弱さを乗り越えて。偉大なる夜を越えて 前

――― <早朝> B-2 ポンペイ遺跡 西側 ―――

「だいぶ、サマになってきたじゃあないか。お前はスタンドの素質あるかもしれねーな。じゃあ次は今までの復習だ。『LESSON1』からやれ」

「は…ハイッ!」


東の地平線から段々と光が射し始める刻、ここポンペイの遺跡にて東風谷早苗とプロシュートの二人の影があった。
黒スーツの背を遺跡の壁に預け、腕を組みながらプロシュートは早苗に向けて指示を出す。
一方の早苗はというと、肩で息をしながら膝に手をつき、額に汗を光らせながらも男の指示には素直に従って強く返事を返した。
そして姿勢を整え、眼を閉じて静かに1回深呼吸を行いゆっくりと口を開き、言を紡ぐ。

「LESSON1。スタンドは精神力のエネルギー…。呼吸を整え、平常を保つ。『己の精神を支配しろ』…でしたっけ?」

「…………」

少々自信なさ気な顔でプロシュートの方を向き答えを確認するが、男の無言の圧力に気圧され、別の汗が彼女の頬を伝う。
コホン、と少しばかりわざとらしい咳をしたのち、早苗は改めて精神を集中させ叫ぶ様に自分の生命ヴィジョンの名を発した。


「顕現せよ…我がスタンド、『ナット・キング・コール』ッ!!」(少しカッコつけてみる)


まるで呪文の詠唱のように早苗は自身のスタンドの名を高らかに呼び出す。
早苗の傍から現れ立った者は彼女の支給品であるスタンドDISC『ナット・キング・コール』と呼ばれた生命ヴィジョン。
その全身にはまるで磔にでもされたようにおびただしく突き刺さった『螺子』(ネジ)。特に頭部や首元に隙間無く粗雑に刺さる螺子は見様によっては不気味にも感じる。
そしてもう一つの特徴は額を中心にして二方向に伸びるV字型の飾り。
これを見て心躍らない男子などこの世に居ようかという程に存在感を放つ、いわゆる『昭和ライダー』を連想させるその風貌に、ロボ好きの早苗は例に漏れず興奮を覚えたのである。

(はわわ~……このフォルム、このスタイル、何といっても頭の『V』…!何度見ても格好良い…。このスタンド、『大当たり』ですね!)

DISCで獲得した能力とはいえ、早苗は恍惚な表情で(若干の涎を垂らしながら)自分のスタンドを暫しウットリと眺める。
普通の女の子の感覚とはちょっぴりズレた彼女の外の世界での趣味に特撮ヒーロー物の鑑賞が含まれていたかどうかはこの場では触れないでおく。
とにかく彼女はDISCで得たこのスタンドを甚く気に入った。この会場内が殺し合いの場である事を忘れるほどに。


「…オイ。マジメにやらねえなら置いて行くぞ。お前が『スタンドでの闘い方教えてくれ』つって頼んだんだろーが。さっさと『LESSON2』に移らねえか」

「は、はい…スミマセンでした…(こ、怖いよぉ~…)」

少々イラつきながら浮かれる早苗に叱咤するプロシュート。親に叱られた子供の様に小さくなって謝る早苗は涙目になりながらも続く『LESSON2』に移行する。

「れ…LESSON2…。えと、『敵を知る前に、まず己を知れ』…。私のナット・キング・コールは『近接型』。物体に螺子とナットを『接合』し『分解』出来る…と」

早苗は目を瞑りジッとイメージする。握ったこぶしの中から螺子が1本。また1本。
そう出来る事が当然だと言う様に、瞬く間に早苗の両手には8本の螺子が生まれ出でた。
カッと目を見開いた次の瞬間には、まるで氷をハンマーで軽く叩いたような気持ち良い音の振動と共に早苗の目前にある遺跡の壁に8本の螺子が円を描くように次々と突き刺さる。

「自分のスタンドで出来る事は何か。状況に応じて可能な限り使い分けろ。戦局は常に流れる水のように動いているんだからな」

後ろのプロシュートの指導の声が終わると同時に取り付けた螺子のナットが外れ、仮にも観光地である遺跡の壁には巨大な大穴がいとも簡単に開けた。
これがナット・キング・コールの能力。『螺子込んで』、『バラバラ』にしてブチ撒けるッ!

「お前の能力は物の『分解』と『接合』。この2点をよく理解して使いこなせ。ここまではどんな『マンモーニ』だって出来る。だが次の『LESSON3』は実戦的な応用だ。こればかりは経験を積んで強く成長するしかない」

「…LESSON3。『相手の立場に身を置く思考』…もし相手が自分なら『何をするか』、『何が出来るか』ですか…」

「…そうだ。相手の思考を『読み』、その『先』を行け。しかし当然、敵も同じことを考える。そこからは…『読み合い合戦』だ。
『一手』…見誤った方が死ぬ」

「うぅ……地底のさとり妖怪じゃあるまいし、自信無いなぁ…」

早苗のその情けなく物怖じした声を呆れた様な顔で聞いたプロシュートは、彼女に近づいてその潤ったモチ肌を2回、ペッシペッシと軽く叩いて真剣な表情を向けて言う。

「早苗 早苗 さなえ サナエお嬢ちゃんよォ~~~~。お前さんがマンモーニだろうがビビッた挙句に死んじまおうがオレには関係ねー。
だがな、オレの足だけは引っ張るんじゃあねーぜ。お前は勝手にオレについて来てるだけなんだからな」

「ごご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ!もう弱音吐きませんプロシュートさんには感謝してますゥッ!(だからそんな怖い目で睨まないで~(涙)」

幻想郷においては守矢の巫女であり、現人神という大した身分でもある早苗だが、その中身は(ちょっと変わった)普通の女の子である。
そんな彼女がギャングの一員であるプロシュートに対して多少なりとも畏怖する気持ちがあるのは至極当然。ましてやここは殺し合いの会場なのだ。
家族同然の神奈子や諏訪子ならともかく、さっき初めて会ったばかりの男性、しかも一人や二人は殺してますと言わんばかりの『只者ではない匂い』を纏ったプロシュートを彼女は完全に信頼し切れないでいた。
それでも勇気を振り絞って共闘を持ちかけ、あまつさえ図々しくも『スタンド』について詳しく聞き込み、そのうえスタンド戦の簡単な『指導』までしてもらったのは彼女の誠実な態度が実を結んだ結果だろう。



(チッ……。何でオレがこんなガキの子守役をしなきゃあならねぇんだ…)



プロシュートは再び遺跡の壁に背を預け、心の内で毒を吐きながら考えに耽る。
実際、プロシュートも最初は当然の様に拒否しようと思った。こんな状況である、例え相手が女の子だろうが自分の情報は極力隠しておきたい。
先程の早苗との情報交換の後、背後を歩きながら早苗は自分の支給品を取り出し、前を歩くプロシュートに問いかけたのだ。


