように。

ひたすら、脇目もふらずに走り尽くしてきたつもりだった。……これでも。

辿り着けるかも分からない、遠い遠い処に煌く星の光を目指して、私は此処まで来た。

そんな私の生き方を嘲笑うように、黒い炎は私の命を蝕んだ。

真っ黒となった私の世界。ここには、標となる正義も、聖の博愛も、光の加護も無い。

何も無い、死の世界。
暗闇に浮かんだままの私は、ちょっぴりだけ太陽の光が恋しくなった。




     ガサ


入り乱れた落葉を踏みしめるような渇いた音が、項垂れる私の意識を覚醒へと引き戻した。
気配の方向に頭を動かすと、『彼女』がそこに立っていた。



「……会いたかったですよ。───寅丸さん」



彼女はそう言って仰向けに倒れ込んだ私をジッと見下ろしている。これも幻覚なのか、彼女の足元には目が覚める様な数の紅葉が目一杯に、ぱらぱらと敷かれていた。
最悪だ。誰にも会いたくない今に限って、よりによって彼女とは。神サマってば、なんて性格が悪いのだろう。……この人含めて。


「……笑いに来たのですか? それとも、ケジメ? どっちにしろ、私はあの怪物に無様に敗北して殺されるでしょう、間もなく。
 此処までは来れた。でも、私は所詮…………此処までだった。自分が自分で惨めなものね──────静葉さん」


秋静葉が、確固とした瞳を向けながら私に対峙する。
いえ、対峙だなんて格好付けたモノじゃない。確固たる意志を失った私に、格好を垂る意思なんか残っちゃいない。
何もかも諦めた格好悪い私は、もはや格好の餌食でしかないのだ。理性を失った怪物が振る、慟哭の霊送り火。
その供物が今の私なのだ。

「正直、戸惑ってるわ。“あの時”、鉄塔の下で私と誓い合った寅丸さんが、まさか此処に来て“そっち側”へ戻っちゃうなんて。笑っちゃう」

「なんだ……やっぱり笑いに来た方じゃないですか。…………それで?」

「随分と卑屈になってるじゃない。焦げついてボロボロになる前の、毘沙門天代理の正装を纏って威風堂々としていた、あの頃の貴方は何処へ行ったの?」

「何処へも…………私はもう、何処へも行けなくなってしまった」

「何処へも、ね」

「……大切なあの方を守る為に『魔王』へ堕ちる決意をしたあの瞬間から私は、本当は死んでいたのかもしれない。今ここでくたびれているのは、寅丸星の抜け殻です」

「へえ。それで? そのセミの抜け殻さんと共に地獄へ堕ちることを決意した、秋神サマの成れの果てに掛ける言葉はそれだけ?」

お互い、意地になっていたのかもしれない。
それぞれ愛する存在を守れず、伸ばされた腕も虚しく空回り。これまでの苦労も苦しみも、犠牲にしてきた他の皆も全部無意味なものだった。
これで何処へ行こうというのか。きっと、私の行き着く地獄にお寺の弟子達は居ないのでしょう。私なんかよりずっと優しく清純な、彼女らなら。

「…………もしかして静葉さん、怒ってますか」

「怒ってますか、ですって……?」

魂が抜けた私の湿り声に、静葉さんはゆらりと反応した。
つかつかと歩み寄るその腕に抱いているのは『猫草』だった。そして今更ながらに私は気が付く。
彼女の持つ猫草が空気を操り、ほんの一時的にこの周囲を空気層で守っている。怪物の吐き出した炎を、空気の清流によって流れを変えているのだ。あの地獄の八咫烏に対抗した時のように。
周り全てが黒い炎に囲まれて。私たちは今、その台風の目の中心で会話していた。景色が真っ黒なのはその為か。……道理で息苦しいわけだ。


「怒ってませんよ」


そうして静葉さんは猫草を横にそっと置き、子を褒める母親のように優しげな口調でゆっくりとしゃがみこんだ。


「寅丸さんは、立派な人だと思います。口では何を決意したって、心の奥底に眠る『正しさ』はそう簡単にしぼみ込んだりしない。
 結局貴方は、最期まで正義を為さんと奮う姿の方が相応しかった。その手がどんなに穢れたとしても、ね」

「違う。違うんです……! 私は、そんな立派なもんじゃ、なかったんです……っ」

「…………」

「私の本性は、寅丸星の本来は……ただの、薄汚いエゴの塊だったんです」

「…………」

「そのドス黒い瞳で映していたのは、いつだって自分の醜い心だけ! 嫌な感情は全部、ぜんぶ他人に押し付けてきた!」

「…………」

「こんな気持ちになるなら最初から正義の道なんて歩まなければ良かった! 聖になんて会いたくもなかった!
 穢れを受け入れたり! そうかと思えばコロリと簡単に諭されちゃったり! あっちこっち、右往左往で定まらない!
 私に“正しき目的”なんて無いッ! 強い覚悟も、守りたい人すらもッ! 守り通したかったのは、私のボロボロな心だけッ!」

「…………」




「私は、聖のことなんか、本当は愛してなど──────」

「それだけは、言っちゃ駄目」




ぴしゃりと、静葉さんが言葉で遮った。
それだけは絶対に口にするなと、難しい表情で私の吐露を遮ってきた。
ハッとなる。私は、今……なにを……


「“それ”を口にしちゃったら、貴方の糸は本当にぷつりと切れて、闇の中に落ちちゃうわ」

「…………あ、」

「寅丸さんが聖白蓮を心から想っているのは───私にはよくわかる」

「あ、ぁ……わたし、は……」

「いいの。貴方は迷っているだけなんだから。でも、貴方までが大切な人を拒絶しちゃったら……残された彼女は悲しむわ。
 ……私にはもう、悲しんでくれる相手すら居ないもの」

「あ……す、すみま───」

「謝らないで。……ねえ、寅丸さん。私は、貴方を笑いに来たんじゃあない。罵る為でも、叱る為でもない」

卑下していく内に自然と浮かんだ玉の涙を拭って、そこから見えた静葉さんの顔に張り付くは……やはり変わらない。
それは、鎧を捨てた生身の覚悟を持つ者だけが浮かべる気概。

静葉さんは、どこからか取り出した『仮面』をひとつ、私の胸にそっと置いた。

「これ、は……? 確か、あの面霊気が持っていた……」

「そう。今、そこで朦朧としていた面霊気の傍に落ちていた『石仮面』を拾ってきた。さっき、プッチさんからこれの詳細を軽く聞いたの」

「あの、神父から……?」

「これは『怪物』を作る仮面。人の生き血を糧に、人を超える圧倒的なパワーが得られる仮面」

「かい、ぶつ……」

「寅丸さん。私は今、貴方へと『惨い選択』を迫っている。私の猫草も、あなたのハイウェイ・スターも、きっとあの『怪物』には通用しない。今はかろうじて空気の盾を作っているだけ」

