COUNT DOWN “NINE” 前

―――『人狼』というゲームがある。


村人に化けて潜む狼――『人狼』を、村人たちが協力し、話し合い、推理し、そして投票によって狼と思われる人物を一人ずつ処刑していく。
人間に化けた人狼は一目では判別はつかない。
故に村人は様々な画策と知略によって彼らを追い詰め、正体を見極めなくてはならない。
村人側がとる戦法は非常に多種多様で、時には堅牢な慎重性で攻め、時には大胆な計略を用いて狼を炙り出す。

対して人狼側も自分の正体がばれぬよう、狡猾な誘導で村人を騙し通す。
裏切りと欺きと謀略の刺し合いの末、狼たちは一人また一人と村人を喰い殺していく。
そんな『騙し』のせめぎ合いが熱狂を呼び、一部の人々から高い人気を誇る。


……といった内容のゲームがこの『人狼』だ。




さて、この場には一つの『集団』がある。
9人の『村人』という彼ら彼女らが、ひとつの目的を目指して集まり団結した、所謂『対主催』のチームだ。

だがその実態は、非常に脆く醜い。
彼らの中の何人かは既に気付いている。
この集団の中には、人を人とも思わぬ血塗れた『狼』が隠れ、その牙を隠しているということを。
狼を暴き出し、どうにかして『処刑』しようと企てる者もいる。

既に水面下では赤い火花が飛び散り、今にも燃え上がらんとしている状況。
だが彼らの誰一人として、集団の中に紛れる『狼』の数など把握出来ていなかった。
誰が何を考え、どの村人を喰わんとしているのか理解できている者などいなかった。
つまるところ、影の中に浮かぶ『真実』という小さな光を見ている者など、この場には存在しない。


―――もしもそんな者がいるとすれば、天上から全ての万物を見下ろすような、まさしく『神の視点』を持つ者だけなのだろう。


例えば、そんな神の視点を持つ者がこの集団を覗いていたとして。

吉良吉影という『狼』が、自身の正体を知る者の抹殺を企てていたり。

東方仗助という『村人』が、吉良吉影という狂気の『狼』から仲間を守るため奮闘していたり。

河城にとりという『狼』が、パチュリー・ノーレッジという利口な『村人』をひどく鬱陶しく思っていたり。


そんな各々宿す因縁の関連性など、全てはきっと掌の上なのだろう。
しかし、天上で微笑みながら――あるいは胸を高鳴らせ夢中になりながらも9人を見下ろす神がいたとして。


『悲劇』という名の爆弾に火が付くその瞬間までは―――
『不穏』という名の導火線が伸びるその先までは―――



――――――『未来』の事までがわかる神などというモノは、この世に存在しない。



3人から始まった『藁の砦』は、紆余曲折を経て『要塞』へと成った。
しかし藁などが積み上がれば積み上がるだけ、燃え上がった後の被害は計り知れなくなる。
知識の魔女は当初、こう考えていた。
9人もの烏合の衆が集まったところで、待つものは『自滅』なのだと。
そうかもしれない。
しかし、そうはならないかもしれない。
だからこそ魔女は戦力を優先し、集団をより堅固な壁へと進化させるに至ったのだから。
未来の事など知りようがない故に、決断したのだ。



この判断が『吉』と出るか『凶』と出るか。
そこから先の未来は神すらも踏み込めぬ領域。

だが、ひとつだけ知り得る事があるとするならば―――


―――導火線には、既に『点火』が成されている、という事だけ。












           【Fire up】―点火開始―

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


[-00:10:30] [-00:16:04]

『河城にとり』
【午前7時1分】E- 1 サンモリッツ廃ホテル 玄関前


薄暗い廃ホテルから一歩外へ踏み出せば、空には白く輝き昇りつつある太陽。
その光輝に思わず目が眩み、河城にとりは右手を瞼に当てて陰を作った。
浮かぶ表情は普段通りの、河童妖怪らしい瑞々しい顔。
しかしその仮面の下では、その腹の底では動揺と恐怖が湯水のように溢れ出てきていた。

にとりは―――未だ『爆弾』を回収できていない。

パチュリーのディパックに仕掛けた小型爆弾は、とうとう爆破させる踏ん切りを付けられずに今に至る。
早くパチュリーを始末したいという保身と、集団の要となる人物を消すことによる失策の天秤に揺られ続けていた。

そもそも……パチュリーは自分にとって本当に害ある存在なのか?
今までに散々疑いを掛けられてきた事実は見過ごせないが、しかし今のところの実害は皆無だ。
現在の自分は様々な思考を辿ってきた故に生じた、ひとつの被害妄想に陥っている状態なだけではないのか。
パチュリーは魔女だが、鬼や悪魔ではないだろう。
むしろ自分がパチュリーに向ける悪意の方がチーム全体、果てはゲーム全体で見ればよっぽどタチの悪い扇動者なのではないのか。
仮にパチュリーを始末したとして、その後の自分が必ずしも安全を約束された環境に居座れる可能性は薄い。
パチュリー・ノーレッジという魔女は間違いなく、この異変を突破するのに何かしら役立つ知識と魔法を備える女なのだろうから。

ならばこのまま現状維持を貫けばいいのかというと、そうも言ってられない。
パチュリーの荷物に仕掛けた爆弾という名の『殺意』だけは誤魔化しようがないからだ。
今は見つかってないが、いつどの瞬間に誰かの目に止まるとも分からない。
ならばもういっそここで爆破させようか。
そう思いたくとも、前述した理由により迂闊な判断では爆破出来ない。
荷物に仕込む時はあれほどあっさり成功したのに、そこから取り出すとなるとコレが中々チャンスが来ない。

そして幸か不幸か、にとりはこの後のチーム分断でパチュリーとは同班。
今ここで焦って爆破するよりも、いずれは爆弾回収の『チャンス』は来るかもしれない(もしパチュリーと違う班であるなら、そもそも最初から無理してパチュリーを殺す必要は無いのだが)。


(く……クソっ! 頼むから見つかってくれるなよ……! せめてみんなと別れた後まで……保ってくれェ~~~ッ!)


結果、にとりは運を天に祈ることのみで何もせずにいる。
表情の上では平静を保ってはいても、内心では滝のような汗が絶えず流れ出ていた。
もし……もしも爆弾が見つかったのであれば、少しの口八丁で時間を稼ぐことは出来ても。
いずれは自分のやったことだとバレてしまうだろう。
そうなってしまった時には―――


―――ポケットの中に握る『リモコンスイッチ』が、汗ばんで気持ち悪い。


(私だって……殺したくて殺すわけじゃあないんだからな……!
 頼むから私を『殺人者』にしないで、くれ……!)


込み上げてくるのは後悔と恐怖心ばかり。
それでも一度は確かに殺意を呑んだ者の責任というのだろうか。
心の中に付き纏う悪魔は、決して離れてくれずに『災厄』を呼び寄せる。

『命』を『運』んで来ると書いて『運命』とは誰かが言った言葉。
だが『命』を運び『奪』っていくのもまた『運命』なのだとしたら。
河城にとりに纏わり付く『運命』は、彼女の命を奪っていくのか。
または彼女の秘める『運』が、全く違う『天命』をもたらしてくれるのか。

異変の炎は、刻一刻と拡がりを見せ始めている。
その片鱗は、パチュリー・ノーレッジの口から高らかに吼え拡がっていった。


「さ。皆、覚悟は出来てるわね? もう一度これからの各自の動きを確認するから少し集まって頂戴」


バサリと地図を広げ、全員の注目を己の指に集めさせた。
悩み続けていても仕方が無いと、にとりは暗い面持ちでテクテクとパチュリーの元に歩いていく。


「まずは仗助・天子のAチーム。フットワークのありそうな貴方達2人は一番長いルートを通ってもらうわ。
 このホテルから真っ直ぐ結界沿いに西へ。端っこのA-1まで突き当たったらそのまま南下してジョースター邸まで集まること」

ツツーっと、パチュリーの細い指が地図の上を滑っていく。
仗助はその様をフンフンと頷きながら眺め、天子は木刀を威勢よくブンブンと振り回す。

「任せなさいッ! この比那名居天子とその下僕、仗助があっという間にあのスキマ妖怪と紅白巫女を拉致してきてやるわッ!」

「誰も誘拐の真似事をして来いとは言ってないわ。2人を見つけたらなるべく平和的な同行をお願いするわね。
 それとさっきも言った通り、道中での魔力の確認もお願いね。天人サマ?」

多分に皮肉を込めてパチュリーは天子へと念を押すも、既に彼女の意識は自分に任せられた任命へと向けられ燃え上がっていた。
やれやれとパチュリーは溜息を吐き、仗助の方にコッソリと耳打ちを施す。

「……暴れ馬のフォロー、貴方にお願いしても良いかしら?」

「……手綱ナシでは自信無いっスけど、やれるだけは努力します」

頼りのない応答ではあったが、この東方仗助はあの広瀬康一と同様、やる時はやる子なのだろう。
パチュリーもそれを感じ、仗助の背中をバシッと叩くことで気を入れてやった。

