星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』――

『霧雨魔理沙』
【真昼】E-4 命蓮寺 本堂


「なあ……徐倫」

「なによ魔理沙」

「こんな時になんだけど……いや、こんな時だからかもしれんな」

「だからなによ」

「お前の親父さん……あー、父親についての話、とか、訊かれたりするのは嫌か?」

「……別に、嫌じゃないけど」


センチメンタルになったから、とかじゃない。
気まずい空気になったから、とかでもない。
空条徐倫という人間の事を、私はもう少しだけ詳しく知りたかったからだ。
コイツの境遇とか、目的とか、仲間とか敵とか、そういう話は既に聞いている。
肝心なのは、コイツがあんなにも我武者羅になって助けた父親───『家族』のことをどう思っているか、だった。
鈴仙の奴から感化されたわけじゃあないんだが、この数時間を共にしてきた以上、ちょっぴり気になってきたんだ。


いや、悪ィ……嘘かもしれん。やっぱり、センチだな。今の私は……
駄目だ……何か話してないと、頭の中がグルグル回って気持ち悪い。
これまで以上に気分の優れない感情の捌け口が見つからず、救いを求めるようにして私は徐倫に父親の事を訊いた。

本当の所は、どうだって良かったかもしれない。
ただ、私たちの後ろで二人して寝かし付けている霊夢と徐倫の親父さん。
こいつらを見て、何気なく疑問に思っただけなんだ。
徐倫は父親の事を、一体どう思ってんだろ……ってな。
会話の内容なんてのは、実際の所どうでも良かった。



───香霖……霖之助が死んじまったなんていう、馬鹿馬鹿しい放送内容なんざ聴いた後には、何もかもどうでも良くなってしまう。



「空条承太郎……あたしの父さんは………………」



そこで徐倫は口をつぐんだ。なにやらハッとしたような表情で、随分と間抜けなツラを晒している。

「どうした?」

「いや……そういやあたし、親父のこと何にも知らねーなって思っちゃってさ」

恥ずかしげに、または申し訳なさそうにも。
そんな微妙な顔を作って徐倫は、後ろで寝かせる親父さんを振り返った。

「そんなの……私だって似たようなモンさ」

「つってもさぁー……まあ、あたしぐらいの年齢の女なんてどこもそんな感じかもしれないわね」

「少なくともお前は父親を助けたくて、今まで頑張ってきたんだろ? だったら何も恥じることないだろ」

「…………そうかなぁ」

頭をポリポリと掻きながら徐倫は小さくぼやき、しばらく言葉を溜めてからようやっと語り始めた。



「…………そうねえ。あたしの父さん───空条承太郎は、多分……『特別』な人間だったんじゃないかと思うわ」



雨足の弱まっていく曇天を眺めながら、私たちは命蓮寺の堂内でただただ会話を続けた。
二度目の放送によってポッカリ空いた心のスキマを、無心で埋めるように……ひたすらと。



















  ジョジョ×東方バトルロワイヤル 第168話

     「星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩」
        ──『絆』は『約束』──




            ★


降り積もった刻は、雪解け水のように煌きを反射させ、静かに……粛粛と流れ出す。
時間は決してその場に留まることなく、ゆっくりとだが……清流が如く深深と。


      少しずつ……
            少しずつ……





「だから……俺は別に『特別』なんかじゃねー。そんな風に持ち上げられるのは嫌いだし、不快だ」



抗えぬ力。有無を言わせぬ悪意。
決定的な敗北により身を屈し、鼓動を止められた。

DIOとDio。
二人の帝王の凶手に掛かり、“光”は潰えた。
けれどもその精神は決して屈さず。悪を穿つ黄金の精神こそが、最後の灯火の光。


空条承太郎。
男は、普段と変わらぬぞんざいな口調で、彼女への返答を空に投げた。



「と、とにかく! 絶っ対に『特別』な人間なのよアンタは。私と同じくらいにね」



博麗霊夢。
女は、普段とは少し様相の異なる口振りで、空に投げられた彼の返答を強引に拾って、また投げつける。


「……なんなんだ、そのワケのわからねー自信は」

「ん~~~…………勘、だけど」

「くだらねー」


くだらない。
実にくだらないと断ぜられるような、ただのお喋り。何ということもない、満月の下での会話だった。







▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『博麗霊夢』
【深夜】 博麗神社 縁側


夢は無意識からのメッセージ。
起きている間は、意識や理性によって抑えられている「その人の本音」を映しだす鏡でもある。
また、夢を探ることで自分の本音と向き合うことが出来る。
しかし、夢は無意識が支配する世界なので論理性はなく、何が言いたいのかわからない場合も多い。


「もう随分永く、夢の中でくっ喋ってる気がするわ」

「どこがだ。平均睡眠時間より断然短ェだろ」

「魂が感じる体感時間のことよ。私もアンタも、もうずっとこの夢から醒めずにいる」

「……情けねえこったぜ。二人揃って夢の中とはな」

「ほんっと情けない。あンのトカゲ男と態度デカイ吸血鬼……目覚めたら次こそ退治よ退治。コテンパンにしてやる」


無数に煌く星々の光条に照らされた、虫の音に囲まれたこの舞台。此の地を、博麗神社という。
その縁側に座って(承太郎は態度悪く寝転がってるが)二人は揃って夜空を見上げていた。
素朴な木の匂いを漂わせる新築の板敷きの上には、霊夢の愛好する日本茶と煎餅が、平穏な時間を象徴するようにお盆に載せてある。
霊夢の湯呑みの中は既に空だったが、少女は馴れた手つきで隣に置かれた急須からやや激しく、新たなる茶を注いだ。
仄かな湯気と和を彩る香りが、二人の鼻腔を柔らかく蕩けさせる。
お茶請けに用意した胡麻煎餅を荒々しく、一口だけ齧る。夜の博麗に響いた気持ちの良い咀嚼音が、楽しげな食感となって耳に通じていく。

「飲まないの? せっかく美味しい胡麻煎餅も用意したのに」

「ん……いや、あんま食欲もねえしな」

「そう……? じゃ、私が貰っちゃお」

ラッキーとばかりに霊夢は、承太郎に出した皿と湯呑みへ腕を伸ばし、瞬時に自分の胃に入れた。


平穏だった。
何も無い、何も起こらない退屈な時間。
それが今の霊夢にとって、掛け替えのない何よりも幸せな時間。
もう……どれだけの時間をこうして無為に過ごしただろうか。
目を覚ますことが恐ろしくなってくる。この平穏が二度と戻っては来ない時間だと、自覚するのが怖い。

周りを見渡せば、いつもの何ら変わらない博麗神社のまま。
どこぞの迷惑天人のせいで一度は崩壊した不幸なる神社だったが、まあ紆余曲折あってこうして元ある姿を取り戻したワケだ。
何もかもが霊夢のよく知る博麗神社。この地に住まうただ一人の巫女がそう断ずるのだから、間違いなどあろう筈もない。
上を向けば、いつの間に日が沈んだのか。無数の星屑たちが存在を証明するように眩い光を放っている。





あの紅魔郷での死闘のあと、不思議なことに霊夢は気付けば此処に立っていた。
更に不可解なことに、DIOと戦っている筈だった承太郎までもが神社の中に既に居た。
そして霊夢は、すぐさまに現状をこう認識したのだ。


───ああ……私たち、敗けたのね。


身体を顧みても、あのディエゴから受けた裂傷など欠片も見当たらない。DIOに吸われた血も、今では嘘のように全身に漲っている気がした。穢れの無い、純真だった頃の巫女である
だったら今居るこの世界はあの世か何かか……とまで考えた所で、どう見たってかの彼岸にはカスりもしない光景である。
ならばこれは夢か。いや、いつもの鄙びたこの神社こそが“本来”で、さっきまでの悪夢が文字通りの夢なのかもしれない。


(…………都合の良い妄想は止めましょう。“今”見ているこの光景は、恐らく───『霊夢』か何かってトコね)


“霊夢”───メッセージ性が強い夢のことを、特にそう呼ぶ。

霊夢とほかの夢との違いは、「鮮明に覚えている」という点。
夢は見た後すぐに忘れてしまう事も多いが、一週間経ってもその夢のことが気になるという場合は、霊夢の可能性が高いのだという。
霊夢の種類は、いつも見る夢と変わらない場合もあるが、まぶしい光や何度も同じシーンを夢に見る、亡くなった人たちが出てくるなど、不可思議な夢の場合もあるらしい。

霊夢とは、魂へのメッセージ。
正神の神々より齎される、予知夢のこと。

腐っても神に仕えるとされる巫女である“博麗霊夢”は、およそ直感的に今見るこの光景を霊夢の類だと決め付けた。
そうと分かれば、現状悪いことばかりではない。自身が夢の中に立つ自覚を得ているということは、少なくとも死んだわけではないことが分かる。
巨悪に敗北したあの後、何者かが自分らを救い出してくれたということ。
それはF・Fかもしれないし、別の誰かかもしれない。だったら事態は急くこともない。
死人同然の自分たちに、出来ることなど何一つありはしないのだから。