人を怪物へと至らせる仮面。
私は何となく、静葉さんがこれから何を言おうとしているのかが理解できた。

「『怪物』を倒すなら『怪物』へ成るしかない。ただし、もう一生『元』には戻れない。
 貴方の本来である『紛い物の正義』にも、愛する者を守り通す『修羅』にすらも、きっと」

胸に置かれた仮面を、震える隻腕で持ち上げた。
禍々しく、けれども圧倒的な存在感。これを被れば私は、二度とは戻れない。

「その大火傷……貴方はもうすぐ死ぬわ。このまま『何一つ為せなかった正義』として惨めに死ぬか、『怪物へと成って』愛する人を守るか。
 どっちにしろ、私とはもう相容れないでしょうけど。……貴方には貴方の道を、選んで欲しいの」

本当に……本当に惨い選択だった。
私がここで石仮面を被らずとも、静葉さんはきっと……迷うことなくこれを手に取り、自分の顔に貼り付けるでしょう。
その権利を、先に虫の息である私へと手渡した。これじゃあ「お前が怪物に成れ」と、暗に脅迫しているようなものだ。


「…………静葉さん」

「はい」

「───成ります」

「……そう、ですか」



「どんな怪物へ成ったとしても……それでも……私は本当に、聖のことを───────愛してますから。その真情だけは、もう二度と忘れません」



散々弄ばれ、迷い、最後には自信すらも失いかけていた……この大切な心。
こうして選択を迫られ、落ち着き、もう一度ゆっくりと己の気持ちに向き合った私に残った感情は、エゴでも正義でも罪悪でもなく。


───それはやっぱり、真実の愛なのだから。


「眩しいわね。私には……貴方の姿が、とても眩しい」


太陽が眩しくて、反射的に手を翳すような自然さで。
静葉さんは、倒れて動けない私の顔へと……優しく石仮面を被せた。

恐怖はなかった。
人も妖怪も。正義も修羅も。
人が人らしく生きる為に必要な一切合切をかなぐり捨てる。そこから産まれる恐怖も、愛の偉大さには勝てない。
怪物へと成る間際。私はそんな簡単なことに、今更ながら気付いたのだ。

「猫草。空気の刃で私の腕を裂いて頂戴。……この儀式には、誰かの血が必要なの」

そして静葉さんは、空気の刃で作った自らの傷口を……石仮面の上に掲げた。
ポタポタと、彼女の赤い、紅葉のように真っ赤な血が、乾いた仮面の中に染み込んでいく。


私と秋静葉の関係は……『血』によって終幕が垂らされる。
秋の神である彼女の血を吸い、糧とし、きっと私はおぞましい怪物へと『変わる』のだろう。
だったら私は……喜んで怪物へと成る選択を取る。

それで───何もかもが終わる。


「ニャァ…」


猫草が心配そうに覗き込んできたのを見て、私はちょっぴりだけ癒され、笑みを浮かべた気がした。
その表情も、石仮面によって隠されている。誰にも見られない子供みたいな感情が、今なら少し安らぐ。

静葉さんは。
彼女は、私へと穢れなき『真実の愛』を思い出させる為にやって来たのかもしれない。
愛を注げる相手を喪ってしまった静葉さんの心には、どこか私への羨みがあったのかもしれない。
だとしたなら。独りぼっちとなった彼女の代わりに───私が『怪物』へと成ろう。



ありがとうございます───静葉さん。

さようなら。








「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!」








             ◆


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「寅丸さん。私ね、さっきまで夢を見ていたの」

「夢の中の貴方は全て失っていて……でも力強く、堂々と立ち上がって、何もかも諦めていた私に道を示そうとしてくれた」

「それでも夢の私は、結局諦めてしまっていたけれど」

「最後に、貴方の力になろうとした。糧になってあげようと、貴方へ血を、命を捧げようとした」

「私はそのまま夢の中で溶けて、朽ちていくところだった。その時は偶然にも、猫草の鳴き声で覚醒できたけど、ね。これも『引力』ってやつなのかな」

「おかしいわよね。夢の中って、すっごく不思議。なんだかまるで、今の景色と『同じ』だったり『彼辺此辺(あべこべ)』だったりするんだもの」

「……でも、その時も。今だって。やっぱり貴方は眩しいわ。すごく、眩しい」




「本当──────あの太陽みたいに、眩しい」




ねえ、寅丸さん。私は、貴方を笑いに来たんじゃあない。罵る為でも、叱る為でもない。ましてや、真実の愛だなんて。

───私は貴方を踏み越える為にやって来たのです。

ありがとうございます───寅丸さん。

さようなら。


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             ◆

『エンリコ・プッチ』
【真昼】B-5 果樹園小屋周辺の林


その尼の力は、想像以上に絶大であった。
巷では『ガンガンいく僧侶』などと比喩されていたが、それはまさに文字通りといった超攻撃的な戦闘スタイルで、対峙したプッチはハッキリ言って手も足も“スタンドすらも”出せず、勝負にもならなかったというのが現実だ。
釈迦か何かが憑依でもしたのかと言わんばかりの巨大なオーラを纏い、後光を錯覚しかねない程の圧倒的な可動速度から撃ち出される、大砲のような鋼鉄エルボー。
菩薩でさえ青ざめる容赦ない拳骨の乱打(ラッシュ)は、スタープラチナもかくやと言わん程に疾く重く、その千手の餌食となった悪党共の数は両手両足を使ってもとても数え切れない。
その御姿こそ、八面に威光を撒き散らす三つの顔と六本の腕を持つ、かの阿修羅───すらも軽く飛び越え、喩えるなら千手観音を思わせる神々しい光景だった。
おまけに彼女は、得意とする肉体強化魔法の更なる詠唱速度向上を促す「魔人経巻」を現状所持しておらず、つまりはこの強さにてまだ100%の力を出していないことになるのだから恐ろしい。
プッチは軽くだが、聖白蓮を幻想郷の大魔法使いという肩書きで紹介を受けていた為、てっきり火の玉を繰り出すとか雷等などを撃ち出すとか、要はそういう万物の理に干渉するファンタジック的な絵柄を想像していた訳だが、蓋を開けてみればそのイメージも台無しであった。
思いの外、物理的な攻撃を雨あられのように繰り出す戦闘狂。冗談のつもりで言ったのだが、あながち『破戒僧』という認識も間違いではなかったのでは、とプッチは考えを改め始める。この現状では『破壊僧』の字をあてる方が正しいが。