その2人の様子を仲良くしているものだと勘違いしてか。
岡崎夢美が頬をブーブーと膨らませながらパチュリーに抱きついた。


「パチェーーー!! それでそれで! 私&パチェの班はどのルートだっけッ!!」

「勝手に事実を曲げないでね。アンタと慧音、ぬえ達3人のBチームは第二ルート。
 私とにとり、吉影、康一のCチームは4人で第三ルート。変更は御座いまっせん!」

言い終わるやパチュリーの拳骨がまたしても夢美の脳天に轟く。
既に見慣れた漫才の光景だったが、夢美はコブを擦りながらも全く反省する様子は無い。
未だ班構成に納得がいかないのか、騒ぎ立てまくる夢美をそっと押し退けて上白沢慧音が発言した。

「私たちBチームは地図上で言えば……このホテルから1マス下り、そこからB-2まで西行き、ジョースター邸まで引き帰るルートだな」

「ええ。中心部に近いルートを歩く分、それだけ参加者とも遭遇しやすくなるかもしれない。
 勿論、中には危険人物とも鉢合わせる可能性もある。
 皆ももう一度確認するわ! く・れ・ぐ・れ・も! 戦闘は避けて通るようにお願い!」

パンパンと手を叩き、パチュリーは目的の再確認をさせる。
今回の目的は霊夢と紫の捜索が最優先事項であり、危険人物の掃討ではない。
回避できる戦闘は極力、回避する。
それがこのゲームを生き残るために最も必要な戦法だと彼女は考えているからだ。
しかし、そうは思っていない者も少なからず居たらしい。
ご存知、比那名居天子は戦う気満々だとでも言いたげに木刀を天へと向けて叫んだ。


「弱い者が無理に戦う必要は無いわ! パチュリーの考えには一理あるけど、私は強いのよ!
 危ない思考の輩はこの私が全員、ブッ潰すッ! その分、他の弱者は安全になるって道理よ! 間違ってる!?」

このゲームにおいて一番危ない思考の輩はお前なんじゃないのか、口には出さずとも仗助の目はそれを如実に言い表していた。
とはいえ仗助も天子の考えに理解がないわけではない。
というか、どちらかと言えば仗助は天子寄りの意見であり、彼女と同じく危険人物はなるべくブッ飛ばして無力化したいとも思っていた。
天子番長と舎弟仗助の意見が初めて一致した瞬間である。
が、その記念すべき瞬間を仗助は全然嬉しくも思わず、逆に天子と同意することはイコール面倒だなと考え、沈黙のみを味方とした。
一方、味方のいない天子に対しパチュリーはここぞとばかりに刺す。

「貴方の考えにも一理あるけどね、天子。でもそれは時と場合によるわ。
 鼻高くして踏ん反り返ってる隙だらけの貴方を、その敵は狡猾に攻めてくる場合もある。
 『勝てない』と思ったら素直に退いて、みっともなくても良いから逃げ出しなさい。
 天人のプライドと命、どっちが大切なのかをもう一度噛み締めて」

「はあ? プライドを捨てるくらいなら死んだ方がマシよ!
 陰険な地上の魔女如きがこの私の誇りを語るなんブバっふ――!?」

「そーそーようは『臨機応変』に対応しろっつーことなんスよねパチュリーさんの言いたいことはッ!」

次第に声色が熱くなってきた天子の口を横から塞ぎ、仗助は慌てて間を取り持つ。
天子も天子だがパチュリーもパチュリーだ。
台詞のひとつひとつに一々棘を含ませる彼女の悪いクセは天子に対してもまるで物怖じしない性格のようで。
全くどうして幻想郷の女はこうも危なっかしいひとクセふたクセある人物ばかりなのだろうと、仗助は自身の性格を棚に上げて呆れ果てた。

「んーーーんーーー! ……ぷはァ!! ちょっと何するのよ仗助、苦しいじゃないの!
 下僕如きがよくも私の華麗な唇に触れてくれたわ―――」

「―――あの! パチュリーさん!」

傍から見ていて埒が明かなくなったのか、康一も慌てて天子の言葉を遮って質問を投げかけてきた。

「さっきの『案山子念報メールマガジン』なんですけど……」

康一は先程PC画面で目にした気になる記事についての出来事を簡単に思い出していく。
その記事は康一にとって――いや、その場の多くの者にとってある種ショッキングな記事だった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


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[-00:20:15] [-00:25:49]

―――『八雲紫、隠れ里で皆殺しッ!?』

その恐ろしいタイトルはさておき……はて、八雲紫とは最近どこかで聞いた名だった気がする。
というか、今から自分たちが探しに向かうターゲットの一人ではなかっただろうか。
呑気しながら浅い記憶の引き出しを探っていた康一が答えを手繰り寄せると同時、一緒に画面を覗き込んだ慧音が蒼白な顔で叫ぶ。

「―――八雲紫!? それに、この画面は……ッ!」

映し出された画面内の写真には自分も知る幻想郷の住人『魂魄妖夢』や『星熊勇儀』など、計3人の参加者を殺害してるとおぼしき八雲紫の凄然な姿があった。
彼女の幻想郷に対する想いはこの慧音もよく知っている。だからこそ信じられなかったのだ。

「八雲紫が―――殺し合いに乗っている……!?」

思わず喉から出たその言葉の意味をよく考える。
ありえないと否定したい。
しかしそれならばこの記事自体の信憑性はともかくとして、この写真の語る意味するところは。
見る限りでは、どう見ても紫にしか見えない人物の、どう見ても殺人の瞬間を捉えた写真にしか見えない。
確かに大スクープではあった。……信じたくない悪夢のように。

「パチュリー……お前は『これ』を、どう考える?」

「……この記事は十中八九、『嘘』が混ざっている。
 でもどこか真に迫るような『真実味』が見える気もする……そんなところかしら」

どちらにせよ彼女への遭遇及び接近には最大の注意を払って身構えることね、そう言い残してパチュリーはPC画面を早々と落とした。
パチュリーの答えは微妙に曖昧ではあったが、この記事の写真は確かにリアル過ぎる。
おかげで記事を目にした各々は目的人物の顔をこれでもかというほど詳細に記憶に刻み込まれる程度の効果はあった。
少なくとも紫が先ほどまで『猫の隠れ里』に居たという情報は得られたのだ。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

[-00:06:40] [-00:12:14]

ホテル食堂でのそんな出来事を康一は、駆け抜けて思い出し終えた。
あのような生々しく血生臭い現場写真を見てしまったのだ。
いくらスタンド使いとして戦ってきた康一も、こればっかりは気分も最悪だった。
そんな康一の不安げな表情を汲み取り、パチュリーも少し俯き加減に考える。


「ふむ……そうね。肝心なことを言っておきましょうか。
 特に『猫の隠れ里』を通る第二ルートの教授や慧音たちBチームに強く念を押したいのだけど……
 もしもターゲットの霊夢や紫が『乗って』いたのなら、それは考えられる限りの『最悪』よ。
 私たちの最終目的、その前提から崩れるだけでなく、このゲーム…果ては元の幻想郷そのもののバランスまで揺らぎかねない。
 出来ればだけど、その時は『力づく』で連れて来て欲しいわね。……ま、無いとは思うけども」

パチュリーたち幻想郷の住民にとっては『ありえない』事態故に、今までその考えに至らなかった。
異変解決でその名を広く轟かせるあの『博麗霊夢』と。
幻想郷を創った妖怪の大賢者の一人であるあの『八雲紫』とがゲームに『乗って』いた場合。
それはつまり本当の意味での『幻想郷の崩壊』を示す絶望であり、同時に主催に対抗する一切の手段の消失。
完全に光が絶たれ、よもやこの自分達ですらもゲームに興じるしか道は無くなるのだろうか。

……いくら考えていても、今はその答えを導き出せそうにない。
考えるのは、『そうなった場合』の後からでも遅くはないのだろうか。
数字をゼロで割るような、そんな証明を求められているかのように思考の迷路に迷い込むくらいならば。


「その時はこの私があいつらをブッ飛ばせばいいだけじゃないッ! ねえ仗助!!」

「え。
 ………あ、ええ、その通りですよ天子さん! パチュリーさんの不安なんか俺のクレイジー・ダイヤモンドで月までブッ飛ばします!」

正義の鉄槌というよりかは、個人的な恨みで霊夢や紫をハリ倒せる免罪符を手に入れただけのように見える天子と、
急に振られて思わず同意しただけのように見えた仗助が形だけでも元気付けてくれた。
信憑率皆無とはいえ実際に証拠写真の存在がある紫はともかく、あの霊夢までが一緒になって殺戮に興じるとはとても思えない。
杞憂だと思い、今は自分らに出来る戦いをやろう。

