幻想に、想いを馳せて

私は―――――古明地こいしは、夢を見ていた。



夢と言っても、ちっぽけなものだ。
小さなぬくもりを抱きしめ、身を任せている。
胸の内にある暖かな光に、その身を癒される。
ただそれだけの、ささやかな夢。
孤独な世界に佇む私が視る、一欠片の夢。


そんな夢でも、私は心地よかった。
何故なら、今の私の心はひび割れていたのだから。
繭から孵った蝶の羽根は、脆く壊されていたのだから。
だからこそ、この温もりが愛おしかった。
この痛みを癒してくれる光が、好きだった。


やさしい神父さまと出会って、穏やかな時間を過ごして。
それから、私は神父さまの友達と出会って。
その人は、死の凶器と共に私の背中を押して。
怖くてたまらなかったのに、流されてしまって。
私は、言われるがままに殺しに向かわされて。
様子がおかしかったチルノちゃんと一緒に、死を撒き散らしに向かって。
その時にはもう、私の心は疲れ切っていて。


そして私は。
チルノちゃんを見捨てて、『無意識』のうちに一人で逃げた。


私の心は、私でも気が付かないうちにひび割れていた。
これからどうすればいいのかも解らないくらいに、消耗していた。
そんな私は、ワムウおじさんと出会った。
『強さ』について教えてくれたワムウおじさんは、どこか優しいように見えた。
口数も少なくて、なんだか仏頂面だけど。
それでもおじさんは、出会ったばかりの私に語ってくれた。
そして、こんな私の傍に少しの間だけでも居てくれた。
だから私は、ワムウおじさんの傍らで眠りに着いたのだ。
独りぼっちは寂しかった。
彼の傍に居ると、少しだけ安心出来た


ワムウおじさんは言ってくれた。
『強さとは、その源になる信念がある』。
『強さ、信念は他人から与えられるものではない』って。
私には、私自身の信念が無いから流されるのだという。
強さを支えるモノが存在しないから、弱いままなのだという。


その通りだと思った。
私の意思は空虚で、幼くて。
『強さ』なんて、少しも考えた事が無くて。
だからこそ、私は弱いんだ。
何も出来ずに翻弄されるだけなんだ。
此処に来て、私は自分の意思で何も成し得ていなかった。
空虚な私の『心』は、ただただ周囲に流される。


――――私は、本当に心を閉ざしているのか。


聖とDIOは、私の心の在処について問い掛けてきた。
心を閉ざしたはずなのに、私の心は幾度と無く振り回されていく。
無意識の存在になったはずなのに、私は苦しみ続けている。
そう思うと、二人の言う通りだったのかもしれない気がしてくる。
否、二人が正しかったんだろうと今は確信出来る。


私の心は、開かれている。
私の心は、空っぽなだけだ。
空虚だから誰にも読まれない。
空虚だから誰にも知られない。
それだけのことだった。


閉ざされた心なんて、思い込みに過ぎなかった。
本当に心を閉ざしているのなら、私はお姉ちゃんのような引き蘢りになっている筈なのだ。
他者を求めることも、仏の教えに救いを求めることもない筈だ。
なのに私は外へと向かい続けた。外界を求めた。
秦こころの異変においても、私は人々から注目される事に喜びを感じていた。
私の『無意識』は外を求めている、ということを初めて『意識』した。

そして私は、本当は心を閉ざせていなかったからこそ苦しんだ。
地霊殿の家族や、命蓮寺の皆への想い。
DIOへの恐怖。
チルノちゃんを見捨てた事への後悔。
自らの弱さへの嘆きと苦悩。
そして、強さへの仰望。
どれも確かな心があったからこそ抱くことが出来た感情なんだ。



今なら、はっきりと言える。
私の空虚な心は、確かに此処にあると。



眠りに落ちてから、どれほどの時間が経ったのかも解らない。
数分か。数十分か。或いは、数時間か。
とにかく、誰かの声が聴こえてきた。
知らない男の人達の声が、何度も私の耳に入ってくる。



誰なんだろう。
どんな人達なのだろう。
眼を開けたら、全てが解る。
硝子の水晶玉の様な私の瞳が、その姿を映し出すのだから。


でも、目覚めたくなかった。
このまま眼を開けたら、二度と夢の世界から戻れなくなる様な気がしたから。
悪夢の世界に引き込まれる様な、そんな気がした。


だけど、私の意識は覚醒しつつある。
眠りの世界から解放されつつある。
じきに眼を覚ます事になってしまうのだろう。
私は、否応無しにそれを理解してしまった。



幻想に沈むような、安らかな一時。
血で血を拭う、残酷な殺し合い。
さあ、私の心が見ている『夢』はどっち?




◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆



遥か昔、生物の頂点に立つ種族が存在していた。
その一族は命を喰らい、取り込むことによって力を得ていた。
彼らは鳥と同じように空を駆け抜けることが出来た。
彼らは木と同じように呼吸をすることが出来た。
彼らは魚と同じように水の流れと一つになることが出来た。
この世のあらゆる生物を上回る特性を備えた、万物の霊長。
古代人から神や悪魔として崇められた、究極の生物。



それが『闇の一族』。



太陽を苦手とする彼らは地底での生活を余儀なくされた。
そして強大な力を持つが故に、無闇に世界へと干渉することを嫌った。
長命と力を備える彼らは、生命の歴史の裏側で静かに暮らす道を選んだのだ。
繁栄の道筋はなかった。
それでも彼らは、穏やかな生を送り続けていた。

しかし、そんな彼らの文明は滅びへと向かうことになる。
一人の『天才』とその『同志』が現れたからだ。

『天才』は一族を嘆いた。
進化と繁栄を投げ出し、不変を貫き、平穏という微温湯に浸かった彼らを嘆いたのだ。
太陽さえ克服すれば世界を支配できる力を備えているというのに。
それを「しようともしなかった」彼らに、『天才』は憤っていた。

故に『天才』は石仮面を作った。
石仮面は被った生物の脳を刺激し、更なる力を引き出す。
その代償により多くの命をエネルギーとして求めるようになる。
進化の代償に他者を犠牲とする–––『天才』は悪魔の道具を製作したのだ。
全ては太陽という弱点を克服する為に。
進化を拒絶した一族を次の段階へと移行させる為に。


だが、そんな『天才』を闇の一族は見過ごさなかった。
不変の掟を貫く一族は、『天才』の急進的な思想を危険視した。
一族は『天才』を恐れた!


一族の賢者達は議論の末に『天才』の抹殺を決定した。
秩序を重んじる彼らは、地球の生態系のバランスを崩壊させるであろう石仮面を否定したのだ。
『天才』は、闇の一族の敵として認識された。



―――何故だ。
―――何故ヤツらはのうのうと生きていられる!
―――何故ヤツらはこうも腑抜けていられる!?
―――何故だ!何故克服したいと思わない!?
―――何故『進化』を求めないのだ!?



『天才』は怒りを抑えられなかった!
変化のない歴史を平気な顔で享受する彼らを容認することなど出来なかった!
何が不変だ!何が秩序だ!?
目指すべき果てがあるにも関わらず、進化を拒絶する!
これほどまでに愚かしいことがあるか!
『天才』の憤怒は激しく燃え滾っていた!

故に『天才』もまた、一族を拒絶した。
己を殺すべく差し向けられた一族の刺客達を、冷淡に見下した!
信じられるのは、ただ一人の『同志』のみ。
進化というステップに興味を示し、『天才』の思想に賛同した唯一の男。
『同志』は、『天才』と共に在った。


―――さて、逃げ出すなら今のうちだぞ?
―――逃げ出す?おいおい、冗談はよせ。俺はお前に着いていくのだからな。
―――貴様は何故そう言い切れる?
―――お前が面白いからだ。お前の理想に未来を感じたからだ。
―――その為なら一族を裏切ってでも構わないと言うのか?
―――当然だ。変わらぬ世界よりも、お前と共に進化の果てへと向かう方が余程楽しめそうだからな。
―――フッ、そうか。相変わらず不思議な男だな、貴様は。



二人の男は決意した。
たった二人で一族に立ち向かうことを。
迫り来る同族たちを根絶やしにすることを。

『天才』とその『同志』は、無数の同族達の姿をその目に焼き付けた。
背中合わせに立つ二人は、殺意を以って迫り来る同族達を見据えた。
彼らは『天才』を完全に滅ぼすべく差し向けられた戦士達。
世界の秩序を崩壊へと導く悪魔達を抹殺すべく、突き進む。