「さて。流石にこれ以上は私の良心が痛み始める故、この辺で観念してあげたい所ですが」

「が、は…………ッ」


嘘つけ、としか思えなかった。それほどに白蓮の攻撃は凄まじく圧倒的、一種の清々しさすら感じたのだから。慈悲と無慈悲を一体化させた矛盾が慈愛の拳骨へと転身し、絶対的な暴力を起こしているのだ。
とは言ってもプッチとて、こうまで一方的な劣勢を強いられたのはそれなりの理由もある。

まず第一に、というより殆どこれが原因であるのだが、プッチは得意のスタンド『ホワイトスネイク』をこの戦闘に全く使用していない。
彼は初め、秋静葉を小屋の外まで連れ、『とある密談』を終えてから直ぐにも彼女をホワイトスネイクの幻惑能力によって眠らせた。
静葉を眠らせた直後に事件は起こる。ゲームに乗った者でも現れたのか、突然小屋が爆炎をあげながら破壊されたのだ。眠る静葉を抱いてその場を少し離れ、遠くの木々にてその様子を目撃した彼は、これを千載一遇のチャンスだと受け取る。

目的など、参加者の一掃以外に無い。

無論、今までそれをやらなかったのは、集団の一員に過ぎなかった状況ではあまりに諸刃の剣。リスクの大き過ぎる賭けだったからに過ぎない。
集の中に溶け込むのは、それはそれで利用するべき状況ではあったが、外から敵が現れたその時なら、どさくさに紛れて背中を刺せる。どこかのタイミングで行動しようと考えていた好計を今使っただけだ。
参加者一掃の為、そして何よりジョースター抹殺の為、プッチはスタンドを手元から離し、戦地に向かわせた。
これが、プッチが充分な力で白蓮を迎え撃てなかった理由の一つだ。

第二の理由として、こちらはプッチの予想を大きく超えたアクシデントになるのだが。
最優先であるジョースターに大打撃を与える所までは成功した。負傷しマトモに動けない彼の隙を突き、初撃でのDISC奪取を遂行せしめ、完全なるトドメを刺そうと近づいた瞬間にそれは起こった。
妊婦のように腹を膨らませた、ただのポンコツだと思い込んでいた紫髪の小娘が思わぬ……本当に思わぬ反撃に出たのだ。
あの娘の発した白い光を“スタンドの視界を通して”プッチが視た途端、強烈なトラウマが蘇り、本体のプッチ自身の精神にまで多大な影響が貫通してきたのだ。
スタンドはスタンドでしか攻撃は通らない。しかしどうやら例外もあるようで、スタンドの目を通して本体にまで届いた精神攻撃はその限りでもないらしいことを、これにて嫌という程に味わった。
危うくスタンドまで解きかける所だったが、なんとか持ち直そうと、その場は逃走を決意。おかげでジョースターへのトドメは阻止されるわ、本体プッチへの悪影響により白蓮の猛攻を凌ぐことが益々難儀するわで、散々な結果だった。

とはいえプッチも、何も考えずにスタンドを派遣し無防備になったわけではない。先程寅丸を連れて外に出た聖が、小屋の様子を確認する為に戻ってくるであろうことは当然だが予想もついていた。
最悪、綺麗に諭された寅丸も併せて迎え撃つ可能性すらありえ、事実おおよそその通りとなった。
だが寅丸は分からないが、根っこの所では甘い白蓮の事だ。直ちに殺されるなどという事はないと腹を括ったプッチは、生身一つで彼女と相対。適当に殴られる痛みに耐えるだけで、裏で動かす遠隔スタンドの目的を達成できる程度の時間は稼げる。

実際の所、プッチにとって白蓮は当面の敵だとさえ認識していなかった。強大な力を持つ僧侶ではあろうが、彼女の芯に根付く甘さは筋金入りだ。
ターゲットとして考えるなら、後回しでもどうとでもなる。彼女お得意の『不殺生戒』とやらが、プッチ自身の生命を守ってくれるだろう。


(───と、思っていたのだがね……。やれやれ、括っていたのは腹ではなく、高だったようだ)


スタンドも持たない女性から生身でボコられるという経験は、情けない事にこれにて二度目だ。
その裏ではホワイトスネイクが着々と動いてはいるので、後はもう精神的な勝負となるのだが、中々どうしてあの尼の戦闘能力は、近接パワー型スタンドのそれと比べてもまるで遜色ない。

「ぐ……ぅ、……!」

「プッチさん。悪いようにはしません。どうか、お縄を頂戴して下さいな」

うつ伏せのまま顔面中に土を付けられ、何とか腕に力を込めて立ち上がろうとするプッチの前に出たのは、諏訪子から渡されたお縄──フェムトファイバーの組紐を握る大僧侶の威厳ある立ち姿だ。

「か……はァ……っ く、クク……ク……!」

「……何がおかしいのでしょう。一応、頭の打ちどころは考えながら打っていたはずですが」

「だとしたら……笑えない、冗談、だよ。白蓮」

「……」

「いや、ね。流石は由緒ある日本の僧侶だ。良いことを言うものだと、思ってね……感嘆の笑みさ」

「お褒めに預かり、光栄に思います。……で?」

「君は確か先程、言っていたね。『“正しき目的”の為に揮うという強い覚悟さえあれば、人は自ずと迷わなくなる』と」

「ええ。人は目的を持つからこそ、生きる意味が生まれるというもの。そして大切なのは、過程を歩まんとする強き意志──『覚悟』なのです」

「なるほど。私も……そう思うよ。心の底から、同意する」

「……」

「私はね、白蓮。いつかの昔から、ずっと信じていたんだよ。“私は誰よりも正しい目的を掲げて前を向いている”という、自身の前向きな精神をね。
 そしてこうした『今』でも、私はずっと信じている。我が行いを、誰よりも、何よりも強い覚悟で揮っていることを」

「その心は?」

「もし君が己の『正義』を謳うなら……すぐにでも私を殺した方がいいという事さ。私はいつだって覚悟をしてきた。君の甘ったるい似非正義よりかは、堅い覚悟である筈だ」

「人間は後天的に『悪』を識るか、『道徳』を識るか、です。私には貴方が正しき道を歩んでるようには、見えません。貴方の中にある『悪』は……果たしてどこから生まれたのでしょう」

「ほう。私が悪に見えるかい。聖白蓮」

「笑止。道徳を外れた道から得られる覚悟など、悲しい歴史しか生みません。ならばプッチ神父。このあまりに空しい盤上を、貴方の覚悟とやらはどう覆す?」

「……そうだな。私は仏道に関しては専門外だが、敢えて言うなら……これも先程君が言っていた『六波羅蜜』に含まれる一項、『忍辱』だったかな?」

「忍辱……如何なる辱めを受けても、堪え忍ぶことが出来ればその積み重ねは悟りに至る、ですね」

「そうだ。まさに今の私のような不恰好だな。口元を歪ませて笑いたいのは、滑稽な私をいい気になって見下ろす君の方ではないかね?」

自嘲気味に笑う男を見て、聖は「不気味だ」と思うより先に、果てしなく嫌な予感が過ぎった。

(この人……まさか、『時間稼ぎ』をしている……!?)