パチュリーは少々弱気になった自分を勇気付けてくれた仗助(のみ)にほんの少しの笑みを返し、いつの間にか腰に抱きついていた夢美を邪険に思う。

「パ~~~~~~チェ~~~~~~~~~………あたしゃ寂しいよォ~~~ン……! よよよよ…………」

懐いてくる子犬を優しく引き離す、というよりかは鬱陶しく血に吸い付いてくる蛭を引き剥がすような強引さで夢美を押し退けた。
パチュリーにとって厄介なのは、この岡崎夢美という女が自分のことを本気で心配しているという一点に尽きる。
夢美は自分の身を心の底から案じてくれ、その感情がちょっぴりだけ行き過ぎているだけなのだ。
それをよく理解できているからこそパチュリーは夢美のことを嫌いにはなれない。

(つくづく面倒な相棒を手に入れてしまったものね……)

そうは思いつつもこのままではいつまでも出発できない。
あるいはいつまでも親離れできない子を持つ母親の苦労を身に沁みながらパチュリーは駄々っ子の教育を開始した。



「いい教授? 貴方の心の奥の奥のそのまた奥、その最底辺に眠るなけなしの米粒みたいな優しさは私もギリギリ理解しているつもりよ」

「ここは怒ってもいい所よね?」

「黙って聞く所よ。それでも貴方の優しさという名の『一方通行』の想いは決して私のためになるわけではないわ。
 私と教授の間には『信頼』が足りない。それは時間を掛けて培うものでも、ましてやベタベタとくっつくことで育むものでもない。
 『また明日ね』と言われて『バイバイ』と返せるような気軽さで、互いを信じることによって手に入れていくものよ。
 それで教授? 貴方は私の『またね』という挨拶に、一方通行で傍迷惑なラブコールで返答するわからず屋なのかしら?」

「………………! わ、わかったわパチェ! 『また』! 絶対『また』会おうね!!」

果たして何処が夢美の琴線に触れたのかは定かではないが、とりあえず彼女はパチュリーの説得にいたく感動したらしい。
うるうると涙目になってまで手を振り、大げさな茶番芸まで見せ付けてくれた。
何だかんだ上手いこと言って夢美を丸め込んだことに一安心したパチュリーもこれにてようやく行動に移せる。
仮にも教育者の立場である筈の彼女を、図らずも教育してしまった点については複雑ではあったが。


……抱きつかれた温もりをほんの少し『寂しい』と思ってしまったことには誰にも言えない。



夢美といえば、と。
パチュリーはふと、かなり重要なことを今更ながらに思い出した。
そういえばここにいる夢美はもしかしてあの吉良吉影の『正体』を知らないのではなかったか。
吉良の恐るべき正体を仗助が食堂で明かした時、夢美は(原因が何だったか覚えてすらいないけど)気絶していたはずだった。
自分たちが爆弾にされているかもしれないというとんでもない話の最中、あろうことか彼女はスヤスヤ夢の中を飛んでいたのだ。
その能天気ぶりに多少ムカついたので、このままで良いだろうという悪魔の囁きも聴こえたが、流石にそうはいかない。
夢美にもこの事実を伝えるべきなのだが、しかし吉良の居る今この場で伝えるわけにもいかなかった。

パチュリーは荷物の整理の最中である慧音を掴まえてそっと耳元で囁いた。


「慧音。吉良の『爆弾』……そして彼への『説得』についてだけど……」

「ああ、分かっているよ。夢美に伝えるのだろう? 後で私の方から伝えておこう」


流石に慧音は話が早かった。
爆弾の件云々もそうだが、その殺人鬼をパチュリー自ら説得しに行くことなど今話せば100%止められる。
どころか「代わりに私が説得する!」くらいは余裕で言うだろう。
皆が分かれた後で、夢美と同じチームの慧音から話を通しておけば面倒は最小限に抑えられる(※ゼロではない)。
慧音に軽く礼を述べ、時刻の確認をすると―――

現在時刻7:06。

予定より少し遅れている。
ジョースター邸での待ち合わせは正午だが、時間通りに回れるだろうか。
少しの焦りを見せ始めたパチュリーは最後にもう一度手を叩き、皆の注目を集めた。



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[-00:05:27] [-00:11:01]

『東方仗助』
【午前7時6分】


「―――じゃ、皆準備できたわね? もうここには戻って来ないと思うわよ」

「はいはーい! 私は完全完了準備オッケーです!」

「待ちくたびれたくらいよ。そろそろ身体を動かしたいところなのよね」


パチュリーの掛け声にややテンション高めの夢美と、天子が伸びをしながら返答した。
仗助もそんな天子の傍に付き、気合を入れ直す。

状況は―――ハッキリ言って不安の割合が多くを占める。

なんと言ってもあの殺人鬼が今なお、この場の誰かを爆弾に変えている事実はどうあっても変えられないのだから。
仗助はパチュリー、にとりらと共に出立の準備を整える吉良を横目で睨んだ。
奴の爆破能力に『射程距離』の概念があるならば、確かに吉良とその他のメンバーを出来るだけ引き離すのは上策かもしれない。


「パチュリー。それとにとり、康一君。……吉良さんも。気をつけてくれ」

「パチェ~~~~っ!!!! 『また』ね! 『また』ね!! 『また』ね!!! 『また』ね!!!!」


パチュリー率いる4人のCチームがいよいよ出発を開始する。
慧音が激励を送り、夢美がブンブンブンブンとそれはそれは大きく手を振っている。
吉良を有するこのチームが目下のところ一番の不穏だと仗助は考えているが、その心配は一人の親友が打ち払ってくれるだろう。


「―――吉良のヤローは、お前に任せるぜ。……康一」

「―――うん。僕が必ず、皆を守るよ。仗助くんも、天子さんをフォローしてやって。……あの人、結構危なっかしそうだし」


違いねェ、と仗助はニタリと苦笑する。
互いに一言だけの言葉を交わし、後は何もいらなかった。
親友の力はお互いしっかり理解出来ている。
康一が必ず守ると言ったならば、きっと彼は全力を尽くしてその約束を違うことはしないだろう。
チームの中で『爆弾化していない』と確信出来る者も自分を除けば康一ただひとり。
彼だけが吉良と唯一、対等な対峙が可能な者。
しっかりと吉良の動向を見張ってくれる広瀬康一という男は、仗助が本当に頼りにしている男なのだった。


軽く手を振り、少年の短い別れは終わった。
東へ向かう彼ら4人の姿がだんだん小さくなっていくのを見届けていると、仗助の耳に今度は優しい大人の声が掛かってきた。


「仗助くん。それに天子も。くれぐれに無茶はするんじゃないぞ。……特に天子は、その……」

「何よハクタクセンセー? まさかとは思うけど私の力を疑っているワケ?
 それなら何度も言うように心配要らないわ! この無敵天人比那名居天子が、あ!!!!っという間に悪者を叩きのめすからッ!」


2人が心配しているのは実力ではなくその自信過剰な性格なのだが、こればかりは生来治らない性なのだろう。
仗助もいい加減彼女の性質は理解出来ているので、ここからは天子のフォローという仕事が増えそうだ。
お調子者の上司を持った新入社員の気苦労を若くして味わうことになりそうだと、仗助は深い溜息を吐く。


「……慧音。そろそろ、私たちも……」


どこからいつの間に現われたのか。
封獣ぬえが仗助と慧音の会話に割って入って来た。
彼女の表情はどこか暗く、しかし何故かその中に不安という色は見えないように感じた。
だが彼女にも色々あったのかもしれないと、仗助は内心ぬえを心配する。
やはり放送のショックが多少なりともあったのだろう。
そのとき辺りからぬえの様子はずっとおかしかったのだから。


「慧音さん! ぬえちゃんも! 私たち栄光のBチーム――いえ、『輝く明日への教師チーム』も早速出発しましょう!
 素敵な巫女さんの霊夢ちゃん、スキマ大妖怪のゆかりんさん共々パパっと捕まえちゃって、さっさと合流場所でパチェを待つのよ!」

「お前は霊夢たちを探しに行くのか、パチュリーと再会する為に行くのか、どっちなんだ……」


慧音がげんなりと夢美にツッコんでいく。
この人騒がせなお姉さんと行動を共にするのはひと苦労だなと、仗助は同情の意を慧音に向けた。
何だかんだでやいのやいのしながら南の方角へと歩を進める彼女ら3人を眺める仗助。
その大きな背にバシンと力強い震動が響いた。


「さッ! 後は私たちだけね仗助! 精々、主である私の足だけは引っ張らないようにお願いしたいわ!」


……夢美の万倍人騒がせなお姉さんを忘れていた。
これから数時間、彼女と2人旅を味わうことを考えるとひと苦労どころの話ではない。

「目指すは西よ! 言っとくけど天人の脚力は人間の比じゃないわ。
 『特別』に! 『今回』は! この私がアナタに歩幅を合わせてあげるわね! 優しい主で感謝しなさい!」

