進むべき道

猫の隠れ里を囲む林の中。私は平らな岩の上に膝を折って座った。
デイパックから地図を取り出して、放送で言っていた禁止エリアにDIOの館があることを確認する。

名前から判断して、本来は名簿のDIO(ディオ・ブランドー)の住処なのだろう。
DIOはヴァニラ・アイスと何らかの関係を持つ、暫定危険人物だ。
拠点になり得る場所がなくなるのはありがたい。

しかし先程知り合いの死を告げられたばかりだというのに、よくもまあ冷静に思考しているものだ。
我がごとながら少し嫌になる。
親しい者の死が始めてというわけではないし、取り乱せとは言わないが、もう少し何かあってもいいのではないだろうか。

「文、大丈夫か?」

私の感情の変化を目ざとく捉えたのか、横に座るジョニィさんが心配そうに、声をかけてきた。
前にいる露伴も、名簿に印をつけながらこちらを見ている。
だが二人が気にしているのは、私が知り合いの死にショックを受けているのではないか……ということだろう。
速く蓮子を助けに行くべき状況で、『何が起こるからわからないから、青娥と戦う前に情報を整理しておきたい』なんて提案を飲んでくれたのも、そこら辺への配慮かもしれない。

その気遣いが余計に私の気分を暗くさせる。
私がそんな提案をした本当の理由は、青娥に蓮子を連れて行ってもらうための時間稼ぎだ。
二人には悪いが私は一度あっただけの人間――それも何の力も持たない人間のために命を賭ける気にはなれない。
その臆病さが本当に嫌になるが表には出さず、いかにも『辛いのを耐えている』という笑顔で「大丈夫です」と答えた。

気を取り直して参加者名簿を取り出し、死亡者に印をつけていく。
幻想郷でも最強クラスの力を持つ鬼の二人が、早くも脱落している。
昨日飲みに行ったときに萃香に金を貸していたが、もう帰して貰うことはできそうにない。

紅魔館からは紅美鈴と十六夜咲夜が死亡している。
紅美鈴は元からそれほど強力な妖怪ではない。十六夜咲夜も時間停止は最長九秒までという制限を考えれば妥当なところか。
極限状況において親しい存在をなくし、冷静さを失うなんてよくある話だ。パチュリーとレミリアには警戒しておこう。
同じ理屈でナズーリン、二ッ岩マミゾウ、幽谷響子を失った、命蓮寺の者もだ。


魂魄妖夢の主の西行寺幽々子はどうだろうか。
案外ケロッとしてそうな気もするが、元々簡単に信用できる人物ではない。
アリス・マーガトロイドは特別強い力を持っているわけでもなければ、影響を与えるほど親しい者がいるわけでもない。特筆することはないだろう。
残りの九人は全員知らない名前。強いて気になるのをあげれば、ジャイロ・ツェペリと姓を同じくするウィル・A・ツェペリとシーザー・アントニオ・ツェペリくらいか。

改めて見ると同じ姓の者がずいぶんと多い。私が知っている八雲と古明地を抜いても、ジョースター三人、ツェペリ三人、空条二人、ブランド―二人で四組十人だ。
参加者のほぼ半分は幻想郷の者だ。残りの半分にもきっと何らかの繋がりがある。それを解く鍵がこの同じ名字を持つ者たちにあるかもしれない。
私はその考えを二人に話した。

「僕はジョースター家に縁のあるものじゃあないかと考えている」

露伴が言った。

「ジョースター家っていうのはつまり僕の一族のことか?」

ジョニィさんが聞き返す
すでに参加者が違う時代から集められたことはわかっている。
ジョナサンとジョセフがジョニィさんの先祖か子孫という話も一度は出ていた。

「ああ。さっき話したときは性格や能力のことしか言わなかったが、実は承太郎や仗助もジョースター家の人間なんだ。苗字は変わっちゃいるがな。
つまりジョースターの者は三人じゃあなくて五人、承太郎と同じ名字の徐倫も入れば六人だ。
偶然にしちゃあ多すぎるが、そいつらを中心に集めたというなら納得がいく」
「確かにヴァニラはジョースターに憎しみを抱いていた。名簿の位置からして、たぶん承太郎か仗助の関係者なんだろう」

名簿には何らかの縁があるものが、並べて書かれているという話もすでにしている。
私達が知っているジョースターで、ヴァニラの近くに書かれているのは確かにその二人だ。

「だがそれなら蓮子はどうなんだ? 
彼女はジョースターの名前を知らなかったし、幻想郷の人間でもないぞ」
「東方や空条は知っているかもしれないぞ。あるいは先祖の姓を知らないだけで、彼女自身がジョースターって可能性もある」
「そうかもしれないが……なんかしっくりこないな」

それは私も同意見だった。宇佐見蓮子の書かれている位置からして、空条や東方の知り合いとは思えない。
かといって肝の据わった男ばかりのジョースター家と、無力な少女の宇佐見蓮子ではどうにも繋がらない。


「……参加者が違う時代から集められているんなら、蓮子さんは後にジョースターか幻想郷に関わる人ということはないでしょうか」
「ジョースターはともかく、外に世界の人間が幻想郷に関わることなんてあるのか?」

露伴が聞いてきた。気のせいか、その目が怪しく輝いている気がする。

「幻想郷には外来人と呼ばれる外の世界から、迷いこんできた人間がいます。
蓮子さんとその友人のメリーさんはそれなのかもしれません」
「なるほど。じゃあ位置的に幻想郷の者でありながら唯一文が何も知らなかった岡崎夢美も、文より後の時代に幻想郷に来た者なのかもな」

ジョニィの言葉に「私も幻想郷の住人を全て知っているわけじゃないですけどね」と返した。

「話は逸れたが取り敢えず蓮子のことも説明できた。僕の説に反論はないな?」
「そうですね。ジョースターに縁のある者が集められているなら、空条はもちろん、ツェペリとブランドーが多いのもジョニィさんの代の縁が続いているから、で説明できますし」
「いや。それは違う。ディエゴは僕のいた時間では死んでいるし、家族もいない。ブランド―の血は途絶えたはずなんだ。それにこれを見てくれ」