『天才』と『同志』の胸の内に恐怖はなかった。
あるのは不変を良しとし、進化を否定した闇の一族への憤怒。
そして、そんな在り方をのうのうと受け入れてきた彼らへの呆れ。
そんな彼らに対する恐れなど、一欠片も抱いていなかった。
先へ進むことを拒絶した彼らに負けるつもりなど、毛頭無かった。
故に二人は、戦う道を選んだ。




―――来るぞ。
―――ああ。
―――地獄の果てまで付き合ってもらうぞ、『エシディシ』。
―――当然だ、『カーズ』。





『天才』とその『同志』―――カーズとエシディシは、一族を滅ぼした。
たった二人の『赤子』を除いて。
一族の生き残りだった『赤子』は戦士として育てられた。
カーズらの部下として、手足として戦うべく、彼らは鍛え上げられた。

片方の子供は豊かな才を発揮した。
数々の戦闘技術を飲み込み、それを瞬く間に己のものとした。
主人への忠義も備え、二人はその子供を『天才』として重宝した。

もう一方の子供は愚鈍の烙印を押された。
彼はカーズらを満足させる程の能力を身につけられなかった。
片方が才能豊かだったことも相まって、その子供はますます主人達に見放されていった。

故に彼らは、愚鈍な子供を捨て置いた。
石仮面をより強力にする『エイジャの赤石』を奪取する戦いに着いていけないと判断されたのだ。
闇の一族の一行は、更なる進化を求めてローマへと遠征したカーズ、エシディシ、ワムウ。
そして大陸に残され、原住民から神として祀られた『出来損ないの若造』に別れた。

しかし彼らは、
等しく波紋戦士によって討ち滅ぼされる運命にあった。
未来において、彼らはジョセフ・ジョースターという若き戦士との死闘によって倒されるのだ。
彼らは理想を追い求め、進化を渇望し、その果てに斃れていった。


だが、その運命は覆った。
バトル・ロワイアルという超級の異常によって、本来辿るべき歴史が崩壊したのだから。


そして、今。
このバトル・ロワイアルの舞台で。
柱の男達が、集結を果たす。
これは『悪夢』の始まりか。
それとも―――




◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆




「起きろ」



D-3、廃洋館内の薄暗いリビング。
眠りに落ちていた少女―――古明地こいしを目覚めさせたのは、苦痛だった。
ビクリと身体を震えさせたこいしは両目を見開く。
ゆっくりと覚醒しつつあった意識は強引に起こされる。
直後にこいしは、自らに襲いかかる痛みの正体に気づいた。
髪を掴まれ、無理矢理引っ張られているのだ。
呻くような苦痛の声をあげ、こいしはしがみついていたワムウの片足から引き剥がされる。
そのままこいしの身体は、乱暴に持ち上げられた。



「いた、痛い、やめ……ッ!」
「お目覚めの気分はどうだ?私のしもべが世話になったそうじゃあないか」



必死にもがくこいしの身体が宙に浮く。
しかし、彼女の髪を掴む男の手は離れない。
男―――カーズはこいしの髪を掴み、宙にぶら下げるように持ち上げている形だ。

離して、やめて、痛いよ。
喚くようなこいしの訴えはカーズに届かない。
まるでブンブンと煩いハエの羽音を耳にするかのように眉間に皺を寄せるのみだ。



―――この人は、誰なの?
―――何で酷いことをするの?



こいしは混乱する意識の中で、思考を行っていた。
どうしてこんなことになっているのか。
ワムウおじさんはどこへ行ったのか。
こいしが視線を動かすと、カーズの後ろに三人の影が見えることに気づく。
彼らはれっきとしたヒトの形をしている。
だというのに―――――その存在感は異常だった。
人間というより『柱』がそこに聳え立っているかのようだった。


まるで『神々』と相対しているかの如く。
幻想郷の神とは異なる、本物の絶対神と遭遇しているかの如く。
男達の気迫は、異様なまでにこいしの身に刺さっていた。

一人は、浅黒い肌とフェイスペイントが特徴的な男。
カーズの所業を見物し、飄々とした態度でニヤついている。
一人は、半裸に近い衣装をした二本角の男。
何の表情も見せず、ただ黙々とカーズの所業を見守っている。
そして。


(おじさん……!)


最後の一人は、ワムウ。
彼もまた、他の男達と共にカーズの所業を見ていた。
こいしは怯えた様子でワムウに目配せする。
先程まで自分に優しくしてくれた彼に助けを求める。
しかし、ワムウからの反応はない。
こいしの仕打ちに、何の言葉も挟もうとしない。



「ワ、ワムウおじさ……あっ!」



ワムウに言葉で呼びかけようとした瞬間。
唐突に、こいしの身体が落下する。
カーズが髪を掴んでいた手を離したのだ。
尻餅をついたこいしの身体に痛みが走る。
こいしは目に涙を浮かべつつも何とか立ち上がろうとした。

だが、そんな彼女を見下ろすように。
カーズはゆっくりと立ちはだかる。



「今からお前の知っていることを洗いざらい話せ。
 この殺し合いの参加者のこと、お前の住む世界のこと、あの荒木に大田とかいう連中のこと。
 とにかく何でもいい。全て話してもらうぞ」



こいしを見下ろすカーズ。
彼の口から、威圧的に言葉が吐き出される。
その瞳は氷のように冷たく。
そして、悪魔のように無慈悲で。
それはこいしの内の恐怖を蘇らせるには十分なものだった。



―――現実から目を逸らすな。『覚悟』することが幸福だぞ。
―――なぁ、古明地こいし。



数時間前、自分にそう囁きかけた男の顔が脳裏を過る。
甘い言葉で誘い、自分を戦いの舞台へと後押しした妖艶な吸血鬼―――DIO。
目の前のカーズに対する恐怖は、あの男と会話した時の様な感情に近かった。
否、それよりももっと直接的な恐怖か。
他人の心を懐柔し、掌握する様なDIOとは違う。
他者を徹底的に利用道具として看做し、容赦なく振る舞う――言うなれば『魔王』に対する恐怖のよう。


「話さなければ貴様を処分する事も考える。
 なぁ~に、話せば良いだけのことよ。そうすれば貴様を協力者としてみなしてやろう」


不敵な笑みを浮かべるカーズの顔がこいしに近付く。
彼の顔には『余裕』が張り付いている。
目の前の少女を取るに足らない小娘として看做している。
それ故に彼は高圧的に振る舞う。
利用出来るか、出来ないか――――それだけの価値で古明地こいしを見極める。



「で、貴様の『答え』は?」



傲慢な態度で、カーズがこいしに問い掛ける。
こいしは僅かに身を震わせながらカーズを見上げていた。
自分に逃げ場が無いことを半ば理解していた。
周囲の男の人達は、誰も自分を助けようとしてくれない。
先程まで自分が傍に居ることを許してくれた、ワムウでさえも。

何故、こんなことになっているんだろう。
こいしは目の前の理不尽に対し、ただ戦くことしか出来なかった。
優しかったワムウは何も言ってくれない。
こいしの様子を知りながら、決して干渉しようとしない。
混乱と恐怖が頭の中で回り続ける。
彼女の心中に浮かぶのは、ワムウへの希望。
この男達がワムウの知り合いであることは間違い無い。
ならば、希望は彼だけなのだ。
彼が助けてくれることを祈るだけ。
故に彼女は、必死にワムウへと視線を向ける。


だが、やはり何も答えない。
相変わらず、何も言わない。
ワムウはそこに座するのみ。
こいしが苦痛に喘ごうと、助けを求めようと。
彼は何一つ反応を見せない。


こいしの胸の内に絶望が浮かび上がる。
どうしようもない状況への恐怖が更に膨れ上がる。
このまま彼の『頼み』を拒絶すれば、自分は殺されてしまうのだろう。
そのことはすぐに理解出来た。
男の傲慢な態度から、すぐに察することが出来た。

初めから自分に拒否権等無い。
拒否した時点で終わりなのだ。
故に、彼女は諦めた。
恐怖に屈し、妥協する道を選んだ。



「……解りました」



成す術の無い少女は、ぽつりと呟く。
古明地こいしは、目の前の魔王に語った。
この殺し合いで経験した始まりから顛末を。
この殺し合いで得た情報、知識を。
この殺し合いに巻き込まれた『知り合い』のことを。
この殺し合いの舞台の原型となった『幻想郷』のことを。


◆◆◆◆

◆◆◆◆



こいしから情報を聞き出したカーズ。
その後彼はエシディシやワムウと共に情報を咀嚼する。
輪を作るように座り込み、三人は言葉を交わしていた。


「そのディオ・ブランドーという男が『紅魔館』とやらに?」
「ああ、一瞬だが私は見た。金色の衣服に身を包んだ金髪の男を!
 あのこいしとやらが語った外見の情報と一致している」