「あの、ところでプロシュートさん。私の支給品なんですけど、コレ…スタンドDISCって何か分かり…ませんよねぇ。あ、いえ何でもないんですけどね…あはは…」

「…ッ!?」

話を誤魔化すように笑う早苗とは対照的に、スタンドという単語を聞いた瞬間プロシュートは驚愕した表情で早苗の方を振り向いた。
スタンドの存在の一切については早苗には敢えて話していないプロシュートだが、流石に今の彼女の発言は聞き逃せない。
とにかく、そのスタンドDISCとやらを早苗から受け取り、説明を見てみる。


―曰く、このDISCを頭に挿入すれば誰でもスタンドが使用可能になる。


こんな薄っぺらい1枚のCDで誰もがスタンドが使えたら苦労はしないと、普段なら一笑に伏せる所だがなにぶんの状況だ。
自分には既に『ザ・グレイトフル・デッド』という自慢のスタンドがあるため、(元々彼女の支給品という事もあり)DISCは彼女に装着させる事にした。
嫌々ながらもDISCを挿入した彼女は、しかし自分のナット・キング・コールを目にした途端、子供の様に興奮してしばらく歩きながらスタンドを適当に動かして遊んでいた(その度にプロシュートから『やかましいうっおとしいぞ』と叱られていたが)。
一体どういう仕組みなのかも考える事すら馬鹿馬鹿しく思えてくるその何でもありな状況に、プロシュートはそれでも冷静に現状を把握しようと思考しながら歩く。

その内、目的地であるポンペイ遺跡の入り口まで辿り着いた二人が、他の参加者を警戒しながらも遺跡内部に侵入する直前の事である。

「あの!さっきの反応見て思ったんですが…プロシュートさんは、その…『スタンド』について何かご存知なんですか…?」

(……チッ)

相手には聞こえないほどの僅かな舌打ちをしながら、プロシュートは自分の小さな失態に少し嫌気が差した。
スタンドDISCの事を聞かれた時、自分の軽率な反応から彼女は『自分がスタンドについて何か知っている』と察したのだろう。
仮にもギャングである自分がこんな年端もいかない小娘相手に『勘繰られた』という事実がプライドの高い彼の心を揺さぶった。


―スタンドについては遅かれ早かれ知られていただろう。ならばこんな娘でも緊急時には役に立つかもしれない。


多少の打算的思考はあれど、こういった経緯でプロシュートは早苗にスタンドについての知識をある程度授けたのだった(勿論、プロシュート自身の能力については一切触れずにではあるが)。
スタンドについて聞く早苗は、多少の質問を交えながらも最後まで熱心に頷きながら講座を終える。
最後に何か質問はあるか。そう付け終えたプロシュートをよそに早苗は少し言葉を淀ませ、やがて意を決したようにハッキリ言う。

「プロシュートさん…。さっきから私、頼み事ばかりで申し訳無いですけど…」

極めて誠実な表情でそう前置きし、そして早苗は深々と頭を下げてプロシュートに誠心誠意頼み込んだ。


「私に…スタンドでの闘い方を教えてください!お願いしますッ!!」






―――闘う。スタンドで、闘う。

このバトルロワイヤルにおいて参加者の取る道はそう多くない。

『ゲームに乗る』、『逃げ』や『交渉』…そんな選択肢の中で彼女は『闘う』道を選んだ。

闘うと一口に言っても、積極的に参加者を潰していくわけではない。プロシュートは早苗と最初に出会った時の会話を思い出す。



―――『私は、この殺し合いを止めたい。…だけど、一人でやれることには限界があると言うことも理解しています』―――

―――『だから、その…プロシュートさん。何というか…私と一緒に、闘って欲しいんです!
迷惑をかけてしまうかもしれない、ってことも解っています。けれど…私も、出来る限りのことは全力で頑張りますから!』―――



あの時と同じ様に、早苗のどこまでも真剣でまっすぐな瞳がプロシュートを見据える。

この娘は…このゲームを本気で『止める』つもりだ。それも生半可な気持ちではない。

それは確かな強い『意志』を持って、ゲームを力ずくでも止めて見せるという彼女なりの『使命』を持っている様にプロシュートは感じ取った。


(『使命』…か。そうだ、オレにも成し遂げなければならない事がある。オレは『チーム』のために、こんな所でくたばるわけにはいかねぇ。
必ず生き抜いて『栄光』を掴み取らなけりゃならねぇ…)


早苗の固い意志を見てプロシュートは、方向性は違えど『使命』を果たさなければいけないという点では自分と彼女が同じだという事に僅かな共感を覚える。

しかし、それは果たしてどれほど途方も無い道のりなのだろう。少なくとも彼女一人では確実に不可能なのは分かりきっている。



―――ひと筋の風から鳴る木々のざわめきが、二人の視線の間に流れる。

早苗はプロシュートを真っ直ぐに見つめたまま喋らない。ただ、プロシュートの答えをジッと待つ。

そして、男はようやく口を開いた。


「…嬢ちゃん。お前さんが成し遂げようとしている事はとんでもなく不可能に近い所業だ。それでもたった一人で立ち向かう気か?」

「仲間なら、居ます。私は一人ではありません」

「悪いがオレはお前を助けてやろうなんて思っちゃいねえ。いずれは切り捨てるかもな」

「それでも構いません。その時が来るまで、私は貴方について行きたいのです。…貴方が宜しければ」

「惨い現実が待っているかもしれねえぞ。必ずドでかい『壁』が目の前に立ち塞がる。ちっぽけな小娘のお前がどれだけ抗える?」

「仲間と一緒なら壁なんていくらでもブチ壊して進んでみせます」

「言うだけなら簡単だ。結局は自分の無力さを思い知ることになる。それとも『奇跡』でも起きるのを願うか?」

「『奇跡』は…願うものではありません。起こしてみせます。だって私は…」






「『奇跡を起こす程度の能力』を操るんですから…!」


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そんなやり取りもあって、結局プロシュートは早苗の熱意を認め、こうして丹念にスタンドの扱い方を教えている。
敵に見付かったりするような事を避けるため、二人はポンペイ遺跡の内部まで進み、かれこれ1時間以上の稽古を続けていた。
この遺跡は結構広く、また迷路のように壁が入り組んでいる事もあり、長く留まっていても中々参加者に見付かる事も少ないのだ。

そんな中、早苗にレッスンを続けながらもプロシュートは『今後』について一人考える。

(多少マンモーニなきらいはあるが…早苗は芯の通った女だ。『成長』の余地は充分にある。…ペッシの奴が新人だった頃を思い出すな)

ソルベ、ジェラート、ホルマジオ、イルーゾォ、メローネ、ギアッチョ、リゾット、そして弟分であったペッシ。
共に死線を潜り合ってきたチームの仲間。プロシュートにとっては単なる仕事上の関係を超えた物になってきているのだ。
その仲間も今や半分。ボスやブチャラティのチームどもに既に4人も殺られている。
チームの『誇り』が崩れつつあるこの絶望的な状況の中、プロシュートは諦める事無くペッシを連れて護衛チームに追撃を仕掛け、そしてブチャラティに『敗北』しようかという直前、気付けばあの会場に呼び出されていた。


