「………ッ、はぁーっ…………」
『ウェス・ブルーマリン』はずるり、ずるりと身体を引き摺る様に走り続ける。
ほんの僅かに明るくなり始めた空が照らす風景はどこまでも続いているかのような草原。
無我夢中で走り続けていた。どれほどの時間が経過したかも覚えていない。
あの場所から逃げ延びることに必死で、もはや方向感覚すら失っていた。
「はぁー………はぁーッ………!」
身体の傷が痛み、荒い息が口から吐き出される。
初老に差し掛かった体力の衰えを確かに感じる。失われた年月の重みが身体にのしかかる。
それでも彼は休息の地を求めてよろよろと走り続けていたが、もはや疲労の限界が訪れたのか。
視界の先に樹木が見えたことを確認し、そちらの方へと歩み寄って行く。
一先ず、一時的にあの木陰で休息を取ることにしたのだ。
木陰へと入り込み、樹木を背もたれにして彼はゆっくりと座り込んだ。
「………ッ………」
肋骨や内臓、背中の打撲の痛みが先程から響いている。
走り続けた疲労も上乗せされてか、その苦痛が次第に増しているかのようにも感じられた。
それ故に、暫しの時間彼はこの木陰で休息を取ることにした。
「………ペルラ……、……俺は…………」
幾許かの時間が経過し、少しずつ疲労が治まってきている中。
荒い息を整えながらウェスはゆっくりと顔を上げ、木の葉の隙間から覗く月明かりを見上げる。
自然と、『喪った恋人』の名が口から漏れる。
情けなかった。ゲームが始まってから精々数時間足らずで、こんな無様な姿になっている自分が。
先の戦いで誰一人として殺せず、むざむざと逃げ延びている自分が。
俺はこんなザマでペルラを取り戻せるというのか?
亡くした過去を取り戻せるというのか?
『孤独』の俺が、途方も無いこの戦いを勝ち抜けるというのか?
(クソ、何を考えているんだ…俺は)
ギリ、と歯軋りをしながらウェスは己の胸中に渦巻く疑念を強引に振り払おうとする。
俺は、覚悟を決めたんだ。この戦いに勝ち残り、ペルラを取り戻すと。
他の参加者全員を殺してでも高みに登る決意は既に決めているのだ。今更悩む必要なんて無い。
それ故に今の身体に多大な疲弊を感じていることが屈辱だった。
今はただ、『乗っている』連中に見つからない様に休むことしかできない。
それが再び先程までの疑念を脳裏に過らせる。
無様な思考に飲まれつつある自分が、悔しかった。
感情を落ち着かせようと、再び空を見上げる――――
その直後のこと。
どこからか、人の気配が感じ取れた。
そしてウェスの耳に、聞き覚えのある声が入ってくる。
「お前……ウェザー?」
ウェスはゆっくりとそちらの方へ顔を向ける。
木陰に入り込んできたのはドレッドヘアーが特徴的な長身の女だ。
彼はその姿に、その声に覚えがあった。
記憶を取り戻す前、『ウェザー・リポート』だった頃に仲間であった女。
あの刑務所における徐倫の友達だった囚人。
少し驚きつつも、ウェスはその名を静かに呟いた。
「…エルメェス…」
◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆
あれからエルメェスはエア・サプレーナ島を何とか抜け出せた。
館のような島中を駆け回り、漸く小さな舟を見つけ出すことが出来たのだ。
(余り目立たないような小さな船着き場に小舟が幾つか停泊していた)
とはいえ、力仕事で舵で漕ぐような小舟であったが故にあの湖を抜け出すことには少々手間取ったが。
水上での小舟の移動に苦心したことで方向感覚も失いかけてしまったが、なんとか地上へと乗り出すことが出来た。
そこそこの時間を経て、ようやく地上へと辿り着いたエルメェスは一先ずの目的を再確認する。
目指すはC-4地点に位置する『アリスの家』だ。
空条徐倫がいるとなれば、早い内に合流はしておきたい。
何よりも『あのメール』の意図も気になる。
小舟を放棄したエルメェスはだだっ広い草原を駆け抜けていた。
両足を躍動させ、全速力で走り続けていた。
(ん……?)
