Anxious Crimson Eyes~切望する真紅の瞳~

永遠亭の門前。
『額にネジの付いたアリス』は、徐々に近寄って来る『駆け足』の正体をその視覚で捉えていた。

「……鈴仙」

鈴仙の表情は、恐怖に染まっていた。
何か恐ろしい物から必死で逃げ惑っているといった様子の足取りだった。
誰か『ゲームに乗った者』に襲われて、逃げてきたのだろうか。

(……このまま『私』が鈴仙と接触して、『本体』にはしばらく隠れていてもらおうかしらね)

明らかな恐慌状態の鈴仙を見て、『ネジ付き』はそう判断した。
今の状態の鈴仙にこれ以上余計な刺激を加えたら、何をしでかすか分からない。
一目散に逃げ出して『鈴仙を襲ったらしい敵』の情報を逃すかもしれないし、
錯乱して彼女に支給されているかもしれない武器を振り回されたりしたらたまらない。

鈴仙が落ち着きを取り戻すまでは、『ネジ付き』で対応しよう。
『本体』と、『サーフィス』の事を明かすのは、その後だ。
玄関裏にいる『本体』も、同じ事を考えているはず。

と、『ネジ付き』が『うわっ面』の思考をなぞるうちに、
鈴仙がようやくこちらの姿を認めたようだ。
距離にして、およそ10メートル。
よほど必死に走っていたのだろう。
鈴仙の視線が向いたタイミングで、『ネジ付き』が声を掛けた。

「鈴仙ね?私よ。アリス。アリス・マーガトロイドよ。……ねえ、何があったの?」

「え、あ……アリス?」

『ネジ付き』の呼びかけに鈴仙は足を止め、おずおずと歩み寄っていく。
その表情にはほんのわずかだけ、安堵の色が混ざっていた。
『ネジ付き』もなるべく鈴仙に警戒心を与えないよう、
無手の両手を軽く広げ、ゆっくりと近寄っていく。


……だが残り数メートルという所で鈴仙の表情は再び恐怖一色に染まった。
尻もちを付き、後ずさる鈴仙。

「ひィっ……来るな!アンタはアリスじゃない!」

「えっ?」

「アイツと……あの人間が連れていた『赤い奴』と、同じ波長……!!
 殺される……永遠亭、ここなら安全だと思ったのに……」

『ネジ付き』の正体は、あっさりと見抜かれてしまった。
忘れていた、鈴仙の能力は『波長を操る程度の能力』。
あらゆるモノの波長を読み取る彼女に、『うわっ面』の偽装は通じなかった。

……だが、『赤い奴』とは何のことなのか。
アリスに支給された『サーフィス』と同質の……恐らく『スタンド』と呼ばれている能力で、
殺し合いに乗っている者がいるのか?

逃げるのは彼女の勝手だ。『赤い男』の情報が欲しい。だが……
『スタンド』を極度に恐れているらしい鈴仙に対して、『ネジ付き』が打つ手は無さそうだ。
『本体』を呼ぼう。『ネジ付き』がそう結論づけた瞬間、彼女の意識が途切れた。

既に『本体』が、抜き取ったDISCを手に玄関裏から姿を現していたのだった。

「驚かせてしまったみたいで、ごめんなさい。私が『本体』の、アリスよ」

ただの木人形と化して、ぐにゃりと座り込む『ネジ付き』の傍を通り過ぎ、鈴仙に歩み寄る『本体』。

「え……ア、アリス?……ほんもの?」

その姿を見て、鈴仙はようやく落ち着きを取り戻すかに思われた。


「ねえ、教えて……『赤い奴』って誰なの?私達の知らない人?それとも……」

「『赤い奴』……あの人間!あっあいつは、あいつがみんな、殺しにやってくるのよ……
 弾幕なんか通じなくて、はも刃物で斬りつけても、切ったはずなのにっ、すり抜けて……!」

「鈴仙、落ち着いて……いつ、どこで、何があったの?」

「おまけに、『波長』がっ、ぜ、全然読めなくてっ、距離、短くみじかくなっててッ、
 それで、さっきもタケノコにつまずいてっだけど、それはタケノコじゃなくて、
 ……わたっ、わたしは横で見てただけで、あのっ、あの時みたいに私は、わたし!
 地霊殿の子を見捨ててきて、完璧に消したはずなのに、私のすがた見えるように、なっててっ」

「鈴仙……?」

だが『ゲームに乗った者』らしき『赤い奴』の事を口にした途端、鈴仙は再びタガが外れた様に、
早口で、どもりながら、支離滅裂な事をわめきだしたのだった。

「殺しに来るのよ!あいつが、今にも、後ろから!!それで、いまにもうしろから、あのパンチで!
 あの子みたいに、一発で、挽き肉にされるのよ!バーン、バーン、グシャーーって!!
 どんなににげてもあいつは、後ろから追いかけてきてて!」

「鈴仙!」

アリスの呼びかけは通じない。


「あたしが、月から逃げ出してたから!いつまでたっても臆病者の半人前で!
 何回も何回もおしおきされても反省できなくて!学習できなくて!成長しなくて!!
 だから、あたし本当はだまっておとなしく叩き潰されてなきゃいけなくて、なのに、今も怖くなって逃げてきて!!
 だから……だからっ!!」

「鈴仙!!今は関係ないでしょ!!」

そして、人の話も聞かずにさんざんわめきちらした鈴仙の口から挙句の果てに飛び出たのは

「お願い、アリス!私を殺してよ!一思いに!!あたしの荷物、あげるから!」

この言葉である。
こっちは頑張ってどうにか生き残ろうとしているというのに……腹が立ってきた。
革ブーツのかかとをあの鼻の頭にネジ込みたい衝動に駆られた。
……が、それは何とか思いとどまり、代わりにアリスは、