(列車に残してきたペッシは無事だろうか。アイツはどうしようもない『ママっ子』だったが、その精神の奥底には誰にも負けないタフさを持っている。
アイツなら…もう自分がついていなくても大丈夫だろう。きっと大物に成れる。そんな男だ、ペッシの奴は)


自分なりに厳しくも可愛がってきた弟分、そしてチームの未来の無事を祈りながらプロシュートはもう一度名簿を取り出して眺める。
過去を振り返っていても仕方ない。大事なのは『これからどう動くか』だ。
色々と不可解な状況は多いが、中でもプロシュートが一番気になるのがこの『名簿』である。

ジョルノ・ジョバーナ、ブローノ・ブチャラティ、グイード・ミスタ、そしてトリッシュ・ウナ…

名簿にある90人もの参加者の中でプロシュートが知っている人物はこの4人だけ。
いや、厳密に言えばスピードワゴンとかいう財団も知るには知っているし、日本の『空条 承太郎』という最強のスタンド使いの噂も聞いたことがあるが、彼が直接知っているのはあくまでこの4人のみ。
しかもその全員が護衛チームに所属している(トリッシュは違うが)人間だ。只の偶然にしては出来過ぎている。
この場にオレ達を呼んだあの主催者は、どうやら確実にオレと護衛チームの『因縁』を知っているらしい。


『因縁』…。因縁というのなら、プロシュートにとってもう一人、全ての元凶とも言うべき因縁の人物は居る。

ギャング組織『パッショーネ』のボス。その存在、経歴、能力まで全てが謎の男。この男を打倒する為だけにプロシュート達は幾つもの犠牲を払いながら追跡してきた。
そして『もうひとつ』…。プロシュートはこの名簿について『ある疑問』をずっと感じている。それは…



「この名簿…何で『並び順』がバラバラなんだ?」



この名簿を作った奴がどういう基準で名前を配置したのかは分からないが、五十音順でもない、男女で分けるでもない、確かに見た目バラバラに配置されてるように見える。
早苗の言った事を元に考えるなら、『幻想郷とやらの住人』と『そうでない人間』で別に大きく分けられている事は間違い無さそうだ。
そしてプロシュートの名前欄の上には護衛チーム4名の名前がご丁寧にズラリ一緒に並んでいる。
先述した因縁の相手が1箇所に固まっているわけだ。これも偶然ではない筈だろう。
次にプロシュートは自分の名前欄の下に注目してみる。



―――ディアボロ。



イタリア語で、『悪魔』を意味するその名にプロシュートの心臓は僅かに早鐘を打ち始める。

恐らく、イタリア人の男の名。
ディアボロの名の下には『空条徐倫』という日本人名が書かれている事を考えて、プロシュートは脳内で次々とロジックを展開していく。



ジョルノから始まりブチャラティ、ミスタ、トリッシュ、プロシュート、そしてこのディアボロ…名簿の中に同じ推定『イタリア人』が一纏めにされているのは何故だ?

この名簿はもしや、何らかの『因縁』によって大きく分けられているのではないか?

だとするとこの『ディアボロ』という謎の男も…オレに何らかの因縁を持っている?

しかしディアボロという名前などオレは聞いたことも無い。だが……『まさか』…?

…『根拠』は無い。だが、オレの知らない人間でかつ、深い因縁がある奴なら『心当たり』はある。

オレ達、暗殺チームがずっと追いかけてきた男。『パッショーネ』の大ボス。

この『ディアボロ』という男の正体は、もしや…






「…いや、今は何とも言えねーか」


溜息交じりにそう零したプロシュートは、名簿をデイパックにしまって行動する支度を整える。

―――結論を出すには、情報がまだまだ足りない。この疑念はひとまず胸にしまい込み、とにかく人に会わなければ。

そう判断して彼はスタンド特訓中の早苗に声を掛ける。見ると彼女はまたもや自分のスタンドを見て目をキラキラさせている。
最近のガキは女でもあーいうモンが好みなのか…?呆れながら心中でやれやれと言った感じのプロシュートはこの場所から移動を開始しようとする。
現在地はポンペイの西側。ここから中心部を通って東まで探索すれば誰かを見付けるかもしれない。

居るのが『乗ってない者』なら情報を得る。


もし、『乗った者』なら…遠慮はしないさ。


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プロシュートと早苗が遺跡の東側に向かって行く内に二人は『奇妙』な事に気が付いてきた。
東に近付くにつれて、地に『雹』が積もっているのだ。
当然ながら今の今までプロシュート達はそんな天気に出会いはしなかった。ずっと満月が夜を照らしていたのだ。
という事はつまりこの雹はこの辺り一帯のみ、局地的に降り続けていた事になる。そんな事があり得るのだろうか?


「プロシュートさん…。この雹、一体何なのでしょうか?」

「…この雹が止んでからどうやらだいぶ時間が経っているみてーだな。明らかに『人為的』な現象だ。オメーの知り合いに天候でも操れる奴が居るのか?」

「…えと、一応私でも天気は操れたり出来ますけど……かなり頑張れば。…………あっ!わわわ私じゃありませんからねッ!?」

「誰もンなこた言ってねーだろ。…とすれば、これは間違いなく『スタンド使い』の仕業だな。おおかた『天候を操る能力』ってとこか?」

「ええ!?天候なんてそんな簡単に操れるもんじゃないですよ!そんな奇跡をヒョイヒョイ行われたらウチの神社の商売だってあがったりです!スタンド使いって結構フザけた集団なんですねーッ」


あくまで予想だというのに真性スタンド使いのプロシュートの真横で中々の毒舌っぷりを発揮した早苗は勝手にプリプリ怒っている。
早苗の意外にも図太い性格を発見したプロシュートは、彼女の失礼な発言に気を悪くする事なく更に奥へと進む。
やがて着いたのは石造りの大通り。この場所は特に雹が降り積もっていた。雹の発生地点はここだと見て間違いないだろう。

いや、雹だけではない。


「…どうやらついさっきまでここで熱いファイトが行われてたみてーだな。足元は冷てーがよ」


辿り着いた大通りはかなり凄惨な風景と化していた。
降り積もった雹が朝星の光に反射して解けゆく様は、春が訪れ雪山を自然に解かしていく様なある意味幻想的な風景にも見える。
だがあちこちの壁は破壊され、地面には大量の何かの残骸が撒き散らかされており、しかも爆発痕まで残っていた。
完全に何者かがこの場所で戦闘していた証拠だ。プロシュートはより一層辺りの警戒を強めながら慎重に調査していく。

そんな中、早苗がバラ撒かれていた残骸に近付いてそっと手に取る。よく見るとそれはボロボロの『傘』の様にも見えた。

「これって…あの『唐傘妖怪』の子の…?」

「知っているのか?早苗」

「…以前、少しだけ…。この傘がこんなにボロボロだという事は、あの子は…」


プロシュートは辺りを見回す。
早苗がその傘の妖怪と仲が良かったかのは知らないが、少なくともここにそいつの『死体』は見当たらない。その唐傘妖怪が暴れたという可能性もあり得る。
今必要なのはここで何が起こったのかという情報。プロシュートは残骸を手に取ったまま呆然とする早苗に聞く。