「ワー ソイツハ オキヅカイ アリガトウゴザイマッスー」

「……何か釈然としないノリだけど…ま!いいわ! じゃあこの私率いる『麗しき非想非非想天の天子様!チーム』出撃よ!」

ひとりしか居ないお連れのどこが“率いる”なのか、とか。
そのキラキラしたチーム名の中にはもしかしなくても俺を含めてるんだろうなぁ、とか。
歩幅を合わせるなどと言った次の瞬間、彼女の姿は既に自分の遥か前方を爆走している、とか。
そもそもそっちは太陽が昇り来ている方向なので恐らく西ではなく東なんじゃないだろうか、とか。

既にしてツッコミきれない天子の数々の行動は、仗助にもう一度盛大な溜息を吐かせるのには充分すぎる理由だった。
そのまま東に向かうパチュリーたちと合流しかねない天子を連れ戻すために、仗助は渋々彼女の背中を追いかける。


走りながら仗助は白い朝空を見上げ、これからの行く末に憂いを感じた。
どこまでも続く空は、自分たちの出発を歓迎しているようには見えなかった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


【E-1 サンモリッツ廃ホテル前/朝】

【東方仗助@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:頭に切り傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いの打破
1:霊夢と紫を探す・第一ルートでジョースター邸へ行く。
2:吉良を仲間になんかできるのか? やっぱり……。
3:承太郎や杜王町の仲間たちとも出来れば早く合流したい。
[備考]
※幻想郷についての知識を得ました。
※時間のズレ、平行世界、記憶の消失の可能性について気付きました。


【比那名居天子@東方緋想天】
[状態]:健康
[装備]:木刀@現実、龍魚の羽衣@東方緋想天
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに反抗し、主催者を完膚なきまでに叩きのめす。
1:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第一ルートでジョースター邸へ行く。
2:主催者だけではなく、殺し合いに乗ってる参加者も容赦なく叩きのめす。
3:自分の邪魔をするのなら乗っていようが乗っていなかろうが関係なくこてんぱんにする。
4:吉良が調子こいたら、ぶちのめす。
5:紫には一泡吹かせてやりたいけど、まぁ使えそうだし仲間にしてやることは考えなくもない。
[備考]
※この殺し合いのゲームを『異変』と認識しています。
※ぬえに対し、不信感を抱いてます。
※吉良の正体を知りました。


[-00:00:04] [-00:05:38]












































    ドグォオオン―――!












天子の走っていった東の方角から仗助の耳に轟いたのは、そんな破裂音。




映画なんかでよく聞くような大胆で派手に盛ったSEではなく、
仗助自身、最近どこかで実際に聞いた音によく似ていた。


そう、例えば吉良吉影の繰り出す空気弾が爆発した時のような―――










「――――――あ?」










息と共に小さく漏れた、意味も成さない言葉が。
この空気に、これ以上なく不穏な寒さを予期させた。




―――ずっと、嫌な空気は感じていた。






▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


[+00:00:41] [-00:04:53]






パチュリーは呆然としながらも、『ソレ』を前にして動けずにいた。

河城にとりは腰を抜かして地面にへたり込み、『ソレ』を空白の目で見つめていた。

離れた所から無表情の仮面を被った吉良吉影が、『ソレ』を黙って見下ろしていた。

だらんとぶら下げた木刀を携えた比那名居天子が、『ソレ』を見て言葉を失っていた。




音を聞いて駆けつけた仗助の目に飛び込んできた光景が『ソレ』だった。
爆発の余韻だけが空を響かせ、残るは静寂。

今、この場で何が起こった。
誰が、何を目撃した。
この事象を説明できる者は居ないのか。
誰もが言葉を詰まらせ、発せることが出来なかった。



「――――――いて、くれ」



静寂を最初に打ち破ったのは、後方からその死のような静けさを眺めていた男。

東方仗助は、言葉に成らぬ言葉を漏らしながら『ソレ』に近づく。


「―――どいて、くれ……ッ! 皆、どけ……ッ! そこをどけェェーーーッ!!」


唖然とする天子を荒々しく押し退け、
へたり込むにとりの肩に足をぶつけ、

猛然と『ソレ』の元に駆け寄る。






「――――――康一ィィィイイイイイイイイイイイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!」






顔の原型が判別できないほどの爆死体と果てた“康一”と呼ばれた『ソレ』は。
爆発の跡地で、無残な骸と化していた。



「クレイジー・ダイヤモンドォォオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!」



駆けながら、慟哭が如く吼える。
あらゆる物を『治す』能力。
この世の何よりも優しい能力と称されたその力は。
命を『繋ぎ止める』力はあっても。




―――命を『呼び戻す』力は、無い。






【広瀬康一@第4部 ダイヤモンドは砕けない】 死亡
【残り 65/90】


[+00:01:27] [-00:04:07]


「おい! 今の音は何だッ!? 何があった……―――ッ!!」

「なによ……これ…………っ」

「嘘………」


騒ぎを聞きつけ駆け戻って来た慧音と、夢美と、ぬえが、惨劇を目にした。
そこに居たのは変わり果てた友人を懸命に治療する仗助と。
それを見守る――というよりも未だ信じられない眼差しで眺める周囲の面々と。



体の前面部が焼け焦がれ、ズタズタに切り刻まれた康一“だったモノ”が倒れている。



下顎がまとめて吹き飛び、
黒く焦げた胸部からは白い骨が飛び出していて、
破れた喉を含め呼吸器官も全て深刻な傷を負い、
肺の中もグズグズに破裂し、それだけでも致命傷。
右肩から先の腕が丸ごと消失し、数メートル先の地面に千切られたまま落ちており、
他にも身体のいたる所の皮膚が抉られ、そこから流れるドロドロした大量の血液が地面に血溜まりを形容している。


誰がどう見たって、『即死』だった。


仗助の能力は傷付いた身体を完全に癒せるものだと聞いてはいても、
果たして即死の人間を復活に至るまでに治せるのか。

恐らく―――不可能だろう、と。
この場の全員が、悟った。
それを一瞬で悟れるほど、康一の負ったダメージは深刻だった。

それを誰よりも理解している筈の仗助は、何も言わず懸命に治療を進める。
まだ、間に合うかもしれない。
もしかしたら助けられるかもしれない。
根拠の無い空白の希望に縋り、必死にその手を伸ばそうとする。

かつて親友の虹村億泰が吉良吉影から受けた絶望的なダメージを、ギリギリの状態から奇跡的に復活できた時のように。

だから仗助はその手を止めない。
可能性が1%でもある限り……いや、たとえ無くたって。
康一の命を助けられるのは自分しか居ないのだから。




ほんの短い間。
仗助が康一の身体を治療しているほんの短い間。
この場に流れる静寂と寒気が身をつつみ、時間も空気も凝結したような感覚を覚えた。
仗助も、彼を眺める周囲の者達も、皆。


しかし、そんな沈黙もすぐに崩れた。


「吉良吉影ッ!!! アンタが……アンタが康一を爆弾で殺したのねッ!!!」


眠った沈黙を撃ち崩したのは、殺気立った形相で吉良を指差したぬえ。
この場の誰もが初めて目にした、彼女の鬼面のような表情が真っ直ぐ吉良を見据えた。


「みんな聞いてッ! 今までずっと涼しい顔してたこのスカしたブタ野郎の正体はッ!
 『人や物を爆弾に変える能力』のスタンド使いッ! イカれた『殺人鬼』なのよッ!!」

「――――――………っ」


今にも殴りかかっていきそうな勢いで怒号を放った彼女に物怖じしたのか、吉良がここで初めて動揺の色を見せた。
ぬえが当初に見せていた弱々しい印象やぶっきらぼうな雰囲気は既に面影に無い。
あるのは罪深き殺人者を糾弾し、処刑に追い込む暴衆のような豪気だった。


「え……えぇ~~~ッ!? 吉良さんがさ、さ、さ、『殺人使い』で、『スタンド鬼』ッ!?
 爆弾って……どういうことぬえちゃんッ!?」


ぬえの言葉に大きくショックを受けたのはただひとり。
この場で唯一、吉良の『正体』を知らなかった夢美だけが驚愕した。


「この男は普通の一般人を装って、陰から私たちを殺すチャンスを伺っていたのよッ!
 その証拠に康一も爆弾で殺されたッ! コイツはゲームに『乗って』いたのッ!!」

「なっ……! 何を突然言い出すんだぬえさん! 私がスタンド使いなワケが……ッ!」

「嘘ッ! 私見てたんだから! アンタがホテルで仗助と康一と会話してる所を陰からッ!
 アンタが爆弾のスタンド使いで、どーしようもなくクレイジーな人殺しだって会話をねッ!」

「グ………ッ!?」


なんて迂闊な失態だと、吉良は過去の行動を恥じた。
まさか『あの』会話を見られていたとは、最大のミスだ。
どうする……これでは言い逃れようが……ッ!