「え、アリス……むぐっ」

鈴仙の頭を抱き寄せ、そのまま胸で口を塞ぐように押さえつけたのだった。


「いいから、静かにしなさい。……大丈夫、絶対なんとかなる」

「……むう……むぐっ…………」

「大丈夫、大丈夫だから……」

「……………………」

泣く子はこうするのが一番手っ取り早い。
アリスは……独り立ちして幻想郷に移り住む前の頃の事を思い出していた。
恐ろしい夢を見て眠れなかった夜などは、いつも決まってこうされていた。
目の前の鈴仙の姿が、その頃の自分自身とダブって見えた。
……正直ここまで効果テキメンだとは思わなかったが。

(ちょろい、ちょろ過ぎるわね……)

あっけなく黙りこくってしまった鈴仙を見て、アリスは呆れていた。
とにかく、これで鈴仙はどうにか落ち着きを取り戻しそうだ。
ようやく情報交換ができる。

彼女が目撃した危険人物……『赤い奴』とは何者なのか?
胸に顔をうずめる鈴仙を引きずるようにして、アリスは永遠亭の中へと引き返していった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「なるほど。その『赤い奴』というのも、スタンドの一種である可能性が高い訳ね?」

「……うん。『波長を読み取る』の、調子、良くなかったから……多分、としか、言えないけど。
 ……でも、今も玄関で見張りについてる、『サーフィス』、だっけ?あれと同じモノ、だとおもう」

二人は永遠亭の一室、縁側に面した部屋にいた。
鈴仙がアリスに促されるままに、これまでのいきさつを話す……相変わらずアリスに抱きついたままの体勢で。

「使い手は西洋人風の、セーターを着た若い男で……地霊殿の主のさとり妖怪へ出会い頭に
 『赤い奴』を繰り出して攻撃を仕掛けていた、と」

「……ごめんなさい、私、『また』知り合いを見捨てて逃げた……」

「……いいのよ。謝る事じゃないわ。あのさとり妖怪の事は残念だけど……
 貴方の行動は、間違ってない。弾幕も刃物も通用せず、妖怪を一撃で倒す程のパンチを放つ相手よ?
 下手に立ち向かって二人とも殺されるような事態になるよりは、ずっと良かった」

本当は、知り合いを簡単に見捨てるような奴とは同行したくないのだけど。
……とは、アリスは言えなかった。

鈴仙は月の軍人としての任務を放棄して、地上へと逃げ出してきたらしい。
その罪の意識が、彼女の心に深いトラウマを刻んでいるのだろう。
今ここで彼女に冷たい態度を取ったら、
胸の中で小さくなって震えているこの兎は本当に潰れてしまうかもしれない。


……もしそうなったら、本当に彼女は何をしでかすか分からない。
だからここはひとまず、『うわっ面』だけでも優しい態度をとっておく。

(……のは良いのだけど、彼女は私から離れる気があるのかしら)

だが情報交換を行う十数分の間、鈴仙はずっとアリスに抱きついたままだった。
本当はもうすぐにでもこの『爆弾』から距離をとりたかったのだが、突き放すことができずにいた。
(余談だが、この時初めて鈴仙は永遠亭の住人達もこのゲームに参加させられている事を知った様だった)

(……ちょっと面倒なことになったのかも知れないわね)

アリスの心配を余所に、鈴仙の腕は痛みを感じる程の力ですがりついてきていた。

     バァーーーーン!!

その時、玄関の戸板を強く打ち付ける音が響いた。
サーフィスから送られた『敵襲の合図』!!

「敵よ、鈴仙!!離れて!!」

「……えっ!?」

アリスが立ち上がり、身構えたようとしたその時、

「『キング・クリムゾン』」

アリスの下半身は冷たい床下に押し込められていた。
畳の上に残された上半身はうつ伏せに倒れ、両肩と両手首を鉄の棒で昆虫標本のように縫い留められていた。
頭の上から少年の声が聞こえた。

「ねえ、お姉さん……ボク人を探してるんだけど……どこにいるか知らないかなぁ?」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



――この気持ちはなんだろう。
――優しく包み込むアリスの腕。柔らかなアリスの胸。
――すべらかなアリスの掌。ほのかに香る洋菓子のような、アリスの匂い。
――恐怖で凍えていた胸の中に温かい灯がともり、融きほぐされていく。
――こんな罪深い私に、臆病で、卑怯な私に、どうして貴女はこんなに優しくしてくれるの?
――師匠も優しい人だけど……きっとこんなことはしてくれない。
――理解、できない。思い出せない。
――それはきっと、とても大切で、かけがえのないもののハズなのに。
――……そう、これは……『思い出す』こと、なの?
――……なんとしても、『思い出さ』なければならない気がする。涙が溢れてきた。
――これを忘れてしまっていることは、とても悲しくて、寂しいことなのだろう。
――こうしてアリスと抱き合っていれば、遠い記憶の果てから『思い出せる』ことなのだろうか……。


『敵』はあまりにも突然にやってきた。

ハッとして鈴仙が我に返った時、いつの間にか彼女は仰向けで月を見ていることに気付く。
錆びた鉄の臭いが、喉と鼻を満たしていた。
それだけでなく、冷たい鉄の棒がアゴの下を突き抜けて口から飛び出ていた。
口だけではない。右胸、左肩、左わき腹、両脚、腰、身体のいたるところから固い物体が突き出て……

「…………………!」

鈴仙は全身を地面から生えた鉄の棒に串刺しにされ、宙に浮いていた。

(い、痛い痛い痛いいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!!)

自分の身体の現状を把握すると、思い出したかの様に全身を激痛が襲う。
無造作に地面に突き立てられた鉄棒。その中に鈴仙はデタラメに放り込まれていた。

体重で身体がゆっくりと引き裂かれてゆく。
鉄の棒に刻まれた凹凸が、ずり落ちるたびに骨と肉とを削りとってゆく。

動くことも、叫ぶこともできない。……だがそれは、今の彼女にとって『幸運』だった。
なぜなら……


「お姉さん……本当にその『古明地さとり』って女の子が、どこに居るかは、本当に、知らないんだね……?」

先ほど地底妖怪を襲っていたあの人間の声が、部屋の中から聞こえてきたからだ。

(あ、あいつ……やっぱり追ってきていた!!私達を、皆殺しにするために!!
 だが……私は、何をされた!?アイツがやったのか?どうやって?!)