「その『唐傘妖怪』の特徴は」

「…水色の短い髪で、確か左右の眼の色が違っててスカートと下駄を履いて…あと、大きな紫色の傘を持った人懐っこい子です…」

(下駄…確か日本の歩きづれー履物だったな)


さほど興味を示さない風にプロシュートは道を進むと、そこで彼は一際目立つ風景を目にした。
通りの一角にはこの場には不釣合いなほどに美しく鮮やかに咲き乱れた花々が、まるで一種のガーデンの様に存在している。
そしてその花壇の中心で花達に見守られるように横たわっている人影が、ひとり。
二人が恐る恐る近付いてみると、『彼女』は眠っているように目を瞑り、両手を合わせて組んでいる。しかし、決して眠っているのではない。






「―――美鈴さんッ!!」




プロシュートの後ろから早苗が飛び出し、横たわる彼女に駆け寄った。
『美鈴』と呼ばれた彼女の死体の傍に座り込む早苗は、信じられないといった表情で悲しみに包まれる。

「美…鈴、さん……そんな…どうして、貴方がこんな……」

早苗は青い顔で死んだ美鈴を見つめる。見たところ彼女の身体には何の異常も見えない。
花に包まれて横たわるその姿は童話の『白雪姫』の様。いたって健康の、まるで本当に眠っているみたいであった。

早苗と美鈴は特別に仲が良かったというわけではないが、たまに一緒になって拳法を教わる間柄ではあった。
それは師匠と弟子という上下関係ではなく、ただの女の子同士の『遊び』みたいなものだった。
組み手では美鈴相手に一度として1本取った事は無いが、それでも休憩時間に彼女と一緒に食べるお弁当はとても美味しく感じたし、早苗もその時間が大好きであった。
仕事をサボっては紅魔館のメイド長にしこたま叱られ、涙を流しながら許しを請う彼女の姿を思い出す度に早苗はクスクス笑っていた事もある。

「門番の仕事がサボれるという事はこの幻想郷が平和である何よりの証拠!喜ぶべき事であって、怒る様な事ではないのですよー♪」

満面の笑みで苦し紛れの言い訳を放つ彼女は当然、その日は食事抜きのお仕置きが待ち構えている事になる。



―――そんな笑顔の似合う彼女が、今自分の前で冷たくなって『死んでいる』。





身近な者の『死』。初めて体験するその辛い現実を拒絶したい想いで胸が破裂しそうになる。
嘘だ。これは現実じゃない。悪い夢幻かなにかだ。
そう思い込もうとする早苗の頭に、プロシュートの一言が蘇る。


―――『惨い現実が待っているかもしれねえぞ。必ずドでかい『壁』が目の前に立ち塞がる。ちっぽけな小娘のお前がどれだけ抗える?』


…そうだ。これは夢でも何でもない。さっきプロシュートさんに言われたばかりだ。そう思い直して早苗は自分の弱い心に鞭を打つ。
こんな酷い出来事がもし、自分の愛する者…神奈子様や諏訪子様に降りかかったらどうなってしまうのだろう。
そんな事があっちゃ駄目なんだ。この美鈴さんの様な犠牲者を出さないためにも私は闘うって決めたんだから…!


守矢の強き風祝は冷たい『現実』を前にして、改めて決意する。この異変は私が食い止めると、強く、固く。


(美鈴さん…全てが終わったら必ず貴方をきちんと弔いに戻ります。それまでは、どうかここで…安らかに眠っていて下さい)


彼女の亡骸に誓いを立て、その頬にそっと擦るように触れる。その頬は、やはり冷たかった。


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早苗が美鈴の死に哀しむ間、プロシュートは闘いの現場をずっと検証していた。
『天候を操るスタンド使い』とあの『中華風の女』が戦い、そして女のほうが敗北した…?
早苗の言っていた『唐傘妖怪』という奴も気になる。あるいは、中華の女を殺したのはその妖怪の可能性もある。

更に気になるのがこの雹の上にくっきり残った『足跡』。自分達の足跡と混ざらぬ様に注意深く観察してみれば、どうやらこの場には『3つ』の足跡が確認できる。

数時間前にこの場で少なくとも3人以上の人間が闘った事は事実だと推理しても良いだろう。プロシュートはそう結論付けた。
ギャングの暗殺チームの一人として、今まで数多の戦いを乗り越えてきたプロシュートの経験がここでも活きた。
戦闘に加えてチームの参謀的役割もこなしていた彼はいつも冷静に状況を分析し、仲間の危機を何度も救って来た男なのだ。
くだらない事ですぐ熱くなる仕事仲間のギアッチョをなだめるのはいつもプロシュートの役目でもある。
そんな百戦錬磨の男がこんな現場を目にしたら、まず冷静に物事を見極める事が何よりの重要事項だ。


そして、彼はこの場のある『ひとつの足跡』に注目した。


(この足跡…『女』の物の様だが、これだけ随分『新しい』な…。精々『20分程前』に付けられた物だ)


―――オレ達が来る直前に『何者か』がこの場を訪れた…?


(コイツはどうやら、ここで『戦っていた』奴らの1人ではなさそうだぞ。他の足跡は氷が解けない内に踏み固まっているのに対して、コイツだけ『氷が解けだした後』に新しく踏まれている)

プロシュートは今度は足跡の向かう方向に重点を置いてみる。これも他とは明らかに違う点が見つかった。


(雹の上に残った跡をよォーく観察すれば分かるぜ。どうやら…まず2人の人間がこの場を離れて行った様だ。
足跡から推測すれば1人は女物のブーツ。男女2人がここから出て行ったようだが…例の『下駄』の足跡が無いな。…『怪我』を負って『背負われた』…?
まだ推測だが…ここにそいつの死体と足跡が無い以上、『唐傘妖怪』が男女2人に背負われて行ったのか。ここに軽く引き摺った跡がある。そしてそのまま3人は『南』へ向かって遺跡を出た。男女2人と唐傘妖怪は『3人組』だ)


(あの『美鈴』とかいう女と同じ靴跡も…無いか。足跡を残す間も無く逝っちまったらしい。傷が身体に無いのは気になるが…それは置いておくか。
重要なのは『襲撃者』が誰かだ。この3人組が襲撃者で、中華女を殺して去ったのか?…いや、殺した相手をわざわざ『弔う』様に花で飾り付ける奴はいねー。
恐らくこの3人と中華女も仲間だ。襲撃者を撃退して南へ向かった。ならば3人あるいは中華女の内の誰かが『天候を操る能力者』か?
…それも考えられるが、多分違う。襲撃者の方が天候を操る奴で、敗北して逃げ去った。襲撃者が天候を操れるなら、雹を降らせて足止めできるからな。降らせながら逃げたのなら、雹の上に足跡は付かねー)


(チッ……ブチャラティどものチームにいるアバッキオとかの『過去を再現する能力』とやらのスタンドDISCがもしあればこう悩む必要はねーんだが、そんな都合良いDISCがあるハズもねーか)

このような状況下で絶対的に有利に立ち回れるであろうスタンド『ムーディ・ブルース』をこの時ばかりは羨ましながら舌打ちをついた。


そこまで考えついてプロシュートは改めて思考を整理する。


この場で確認できる足跡は『3人』。そして足跡の無い唐傘妖怪と襲撃者、中華女の分を足せばこの場には『6人』居たことになる。
6人中、まずは3人組がここから出て行った。足跡が2つなのは唐傘妖怪が背負われたからだ。

次に、残りの3人の内で足跡の無い襲撃者と中華女を除けば、残るは1人。さっきの『新しい足跡の女』だ。足跡の数も合う。


だが、何だコイツは…?