ジョニィさんがそう言って名簿を置いた。

「ジョセフ、承太郎、仗助は生まれた年順に上から並んでいる。
もしツェペリ家との縁が僕の代からなら、ジョナサンとジョセフより僕が上に来るのが自然じゃあないか?」
「でもジョニィさんがその三人よりも、前に生まれているのは確かですよね。
生まれじゃなくて、単純に『今』の年齢順に並んでいるんじゃないでしょうか?」
「ジョースターの中では僕が一番若いってことか。なくはないかもしれないが……」
「まあ、その辺は他の参加者に会えば追々わかるだろ。
そろそろ行こうぜ。あんまりモタモタしてると蓮子を見失う」

もう少し時間を稼ぎたかったが、ここでゴネて疑いを持たれるわけにもいかない。私はおとなしく頷いた。そのとき、

「文!」

後ろから呼びかける声がした。
振り返るとそこには、氷のような水色の髪と透明な翅を持つ小さな子供。

「チルノさん!」

チルノはまるで逃げてきたかのように、一心不乱に走っていた。
チルノが殺し合いに乗るような奴じゃないことは、二人に話している。
私達は彼女に駆け寄った。

「文! 助けて! こいしが! こいしが!……」

チルノが目に涙を浮かべて、縋りつくように叫んだ。
私は片膝をついて目線を合わせる。彼女の肩に手を掛けて、ゆったりした口調で話す。

「落ち着いてくださいチルノさん。こいしというは古明地こいしのことですよね?
いったいなにがあったんです」
「わ、私たちずっと一緒にいて、でもこいしのおかげで私だけ逃げられて。お願い文。こいしを助けて!」

あまり落ち着いてはいないが言いたいことはわかった。
『こいしと行動を共にしていたが、敵に襲われてしまった。
こいしのおかげで自分だけは逃げられたが、このままではこいしが危ない。お願いだからこいしを助けて!』ということだろう。
チルノとはそれなりに親しい仲だ。できれば助けたいという思いは私にもある。
しかしここで私が「こいしちゃんを助けに行きましょう」と言っても、ジョニィさんと露伴は蓮子を見捨てはしないだろう。
必然的に二手に別れることになる。おそらく私とチルノ、ジョニィさんと露伴という形に。

チルノとこいしは私に比べればずっと弱いが、それでも二人がかりで一人逃がすのやっとだった相手と戦うのは危険が大きい。もしもスタンド使いであった場合、歯がたたない可能性もある。
露伴の洗脳の件もあるからこの場で断るわけにはいかない。
だがチルノを助けてやりたいからというだけで、本当にそんな危険を犯していいのか、私の中で躊躇いが生じる。


「よし。それじゃあ猫の隠れ里には僕一人で行こう。文とジョニィは古明地こいしを助けに行ってくれ」

しかしそんな思いは露伴の言葉であっさりとかき消された。私は思わず振り返る。

「いいんですか。露伴さん」
「いいもなにもないさ。僕はできることなら最初から一人で青娥にリベンジしたかったんだ。蓮子がいるから言わなかっただけでね。
あの女、僕を甘く見やがって……。ギャフンと言わせてやりたいんだよ、僕だけの力で。
他に助けなきゃいけない奴がいるんならちょうどいいさ。君達はそっちに言ってくれ」

自信満々に言った言葉は、紛れもない彼の本心だろう。
だがその中に僅かだが優しさや気遣いのようなものが、あるように感じられた。
岸辺露伴は自分勝手でワガママだが情のある人間だ。
ヘブンズ・ドアーで私を始末せず洗脳したのも、単に利用価値があったからだけではない気がする。だから余計に嫌なのだ。
露伴がもっと自己中心的なだけの人間だったら、隙をついて殺すことに何の躊躇もなかったのに……

「それじゃあ蓮子を助けたら猫の隠れ里で待っていてくれ。僕らも古明地こいしを助けたらすぐに行く」
「ああ。僕は待たされるのは嫌いだから、急いでくれよ」

ジョニィさんはそれだけで露伴との別れを切り上げ、チルノの側にしゃがんだ。

「チルノ、僕はジョニィ。文と一緒に君とこいしを助ける。案内してくれ」

ジョニィにそう言われてチルノが満面の笑みを浮かべる。私はその姿になぜだか強烈な違和感を覚えた。
なんだろうか。助けると言われたのだから、喜ぶのは当然なのに、私にはそれがいつものチルノなら絶対に有り得ないことのように感じた。
だけどそれも一瞬。今は「あたいどう歩いてきたんだっけ」と言いながら地図を取り出そうとあたふたして、ジョニィさんに地図を差し出されている。
その姿は私のよく知るおバカなチルノだ。
さっきのは気のせいだろうと思い、私は露伴に側に寄った。彼のことは好きになれないが、今は素直に感謝を伝えたかった。

「ありがとうございます露伴先生」
「さっきも言っただろ。あくまで自分のためだ。別に礼なんて……」

露伴は興味なさそうにあらぬ方向を見ていたが、突然悪巧みを思いついた子供のような顔をした。

「そうだな。そんなに礼を言いたいなら僕の頼みを聞いてくれ。
この殺し合いの終わったあとに一度幻想郷を取材させて欲しい。
妖怪と人間が一緒に暮らしてるなんて、まさに漫画みたいなはなしだ。是非この目で直接見てみたい」
「しゅ、取材ですか……」
「なんだよ、僕に感謝してるんだろ。だったらこれくらいの頼みは当然聞いてくれるよな?」

さっき目を輝かせたのはこれだったのか。
露伴はまるで頼みを断ったら極悪人だとでも言わんばかりに、こちらを睨んでくる。
ちょっと下手に出たら途端にこれだ。やっぱり露伴はワガママ人間だと改めて認識する。
でも、露伴が幻想郷に来たらきっと騒動を起こすだろう。それは私としても是非見てみたい。

「わかりました。私には露伴先生を幻想郷に連れて行く力はありませんが、それができる方に頼んでみます。
無事これたら私が直々に案内しますので、楽しみにしててください」
「何が案内だよ。君の方も取材がしたいだけだろ。でもそうだな。期待してるよ」