殆ど勘だった。しかしそう考えれば、この神父のあまりの抵抗のなさにも筋が通る。
だがこちらには一度は過ちを犯したとはいえ、再び立ち上がった毘沙門天の代理、寅丸星がいる。向こうで何が起こっているかは計り知れないが、ジョナサンとこころだっているのだ。
時間稼ぎをしている、というのならそれはこちらの方だ。プッチをここで食い止めているからこそ、向こう側の安全はより確実に近づくものとなるのだから。


───敢えて致命的な事実を述べるのなら。白蓮が未知のエネルギー『スタンド』について、造詣が殆ど無かったことだろう。

───プッチの企む時間稼ぎが、遠隔操作スタンドで可能な限りの目的を遂行させることと、『協力者』の目覚めを待つことの、二重の意味を含ませていたことに気付けなかったことだろう。


「なあ……白蓮。『正義』とか『悪』とか、それは誰の物差しで測るのだろうな」

くたり、とプッチはだらしなく立ち上がろうとするも、やはり膝には力が入らない。そのまま胡座をかく姿勢で、観念したかのように語りを続けた。

「正しく生きるという事は、果たしてどういう事だろう」

「秩序を重んじて生きる。様々な考えこそありましょうが、この世に生を受けるとは、そういう枠に収まらなければならないという事です」

「例えば……『大切な妹を理不尽にも奪われた』。そんな者が我武者羅になって、不当に奪われた命を取り戻すべく修羅となる。果たしてその者にとって、それは正しい生き方なのか?」

「道徳から外れるという行為は、他人様の人生を歪めるという事。それは結局の所、巡り巡って己自身にも『バチ』が当たってしまうものです」

「それは、君の愛弟子だとかいう……あの寅丸星の事を言っているのかね?」

「逸らさないでください。……貴方の方こそ、もしや『大切な妹様』でもいた───」

「やめろ。……私の話ではない。秋静葉の事さ」

「彼女の……?」

言われて、ハッとした。
先程までそこの茂みで眠っていたはずの秋静葉の姿が───消えていた。

「……!? 静葉さんは!?」

「どうやら彼女には、『彼』と引き合わせるだけの『引力』を備えていたようだ」

「『彼』……!? 貴方は、彼女に何をしたのですか!」

「何もしてやいないさ。彼女は彼女にとっての生き方を歩もうとしているだけに過ぎない。君や秩序とやらの物差し・枠では到底、測ることの出来ない険しき道程さ」

「……私は、それでも彼女の過ちを正さなければなりません」

「寅丸星のようにか? 君は本気で、あの娘が更生できたと信じてるのかね?」

「貴方にあの娘の苦悩の、何が分かりますか」

「白蓮。口先だけの言葉では人は変われないんだ。本当の意味で人を救うのは……『天国』───過去への贖罪なのではなく、未来への覚悟だ。寅丸星と秋静葉では、そこが決定的な差となる」

「そのせいで無関係の誰かが苦しむ羽目になるのは……如何なものかとッ!」

「お前は結局、自分の世界にある物差しで彼女達を縛り、殺そうとしているのだ。囀るんじゃあないぞ、御高尚な道徳を」

「その台詞、そっくりそのまま返してあげましょう。未だに人間とは誠に愚かで、自分勝手であるッ! いざ南無三──!」

これ以上、お前の時間稼ぎに付き合う暇などない。如実にそれを言い表した瞳で飛び出す白蓮に、プッチは抗う術など無い。
彼は既に、忍辱を覚悟したのだ。プッチの浮かべる表情は、ここに来て『恐怖』ではなく『笑み』である。


秋静葉。プッチが彼女を眠らせる前に交わした密談には、様々な情報が渡されていた。リスクはあるが、静葉の様子を見て利用価値を感じたからだ。
プッチのこと。DIOのこと。自分たちの目的を全てではないにしろ、偽らずに伝えたプッチは、『殺された妹』の為に強くならんとする静葉の瞳に、どこか自分と通ずるモノを見たからかもしれない。
そして会話の中には、あの面霊気の少女が所持していた『石仮面』についての事柄も含まれていた。それによって何が起こるのかも、プッチは細かに伝えていたのだ。
プッチは……伝えただけだった。静葉に命令を施した訳でも、スタンドで洗脳した訳でもない。寧ろ、静葉の目的をフォローしながら手伝うと提案したのは、プッチの方からだ。
直後、プッチは静葉をホワイトスネイクによって眠らせ、幻覚を見せた。これはプッチなりの儀式であり、彼女への試練。
これから組もうという相手だ。その決意がどんなに強靭な物であろうとも、この程度の幻覚で目覚められぬようならば無価値。
もしも彼女に相応の『運命』を克服できる力が足りるのなら、DIOと会わせてみても良いかもしれない。直感的に、そう感じたが故だった。
そして偶然とはいえ、猫草が静葉を目覚めさせてくれた。それもまた運命だと捉え、彼女は彼女にとっての崖をまた一つ超える為に自ら動いた。

今。あの秋の神様が何を考え、何を行おうとしているのか。
それがプッチには、手に取るようにわかる。

『“正しき目的”の為に揮うという強い覚悟さえあれば、人は自ずと迷わなくなる』

彼女の目的が、如何に非人道的行為なのか。それは彼女自身も深く理解している。
それでも静葉は、踏み止まったりはしないだろう。寅丸星の様に、愛する者から優しく諭される権利すら奪われた、彼女なら。

正しい、正しくないかは、彼女にとって最早重要ではない。
ひたすらに貪欲で、誰よりも家族を愛する心さえあるのなら。
それが秋静葉にとっては“何よりの正しさ”で、強靭なる固き覚悟。


だからその少女は……迷わない。

己に降りかかった悪夢のような『運命』を克服する為に、か弱かった少女は覚悟した。

「『覚悟』は『絶望』を吹き飛ばすからだ」と───ある狂信者は言った。



             ◆


もしも……もしもこの場にジョナサン・ジョースターが居たのならば。
彼の意識がまだそこに存し、寅丸と静葉の会話を聞いていたのならば。
彼の口がまだ利ける状態にあり、その光景を目撃できていたのならば。

きっと彼の瞼の裏には、“あの日の光景”が鮮明に蘇っていただろう。
きっと彼はどんな事をしてでも、静葉の行為を止めようとしただろう。


             ◆



眩しい。
自らを『怪物』に変化させ生まれ変わった寅丸星が最初に思った事は、そんな日常的で取り留めのない感想だった。
静葉が空気の防御を取り止め、二人を包んでいた黒い炎の渦も同時に消失した。天井には、雨天の隙間から差し込まれた太陽光。薄暗くも、それは寅丸の眼球を刺激して闇を晴らした。
渦の中で消費され尽くした酸素が一斉に肺の中に取り込まれ、寅丸は一瞬にして死から生へと蘇った居心地を実感する。
それと同時に、身体から呻きをあげていた熱傷の痛みも消えていた。代わりに得たのは、漲る生命力と、優越感、全能感。

そして、圧倒的な力(パワー)ッ!!