時間差で足跡が付いているところを見ると、ここでの戦闘には直接関わっていなかったみてーだが、何か『不自然』だ。
コイツの足跡はオレたちと同じ、西から入ってきてそして南へと抜けている。それもつい20分前にだ。

つまりオレと早苗が1時間前から遺跡西側で特訓していた近くをコイツは通り抜けてきた事になる。
オレ達に何も接触してこなかったのを見るあたり、オレ達に気付いていなかったのだろう。

そしてこの足跡は迷わずにあの、中華女の死体の方へ向かって伸びていた。
改めて今見ればあの死体の状態も、どこか不自然さを感じる。やけにあの場が『散らかり過ぎている』のだ。
この足跡の主が死体を発見し近付いたんだろうが、ただ死体に近付いた若しくは触れただけにしては、死体の周りにも摘み取った花が無造作に落ちている。落ち過ぎている。
おかげで花壇に横たわる死体の姿も目立って見える。だからプロシュート達は遠目にも花の中に誰か倒れている事がすぐに分かったのだ。


それはまるで『この死体を見つけて下さい』と言わんばかりの工作にも、プロシュートの目には見えた。




そう感じ取った直後、美鈴の亡骸の横に座り込んだ早苗が、その頬に触れようとしたのが目に映る。

瞬間、プロシュートは感じ取る。今までの経験で何度も皮膚を刺していた、その独特な悪寒を…。静かに忍び寄るような危機を…
あるいは歴戦のスタンド使いの『カン』とでも言うのだろうか。嫌な汗が滴り流れる。
プロシュートは駆けた。





「早苗エェェーーーッッ!!その『死体』に触れるんじゃあねえええぇぇぇぇーーーーーッッ!!!」






「え――――」



後ろでプロシュートの怒号が早苗の耳を貫き響かせる。だが、既に『遅かった』。


美鈴の冷たい頬に触れた瞬間、いつ出現したのか。早苗の右手には鋭い『針』と『糸』がいきなり皮膚と肉に喰い込み、突き破っていた。





―――それはまるで、大きな『釣り針』の様で……


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――― <早朝> B-2 ポンペイ遺跡 南側 ―――

「ム…あの男女二人組、動き出したみたいだぞ…?」

花京院典明は依然、『ハイエロファントグリーン』によってポンペイ内南側から周囲の索敵を行っていた。
さっきから確認できる人影は『3名』。その内男女2名は遺跡の西側でかれこれ1時間以上も動いていない。会話等は聞き取れないがどうやらスタンドの特訓か何かだろうか?緑髪の女性が熱心にスタンドを動かしている。
対して男の方は女性に対して指南をしているようだ。その雰囲気から見ても彼は恐らく戦いに関しては達人級の実力者。只者ではない事が花京院にも目に見えて理解できる。
そのような理由から花京院は中々二人に接触する事が出来ないでいた。ハイエロファントもあまり近付き過ぎると存在を感づかれてしまうかもしれない。
二人組から花京院本体までの距離は約100メートル。花京院から見て現在北西の方角から東に向かって移動を開始したようだ。

兎にも角にもこのままスタンドで監視を続けていても埒が明かない。花京院は法皇のスタンドを今度は『別の人物』まで近づけた。

その者は現在花京院から北の位置50メートル程の場所で20分前からジッと動かずにいる。
『女性』だった。何と言っても目立つのは背に掛けられた大きな注連縄の輪である。他にも服飾のあちこちに注連縄を施しており、かなり奇抜な格好で、さっきからずっと目を閉じて座禅を組んでいる。


コイツだ、問題は…


ゲーム開始後からずっと男女二人の存在を感知していた花京院だが、途中でこの女の存在に気付いた。
そいつは花京院と二人組を結ぶ直線上からちょうど間に位置するような場所を陣取っており、ゆっくりと行動を開始していた。
そして現在このポンペイの遺跡には花京院含む4名の人物が存在している事になる。先に二人組が西から遺跡に侵入し、遅れてこの女が、そして花京院は距離を取る為に南側から遺跡に侵入してきた形だ。


二人組の男の方とはまた違った『威圧感』を漂わせる雰囲気に、花京院はスタンド越しでプレッシャーに挟まれてしまう。
というのもコイツの右肩に掛かっているブツ…大きな『ガトリング銃』が花京院にとってすこぶる脅威となっていた。
あれ程の銃器を女性が軽々と運べる物なのか?弾薬込めて軽く30kg以上はありそうだぞ…。僕なら絶対に持ちたくない。

こんな奴と安易に接触して良いものか…。仮にコイツが『敵』ならば正面からまともに向かっていけば蜂の巣どころかミンチになる。
そろそろ見極め時だ。動かなければならない。


どうする……?


















「―――さっきから鬱陶しいネズミが居るみたいだねぇ」






法皇を通じて花京院の耳に確かに聞こえて来たその呟きは、うっかり聞き逃してしまいそうな程に小さく、だが微かな『敵意』を持って空気を僅かに震わせる。

女が座禅を解き、目をゆっくりと開いた。その視線はまるで本体の居場所が見えているかのように真っ直ぐ花京院の居る方向を睨みつけた。
ドクン…と心臓が鼓動を大きくする。焦りと緊張が汗となる。花京院は思わず身じろいだ。

女が脚を立てた。ガシャン、と肩に掛かったガトリングの砲身が無機質な音を響かせる。彼女はこちらを見据えたままで更に高圧的な態度を纏って口を開く。


「私はアンタみたいなコソコソして隙を窺ってる様な奴が一番嫌いなんだよ」


そう言い終えた瞬間、女は突然こちらに向かって猛スピードで走り出したッ!!

(な…何ィ!コイツ…僕の『法皇』にとっくに気付いていたッ!凄い勢いで近づいて来るぞ!!ま、マズイ…ッ!)


花京院は潜伏させていた法皇のスタンドをすぐに本体まで戻そうとする。が、いかんせん50メートルの距離が離れている。すぐには戻ってこない。
その間にも女はグングンと距離を縮めて来る。ガシャンガシャンと、銃器のぶつかる音が激しく鳴り響く。
あの動きにくそうな服装で、かつ足場の悪い遺跡内をこれほどの重量物を肩に提げて走るこの女はハッキリ言って『異常』だと花京院は感じた。
見た目通り只者じゃあない。花京院はこの女を完全に『敵』だと認識したッ!