エシディシの問い掛けに対し、カーズは忌々しげに呟く。
あの悪魔の館での戦いに割り込み、一瞬で自分を叩き出した男。
取るに足らない吸血鬼でありながら自分を一蹴した忌々しい若造。
恐らくあの男がディオ・ブランドーだ。
古明地こいしの語った情報の中に、彼に関する事柄があった。
外見的特徴に加え、吸血鬼であるということも一致している。
石仮面を生み出した男であり、数々の吸血鬼を目にしてきたカーズは一瞬の交錯でDIOが吸血鬼であることも見抜いていた。


「そのディオ・ブランドーとやらもスタンドという能力を用いていた、と」
「その通りだ、ワムウ。それにお前が戦ったジョリーンやマリサ、そしてヤツが戦ったというブチャラティにオクヤスとやら、そしてドッピオ…。
 いずれも奇妙なビジョンを用いて戦っていたらしい。この殺し合い、どうやら想像以上に『スタンド使い』とやらが存在するらしいな」
「カーズよ、古明地こいしの話によれば『幻想郷』とやらの住人も大勢参加しているのだろう?
 スタンド使いと幻想郷の住人の殺し合いならまだ話は解るが、そうでない者もいるのが奇妙だ」
「ああ、そのどちらにも該当しない我々のような『はぐれもの』もいるからな。そういった者達への救済措置がDISCなのかもしれん」


カーズらは互いの情報を整理し、考察を行う。
彼らはこの殺し合いで生き残ることを目指しているものの、未だその手段は見つかっていない。
柱の一族はいわば三位一体。あの主催者共の掌の上で踊らされ、潰し合うなどもってのほかだ。
故に彼らは考察を行い、少しでもこの殺し合いに関するヒントを得ようとした。
殺し合いでどう立ち回るべきか。頭部爆破の原理は何か。参加者にどんな法則があるのか。それを踏まえた主催者の目的は何か。
自分達にとって有利になる情報があるのなら何でも良かった。

そうして情報整理と考察を行った結果、彼らはあることに気付く。
この殺し合いには『スタンド使い』と思われる者が複数人存在するということだ。
カーズが遭遇したディオ・ブランドーに恐竜の男、そしてDISCを得た岡崎夢美とパチュリー・ノーレッジ。
ワムウが遭遇したジョリーンとマリサ。
サンタナが遭遇したブチャラティにオクヤス、ドッピオ。
そして古明地こいしが遭遇したとされるエンリコ・プッチとヴァニラ・アイス、それにジョニィ・ジョースター。
エシディシのみが未だスタンド使いとの接触を果たしていないが、こうして並べただけでも多数存在することが解る。


「カーズ様、古明地こいしの情報によればDISCとやらはエンリコ・プッチという神父も用いていたと。
 エンリコ・プッチは主催者と何らかの関係を持っているのかもしれませぬ」
「可能性はあるが、どうも妙に思う。そいつが主催者の手先であるというのならば、殺し合いの促進の為に動くのが道理だ。
 もしそいつが本当に主催者が用意した駒であるのならば、目的はゲームの完遂であるはずなのだからな。
 だが、そのプッチとやらはどうだ?古明地こいしに何ら危害を加えず、一参加者であるディオ・ブランドーの為に戦ってたらしいじゃあないか」


ワムウの推測に、カーズは否定的な見解を述べる。
こいしの言によればプッチは彼女やDIOと温厚に会話を交わし、剰えDIOの為にジョースターと戦ったというのだ。
もしプッチが主催者の一味だとして、一部の参加者に個人的な肩入れをすることが有り得るのか。
答えは否だ。それでは『全員で殺し合い、ただ一人のみが生き残れる』というバトル・ロワイアルの意義そのものが覆されるからだ。
そんな出来レースをするくらいなら、初めから殺し合わせる意味など無いのだ。
恐らくプッチはただの参加者に過ぎない。


「ワムウよ、我々の『時間軸の違い』に関しては覚えているな」
「無論にございます。カーズ様とこのワムウ、それにエシディシ様はそれぞれ時間の認識が異なっておられると…」
「あの小娘が目覚める前に言っていた話か?ワムウは赤石の行方を探している一ヶ月の最中、
 俺はエア・サプレーナ島に到着した直後、そしてカーズはワムウが死んだ直後…」
「その通り。それにワムウは確かに『シーザー・アントニオ・ツェペリ』の死を目の当たりにしている。
 にも拘らずヤツはこの殺し合いに参加者として招かれ、そして私と戦った……。
 死者蘇生の可能性も有り得るが、それぞれの時間軸のズレを省みるに主催者どもは『時空に干渉する力を持っている』と考えた方が自然だ」


カーズはワムウとエシディシとの情報交換でそれを改めて確信した。
やはりそれぞれが認識している時間軸がズレているのだ。
主催者が時空を超える能力を持っている可能性は限りなく大きいと認識したのだ。
しかし、だとすれば元の世界はどうなっているのか?
本来の時間軸から外れた者達はどうなっているのか?
無論だが、この中で最も未来に生きているカーズは『過去にワムウやエシディシが忽然と失踪した』等という経験をしたことは無い。
エシディシはエア・サプレーナ島でJOJOに敗北し、命がけで赤石を配送した後に死亡した。
ワムウもまたJOJOと決闘し、ヤツの奇策の前に倒れた。
彼らが突然消えたことなど、一度たりとも無かった。

ならば、此処に居る『赤石を探す一ヶ月の間に殺し合いに招かれたワムウ』と『エア・サプレーナ島で波紋戦士を殺害した直後に殺し合いに招かれたエシディシ』とは何なのか?
恐らくは平行世界(パラレルワールド)の概念によるものだろう。
人間の書物で見たことがあるが、この世界の時空は決して一つではないらしい。
可能性の数だけ世界は分岐し、無数に存在するそうだ。
主催者が時空に干渉する能力を持っているのならば、数多の平行世界に接触することも出来るのではないか。
そうなれば時間軸のズレと元の世界での状況に関する説明はつく。

DISCに関してもそうだ。
参加者に支給されているDISCは、別次元から呼び寄せられたプッチのスタンドによるものではないか。
平行世界の理論が通れば、『参加者のエンリコ・プッチ』と『主催陣営のエンリコ・プッチ』という二人の人間が存在することも有り得ぬ話ではない。
あるいはプッチのスタンドによって生み出されたDISCを『時空を超える能力』によって直接回収したという可能性もある。
いずれにせよ『参加者』のプッチと会場に支給されているDISCは無関係である、ということの証明には成り得る。


「主催者共が時空を超える力を持っている可能性は高い。しかし、何故幻想郷の者達まで巻き込んだのか。
 そしてスタンド使いのみならず何故我々まで巻き込まれているのか、その点に関しては謎が多いな」
「そのことだが、カーズよ。名簿は確認しているな」
「無論だ。90名の参加者の名が羅列されていた」
「それを見て奇妙だとは思わなかったか?」
「……ああ。名簿の並び方に規則性が無いと思っていた」
「俺も最初はそう思っていた。だが、名簿にはあるルールがあったのだ」


エシディシの思わぬ言葉にカーズが耳を傾ける。
直後にエシディシはカーズから譲渡されたナズーリンのデイパックを手に取り、参加者名簿を取り出す。
そして彼は名簿を指差し、言葉を続けた。


「ジョナサン・ジョースター、ジョセフ・ジョースター、空条承太郎、東方仗助、ジョルノ・ジョバァーナ、空条徐倫、ジョニィ・ジョースター…」
「名簿に記載されている名前か。思えば『JO』の発音が付く参加者が多かったが…」
「そうだ、あのジョセフ・ジョースターと同じように『ジョジョ』と呼べる参加者が複数人存在する!
 そして名簿をよく確認してみろ。『ジョナサン・ジョースター』以降の参加者は数人程度の間隔で『ジョジョ』と呼べる名が載せられている。
 まるで『ジョジョ』でグループが区切られているかのようにな」


そのことを指摘され、ほうと感心するようにカーズが呟く。
言われてみればその通りだとカーズは考えた。
『ジョナサン・ジョースター』という名前から、数人の名を挟んで『ジョセフ・ジョースター』の名が来ている。
そしてそこからシーザーやリサリサ、柱の一族と言った面々を挟んでから『空条承太郎』の名が記載されている。
空『条承』太郎。東方『仗助』。『ジョ』ルノ・『ジョ』バァーナ。空『条徐』倫。
ジョースターという姓以外にもジョジョと読める名は複数存在しているのだ。
漢字といった東洋の知識に対する関心が薄いカーズは『空条』等と言った名に気付きはしていたものの、興味は抱いてはいなかった。
孫子の兵法を知っていたように、東洋の文化にも精通するエシディシだからこそ気付けたことだ。