「知らないわ……だから、離して……もう、やめて……」

次いで聞こえてきたのは、アリスの弱々しい声だ。
その声は、ついさっきの優しさを微塵も感じさせないほどに、震えていた。

ドン!ダンッ!ベキッ!!

「……ぎゃっ……!」

間髪入れずに畳に何か硬いものを叩きつけるような音。
そして、押し殺したようなアリスの悲鳴。

「指……私の、指が……」

その時鈴仙はようやく状況を理解した。

この少年は、あの地底妖怪『古明地さとり』に目を付け、追いかけている!

一発逆転のアイデアが閃いたか、運良く仲間の助けがあったのか、
とにかくあの後さとりは運良くあの人間から姿をくらまし……引き換えにアイツの怒りを買ってしまった。

そして怒りに狂うアイツは、


「アハハ、指ならまだ9本もあるじゃないか、極東の業界じゃこれくらいは通過儀礼のうちらしいよ?
 ダイジョウブ、ダイジョーブ……」

ダァン!

「ひっ……」

ギリッ、ミシリ、ミシリ、メキ……

「……ホラ、もう8本しかないぜ?結婚指輪もう付けられなくなっちゃったなぁーッ!……話せよ」

「あ、あ、ああ……知らない、本当に知らないのよ……」

何としても、手段を選ばずに、あのさとり妖怪の事を探しだそうとしているのだ。
無関係の者を拷問にかけるくらい何とも思わないのだ、あの人間は。

……そう、

(アイツ……見ず知らずのヒトにどうしてあんな酷いことができるの!?
 食べる為でもなく、身を守る為でもなく……恐怖と苦しみだけをいたずらに刻みつけて……
 アイツ、『バケモノ』だわ。そうだ、あの人間こそが、『バケモノ』なんだ……!)

抵抗も、逃走さえも許さずに、ゆく先々に悪意と暴力を撒き散らす。
あの存在こそが、正しく『バケモノ』なのだ。

殺されるんだ、みんな、みんな……!あの『バケモノ』のような人間に……!

その時、絶望にくれる鈴仙の背後……『下』から、微かな、小さく息を潜めた声が聞こえた。


「鈴仙……まだ生きてる?」

まさに今、あの『バケモノ』に蹂躙されている少女と同じ声。
『アリス』と同じ声だ。

(アリス……の、スタンド!?)

鈴仙が仰向けのまま瞳だけを左に目一杯動かすと、
視界の端で『アリス』が縁側の床下を這うのが見えた。
その顔は頭頂部から真っ二つに割れ、断面からは木目が覗いていた。
玄関で見張りに立ち、真っ先にアイツの攻撃を受けた『サーフィス』だ。

自律行動の可能な彼女が、『本体』と『その仲間』の危機に助けにきてくれたのだ。

「生きてるわね?なら聞いて、鈴仙、今から貴女を助ける……いえ、『私』を助けて欲しいのよ」
 『支給品』はポケットに入れてるわね?それを使えば貴女は助かるわ。
 その後、貴女の能力でアイツを撹乱して。……それだけで良いわ」

(…………アイツに、私が何をするって!?)

「『支給品』は少し分けてもらえる?……とにかく、そのあとは『私』で何とかする。
 貴女は好きに逃げて良い。……別にアイツを『食い止めろ』なんて言わない……」

(でも……アイツに、私なんかが……)

「お願いよ、どんな形であれ、アイツに反抗するのが怖いのは分かる。
 ……ひょっとしたら貴女、こんな怖い思いするくらいなら死ぬ方がマシって、まだ思ってるの?
 けど……『私』はまだ、生きたい。鈴仙、貴女の力が、必要なのよ」


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「ボスゥ、この女……本当にさとりとかいう女の事は知らないみたいです……」

『本体の』アリスの頭上で少年がつぶやくのが聞こえた。
やっと、『解放』されるのか?決して態度に出すことはできなかったが、
アリスは密かな安堵を覚えていた。

「……『解放』?いえ、ここはこの女の知り合いの情報について聞いてみましょう」

「……!!」

「そんな、『良い考えだ』って褒めて頂けるなんて……ありがとうございます!!
 ボク、頑張ってこの女から聞けるだけの情報を聞き出します!」

その『良い考え』を同行者らしき何者かに褒められた少年の声色は
まさに喜色満面(顔は見えないが)といった風であった。

ゾッとした。拷問はまだ続く。

ここに呼び出されている友たちの情報を吐き出さされ、まだまだ苦しまされ続けるのだ。
あの時『いっそ殺して』と叫んだ鈴仙の気持ちが理解できた気がした。

目の前……庭先で何本もの鉄の棒に串刺しにされて動かなくなっている鈴仙と
早く同じ目に逢いたいと願ってしまった。

だが、その串刺しの鈴仙が……フッとアリスの視界から姿を消した。
支えとなっていた鉄の棒が、庭に向かって倒れたのだ。

「ボス……ごめんなさい。刺し方のバランスが悪かったみたいで……
 違う!コイツ、まだ生きて……何っ!?」


縁側から、兎の耳が飛び出していた。
……1対ではない、何対もの耳が一斉に飛び出し……!
畳にうつ伏せで固定されたアリスの視界を、鈴仙の脚が埋め尽くす。

幻兎『平行交差(パラレルクロス)』。

鈴仙の狂気の瞳によって生み出された何人もの、何十人もの鈴仙が『同時に』、少年に向かって殺到した。

加速を付けて右ストレートで殴りかかる鈴仙。
肩を怒らせて詰め寄り、股間を膝で潰そうとする鈴仙。
カンフー映画のようなフォームで飛び蹴りを仕掛ける鈴仙と、コマのように回転しながら飛び蹴りを仕掛ける鈴仙。
四つん這いの状態から跳びかかり、喉笛を食いちぎろうとする鈴仙。
地を這うような鋭いタックルで膝を取り、そのままジャーマンスープレックスを仕掛けようとする鈴仙。
部屋の梁の上に張り付き、指先から弾丸を放つ鈴仙。

「力を、お借りします、ボス……『エピタフ』!!」

少年・ドッピオの額に浮き出た『エピタフ』が数秒後の未来を映し出した。
殴りかかる鈴仙、蹴りかかる鈴仙、掴み掛かる鈴仙、弾丸を放つ鈴仙……。
全てドッピオの身体をすり抜けている。偽物だ。
『本物の』鈴仙は右側方から回りこみ、赤い目から放たれる閃光を放ってきている……
だが、それも『キング・クリムゾン』の豪腕が弾き飛ばしていた!