女の名は八坂神奈子。強大な力を持つ神霊であった。今ここに山の神の初陣が展開される!




「どうやらお前はゲームに『乗っている』らしいな!ならば女性とて容赦はしないッ!喰らえ『エメラルドスプラッシュ』ッ!!」

花京院の法皇は激走する神奈子から少し離れた距離で得意の遠距離射撃『エメラルドスプラッシュ』を撃ち放った。
その翠に輝く宝石型のエネルギー弾の展開は遠距離スタンドとは思えない程のパワーを誇る花京院の必殺技だッ!
掌から撃ち出されるエネルギーは走る神奈子目掛けて一直線に飛び出す。これを破ったスタンド使いはあんまりいない!

「フン…!たかだか人間の小僧如きが私相手に弾幕で勝負しようっていうのか。だがそんな貧弱な攻撃で私を打ち崩せるかい!?」

だが神奈子はこの翠光の弾幕を見てもうろたえない。予定調和といった風で余裕の笑みを漏らし、走りながらスペルを唱える。


「行くぞッ!贄符『御射山みかりん……ン?みさやま…みかん?あれ…?えと…そ、そう!贄符『御射山御狩神事』(にえふ みさやまみかりしんじ)!!」
(くっ…実際にスペルカードの詠唱するのは初めてだったから噛んじゃったじゃないか!恥ずかしいぞ…///)

顔を真っ赤にさせる神奈子の心情とは裏腹に彼女の周りから発生する花形の弾幕は、ナイフ型と丸型を形成しながらエメラルドスプラッシュに飛び込むッ!
それらの弾幕は次々と花京院の攻撃を相殺してゆき、神奈子の身体は傷一つ付くこと無く攻撃をたやすく耐え切った。

(何!?僕のエメラルドスプラッシュを同じ飛び道具でああも簡単に防ぎ切るとは…!やはり彼女、相当強い!)

花京院は自分の十八番であるエメラルドスプラッシュが全て叩き崩されたのを見て少なからず動揺するが、ならば今度は至近距離からの攻撃で挑もうとする。だが…

「もう終わりか!ならば今度はこっちから行くよッ!」

法皇が近づく前に今度は神奈子から攻撃を仕掛ける。彼女の周りから再び高速の弾幕が形成され、向かうは法皇のスタンド…ではなく、その前方の地面!
ドドドドドと数十の弾幕が地面に弾け飛び、土埃を舞わせる。神奈子の狙いはスタンドではない。敵の視界を奪う為の策!
これにより辺り一面の光景は砂塵に見舞われ、花京院は神奈子の姿を見失ってしまった。

「や、ヤバイ…!奴の姿を見失ってしまった…ッ!法皇が戻ってくる前に、奴は僕本体の所まで辿り着くぞ…!」

自身のスタンドを遠くまで探索させた事が裏目に出てしまった。スタンドが傍に居ないスタンド使いは総じて無力と化してしまうという、遠隔操作型スタンドの弱点を攻められてしまう。
ここは一旦、退くか!?花京院は不利を悟り、身を翻そうとする。しかし、彼の背後から女の声が聞こえた所で花京院は逃げる事を諦め、声の主にゆっくり振り返った。




「どこへ行こうって言うんだい?お前、もう1時間以上前から私を尾けていたろう。あの緑色で筋がある、光ったメロンみたいな人形はアンタの式神か何か?」



「…僕のハイエロファントグリーンをメロン呼ばわりする人は貴方で『2人目』ですよ。彼の言い草ではないが、『やれやれ』と言いたい気分です」

振り返った花京院の目線の先には石壁の上に仁王像の様に厳めしい様相で立ち、左手を腰につけて右肩のガトリングをこちらに向ける神奈子が居た。
実際に直接対峙してみるとよく分かる。この女は…人間の類ではない。もっと崇高で、花京院よりも上位の存在の何かであることが。


「さて…。獲物の第1号がお前の様な年端もいかない小僧だとは私にとっても辛い世界だが…お前の事を気の毒とは思うが『悪い』とは思わない。この土地が決めたシステムの基本…―――『生贄』という概念だからな」

いよいよ圧倒的に増幅した神奈子の視線によるプレッシャーが花京院を刺す。無意識に足を一歩後ろに下げてしまいそうになり、そこでピタリと止める。

(動揺した…?僕がこの女に『恐怖』しているだと…?この圧倒的な大気…以前にも味わった事がある。
『DIO』ッ!あの巨大な『悪』と一度対峙し、そして僕の心は敗北し屈服してしまった。その時の感覚に似ている!)

「だがッ!僕はもう既に『恐怖』を乗り越え、我が物にして見せたッ!今の僕にあるのは『闘志』!もう負け犬には戻らないッ!」

下げそうになった足を、花京院は一歩前に出す。その瞳に宿る色は今、静かに燃えていた。
覚悟など、とうに出来ている。これから起こる事柄に『後悔』なんか無い。
DISCで知った自分の未来に起こる出来事は既に受け入れている。宿敵DIOを倒す為、花京院は仲間へ意志を渡して死ぬのだろう。それは『誇り』だ。誇りは守らなければならない。

だが、死ぬのは今では無い。この場所では無い。仲間にも会えず、誇りも守れず―――死ねるものかッ!!


「ほう…現代の人間にも中々骨の太い、良い目をした奴が残っているじゃあないか、少し感心したぞ。小僧、名を聞こう」

「―――我が名は、花京院 典明」

「成る程、花京院!我が名は山坂と湖の権化『八坂 神奈子』!守矢の祭神の一柱なりッ!」

神奈子の覇気が一層大きくなり、空気がビリビリと振動する。
花京院は目の前の女が神だという事に驚愕したが、最初の会場で殺された女の子が『八百万の神』だと荒木が言っていた事を思い出す。
『言葉』でなく、『心』で理解できた。今、花京院の目の前に居る者は間違いなく強大な力を持つ『神々』の存在なのだ。



神奈子は花京院を見下ろしたまま言葉を続ける。

「花京院…人間は何の為に生きるのか考えたことがあるか?私は大昔からずっと人間を見てきた。途方も無く昔からだ。
『人間は誰でも不安や恐怖を克服して安心を得るために生きる』…
名声を手に入れたり、人を支配したり、金儲けをするのも安心するためさ。結婚したり、友人を作ったりするのも安心するため。
人のために役立つとか、愛と平和のためにだとか、全て自分を安心させるためなんだ。安心を求める事こそ人間の目的だ。
そして安心を求めるために人々は我ら神を信仰してきた。妖怪や天災なんかから逃れるために。神々の怒りに触れないために。
しかしいつしか人間は科学と情報に縋り、篤い信仰を忘れ、神々の存在を信じなくなってきた。人間に安心を与える筈の神の力は人間によって次第に弱まってきたと言うわけだ。
花京院。お前もそうであった筈だ。『神など存在するはずが無い。ファンタジーやメルヘンじゃあないんだから』…そう思っていたんだろう?」