それが実現したならこんな殺し合いに巻きこまれたことにも少しは意味がある。完全に悪いばかりではない。
私は洗脳されていたときを除けばここに来てから始めて、演技ではなく心から笑った。

「文、場所がわかった。D-3の魔法の森だ。急ごう」

そう言ってジョニィとチルノは走りだした。私もすぐにあとをおう。
最後に一度だけ露伴に振り返った。

「露伴さん、死なないでくださいね」

自分の安全を考えるなら露伴には死んでもらった方がいい。でも何故か私はそう言ってしまった。



魔法の森の中は、民家を軽々と凌ぐ木から生い茂る葉で太陽を隠され、ジメジメとしていた。
土は落ち葉に覆われて、歩くたびにガサガサと音がなる。
それは私の知る魔法の森とほとんど同じだったか、瘴気を出す茸を始めとした危険な植物はあらかたなくなっていた。
あくまで参加者同士で殺し合わせたいという主催者の配慮だろうか。悪趣味な話だ。

しかしまだ着かないのだろうか。森に入ってからもうそれなりの時間が立っている。そろそろD-3とD-4の間あたりになるだろう。
烏天狗である私の視力は人間や妖精よりずっといいが、こいし達の姿は一向に見えなかった。

「チルノさん、まだ着かないんですか?」
「まって。確かここら辺のはずなんだけど」

それが本当ならこいし達は(生きているなら)別の場所に移動している可能性が高い。
この広い会場の中で、一度見失った人間を再び見つけ出すの困難だ。私は思わず舌打ちした。

せめて行き先を示すようなものはないかと辺りを見渡すが、手がかりどころか戦いがあった痕跡すら見当たらない。
『ここら辺』というのが、やはりチルノの記憶違いなのだろうか。
そう思い始めたとき、視界の隅に青白いものが映った。
よく見るとそれは氷だった。落ち葉の下に隠れるようにして氷が張られている。私は疑問を感じた。

ここで本当に戦闘があったなら何もおかしくはない。
チルノが張ったものがそのままになっているというだけの話だ。だがそれならもっと多くの氷が残っていてもいいはずだ。
周りにも戦いの余波を受けたような傷は見当たらない。

嫌な予感がする。先程チルノに感じた強烈な違和感が私の中で蘇る。
取り敢えず氷のことを教えようと、私はジョニィさんの方を向いた。

瞬間。

パアンという音が響いた。
私は考えるよりも先に地を蹴り、ジョニィさんに向かって跳んでいた。
両手で抱き抱えて、その勢いのまま移動。一瞬前までジョニィさんがいた空間を銃弾が貫いていき、土が跳ねる。

「なにっ!」

ジョニィさんが驚愕の声をあげた。
チルノがデイパックの中から黒光りする銃を取り出す。
私はもう一度地面を蹴ろうとして――そこにあった氷に足を滑らせた。

しまった。地面の氷は一つだけではなかったのだ。私の肉体はスピードが出ていたことが返って仇となり、勢い良く後ろに倒れる。
チルノが銃口をこちらに向けた。ジョニィさんが爪弾を撃つがあっさりと躱され、奥にある木に当たった。
もうチルノの銃撃を避ける手段はない。私は思わず目をつぶった。

――突然、身体が捩れた感覚がした。全身の骨が痛みもなくありえない方向に曲がっていく。
目を開ける暇もなく誰かに引っ張られる。全身が浅く切られたかと思うと、背中から何かに打ち付けられた。
この感触は……木の幹?

「あ、あれ」

目を開けると私は相変わらず森の中にいた。しかしさっきとは位置が違う。チルノから二十メートル程離れた木の裏にいた。
何が何だかわからず、私は横に座るジョニィさんを見る。


「ジョニィさん、これはどういう、ジョニィさんがやったんですか?」
「僕の『穴』のことは文も知ってるだろ。あれを使ってさっき撃った木の裏まで移動したんだ」
「『穴』ですか? でもあれはヴァニラの暗黒空間と同じで、ジョニィさん以外の人は入れないはずじゃ……」
「僕に『穴』に僕以外の人間が入れないのは、回転の力で破壊されるからだ。
逆に言えば『穴』と同じ回転を加えて、引っ張り込めば問題ないと思ったんだが……
すまない。無傷というわけにはいかなかった」

言われてみれば、身体と服のあちこちに無数の切り傷がある。
一つ一つは小さいので気にするほどではないが、なるほどさっきの浅く切られた感覚は『穴』に入ったからなのか。

「これくらい平気ですよ。ジョニィさんが『穴』に引っ張ってくれなかったら殺されるところだったんですから」
「だが文が『穴』に入れるかどうかは賭けだった。理論はあっても実際にやるのは初めてだったからな。
今回は上手くいったが、次もそのくらいの傷ですむとは限らない。もうやらない方がいいだろう」

そう言いながらジョニィさんは木の横から顔を出して、チルノの方を見た。私も反対側から同じように見る。

「ところであれは一体どいうことなんだ?
君はチルノは殺し合いに乗るような奴じゃあないと言っていたが、とてもそうは見えないぞ」

ジョニィさんの言う通り、こちらを探すチルノの目には獲物を狙う野獣のような鋭さがある。
いつものチルノとはかけ離れた姿。それを見て私の中にある推測が浮かぶ。一度ヘブンズ・ドアーを受けた私だからこそ思いついた推測が。

「もしかした操られているのかもしれません」
「文、そう思いたい気持ちはわかるが……」
「殺そうとしてきたから言ってるわけではありません。なんというか、あまりにも違うんですよ。いつものチルノさんと。
私の知るチルノさんなら、たとえ殺し合いに乗ったとしても、あんなふうにはならないと思うんです」
「君の知るチルノというのが全て演技だったということは?」
「チルノさんにそんな頭はありません」



ジョニィは顎に手を当てて何か考え始めた。私も今の状況を整理する。
敵はチルノともう一人、上から狙撃からしてきた奴。
まったく気配を感じなかったことを考えると、かなり遠くから撃たれたということだろう。相手は銃の扱いになれた人物だ。