「右側方!!『予知』が視え……」

予知に従い、右側方の『本物』に狙いを定めるドッピオを、異変が襲った。
『予知』で視える『赤い閃光』から、目が離せない……意識を釘付けにされる!!

「な、何ィ、この『赤い閃光』、『視る』のはマズイッ……!!」

意識を、抜き取られるッ、どうしても支えられないッ!!

「ボ、ボスッ……コイツの『能力』、ヤバい……!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


鉄の棒で庭先に串刺しになっていた鈴仙は、床下に潜む『サーフィス』に救出されていた。

サーフィスは鈴仙を串刺しにしていた棒ごと鈴仙を縁側の床下に引き倒し、
まず上半身に突き刺さっていた鉄棒を抜き取った。
その傷口は鈴仙がエニグマの『紙』としてブレザーに忍ばせていた不思議な縫合糸……
『ゾンビ馬』ですぐさま縫い合わされた。

デタラメに縫い合わすだけで傷口を塞ぐ『ゾンビ馬』の治癒力に、『サーフィス』の常人離れした動作スピードと、
コピー元のアリスに染み付いていた動作・『人形作り』の技術を応用した縫合、これらが組み合わさることで
鈴仙の臍から上の傷は3秒にも満たない時間で治癒された。

上半身の傷が塞がった所で鈴仙は軒下から顔を出し、
スペルカード・幻兎『平行交差(パラレルクロス)』を発動。
本体のアリスを拘束中のドッピオの目を欺くことに成功した。

ここまでは、『サーフィス』の作戦通りだった。

鈴仙のスペルを発動する間も、『サーフィス』による治療は何だかよくわからないような速さで続けられていた。
その最中、割れた頭の『サーフィス』が鈴仙に告げた。

「私が『本体』を助ける。逃げて」
「……嫌」

ほんの2秒のやりとりの間に下半身の治療も終え、鈴仙の姿をコピーした『サーフィス』と、『本物』の鈴仙が、
幻影の群れの中に飛び込んだ。


――アリスと抱き合っていて、思い出したことがある。
――『こと』と言うほど、はっきりしたものではないのかも知れない。
――おぼろげに思い出したのは、想い。
――長い時の流れの果てに、忘れ去ってしまっていた想い。
――私は、どうして兵士になったのか、もう覚えていない。
――志願したのか、徴兵されたのか、生まれつき兵士として育てられたのか?
――月に残っている軍の記録を漁れば、きっと分かるのだろう。
――だけど、それを読んでも他人の記録を読むようにしっくりと来ないに違いない。
――遠い昔のことだ、完全に忘れてしまった。
――それでもたった今、『想い』だけは思い出せた。
――今目の前で、倒れている『アリス』は、生命を賭けてでも守るべきものなんだ。
――兵士になりたての頃……今は友さえ平気で見捨てる私でも、確かにそんな『想い』を抱いていたはずなんだ……!

無数の『私』に混じり、私はあの『バケモノ』に突撃した。
頭の割れた『私』も、アリスを救い出すべく『バケモノ』の元へ向かっている。

そのアリスは……!ついさっきまで私を抱きしめていた腕が鉄の棒で貫かれている!
繊細なロウ細工のように白く、美しい指が……左手の薬指と小指が無残に切り落とされている!

痛い……私が、串刺しにされていた時よりも『痛い』。
信じられない、コイツ、どうしてこんな酷いことができる……!

生まれて初めてかも知れない、私が誰かに対して『殺意』を抱いたのは……!
私は分身に紛れて、奴の側方に回りこみ、
スペルカード・弱心『喪心喪意(ディモチヴィエイション)』を発動した。


「な、何ィ、この『赤い閃光』、『視る』のはマズイッ……!!」

や、やった、効いている!
師匠に聞いた話では、ヒトの知覚情報の8割を『視覚』が占めているという。
スペルカード・『喪心喪意』は、赤い『光』の波を放って視覚から精神に干渉するスペル。
奴と私の距離は約2メートル。
この距離で普通の人間がこのスペルを喰らったら数分は起き上がれないはず……。

「ボ、ボスッ……コイツの『能力』、ヤバい……!」

朦朧とする『バケモノ』に、私は迷わず『銃』を向けた。
トドメを刺す……!コイツは生きていちゃいけない!
だが、弾丸を放つその一瞬前に

「え、あがっ……!そん、な……!『二重人格』……!」

立つことすらままならない『バケモノ』から飛び出たあの『赤いスタンド』の拳が、
私のお腹にめり込んでいた。

そして、『バケモノ』は、『少年』ではなくなっていた。
『バケモノ』の体格は二回り以上も大きくなり、短髪だったはずの髪は背中まで伸びてマダラに染まっていた。

そして何より、その瞳!妖怪より妖怪めいておぞましく濁った、邪悪な瞳!
ああ、私は……本物の『バケモノ』を呼び起こしてしまったのだ……!

(ア、アリス……逃げて……!)

私の身体はふすまをなぎ倒しながら吹き飛ばされ、廊下を飛び越し隣の部屋のタンスにぶつかってようやく停止した。
もはや私にできることは、『サーフィス』に抱えられて逃げてゆくアリスの無事を祈ることぐらいだった。


死ぬのは、不思議とあまり怖くない。
最期の場所が『永遠亭』なんて、私なんかには勿体無いくらいの幸運だ。

ちょっとだけだけど、『兵士』らしい事もできて……これでやっと楽になれる。
お師匠も、姫も、てゐも、月に残してきた皆も……これで私の事、少しは『褒めて』くれるだろうか。

(『サーフィス』、後は頼んだわ。『指』は、忘れすに拾ったわね?『ゾンビ馬』は、ちゃんと持ってるわね?)