「──────え」







パキパキという、氷像でも崩れるかのような音が鳴った。
聞こえたのは、私の身体からだった。
怪物へと成ったこの身体は、瞬時に崩壊を始める。


「あ、あぁ…… あああ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ァ あああ゛AAAAAHHHHH゛H゛H゛───────ッッ!?!?」


何が起こったか理解できない。
自分の身体は……どうなってしまったのだ!?

「言ってなかったけど……寅丸さん。貴方は今、怪物に───『吸血鬼』に成ってしまったのよ」

きゅう……けつき!?

「吸血鬼の弱点は……有名よね。雨の中とはいえ『日光』は充分に降り注いでいるもの。そうなって当然だわ」

そ、ん、な…………!
それ、じゃあ……わたし、は……なんのため、に……!

「私は、それがどんなに歪でも、本物ではなくても……貴方の心に残っていた眩しい正義、嫌いじゃなかった」

ぁ…………あ、あぁ…………っ

「でも……『幼稚な正義』じゃ、人は己を変えない。別の誰かを変えることも。そんな貴方では本物の正義は勿論、怪物に変わる資格すらもない」

………………しず、……は…………さ……

「貴方の『宝塔』は私が受け継ぎましょう。……残念です、本当に」

…………………………あ、

「謝ったりはしません。短い間だったけど、貴方とは似た者同士みたいで嬉しかった。
 それじゃあ……私はそろそろ、行ってきます」







──────いつか、こんな日が来るとは覚悟していたけども。

──────そっか。やっぱりわたし……『バチ』、当たっちゃったんだ。







【寅丸星@東方星蓮船】完全消滅
【残り52/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

『藤原妹紅』
【真昼】B-5 果樹園小屋周辺の林


「っ痛ゥ~~~……っ! いきなり何なのよ、あの箒頭と妙ちくりんな銀甲冑マンは……」


結論。来なけりゃ良かったこんな所。
此処はどうやら果樹園らしい。小屋の周囲を取り囲むように生るプラムの木々から仄かに甘い香りがする。私はその内の一つの果実をイラつきながら毟り取ると、ガブっと大きく齧り付いてやった。めっちゃうまい。

「美味いのはいいんだけどさあ~……蓬莱の薬探しに来ただけでこの有様じゃあ、割に合わないってば」

これでも一応余所行き用に礼儀正しく、粗相のないような態度でお邪魔したつもりだったけど、アイツら……いきなり攻撃してきやがった。
見たこともない奴らだったけど、奴らも『追っ手』の一団か? 甲冑装備したヤバいのも混じってたし、それっぽいけど。
お陰でお目当ての薬は見付からないわ、剣で滅多刺しにされるわで、骨折り損のくたびれもうけね。箒頭と片腕の女は返り討ちにしてやったから、まあ収穫ゼロとまでは言わないけど。
他にもなんだかお面被って踊りながら襲ってきた女や、赤い服着た金髪女もチョロチョロしてたような気がするけど、私が痛みに悶えてる間に雲隠れしていた。逃げ出すくらいなら最初から攻撃するなと言いたい。

「んー……それにしても。確かに私、あの銀甲冑マンから矢鱈滅多ら斬られたような気がするんだけど……おかしいなあ」

右腕を空に翳す。小雨が目に入って痛いけど、雨が傷に染みるようなことはなかった。
不思議だ。あんだけ斬り刻まれたら痛いじゃ済まないと思うんだけど、今のところ痛いで済んでる。ていうか、傷がキレイさっぱり無い。

「……?? 気の所為、じゃないわよね。服には切れ込み入りまくってるし」

ラッキーといえばラッキーだけど、なんだか気持ち悪いわね。甲冑マンの腕前は見せ掛けだけで、実はド素人のヘタクソ剣術でした……って思うことにしておこうかな。
何にせよ、ここにも薬は無かった。輝夜も居ないし、用済みだよ、用済み。


───『妹紅。貴方は果たして“まとも”かしら? ねえ、どうなの? まとも? マトモ? モコウ』


……またあの『幻聴』だ。延々延々と、喋るお人形さんみたいにずっと語り掛けてくる。
蓬莱の薬さえ飲めば、この頭痛も治るかな。一刻も早く欲しい……このままじゃ、身体も精神も持たないぞ。


「あ~~ハイハイ“まとも”ですよっと。私はずぅ~っとまともなんだっつーの。オカシイのはアンタの方でしょ。
 ……何なのよ、全くさぁ」


この地には……さっきみたいな凶悪な兵がウヨウヨいるみたいだ。
こんな奴らが蠢く場所で、果たして私は蓬莱の薬なんか取り戻せるんだろうか? ……輝夜の野郎に逢いたい。



【真昼】B-5 果樹園小屋周辺の林

【藤原妹紅@東方永夜抄】
[状態]:発狂、記憶喪失、霊力消費(小)、黒髪黒焔、全身の服表面に切り傷、再生中、濡れている
[装備]:火鼠の皮衣、インスタントカメラ(フィルム残り8枚)
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:生きる。殺す。化け物はみんな殺す。殺す。死にたくない。生きたい。私はあ あ あ あァ?
1:蓬莱の薬を探そう。殺してでも奪い取ろう。
2:―――ヨシカ? うーん……。
[備考]
※普通の人間だった時代と幻想郷に居た時代の記憶が、ほんの僅かに混雑しております。
※再生能力が格段に飛躍しています。
※第二回放送の内容は全く頭に入ってません。


『古明地さとり』
【真昼】B-5 果樹園の小屋 前


「アイツは……どうやら行ったみたいね。私にも気付かなかったのかしら?」


未だに勢いの衰えることのない火事の煙を避けながら、さとりとこころは妹紅の目を盗んで林の死角にまで体を引き摺り、隠れていた。
さとりはまだまだ体調不良であるし、膨らんだ腹部のせいで歩くのがやっとだ。こころに至っては右足を切断されている上に、おぞましい感情を間近で感じ取ってしまったせいか再び恐慌をきたしている。

憎き仇であった寅丸星との対話を終え、家族の死をひとしきり嘆き、涙も枯れたと言えるほどの状態を通過した所で、さとりは戦況が気になった。
とはいえ一向に覚醒する気配の無いジョナサンを、雨晒しのまま放っておくことも出来ない。成人男性の平均体重をゆうに越す彼の肉体を何とか引き摺り林の下に隠し、肩で息をしながら様子を見に来た時には全てが終わっていた。