「……ねえ承太郎。少し座って、話でもしましょう? ここ、私ん家だから。お茶は好きかしら?」


霊夢の見ている夢に何故、承太郎が居るのか。そんな疑問など、楽園の巫女にとっては小さな些事でしかない。
夢を見ている間は、現実との区別など付かない。そういった定説も、今となっては無意味だ。
これは紛うことない『霊夢』であり、自分にも何故だかその自覚がある。だったら覚醒までの間、どう過ごそうが自分の勝手だ。


「……やれやれ」


呑気が過ぎる霊夢の言葉に、承太郎は帽子のつばを押さえながらお決まりの口癖を吐いた。



──────

───




こうして霊夢と承太郎の止まった時は、ほんの少しずつ氷解してゆく。
思えばこのように座ってゆっくり出来る時間など、あの現実には殆ど無かった。
十六夜咲夜を殺してしまった霊夢には、魂が寛ぐ時間など許されなかった。神や仏からの許しではない。
自分が自分で、許せない。自戒のつもりか、枷を嵌めたのは自身の無意識からだった。ディエゴに敗北した一端も、無重力を失った故でもある。

だが今は。承太郎と他愛ない会話が続けられる今だけは。
霊夢にとっては本当の意味で、『素』でいられる時間なのかもしれない。元より夢とは、それが許される鏡の中の世界なのだから。
逆に言えば『現実』に居る時の霊夢は、仮面で隠された偽りの巫女なのかも、と考える。

“博麗の巫女”……それは本来、自由奔放であった博麗霊夢にとっては唯一の『重責』といえる肩書きである。

如何なるプレッシャーや圧力にも、決して屈さない無重力の精神。自由に空を飛ぶ無敵の巫女。
その『自由』こそが霊夢の持つ最強の個性であり、彼女を彼女足らしめるアイデンティティ。
幻想郷で最も『自由』であった彼女の存在は、実のところ、幻想郷では唯一の『規律』とも言えた。
言い換えるのならそれは『束縛』。
博麗霊夢の真相とは、『自由』であると同時に……法に『束縛』される存在そのものであったのだ。
それは誰から見ても矛盾である。あの霊夢が、何かに縛られる存在であったなどと認めてはいけない。

幻想郷とは、基本的に自由な國であった。
そんな土地にも勿論、法はある。砂の城のように脆いバランスを保つため、秩序という名の土壌を示す存在は絶対に必要不可欠であった。
遥か昔、当時を覚えている者が残っているかも怪しい時代。
そんな折節に、白羽の矢を立てられた者が『博麗』の名を貰う。非常に優秀な力を持つ、超俗なる者たちだった。
彼らは、彼女らは、永きに渡って博麗の名を襲名し、この幻想郷の維持に心血を注いできた。

霊夢は、孤児であった。
そんな彼女が博麗を襲名し、今に至るまで役割を全うしてこられたのは、彼女の類稀なる能力があるからに過ぎない。
異変解決。幻想郷の維持。そんな大義を何事もないように受け入れている霊夢の心の内を知る者は、皆無だ。
紫も霖之助も、魔理沙にだって。ともすれば地底のサトリ妖怪ですら見透かすことの出来ない、心の底の底。


どうして少女は、戦うのか。
それは彼女が、博麗霊夢であるから。

どうして少女は、妖怪退治を続けるのか。
それは彼女が、博麗霊夢であるから。

どうして少女は、幻想郷を守るのか。
それは彼女が、博麗霊夢であるから。

どうして少女は、自由に空を飛べるのか。
それは彼女が、博麗霊夢であるから。


誰も彼もが、少女の行いに疑問など持とうともしない。本人すらも。
博麗霊夢が博麗霊夢であるから。ただそれだけの形式的な理由で、少女は戦う。戦わされている。周囲から。世界から。自分から。
それ以外の理由など、とうに忘却の彼方であった。そこに本人の納得は必要としない。経る必要のない過程なのだ。

だからこそ霊夢は、幻想郷でただひとつの『自由』であり。
だからこそ霊夢は、幻想郷でただひとつの『規律』である。

幻想郷で唯一、博麗の者だけが規律を持つのだ。
紅白の巫女服は、その象徴たる制服。幻想郷の東端からこの空を見つめつつ、茶を飲むことを日課とし。
己に課せられた使命に何一つ疑いを持つことなく、今日も彼女は空を飛ぶ。


博麗霊夢という少女は、幻想郷で最も『特別』なのであった。




「だから……俺は別に『特別』なんかじゃねー。そんな風に持ち上げられるのは嫌いだし、不快だ」




急須の中の日本茶もそろそろ底を尽きようか、と言えるほどの時が過ぎた。
最初の種は、確か霊夢の「承太郎は今までどんな旅をしてきたの?」といった何気ない会話からだったように思う。
概要だけは既に聞いていたが、こうして落ち着いて腰を据えた状況でゆっくり話を聞くという暇など無かった。
曰く、大した修行も使命もなく、普通の不良高校生として日常を過ごし、あるとき『スタンド』に目覚め。
仲間と共に世界中を旅し、遥か遠きの地にて因縁の相手をとうとう討ち倒す。
それだけに飽き足らず、この男は真正面から勝った。あの博麗霊夢を、殴り倒したのだ。

その事実は霊夢から見れば、充分に『特別』なのだった。
空条承太郎は、ジョースターは……特別な血筋。博麗霊夢と肩を並べるほどに、特別な運命を持つ男。
承太郎に敗け、太田の呪縛から解き放たれ、そして彼から話を聞けば聞くほどに、霊夢が抱いた『勘』は『確信』へと移ろい行く。

この男も、自分と同じように『特別』な存在。
そう思ったからこそ霊夢は、この機をいいことに彼へと呟いたのだ。


「承太郎もさあ、私と同じで大概に『特別』なのね」


……と。本当に、本当に何気なく。
返ってきたのは、先の否定の言葉。不快だと言った本人の顔は、僅かだが苛立っているように霊夢には見えた。


つい最近スタンドを手に入れたに過ぎない、一介の高校生。
因縁を潰したあと、平然と日常に戻って学者を目指すのだと宣った男。
そんな一般人の皮を被った男が、特別なる血を受ける博麗霊夢を倒したというのだから我慢ならない。
かくして霊夢の中では、本人がなんと言おうと承太郎は自分と同じで『特別』な人間。

だからなのか。承太郎がそれをにべもなく否定しながら返答した時、霊夢の中で『ナニカ』が崩れ始めた。
承太郎が自分を特別などではないと否定するのは、彼に勝ちたい霊夢自身を否定されることと同義。
承太郎が特別な存在であったのだから、それに敗けた自分もまだ納得できる。

だって彼は特別なのだから。
特別なる霊夢が敗けた理由など、彼が特別であったから以外に無い。当たり前のようにそう思っていた。
だから承太郎が自身を特別ではないと言った瞬間、霊夢は目の前に根本的な矛盾を叩きつけられた感覚に陥った。
承太郎曰く、彼は『普通』だと。つまりはそれに敗北した霊夢は、実のところ『特別』でも何でもなかったのだと。

霊夢は承太郎を自分と同列に考えていた。
私が『特別』なんだから、彼も同じくらいに『特別』。
でも彼はたった今、自分を『普通』であるかのように言い切った。


じゃあ、私っていう存在は何?
私も、承太郎と同じように……実は『普通』の人間、だったってこと?


その事実が、今まで『特別』であろうとした霊夢の精神に変化を与える。
本人に自覚は無いだろうが彼は今、博麗霊夢という少女の全てを否定したようなものだった。



霊夢はこの瞬間───本当に何気なく承太郎から返されたその言葉を、生涯胸に刻み付けることとなる。



物心ついた頃よりであったか。今となってはいつからだったか、などの自問自答に意味は無い。
別段、彼女は得られた地位と恩恵に鼻を高くするといった横柄な性格ではない。与えられた職務をこなしていければそれで良かった。
そんな霊夢本来の人間性も、他人にとってはどうだって良かったのだろう。周囲から『特別』の判を押され、自らもそれらの声に甘んじる事となるのに時間は掛からなかった。
特別、特別、特別……特別でなければ博麗の巫女などやっていけない。
霊夢は気付けば、その言葉を当然のように自身の心に刷り込ませた。いや、幻想郷という奇異なる環境が、それを彼女へと勝手に押し付けてきたのかもしれない。
今まではそれに疑問を持つ者など現れなかったし、だからこそ霊夢は自身に巡る特異環境を受け入れられているのかもしれない。

しかし今、承太郎はそれらの当たり前だった環境を遠回しにではあるが、丸ごと否定したのだ。
この出来事は、霊夢にとって革命ともいえる程に大きな……大き過ぎる変化だった。