あの『バケモノ』はこちらに気を取られているのか、
後ろで背を向けて走り去ろうとする『サーフィス』とアリスには気付いて……

「気づかないとでも思っていたか、浅はかなカス共が」

ヤツはそうつぶやくとアリスから抜き取られた鉄の棒を『スタンド』で拾い上げ、
くるりと背後に向き直ると槍投げの要領で鉄の棒を投げつけたのだった!

私に化けた『サーフィス』はアリスとまとめて串刺しになり、部屋すら脱出できずにあっさりと縁側に倒れこんだ。
私の姿をコピーしていた『サーフィス』はただの木の人形に戻り、動かなくなってしまった。
『本体』のアリスが意識を失い、スタンド能力が解除されてしまったのだ。

……詰んだ。

――私はここで死ぬ。
――アリスも、永遠亭の皆も守ることもできないままに。
――アリスのおかげで思い出せそうな、『大切なモノ』が何なのかも分からないままに……!
――あの『バケモノ』の圧倒的な悪意を前にしたら、私は土くれのようなもの。
――拳一つ振り下ろすだけで、簡単に叩き潰される。それで終わり。
――所詮『歩』の駒に過ぎない、一山いくらの消耗品。
――……私は自分の事を、『兵士』というものを、そんな存在だと、そう思って『いた』……。


「アリスから……離れろォーーーーーーッ!!」

アリスが貫かれた次の瞬間、私は立ち上がり、あの『バケモノ』の背中に向けて『弾丸』を放っていた。
まだ立てる……私は、まだ戦える!

依姫様と豊姫様に厳しく鍛えて頂いたお陰か、お師匠様のキツいおしおきに耐えてきたお陰か。
あの地霊殿のさとり妖怪より、私の身体は頑丈らしい。
『たちなさい!』、などと言われるまでもなく、『血を吐きながら準備オッケー。』だッ!

「喰らえッ!喰らえ、喰らえ、喰らえェーーーッ!!」

私は全力で『弾丸』を連射しながら、『バケモノ』に向かって突き進んだ。
策なんて無い。とにかくアリスからヤツを引き剥がす!

「……!チッ!」

私の復帰に気付いたらしいあのバケモノは……舌打ちを残して『私の方を振り向くこともなく』あっさりと姿を消した。
……逃げたのか?

奴の、気がついたら姿が無くなっているこの感じ……似ている。
姫様の持つ『永遠と須臾をあやつる程度の能力』や、咲夜の持つ『時間を操る程度の能力』に……。

……だけど、彼女たちの能力とは違う、違和感も感じた。
奴が消える瞬間、私の放った『弾丸』は数十メートル先にジャンプして前に進んで庭先へと消えていった。
……奴に向かって突っ込んでいたハズの私の足元には、奴の向こう側に倒れていたアリスがいた。
そして足元のアリス……つい今しがた鉄の棒に貫かれた胸から溢れ出た血が、既に大きな血溜りを作っていた……!


私は……『数秒後の未来』に強制的にジャンプさせられたんだ。
私だけではない。……恐らく『奴以外の全ての存在』を未来へ向けて強制的にジャンプさせたんだ。
その数秒の間、……好きに行動できるのは奴だけで……奴は意のままに数秒後の未来を操る事ができるんだ。
直接発動の瞬間を目の当たりにして、ようやく判った。
言わば『時間を飛ばす』程度の能力!それが奴の能力の正体……。

……恐らく奴は逃げていない。目の前で『能力』の発動を見られたんだ。
能力が不調なせいか、物陰越しに奴の『波長』を読む事はできないが……。
対策を練られる前に片付けようと、今もすぐ近くで息を潜めているはずだ!

「どこだ!どこへ行った!」

私は、部屋中をデタラメに撃ちまくった。
ふすま、障子、天井、床下、鏡……。

奴は『邪仙のカンザシ』をその手に持っていた……。
話に聞いていただけで本物を見るのは初めてだが、あのカンザシは壁に簡単に穴を空けることができ、
その穴は通り抜けた後にすぐに元通りになるという。

『時間を飛ばす』能力と組み合わせたら、どこからでも私達を襲うことができる……。
アリスが床に埋まっていたのも、あのカンザシを使ったためだろう……。
……後で師匠に怒られるのは、覚悟の上だ……奴の隠れそうな場所は全部吹き飛ばす!

「くそっ、どこだ、どこだァッ!!」

……ダメだ、弾幕の連射速度が伸びない。
いつもの調子だったら、通常の弾幕だけで全方位をまとめてハチの巣にできるのに!
これだったら、火薬式の銃でも使った方がマシだ……!

高威力のスペルカードなら……それもダメだ、たとえ周りを吹き飛ばしても、
それで奴を殺しきれる保証はどこにもない!そして、終わり際の隙を狙われる!

その間にも、アリスの胸の傷穴からは脈打つ様に血が噴き出て、周りの血溜りは更に広がっていく……!
一刻も早く『ゾンビ馬』で傷を塞がなければ……!
でも……治療のために隙を見せたら、その瞬間に殺られる!


……それが奴の狙い!……アリスにトドメを刺さずに身を隠したのは……!

「くっ……アリス、アリス!うおおおおおおおお!」

……だが、私にはアリスを見捨てることなどできなかった。
私は銃撃を止めて屈み込み、アリスの身体に覆いかぶさる様に倒れていた『人型の物体』を跳ね飛ばした。

そして『私』がゾンビ馬を取り出したその瞬間に……アリスの血溜りが、『グン』と一瞬にして大きくなった。

時間が『飛んだ』ッ!