最も留意していた対象であった寅丸は……いともあっけなく死んだ。灰になったのだ。
秋の神・秋静葉の目論見だろうか。彼女が如何にして寅丸を消滅せしめたかは、さとりの知るところではない。距離があったので心は読めなかったが、彼女の瞳を覗けば誰にだって理解できる。

寅丸星を殺害したのが、秋静葉なのだと。

(アイツ……さっき私を殺そうと追って来ていた時も感じたけど、寅丸星よりも浮かべていた『殺意』が鋭かった)

その静葉も、寅丸が灰燼と帰した光景を見届けると、落ちていた荷物を手に取りすぐさまに果樹園の方へ駆けていった。
恐らくさとりやこころの存在にも気付いていただろうが、異常濃度の炎を振り撒く妹紅との激突を避けるため、撤退を選んだのだろう。
地面に顔を俯けたまま動こうとしないこころの腕を強引に掴み、怪物・妹紅から逃げ出すことは意外にも容易だった。というより、あの怪物は胡乱な瞳で呆然としていたので、その隙に場を離れただけだ。
他にも此処には例の『白いスタンド』が居た筈だが、何故か見掛けなかった。少しだけこころの心を覗いてみたが、恐らく彼女を背後から襲ったのがそいつだったのだろう。


今……一先ずは安全な環境にてさとりは、こころと二人で凄惨な状況を整理している。


「こころさん……でしたよね? 何よりまず、その足の治療が先決です。これを塗ってください」

「………………うん」


そう言ってさとりが渡した物は、ジョナサンの荷で発見した『河童の秘薬』。以前にお空の心を読んだ時、この万能薬の支給を確認していたことを思い出した。
同時に切断された右足も手渡し、こころは殆ど言葉も発さずに薬を塗りつけていく。薬の残量は殆ど残っていなかったが、切断面を結合させる程度には間に合うだろう。

「……恐ろしいのですか」

「……わからない。でも、あんなにも目の前で人の感情が、本当の意味で喪われていくところは……初めて見た。どんな表情をすればいいか、わからない」

ポルナレフと寅丸星のことだろう。特にポルナレフは、こころを助けに駆けつけた勇敢なる男だった。そんな男が、ああも突発的に焼き殺されたとあれば、こころの心中たるや計り知れる物ではない。
こころは無表情のまま、ポタポタと涙を落とす。それを見てさとりは、何も言葉を掛けてあげる事ができなかった。
自分だって、その心中は複雑な気持ちではち切れそうなのだ。さとりにとって寅丸は家族の仇。憎くて憎くて堪らない、それこそ殺してやりたいとまで思っていた相手だ。
だからこそ先の対話で、思いの丈以上のモノをぶつけてやったのだし、あの怪物と相打ちにでもなればいいとまで思っていた。
その仇敵の命を奪ったのは妹紅でなく、別の仇敵・秋静葉。組んでいた筈の二人が抱えていた因縁など分からなかったし、知りたくもない。

それでもやっぱり心の中では、寅丸星にはお空を殺した罪を悔いて欲しかったのだ。死ぬよりもまず、償って欲しかったのだ。
贖罪の手段が彼女なりの『正義』であれば、それを為し続けて欲しかった。これ以上、自分のように家族を喪う悲しみが増えて欲しくなかったから。

あの秋の神は、一体どんな気持ちで彼女を殺したのだろうか。寅丸の心などでなく、あの女の心こそを視るべきだったのではないだろうか。
本当に、サトリ妖怪とは業の深い妖怪だ。今になって改めて、さとりは痛感する。


「───さとりさん! こころさんも無事で……ジョースターさん!?」


胸がつかえる気持ちで揺らめく黒炎を眺めていると、声が聞こえた。聞いた事のあるものだ。

「……貴方は、先ほど私を保護してくれた」

「命蓮寺の聖白蓮と申します。して、彼は一体……!? まさか───」

「安心してください、と言えるのかどうか。こうなった原因なら予想は付きますが……どうしても目を覚ましてくれないのです」

「ここで何が起こっていたのです……!?」

「彼の肉体で起こっている事は、私の方からではなんとも……。しかしそうですか、貴方が……。こいしがたまに、貴方の名前を口にしていました」

「こいしさんが……?」

二人の間に、一瞬沈黙が置かれた。今はもう居ない、笑顔の無垢な少女を想うと心が張り裂けそうになる。
誤魔化すようにさとりは、話を進めた。まだ気になる人物が残っている。

「断片的になりますが、ここで起こった事は後に教えます。それより、他にも『神父』の人間が居た様な気がしますが……彼は?」

「プッチ神父……ですね。あの方は───」

「ああ。いえ、大丈夫です。……『視た』方が早いでしょう。これだけ近ければ鮮明に視えますからね」

と、さとりはサードアイを胸にかざして心を読もうとした。

その瞬間、曇天の空を高速で飛行して去る謎の『未確認飛行物体』が、彼女達の目に留まる。

「……! あそこに見えるのは……まさか!?」

白蓮が青ざめた。遠くて見辛いが、あれは『石』……だろうか? いや、問題はそれに乗っている『二人の人物』だ。


「しまった! まさか静葉さん……!」


完膚なきまでに無力化し拘束していたプッチ。そして、どこかで擦れ違ったのか……秋静葉が彼と共に居た。

───出し抜かれた。



【真昼】B-5 果樹園小屋周辺の林

【聖白蓮@東方星蓮船】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)、濡れている
[装備]:独鈷(11/12)@東方心綺楼
[道具]:基本支給品、不明支給品0~1個@現実、フェムトファイバーの組紐(1/2)@東方儚月抄
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
1:さとり達に話を聞く。
2:プッチらを追う?
3:殺し合いには乗らない。乗っているものがいたら力づくでも止め、乗っていない弱者なら種族を問わず保護する。
4:ぬえを捜したい。
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼秦こころストーリー「ファタモルガーナの悲劇」で、霊夢と神子と協力して秦こころを退治しようとした辺りです。
※魔神経巻がないので技の詠唱に時間がかかります。 簡単な魔法(一時的な加速、独鈷から光の剣を出す等)程度ならすぐに出来ます。
 その他能力制限は、後の書き手さんにお任せします。
※DIO、エシディシを危険人物と認識しました。
※リサリサ、洩矢諏訪子、プッチと情報交換をしました。プッチが話した情報は、事実以外の可能性もあります。