「──────い。……おい。どーしたんだ、急に間抜けなツラして」



突如顔を俯けてボソボソ呟き始めた霊夢に、流石の承太郎も異常を感じて声を投げ掛ける。


「あ…………い、いえ……何でも、ないわよ」


ここで話は、夢の冒頭へと繋がる。


「と、とにかく! 絶っ対に『特別』な人間よアンタは。私と同じくらいにね」


焦りを悟られては、またしてもこの男に負けたように感じる。
霊夢の中の大切な何かは、それを矜持として一線を引かない。


「……なんなんだ、そのワケのわからねー自信は」

「ん~~~…………勘、だけど」

「くだらねー」


くだらない。
実にくだらないと断ぜられるような、ただのお喋り。何ということもない、満月の下での会話だった。
彼にしてみれば、くだらない会話の一端。
霊夢にしてみれば、それは。





「俺からしてみりゃあ、オメーも大概『普通』のオンナに見えるがな」





乱された精神を取り繕おうと、煎餅を齧ろうとした霊夢の手が……そこで完全に止まった。


「──────え?」


数瞬遅れて、短い声が喉の奥から湧いて出た。承太郎はこちらを見ようともしていない。


「何かオメー、無理しようとしてねーか」


学生帽の陰に隠れた鋭い瞳は、依然として夜空に瞬く星屑たちを仰いでいる。
元々図り難い男であった。不用意に意図を口にしない寡黙な性格が、彼という人格をより強固に形成している。

「…………無理ぃ~? 私に一番似合わない言葉だわ」

だから霊夢は、心の底の底では承太郎に畏れを抱いている節もあった。
無駄な事を喋ったりしない性格のクセして、その瞳は相手の何を見ている?
その星の白金は、私の心のどこまでを見透かしているの?……と。

ハァ……と、承太郎は短い溜息を一つ寄越して、霊夢の心に溜まる苛立ちを助長させた。

「霊夢。テメーは……自分がなんつーか、『特別』でなけりゃならない、そんな立場に無理して収まろうとしていねーか」

僅かに首を傾けて、ここで初めて承太郎は霊夢の瞳を捉える。
少女の体が一瞬だけ強張ったことに、男は気付かないフリをした。

「ナニそれ。あんたって私の先生か何か? 随分知った風な口ぶりじゃない」

動揺は出さない。今までも、ずっとそうして生きてきた。
特別である博麗の巫女“だから”、少女は強く生きようとした。弱さを見せまいと、本心を殻に閉じ込めて、肉体のみを空に浮かせて。

「私とアンタってついさっき知り合ったような間柄でしょ? 的外れもいいとこだわ。
 私は……『博麗霊夢』は、いつだって自然体。そんな圧力に弱みを見せてたんじゃあ、博麗の名折れじゃない」

霊夢はプレッシャーを感じない。常に己が侭に振る舞い、淡々と使命を果たす。
まるで喜怒哀楽を手に入れた機械のように。誰に言われるまでもなく、そうであるのが当たり前である、と言わんかのように。
それが幻想郷でただ一人……『博麗霊夢』なのだから。


「俺はその『博麗ナントカさん』に言ったんじゃねーぜ」


だというのにこの男は。
そんな風習など、使命など、規律だの、博麗だの、幻想郷だの、
知るか、とでも一蹴しそうな勢いで平然と言うのだ。


「オメーだよ。オメーに訊いてんだ───『霊夢』」


いつの間にか承太郎は半身を起こして、真っ直ぐに霊夢を射抜いていた。
夜の神社に一陣の風が通り抜け、霊夢の頬と黒麗の髪を撫でた。
今までの気だるげながらも穏やかだった雰囲気は一変。霊夢は返答に詰まる。


「お前、さっき俺を『特別』だとかぬかしてたろ。普通じゃねー、特別な運命を背負う人間だとか何とか」

「だ、だってそうじゃない……! アンタは突然スタンドに目覚めて、母親が呪いで苦しんで、一族の敵を倒す為に遠い地まで旅して……それで普通の人間だなんて言ってたら、私の知り合いの白黒魔法使い辺りはひっくり返っちゃうわよ」

「そりゃ単に巻き込まれただけだ。祖先からの深い因縁がたまたま俺の代で巡ってきた。俺は降り掛かってきた火の粉を払ったっつーだけの話だろ」

「それが『特別』って言ってるのよ。少なくとも普通の人間はそんな奇縁な人生送ったりしないわ」

「だから、オメーが言ってンのは俺に纏わる災害……厄介な“人生”について言及してるだけだろう」

「同じことよ。それがアンタの歩んだ特別な人生なんだから」

「あのな……確かに普通じゃねー人生っつーのは認めるが、俺が仲間と共にDIOのクソッタレ野郎を倒しに向かったのは何も祖先の無念の為じゃねーぜ。
 ジジイに頭下げられたからでもねーし、周りから押し付けられたからでもねーし、一族の代表ヅラしたかったからでもねー。ジョースターがどーのとか、関係ねーんだ」

「…………」

「おふくろを救う為に俺はDIOを倒した。DIOが俺を怒らせたから、ヤツは敗北した。たったそれだけのシンプルな理由じゃねーか」

「……誰かに任されたからではなく、使命とか因縁とかも関係ない。ただ自分の為にアンタは動いた……そう言いたいの?」

「何も難しいことはねー話だと思うがな。俺は自分のスタンドを最強だの特別だの思ったことなんざ一度としてねーし、むしろ苦戦だらけの旅だったぜ。
 この殺し合いとかいう馬鹿げたゲームさえなけりゃあ、今頃は普通の高校生に戻ってただろーよ」

「自分の為、に……」

「霊夢。お前は何で異変解決、とかいうのやってんだ。自分の為か? 故郷の為か? 言われたからやってんのか? やらなきゃいけねーから渋々やってんのか?」

「私は…………」


何故、自分は異変解決を生業としているのだろう。
それは自分が博麗の巫女だからだ。何もおかしいことなど無い。
霊夢の中には、答えなどそれしかなかった。


───そう。霊夢は、それしか答えを持っていなかった。


他に言いようが無い。少なくとも現状で自分しか居ないから。幻想郷のバランサーとして、最たる適合者が博麗霊夢だからだ。


「ならそれでいい。別に俺は幻想郷のことなんざ知らねー。それをどうこう言える立場じゃねーさ。
 俺が訊いてンのは、そいつを決定付ける『意思』がお前の中に本当に在るのかってことだ」

「……言ってる意味が、わから」

「お前は『博麗』として生きてんのか。それとも『霊夢』として生きてんのか」


その疑問に完璧に答えることなど不可能だ。
自分は『博麗』『霊夢』。どちらの名が欠けても、その瞬間に自己は崩壊する。
承太郎はてんで的外れな事を訊いている。全く成立しないのだ、その矛盾だらけの問いは。
彼は霊夢という人間を全く分かっていなかった。霊夢という存在が、幻想郷を左右する如何に重大な人間なのかを。
正直な話、渋々異変解決に乗り出している点は否定できない所も多いが、それを苦とは思わない。勿論どこぞの山の巫女と違い、楽しいからやってるのでもない。
自分に“その力”があって、それを行使するべきである立場を任せられた以上、最後まで使命をやり遂げなければならない責任感くらいは霊夢にもある。
やりたい、やりたくない、ではないのだ。やって当然のことであると霊夢が感じるのは、それほどおかしいことであろうか?
承太郎が母親の為にDIOを倒したことと同じように、霊夢も幻想郷の為に異変解決を行っている。そこに自分の意思を挟み込むこと自体、的外れなのだ。


「私は『博麗霊夢』。幻想郷を愛する者。彼の地の為に、私はこれからも異変を解決し続ける。『博麗』として。そして『霊夢』としても」


そう、言ってやりたかった。当然が如く、凛として。
だが……いざその台詞を相手の鼻面に叩きつけてやろうと向き直り、承太郎の瞳を見据えると。
どういうわけだか、出て来なかった。用意した回答が、喉の奥で引っかかって口から出て行こうとしない。

「どーした。何か言ってみな」

口篭るばかりの霊夢に、承太郎は追い討ちするように煽る。回答できない自分の姿を嘲笑するように霊夢には見えた。
何故、何も言えない? 心の内には戸惑う要因などある筈もない。実に簡単な問い掛けであるにもかかわらず、だ。
困惑する理由。承太郎が常に纏う鋭すぎる雰囲気の中に、霊夢は答えの片鱗を見つけた気がした。

こんな事を正面から訊いてきた馬鹿野郎は、霊夢にとって承太郎が初めてだったからだ。
承太郎は───コイツは、何も分かっちゃいない。当然だ、彼は外の世界の人間。霊夢が置かれた立場など知る由もないし、そもそも幻想郷に興味すら無さそうだ。
幻想郷に興味も無いクセに……しかし霊夢のことを彼なりに良く知ろうとしている。承太郎が無知ゆえに、彼は訊くまでもない質問をして霊夢を戸惑わせた。
幻想郷の者ならまず、わざわざ訊いたりしないだろう。霊夢が何故異変解決などやっているかなど。