ここまでの経緯を考えると、チルノは洗脳の影響かかなり頭が良くなっている。力も強くなっているかもしれない。
地面の氷が二つだけとは思えない。おそらく他にも罠がある。
チルノの洗脳を解く方法も不明。彼女には悪いがここはジョニィさんを抱えて飛び、逃げるのが得策。
私はそう提案しようとして、それよりも先にジョニィさんが口を開いた。

「文、チルノを助けよう」

一瞬、ジョニィさんが何を言ったのかわからなかった。

「僕のタスクは殺さずに相手を止めるにはちょうどいい。ここで洗脳を解くのが無理だとしても、気絶させて露伴のところまで連れ行けばなんとかなるだろう」
「ちょ、ちょっと待ってください!」

私は思わず立ち上がり、ジョニィさんを見下ろして言った。

「無茶ですジョニィさん! 私達はいま罠に嵌められているんですよ! 向こうはこっちを殺す気満々ですし、倒すのも難しいのに助けるなんて……
私だってチルノさんの放って置きたくはありませんが、もう一人、狙撃してきた奴だっているんです! 危険です。考えが甘すぎます!」
「文、君の言い分はもっともだ。
僕だってお人好しじゃあない。相手が自分の意思で襲ってくるんだったら、そこにどんな事情があろうと情けなんて掛けない。たとえ家族や友人が人質に取られているんだとしてもな。
でも……」

ジョニィさんは立ち上がり、私の目を真っ直ぐ見つめる。

「君の言うとおり彼女は操られているだけだとしたら、自分の意思なんてなくて、誰かに道具のように使われているだけだとしたら。
僕は助けたい。再び彼女に自分の意思で歩かせてやりたい。
それは僕だけの力じゃあたぶん無理だ。君の力を貸して欲しい」

その瞳の奥には前にも一度見た『黄金の輝き』があった。私は思わず目を逸らす。
ジョニィさんは勘違いをしている。ヴァニラとの戦いに私が割って入ったのを、私自身の意思だと思っている。だからそんな風に屈託もなく頼ってくるのだ。
違う。私はそんな善人じゃない。自分の身の安全ばかり考えて、そのためなら他人を見捨てるどうしようもない女だ。だけど……

逸らした目をもう一度合わせる。この『輝き』を見ていると私にも少しだけ勇気が湧いてくるような気がする。
もしここでジョニィと一緒にチルノを助け出すことができれば、私にも宿るだろうか。『黄金の輝き』が。

私にはジョニィさんのような誰かのために戦える勇気もなければ、主催者に立ち向かう強い『意思』もない。それでも、できることなら皆で一緒に帰りたいという『思い』はある。
ならばその思いに殉じてみるのもいいかもしれない。ジョニィの中に見えた勇気と希望を信じて。

「それで具体的にはどうします? 
相手は私のよりもずっと強そうな銃を持ってるチルノさんに、姿を見せない狙撃手。
戦場は相手の案内で連れて来られた場所で、おそらく罠だらけです。何か策はありますか?」

戦うとは決めたが、無策でどうにかなる相手ではない。
私達はチルノの様子を伺いながら、話し合う。

「あいにく策と呼べるようなものは、なにもないな。取り敢えず最優先なのは狙撃手の発見だと思う。
もしかしたらそいつがチルノを操っているのかもしれないし、そうじゃなくても何か知っているかもしれない」
「それでしたら私にお任せください。
私の風を操る能力は風を起こすだけでなく、風の声を聞いたり風の噂を掴んだりすることもできます。
風を私の元へ来るように吹かして、その中に狙撃手を入れれば大丈夫です」
「よくわからないが、とにかく見つけられるんだな。それじゃあ……」

私達は同時に横に跳んだ。直後に巨大なツララが木の幹を貫く。

「見つけた!」

チルノが叫けんだ、ジョニィさんに狙いを定めた銃口から、連続で弾が吐き出される。
私は翼をはためかせて飛び、再びジョニィさんを抱きかかえた。
低空飛行して周囲の木を盾にしながら銃撃を凌ぐ、同時に風を操作。全方位から自分に向かって風が吹くよう調整する。思ったよりも風を操れる範囲が狭い。主催者の制限か。
右上後方から発砲音。狙撃手だ。身体を左に傾けて回避。
距離が遠くまだ気配は感じられない。二度の銃撃がどちらも上からだったところを見ると、おそらく木の上。生い茂る葉の中に身を隠している。

「ジョニィさん、お一人でも狙撃を避けられますか?」
「いや。無理だな」
「ですよね」

ジョニィさんを抱えたまま、私は高度を上げずに発砲音がした方角に向かう。
これでチルノが走ってくれれば爪弾の『穴』を簡単に当てられたのだが、生憎向こうも翅で飛んで追ってきた。
後ろから迫る銃弾を風で補足。上下に動いて躱す。ジョニィさんが反撃に三発。爪弾がチルノに迫る。
しかしチルノは前進を続けたまま右手を前に出した。身体の前に手鞠ほどの大きさの氷の塊を無数に生み出される。氷は爪弾を全て防ぎ、そのまま扇状に飛んで攻撃してきた。
私は上に飛んで避けようとして――気配を感じた。狙撃手が真上にいる。

「ジョニィさん! 氷はお願いします!」

咄嗟に頼んで私は前方に加速。銃弾が私の後方に降り注ぐ。
ジョニィさんは上後方に爪弾を連射。木の枝を落として氷を押しつぶす。
同時に銃撃が止んだ。チャンス。私はこの瞬間を狙って狙撃手の元へ飛ぼうとした。そのときだった。
確かに感じたはずの狙撃手の気配が消失した。

えっ、と思ったのも一瞬。少し離れた位置に再び気配が出現。チルノが氷を扇状に放つと同時に発砲した。
今は頭上を塞がれていない。私は今度こそ上に避けようした。

「文、罠だ! 上を見ろ!」
「え?」

真上に人の胴体ほどの太さを持つ木の枝。氷で幹をくっつけられているのが見える。
その氷が突如消失。木の枝が私に向かって落ちてくる。このままでは衝突する。かといって枝を避けようと減速すれば氷と狙撃の餌食だ。