【秦こころ@東方 その他(東方心綺楼)】
[状態]恐慌、体力消耗(中)、霊力消費(中)、右足切断(治療中)
[装備]様々な仮面
[道具]基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない
1:感情の喪失『死』をもたらす者を倒す。
2:感情の進化。石仮面の影響かもしれない。
3:怪物「藤原妹紅」への恐怖。
[備考]
※少なくとも東方心綺楼本編終了後からです。
※周りに浮かんでいる仮面は支給品ではありません。
※石仮面を研究したことでその力をある程度引き出すことが出来るようになりました。
 力を引き出すことで身体能力及び霊力が普段より上昇しますが、同時に凶暴性が増し体力の消耗も早まります。
※石仮面が盗まれたことにまだ気付いてません。


【ジョナサン・ジョースター@第1部 ファントムブラッド】
[状態]:精神(スタンド)DISCの喪失、意識不明、背と足への火傷
[装備]:シーザーの手袋@ジョジョ第2部(右手部分は焼け落ちて使用不能)、ワイングラス
[道具]:不明支給品0~1(古明地さとりに支給されたもの。ジョジョ・東方に登場する物品の可能性あり。確認済)、命蓮寺や香霖堂で回収した食糧品や物資、基本支給品×2(水少量消費)
[思考・状況]
基本行動方針:荒木と太田を撃破し、殺し合いを止める。ディオは必ず倒す。
1:意識不明。
2:レミリア、ブチャラティと再会の約束。
3:レミリアの知り合いを捜す。
4:打倒主催の為、信頼出来る人物と協力したい。無力な者、弱者は護る。
5:名簿に疑問。死んだはずのツェペリさん、ブラフォードとタルカスの名が何故記載されている?
 『ジョースター』や『ツェペリ』の姓を持つ人物は何者なのか?
6:スピードワゴン、ウィル・A・ツェペリ、虹村億泰、三人の仇をとる。
[備考]
※参戦時期はタルカス撃破後、ウィンドナイツ・ロットへ向かっている途中です。
※今のところシャボン玉を使って出来ることは「波紋を流し込んで飛ばすこと」のみです。
 コツを覚えればシーザーのように多彩に活用することが出来るかもしれません。
※幻想郷、異変や妖怪についてより詳しく知りました。
※ジョセフ・ジョースター、空条承太郎、東方仗助について大まかに知りました。 4部の時間軸での人物情報です。それ以外に億泰が情報を話したかは不明です。
※盗られた精神DISCは、6部原作におけるスタンドDISCとほぼ同じ物であり、肉体的に生きているでも死んでいるでもない状態です。


【古明地さとり@東方地霊殿】
[状態]:脊椎損傷(大方回復)、栄養失調、体力消費(大)、霊力消費(中)
[装備]:草刈り鎌、聖人の遺体(頭部)@ジョジョ第7部
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:地霊殿の皆を探し、会場から脱出。
1:聖白蓮と会話する。
2:食料を確保する。
3:お燐と合流したい。
4:ジョナサンを助けたい?
5:お腹に宿った遺体については保留。
[備考]
※会場の大広間で、火炎猫燐、霊烏路空、古明地こいしと、その他何人かのside東方projectの参加者の姿を確認しています。
※参戦時期は少なくとも地霊殿本編終了以降です。
※読心能力に制限を受けています。東方地霊殿原作などでは画面目測で10m以上離れた相手の心を読むことができる描写がありますが、
 このバトル・ロワイアルでは完全に心を読むことのできる距離が1m以内に制限されています。
 それより離れた相手の心は近眼に罹ったようにピントがボケ、断片的にしか読むことができません。
 精神を統一するなどの方法で読心の射程を伸ばすことはできるかも知れません。
※主催者から、イエローカード一枚の宣告を受けました。
 もう一枚もらったら『頭バーン』とのことですが、主催者が彼らな訳ですし、意外と何ともないかもしれません。
 そもそもイエローカードの発言自体、ノリで口に出しただけかも知れません。
※両腕のから伸びるコードで、木の上などを移動する術を身につけました。
※ジョナサンが香霖堂から持って来た食糧が少しだけ喉を通りました。

※果樹園小屋が半焼しています。
※果樹園小屋付近にポルナレフの荷(基本支給品、御柱@東方風神録、ノトーリアスに取り込まれていた支給品(十六夜咲夜のナイフセット@東方紅魔郷、止血剤、基本支給品))が落ちています。



『秋静葉』
【真昼】B-5 果樹園小屋 上空


虎の威を借る時間は終えた。牙の折れた獣に益は見当たらない。
然らば、虎の胃を狩る。否───少女は踏み越えるが為に、敢えて手を汚すことを選んだ。


「大丈夫? 随分、その……やられたわね」

「大丈夫かと訊かれたら、見ての通りさ。……あの尼と戦うのは、もうコリゴリだ」


激しく顔面に弾けていく雨粒を拭う為の腕を、今のプッチには自由に動かすことすら叶わない。
あの戦闘狂な僧侶から激しく痛めつけられたからでもあったが、その全身をロープ───フェムトファイバーの組紐によって雁字搦めに縛られているからだ。
その固い紐を、秋静葉が一つ一つ苦戦しながらも解いていく。妙に頑丈な組紐であったので、空気の刃を以てしても上手く切断できなかった。

ここは空の上。プッチの隠し持っていた支給品『要石』により、二人は狭い盤上ながらも見事に聖たちから逃げおおせていた。
不満があるのなら、見通しの悪い天候と雨粒による肌寒さ。そして面積の広いとは言えない要石上で、二人して落っこちないように気を付けなければならない動き辛さだろう。

「とにかく、君には借りが出来たな」

「別に。これから世話になる相手だし、これくらいは当然よ」

ゆっくりと体の自由が解けていくことを噛み締めつつ、プッチは首だけを回して地上を見下ろした。
当然だが、彼女達は追い付けない。遊覧飛行を楽しんでいる限りでは、危険は無いと思っていいだろう。

「しかし、君には驚かされた。まさかその『石仮面』を殺しの手段として扱うとはね。私であれば実行する発想にすら至らないだろう」

「私にとっては、これも必要な儀式だった。貴方が私を眠らせて、試したみたいに」

静葉に石仮面の情報が伝えられた時、彼女は何となく閃いたのだ。日中の屋外であればどんな強力な相手すらも倒し得る、非人道的一撃必殺のコンボを。
この手段があのエシディシに効くとも思えないが、それでもこの仮面は天啓だ。いざとなれば……パワーアップアイテムとして自らに使用する場面も覚悟せねば。
静葉は寅丸を消し去った後、その荷物を拾ってその場から離れた。あの場にはまだ負傷したこころなどが残っていたが、どこで爆発するかも分からぬ怪物が彷徨っているのでは少しリスクが高い。
よって追撃は放棄し、万が一聖白蓮に出会ったりしないよう、ルートを遠回りしながらプッチの居る場所へ戻ってきた。