そして、彼が幻想郷とは無縁の人間だったからこそ気付けた事柄も確かにあるのだ。


「あんまり思い出したくねー記憶だろうが……オメー、最初に出会った時のこと覚えてるか? 俺にブッ飛ばされた時のことだ」


それは本当に思い出したくもない記憶だ。しかし同時に、決して忘れてはならない戒めの過去でもある。

「……アヌビス神と共に咲夜を追い詰めて……そしてアンタが湧き出てきて、派手に一発貰った……あの出来事?」

「衝撃で記憶が飛ぶ心配はなかったようだな。その時、お前は何て言いながら立ち直ってきた? 霊夢」



───『くっ……くそおおおおおおおお!!』

───『ガキが……そんなに負けるのが“悔しい”か』

───『うるさいッッ!!……まだ負けては、いないわ』



もう随分と昔のように思える。
あの『創造者』から命令され、咲夜を襲い、そして現れた空条承太郎に敗けたも同然の記憶が霊夢の脳裏に蘇った。
その時は。その時ばかりの意思と感情は絶対に忘れたりはしない。忘れるもんか。

「…………悔しかったわ」

隠しようもない。見ず知らずの人間に土を噛ませられ、正義の鉄槌といわんばかりの拳を受けた。
あの時ほど感情が昂ぶった経験があっただろうか。自分はそれほどにプライドの高い人間だっただろうか。

「悔しかった。アンタに敗けたことも、私の一人相撲のせいで咲夜が死んでしまったことも。あんなに自分を見失ったことって無かったわ」

「そーかい。後者はともかく、俺にはイマイチ理解できねーがな。その“敗けて悔しい”なんつー精神は」

「嫌味? 無敵のスタンド使いサマは敗けたことなんてないでしょーね」

「悔しいもクソもねえぜ。スタンド戦なんてモンは敗けりゃあ死ぬんだからな」

言外に、またも承太郎との壁を感じさせるようなことを言われた気がした。
所詮、弾幕ごっこは女の子の遊び。彼らの旅で常時交わされてきた“本物”の命のやり取りとは根本から違うのだと。
単に闘いの年季というだけなら、むしろ霊夢の方が上だろうに。自分がなにか、酷く矮小な存在の気分になった霊夢は、下唇をグッと噛み締める。


「…………花京院って男がいる」


唐突な話題の転換に、霊夢は俯き加減だった顔を緩やかに上げて承太郎を見た。

「……あんたの仲間ね」

「そうだな。そいつがDIOの肉の芽に操られ、俺を襲った話はしただろう」

「確かDIOの最初の手先としてそいつと戦ったのよね。で、アンタが勝って無事、肉の芽は解除されましたと」

「そうだ。オメーと“同じ”だな」

同じ…?
承太郎の言う意味が一瞬理解できなかった霊夢は、次なる彼の言葉を待つように、催促の意を込めたひと睨みを返してやった。
困惑を含む視線を極めて適当に受け流した承太郎はじっくり間を溜め、フウと溜息を吐きながら霊夢の疑問に応えることにした。

「肉の芽に洗脳された花京院と、太田順也に言いように操られたオメーがソックリだ、っつってんだ」

「あ……」

「花京院は洗脳から解けるとすぐに俺達への協力を申し出てきた。アイツ曰く「そこんところだがよくわからない」らしーがな。
 アイツなりの筋の通し方。洗脳から解けて浮き出てきた『本当の花京院』、いうなら本音っつーヤツだろうぜ」

「本音……」

「俺に敗けて『悔しい』って言ったよな。そいつはテメーが持つ何よりの『本音』で、この世で唯一の自己……『本当の霊夢自身』の言葉なんじゃねーのか」

「私、“自身” …………」

幻想郷の博麗の巫女ではなく、霊夢自身の感情。気持ち。
太田の操り人形から解き放たれた霊夢は、確かに見失った自分自身を取り戻せた。
その時、その瞬間こそが、幻想郷も使命も関係ない、本心在りの儘の博麗霊夢の姿を見たような気がした。
鏡の中か、はたまた外か。鏡界の向こう側に立つ自分自身を、あのとき確かに引き入れたのだ。

自分を見失うという事は、自分と見つめ合う最良の機会を手に入れるという事だ。
自分を取り戻すという事は、新たな自分へと変革する絶好のチャンスという事だ。

じゃあ、新たな自分って、なんなんだろう。
承太郎に負かされたあの時の感情は、なんだかすっごくムカついて、それでいて……何というか、とても貴重な気持ちなんじゃないだろうか。
それは『博麗』である自分にはひっくり返っても似つかない、平凡でありふれている人間だという何よりの証左。


「もっかい言うけどな。俺からすりゃあ霊夢……お前も俺と同じ『人間』だ。『普通』の、どこにでもいるような人間だと、俺は思うぜ」


はるか幼い頃より内奥に隠してきた……いや、“彼女”自ら引っ込んでいった本来を、霊夢は思い出そうとする。
“彼女”はどんな人物だっただろう。どんな性格で、普段はどんなことをしていて、何が好きで、何が嫌いで。
何が理由で“彼女”は消えたのだっけ。いつしか“彼女”の姿は見えなくなり、そして当たり前のように“わたし”は巫女としての任を果たしてきた。
“わたし”も“彼女”も、根っこは同じだった筈なのに。“彼女”が居なくなったことに“わたし”はもっと戸惑うべきなのに。

“彼女”は周りの人間が思うよりもずっと『普通』の少女であり、
“わたし”は自分で思ってる以上にきっと『特別』な存在であり。

そんな“彼女”も“わたし”も、全部ひっくるめて……それは『博麗霊夢』であるのだと思う。

単純なことだ。そんな単純な事実が、私には見えていなかった。私だけでなく、周りの人間や妖怪も理解しようとしなかったのだ。ちっとも。
『博麗』としての私ではない、『霊夢』としての私を認識しようとしてくれたのは───きっと承太郎。彼が初めてかもしれない。
魔理沙や紫、霖之助さんもきっと……常に見ているのは『博麗』としての私なんじゃないかと思う。それが当たり前。
でもこの男は多分、見て呉れよりもずっと仲間想いだ。そしてだからこそこの人は私を仲間として信頼し、彼なりに博麗霊夢を理解しようとしているの。
そんな失礼千万な男が私に投げかけた言葉。一笑し、切り捨てればいいだけの、大した意味もない問いかけを私はずっと考えている。

結局のところ、博麗霊夢という人間は今まで無意識にも無理を続けてきたのかもしれない。
どうして異変解決なんかやっているのか。考えるに値しないその問いを、やはり私は考えるまでもないと今更ながらに思う。


(…………やっぱり私って、幻想郷のことが───■■なのよねえ……)


その気持ちにだけは嘘はない。
使命とか責務とか関係なく、私は純粋に、ただただ幻想郷を守りたい。
そうでなければ……あの時、哀しみの涙なんて流すわけがない。『普通』の女の子みたいに大泣きするわけがない。
それを改めて気付かせてくれた転機は、やっぱり……承太郎に敗北したあの瞬間、ということになってしまうのだろう。



なんか、私って結局……実は自分で思ってる以上に普通の女の子、なのかな。



こんがらがっていた頭の中の紐が、綺麗な一本へと解けた気がした。
物事は物凄く単純で、霊夢自身が勝手に目を背けていただけなのだ。
気付く必要がないから彼女は粛粛と、淡々と任務をこなしてきただけであり。
指摘する人間が居ないから彼女はひたすらに、自由に空を飛んできたというだけの話。
だからといって彼女のこれからに大きく影響を与えるというわけでもない。
これからも今までどおり異変解決をするというのは何ら変わることのない事項だし、博麗の巫女を辞める予定も今の所ない。
何のことはないのだ。心のどこかで淀んでいた気持ちがスッキリしただけであり、『博麗』の価値も『霊夢』の価値も、無くなったりはしない。ちょっとばかしその比重が偏っただけだ。
そして『生命』の価値を軽々しく見下す主催者への天罰を行う気概が増した。この度の“夢”は、その一点においても非常に価値があった。


「私は『博麗霊夢』。幻想郷を愛する者。彼の地の為に、私はこれからも異変を解決し続ける。『博麗』として。そして『霊夢』としても」


喉の奥で引っかかったまま出てこなかった台詞が、満を持して言葉の形で承太郎に伝わった。
しっかりと霊夢自身の言葉で届いたことが効いたのか。耳に入れた承太郎の口の端がほんの少し、上がった。


虫たちの音色に囲まれた博麗神社の頭上で、大きな大きな流星が軌道を描いて、どこかへと消えた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『霧雨魔理沙』
【真昼】E-4 命蓮寺 本堂


「霊夢……霊夢、かあ。確かにアイツは『特別』な存在だと思うぜ。幻想郷の中でも、かなり」

「ハクレーのミコ、ってやつ? 日本のしきたりは難しいわねえ」


つらつらと時間を怠惰に重ねるような、心の焦りを強引に埋めたいが為に始めたような会話だった。
魔理沙も徐倫も、互いの大切とする人間の一から十についてが如何なモノかを徒然と説く。

「でも正直言うとな、私もたまに霊夢が分からなくなる時があるんだ。理解しきれてないっつーのかね。
 私が見ているのは霊夢の普段の一面だけで、もっと別の面とかがアイツにはあるんじゃねーのかなって。アイツ基本、異変解決してるか茶ァ呑んでるか箒掃いてるかだし」