しかし、何かがおかしい。
全く辻褄が合わないのだ。

―――そもそも、


「待てッ! 私は広瀬康一を殺してなどいないッ!! 何かの間違いだッ!!」


吉良は反論をした。
自分がスタンド使いだという事はともかく、康一を手に掛けたのは違うのだと。
しかし、

「へえ!? 殺人鬼の言うことなんて誰が信じるものかしら! 仗助も言ってやってよッ!
 この男はアンタと康一の『敵』で、正真正銘の『殺人鬼』だってことをッ!」

「………………………っ」

論証など無い吉良の反論に、ぬえは声を高くして言い返す。
あわよくば仗助をも味方に付けようと彼の傍に立つが、当の本人は黙って俯きながら治療の手を止めない。

「…まぁいいわ。とにかく吉良! ただひとつ言えるのはアンタは私たちの『敵』!
 これからどういうことが起こるのか、理解できてるんでしょうねッ!」

「―――――くッ!! け、慧音さんッ! 貴方も何とか言ってやってくれないか!? 彼女は思い違いをしている!」

「え、あ………っ! い、いや、私は………!」

吉良は頼った。
自分たちを信じ、守って見せると誓い放った慧音ならばもしかしたら自分を信じてくれるかもしれない、と。
だが助けを求められた慧音は期待に反してバツが悪そうに目を背けた。
それはしかし、慧音からすれば……いや。
この場の殆どの者からすれば至極納得のいく反応であったろう。

何故なら―――


「―――無駄よ、吉影。貴方の仮面の裏に隠してきたという『本性』……。既にここに居る全員が知っているわ」


「―――――――なに?」


パチュリーがスペルカードを繰り出す構えで、一歩前へ踏み出た。
その顔に勇ましさはあったが、警戒と不安の示す割合の方が色濃く現れていた。
更にパチュリーに続いて天子が木刀をブンと一振りし、大きく吉良の前へ一歩乗り出して宣誓する。

「ニッブい男ねアンタも! アンタの正体はホテルの中で、とっっっっくの昔に皆にバレてたって言ってんのよ!」

「――――――っ」

大胆不敵に構える天子の表情にいつもの横柄な笑みはない。
あるのは目の前の『悪』を退治してやらんという確かな正義と、粛然たる自信のみ。
現実としてひとりの仲間が殺されたのだ。ここで奮起せねばいつ奮起する。
そんな真っ直ぐな想いが、彼女の武器を握る手の力を強くした。

「いやいや私は初耳なんですけど!? ちょっ 私だけ除け者だったの!?」

「……教授。後で詳しく話すから今はスッ込んでて。……面倒くさいから」

「ひどっ!!」

話に付いていけてない夢美を強引に下げ、パチュリーも吉良を囲むように戦闘の態勢を作る。
吉良を無力化するため、今にも戦いを仕掛ける気の天子とパチュリーを見て慧音は、自分もなし崩し的に吉良を囲む。
彼女も納得出来ない部分はあったが、この吉良吉影という男が間違えようのない殺人鬼なのはどうやら事実らしい。
故に、迎撃の用意はしなくてはならない。
チームの命を守るというのは、自ら誓った言葉なのだから。




「ク……ソカス、どもめェェ……ッ! だがひとつ忘れているぞ……!
 私はお前たちを既に『爆弾』にしているということをッ! そこから一歩でも近づいてみろッ!
 その瞬間、私は躊躇無く『スイッチ』を押すッ! 木っ端微塵にしてやろうッ!」


吉良はもはや冷静な仮面など脱ぎ捨て、スタンド『キラークイーン』を出現させる。
既に全員に自分の正体を話していたなど、まさか仗助や康一がここまで軽率な奴だったとは予想外だった。
人質まで取っているのによくも軽々と話せたものだと、吉良は驚きを通り越して疑問を覚えた。

何故そんなことが出来た……?
それにコイツらは自分が爆弾になっていると知っていて向かってくるというのか……?
この私がチョイと指に力を込めれば、自分が吹き飛ぶかもしれないという可能性を覚悟してまで……?

吉良のそんな疑問は、次なる天子の言葉によって潰された。

「ハン! クソカスなのはアンタの腐れ脳みその方じゃないの?
 アンタの能力『キラークイーン』の爆弾化は『一度に一つ』まで。知ってるのよ!
 だから“康一を爆弾にし、爆破した”今! アンタに残ってる『人質』なんていう札は既に無いのよッ!!」

「………ち、違うと言っているだろうッ! 私が爆弾にしたのは康一じゃあないッ!! お前たちの誰かひとりだッ!!」

「ギャーギャーうるさいわね。もういいわ、そーいうのは地獄の閻魔にでも泣きついていなさい。
 罪深き悪人にかける情けナシ! 死んで地獄へ逝きなさいッ!」


死人に口は無ければ、罪人にも反論する権利など無いとでも言うように。
怒涛の勢いで天子は捲くし立て、眼前の『悪』を裁くことのみを正義の行動とした。
今やパチュリーもぬえも、慧音ですらも吉良を庇おうとは思っていなかった。
彼を説得し味方につけるという思惑も、この場で康一が殺された以上破綻せざるを得ない。
吉良が過去犯してきた許されざる『殺人』という罪は、どこまでも彼を孤立させた。

吉良吉影という男は、紛れもないこの世の『悪』だった。

それを今更疑う者など誰一人として居ない。
これで戦いの構図は、完全に決定した。
悪を裁く側の天子やパチュリー、ぬえや慧音。ついでに夢美。
一方、吉良は独りだ。

キラークイーンは一撃必殺の威力を持つスタンドだが、多勢には向いていない。
多方向から同時に畳み掛けられれば最初の一人は始末できても、残りの相手を全て迎撃出来るかは怪しい。


ここに来て吉良は、絶体絶命。完全に不利な状態となった。


どうしてこんなことになった。
今、何が起こっているのだ。
何が間違っていたのか。
自分の犯したミスは何だ。
万事休す、なのか。

―――かくなる上は、戦う道しかないのか。

吉良の瞳が一層おぞましく変化した。
男が見せた瞳は、まさしく長年人を殺し続けてきたそれ。
それを受けた天子も怯まず、より激しく燃え滾って睨み返す。


一触即発。


極めて緊迫した空気に散る火花が、今にも戦いの導火線に点火せしめんとしたその時。




「――――――………クレイジー・ダイヤモンド」


[-00:05:36] [-00:11:10]

『河城にとり』
【午前7時6分】


(――――――やめよっか、パチュリー殺すの……)


それが私の最終的に下した、か弱き決断だった。
何度も何度もスイッチは押そうとした。
でも、無理だった。
それはチームの要を殺すことに対する罪悪だとか、
その後の処理に状況改善は見られるのだろうかとか、
そんな回りくどい言い訳はナシに、ハッキリスッパリ言うのなら―――


―――要は、私はただ臆病なだけだった。


スイッチにかけた指がどうしても震えてしまう。
邪魔者を殺そうという確かな殺意を燃やした瞬間、汗は止まらず足が竦んでしまった。
私の甘い心が決断を鈍らせ、無駄な時間がズルズルと現実逃避の妄想に甘んずってしまう。
保身が第一とはいえ、こんな私でも何となく感じていることはある。


人の命を、そんなに軽々しく扱ってはいけない。


殆どの者は子供の頃からそんな認識を育み、それはこの世の常識として心に植えつけていくのだろう。
私だって例外じゃあない。良心ぐらい、持ってる。
異変に対してこうも能動的に動こうとするパチュリーの生命を、私如き臆病者が刈り取るだなんて不条理極まる。

いや、これも言い訳か。

うん。もう一度ハッキリ言おう。
私には、無理だ。
誰かを殺して、素知らぬ顔でのうのうと生き続けるなんて。
きっとその内、心が圧し潰される。壊れてしまう。
所詮は低俗妖怪の河童。細々と生きて、何もトラブルの無い人生を平和に送りたい。
都合の良い、まこと自分勝手な理想と偽善だとは理解してる。
でも、でも……


それが私の……ささやかな、願いなんだ。




「―――じゃ、皆準備できたわね? 朝食も取ったし、もうここには戻って来ないと思うわよ」


パチュリーが手を叩いて出発を合図した。
これからしばらくは4人で異変解決の第一歩に乗り出していくんだろう。
私も、パチュリーと一緒に……。


しかし最大の懸念は、残ってるんだ。
何としてもあの『爆弾』は回収しないとマズイ。あれだけはマズイ。
アレを見られてはいくら何でもオシマイだ。早く行動に乗り出さないと……!