寅丸の事は残念だった。既にあの怪物に殺されかけていた彼女を、わざわざ殺害する必要があったかと言えば断言は出来ない。
しかし彼女の言うように、それは静葉自身を生長させる為の儀式。加えてプッチが語った『DIO』なる男に少しだけ興味が湧いたからだ。
会ってみたいと思った。それは結局を言えば、巡り巡って利用する為ではある。生き残る為に何だってする覚悟など、とっくに固めていた。

「で、そのDIOさんの居場所……知っているの?」

「居場所だけならば、幾つか目星は付いている。私と彼の肉体は最早、一心同体なのだから」

それはどういった意味で放った言葉なのか。静葉が難しい顔で解釈していると、続けて彼は口を開く。

「引力という力があってね。それは運命とも言い換えられるが、君にも『縁』があったのだろう。……私の目的も半分は果たせたようなものだ」

まだ充分動かない腕を動かし、プッチは懐から一枚の『DISC』を取り出す。ジョナサン・ジョースターの額から抜き取った物だ。

「これを『精神DISC』と言う。またの名を『スタンドDISC』とも呼ぶのだが、彼にはスタンドが宿っていないようだからね。
 本当なら奴を完全殺害したかった所だが、一緒に居た小娘が予想以上の反抗をしてきた。まあ、奴が目覚めることはこれで無くなったが」

言いながらプッチは、銀色に反射するその円盤を見せびらかせるように手の中で弄った。
あくまでプッチの目的はあの場に居た者たちの一掃だったのだが、さとりの反撃と聖の猛攻のダメージゆえに、中途半端な形で撤退せざるを得なかったのだ。
しかし何とかこころには手痛いダメージを与えてやれたし、不幸中の幸いと言うべきか、あそこにはジョースター一行でもあったポルナレフまでも居た。結果的にプッチは、ポルナレフ殺害の遠因を作ったことになる。

「それがあのジョナサンの精神……『心』ってこと?」

「その通りだ。こんな忌わしい物体はすぐにでも粉々にしてやりたいが、残念ながらこれは破壊不可能なのだ。私が肌身離さず持っているしかない」

「……つまり、実質は『三人』ってことね」

ポルナレフ。寅丸星。そして蘇生不能であるジョナサンをカウントするならば、静葉とプッチは計三人の参加者を始末した事になる。
充分なものだろう。例の怪物も放っておけば、どんどんと別の参加者を喰ってくれる筈だ。

生き残りを実感する静葉は、要石の突き進む方向を凝視する。
まだまだ。こんなモノじゃあとても優勝できない。あの夢のような、情けない末路を辿るわけにはいかない。

夢とは、現在の逆境を解決するヒントにもなり得るという。
白蛇から魅せられた悪夢が、静葉の決意をより強くした。単に生き残るだけでは駄目なのだ。
乗り越えて、踏み越えて。あのエシディシすらも打倒できる力を身に付け、最後に優勝する。
そうでなくては……大切な家族とは二度と逢えない。


黄昏のように儚いカタルシスを望むつもりは無い。どこまで登っても満足など無く……ただただ、貪欲であり続けなければ。
誰殺がれを望む、修羅であれ。
理想を語る、死す口に……冬を越える未来など見えるものか。



【真昼】B-5 果樹園小屋 上空

【秋静葉@東方風神録】
[状態]:顔の左半分に酷い火傷の痕(視覚などは健在。行動には支障ありません)、上着の一部が破かれた、服のところが焼け焦げた、霊力消耗(小)、
    主催者への恐怖(現在は抑え込んでいる)、エシディシの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の正午に毒で死ぬ)、濡れている
[装備]:猫草(ストレイ・キャット)@ジョジョ第4部、宝塔@東方星蓮船、スーパースコープ3D(5/6)@東方心綺楼、石仮面@ジョジョ第1部、フェムトファイバーの組紐(1/2)@東方儚月抄
[道具]:基本支給品×2(寅丸星のもの)、不明支給品@現実(エシディシのもの、確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:穣子を生き返らせる為に戦う。
1:感情を克服してこの闘いに勝ち残る。手段は選ばない。
2:だけど、恐怖を乗り越えただけでは生き残れない。強くならなければ。
3:DIOという男に興味。
4:エシディシを二日目の正午までに倒し、鼻ピアスの中の解毒剤を奪う。
5:二人の主催者、特に太田順也に恐怖。だけど、あの二人には必ず復讐する。
[備考]
※参戦時期は少なくともダブルスポイラー以降です。
※猫草で真空を作り、ある程度の『炎系』の攻撃は防げますが、空の操る『核融合』の大きすぎるパワーは防げない可能性があります。
※プッチと情報交換をしました。


【エンリコ・プッチ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:全身大打撲、ジョセフへの怒り、リサリサへの怒り、濡れている
[装備]:射命丸文の葉団扇@東方風神録
[道具]:不明支給品(0~1確認済)、基本支給品、要石@東方緋想天(1/3)、ジョナサンの精神DISC
[思考・状況]
基本行動方針:DIOと共に『天国』へ到達する。
1:ひとまず静葉をDIOに会わせてみよう
2:ジョースターの血統とその仲間を必ず始末する。特にジョセフと女(リサリサ)は許さない。
3:保身を優先するが、DIOの為ならば危険な橋を渡ることも厭わない。
4:主催者の正体や幻想郷について気になる。
[備考]
※参戦時期はGDS刑務所を去り、運命に導かれDIOの息子達と遭遇する直前です。
※緑色の赤ん坊と融合している『ザ・ニュー神父』です。首筋に星型のアザがあります。
 星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※古明地こいしの経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民について大まかに知りました。
※主催者が時間に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※静葉と情報交換をしました。

※スタンドDISC「ハイウェイ・スター」は寅丸星と共に消滅しました。


173:存在の証明 投下順 175:mother complex
173:存在の証明 時系列順 175:mother complex
147:Fragile/Stiff Idol-Worship 秦こころ 184:黄昏れ、フロンティアへ……
147:Fragile/Stiff Idol-Worship ジョナサン・ジョースター 184:黄昏れ、フロンティアへ……
147:Fragile/Stiff Idol-Worship 古明地さとり 184:黄昏れ、フロンティアへ……
147:Fragile/Stiff Idol-Worship 藤原妹紅 198:Run,Araki,Run!
147:Fragile/Stiff Idol-Worship 秋静葉 180:Quiets Quartet Quest
147:Fragile/Stiff Idol-Worship エンリコ・プッチ 180:Quiets Quartet Quest
147:Fragile/Stiff Idol-Worship 聖白蓮 184:黄昏れ、フロンティアへ……
147:Fragile/Stiff Idol-Worship 寅丸星 死亡
147:Fragile/Stiff Idol-Worship ジャン・ピエール・ポルナレフ 死亡

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最終更新:2020年07月28日 03:06