「あたしもぶっちゃけ、親父のこと全然知らねーで育ったからなあ。記憶DISCなんつーモンで表面的に理解したってだけで、実際の親父の姿はそんなに見てきちゃいない。
 信じられる? あたし、あの親父が笑ったトコなんて一度たりとも見たことないの。子供の頃、一回だけ一緒にトムとジェリー観たことあんだけどさー、爆笑するあたしの横で終始真顔。ロボットかっての」

互いを一から十まで理解はしていても、隠された残りの九十の面など知らないかもしれない。
個人個人の器によって、その人物のあらゆる個性は影に潜む。器の底が深いほどに、全容を理解することも困難なのだ。
ましてや魔理沙が大切に思う博麗霊夢という器は、底抜けに奔放で計り難い。そもそも底があるかも怪しいとすら魔理沙は思う。
徐倫の方も、長年父とはすれ違ったままの人生だ。今でこそ真に心が通じ合っているとは信じているが、あくまでそれは精神的な気持ち。
徐倫と承太郎では、圧倒的に時間の積み重ねが足りない。DISCでの知識・記憶を受け継いで、鼻高々に“分かった気”になっているだけかもしれない、という恐怖を徐倫が時折り浮かべるのは無理ないことだ。

だから魔理沙も徐倫も、互いの想い人の事をより鮮明に口にする。
知って欲しいと、そしてその過程を経て己もまた、想い人への理解を深めようと。

「霊夢はメチャクチャ笑ったりするけどなー。喜怒哀楽けっこう激しいヤツだけど、異変解決とか妖怪退治してる時のあいつはマジに容赦ない時あるからな」

「なんだ仲良さそうじゃん。羨ましいわねー」

「そうだな。私は親友だと思ってるぜ。…………私はな」

不安なのだった。理解していると信じていた相手の事を、その実何一つ知らずにいた、という事実から目を背けるように。
そんな事実は全て妄想で、自分こそが相手にとって『特別』なのだと、そう思いたい。思わせて欲しい。歳相応といえば相応な悩みだが、彼女らにとっては切実だ。
二人は──特に魔理沙は、霊夢に対して劣等感のような気持ちを隠している。
かたや天才。かたや凡夫。凡夫なりに相当の努力をして魔法使いにまでなれたものだが、当の霊夢は自分のことなど実は歯牙にもかけていないんじゃないか、と。
あまり言えないが、霊夢の『誰に対しても平等』という性格が、魔理沙には時折り煩わしく感じることもある。

博麗の巫女は幻想郷にとって特別。だが魔理沙は、『博麗の巫女』でなく『博麗霊夢』を特別視したい。目標としたい。
そして同時に彼女は、『博麗霊夢』が『霧雨魔理沙』を特別視してくれるその日を待ち続けているのかもしれない。
そうでなければ対等とはとても言えない。他人を平等に扱う霊夢の個性は、魔理沙からすればまるで平等とは違うのだから、皮肉としか言えなかった。

「……私はいつか、霊夢に認められたいんだ。どっちが強いとか、そんなんじゃあない。
 アイツに真の意味で認められたい。今はまだまだ力が足りないけど、その内絶対に霊夢の『特別』になってやる」

その為にどうすればいいのか。今はまだ具体案など出てこないけど。
とにかく、今やらなければならない事はハッキリしている。

「……アンタの親友、絶対に助けて、認めさせましょ」

「おう。徐倫の親父さんもな」

ここに至るまでに、様々な苦と思いがあったろう。託し、託されもした。
渡されたバトンを握るのは自分たちだ。ゴール地点はいまだ見えないが、共に走る同志も得た。


(ごめん。……ごめんな香霖。でも霊夢は絶対に死なせないから……ゆっくり眠ってくれ)


愛想のない、見慣れすぎた店主の顔を心に浮かべながら、何とか受け入れられた死を胸に魔理沙は手を組む。
一介の普通なる魔法少女にとって、目の前にはあまりにも困難な試練の壁が幾重にもそびえ立っている。
乗り越えるに必要なのは、やはり仲間だ。今は空条徐倫がいる。霊夢も重大なダメージを負いはしたが、必ず這い上がってくる少女だ。
そして空条承太郎。徐倫の父親で、最強のスタンド使いなのだという。ならばそのポテンシャルはあの霊夢に肉薄するものであるだろう。
致命的な負傷を負ったと聞いていたが、もう大丈夫だ。治療は終わった。きっと蘇生には成功しているはず。
後は本人たちの体力次第ならば、霊夢も、そして空条承太郎も死ぬことはありえない。
なぜなら二人は『特別』なんだから。ここで退場するような輩じゃあ、ない。



「──────ッつ! 痛っ……!?」



その時であった。
突然、あまりに予兆なしの、不意を打つ出来事が魔理沙の隣から呻き声として現れた。見やれば徐倫が何やら右腕を押さえている。
まるで見えない刃に切り裂かれたかのように、彼女の押さえた腕から一滴の血が伝ってきていた。

「徐倫!? ど、どうしたんだその腕……! まさか敵襲……!」

「……いや、違う。……古傷がちょっと開いただけだ、問題ない」

「古傷……? 何だそのカッターで刻まれたような傷は? 『JOLYNE』……ジョリーン、って文字に見えるが」

何でもないと手をパタパタ振る徐倫の顔は、言葉とは裏腹に動揺を孕んでいた。
その細い腕の肌には確かに魔理沙の言うように、刃物で刻まれたような『JOLYNE』の文字が、流血を伴って赤く滲んできていた。

それは彼女にとって、父親との理解の証。心で通じ合ったことの何よりの証明。




「──────父さん?」





▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『博麗霊夢』
【深夜】 博麗神社 縁側


「ナズーリン」
「伊吹萃香」
「十六夜咲夜」
「紅美鈴」
「星熊勇儀」
「魂魄妖夢」
「二ッ岩マミゾウ」
「アリス・マーガトロイド」
「幽谷響子」
「宮古芳香」
「チルノ」
「霊烏路空」
「豊聡耳神子」
「河城にとり」
「多々良小傘」
「橙」
「八雲藍」
「古明地こいし」


放送にて流れた一人一人の名前を、じっと、想いを馳せるように呟いていく霊夢の表情は愁色で然るべきだ。遠い星の下へと行ってしまったかつての顔見知りなのだから。
けれども彼女たちの名を告げていく霊夢はどこか、慈顔するように儚く優しげだった。
正直なところ、それほど親しげでない者も多い。名前すら正確に覚えていたかも怪しい面々だ。
でも今は、“あの頃”を象徴する幻想の民達が何よりも愛おしい。心から、そう思う。
失って初めて気付くこの気持ちに、後悔は多い。これもまた、彼女が博麗であるが故なのか、それとも。



「そして…………」


人妖問わぬ18もの同胞の名を挙げた霊夢はそこでグッと言葉を切り、次に明らかに躊躇った素振りを見せた。
次に挙げる名が彼女にとって、誰に対しても平等に接する性格の霊夢にとって、決して距離の遠くない間柄である事を想像するのは容易だ。


「……霖之助さん。森近霖之助さん。何かしらねー……私にとってあの人は、近所に住む気の良いお兄さんって感じ。
 ま、別に近所じゃないし、私の方からしょっちゅうお邪魔させてもらってる便利な古道具屋の店主よ」


そこまでを耳に入れ、承太郎はその名前がいつだったか、霊夢との会話で一度だけ出た名前だということを思い出す。
そしてそれが今までに挙げられた名とは場違いの、ある要素を含んでいることに少しだけ興味を持った。

「やっと男の名か。幻想郷っつーのはそんなに女ばっかのトコなのか?」

「別にそうでもないけどね。霖之助さんは半妖で、妖怪の血が半分混ざってるの。
 だから私が生まれてない頃からずっとお兄さん姿のままだったし、私が小さい頃から色々面倒も見てもらったわね。
 物集めにしか興味の無い薄幸人だったけど何だかんだで話し相手になってくれてたし、この服だって霖之助さんの仕立てなのよ?」

紅白の巫女服の袖をピンと張らし、仕立て人の趣味だと言わんばかりにオープンな脇部分を微妙な視線で眺める。
そんな霊夢を見て承太郎は、その霖之助という男はこれまで彼女が話してきた者たちよりも、ずっと近しい相手なのだと想像する。
霊夢が「さん付け」するような相手は、実際のところ他に居ない。他者と必要以上に深い関係をとらない霊夢にとって霖之助は、それでも他の誰とも違う感傷を抱いていた。


その男も、死んだ。

霊夢の知らない所で、消えていった。

彼もまた、救うことが出来なかった。


「カァー」


夜だというのにカラスが鳴いていた。神社の鳥居の上で、不気味な黒色を忍ばせながらこちらを見下ろしている。
その一声で霊夢は想い出の邂逅から引き戻された。誰かを想う瞑想の余地など、彼女には許されないとでも言わんばかりだった。