私は速度を保ったまま、身体を半回転。足を上にやりにチルノ目掛けて枝を蹴り飛ばす。
チルノは両腕でガードしたが、衝撃を抑えきれずに後ろに吹っ飛んでいった。
氷と銃弾が目の前を掠める。

体制を立て直し、狙撃手の位置を指さす。すぐにジョニィさんが爪弾を撃つが、またも狙撃手の気配は消えた。
私は手近な葉の束に突っ込み、身を隠す。
下にいるチルノを見る。木の枝に視界を一瞬覆われたからだろう。チルノは私達を見失っていた。
狙撃手の気配もない。私は枝の上に立ち、ホッと一息ついた。



「文、狙撃手が今どこにいるかわかるか?」

ジョニィさんが辺りに目を走らせながら言った。
チルノの視界から逃れた今、本来なら狙撃手を攻める絶好の機会だ。だが、

「それがだめなんです。何度か気配を感じられてはいるんですが、またすぐに消えてしまって」
「気配が消える? どういうことだ」
「おそらく古明地こいしです。彼女は自分の気配を消す力を持っています。
主催者の制限のおかげなのか、攻撃の瞬間だけは何とか感じられるんですが……」

うかつだった。チルノが名前を出していたというのに。
もっと早く狙撃手がこいしだと気づくべきだった。

「居場所がわかるのは攻撃の瞬間だけ。
それだけの時間じゃあ君のスピードでも足りないか?」
「さすがにジョニィさんを抱えた状態で、銃弾をかわしながら突っ込むのは無理ですね。チルノさんも妨害してくるでしょうし」
「まってくれ。その言い方だと僕を抱えていなくて、チルノの妨害がなければ何とかなるように聞こえるが?」
「はい。約束はできませんが、それなら大丈夫だと思います」
「……それじゃあこういうのはどうだ」

ジョニィの作戦を聞いて、私は驚くというよりも呆れてしまった。よくもまあそんな無茶苦茶な作戦が思いつくものだ。

「大丈夫なんですか? 何だかただ相手の意表をついてるだけのような気もしますが」
「だがこれなら僕を抱えなくて済むし、チルノの妨害も防げる。上手くいけばいっきに二人共止められる。君が平気ならやってみる価値はあると思う」
「……そうですね。他にいい案があるわけでもありませんし、やってみましょう」

私は深呼吸して心を落ち着かせる。
チルノの位置を確認。こちらに背中を見せた瞬間に飛び出す。
葉の揺れる音でチルノが気付き、振り返った。
ジョニィさんが爪弾を撃つ。チルノは無数の氷で防御。放たれる氷を避けながら、私はチルノの頭上を位置取る。
右から発砲音。身体をそらして回避。狙撃手はまだ気配が感じられる範囲には入っていない。

ジョニィさんが爪弾を撃ち続けるが、チルノは新しい氷を作り防御しながら、先に出した氷を射出。
右からの銃撃と下からの氷が同時に襲ってくる。
私は空中であることを生かして縦横無尽に動き、どうしても避けられない氷は蹴り壊す。
そうしてチルノの上で耐え続ける内に、狙撃手の気配を感じた。
狙い通りだ。こちらが躱し続ければ狙撃手は弾を当てるために近づかざるを得ない。

瞬間。私は両腕を離す。ジョニィさんの身体がチルノ目掛けて真っ直ぐ落ちていく。
私は気配に向かって突っ込んだ。銃声が鳴り、正面から弾が飛んでくる。それでも私は直進を止めない。
銃弾が胸に当たる直前、全神経を胸筋に注ぐ。銃弾は私の胸に突き刺さり――止まった。
私は幻想郷の中でも最高クラスの力を持つ天狗の中でも、最強の一画だと自負している。
来るのがわかっているなら、銃弾の一つくらい止められない道理はない。

幹を覆い隠すほど鬱蒼と茂った葉の中を突っ切り、銃を構えて驚愕を浮かべる古明地こいしの姿を捉えた。
私は思い切り振りかぶった拳を顔面にぶち込み、その勢いのままこいしの頭を木の幹に叩きつける。
その一撃でこいしの意識を奪った。事情がわからない以上、まだ殺すわけにはいかない。
胸に刺さった銃弾を抜き取り、ジョニィさん達の元へ向かう。

風が行く先の様子を伝えてくる。
ジョニィは落下しながら、驚きのあまり一瞬動きが止まったチルノに爪弾を連射。
チルノがハッとして氷を形成するとほとんどの爪弾は防がれるが、何発かが地面に当たった。
チルノが何か叫び氷を発射。ジョニィは自分に爪弾を撃った。
ジョニィの身体が『穴』に呑まれ、氷を空を切っていく。

ここまでは作戦通りだ。このままジョニィが、先程わざと地面に開けた『穴』から出ればチルノとの間合いはほぼ零。
氷で防がれる暇も与えず、爪弾を当てられる。私は自分達の勝利を確信する。
だがそのとき、チルノが氷である物を作った。
普通この状況では作ることはありえないそれは、私の脳裏にある考えを浮かばせた。

「ジョニィさん、だめ!」

私は速度を上げながら叫んだ。しかしその言葉が届くことはなかった。
『穴』から出てきたジョニィさんにチルノは氷の剣を突き出した。『穴』から出ることがわかっていたとしか思えないタイミングだった。
剣はジョニィさんの喉に深々と突き刺さる。チルノはそのまま剣に体重を掛けてジョニィさんの身体を縦に切り裂いた。









「ジョニィさん!」

私が悲鳴のような声を上げてジョニィさんに側にしゃがみこんだ。
ジョニィさんは首から下を縦に裂かれて斃れている。疑問を挟む余地はなかった。どう考えても生きているはずがない。
ジョニィ・ジョースターは……、私が希望を感じた人は……、あまりにも呆気なくその生を終わらせていた。

「どうして……」

私は震える声を出しながらチルノを見る。
絞り出した声は思いのほか冷静だった。

「どうして、ジョニィさんの能力がわかったの……」
「へえ。あれだけで私がジョニィの知ってるってわかったんだ。さすがね」

その言葉にはいつものチルノから感じる、子供らしい愛嬌はなかった。
あるのは問題を説いた教え子を褒めるときのような、上にいるという絶対的余裕。
これが今のチルノの本性。私の身体に寒気が走った。