「―――吉良のヤローは、お前に任せるぜ。……康一」

「―――うん。僕が必ず、皆を守るよ。仗助くんも、天子さんをフォローしてやって。……あの人、結構危なっかしそうだし」


仗助と康一の、そんな会話がチラッと耳に入った。
2人の会話はそれだけで、後は腕を交わし合って終わり。
たったそれだけで2人の仲の良さというか、意思が通じ合っているのかなぁと私は感じる。
なんか、良いな。羨ましいよ。
私にはそんな相手、居ないし……。

康一は、私を守ると言ってくれた。
あんなチビのクセして、偉そうにそう誓ってくれた。
私はアンタを利用したいとしか考えてないってのにさ。

……どこまで私は惨めなんだろう。
人を頼って、利用して、最後には捨てることすらも厭わない。
今もこうして、自分のことだけしか考えていない。


ねえ、康一。
アンタ、私を守ってよ。
こんなに苦しんでる私の心に、気付いて欲しいよ。
だって言ったじゃん。アンタ、言ってくれたじゃん。
私を絶対に守ってくれるって、そう言ったじゃんか……。

どこまでも…どこまでも惨めで、愚かで、勝手なエゴだ。
それを自分で理解してはいても、私は誰かに縋らずにはいられなかった。
私はこのまま、ずっと独りなのかな。



(―――いっそ、)



そうだ。
いっそ、『信頼』してみようか。
仗助と康一程の関係とまではいかずとも。
私も誰かを――例えば『康一』とかを、信じてみようか。
康一と信頼関係を築けば、私の悩みを聞いたりとかしてくれるんじゃないのか?



そこに打算はあるかもしれないけど。
これ以上、独りで悩むのはもう―――キツイよ……。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


[-00:02:49] [-00:08:23]


東に向けて出発した私たち4人。
魔法の箒に乗ってゆっくり進むパチュリーを筆頭に、
少し離れた場所を吉良が歩き、そして康一、私が疎らに団を形成していた。


「あの……………康一」


前を歩く康一に向けて、おずおずと話しかける。
というよりも、“口に出してしまった”と言った方が正しいのかもしれない。
それは心の限界が来たのか。
自然と、康一に話しかけていた。
無意識にこいつを頼りにしていた、のかもしれない。

「…? なんだい? にとりちゃん」

「ぁ………あ、いや……少し、話があるんだけど、さ……」

深刻そうな面構えで康一を呼び止め、前を歩く2人から少し離れる。
こんな話、とても聞かれたくないからだ。最悪、私の命にすら関わる。
私は深呼吸を二回して、もう一度心の中で会話のシュミレーションを行う。

………大丈夫だ。康一なら、きっと大丈夫。
人間にも『良い』人間と『悪い』人間の2種類が居る。
コイツは、『良い』人間だ。だから、話してもいい。

私は康一を『信頼』、してみよう。

「あ、あのさ! ……実は康一に、ていうか皆に隠していることがあるんだ」

「隠していること?」

「う、うん……絶対誰にも言わないで欲しいんだけど……その、な?」

ヤバイ。心臓がめっちゃバクバクしてる。
これから私が告白する内容を考えたら当たり前か。落ち着け、私……!
ここは教会の懺悔室だ。そして私は神父に『あやまち』を告白する信者だと思え。
神父は告白された罪を口外するようなことは絶対にしない。
康一は神父だ。康一を、信用するんだ……!




「落ち着いて聞いて欲しい。今、パチュリーさんの荷物には……………

 ――――――『爆弾』が入っている」




「………………え? ば、ばくだ―――ッ」

(シィーーーーーーー!!! ばっ……デカイ声を出すなって!)


慌てて康一の口を塞いだ。
こんな会話を人に聞かれたら私の人生ジ・エンドだ。
私は人指し指を自分の唇にあてがい、それを確認した康一がモゴモゴと頷くのを見てそっと手を離す。

(―――プハァーーー……! ば、ばばばば爆弾だって!? 何でそんな物がパチュリーさんの荷物に!?)

(入れたのは…………………………私だ。私が、パチュリーさんのバッグに入れた)

(え!? な、なんでにとりちゃんがそんな物を……!)

康一の反応は当然で然るべきものだ。
勿論、私もその反応を予想していたわけだが……

どう、する。ここで正直な話をするのか?
『パチュリーに怪しまれてたんで爆弾を使って殺そうとしてました』と?
とても、言えない。そこまで言ってしまえばいくら康一とて、私を突き放すだろう。

いや、でも……康一なら?
コイツは私を守ってくれると言ってくれたんだ。
もしかしたら……もしかしたら康一なら、それでも私を責めないのかもしれない。
現に私はこうして康一に全てを明かそうとしている。
それは私が既に『殺意を抱いていない』証拠だ。
ギリギリの所で踏みとどまった……、それを康一は理解してくれるだろうか。
本当に、私はパチュリーを殺すことをやめたんだ。
それを康一は分かってくれる。『信頼』とはそういうことだ。


―――でも……でも…………!


(私はこの爆弾で……………………『吉良』を倒そうとした、から)

(………ッ! 吉良を!?)


私はまた『嘘』を吐いてしまった。
パチュリーを殺すためではなく、吉良を殺すために爆弾を用意したという、『嘘』を。

言えなかった。やっぱり本当の事を言えなかった。
チームの中核であるパチュリーを殺すということは、誰にとっても『悪』と呼べる行為なのだろう。
だが吉良を倒すためと言えば。
殺人鬼であり、仲間を人質にとっているという卑劣な『悪』を倒すためだと言えば。
康一も喜ぶまではなくとも、まだ納得してくれると思ったから。
そして、私を責めないでくれると思ったから。

それは裏を返せば、もし事実を言えば康一は私を否定するかもしれないと思ったということだ。
私がパチュリーを殺そうと企んだことが分かれば、康一は私を責めるのかもしれないと思ったということだ。


つまるところ、私は結局康一を『信頼』出来なかったということになる。
康一にすら否定され、完全に孤立してしまうのが怖くて怖くて仕方なかった。


チクリ、と。
心に針が刺さった感覚を覚えた。



(で、でも吉良を倒すのに何でパチュリーさんの荷物に爆弾を入れたの!?)

(ま、間違えちゃったんだよ! さっきホテルで私以外のみんなでトイレに行ったろ!?
 その時に爆弾を仕込んだんだけど……吉良の荷物と間違えてパチュリーさんの荷物に……)


これも、嘘だ。
正直少し怪しい嘘だけど、でもこう言うしかないだろ。
大体、吉良は用心深いのか、常にディパックを持ち歩いている。
そんな簡単に吉良の荷物に爆弾を仕込めりゃ最初からそうするだろうに。
だがその嘘は何とか功を奏したようで、康一はまるで疑いもせずに信じきっていた。

(もしかして……にとりちゃんがさっき河童のアジトで作ってた物って……)

(う、うん……。吉良を倒すための爆弾だよ)

(あ、危ないよ! あの吉良に罠を仕掛けようとするなんて、一歩間違ったら殺されてたよ!?
 いや、現に今もパチュリーさんが爆弾を抱えてるだって!? どうしてもっと早く言ってくれなかったの!)

(だ、だって私……その、実はパチュリーさんにあまり快く思われていないみたいで……
 もし彼女に本当の事を言ったら、きっと……下手すれば仲間から追い出されてたかもしれないと思って……)

(………)

(だから、康一に打ち明けたんだ。私を守ると言ってくれた康一なら、そんな私を否定しないでくれると思って。
 頼む康一! お前の遠隔スタンドでパチュリーのディパックからこっそり爆弾を抜き取ってきてくれないか!?)

嘘と真実を上手く織り交ぜ、私は精一杯康一に頭を下げた。
康一を半分騙していることになるけど……それでも私の想いに嘘は無い。
もうパチュリーを殺そうだなんて考えてないし、康一からも拒絶されたくない。


独りで悩んで怯えるなんて……もう嫌だ!


(……分かった。分かったよ、にとりちゃん。
 ひとりで勝手に吉良を攻撃しようとしてたことには少し怒っているけど……
 君がボクを信頼して話してくれたことについては、とても嬉しい)

「―――え……! と、ということは……!」

「うん。ボクはにとりちゃんの想いを尊重したいと思う。
 その代わり約束して。もう絶対にひとりで悩まないって。これからはボクを頼ってよ!
 約束しただろ? 『君を守る』って」


私は久しぶりに破顔した。
心の根っこに貯まっていたモヤモヤが綺麗に消えてなくなった感覚だ。
嬉しい。心から嬉しかった。


私は、独りじゃないんだ……!


「あ…ありがとう! ありがとう康一! それじゃあ早速爆弾を……!」

「それなら、もう『ある』よ。ここに」



そう言って康一は自分のスタンド(エコーズだっけ?)をパチュリーの傍から呼び戻した。
その手には……いつの間にか我が傑作発明品である高性能小型爆弾が抱えられていた。

「うおッ! て、手際が良いな……!」

「まあ、パチュリーさんが爆弾抱えてるなんて知ったらモタモタ出来ないからね」

「恩に着るよ康一! さっ! そいつはこっそり処理するから渡してくれ!」

本当に安心した。
パチュリーの私に対する疑念が消えたわけではないけど、ひとつの懸念は無くなったんだ。
人に信頼されるということの、何と気持ちの良いことか。
心が一気に晴れ渡った気分だ。今まで悩んでいたのが馬鹿馬鹿しく思う。
やっぱり、殺し合いなんて良くないよな!
パチュリーたちと力を合わせれば、この異変も何とかなるような気もしてきたぞ。
うんうん、そうだ。
やめよう。もう誰かを陥れようだなんて、やめよう。
随分調子良いのかもしれないけど、結局それが一番なんだ。
今の私なら例えパチュリーに疑われてたって、きっと大丈夫。
だって私には康一がいる! 康一がついてくれているから!