博麗霊夢は涙を見せない。それは博麗の巫女であるからだとか、霊夢本来の性格上だからとか、そういった表面的な理由ではない。
もはや語る必要もない。彼女は既に、吐き出してしまった。滝のように流した涙も、今しがた言葉として吐いた想い出も。大いに、力一杯に。
霊夢の語りは途切れた。じっくりと何かを思案するように、口をつぐんで目を伏せる彼女の姿は弱々しげであった。
承太郎も口を挟んだりはしない。寡黙であるが故と、傷心の少女を気遣う心構えくらいは得ているつもりだ。


(私は……どうするべきなんだろう。博麗として、そして霊夢としても振る舞う為に。どこかでキッカケが必要、なのかもしれない)


私にとって、コイツは───承太郎とは、何なのか。
コイツに敗けた“意味”ってヤツが、もしもあるとしたなら。

私は……近い内にその“意味”を考えなきゃ駄目なんでしょうね。きっと……。


「ずっとアンタに訊きたかった事があるのよね」

「なんだ」


ぶっきらぼうながらも、一応は耳を傾けてくれている。どーせなら目も傾けて欲しいものだけど。

「F・Fと戦ったとき……覚えてる? あの時、アンタさあ……倒れた私を庇ってくれたじゃない?」

「覚えてるが……どっちかってーと、そりゃお前の方が覚えてンのか?」

「覚えてるわけないじゃない、気絶してたんだもん」

ぶわっと、承太郎の後ろ髪が揺れた気がする。ちょっとイラついたのが何となく分かってきた。

「まあまあ。で、さあ……アレ、何で」

「……何がだ」

焦れったい物言いだと自分でも思う。
縁側の外をぶらつかせていた両足を板敷きの上に乗せ直し、曲げた膝の上に顎を乗せる。三角座りの姿勢で、私は遠くの星を眺めた。


「何で私を庇ったの?」


馬鹿げた質問を。
自分でも分かってる。訊くまでもないことよね。

「何でって……」

「いや、意識が無かったから私もそんな言えないんだけど……少なくともアンタが私を庇ったり助けたりしなければ、もっとスマートにあいつを倒せたんじゃないかなって、さ」

何を言ってるのかしらね、私ってば。そりゃ傷付いた私を無視してれば、F・Fひとりにあんだけ大苦戦することもなかったでしょうよ。
でも承太郎の性格を考えれば、それってありえないことなんだと思う。心底そう思う。

「たりめーだろ。女を……仲間を見捨てて激情に走るような真似なんかするか」

「…………そう、よね。アンタってそういう奴よね」

仲間、かあ。
承太郎の口からさも当然のように吐き出されたその言葉。こう言ってしまうとコイツは怒るかもしれないけど……

「嬉しいんだけどさ……私、別にアンタの事を『仲間』だと思っちゃいないのよね。
 何ていうか、異変解決を手伝ってくれる同志……精々手を借りているって程度の認識よ」

これは本心。承太郎は信頼しているし頼りになる奴なんだけど、仲間……と言われても私の中ではピンと来ない。
そもそも私自身の性格というか性というか、今まで生きてきて誰かに対し仲間なんて感情は持ったことがない、と思ってる。
薄情かも。魔理沙に対してですら、そう思ったことはないし。『腐れ縁』と『仲間』は全然違う。

「そんなくだらねーことを言いたくて、オメーは俺に話を振ったのか?」

若干、怒ってるのかなーと思ったけど、元々コイツはこーいう喋り方をする奴よね。ちっとも動じてない。
うぅーん……駄目だ。同年代の男の子(ってのが信じらんないけど)と会話したことが殆どないから、何か調子狂っちゃう。
でも、私が言いたいことはそんなんじゃなくって、こう……

「じゃなくってね……ちょっと確認、っていうか。ここら辺で確かめ合いたかったことがあんのよね」

「確認?」

「承太郎は私を『仲間』として助けた。それには感謝してるわ、ありがと。
 でもさっきも言ったように、私はアンタを『仲間』とは思ってない。なーんかくすぐったいっていうか、ちょっと違うかなって感じ」

「ほう。続けな」

「私からすればアンタって、仲間ってよりは『好敵手』(ライバル)? これはこれでくすぐったいんだけど、私を負かした相手だし。
 アンタが私を仲間だと感じてくれても、それって結局一方通行の関係になっちゃうじゃない? 私はそう思ってないんだから」

「……その言葉、好敵手って言葉でも同じ内容で返せるぜ」

「でしょうね。悔しいことに、アンタは私のことを露ほどだって好敵手だなんて思っちゃいない。これまた私からアンタへの一方通行」

「メンドクセェだけだしな。ンな傍迷惑な思い込みは」

直球ねえ。コイツも、私も。
私も別に物事にはこだわる性格じゃないんだけどなあ。そこまでしてコイツをライバル認定──つまり『特別扱い』すること自体、博麗霊夢らしくない。
でも悔しいモンは悔しいのよ。あの時コイツにブッ飛ばされた時、本当に、涙を流したいくらい悔しかった。滅茶苦茶ムカついた。

じゃあ今。私とコイツ───博麗霊夢と空条承太郎を互いに繋ぎ止めている“モノ”は何だろうって考えたら……それは『仲間』とか『相棒』とか『好敵手』なんかじゃあなく。



「───『約束』、なのよ。きっとね」



これしかないじゃない? 私とコイツの……まあ、絆みたいなモンは。

「…………しちまったモンは取り消せねーと承知はしてるが、ハッキリ言って俺は迷惑なんだがな」

「でもしちまったんでしょ? 男の責任ってモンがあるじゃない?」

微笑を携えながら私は承太郎に詰め寄った。
それを非常に、まこと隠そうともせずに鬱陶しそうな表情で承太郎は、帽子を深く被りなおして私の視線を無視した。

「忘れてないわよねぇ~~~? あの時の『約束』、覚えてるわよねぇ~~~?」

「……やれやれだ。別に忘れちゃいねーよ、メンドクセーが」

このバトルロワイヤルを止め、太田と荒木をブッ飛ばしたその後に。
私は承太郎へともう一度、再戦の契りを交わしている。随分強引な取り決めだったような気がするけど。

「覚えてるならそれで結構よ。約束ってのは互いの了承があって初めて交わされる人と人の誓い。
 たとえ強引だろうが何だろうが、アンタは私と『約束』をしたの。一方通行じゃない、真に通じ合う唯一のカタチとして」

「俺は無視してやりたい気持ちで一杯だったがな。……訊きたかったってのは、そんなことか?」

「そんなこと。くだらないでしょ? でも約束だから、観念しなさい」

思い合う気持ちとか、そういうのはやっぱり私には似合わないしね。
でもこれだって立派な『絆』。承太郎ならきっと、この約束を反故になんかしないと信じてる。
ただそれだけのことを一直線に信じていられるってだけで、私の心には高揚感や幸福感がムクムクと湧き出てくるようだった。
俄然、これからの方針に力も入ろうというもの。DIOもディエゴも太田も荒木も、承太郎への再戦の為だと思えばちっとも恐ろしくない。

承太郎との約束さえ叶うのなら、今の私はどんな絶望にだって立ち向かっていける自信がある。
だからきっと……この『夢』だってもうすぐ醒める。こんな薄汚い、ゆめまぼろしの神社からはオサラバして、とっとと“蘇生”しましょう。


「ねえ承太郎。私、自分なりにちょっと考えたことがあんのよね」

「まだあんのか、ウットーしいな」

「もう少しだけご静聴願うわ。さっき、皆の“名前”読み上げながら感じたんだけどさ。私、基本他人を呼ぶ時って普通に名前で呼ぶのよ。霖之助さんだけはさん付けだけど」

「そーかい」

「で、ね? アンタは私のこと……『普通』の人間だって言ってくれたワケよ。だったらもうちょっと、普通の女の子っぽいことやってみようかなって思ったのね」

「くどいな、話が見えんが」

「まあー、その……慣れないことなんだけどさ……………………ちょいと『アダ名』って奴で、呼んでみようかと思って」

「………………誰をだ」

「アンタ」


鼻先に突きつけられた人差し指を、承太郎は心底嫌そうに、面倒臭そうに、害虫でも見るかのように睨みつけた。
心外ね。これでも私は大真面目に言ってるつもりだけど。……何かおかしなこと言ってる? 言ってるかもしれない。いや言ってるわコレ。


「うっさいわね!! 別にイイでしょ、こんくらい!」

「何も言ってねーが」

「とにかく! アンタは私を普通扱いしたセキニンをとるのが筋ってモンよ!」

「関係ねーだろ、それとこれとは……」

「ジョジョ!」

「………………あ?」

「ふふん。空条承太郎……“条”と“承”をくっ付けて『ジョジョ』よ! 中々洒落の利いたネーミングだと思わない?」

「……………………や──」

「“やれやれだぜ”禁止!」

「………………………」


黙り込んでしまった彼の姿を見て、降参の意と受け取った。
ジョジョ……ん~~、悪くないと思うんだけどなあ。ジョジョ。JOJO。ん~~~~~…………。変かも。まあいっか。すぐ慣れるでしょ。