「いいわ、教えてあげる。どうせもう死ぬことになるんだから、冥土の土産よ。
答えは簡単。私は事前に聞いていたのよ。ジョニィの能力、それからあなた達が向かった方角も。
ヴァニラ・アイスからね」
「ヴァニラ……アイス……」

ジョニィさんがやっとのことで追い払ったあの男。
奴がチルノに情報を与えて、ジョニィさんを殺させた。
じゃああの戦いは何だったの?
ジョニィさんが他の参加者達のためにヴァニラを殺すといったとき、私は彼は勇気に憧れた。その気高い精神に希望を抱いた。
だが結局ヴァニラには逃げられ、しかもそのときの情報が原因でジョニィさんは死んだ。

何よそれ。
それじゃあやっぱり私の言った通り逃げるのが正しくて、ジョニィさんの行動は間違っていたってこと?
いや違う。そうじゃない。あのときのジョニィさんの行動は敬意を表すべき、正しいことだった。
間違っていたのは人ではなく場所だ。

そうだ。最初からわかっていたことじゃないか。
ここでは正しさも、気高さも、誇りも、意思も、思いも何の意味もない。
だからこそ私は殺し合いに乗ろうとしたんじゃないか。
必要なのは生き残るための『力』と『悪意』だけ。ここはそういう場所だ。

口から自然に笑いが零れる。今まで悩んで来て、辿り着いた答えが結局これか。
ただ振り出しに戻るのに随分と時間がかかってしまった。
私は呆気に取られるチルノを殺意を込めた瞳で睨んだ。チルノが一瞬たじろぐが、すぐに睨み返してきた。
やはり私はジョニィさんとは別種の存在なのだと悟る。だって誰かのために戦うときはあんなに怖かったのに、自分のために戦う今はこんなにも楽だ。

チルノは両手で銃を構えている。表情からは自身と余裕が見て取れた。
ヴァニラから私のことも聞いているのだから、何らかの作戦が練られている可能性が高い。
だが負ける気はしない。あの支給品を使えば、事チルノ相手なら絶対に負けはない。

私はそれを取り出すべく右手を後ろにやった。
瞬間、私の両足が凍りついた。



「っ!」
「かかったわね。私が何の理由もなく話を始めたと思った?
地面を通ってあんたの真下まで氷を伸ばしていたのよ!」

チルノの指が引き金に掛かる。私は咄嗟にデイパックに伸ばしていた右手で腰裏の拳銃を抜き、チルノよりも速く引き金を引いた。
吐出された銃弾がチルノの額に向かう。情報外の攻撃に氷を出す暇もなかったのか、チルノは銃の側面で受けた。
チルノの銃が衝撃に歪む。おそらくもう弾は撃てない。

氷を出す暇を与えず続けて連射。動きが止まっている内に、左手でデイパックの中からあの支給品を取り出す。
同時にカチリと音がなった。弾切れだ。その隙をついてチルノが壊れた銃を投げてくる。
私は左手で弾こうとして――銃に赤い模様の描かれた紙が貼ってあるのを見た。

「霊撃札!」

気づいたときには遅かった。霊撃札の衝撃で紙が吹き飛び、チルノの手元へ流れていった。
チルノはそれを握りしめ、勝ち誇ったような笑みを見せた。

「残念だったわね、文。何を出すつもりだったか知らないけど……」

スパン、と。
チルノの持つ紙が真っ二つに切れた。
私の風は物を飛ばす程度のものではない。研ぎ澄ませれば鋭い刃にもなる。
紙を切り裂く程度の威力なら少し離れたところにも一瞬で出せる。
チルノは紙の見て、私を見る。怪訝そうな顔で口を開こうとして――全身を炎に包まれた。

「あああああああああああああああ!」

チルノが悲鳴を上げて倒れる。氷の妖精にとって炎で焼かれるのは相当の苦痛だろう。霊撃札を使ったあとなら、なおさらだ。

「手を離れたからって偶然あなたの方に飛ぶわけないでしょう。わざと掴ませたのよ」

聞こえた様子もなくチルノはのたうち回る。力を振り絞って身体中から冷気を出していた。チルノの氷は炎すらも凍らせる力がある。
私は風を吹かして炎を煽る。チルノは諦めず冷気を出し続けるが、私はその度に風を吹かせる。
繰り返す内に炎が森に引火した。私が何もしなくても木や落ち葉を燃やして勢いを増していく。

本当ならこの支給品――紙に入った炎を使えばチルノには簡単に勝てたのだ。ただチルノの命と、森が燃えることを考えて躊躇っていた。
その結果ジョニィさんが死に、炎も使ってしまうのだから救いようのない話だ。

足の氷が溶け始める。
もう私が消そうとしても炎は消えないだろう。
足掻く体力すらなくなったのか、チルノが力なく横たわる。助けを求めるように弱々しく手を伸ばした。
私は拳銃に弾を込め、チルノに向ける。
せめて苦しみを早く終わらせてやろうと思ったが、途中でやめた。

私はこれからも誰かを殺していく。中途半端な情けを持つべきじゃない。
徐々に身体が焼けていくチルノを見ながら、ふとチルノが死について悩んでいたことがあったのを思い出した。
あのとき私はなんと言ったんだったか。考えても思い出せそうにない。
ただ、自分がチルノを殺すことになるとは、思ってもいなかっただろう。






GDS刑務所刑務所の病室。ヴァニラは窓の外を眺めながら、ここに来た二人のことを考えていた。
チルノとこいし。この会場でDIOと出会い忠誠を誓ったという二人。
あの二人はジョニィ・ジョースター達を殺せたのだろうか。
二人とも妖怪だというが、見た目は妙な翅や触手がある以外はただの子供だ。あまり期待はしない方がいいだろう。
どちらにせよヴァニラにチルノ達のあとを追うつもりはない。

実に不愉快だが自分のスタンドとジョニィのスタンドは相性が悪い。
ジョニィの始末は他の参加者に任せるのが安全だ。

(私はDIO様にために生き延びねばならないからな)