そんな中で、彼女は草原に立つ樹木を発見した。
走りながらふとそちらの方へと目を向けてみると、木陰に人がいることにも気付く。
この会場に居る以上、参加者であるのは間違いないだろうが…どうやら負傷している様にも見えた。
警戒心もあったが、怪我人だとすれば放っておくのも忍びない話だ。
徐倫の安否も気になるが…仕方がない。
エルメェスはそのまま足を止め、そちらの方へと近寄ってみたのだが…
彼女はその男の姿を見て、驚愕することになる。
「お前……ウェザー?」
◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆
「ウェザー。随分疲れているようだったが…大丈夫なのか?」
「…微妙な所だな……恐らく、肋は数本折れている。背中もさっきから痛む」
エルメェスはウェザーの隣に座り込み、声をかける。
名簿で確認はしていたが、ウェザーが目の前にいるという事実に改めて驚かざるを得ない。
最初は警戒した。私が最後に記憶している『ウェザー・リポート』は―――『記憶を取り戻したウェザー』だ。
そして、彼の死もこの目で見届けた。
彼は私達の目の前で死んでいるはずの人間だ。
少なくとも、あの『虹』が出ている様子は見受けられない。
その言動も記憶を失っている頃の様に、落ち着いている様に感じられる。
このウェザーは、『記憶を失ったままのウェザー』なのだろうか?
それとも、徐倫に己のスタンドDISCを託したウェザーなのか。
あるいは――――凶暴なままの人格のウェザーが、演技をしているだけなのか。
そんな可能性が脳裏に過ってきた。
でも、もし徐倫だったらこんな時にどうする?
きっとアイツなら、迷わずウェザーを信じるだろう。
だったら…私も、今は『ウェザー』を信じてみることにしよう。
私は、あいつほどウェザーと関わっている訳ではない。
だけど、それでも『信頼出来る仲間』であることには変わりは無い。
『あの時』の私はウェザーを信じることが出来なかった。『敵』だと断じてしまった。
だからこそ、今は『味方』でいようと思った。
不器用な彼女の優しさは、その思考に至った。
「……だったら、怪我…看てやるよ」
「………?」
「ほら、……その、さっさと上着脱げよ。背中の傷とか、私が看てやるっつってんだよ」
言いづらそうに促すエルメェスに少し驚きつつも、ウェザーは黙って服の上着を脱ぐ。
サッと上着が雑草の生えた地面に置かれ、体格のいい身体と共に腹部や背中の痣が露になる。
背中の痣をまざまざと眺めつつ、エルメェスはデイパックから救急箱を取り出した。
「その救急箱はお前に支給されたのか?」
「いや、私がさっきまで居た島の館の中で回収した」
そう言いつつ、エルメェスはウェザーに背中を向かせた。
そのまま彼女は、ウェザーの背中の痣の部分に湿布を恐る恐る貼り付ける。
率直に表現すれば、その貼り方は余り上手とは言えない。
湿布に少しだけ皺が伸びてしまっているのだ。
「…………」
無言で処置を受け続けるウェザー。
続いて、包帯をこれまた慣れない手つきでウェザーの身体に巻き始める。
ぎこちない動作だ。この処置に効果があるのかどうかも、正しい処置なのかも解らない。
ただ、少なくともエルメェスに応急処置の経験が殆ど無いことだけは何となく解る。
「…お前、応急処置下手だな」
「う、うるせーなッ!ケガ人なんだから余計な口出しすんじゃねーっての!」
ウェザーのさり気ない指摘に対し、エルメェスは顔を真っ赤にしながら声を荒らげる。