「ね、ジョジョ。イイこと教えてあげるわ」

「…………今度はなんだ」


半分諦めるような様子で承太郎改めジョジョは、再び縁側の上に寝っ転がって適当な返事を返した。


「神様ってね、一度交わした“約束”、破れないのよ。どうしてだと思う?」

「知らん」

「一度誓った契約は決して破棄できないから。神の類は総じて、しかるべき契約には背けない。それは約束も同じこと。
 でも人間って奴は契約に縛られない。約束なんて、そもそも守る必要なんてないのよ。アンタも人間なんだし、約束ぐらい破ったことあるでしょ?」

「おめーに交わされたのは、約束っつーよりは強要に近かったがな」

「どっちでもいいわよこの際。私が言いたいことはそういうことじゃないわ。
 アンタは人間。約束なんて、破ろうと思えば破っちゃえる。じゃあ逆に、どうして人間はわざわざ約束を守ろうとするか分かる?」

「……さあな」

「“守りたい”からよ。人間はね、約束を守りたいから守るの。考えてみれば義理堅い種族だと思うわ」

「オメーとの約束、俺は破って構わないっつー事を言いてえのか」

「さて、ね。でもジョジョ。貴方は私との『約束』……守りたい? 守りたくない? 断る権利なら誰にだってあるわ。人間である限り」

「…………巫女、ね。詐欺師に転職した方が向いてんじゃねーか、テメー」

「宗教に大別される役職なんて、だいたいが詐欺師みたいなモンよ」


随分と回りくどい言い回しを述べて私は、ジョジョの眼前へと右の拳を突き出した。
後は向こうも拳を突き合わせれば、この『約束』……それが完了することになる。まあ二回目になるけど、私は改めてジョジョの意思を確認したかった。


「……それならさっきもやっただろ。二度目はしねー」

「あ! やりなさいよちょっとー! 今そういう流れだったでしょ!」

「メンドクセー。口約束で充分だろ」


照れ隠しって奴なのか。どーもこの辺に男女の溝を感じるわね。
私は突き出した拳を渋々引いてアヒル口を作った。確かに、同じ約束なんて何度もやってれば軽々しくなっちゃうものだけど。

「どーでもいいが霊夢。オメー、さっきから随分と女々しいな。らしく……」

「“らしくねー”って言いたいんでしょ? 私もそう思う。でもいいのよ。
 だって夢の中なんだもん。少しくらい本音も吐かせて欲しいものだわ。そういうジョジョだって、ここに来て結構喋ってるじゃない」

「お前が話振ったから応じてるだけだろーが」

「はいはい……ふふ。私、アンタに思いっきりブン殴られてから、頭のどこかが壊れたまんまなのかも。自分でもちょっとおかしいなって思うわ」

「知るか。病院にでもあたりな」

「ふふふ」


こんなにも静かな博麗の夜。こんなにも耀かしい星天の下で。
私はなんだか悪くない気分になっちゃって。不思議なものね、すっごく“生きてる!”って感じがするの。

立ち上がって、いつものように私は空を飛んだ。
風を愛でるように。水を流れるように。体中の神経を解放して、ふわりと空を飛んだ。
今だけは、咲夜を死なせてしまったことも忘れられそう。
でも、それは絶対に許されないこと。私はいつまで、空を飛べるのだろう。
幻想郷の空は広い。少なくとも、私にとってはここが世界の中心で、全て。
あの星々を守りたい。この月明かりを奪われたくない。
だから私は空を飛ぶ。何者にも縛られない、無重力のドレスを纏って天を伝う。


そろそろ、この『霊夢』も醒めるでしょう。ほんのひと時の、最後の安堵なのかもしれない。
夢は無意識からのメッセージ。この場所で交わした触れ合いは、きっと私にとって大事なモノになると思う。
ここから目を醒ます時が、反旗の時。
勝って約束を叶える為に、永かった休息はここまでにしよう。



「ジョジョ。行くわよ」



何となく、鳥居の下を潜りながら。振り返ることなく私は、そこから上を見上げた。
遠い遠いあの星空を目指して翔んだ。
その時だ。



「──────霊夢。…………いや」



後方から聞こえてきたジョジョの言葉は、彼にしてはいやに歯切れが悪く。
私はちょっとだけ変に思って、やっと振り返った。

何か、違和感があった。黒い学生服を纏うアイツの影が、一層と黒ずんで見えたような。


「カァー」


カラスがまた鳴いている。得もいわれぬ感覚が、冷たい温度を纏って背中をそっと舐めた。
ジョジョは私を一瞬見上げただけで……その表情をすぐに帽子の陰へと隠した。

朧気。その時の私は、ジョジョには最も似合わないそんな印象を抱いてしまった。ほんのちょっと不安になって私は尋ねる。


「……どうしたの? 昼寝の時間は終わりよ」

「いや…………俺は、空なんか飛べねえんでな。悪いが……先に行ってちゃくれねえか」


言われてみればそうだった。確かに『普通』の人間やスタンド使いは空なんか飛べるわけがない。

その時の私は、彼の言葉を深く考えなかった。

ジョジョの隠れた表情の中に、どうしようもない『諦め』が張り付いていたことに……気付けなかった。


「そう? それもそうね。じゃあ、一足先に目醒めるとしますか」




「ああ………………悪いな、霊夢」




こうして私───博麗霊夢は、永くて短かった不思議な『霊夢』を終えた。

綻び一つ見当たらない博麗の社、その全景を見下ろしながら息を漏らす。

そういえば紫がいつか、言ってたっけ。神社を訪れる夢には強い暗示性があるとか。……細かい種類とかは忘れちゃったけど。

この霊夢は、果たして私の何を予見してくれたのやら。起きたら何も覚えてませんでした、なんてオチはごめんだけど。



頭上に光る満点の星空。

あの星屑十字軍の中で、一際大きい一等星の輝きが無くなっていたことに。

とうとう私は最後まで気付かなかった。





            ★

生命を産む、類なる力。
黄金の風を纏うあの少年は、充分に奇跡を起こした。
巨悪から少女を守り抜き、絶望的な傷を癒し、奪われた血液も創り。
邂逅せし『新たなる正義の心』に、全てを託して。

確かなる“一個”の奇跡を、起こし得たのだ。
“希望”の糸は、確かにここへ紡がれたのだ。




齎された奇跡はしかし、ひとつであった。

奇跡は、既に起きたのだ。

幻想郷の崩壊を憂う者たち。その想いは奇跡を起こした。

博麗霊夢の覚醒は、この殺し合いを打破する確かなる希望。

それは既に、霊夢の意識と共に眦(まなじり)を決した。

僅かだが、同時に過小していた脅威。

DIO。その男の恐怖。悪意。執念。それらは決して秤に載せられる類ではない。

百年にも及ぶ因縁にケリを着けたいと焦がしていたのは、何も正義の血族だけではないのだから。

げに恐ろしきは、やはりその男の悪意。その巨大さであった───







かくして霊夢は、粗末な出来合いで整えられた病床から数時間ぶりに身体を起こした。

先程まで漂っていた真っ白な夢狭間とは違う、リアルの空間。

千切れ飛んでいく己が魂の手綱を再び掴み取り、神が現世へと受肉するような……間違いなく、瀬戸際からの帰還。




それで。

それだけで。

もう、充分に……奇跡であった。

奇跡は既に───起きたのだ。



そして神は、“それ以上”の霊験を…………決して起こさなかった。





「───きて! ───きてよ! ───うさん! 起きな───よッ!」





起こらない。

思わせぶりな神秘は、起きない。




「起きてッ! 目を覚ましてよッ! ───さん!! お願いだから…………起きろっつってんだよオラァ!!」




起きなかったのだ。



「お、おい徐倫……! ちょっとやり過ぎじゃ……」

「うるさい!! アンタに、アンタなんかに……あたしの何が分かるんだッ! クソ! クッソォ!!」



覚醒したばかりで、朦朧とする意識の最中。
虚ろな瞳で霊夢は、聞いたことのない怒鳴り声の少女と、よく聞いた友人の声を耳に入れていた。


(魔理、沙…………?)


魔理沙。それは霊夢と最も近い距離に立つであろう友人の名。
その友人が、自分ではない別の少女に語りかけている。
怒鳴っている少女は、なにか床に向けて必死に腕を動かしていたように見えたが、霊夢の位置からでは何をしているかが分からない。
ただ、とてつもなく嫌な予感が霊夢の胸中を過ぎった。
それほどにその少女の様相が、あまりに必死な動揺を孕んでいたからだ。


「んなこと言ったって、お前のその腕も少し傷付いてきてんじゃねーか! もう……やめろよッ!」

「うるさい! うるさいうるさいうるさい!! くそ……何で、さっきまで安定してたじゃないのよ……っ! 何で急に……!」


背中越しに霊夢が見た光景は、徐倫と呼ばれた少女が『ダレカ』に向けて『ナニカ』を施しているものだった。
フラフラと危うい視界の中、霊夢は何となく感じ取る。
少女は非常に乱暴で力強い手際ではあったが、床で仰向けになる『ダレカ』……へと拳を叩きつけるような。

そう……心臓マッサージ、のように見えた。

少女は、床に倒れる『ダレカ』に向けて懸命過ぎるほどの心臓マッサージを行っていた。
魔理沙は、救命措置というにはあまりに過剰なそれを咎めるように、彼女の肩を揺らしているのだ。


(誰……? さっきのは、夢……? 私、いや、私たち、どうなったの?)