カーズは高い知能を持つものの、駆け引きや閃きにおいても万能という訳ではない。
彼は石仮面による進化の理論、そして赤石による石仮面の強化を提唱した、どちらかといえば研究者に近いタイプだ。
その点を補うのは機転や戦術を得意とし、かつ好奇心も旺盛な参謀・エシディシである。
カーズが関心を抱かない、あるいは気付かぬ部分に目をつけ、それを指摘する。
それ故にカーズはエシディシに信頼を置き、そして感心する。
自らの欠点となる部分を補い、的確に補佐をこなす彼を同志としても参謀としても重宝しているのだ。


「我々はジョセフ・ジョースターと関わっている。古明地こいしと同行していたエンリコ・プッチもジョースターを知っていた…。
 成る程、つまりこの殺し合いは『ジョジョとそれに関連する者達』と『幻想郷の住人』を中心に集められている可能性が高いというワケか」


そう考えると合点が付くとカーズは思考する。
ジョセフ・ジョースターにシーザーやリサリサといった波紋一族、あのシュトロハイムという軍人、そして柱の男達の名。
その名に続いて空条承太郎の名が記載され、複数人の名を載せてから再びジョジョと思わしき者の名が記載される。
つまり少なくとも、この名簿においてジョナサン以降の名は『グループ』によって分けられているのだろう。
ジョジョという名を持つ者とそれに関わった者達がそれぞれ分けられ、名簿に記載されているのだ。
そして残る名簿の半分は『幻想郷の住人』が殆どである、ということも古明地こいしへの尋問で発覚している。
このことからバトル・ロワイアルの参加者は『ジョジョ』と『幻想郷』で大まかに分けられていると推測出来るのだ。

荒木飛呂彦と太田順也。
この事態の黒幕である二人の男が『ジョジョ』と『幻想郷』を意図的に集めたのは確実だろう。
ただの道楽でこのような大掛かりなゲームを催すとは思えない。
このゲームには何か意味があるはずなのだ。
相反する二つの要素を引き合わせ、そして殺し合わせるに至った大きな要因が。

バトル・ロワイアルの真相。
カーズはそこにゲーム脱出の為の糸口があると推測した。
90名の参加者を意のままに呼び寄せる強大な力。
何の仕掛けも施さずに参加者の生殺与奪を支配する能力。
認めたくはないが、単純な『力』においては奴らが上回っている。
そう認識したが故に、カーズらは真っ向からの反抗よりも謎を解き明かすことを選んだのだ。


「現状厄介なのは、ディオ・ブランドーとその一味でしょうな」
「ああ。古明地こいしの言葉によれば、奴は他人を掌握することに長けている。
 こいしにチルノとやらは奴の言われるがままに戦いへと駆り出されたと言うのだからな。
 そして、あの館を取り巻く恐竜共……DIOはあの後に恐竜の男と共闘、ないしは懐柔した可能性が高い」


殺し合いからの脱出において、厄介なのは『集団』だ。
勝ち残る為に徒党を組んで他の参加者を叩き潰し、最後に長だけが都合良く生き残る。
普通ならば長が最終的に袋叩きに遭う危険性もあるが、DIOという男は一筋縄では行かないだろう。
曰く、こいしが語ったチルノという少女は『人格が変わったかのようにDIOへ忠誠を誓い始めた』というのだから。
他人を支配する術を持ち、かつ他の参加者に危害を加えんとするDIOの一味は徹底的に潰す必要がある。

それにカーズはもう一つ懸念があった。
ワムウが交戦したとされる『霊烏路 空』という少女である。
太陽の熱を自在に操る能力を持つ地獄鴉とのことだ。
ワムウはその名や出自を知らなかったが、古明地こいしから得た情報との擦り合わせで彼女が空であることが確定した。
こいしは地霊殿の住民であり、空は姉のさとりのペットなのだ。知らぬはずが無かった。
太陽の力を行使する――――それはまさしく、柱の一族にとっての天敵足り得る存在。
サンタナが語っていたジョナサンといった波紋戦士共々、特に警戒すべき参加者と言えるだろう。
カーズはワムウらにそう語る。

とはいえ、最も警戒すべきはDIOという認識こそが一番大きい。
更に勢力を伸ばし、他の参加者を潰しに掛かってくれば間違い無く脅威となるだろう。
奴らは潰さなければならない。
その勢いを削がねばならない。


「さて、古明地こいし。そこで貴様の仕事というワケだ」


唐突にカーズが振り返り、そう呼びかける。
こいしの傍に立っていたサンタナはカーズへと視線を向ける。
彼はカーズに命じられ、他の三人が考察を交わす中で古明地こいしを見張っていたのだ。
そして――――部屋の隅で縮こまっていたこいしはビクリと震え、カーズを見た。


◆◆◆◆

◆◆◆◆


どうしてこんなことになったんだろう。
部屋の片隅で震えながら、私はそんなことを思い続けていた。
今の私は、古明地こいしは翻弄されるだけの弱者だった。

『サンタナ』と呼ばれた人は、私の傍で黙って立っている。
きっと見張りという訳だろう。
私が下手な行動をすれば食らい付いてくる、番犬の役割。
無言で佇む彼の姿でさえ、今の私には恐ろしく映る。

思えば、DIOに後押しされたのが全ての始まりだった。
人を殺す為の武器を持たされて、私は神父様と共にジョセフ・ジョースターを殺しに向かった。
その途中で明らかに様子がおかしかったチルノちゃんとも出会った。
チルノちゃんは普段とは全然違ってて、私にも高圧的で、誰かを殺すことに何の躊躇も無くて。
そして、DIOの部下らしいヴァニラ・アイスという人からも殺しを命じられた。
ジョニィ・ジョースターという人を騙し討ちで殺す為に、私達は否応無しに向かわされた。
その結果、チルノちゃんは命を落とした。
最後までDIOの為に戦って、死んだ。
私は怯えて、無意識のうちに逃げ出して。
そしてようやく、ここで腰を落ち着かせていた。
ワムウおじさんという優しい人と会って、やっと静かな時間を過ごせると思っていた。

だというのに、今はどうか。
カーズという人に乱暴に起こされてから、私は怯えるばかりだ。
あの人は冷たい目で私を見下していた。
利用価値があるかどうか、きっとそんな意識で私を見極めていた。
怖かった。恐ろしくて仕方無かった。
幻想郷では全く味わったことのない感情だった。
冷徹で、残酷で、そして無慈悲な瞳の前に、私は戦くしか無かった。

だから私は、全てを話してしまった。
この殺し合いで経験した出来事について。
ここまでで出会ってきた、あるいは知っている参加者について。
幻想郷という世界について。
お姉ちゃんを始めとする、私の家族について。
聖たち、命蓮寺の人達について。
カーズに徹底的に絞り出されて、私は全部話すしか無かった。
我が身恋しさに、家族や寺の仲間のことまで語ってしまった。
この胸の痛みよりも、自分に迫る恐怖に屈してしまったから。


どこで間違えてしまったんだろう。
なんでこうなってしまったんだろう。
私が何か悪いことをしたのだろうか。
頭の中で延々と自問自答を繰り返して、震え続ける。


薄暗い部屋の奥で、ワムウおじさん達は三人で何か話し合っている。
幻想郷やジョースターと言った言葉が僅かに聴こえてくる。
だが、内容はよく解らない。
何かについて、話し合っている――その程度の認識しか出来なかった。

でも、その途中で『霊烏路 空』の名前が挙がったことは解った。
おくうについて、何を話し合っているんだろう。
カーズに尋問された時、ワムウおじさんがおくうと戦ったことが発覚した。
何でもおくうの力はおじさん達にとって危険らしくて。
ワムウおじさん以外のみんなが警戒の表情を浮かべていて。
とにかく、あの人達にとっておくうが邪魔な存在だっていうことは何となく理解出来た。
だからこそ、あの人達がおくうの話題を出しているのが怖い。