だから――――――




「―――でもにとりちゃん。このことをパチュリーさんに話しておかないのはよくないと思う」






―――――――――――――ん?






「君がひとり、爆弾で吉良を倒そうとしていたこと。
 事故とはいえ、うっかりパチュリーさんを危険に晒したこと。
 その非を、彼女に説明もナシに無かったコトにしようとするのはチームの亀裂を生む原因になると思うんだ」






―――――――――――――え。






「だから、ボクはパチュリーさんにきっちり謝っておくことが大切だと考えるよ。
 彼女も怒るかもしれないけど、ボクからも一緒に謝るから。
 誠意を持って謝ればきっとパチュリーさんだって許してくれるさ。
 そしてその後、皆で吉良を倒す策を一緒に考えよう。ね?」





――――――おい。


――――――まて。まてまて。


――――――ね?じゃないでしょ。ちょっと。



「パチュリーさんにはボクから話を通してくる。にとりちゃんはここで待ってて!」



――――――いやいやいやいや! ちょ……っ!



そう言って康一はパチュリーの元へ駆け寄って行く。
全てが丸く収まるものだと疑わないような表情で。
私が話したことが全て『事実』だと疑わないような表情で。


康一は知らない。
私がパチュリーを一度は『殺そう』としたことを。

康一は知らない。
パチュリーに私の内心を疑われ、彼女に怪しまれていることを。

康一は知らない。
その爆弾を彼女に見せた途端、私のパチュリーに対する『殺意』が決定的なものだと判断されてしまうことを。


『この爆弾は吉良を倒すために用意しました』
そんな嘘、康一には通じてもパチュリーには通じない。
あの女には嘘を見抜く力があるのだから。
しかし事実として、私は既にパチュリーを殺す気は失せている。
それをいくら説いた所で、またパチュリーに嘘を見抜ける力があった所で。
目の前にあんな爆弾を見せられてはアイツが納得してくれる筈もない。
あの爆弾はパチュリーを殺すために作られたという確かな事実は、変えられないのだから。



「待っ――――――!」



呼んで、どうするんだ?
康一になんて説明すればいい?
今の話は嘘だったんです、と。
そう言うつもりか?
どうする……!? 康一になんて説明する……!?


『パチュリーには言わないでくれ』
(どうして?)

『さっきの話には嘘がある』
(嘘とは何のことだい?)

『爆弾で殺そうとしたのは吉良ではない』
(じゃあ誰を殺そうとしたんだい?)


だ、駄目だッ!!
どう止めようとしたって『質問』が返ってくるに違いない!
そうなってしまえば、私の立場は最初に逆戻りだ!
私の吐いた『嘘』で、まさかこんなこと……ッ!
ど、どうすりゃいいんだ!?
とにかく止めないと……ッ!
爆弾がパチュリーに見られてしまう前に……
康一を止めなきゃッ!


止め――――――




コロン、と。

ポケットの中の『リモコンスイッチ』が、転がった。






それに気付いた私は、震える手でスイッチを取り出した。


―――爆弾は今、康一の腕の中に収まっている。


無機質に光るそのスイッチを、私は焦点の合わぬ眼で見つめる。


―――爆弾という『証拠』さえ消してしまえば。


自分が今、『考えていること』の恐怖のあまり、思わずスイッチが手から弾かれたように零れた。


―――広瀬康一という『証言者』さえ消してしまえば。


コロコロと転がり草むらに隠れたスイッチを、慌てて探す。


―――康一を爆弾で消した『としても』、吉良の能力にやられたとか何とか口を合わせていけば。


スイッチはすぐに見つかり、私はそれをギュッと腕の中に抱きしめる。


―――爆弾の事を知っているのは康一だけ。私がやったなんて、分かりはしない。




―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン

―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン

―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン

―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン ―――ドクン














































[±00:00:00] [-00:05:34]













ド グ ォ オ オ ン ――― !













▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


[+00:00:09] [-00:05:25]





想定していた以上に重く響いた爆音が、耳を劈いた。
瞬間、全身を突き刺す熱風と砂煙が通り抜け、私の意識は『その』光景に釘付けになった。



―――目の前で、康一が吹き飛んで、倒れた。



体の前面部が焼け焦がれ、ズタズタに切り刻まれた康一“だったモノ”が倒れている。
何で……? どう、して……?
ば、爆弾……? 爆弾が、ばく…はつ、しちゃったの……?



―――『お前が、スイッチを押したんだ』



頭の中で、声が響く。
不快でおぞましい、でも私によく似た声が。



―――『康一を殺したのは、お前だ』



違う。



―――『お前が、やったんだろう?』



私じゃ、ない……っ!



―――『お前だ』



違うッ!! 私はスイッチを押してなんか、いないッ!!!

違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う

私じゃないッ!!!!



震える手の中に収まったスイッチが、不気味に光る。
まるで私を嘲笑うかのように。
お前が殺したのだと糾弾するように。




全身の力が一気に抜け、腰を抜かしてへたり込む。
魂が抜けたみたいだった。

目の前で、康一が死んだ。
殺したのは―――ワタシ……?
違う。私は押してなんか、いない。
押してしまいたい、と迷いはしたけど。
否定したくても、握ったスイッチが現実を否応に見せ付けてくる。
不安と恐怖と疑念とが、心に澱むようにどんどんと堆積していく。



「クレイジー・ダイヤモンドォォオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!」



いつの間にか、仗助が駆け寄ってきていた。
その顔には見たことのないような焦りが張り付いている。
康一“だったモノ”をそのスタンドで懸命に治療している。
でも、いくらコイツの能力でも……既に『死んだ者』を復活することなんて出来るのか?


無理、だろう。
康一は、死んでしまっている。




「おい! 今の音は何だッ!? 何があった……―――ッ!!」

「なによ……これ…………っ」

「嘘………」


慧音も夢美もぬえも、信じられないといった顔でこの惨劇を目にした。
もう、何も考えられなくなってきた。
なんでこんなことに……?
私の、せいなのか……?


「吉良吉影ッ!!! アンタが……アンタが康一を爆弾で殺したのねッ!!!」


ぬえが怒りの形相で、そんなことを言い放った。
吉良ではない。康一を殺したのは私の爆弾だ。
それを知っているのは私だけだけど、今ここでそんな真実を話せるわけがない。
皆、吉良が殺したものだと決め付けているだろう。
まさか私がやったものだとは思ってもいないだろう。


―――いや、違う……ッ! 私じゃない……ッ!


どれだけ自分の中でそれを否定しようとも、確たる証拠が私の手の中に握られている。


(………!! や、やばいっ! 『コレ』が見つかったら、私が疑われちゃう……ッ!)


その時、私は『殺人の証拠』を握ったままだと今更気付いた。
これが見付かったら終わりだ。
私は焦燥しながらも、周りに気付かれぬようスイッチをポケットの中にそっと隠した。
これではまるで『私が殺しました』と言っているようなものじゃないか。
殺人の証拠隠滅に奔走する犯罪者そのものだ。




「ハン! クソカスなのはアンタの腐れ脳みその方じゃないの?
 アンタの能力『キラークイーン』の爆弾化は『一度に一つ』まで。知ってるのよ!
 だから“康一を爆弾にし、爆破した”今! アンタに残ってる『人質』なんていう札は既に無いのよッ!!」

「………ち、違うと言っているだろうッ! 私が爆弾にしたのは康一じゃあないッ!! お前たちの誰かだッ!!」


呆然とする脳に周りの会話が入り込んでくる。
もう何も分からない。
康一を殺したのは…………私なのか?

吉良の必死の弁明が、今の私とダブって見えた。
もし康一を殺したのが私“なのだとしたら”、吉良は冤罪ということになる。
あの男は冤罪の罪で、これから叩き伏せられることになるのだろう。
それ自体は、私に罪の意識はない。
吉良が倒されるのなら、それは誰にとっても万々歳な結果なんだ。

そして私は思ってしまった。


『康一が死んだことで吉良が倒されるのなら、もしかしたら康一は死んで良かったのかもしれない』、と。


吐き気がした。


そして直後に、私はまた気付いてしまった。


(―――いや、待て……!? 皆は吉良が人質を殺したと『思い込んでいる』……!!)


だからこそ天子たちはこうも大胆に吉良を攻撃しようと追い込みをかけ、当の吉良はこうして窮地に陥っている。


―――でも、『吉良の人質爆弾はまだ生きている』……ッ!!