「……何が言いたい?」

「ふふふふ…ひとつチャンスをやろう。花京院、その階段を二段おりろ。私の信者にしてやる。逆に死にたければ…足を上げて階段をのぼれ。
私はお前という人間を気に入ったんだ。今の世にこんな気高い精神を持った人間が居るのかってね。どうする?永遠の安心感を与えてやるぞ」

「こんな殺し合いの場に来てまで宗教勧誘か?僕がお前を信仰した所で生き残るのは1人。散々利用した後に結局は使い捨てるのだろう?」

「此度の『儀式』のルールを変えることは私にも不可能だ。生贄は89人、生存者は1人。『幻想郷の最高神』がそう決めたのなら、私も従わざるを得ない。
だがよく聞け。『信仰心』は『力』だ。お前が私を崇める事によって神である私は失われたパワーを取り戻せる。
お前の『魂』は永遠に私の神力と一体化し、苦しむことなく安心を得ることが出来るのだ。お前の『死』は無駄にならないし、決して悪いようにはしない」

「…言葉を返すようだが、僕はかつて一度『死んだ身』。巨大な『悪』に屈服し、心の奥底まで恐怖の呪縛に苛まれた。
だがそんな僕でもかけがえの無い『仲間』を得て、分かった事もある。
今…感じる感覚は…僕は『白』の中にいるという事だ。『正しいことの白』の中に僕はいるッ!そしてこの会場にも確かに『黒』の人物はいるッ!お前はどっちだッ!?『白』か!『黒』か!
下がるべきはお前の方だッ!その壁の上から降りた瞬間、僕はお前を攻撃するッ!!」


今の花京院に恐怖は無い。彼は仲間である承太郎やジョセフ・ジョースター、ポルナレフ、アヴドゥル、イギーの事を考える。
DIOに敗北した花京院をもう一度奮い立たせてくれた彼らのことを思うと勇気が湧いた。彼が困難から逃げる事はもう二度と無いだろう。
神奈子の忠告など恐れずに、花京院は足を大きく上げ、前へ一歩踏み出して階段をあがる。
その勇姿を見て神奈子は何を感じたのか。花京院の目には彼女が笑っているようにも見えた。


「神である我に対して『下がれ』か…。ふふ…成る程、確かに今の我は神々に差し出される『贄』も同じ。その点では人間と同じ大地にまで降りて戦うのもやぶさかではないかもしれんな…。
神に後退は無い。我を信仰出来ないというのならしょうがない…」


向かってくる花京院と相対するが如く、神奈子は地を蹴り!大地に降り立つッ!





「死ぬしかないね、花京院ッ!」


神奈子は空中を舞いながら機銃の砲身を花京院に向け、狙いを定める。
彼女が右肩に担ぐ大きな機関銃の名は『XM214』。銃弾が命中した時、痛みを感じる前に相手が死んでいる事から通称『無痛ガン』と呼ばれた恐ろしきガトリング銃だ。このロワイヤルでの支給品の中ではかなりの大当たり武器だろう。
6連の束ねられた銃身は回転する間に装填・発射・排莢を繰り返し、実に最大で100発/秒と云う発射速度を誇るモンスターガンだが、そのあまりに強烈な反動と重量のせいで人間が個人で使用するのは不可能とされていた。

しかし、強靭な神である神奈子にとってそれは、まさに子供のオモチャの様な物。片手で振り回すことなど造作も無かった。
現代兵器など扱った事も無かった神奈子だが、銃器の取り扱いなどは最初に全て頭に入れてある。
あとはスイッチを入れれば脆い人間一人の命など簡単に消し飛ばせる。砲身は花京院に完全に向いた。


神奈子が地面に降り立ち、銃撃を開始する…。だがッ!



カチッ……!



「かかったな!くらえッ!八坂の神よッ!『半径20メートル エメラルド・スプラッシュ』ーーーーッ!!」

「!?」



神奈子が地に下りた瞬間ッ!辺り全体に仕掛けられていた『法皇』の『結界』から大量のエメラルド・スプラッシュが飛び掛るッ!


「…これはッ!」

「触れれば発射される『法皇』の『結界』はッ!既にお前の周り半径20メートルに仕掛けていた!この僕が用心もせずにノコノコと他者の監視を続けるマヌケに見えたかッ!この場所には最初から『罠』が張られていたッ!
お前は『クモの巣に引っ掛かったチョウ』だッ!全身に風穴を開けてやるッ!」




ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド バ ァ ァ ァ ア ア ン ッ ! !



前方の視界を埋め尽くすほどの緑の流星群!後方の逃げ道を塞ぐほどの翠の大嵐!
神奈子の周り360度その全域から放たれる回避不能の広範囲弾幕!けっこう余裕ぶってた神奈子も弾幕が一瞬無限に見えるほどの物量にはビビった!!

「これは…ヤバイわねッ!!」

その大量の宝石弾の間に生じる真空状態の圧倒的破壊空間はまさに大渦的深海の小宇宙!!

「お前…思った以上にやるじゃない!ならば『マウンテン・オブ・フェイス』!!」

神奈子も負けじと機銃による攻撃を中断し、全方位のスペルを速攻で展開させる。
巨大な花状の輪に並んだお札を三重に展開させ、内側から輪を修復しながら発射し続けるという、防御性も兼ね揃えたスペルだ。
全方位には全方位を。まだ幻想郷に来て間も無い神奈子だが、ここぞという点で的確なスペルを瞬時に判断したその弾幕センスは、流石過去に洩矢神の国を侵略、制圧した神だと納得せざるを得ない。


かくして、法皇の結界から放たれた花京院流の全方位弾幕を次々に防ぎ切る神奈子のマウンテン・オブ・フェイス。
しかし後手に回ってしまった神奈子の弾幕ではやはり、全ての攻撃は防ぎ切る事が出来ない。
致命傷と成り得る攻撃は何とか防いだものの、身体の数ヶ所には弾幕の一部を受けてしまう。いかな神々といえど、頭脳派スタンド使いの花京院は一筋縄でいく相手ではなかった。


「クッ……肉体の何ヶ所かが損傷したか…。花京院とやら、お前…さっきわざと私を『挑発』して結界の範囲内に誘い込んだね…?
『後ろに下がれ』と言ったならば、目の前のこの女の性格から考えて必ず『前へ進み出る』と…。そう思ったというわけかッ!
どこまでも…小憎たらしい若造だ…!『だから気に入った』!!」

不敵な笑みを隠さずに笑った神奈子は体の怪我などお構いなしに再びガトリングを向ける。
躊躇うことなく機銃のスイッチを入れ、銃身に熱が宿り始める。
キュイイイィィン―――という無機質な音が花京院の耳に届いた。6本の砲身が機械熱と共に回転を始め、悪魔の兵器が火を噴く。


マズイ―――あの攻撃は絶対に回避しなければいけない。1発だって喰らっては駄目だ。


まさかあの怒涛の物量エメラルドスプラッシュを耐え切るとは思わなかった花京院は焦燥する。
耳鼻眼球四肢内臓、その全てがグチャグチャに吹き飛ばされる最悪のイメージを拭払し、全力で吼えたッ!