そんなエルメェスの姿を見て、ウェザーの口元にフッとほんの少しだけ笑みが浮かんだ。
「……ほら!終わったぞ!」
包帯を巻き終えたエルメェスがウェザーに対してそう言う。
エルメェスを少しだけ横目で見ていたウェザーだったが、すぐに脱ぎ捨てた上着を着直す。
軽く頭を下げて礼をするウェザー。
直後に、何とも気まずそうに頭を掻いているエルメェスの顔をじっと見つめ。
「…おい、エルメェス」
「顔が近ェぞ」
唐突にウェザーはエルメェスの顔をグイッと覗き込む。
ウェザーの顔が無駄に近い。生暖かい鼻息がかかるくらいの距離感だ。
妙な顔の近さもあってか、若干煩わし気な表情でエルメェスはウェザーの顔を見る。
「お前、さっきから様子が妙だ」
「何?」
「俺を見る目が、奇妙だ。まるで居るはずの無い人間を見ているかのような…そんな目だ」
眉を少しだけ顰めていたエルメェスに対し、ウェザーは淡々とそう伝える。
そう指摘されたエルメェスの表情が、次第に真剣な物へと変わっていく。
見抜かれていたかと言わんばかりに、フッと明後日の方向を向く。
少しの沈黙の後に、エルメェスはウェザーを真っ直ぐに見据えた。
「……先に聞いておく。私がこれから言うことを、信じてくれるか」
先程と同様の真剣な表情と声色で、エルメェスはそう問いかけてくる。
その問いかけを聞き、ウェザーは黙って彼女を見ていたが。
「……、……ああ」
こくりと頷きながら、そう言った。
ウェザーの返答を聞き、エルメェスは少しばかり躊躇うような様子を見せる。
しかし、直後に意を決した様にウェザーを再び見つめた。
そして―――エルメェスは、ゆっくりと口を開く。
「…ウェザー・リポート。お前は、私達の目の前で『死んでいるんだ』」
エルメェスの発言を認識した途端、ウェザーの心中に驚愕と唖然が入り交じる。
隠し切れない動揺のまま目を見開き、彼はエルメェスを見つめる。
エルメェスの表情は真剣だ。その態度を見る限り、彼女が嘘を吐いているとは思えない。
いや、そもそもエルメェスがこんな嘘を吐く理由が無い。
恐らく彼女が言っていることは真実だ。
ウェザーの心が、魂がそう確信していた。
先程まで自分を妙な視線で見ていたことの『答え』は、『死んだはずの人間と遭遇したから』だったのか。
「………そのことを…詳しく聞かせてくれ。全てを、聞かせてくれ」
驚愕を隠し切れぬウェザーが言葉を漏らした。
死んだはずの自分の『真実』について、知る為に。
僅かな沈黙の後、エルメェスはゆっくりと頷く。
―――エルメェスは全てを語った。
ウェザー・リポートは記憶を取り戻したことを。
記憶を取り戻したウェザーが秘めていた『悪魔の能力』が、町中を大混乱に陥れたことを。
エンリコ・プッチ神父と死闘を繰り広げ、後一歩の所でプッチ神父に敗北し殺されたということを。
その死に際に、ホワイトスネイクを利用し自身のスタンドをDISCに変えて徐倫に全てを託したということを。
「ウェザー。お前は、此処に来る前の記憶…覚えているか?」
「…フロリダ州の、オーランドの病院に居た。そこまでは覚えている」
エルメェスの語った瑣末を咀嚼し、驚愕を隠せぬままにウェザーはぽつりと呟く。
記憶を取り戻したことは朧げながら覚えている。
だが『悪魔の能力』が町中を大混乱に陥れた?
確かに俺は『ヘビー・ウェザー』という能力を持っていた。
しかし、記憶を思い出す限り俺はまだ『病院』にいた。
それに『虹』の侵蝕は病院から街にまで即座に達するほどのスピードは無い。
それだけではない。神父と戦い、敗北した…?