その瞬間を狙って、『私』の右眼からレーザー光線・イリュージョナリィブラストが放たれる!
狙う先は……さっき『弾丸』でヒビを入れた鏡!!
ひび割れた鏡を『乱反射』したレーザーは、部屋中、全方位に向かって散乱した!
もちろん、縁側で倒れているアリスにもそれは降り注ぐ!
だがそれは『私』自身の身体を盾にして防ぐ!
その『私』の体にはもちろん、

「やはり、『アリス』とやらを生かしておいたのは正解だった……
 貴様がどれだけデタラメに撃ちまくろうと、
 まだ生きている『恋人』には当たらないようにするだろうからな……」

レーザーから隠れた位置に出現したヤツの『赤いスタンド』の腕が突き出ていた!
そこで私は叫んでやった。


「「かかったな、⑨(バカ)が!」」

と、『私に化けたサーフィス』と障子の陰に隠れた『本体』で、
『ステレオ』で叫んでやったッ!

「お前が今殴ったのは……人形だッ!」

アリスの治療の為に屈み込むと同時に、
私はアリスの頭に挿さっていた『サーフィスのDISC』を自分の頭に挿しこんでいた。

そして、スタンド能力『サーフィス』を再起動して、木人形を私の姿に変えてオトリにした!

『サーフィス』の目からレーザー光線を放っているように見えたのは、割れた頭の部品の一部を鏡と差し替え、
本体から放たれるレーザーを反射させたからだ!

「!!」

「こっちを『視た』わね……」

そして奴がこちらを……『本体』の私の方を向いた時、
私は、最大の切り札を発動……

「幻朧(ルナティック)……うっ!?」

発動できない!
視界が赤くかすんで、『狂気の瞳』が使えない!
……これは……『血糊』!?

「その程度の策を、『エピタフ』無しで『予測』できないと思ったか!?
 とはいえ、スタンドを覚させる『DISC』とやら、そして貴様のその『眼』
 ……初めて見た時は少々肝を冷やしたがな……
 血糊で潰せば恐るるに足らん……くらえっ!!」

そして、血糊越しの視界から、すさまじい威力の『スタンド』のパンチが私に襲い掛かったッ!


「ぐはっ……!」

その衝撃は凄まじく、私の身体は庭先までは弾き飛ばされた!

「ま、まだだッ……!」

「スタンドの攻撃を『生身で防いだ』だと……!」

そう、私は、ボディに向けて放たれたパンチを、腕を十字に交差してどうにか『ガードしていた』。
おかげでこの『鬼』か『吸血鬼』のようなパワーの攻撃を受けても、何とか腕の骨にヒビが入る程度で済んでいた。

そうだ、たとえ『鬼』に殴られようとも、この玉兎の『エース』が一撃程度で倒れるものか。倒れてなるものか。
私は再び立ち上がり、拳を握ってファイティングポーズを取った。

「どこまでも、どこまでも肥溜めのゴキブリの様にしぶとい小娘が……!
 だがその命運もここで尽きる……!『エピタフ』ッ!!」

「う、うおおおああああああ!!」

私は、頭を両腕でブロックしながら、全力で地面を蹴って奴に突撃した。


――怖い……!
――あんな『時間を飛ばす』能力と、『鬼』のようなパワーを持つ相手に向かっていくなんて、
――アイツの敵意を真正面から一身に受けるなんて……頭がおかしくなりそうだ。『涙』が溢れてくる。
――確かに私は本気の殺し合いではないにせよ、『鬼』や『吸血鬼』や『神様』と殴りあったことはある。
――でもそれは幻覚で撹乱したりしながら、どうにかだましだまし渡り合えたというだけのことだ。
――『眼』を封じられた状態で殴りあったら、1分も経たずに『玉兎のつくね肉』になる自信がある。


目の前のスタンド使いの人間もまた、鈴仙に向かって全速力で走り出した。

(視えた!……1.5秒後、小娘の腹はこの『キング・クリムゾン』の腕がブチ抜いているッ!)

――けど……アイツだって『怖い』のは同じハズなんだ。私のことが『怖い』に違いないんだ。
――……でなければわざわざ隠れてから奇襲なんてマネするもんか!
――『同じ』なんだ!私とアイツは!持っている『能力』が違っていても、人間と妖怪の違いがあっても!
――アイツはとても手の届かない『バケモノ』なんかじゃないし、
――私は拳一つで潰れる『土くれ』なんかじゃない!『同じ』なんだ!
――『同じ』だから、戦うんだ!
――戦うから……『兵士』がいるんだッ!!

「やはり運命に選ばれたのはこの『ディアボロ』だッ!!死ねェ!小娘ェェェーーーッ!!!」

そして彼我の距離が2メートルまで縮まった瞬間、
私のがら空きの腹部に向けて、キング・クリムゾンの渾身の右腕が砲撃めいた勢いで振り下ろされたッ!

「ガハッ!」

私はそのパンチを半身になってかわす……かわしきれない!
衝撃の余波が皮膚を抉る!臓腑を揺るがす!
『パンチ』は私の服をかすめただけなのに!
だが……!

「捕まえたああ!!」


私は、左腕で『キング・クリムゾン』の、『スタンド』の右腕を『抱え込んだ』。

あの時、アリスから聞いていた……スタンドが『精神の力』の発露の一種だろうということは……。
つまり、『スタンド』は、『霊力』や『魔力』や、『妖力』と『同じ』なんだ……。

だから、私の『波長を操る程度の能力』で、スタンドに『位相』を合わせた『妖力』を身にまとえば
こちらから『スタンド』に『干渉』できる……つまり、『スタンドに触れる』んだ……!

「……この『光景』!『エピタフ』の予知と同じッ!!
 『K・クリムゾン』の右腕は小娘の腹を『ブチ抜いていた』のではなく、『脇に抱え込まれていた』だとッ!」

やっと捕まえた……!
奴の『スタンド』の表情が、歯を食いしばり目を見開いた、『怯えた表情』が、『ハッキリと』良く見える……!
そして、残った左腕と両足が私を攻撃する前に……!

「今度こそ喰らえ!スペルカード……!」

――私は今まで生きてきて初めて自分が『臆病』な性格で良かったと思った。
――兵士として長い永い間生きてきて、ずっとその『臆病』さで怒られ続けてきていて、
――自分でもそんな性格が嫌で嫌で仕方なくて、それでもどうやっても直せなくて……
――私に生まれた時から植え付けられていた『呪い』だと思っていた『臆病』さが、
――今やっと初めて、役に立ったんだ……!
――なぜなら……!