ヴァニラは当初、DIO以外の参加者を皆殺しにしたあと、自害することでDIOを優勝させるつもりでいた。
だがチルノ達から言っていた話が本当ならば、それはDIOの望むところではない。
天国へ行くための仲間を集めているというDIO。そしてDIOの対等の友人、プッチ神父。
この世にDIOと対等の存在がいるとは、ヴァニラには到底思えないし、天国とやらも何のことだかわからない。
それでもヴァニラはただDIOが望む事を為すだけだ。


ヴァニラは一度DIOにあってお伺いを立てた方がいいかと考える。
地図を広げてDIOが居そうな場所を探す。
チルノが会ったのがD-4の湿地帯近くだと言っていた。おそらくそこから然程遠くない日光を凌げる建物の中にいるだろう。

(とすると、ここから一番近いのはジョースター邸か)

忌々しいジョースターの名を冠する邸。
ここならDIOが居なかったとしても、ジョースターの者がその名に釣られて集まってくるかもしれない。
皆殺しはやめるとしても、ジョースターまで生かしておく理由はない。

ヴァニラはベッドから起き上がり、身体の具合を確かめる。
多少、痛みはあるが戦うのに問題はない。あの奇妙な右腕の力なのか傷の治りは異様に早かった。
ヴァニラはジョースター邸を目指し病室をあとにした。


「チルノちゃん、本当にジョニィって人を殺しにいくの」
「当たり前じゃない。何言ってるのよ」
「でもやっぱりおかしいよ。DIOに言われたからってそんな簡単に人を殺すなんて」
「こいし、あんたまさかDIO様に逆らおうっていうの」
「そ、そういうわけじゃなくて、私達だけで判断するのはやめた方がいいってこと。
そうだ、とりあえず神父様を探そうよ。神父様には何か別の意見があるかもしれないし」」
「はあ。こいし。あんたはもともとプッチさんに言われてジョセフと戦ったんでしょ。意見なんてわかりきってるじゃない」
「そ、それは……」
「殺しをためらう気持ちは私にもわからなくはないけど、後回しにするのはやめなさい。
どうせいずれは殺さなきゃいけない相手よ。DIO様に逆らう気がないならね」
「うん……」
「話は終わりね。それじゃあ私の背中におぶさりなさい。二人で走るより、それで氷の上を滑った方が速いわ」

こいしが言われた通りにすると、チルノは靴の裏に薄い刃のようなものを氷で作り、滑りだした。

でも本当にこれでいいんだろうか。こいしは自問する。
勢いに任せて戦ってはしまったが、こいしにはあのジョセフという人間が悪人とはどうしても思えなかった。
正しいのはジョースターの人たちで、間違っているのはDIOやチルノの方ではないだろうか。そんな考えが頭を過る。
だがどちらにせよ、今のこいしにチルノに逆らって自分の考えを押し通す勇気はなかった。







こいしが目を覚ますと、そこは葉っぱで覆い尽くされた木の枝の上だった。

「ここは……私、何をして……」

頭が酷く痛んで、記憶がはっきりしない。
視線を滑らし、自分の手の中にある銃を見てやっと思い出した。

「そうだ! 私、チルノちゃんと一緒にジョニィ達と戦って!」

眼前に迫ってきた射命丸文の姿を思い出す。あのときに気絶させられたのだろうか。
慌てて地上に目を向けて、事態が一変していることに気づいた。

「チルノちゃん!」

チルノは全身を炎に包まれ苦しそうにしていた。
炎は物凄い速度で勢いを増している。側に立っている文が何かしているに違いない。

助けないと。

そう思いこいしは銃口を文に向ける。
しかし後ひと押しで銃弾が発射されるというところで、引き金に掛けた指が止まった。

――本当にチルノを助けるべきなんだろうか?

戦いを仕掛けたのはこちらの方だ。チルノが返り討ちにあって死んだとしても、それは自業自得ではないのか?
銃を撃ったとしてもどうせまた躱される。今更何をやったって助けるのは不可能だ。

何よりも、こいしは文に恐怖を感じていた。
その瞳には先程はなかった、冷たく黒い輝きがある
もう一度戦ったら気絶ではすまない。きっと抵抗する間もなく殺される。
だったらこのまま逃げた方が――

「だめ! 何考えてるの!」

こいしは自分の中に浮かんだ考えを首を振って否定する。
チルノは友達だ。例え間違っているとしても、助ける手段がなくても、見捨てていいはずがない。
だけど身体が動かない。あとほんのちょっと動かせば弾が出るのに、竦んでしまっている。

「お願い。動いて。速く」

炎はどんどん強くなっている。速くしないとチルノを助けられなくなる。
幻想郷でチルノと過ごした記憶が蘇る。特別仲のいい親友というわけではなかったが、一緒に遊ぶといつも楽しかった。
このままだとそれが二度とできなくなる。そんなのは嫌だ。

「速く。速く。速く!」

こいしがどんなに願っても、指はただ無様に震えを繰り返すばかりだった。

「速く動いてよ私の身体!」

叫んだ瞬間こいしは、ハッ、した。

「嘘……なにこれ……」

こいしはゆっくりと首を動かし、周りの景色を見る。
赤く燃える森と、それを遮るように流れる澄んだ川。森の中に比べれば視界の開けた林の先に、半分朽ちかけている洋館がある。
そこは魔法の森の外だった。

「まさか、私、無意識に逃げて……」

足の力が抜ける。呆然と地べたにへたり込んだ。
能力に所為にはできなかった。あのとき自分は確かに逃げたいと思っていた
だからこれは無意識であっても自分の意思。
こいしはその事実に絶望して頭が真っ白になった。

黙っていると心が押しつぶされそうな気がして、こいしは叫んだ。
涙と鼻水を垂らしながら声が枯れるまで叫び続けた。


私は森の南側から外に出た。まだこっちの方までは炎も来ていない。
だがそれも時間の問題だろう。誰かが止めない限り炎は広がっていく。その結果、大勢の参加者が焼け死ぬかもしれない。
私はそれを想像して胃からせり上がってくるものを感じたが、何とか抑えつけた。

喉に水を流しこみながら、これからの事を考える。
殺し合いに乗るといっても、自分の力だけで最後の一人になるのは土台無理がある。
一先ず頼りになりそうな、殺し合いに反対するの者と行動を共にすべきだ。