おくうに危害が加えられるのが怖い?
それとも―――――『私のせいで』おくうが傷付くのが怖い?
わからない。
自分が何故恐怖しているのか、それさえもわからない。



「さて、古明地こいし。そこで貴様の仕事というワケだ」



そして、カーズは突然私に声を掛けてきた。
ゆっくりと立ち上がったカーズは、私の方へと歩み寄ってくる。


一歩一歩、微かな足音が。
私に迫ってきて。
身体の震えが、大きくなる。



「な、なんですか……?」
「貴様はディオ・ブランドーから仲間として看做されていたのだろう?
 そこでお前には紅魔館に向かってもらいたいのだ」



腕を組み、私を見下ろしながらカーズはそう言ってくる。
――――ああ、そう言うことか。
何が言いたいのか、私は察してしまった。



「ヤツに従うフリをし、隙を突いて殺せ。無理なら情報を探るだけでもいい。
 貴様が奴の『仲間』であるというのならば、難しい話ではないだろう?」



そう、つまり密偵。
味方のふりをしてDIOを暗殺し、始末する。
あるいは彼の情報を探り、カーズらに伝える。
私に命じられたのは、そんな役割だった。
やっぱり、そうか。
カーズ達は、私に利用価値を見出した。
そして、『使う』ことを選んだ。


「私に、そんなこと、できな……」
「従わなければどうなると思う?貴様の悪評を流すことも構わんぞ。
 古明地こいしはDIOに魂を売った者であると」


私の言葉を遮るように、カーズはそう伝えてきた。
初めから拒否権などなかった。
私に逆らう権利など、与えられるはずが無かった。
カーズを裏切れば、私は終わりだ。
でも、DIOを裏切って――――未来があるのか。
私にDIOが殺せるのか。
殺せたとして、その後私はどうなるのか。
ヴァニラ・アイスのようなDIOの一味に追われる身となるのではないか。


「あるいはこういう手もある。
 従わなければ―――――貴様の『家族』を探し出し、血祭りに上げる」



ゾクリと、身の毛がよだった。
私の脳裏に過ったのは、お姉ちゃんや聖がカーズらに粛正される様。
あの最初の場所で始末された秋の神様みたいに。
ゴミのように殺され、捨てられる家族の姿。
それが私の脳内に浮かび上がったのだ。



――――――君はまさか…一欠片の勇気も振り絞らず、一滴の血も流さずに、この殺し合いを生き残れるとでも…思っているのかい?



幻聴の様な言葉が、頭の中で響いてくる。
私に囁く様なDIOの言葉が、頭の中で反響する。
勇気を振り絞らなければ。
一滴の血を流す覚悟が無ければ。
この殺し合いで生き残れることなんて、不可能だ。
DIOの言う通りだと思った。
そんな勇気すらもないから、私は何も出来ないんだと思った。


あの言葉は、正しかった。
でも、DIOは。
あの人は、本当に正しかったの?


DIOの言葉に従えば皆が『天国』へと行ける。
彼はそう言っていたし、神父様もそう語っていた。
でも、本当にそうだったの?
チルノちゃんはDIOと出会っておかしくなっていた。
いつもとは全く違ってて、文字通り氷のように冷たくなっていた。
DIOに従って、自分を失ったあの姿が『幸せ』なのか。
本当にあれが、チルノちゃんなのか。


目的の為に平然と他人を蹴落とそうとするチルノちゃん、神父様。
彼らの姿を思い返して、それでも本当に『DIOの天国は素敵』と言い切れるのか。


今のカーズは、着飾らないDIOなのだと思う。
この人と出会って、私はようやくDIOの本質が解ったんだと思う。
狡猾で、冷酷で、他人を利用することを何とも思っていない。
カーズも、DIOも、結局根っこの在り方は同じ。


DIOは、『天国』のために他人を踏み台にしている。
カーズは、生き残るために他人を踏み台にしている。
それだけの違いでしかなかった。


私は、弱いから。
弱かったから、彼らに流されるのだろう。
強くないから、怯えることしか出来ないのだろう。



―――――強さ、信念は他人から与えられるものではない。
―――――精々考えるのだな、答えを見つけるまで。




ワムウおじさんの言葉が、脳裏を過った。
これまでの私の経緯を聞いて、私を激励してくれた言葉。
全ては私が弱かったから。
強さを持たないから、こうなった。
強さとは信念によって得られるもの。
強さとは自分自身で見つけ出すもの。
それを考えて、貫き通せば、私も強くなれる。
ワムウおじさんの理念は、私の胸を打っていた。

カーズという人がワムウおじさんよりも偉い人だと言うのは薄々理解している。
ワムウおじさんは、私の様子を知った上で何も口を挟もうとしない。
それはきっと、ワムウおじさんが意地悪だからじゃない。
あの人に従うことが、ワムウおじさんにとっての信念だから。
そんな気がした。

それを解っていても、私はこの人が―――カーズが許せなかった。
自分の為の他の誰かを平気で踏みつけるこの人を、許容出来なかった。
私の家族を傷付けようとするこの人を、受け入れられなかった。

DIOも、この人―――カーズと同じなんだと思う。
甘い言葉を囁いて、他人をいいように使っていたに過ぎなかった。
神父様も、チルノちゃんも、ヴァニラ・アイスも、みんなおかしかった。
DIOに関わった人達は、みんな彼の闇に呑まれていた。
だからこそ、思う。



あんな人達とは、解り合えないんだ。
悪い人達とは、解り合っちゃいけないんだ。




聖の教えを思い浮かべて、私は目を瞑る。
人も妖怪も、皆平等であり。
彼らは等しく解り合えるのだと。
私は、そんな聖の言葉が好きだった。
誰も差別をせず、誰も疎まず、皆が同じように解り合える。
聖の優しい教えが、私は好きだった。

私は、聖の説法が好きだ。
だけど。
優しい言葉だけじゃ、壁は乗り越えられない。
優しさでは、悪魔は倒せない。
殺し合いにおいては、尚更だ。



―――――もう一度考えてみろ、お前にとっての強さを。他人のものではない自分自身の信念を。



再び思い浮かぶ、ワムウおじさんの言葉。
私の強さは、何?
私の信念は、何?
最初に思い浮かんだのは、家族や仲間のこと。

お姉ちゃん。
おくう。
お燐。
聖。
星。
ナズーリン。
響子。
ぬえ。

脳裏に過る、この殺し合いに巻き込まれた者の名。
それは地霊殿で共に過ごしてきた家族の名。
そして、命蓮寺で出会った仲間の名だ。


私に願いがあるとすれば。
それは、みんなと楽しく過ごせること。
みんなと一緒に居られること。
そして――――――みんなが傷付けられないこと。
それが私の、想い。
ちっぽけで、ありふれていて。
でも、私が真っ先に抱いた、確かな想いだ。



――――ワムウおじさん、ごめんなさい。



心の中で謝辞を述べた私は、『覚悟』を決める。
覚悟しなければ、前へは進めない。
DIOの言う通りだ。
だから私は、あの人に『歯向かう』。
信念が無いから、弱い。
ワムウおじさんの言う通りだ。
だから私は、『強くなる』。
例えワムウおじさんの敵になるとしても。
それが私が一番、やりたいことだから。
私がやらなきゃいけないことだから。
だから、震えて戦くだけじゃ何も始まらない。




―――――ねえ、みんな。
―――――勇気を、ちょうだい。




祈るように、私は心中で呟いた。
そして、立ち上がって。
駆け出して。
懐から、『ソレ』を取り出した。



◆◆◆◆

◆◆◆◆




一瞬の出来事だった。



エシディシとワムウが即座に立ち上がり。
サンタナが攻撃を放とうとし。
そして、カーズはただ無言で見下ろしていた。

カーズの足下に、こいしが立つ。
肩を揺らし、呼吸を整えながら、その場に立ち尽くす。
彼女の手には、一振りのナイフが握られていた。
ナランチャのナイフ――――こいしの最初の支給品だ。
その刃は、カーズの右足に突き刺さっていた。
不意を突かれ、肉体の軟化が遅れた足から紅い雫が滴り落ちる。

これがこいしの答えだった。
カーズに従わず、DIOにも従わず。
これから家族を傷付けるかもしれないカーズに、叛逆の一太刀を喰らわせる。
そしてその刃は、確かにカーズを傷付けた。



「……何の真似だ?」



カーズはそう一言、そう呟いた。
足を貫く痛みに構うことも無く。
血の滴る傷を厭わず。
冷酷な瞳で、こいしを見下ろしていた。

ブジュル、ブジュルと、肉が蠢く様な音が響く。
傷口から『血肉』が溢れ出している。
柱の男の再生能力を発揮し、傷口を塞がんとしているのだ。
ナイフの刃に阻害されて治癒出来ていないものの、一度刃が抜かれればすぐにでも傷口は塞がるだろう。

彼は十数万年の時を生きる上位種。
吸血鬼をも超える、絶対の霊長。
数多の戦いを乗り越え、傷を負ってきた戦士。
波紋戦士との闘争を行い、死線を潜ってきた怪物。
そんな彼が、この程度の刺傷で苦しめられるはずが無かった。