「小娘、貴様!!『血の目潰し』が!!」

――アイツに立ち向かう『恐怖』で私の目から流れ続けていた『涙』が、『血糊』を洗い流してくれたからだ。

「『幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)』」

「まずいッ『キング・クリムゾン』!!『時間を吹きとばせ』ェッ!!」

鈴仙の両眼から放たれる閃光が、永遠亭の庭全体を数秒の間サイケデリックな赤い縞々模様に染め上げた。
直視すれば発狂は免れない、五感を通じて精神を侵す『狂気の波』だ。
光だけではない、音波、妖力の『狂った波』が、感知できる領域とできない領域でヒトの精神を蝕む。
この距離で『本来の出力』で放たれれば、ヒトの脳味噌など簡単に沸騰して味噌汁に変わってしまう。

……『吹き飛ばされた時間』に逃げたディアボロも、その波から逃れる事はできなかった。

「ぎゃああああああああああ!!」

気が付いた時、鈴仙のL.R.E.……『幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)』は発動を終え、
目の前には絶叫して頭を抱えてのたうつディアボロの姿があった。

時間を吹き飛ばされる前にL.R.E.で意識を奪えるかどうかは、正直賭けだった……。
『時間が吹き飛ぶ』のを感じた時は『負けた』と思った。
だがどうやら『吹き飛んだ時間』の中でも、L.R.E.は効果があったらしい。


――危ない所だった……。
――アイツのスタンドが『キング』じゃなくて『ジョーカー』だったら私が負けていた所だった……。

『吹き飛ばされた時間』で、ディアボロが物理的な干渉を受けることはない。
……だが、モノを『視る』ことができる。
『吹き飛ばされた時間』でL.R.E.の『可視光線』の成分を至近距離で直視してしまったディアボロは、
死には至らなかったにせよ、両目からハンドミキサーを押し込んで脳を撹拌されるような、
想像を絶する……としか表現できない苦しみを味わっていたのだった。

「あぎゃああああああああああ!!」

「ハア、ハアッ……!……今、楽にしてやるッ」

転げまわる男の頭に向け、鈴仙は静かに『照準』を合わせた。
コイツは外道だが……それでもヒトがこんな風に苦しむ様子を見るのは忍びない。
……こんな相手に同情するとは思ってもみなかったと、鈴仙は自嘲した。

バシュン!バシュン!

小さな発射音と共に鈴仙の指先から放たれた『弾丸』だったが、それが男の生命を奪う事はなかった。
地面に刻まれた2つの弾痕だけが、男のいた場所に残された。
竹林の方から、やぶをかき分ける音が遠ざかっていくのが聞こえる。

「逃げられた……。『若い方』が出てきて、『時間を飛ばした』か……!」


鈴仙には撃った瞬間、『男』が『少年』の体格まで縮むのが見えていた。
最初に『喪心喪意(ディモチヴィエイション)』で黙らせた方の人格が目を覚まし、
もう一人を助ける為に『時間を飛ばして』逃げたのだろう……。
追い掛けてトドメを刺さなければ……だが、鈴仙にはその前にどうしてもやることがあった。

「……アリス……アリスは!!」

縁側でぐったり動かなくなっているアリスに飛びつく鈴仙。
床にできた血溜りはいよいよ縁側から滴り落ち始めていた。
元より色素の薄かった皮膚は、ほとんど土気色に変わっていた。
極めつけに

「アリス……脈がない……!」


鈴仙は、泣いていた。

『ひとりぼっち』の病棟で、『顔の割れたアリス』の胸を借りて、肩をゆすり、静かに泣いていた。
目の前のベッドに横たわっているのは、『アリス』の亡骸。

鈴仙は『サーフィス』と共に、アリスの生命を救うべく、師に教わったとおりの、できる限りの手を尽くした。
だが先刻のディアボロの攻撃で、彼女は余りに多くの血を流し過ぎた。
アリスに鈴仙の忘れかけていたあのぬくもりが戻ることは2度と、ない。
『ゾンビ馬』で縫い合わされた指も、死体には効果がなく、ボトボトと床に落ちてしまった。

あの時もう少し早く立ち上がることができていれば。
私に師匠のような医術の知識と技があれば。
鈴仙は何度も何度も自分を責めた。

『アリス』はそんな鈴仙の話を、ずっと傍にいて聞いてくれていた。
私のせいで『貴女』は死んだようなものなのに、どうして『貴女』はそんなに優しいの?

そう、『アリス』はどこまでも優しかった。……でも、彼女は所詮木人形。
その体は本物とは似ても似つかず、冷たくて、固かった。

鈴仙がいくらすがっても、やりきれない思いだけが積もっていった。


遂に鈴仙は、

「……『スタンドDISC』を私の頭から抜いて『サーフィス』を解除するわ」

と、今生の別れを切り出した。

「知っての通り『サーフィス』は死んだ人間を『コピー』することはできない……。
 だからアリスがまだ『生きている』間にコピーした貴女は、もう二度とアリスの姿になることはない。
 これが『最期』よ。最期に、『アリス』に代わって言っておきたいことは無い?」

「……幻想郷の皆が一人でも多く生き残れるように、貴女の力で守ってあげて。
 それから、これはできればで良い……私のカタキを討って。」

「もちろんよ。……それで終わり?」

「………………」

「………………」

「……ねえ、鈴仙。もし、貴女が、…………
 …………なんでもない。いいわ、外して」

「……分かった。『DISC』を抜くわ。
 私からも。……本当は『アリス』に言いたかったんだけど……ありがとう。
 私が戦えたのは、貴女のおかげだった。……さようなら」