「ハイエロファントグリイイィィーーーーンッ!!!直ぐに戻れええええェェェーーーッ!!」


索敵に出していた自身のスタンドの名を雄叫びの様に叫ぶ。
あれ程までの武器となると、こんな遺跡の脆そうな石壁なんかではとてもじゃないが盾にならない。スタンドで防がなければ…ッ!
逃げる間も無く、砲身が一瞬の閃光を放った直後!発射音が聴こえるより先に高速の弾丸が弾け飛んだッ!


ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
  ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
   ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッ!!!!――――――



バチュン バチュンと、辺り一面の壁という壁が、地面という地面が、瞬く間に見るも無残な歪なオブジェへと破壊されてゆく。
神奈子の前方に見える全ての隔たりは一瞬にして塵へと還ってゆく。まだ闇も残るポンペイの早朝に無慈悲な音の大群と閃光が遺跡を覆い照らした。
銃身を構える腕を迸って来る巨大な反動を、その驚異的な腕力で強引に抑え付けながら延々と弾丸を発射し続ける神奈子。
果たして、どれだけの時間撃ち続けていただろう。それは永遠にも思えるほどの永い時間にも感じたし、しかし実際のところは十秒にも満たない時間だったのかもしれない。
やがて銃撃は静まり、一面が砂埃によって視界を遮られる。花京院の姿は未だ見えずにいた。



神奈子は待った。前方に砲身を向けたまま、敵の姿が見えるのを。あるいは、何も見えなくなるほどのバラバラの肉片と化したのかもしれない。
花京院に撃たれた脇腹の傷がズキリと痛む。ポタリ…ポタリと、地面に僅かな血痕が滴り、小さな紅い水溜りを形作っていた。

神である自分が、たかが人間一人と戦って血を流すという事実を、プライドの高い神奈子は我慢出来ない。
しかし同時に、そんな殺るか殺られるかの切迫した状況を心の奥底で愉しみ始めた自分にも気付く。
遥か昔、洩矢諏訪子の国との侵略戦争の時ですら、これ程の白羽をくぐる闘争の体験は無かった。
神として永く君臨していた神奈子はその身を以って、ある事実を知っている。


―――『退屈』というのは、この世の何よりも苦痛である事。はりの無い人生はつまらない。

だからこそ、強敵揃いのこのバトルロワイヤルという名の『生贄の儀式』は、悪くないかもしれない。




しかし、だ。


神奈子は一度、銃身の構えを解く。足元を見やればおびただしい数の薬莢が落ちている。耳を澄ましてみても、瓦礫の崩れる音しか聞こえない。


しかし、やはりあの花京院典明という男は強い。

『ハイエロファントグリーン』とか叫んでいたか、あの式神の名は。いや、アレは恐らく『スタンド』とか呼ばれる物だろう。
『私の持ってる奴』とは随分違う様相だが…スタンドにも色々な種類があるということだろうか?何れにしても興味深い。
ならば奴も私と同じ、『DISC』によって能力を獲得したスタンド使いか?生まれつきの能力者という可能性もある。



――――ピクンッ



思考を重ねる神奈子の『左手』に、その時僅かな『感覚』が侵入してきた。


――――チリ…チリ………チリ…………


左手の指先から伸びる『糸』がピンと張り出してくる。その糸は神奈子の後方の彼方まで真っ直ぐに伸び、左腕が僅かに引っ張られる。


―――せっかく楽しんでいた所だってのに…水を差されたか。いや、これも一つの興。
『餌』を仕掛けた甲斐があったというものか。相手が何人だろうがここまで引き込んで同時に始末してやるさ。


そして神奈子は左腕に意識を集中させる。そこから現われた像は恐竜の髑髏型のリールを象った1本の『釣竿(ロッド)』。
当然、ただの釣竿ではない。彼女の第2の支給品、そのスタンドDISCによって得た対遠中距離用の遠隔能力。




「『かかった』ッ!!『ビーチ・ボーイ』!!いや、さしずめ『ビーチ・ガール』といった所かしらねッ!!」


ポンペイに侵入した後、あらかじめ『罠』を仕掛けて獲物が掛かるまでジッと待っていた神奈子。
支給されたスタンドとやらの説明は理解できたが、いざ利用してみると成る程、中々面白い。
敵が餌にかかるのを待つのは性に合わないが、このビーチ・ボーイという能力はかなり神経を使う。糸を通して伝わる獲物の挙動を逃さぬ様に全神経を釣竿に集中させるのだ。
花京院との戦闘中ではあるが、そんな事は関係ない。この『獲物』も、花京院も、同時に戦って倒す!
かなり難易度の高いゲームだが、それだけ戦り甲斐も達成感もあるというもの。攻略して見せるさ。


(この…抵抗する力はどうやら『女』か。女の右手甲に針は完全に突き刺してやったッ!ここから獲物までの距離、約100メートル!
ここまで引き摺り込んで蜂の巣にするかッ!それともこのまま対象の腕を登って心臓を喰い破ってやるかッ!心臓を破壊した方が早そうだねッ!!)

左手のリールハンドルを力いっぱい握って回す。まずは抵抗出来ないように振り回して体力を奪ってやるッ!
釣竿を大きく振りかざし、その豪腕で引っ張り挙げる。相手は完全に糸に振り回され、どうにも出来ない状況である事が糸を通じて分かる。
チラリと前方を見やっても、まだ砂埃で花京院の姿は見えず、動き出す気配も見えない。本当に死んだのか…?戦闘を放棄するような男にも見えなかった。


(とにかく今は釣り糸の先の相手だ。獲物との距離約90メートル!針は今、奴の右上腕部侵入……んっ!?)

何だ?急に糸が巻き上がらなくなった。敵はどうにかして踏ん張っているのか?体を『固定』しているようだ。
……駄目か。全くハンドルが動かない。しかし問題は無い。相手を振り回すまでもなく!針はたった今、右肩に到達!このまま心臓部まで一直線に貫通させてやるッ!



―――しかし、またしても神奈子の予想外の事態が起こった。

「………ム!?コイツ、今度は何をした…?『針が体内から外れた』…!」

ビーチ・ボーイの糸は基本的に切断も破壊も不可能。いったん針が相手に喰らいつけばもうどうする事も出来ない筈だ。
だというのに、いきなり針が外された。相手は一体何をしたんだ?
神奈子は胸中で舌打ちをする。後少しの所で攻撃が中断されてしまった事に多少の煩わしさを覚えるが、『面白くなってきた』。
どうやらこの敵もただ黙って釣り上げられる『稚魚』というわけではないらしい。
狙った獲物は逃がさないとばかりに神奈子は針の先端に意識を集中させ、消えた獲物を探し回る。
またも不敵に笑う神奈子はロッドに耳を当て、糸から伝わる音も動きも、その全てを逃さず敵を捕らえようとする。


「『キャッチ・アンド・リリース』は趣味じゃあないのよ…!釣った魚はその場で食うのが釣りの醍醐味だろう。お前は私にとって『大物』か!?それを見極めさせておくれよ!!」

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最終更新:2014年01月21日 22:36