故にこいしは、容易くあしらわれることとなる。
ほんの一瞬の一振りによって。
カーズは追い払うように右足を振るい、こいしを軽く吹き飛ばしたのだ。


「うぁっ……!」


ナイフを手放し、吹き飛ばされたこいし。
その身体が部屋の壁に容易く叩き付けられる。
床に落下し、ずるずると壁に寄り掛かるように倒れ込む。

すぐに立ち上がろうとした。
だが、それは叶わなかった。
何故ならば。



「―――――あああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!!?」



こいしの右目を、ナイフが貫いていたからだ。



「この小娘が……調子に乗りやがってッ!!」


それはカーズが投擲したナイフだった。
カーズはこいしによって右足に突き立てられたナイフを引き抜き、こいし目掛けて投げつけたのだ。
凄まじい勢いで投げられたナイフはこいしの右目に突き刺さり、彼女の絶叫を轟かせる。

のたうち回るこいしにカーズが迫る。
彼の蹴りが、こいしの腹部に叩き付けられる。
ゲホッ、ガハッ、と苦しむように咳き込む。
再び、こいしの腹部に蹴りが叩き付けられる。
こいしの口から、赤黒い血反吐が吐き出される。
リビングの床とカーズの足を、赤色が汚した。

カーズの足についた血は、みるみると取り込まれていく。
細胞全体から消化液を放ち、生命を喰らう。
それこそが柱の男の特徴であり、能力なのだ。
故にこの程度の汚れは容易く『吸収出来る』。


「貴様程度の小娘がこのオレを殺そうとしたのか!ナメるなよガキがッ!!
 貴様ごときのガキに慈悲を与えてやったのが間違いだったわ!!」


何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も。
カーズの蹴りが、こいしの腹に突き刺さる。
殺すのは容易い。だが、そうはしない。
カーズはこいしを嬲っていたのだから。
自らの機嫌を損ねた小娘を徹底的にいたぶった。
故にすぐには殺さず、加減をしながら蹴っていたのだ。


こいしの口から、幾度と無く苦悶の声が漏れ出る。
苦痛と共に吐き出された赤黒い液体が何度も床を汚す。
妖怪としての生命力とカーズの手加減が、彼女を容易く死に至らしめない。
痛みと絶望による苦しみを味合わされ続け、じわじわと命を落としていくことになるだろう。
そう、このままいたぶり続けられれば。




―――――どうして、こんなことになったんだろう。




こいしの脳裏に幾度と無く浮かんだ言葉が、再び過る。
苦痛と絶望の中で、こいしは追憶する。
姉と共にサトリとしての能力を疎まれたことを。
地霊殿で暮らし、ペット達と心を通わせたことを。
異変を機に外へ飛び出し、聖達と知り合ったことを。
そして、この殺し合いに巻き込まれたことを。
走馬灯のように、彼女は過去を思い返していく。


結局、このまま自分は苦しんで死ぬんだろうな。
そんな確信だけは、胸の内にあった。


しかし、唐突に苦痛は止んだ。
カーズの動きが止まったからだ。
ひゅう、ひゅう、と息を吐きながら、こいしは視線を動かす。
カーズは振り返り、別の方を向いている。
彼の視線の先に会ったものは、何か。



「カーズ様。その小娘の処分は、私にお任せ下さい」



それは、跪くワムウだった。
彼の言葉を聞き、カーズは動きを止めていたのだ。


「それは何故だ?」


カーズは眉間に皺を寄せながら、ワムウに問い掛けた。
彼は苛立っていた。
矮小な子羊としか思っていなかった相手に傷付けられたことに、憤りを感じていた。
それ故に落ち着かぬ様子でカーズはワムウを見下ろす。
対してワムウは、跪いた姿勢を崩さぬままはっきりと答えた。


「その小娘に、問いたいことがありますが故」


ワムウは顔を上げつつ、カーズに伝える。
眼が傷付いても尚、はっきりと解る。
それは紛れもなく彼の強い意思であると言うことが。
カーズは無言でワムウを見つめつつ、黙り込む。


――――カーズは、ワムウの在り方を知っている。


彼は己の信念に何処までも愚直だ。
武人として育った彼は、卑劣な手段を嫌う。
信念や理想を貫くべく、強さを磨いているのだ。

カーズは勝つためならば手段を選ばない。
しかし、ワムウの在り方は容認していた。
それが戦闘の天才・ワムウの生き様なのだから。
それこそが同志である彼の理念なのだから。
故にそのことに口を挟むつもりは無かった。
彼の才能を認め、重宝しているからこそ、カーズはワムウの理想を認めていた。



「……エシディシ、館内の探索を行う。話し合いの続きはそれからだ」



そう呟き、カーズは身を翻す。
こいしとワムウ、サンタナを放置して彼はエシディシを連れ出す。
口では伝えなかったものの、ワムウにこいしの処遇を任せることにしたのだ。
それを察したエシディシもまた立ち上がり、彼に追従する。
そのままカーズとエシディシは部屋から退出し、扉を閉めた。
この場に残されたのは、ワムウとこいしとサンタナの三人のみとなった。


暫しの沈黙が、場を包む。
この場に残された若き柱の男、ワムウとサンタナはこいしへと視線を向ける。
口から血を垂れ流し、息も絶え絶えな様子で倒れ込んでいる。
残された左目は焦点が合わず、虚空を何度も見つめている。
最早命を落とすのも時間の問題だろう。
ワムウはゆっくりとこいしへと歩み寄り、彼女へと顔を向ける。


「何故カーズ様を傷付けようとした?」
「だって、おじさん、言ってたもん」


ワムウが静かにそう問い掛けた。
掠れた声で、こいしは言葉を紡ぐ。



「わたし、弱いから、流されるんだって。
 弱いから、失うんだって……」



そう答えるこいしの瞳から、流れ落ちる雫。
彼女が流したのは、一滴の涙。
苦しみ故か。
絶望故か。
あるいは、再び本心を語ったためか。
その涙の意味は解らない。
少なくとも、ワムウにはそれを捉えることすら叶わない。



「……ああ、お前は弱い。だから苦しんだ」



ワムウは、以前と同じようにそう答える。
古明地こいしは、弱い少女だった。
何のために戦っているのかも解らず。
何のために暴力を振るうのかも理解出来ず。
自分が何をしたいのかも解らず。
周囲に翻弄され、苦悩するだけの小娘だった。
では―――――今のこいしはどうだ。



「そうよ……だから、怖かったの……これ以上、流され続けるのが。
 悪い人たちに、みんなが……わたしが……傷付けられちゃうのが、怖かったの。
 だから、がんばった、の」



か細く掠れた声が、ワムウに自らの意思を伝えた。
彼女は、畏れていたのだ。
自分が傷付くことを。
大切な者達が傷付けられることを。
このまま何も出来ず、悪人に自分の在り方を翻弄され続けることを。


きっとワムウと出会えなければ、彼女は変わらなかっただろう。
ワムウから『強さ』について教えられなければ、彼女は怯えるだけだっただろう。
その結果、皮肉にもワムウの主であるカーズを傷付けることになった。
だが、ワムウはこいしを一言たりとも責めようとはしない。
ただ彼女の言葉を、意思を、聞き届けるのみだった。



「……そうか」



ワムウは、静かにそう答える。
その言葉は、何処か穏やかであり。
そして、彼女を案ずるようでもあった。



「ねえ、おじさん……これは……悪い、夢……?」



うわ言のように、こいしが呟いた。
最早その瞳からは少しずつ光が失われてきている。
その声は徐々に弱々しくなっていく。
現実と幻想でさえ曖昧になりつつある意識の中で、彼女は問い掛けた。


幻想に沈むような、安らかな一時。
自分自身の正体に気付かぬまま穏やかに暮らしていた、幻想の世界。
血で血を拭う、残酷な殺し合い。
自分自身の心の在処に気付かされ、そして理不尽と戦った、不条理の世界。
自分にとっての夢とは―――――――どちらだったのだろう。



「……これが悪夢なら、暖かな世界で目が醒めるだけだ」



ワムウは一言、そう答えた。
『死に往く者』への僅かな希望を持たせるように、彼は言った。
無骨な武人に似合わぬ、慈悲の言葉だった。
彼自身にとっても、予想外の一言であった。

自分はこの小娘に何を思ったのだろう。
何故安らかに眠れる一言を与えたのだろう。


―――――それはきっと、彼女が『強さ』について考え、一つの答えを見出したからだ。


己の弱さと向き合った彼女が答えを出し、カーズに立ち向かうことを選んだのだ。
カーズに歯向かう以上、こいしはワムウにとっての敵となる。
だが、彼女は己の信念を見つけだしたことは確かだった。
自分の弱さに悩み、苦しみ、成すべきことを見つけた。
そんな彼女を、ワムウは賞讃したのだ。