「さよなら……ね」

鈴仙が頭から円盤を抜き取ると、木人形にまとわりついていた幻像はフッと消えてなくなり、
力を失ってガラガラと病室の床の上に崩れ落ちた。


その後鈴仙は庭の片隅にアリスを埋めると、荷物をまとめ、軽い休息を取った。

「あの男……いえ、今は『少年』だったかしら?
 確か『ディアボロ』と名乗っていたはず」

空が明るくなり始めた頃、彼女は永遠亭の門をくぐり抜けて竹林へと歩き出した。

「待ってなさい……今、殺(け)してやる」

鈴仙の瞳は、いまだかつて無いほどに紅く、熱く燃えていた。

【アリス・マーガトロイド@東方妖々夢】死亡
【残り 76/90】

【D-6 迷いの竹林(永遠亭前)/早朝】
【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:疲労(中)、体力消耗(小)、妖力消耗(大)、(外傷は「ゾンビ馬」で完治)
[装備]:なし、(ゲーム開始時に着ていた服は全身串刺しにされて破れたため、永遠亭で調達した服に着替えました。)
[道具]:基本支給品(食料、水を少量消費)、スタンドDISC「サーフィス」、
 サーフィス人形(頭部破損・腹部に穴(接着剤で修復済み)、全身至る所にレーザー痕)、
 ゾンビ馬(残り40%)不明支給品0~1(現実出典)、鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品
[思考・状況]
基本行動方針:アリスの仇を討つため、ディアボロを殺す。
1:ディアボロを追って殺す。確か今は『若い方』の姿だったはず。
2:永遠亭の住民の安否を確認したい。(今は仇討ち優先のため、同行するとは限らない)
3:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
4:危険人物は無視。危険でない人物には、ディアボロ捜索の協力を依頼する。
5:永遠亭でアリスに抱きしめられた時に感じたあの温かい感情が何なのか、知りたい。
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。
 波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。
 波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※サーフィス人形の破損は接着剤で修復されましたが、実際に誰かの姿をコピーした時への影響は未定です。


「逃げるんだ、今は、とにかく……身を隠さなければ……『ボスが帰ってくる』まで……」

竹やぶをかき分け、逃げるように永遠亭から遠ざかる『ドッピオ』。
その足取りは酔っぱらいのようにおぼつかない。

『キング・クリムゾン』のスタンド能力を使いすぎた疲労と、
『幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)』のダメージが後を引いているためだ。

精神は2つだが、身体は……脳は1つ。
それはすなわちディアボロの精神を傷つけた『幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)』のダメージが、
ドッピオにもいくらか伝わる事を意味していた。

「あの『兎耳の女』はヤバイ、ヤバすぎる……
 視るだけで精神をかき乱す眼なんて……『キング・クリムゾン』の、いや、
 『スタンド使い』の『天敵』じゃないのか……!?」

それでも、彼は前向きだった。

「でもあの時、何としても『生き延びろ』!永遠亭でボスはボクにそう言った。
 『お前の力を信じているぞ』と、ボスはボクにそう言ってくれた!」

「だからボクは、どんな手段を使っても生き延びるんだ、
 『兎耳の女』もいずれ絶対に始末して……!」

「そうすれば、ボスはボクを『褒めてくれる』……
 ボクにとってはそれが一番の喜びなんだ、ボスが『褒めてくれる』なら、
 ボクはどんな困難にも立ち向かえるんだ……!」


そう、敬愛する『ボス』に『褒めてもらう』ためなら、彼はどこまでも戦える。
たとえそれが傍目には『哀しき一人芝居』に映ったとしても……。

【ディアボロ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風】
[状態]:首に小さな切り傷、体力消費(大)、ドッピオの人格で行動中、
   ディアボロの人格が気絶中、酷い頭痛と平衡感覚の不調
[装備]:なし(原作でローマに到着した際のドッピオの服装)
[道具]:基本支給品×2、壁抜けののみ、鉄筋(残量90%)
   不明支給品×0~1(古明地さとりに支給されたもの。ジョジョ・東方に登場する物品の可能性あり。確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:参加者を皆殺しにして優勝し、帝王の座に返り咲く。
1:『ボス』が帰ってくるまで、何としても生き残る。それまで無理はしない。
2:新手と共に逃げた古明地さとりを探し出し、この手で殺す。でも無理はしない。
3:『兎耳の女』は、いずれ必ず始末する。でも無理そうなら避ける。
[備考]
※第5部終了時点からの参加。ただし、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの能力の影響は取り除かれています。
※能力制限:『キング・クリムゾン』で時間を吹き飛ばす時、原作より多く体力を消耗します。
※ルナティックレッドアイズのダメージにより、ディアボロの人格が気絶しました。
 ドッピオの人格で行動中も、酷い頭痛と平衡感覚の不調があります。時間により徐々に回復します。
 回復の速度は後の書き手さんにお任せします。


支給品紹介

鉄筋@現実
 異形鉄筋(いけいてっきん)と呼ばれる、建築資材。
表面に独特のブロック状の凹凸が付けられた鋼の棒であり、
鉄筋コンクリート構造などの材料として広く用いられている。
今回支給されたのは、直径15~20mm、長さが1m~2mのもので、本数は100本程度である。

ゾンビ馬@ジョジョの奇妙な冒険 第7部 スティールボールラン
 不思議な治癒効果を持った縫合糸。
傷口をデタラメに縫い合わせるだけで、たちどころに治す力を持つ。ちぎれた手足さえ治すことができる。
ネアポリス王国からSBR選手のジャイロに支援物資として送られたものであるが、その詳細は不明。
今回は縫い針とセットで支給されている。

壁抜けののみ@東方神霊廟
 邪仙・霍青娥がかんざしがわりに頭に着けている金色ののみ。
どんな壁でも瞬時に穴を空けることが出来る代物で、
しかも空いた穴はわずかな時間で跡形もなく元に戻る。
ゲーム開始前に霍青娥から没収され、彼女の頭には同じデザインのただのかんざしがつけられている。

061:Lost://www~ロスト・ワールド・ワイド・ウェブ~ 投下順 063:少女が見た空想風景
060:Rainy day,Dream away 時系列順 065:Roundabout -Into The Night
038:途方も無い夜に集う ディアボロ 083:デッドパロッツQ
038:途方も無い夜に集う 鈴仙・優曇華院・イナバ 076:月の兎は眠らない
038:途方も無い夜に集う アリス・マーガトロイド 死亡

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最終更新:2014年06月19日 00:48