状況の把握が困難だ。
もとより生死の狭間を彷徨った弊害。思考する頭脳に、酸素が足りない。血も、栄養も。

しかし、その困憊こそが何よりの生の証。
ディエゴに敗北し、DIOに血を吸われ、殺されかけ、あの世らしき場所で一人の男と語りを終え。

蘇生した。
帰ってくることが出来た。
常人であれば誰もが口を揃え、大仰に呟くだろう。



奇跡が起きた、と。






「死なないで父さん……! お願い……帰って、きてよぉ…………っ」






悲痛な呻きと同時、一瞬だけ場が静寂に包まれた。

瞬間……かの絶望から“一人”生還した霊夢は、見た。

見てしまった。
























「…………………………ジョ、ジョ?」

























思わず漏れたその名は、夢の中で交わした契りの証明。
霊夢の中で、一線を踏み越えようと彼女なりに変化を受け入れた、いかにも俗的な子供ごっこ。
まずは『アダ名』からだという、まるでただの少女のように戯れた、第一歩。

きっと大事なのだ。
たかがアダ名であったが、霊夢からすれば珍しく他人に踏み寄ろうと閃いたやり取り。
だから大事なのだ。
その名が、霊夢の中で芽生え始めた新たな『光』になるのだと、小さくも健気な自覚であったのだから。



ジョジョ。

空条承太郎。

呼ばれた男からの返事は──────永遠に返ってこない。






「え……」






霊夢は現実に帰還する。
動揺が彼女の小さな唇から転げ落ちるように漏れ、酸素の足りていない脳が再び活動を停止させた。
蒼白に塗り固められる表情。
白い意識に支配されゆく中、ようやく彼女は理解する。

狭き幻想郷の枢軸、博麗。
最たる特別な才器、博麗。
重責を背負う運命、博麗。

あの“夢”から、あの“霊夢”から帰ってこれた理由。

それは自分が特別なる“博麗”であるから。
神の僕。奇跡をその内に宿す者であるから。
幻想の都を背負う定めの人間、であるから。

だから霊夢の頭上には、当然のように、当たり前のように“チャンス”は舞い降りた。

再び大空を翔ぶ、そのチャンスを与えられた。

ようやく彼女は理解する。
共に肩を並べた少年。今となってはその大きな双肩も、後ろへと、後ろへと。
少年だ。彼はまだ、自分と大して変わらない齢の少年。
奇なる血筋と運命を与えられたという点では、自分とよく似た少年。


───『だから……俺は別に『特別』なんかじゃねー』



少年───空条承太郎。その男がぼやいたかつての台詞が、脳に木霊する。




彼には、霊夢のような都合の良い“チャンス”など、決して与えられなかったことを、





ようやく彼女は理解したのだ。






霧雨魔理沙が霊夢の覚醒に気付き、泡飛ばす勢いで何かを語り掛けてきている。







隣の少女は、「父さん」と呼ばれた承太郎の身体へと必死にマッサージを続けている。








その何もかもの光景が。









今の博麗霊夢にとっては、まるで。










白麗のように綺麗で、靈夢のように神秘的な幻想のようだと。











現実感の無い、星屑(スターダスト)のような儚さを纏った夜空のようだと……。












「 ジョジョ 」












最後に約束を交わした男の存在を───彼女は呟いた。













降り積もった時は、雪解け水のように煌きを反射させ、静かに……粛粛と流れ出す。
時間は決してその場に留まることなく、ゆっくりとだが……清流が如く深深と。


こうして……霊夢にとっての目標/越えるべき星───『空条承太郎』の存在は。
抗えぬ“死別”という災によって、永劫到達の出来ぬ幻想へと掻き消えた。


かつて交えた『約束』と、共に。












【博麗霊夢@東方project】蘇生成功───生還
【空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険 第3部】蘇生失敗───死亡
【残り 54/90】

【E-4 命蓮寺/真昼】

【博麗霊夢@東方 その他】
[状態]:体力消費(極大)、霊力消費(極大)、胴体裂傷(傷痕のみ)
[装備]:いつもの巫女装束(裂け目あり)、モップの柄、妖器「お祓い棒」@東方輝針城
[道具]:基本支給品、自作のお札(現地調達)×たくさん(半分消費)、アヌビス神の鞘、缶ビール×8、
    不明支給品(現実に存在する物品、確認済み)、廃洋館及びジョースター邸で役立ちそうなものを回収している可能性があります。
[思考・状況]
基本行動方針:この異変を、殺し合いゲームの破壊によって解決する。
1:ジョジョ……?
2:戦力を集めて『アヌビス神』を破壊する。殺し合いに乗った者も容赦しない。
3:フー・ファイターズを創造主から解放させてやりたい。
4:全てが終わった後、承太郎と正々堂々戦って決着をつける。が……
5:紫を救い出さないと…!
6:『聖なる遺体』を回収し、大統領に届ける。今のところ、大統領は一応信用する。
7:出来ればレミリアに会いたい。
8:暇があったらお札作った方がいいかしら…?
9:大統領のハンカチを回収し、大統領に届ける。
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※太田順也が幻想郷の創造者であることに気付いています。
※空条承太郎の仲間についての情報を得ました。また、第2部以前の人物の情報も得ましたが、どの程度の情報を得たかは不明です。
※白いネグリジェとまな板は、廃洋館の一室に放置しました。
※フー・ファイターズから『スタンドDISC』、『ホワイトスネイク』、6部キャラクターの情報を得ました。
※ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。


【空条徐倫@ジョジョ第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消耗(中)、全身火傷(軽量)、右腕に『JOLYNE』の切り傷、脇腹を少し欠損(縫合済み)
[装備]:ダブルデリンジャー(0/2)@現実
[道具]:基本支給品(水を少量消費)、軽トラック(燃料70%、荷台の幌はボロボロ)
[思考・状況]
基本行動方針:プッチ神父とDIOを倒し、主催者も打倒する。
1:父、さん…………
2:魔理沙と同行、信頼が生まれた。彼女を放っておけない。
3:FFと会いたい。だが、敵であった時や記憶を取り戻した後だったら……。
4:姫海棠はたて、霍青娥、ワムウ、ディアボロを警戒。
5:しかし、どうしてスタンドDISCが支給品になっているんだ…?
[備考]
※参戦時期はプッチ神父を追ってケープ・カナベラルに向かう車中で居眠りしている時です。
※霧雨魔理沙と情報を交換し、彼女の知り合いや幻想郷について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※ウェス・ブルーマリンを完全に敵と認識しましたが、生命を奪おうとまでは思ってません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。


【霧雨魔理沙@東方 その他】
[状態]:体力消耗(小)、精神消耗(小)、霊力消費(小)、全身に裂傷と軽度の火傷
[装備]:スタンドDISC「ハーヴェスト」@ジョジョ第4部、ダイナマイト(6/12)、一夜のクシナダ(60cc/180cc)、竹ボウキ、ゾンビ馬(残り10%)
[道具]:基本支給品×8(水を少量消費、2つだけ別の紙に入っています)、双眼鏡、500S&Wマグナム弾(9発)、催涙スプレー、音響爆弾(残1/3)、
    スタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』@ジョジョ第7部、不明支給品@現代×1(洩矢諏訪子に支給されたもの)、ミニ八卦炉 (付喪神化、エネルギー切れ)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。会場から脱出し主催者をぶっ倒す。
1:うそ、だろ……?
2:徐倫と信頼が生まれた。『ホウキ』のことは許しているわけではないが、それ以上に思い詰めている。
4:何故か解らないけど、太田順也に奇妙な懐かしさを感じる。
5:姫海棠はたて、霍青娥、エンリコ・プッチ、DIO、ワムウ、ウェス、ディアボロを警戒。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※徐倫と情報交換をし、彼女の知り合いやスタンドの概念について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※C-4 アリスの家の「竹ボウキ@現実」を回収しました。愛用の箒ほどではありませんがタンデム程度なら可能。やっぱり魔理沙の箒ではないことに気付いていません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※二人は参加者と主催者の能力に関して、仮説を立てました。
 内容は
•荒木と太田は世界を自在に行き来し、時間を自由に操作できる何らかの力を持っているのではないか
•参加者たちは全く別の世界、時間軸から拉致されているのではないか
•自分の知っている人物が自分の知る人物ではないかもしれない
•自分を知っているはずの人物が自分を知らないかもしれない
•過去に敵対していて後に和解した人物が居たとして、その人物が和解した後じゃないかもしれない

 です。



167:天よりの糸 投下順 169:Hail 2 U!
167:天よりの糸 時系列順 169:Hail 2 U!
155:この子に流れる血の色も 博麗霊夢 172:After Rain Comes Stardust
155:この子に流れる血の色も 空条承太郎 死亡
155:この子に流れる血の色も 霧雨魔理沙 172:After Rain Comes Stardust
155:この子に流れる血の色も 空条徐倫 172:After Rain Comes Stardust

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最終更新:2017年11月09日 00:52