こいしの口元に、僅かな笑みが浮かぶ。
救われたように、暖かに微笑む。

もしもこれが、夢ならば。
理不尽に塗れた悪い夢ならば。
ああ、きっと。
私が目を閉じた後にあるのは。
暖かな世界なのだろう。
優しい日常が、待っているのだろう。





「そうよ……悪い夢、なら……早く、醒めない、と……」




第三の目を閉ざし。
右目を失い。
そして、最後に残った瞳さえも。
ゆっくりと、ゆっくりと、閉ざされる。
古明地こいしの夢/命は、静かに終わりを告げた。



【古明地こいし@東方地霊殿】 死亡
【残り 58/90】


◆◆◆◆

◆◆◆◆




―――――怖かったの……これ以上、流され続けるのが。
―――――悪い人たちに、みんなが……わたしが……傷付けられちゃうのが、怖かったの。
―――――だから、がんばった、の




目の前で命を落とした少女を、サンタナは無言で見つめていた。
彼女が死の間際に残した言葉が、脳内で響き続ける。

ただのか弱い小娘に過ぎないと思っていた。
だが、彼女はカーズへの叛逆を行った。
幼く弱い少女は、恐怖を乗り越えて怪物に立ち向かったのだ。
そんな彼女の姿が、サンタナの胸に焼き付けられる。



これが勇気か。
これが誇りか。



サンタナは思う。
彼女は勇気を以て立ち向かった。
彼女は誇りを胸に戦った。
それは、かつての自分が得られなかったもの。
否、得ようともしなかったものだ。

結局古明地こいしは暴力に負け、苦痛を味合わされ。
そして、ワムウに見守られる中で命を落とした。
彼女の生とは、何だったのだろうか。
自らの誇りを見出し、満足な死に目に会うことが出来た、幸福な最期だったのか。
誇りが実を結ぶことも無く、苦しみの中で命を落とした、不幸な最期だったのか。
答えは解らない。死人は何も語らない。
ましてや古明地こいしとまともに会話を交わすこともなかったサンタナには、尚更解らぬことだ。

だが、サンタナの目には、彼女の姿が勇ましく見えた。
流され続けることを否定し、恐怖に立ち向かうことを選んだこいしに一目を置いていた。
ほんの数時間前までは信念さえ見出せなかったサンタナにとって、古明地こいしの生き様は称賛に値するものだった。

自分はワムウのようにはなれない。
かといって、主に叛逆する意志もない。
主達から一度見捨てられた自分は、彼らとの絆を得ることも出来ないだろう。

だが、古明地こいしのように己の意志を貫くことは出来る。
己の誇りを、生き様を、突き通すことは出来る。
『サンタナ』として戦い、その名を轟かせる。
そうすることで自分は、自分の『魂』を見出せるのだ。

主に忠義を尽くすことに誇りは見出せない。
ワムウのように、忠臣であることを使命とすることは出来ない。
だが、主に従うことで誇りを掴み取る機会を得ることは出来る。



(……ディオ・ブランドー)



サンタナは心中で、静かにその名を呟く。
ディオ・ブランドー。それはカーズが最も警戒するとされる参加者の名。
吸血鬼にしてスタンド使いである、闇の帝王。
古明地こいしを始めとする数々の者達を掌握したとされる征服者。

強大な力を持つその男と戦えば。
未知の力を持つ吸血鬼の『脅威』として立ちはだかれば。
自分の名は、『サンタナ』はより知らしめられるのではないか。
空っぽの存在であるサンタナの生き様が、より深く刻まれるのではないか。

ある意味で、古明地こいしの『仇討ち』に近いものを感じる。
ディオ・ブランドーはこいしを懐柔し、利用した張本人なのだから。
だが、あくまでサンタナの目的は己のためにあるものだ。
他人を賞讃することは覚えた。
だが、他人への感傷や慈悲を持つつもりは無い。


自分は『サンタナ』だ。
力と恐怖を振りまく、空虚な怪物だ。
故に自分は『敵』と相対し、暴威を振りまくのみだ。


サンタナは決意する。
ディオ・ブランドーらと戦う許可を得る決意を、その胸に抱く。
古明地こいしが死亡したことで、ディオ・ブランドーに対する手段は失われた。
ならば―――――自分がそれを利用しよう。
自分がその埋め合わせとなることで、ディオ・ブランドーらにとっての『脅威』となる。



「……行くぞ、『サンタナ』」



ワムウが身を翻し、サンタナにそう告げる。
彼がサンタナの感情に気付いていたかは定かではない。
否――――そもそも、サンタナは彼の共感を得るつもりも無い。

己は、己だ。
サンタナとしての生き様を、誇りを、貫くだけだ。
暫しの沈黙の後、サンタナはワムウに追従するように歩き出した。


◆◆◆◆

◆◆◆◆



薄暗い通路を、二つの影が歩いていた。
幽霊屋敷とも言えるこの洋館の内部を、二人の『男』が歩いていた。
柱の男の首領であるカーズ。
そしてその参謀、エシディシ。
二人の男は『館内の探索』という名目の下、リビングを離れていた。


「フフ……あんな小娘に歯向かわれるとは心外だったか、カーズ?」
「ちょっとばかし頭に血が上ってしまっただけだ。見苦しい所を見せたな」
「なぁに、構わんさ。二千年前と変わらぬ憤りっぷりで安心したくらいだ」


カーズとエシディシは会話を交わす。
あのような小娘に無駄な労力を使ってしまった、とカーズは僅かな後悔を抱いていた。
エシディシのように少しは感情を落ち着かせる術を身につけるべきか。
そんなことを思うカーズに対し、エシディシは口元に笑みを浮かべながら軽口を叩く。


「しかし、あの小娘の語っていた情報は興味深いものだったな」
「ああ」
「幻想郷、だったか?東洋にそのような世界が存在しているとは」
「ああ」
「最も、お前にとっては心底気に食わんものだろうがな」
「……ああ」


エシディシの言葉に対し、カーズが眉間に皺を寄せつつ答える。
その声色からは機嫌の悪さが伺い知れる。
古明地こいしが語った情報は、カーズの機嫌を損ねるには十分なものだったのだ。

こいしがカーズらに何らかの嘘を吐いた訳ではない。
こいしがカーズらを嘲笑うような情報を吐いた訳でもない。
こいしがカーズらに不都合な情報を吐いた訳でもない。
では、何故カーズが機嫌を損ねているのか。



彼女の語った『幻想郷』の在り方。
それがカーズには到底許容出来ぬものだったからだ。



幻想郷は、人間に忘れ去られた妖怪達にとっての最後の楽園。
人間と妖怪が共存し、お互いの存在によって文明が保たれる世界。
人間は妖怪を畏れ、そして退治するもの。
妖怪は人間を畏れさせ、信仰を受けるもの。
今では形式的なものに過ぎないが、そのルールによって幻想郷は維持される。

妖怪が異変を起こし、それを博麗の巫女が退治し。
そうして事件は穏やかに幕を下ろす。
そういった児戯の繰り返しの世界。
そこに変化や進化が訪れることは無い。
幻想郷は秩序を重んじ、常に変わらぬ姿を保ち続ける。
異変さえも日常として取り込み、安穏とした時を過ごし続ける。

それはまさに、カーズがかつて憎んだ『闇の一族』と変わらぬ在り方だった。
秩序の名の下に変化を拒絶し、不変を享受する腑抜け共の生き様。

何と愚かな世界だろう。
何と無様な有様だろう。
何故連中はそんな世界での生活を甘んじて受け入れられるのか。
何故奴らは、この殺し合いに巻き込まれた幻想郷の住人達は『幼い小娘』の姿をしているのか。
それは進化を拒絶したからだろう。
成長を否定し、幼子のままで在り続ける道を選んだからだ!
カーズはそう結論づけた!



そう、カーズは嫌悪したのだ。
変わらぬ世界を。
不変の世界を。
進化を拒絶する世界――――幻想郷を!