「ギャーギャーうるさいわね。もういいわ、そーいうのは地獄の閻魔にでも泣きついていなさい。
 罪深き悪人にかける情けナシ! 死んで地獄へ逝きなさいッ!」


天子が今にも吉良に攻撃を仕掛けようと踏み込んだ。
吉良が『人質』を爆破しようと、スイッチに指を掛けている。




(ま……マズイッ!! 私が爆弾にされている可能性は確かに薄い!
 吉良が最初に人質を取ろうと動いた時、私は仗助にブッ飛ばされていたからだッ!
 互いの位置関係から考えて、吉良のスタンドが私に触れたことは考えにくいだろうッ!
 でも、そんなの分からないッ! 仗助がプッツンした瞬間に吉良が人質に触れたなんて、そんなの奴の『嘘』かもしれないッ!
 本当のところは結局吉良にしか分からないんだからッ! 私が爆弾にされている可能性だってゼロじゃないッ!!)


天子が、吉良に駆けた。


「ばっ……馬鹿! やめ―――!」


私は思わず声を出した。
その制止は、間に合わない。
吉良の指が、スイッチに掛かる―――!




「――――――………クレイジー・ダイヤモンド」




冷ややかな男の声が空気をそっと裂いた。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


[+00:03:04] [-00:02:30]


「康一は死んだ……」


仗助はそれだけを言ってクレイジー・ダイヤモンドを背後に出し、ゆっくりと顔を上げた。
その静かな、そしてどこか怒っているような声がこの戦慄した空気に割り込んできた。
天子も吉良も攻撃の手を止め、周囲の皆が一斉に仗助の方を振り向く。
気付けば康一の身体は既に綺麗に治され、傷一つない健常者そのものまでに治療が進んでいた。
仗助の腕から優しく地面に寝かされた康一は、とても死んでいるようには見えない。
眠っているみたいに、その瞳を閉じて動かない。
二度と覚めることのない、深い、深い眠りの中で、夢を見ているかのように。

私は一瞬、本当に『康一はただ眠っているだけでは?』と思った。思いたかった。
でも、仗助は言ったんだ。何かを悟った表情を刻んで、確かに言った。
『康一は死んだ』と、滲んだ目頭で。

その言葉は同時に、私の奥底に燻る希望も絶望へと変貌させた。

「仗助君……」

慧音も、心を抉られるように沈痛な声で仗助を心配している。
私は声が出なかった。
こんな顔をした仗助に、なんと声を掛ければ良いのかがわからない。
もしかしたら恨みを晴らそうと、吉良に飛び掛っていくのだろうか。
友の命を侮辱した吉良を倒すため、その拳を振るうのか。


しかし、私が予想した仗助の次なる言葉は、思わぬ内容で始まった。


「康一を殺しやがった奴は――――――吉良じゃねえ」



―――ドクンッ



鼓動が、聴こえた気がした。




「吉良のスタンド『キラークイーン』の爆弾は……対象を木っ端微塵に破壊する。
 爆破された奴は、骨も魂すらも残りゃしねえ。……だが、この康一の身体は違う。
 まだ随分と肉体が残っていた。“まるで本物の爆撃を受けた”みてェーに、だ」


何を、言うつもり……だ。


「そもそも俺も康一も爆弾にされてなんかいなかった。
 もしされてりゃ吉良のヤローは最初っから俺達を爆破してただろうからな」


待、て……。お願いだから、待って……!


「康一の傍に小せえが、なんかの『破片』が落ちてた。これを今から―――」


仗助のクレイジー・ダイヤモンドがその破片を掴み、そして―――


「―――『直す』」


やめ―――!
お願い! やめてくれッ!!



私の悲痛な心の叫びは、誰に届くこともなく。

最悪の結果が、目の前に落ちてきた。



「仗助……! それは……!?」


パチュリーがそれを見て驚愕する。
クレイジー・ダイヤモンドの掌に乗せられたそれは―――





「ああ。―――小型の、『爆弾』でしょうね」



止める間も無く、それはほんの一瞬で完成……いや、『復元』した。
破壊された筈の爆弾はあっという間に見えない破片を寄せ集め、凡そ原型に近いモノがそこにあった。
所々の破片は消滅していたり、おそらく中の爆薬までは復元してはいないのだろうけども。


「爆弾……!? 何でそんな物を康一君が……っ!?」

「それは……分かりません、慧音先生。でも、さっきから少し『気になる』ことがあるんスよ」


そんなことを言って、仗助は見た。

―――私の方に、ゆっくりと首を回して。

正確には、私の『手』を。


「……にとりちゃん。その『手』についてなんスけど、どうしてそんなに油で『汚れて』るんです?
 まるで――『何か』を作った痕みたいっスよね。例えば―――」

「 違 う ッ ッ ! ! ! 」


乱暴に、私は否定の声を荒げた。
強く拳を握り締め、座り込んでいた態勢から思い切り立ち上がった。


「……俺はその汚れについて聞いただけっスよ。どうしたんすか、いきなり大声出して」

直後にハッとした。
しまった、と。私はつい汚れた手を背中に隠す。
まさか吉良からの関心を遠ざけるためにわざと汚したこの手のせいで、疑われるなんて。

「この汚れは……! ど、『泥』だよ! さっき転んじゃって、そのせいで……!」

「泥……? 今は御覧の通り晴れてるっスよ。どこに泥が溜まってるんスか? 『それ』……工具の油汚れっスよね」

仗助は完全に私を疑っている。
そりゃあ、そうだ。それは紛うことなき『真実』なんだから。
もう、言い訳が出来ない。頭の中がグチャグチャで、目眩がしてきた。


―――それでも、それでも……ッ!!




「違うッ!! 私はスイッチなんか『押していない』ッ!!
 康一を殺したのは私じゃないッ!!! 信じてくれ……っ」


確かに、私の中の悪魔はあの時、囁いた。
『康一を殺してしまえ』『口を封じてしまえ』と、そう囁いた。
それでも、違う……っ! 私は、絶対に殺してなんか……ぃ、んだよォ……っ!

周囲の私を見る目が、一気に冷ややかなモノへと変わった気がした。
誰も彼もが私を人殺しの目で見ているような、そんな目で。
『お前がやったのか』『どうして康一を殺したんだ』って、言っているような目で。

それとも康一を殺したのはやっぱり―――私、なの?

あの時、私の中の悪魔が無意識にスイッチを押しちゃったの?

そうであるなら―――なんだ、やっぱり人殺しは私じゃないか。

私は他人から……自分からすらも信じられずに、独りで虚しく踊り続けているだけなのか。




……違う。

…………違うよ。

私が、私は―――


「殺してなんかないッ!! なあパチュリーもなんか言ってやってくれよッ!!
 お前、嘘がわかるんだろッ!? 私が誰も殺してないってこと、わかってるんだろおおッ!!」

「………………っっ」


私の悲痛な叫びに、パチュリーは狼狽しているだけで何も答えてくれない。
当然、なのかもしれない。
私が康一を殺したのか、それとも殺していないのか。
実のところ私自身、わからなくなってきた。
そもそも爆弾を爆破できたのはスイッチを持つ私しかいないんだから。
本当に私がスイッチを押したのかもしれない。そんな疑惑が心の隅から生まれてきているのだ。
そうでなくともパチュリーは元々私のことを疑っていた。
信用して貰えないのは、当たり前だ。

どうしてこんなことになってしまったんだ……?
もう、何が本当で……何が嘘なのか……
わかんないよ……っ!

それでも、私はやっていないんだと。
真っ白に染まった頭の中で、私は全てを吐き出してやりたくなった。


「け、慧音……っ! アンタ、先生なんだろっ!? 子供たちに道徳を説く、立派な人なんだろうっ!?
 だったら信じろよッ! 私がこんなに言ってるんだッ! 信じてくれたっていいじゃないかッ!! ねえったら!!
 夢美もッ! さっきからなに黙ってンだよッ!? アンタも私を疑ってるのかッ! どうなのさ!?
 オイ天子! お前も何か言ってやれよッ! お前さっきまで吉良を疑ってたろッ! もう心変わりか!? なあッ!!
 吉良ッ!! この……人殺しめッ!! 元はといえばお前のせいじゃないかッ!! 全部お前が悪いんだッ!!
 何とかしろよッ!! 皆して私を疑ってるのかよッ!! なあッ!? なんだよその目はッ!!
 康一は私を信じてくれたぞッ!! 康一だけだッ!! アイツだけが私に最後まで優しかったッ!!
 私じゃないッ!! 私はやってないッ!!! 頼むよッ!! なあ みんなぁ――――!」




「――――――わたしを、信じてくれよぉ…………――――――」






その言葉を最期に私の白い意識は、黒に染まって途絶えた。

二度と浮かび上がることのない、暗闇の底に沈んだまま――――――。






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最終更新:2015年11月18日 03:11