DIOには近づかない方がいいだろう。ヴァニラから情報を得ていたことから判断するに、チルノを洗脳したのはDIOだ。
いつの間にか居なくなっていた古明地こいしは、できれば始末したい。私が森を燃やし、チルノを殺した事を広められるかもしれない。
チルノの殺害は正当防衛で言い訳できるが、森の放火は絶対にバレるわけにはいかない。

そのとき身体の中で何かが動いた気がした。
まただ。支給品を取るため、ジョニィさんの死体に近づいてから何度か同じことが起きている。
原因はわからないが、なぜだか悪いものではないという確信があった。それどころか力を与えてくれるような感覚すらある。
正体は気になるがジョニィさんのデイパックにそれらしき説明書はなく、確かめようがなかった。

私は諦めて地図を開く。目的地を定めて、そこに向かって歩き出した。
最後に一度だけ魔法の森を振り返る。
私はこれからジョニィさんや露伴の思いを裏切り、正義のない狡猾な道を行く。そこに躊躇いはない。
でも一つだけ、露伴に幻想郷を案内してやれなくなったことだけは少し残念に思った。


【ジョニィ・ジョースター@第7部 スティールボールラン】死亡
【チルノ@東方紅魔郷】死亡
【残り69/90】



【D-2 猫の隠れ里前/朝】

【岸部露伴@第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)、背中に唾液での溶解痕あり
[装備]:マジックポーション×2
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:情報を集めての主催者の打倒
1:霍青娥を倒し蓮子を救出。その後ジョニィと文を待つ。
2:ついでにマンガの取材。
3:射命丸に奇妙な共感
[備考]
※参戦時期は吉良吉影を一度取り逃がした後です。
※ヘブンズ・ドアーは相手を本にしている時の持続力が低下し、命令の書き込みにより多くのスタンドパワーを使用するようになっています。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※支給品(現実)の有無は後にお任せします。
※射命丸文の洗脳が解けている事にはまだ気付いていません。しかしいつ違和感を覚えてもおかしくない状況ではあります。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。



【C-2 GDS刑務所/朝】

【ヴァニラ・アイス@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)、左腕切断、右腕損傷(今は完治)、全身に切り傷と衛星の貫通痕(ほぼ完治)
[装備]:聖人の遺体・右腕@ジョジョ第7部(ヴァニラの右腕と同化しております)
[道具]:不明支給品(本人確認済み)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:DIO様のために行動する
1:ジョースター邸に向かう
2:DIO様にあってお伺いをたてる
3:地下にあるものとプッチを探す
4:ジョースターを始め、DIO様の害になるものは全て抹殺する
5:それ以外の参加者は会ってから考える
[備考]
※参戦時期はジョジョ26巻、DIOに報告する直前です。なので肉体はまだ人間です。
※ランダム支給品は本人確認済みです。
※聖人の遺体の右腕がヴァニラ・アイスの右腕と同化中です。残りの脊髄、胴体はジョニィに渡りました。
※チルノ達からDIOの方針とプッチのことを聞きました
※ほとんどチルノが話していたため、こいしについては間違った認識をしているかもしれません


【D-3 林/朝】

【古明地こいし@東方地霊殿】
[状態]:肉体疲労(大)、精神疲労(特大)、今は何も考えられない
[装備]:三八式騎兵銃(1/5)@現実、ナランチャのナイフ@ジョジョ第5部(懐に隠し持っている)
[道具]:基本支給品、予備弾薬×7
[思考・状況]
基本行動方針:…………
1:…………
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降、命蓮寺の在家信者となった後です。
※ヴァニラからジョニィの能力、支給品のことを聞きました
※無意識を操る程度の能力は制限され弱体化しています。
気配を消すことは出来ますが、相手との距離が近付けば近付くほど勘付かれやすくなります。
また、あくまで「気配を消す」のみです。こいしの姿を視認することは可能です。



【D-4 魔法の森近く/朝】

【射命丸文@東方風神録】
[状態]:疲労(中)、体力消耗(中)、霊力消費(小、胸に銃痕(浅い)、服と前進に浅い切り傷、露伴による洗脳は現在解除されている
[装備]:拳銃(6/6、聖人の遺体・脊髄、胴体@ジョジョ第7部(体内に入り込んでいます)
[道具]:不明支給品(0~1)、基本支給品×3、予備弾6発、壊れゆく鉄球(レッキングボール)@ジョジョ第7部、
[思考・状況]
基本行動方針:どんな手を使っても殺し合いに勝ち、生き残る
1:力のある殺し合いに反対するものと行動を共にする。積極的には殺さない
2:古明地こいしは始末したい
3:DIOは要警戒
4:露伴にはもう会いたくない
5:体内の動き(聖人の遺体)については保留
6:ここに希望はない
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。

※どこに向かったかは次の人にお任せします。


※D-3の魔法の森で火災が発生しました。放って置くと広がっていきます



<炎@現実>
文に支給。
エニグマの紙には物体だけでなく、火や電気といったものも入れられる。
ただし一度出したらエニグマのスタンドを持っていない限り、元の紙に入れることはできない。
解説が書かれた説明書が最初は紙に結びつけてあった。

096:カーニバルの主題による人形のためのいびつな幻想曲 投下順 098:深淵なる悲哀
096:カーニバルの主題による人形のためのいびつな幻想曲 時系列順 098:深淵なる悲哀
058:Stand up~『立ち上がる者』~ ジョニィ・ジョースター 死亡
058:Stand up~『立ち上がる者』~ 射命丸文 104:カゴノトリ ~寵鳥耽々~
058:Stand up~『立ち上がる者』~ 岸部露伴 110:ダブルスポイラー~ジョジョ×東方ロワイヤル
058:Stand up~『立ち上がる者』~ ヴァニラ・アイス 148:相剋『インペリシャブルソリチュード』
072:Trickster ーゲームの達人ー 古明地こいし 103:ワムウとこいしのDOKIDOKI添い寝物語
072:Trickster ーゲームの達人ー チルノ 死亡

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最終更新:2021年08月26日 13:21