「何が楽園だ。何が幻想郷だ。安穏とした『夢』を見続ける腑抜け共が。
 そんな連中、殺し合いに巻き込まれずとも滅びて当然よ」
「ククッ、お前ならそう言うと思っていたさ。だが、連中にも見所のある奴らが居るぜ?
 そうだ、レミリア・スカーレットという吸血鬼は中々面白そうだった」


嫌悪感を露にするカーズに対し、エシディシはそう言う。
幻想郷の在り方は確かに許容出来るものではない。
だが、それと同時にエシディシは幻想郷の住人への興味を抱いていた。
例えば、あのレミリア・スカーレットという吸血鬼の少女。
ヤツは最下位とは言え、一族の一人であるサンタナとやり合って生還したというのだ。
その実力は期待出来たし、何より『悪くない眼』をしていた。
夜を統べる支配者の如し誇り高き眼差しを、エシディシは気に入っていたのだ。
故に彼は幻想郷の住人に対する可能性を感じていた。


「……案外、これこそが奴らの狙いなのやも知れんな」


カーズはエシディシの言葉を耳に傾け、そしてぽつりと呟いた。


「狙い?」
「幻想郷の連中は不変を享受する連中だ。変化を拒絶し、受け入れた者共だ。
 そんな奴らを殺し合いに巻き込み、変化を齎すことこそが一つの狙いではないか…と」


カーズが思いついたのはそんな考察だった。
幻想郷は変化を拒絶し、不変に居座ることを決意した者達の楽園だった。
成長や進化を否定し、変わらぬままで居ることを受け入れた者達の墓場だった。
そんな者達が、この殺し合いに巻き込まれている。
そしてレミリアのような誇り高き戦士、こいしのように勇気を振り絞った者が現れ始めている。
更にこいしへの尋問から、殺し合いの会場は幻想郷を模した舞台であることが判明している。

カーズはこのことから、一つの推測を立てる。
主催者等の目的の一つは、『幻想郷の進化』ではないのかと。
幻想郷を模した舞台で幻想郷の住人達を争わせ、絶望の中で成長させることを目論んだのではないか。
そして柱の男やスタンド使い、ジョジョといった異物達は彼女等に対する当て馬なのではないか。


「ほう……面白い推測だな。確かにこんな世界では『成長』しなければ生きていられないのだからな」
「尤も、強い根拠の無い推測に過ぎんがな。記憶の片隅に留めておく程度で構わん」


フッと自嘲気味な笑みを浮かべ、カーズはそう呟く。
可能性は考慮しているものの、あくまで推測に過ぎない。
幻想郷を模したのは偶然かもしれないし、ジョジョに関わる者達も何か意味が会って呼び寄せられた可能性があるのだから。
故に確定はしていない。未だ主催者等に関する考察の余地はあるだろう。



(――――どちらにせよ、最後に勝つのは我々一族だ。
 見ていろ、荒木飛呂彦、太田順也。そして腑抜けた幼子共よ)




【D-3 廃洋館内/昼】
【カーズ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)、胴体・両足に波紋傷複数(小)、右足に刺傷(微)、全身打撲(小)、シーザーの右腕を移植(いずれ馴染む)、再生中
[装備]:狙撃銃の予備弾薬(5発)
[道具]:基本支給品×2、三八式騎兵銃(1/5)@現実、三八式騎兵銃の予備弾薬×7
[思考・状況]
基本行動方針:仲間達と共に生き残る。最終的に荒木と太田を始末したい。
1:館内を捜索した後、仲間と共に今後の動向を決める。
2:幻想郷への嫌悪感。
3:DIOは自分が手を下すにせよ他人を差し向けるにせよ、必ず始末する。
4:上記のためにも情報を得る。他の参加者と戦わせてデータを得ようか。
5:スタンドDISCを手に入れる。パチュリーと夢美から奪うのは『今は』止した方がいいか。
6:この空間及び主催者に関しての情報を集める。そのために、夢美とパチュリーはしばらく泳がせておく。時期が来たら、パチュリーの持っているであろうメモを『回収』する。
[備考]
※参戦時期はワムウが風になった直後です。
※ナズーリンとタルカスのデイパックはカーズに回収されました。
※ディエゴの恐竜の監視に気づきました。
※ワムウとの時間軸のズレに気付き、荒木飛呂彦、太田順也のいずれかが『時空間に干渉する能力』を備えていると推測しました。
またその能力によって平行世界への干渉も可能とすることも推測しました。
※シーザーの死体を補食しました。
※ワムウにタルカスの基本支給品を渡しました。
※古明地こいしが知る限りの情報を聞き出しました。
 また、彼女の支給品を回収しました。
※ワムウ、エシディシ、サンタナと情報を共有しました。
※「主催者は何らかの意図をもって『ジョジョ』と『幻想郷』を引き合わせており、そこにバトル・ロワイアルの真相がある」と推測しました。
※「幻想郷の住人が参加者として呼び寄せられているのは進化を齎すためであり、ジョジョに関わる者達はその当て馬である」という可能性を推測しました。


【ワムウ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:全身に小程度の火傷(ほぼ完治)、右手の指をタルカスの指に交換(ほぼ馴染んだ)、失明(いつでも治せるがあえて残している)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:掟を貫き、他の柱の男達と『ゲーム』を破壊する。
1:……。
2:仲間と共に今後の動向を決める。
3:霊烏路空(名前は聞いていない)と空条徐倫(ジョリーンと認識)と霧雨魔理沙(マリサと認識)と再戦を果たす。
4:ジョセフに会って再戦を果たす。
[備考]
※参戦時期はジョセフの心臓にリングを入れた後~エシディシ死亡前です。
※失明は自身の感情を克服出来たと確信出来た時か、必要に迫られた時治します。
※カーズよりタルカスの基本支給品を受け取りました。
※スタンドに関する知識をカーズの知る範囲で把握しました。
※未来で自らが死ぬことを知りました。詳しい経緯は聞いていません。
※カーズ、エシディシ、サンタナと情報を共有しました。


【サンタナ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(小)、全身ダメージ(小)、足と右腕を億泰のものと交換(もう馴染んだ)、再生中
[装備]:緋想の剣@東方緋想天、鎖@現実
[道具]:基本支給品×2、パチンコ玉(19/20箱)@現実
[思考・状況]
基本行動方針:自分が唯一無二の『サンタナ』である誇りを勝ち取るため、戦う。
1:戦って、自分の名と力と恐怖を相手の心に刻みつける。
2:カーズに進言し、DIO達と戦う許可を得る。
3:自分と名の力を知る参加者(ドッピオとレミリア)は積極的には襲わない。向こうから襲ってくるなら応戦する。
4:エシディシと共に行動し、仲間を探す。
5:ジョセフに加え、守護霊(スタンド)使いに警戒。
6:主たちの自分への侮蔑が、ほんの少し……悔しい。
[備考]
※参戦時期はジョセフと井戸に落下し、日光に晒されて石化した直後です。
※波紋の存在について明確に知りました。
※キング・クリムゾンのスタンド能力のうち、未来予知について知りました。
※緋想の剣は「気質を操る能力」によって弱点となる気質を突くことでスタンドに干渉することが可能です。
※身体の皮膚を広げて、空中を滑空できるようになりました。練習次第で、羽ばたいて飛行できるようになるかも知れません。
※自分の意志で、肉体を人間とはかけ離れた形に組み替えることができるようになりました。
※カーズ、エシディシ、ワムウと情報を共有しました。


【エシディシ@ジョジョの奇妙な冒険 第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)、上半身の大部分に火傷(小)、左腕に火傷(小)、再生中
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:カーズらと共に生き残る。
1:柱の一族四人で生還する手段を探す。そのために後々に今後の方針を話し合う。
2:神々や蓬莱人、妖怪などの幻想郷の存在に興味。
3:静葉との再戦がちょっとだけ楽しみだが、レミリアへの再戦欲の方が強い。
4:地下室の台座のことが少しばかり気になる。
[備考]
※参戦時期はロギンス殺害後、ジョセフと相対する直前です。
※左腕はある程度動かせるようになりましたが、やはりダメージは大きいです。
※ガソリンの引火に巻き込まれ、基本支給品一式が焼失しました。
 地図や名簿に関しては『柱の男の高い知能』によって詳細に記憶しています。
※レミリアに左親指と人指し指が喰われましたが、地霊殿死体置き場の死体で補充しました。
※カーズからナズーリンの基本支給品を譲渡されました。
※カーズ、ワムウ、サンタナと情報を共有しました。
※ジョナサン・ジョースター以降の名簿が『ジョジョ』という名を持つ者によって区切られていることに気付きました。


※ナランチャのナイフ@ジョジョ第5部は古明地こいしの遺体の右目に突き刺さったまま放置されています。


138:侵略者DIO 投下順 140:マヨヒガ
138:侵略者DIO 時系列順 140:マヨヒガ
128:四柱、死中にて 古明地こいし 死亡
128:四柱、死中にて サンタナ 145:MONSTER HOUSE DA!
128:四柱、死中にて ワムウ 145:MONSTER HOUSE DA!
128:四柱、死中にて エシディシ 145:MONSTER HOUSE DA!
128:四柱、死中にて カーズ 145:MONSTER HOUSE DA!

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2016年09月18日 21:27