そして俺は――――徐倫にDISCを託して、逝ったらしい。
驚愕と共に思考を重ねるウェザーを見つつ、エルメェスは口を開いた。
「成る程な…。もしかしたら、あの主催者共の能力は……」
「……まさか…『時間を超越するスタンド能力』とか…か?」
「ああ。そうでも無ければ、この『記憶のズレ』は説明出来ないぜ」
エルメェスとウェザーの間に一つの仮説が生まれた。
主催者は『時間を超越するスタンド』を持っているのではないか?
ウェザーの記憶は「フロリダ州オーランドの病院」で途切れている。
だが、エルメェスの記憶は「ウェザーの死を見届け、ケープ・カナベラルへ向かう途中」だったと言う。
記憶に明らかなズレがあるどころか、エルメェスはウェザーも知らない未来のことを体験してきているのだ。
そのことから、消滅したはずのFFが名簿に載っている理由も予想は出来る。
「この殺し合い、もしかしたら『あらゆる時間軸から参加者が呼び寄せられている』のかもしれない…」
エルメェスの語った推測を聞き、神妙な顔でウェザーは黙り込む。
同時にエルメェスも何とも言えぬ表情を浮かべながら口籠った。
彼女は思う。自分達は、時間をも超越する相手を前にしているのかもしれないのだ。
プッチ神父をも超える強大な能力。そんな相手に勝ち目があるのか…?
そのことに対し、エルメェスは不安さえ覚えてきた。
「……あくまで『仮説の一つ』として考えよう。可能性は高いが、まだ確証は無い」
ウェザーは推測を一先ず保留として置くことにした。
恐らく可能性は非常に高い。だが、このまま断定するのにはまだ早い。
慎重な意見を前にし、エルメェスは静かに頷く。
「…ウェザー、もう一つ教えておきたいことがある」
「何だ」
「徐倫のことだ」
そう言ってエルメェスが懐から取り出したのはPCタブレット。
何度か操作を行い、メール画面を開いてウェザーにそれを見せつける。
「花果子年報…メールマガジン?」
ウェザーはメールの件名を呟き、その内容へと目を向ける。
そこに写っていたのは『空条徐倫』の姿だ。
魔法使いのような半べその少女と対峙し、お互いの攻撃を叩き込んでいる光景が映し出されている。
同時に解ったのは、『アリスの家』という場所で起こった出来事であるということ。
魔法使いの少女は『霧雨魔理沙』という名であり、『姫海棠はたて』なる記者が二人にインタビューを行うということ。
「私は、このアリスの家へ向かう。徐倫の安否が気になる」
ウェザーが記事を見たことを確認すると、エルメェスはタブレットPCを再びデイパックにしまう。
そして、その場からゆっくりと立ち上がった。
どうやらエルメェスは、これから移動を始めるつもりらしい。
その直後にエルメェスはふっとウェザーの方へと振り返る。
「ウェザー、お前も一緒に来てくれないか」
ウェザーに対し、凛とした表情でそう呼び掛けてくる。
彼はエルメェスの誘いを聞き、彼女を真っ直ぐに見つめた。
「徐倫のことだってある。だけど、それだけじゃない」
決意を固める様に拳を握りしめ、エルメェスは言葉を紡ぎ続ける。
「あの主催者共がどんな力を持っているのかも解らない。どれだけ強大なのかも解らない。
それでも、私はアイツらを…会場に居るプッチ神父共々!この手でブッ潰してやるつもりだッ!」
―――エルメェス・コステロは声高に、勇ましくそう宣言した。
物怖じをすることもなく、生殺与奪を握られたことに絶望をすることも無く。
彼女は、ハッキリとこの殺し合いへの反抗の意思を示して見せた。
「………。」
勇ましいエルメェスの姿を見たウェザーの脳裏に、彼女の姿が重なる。
黄金の精神を掲げ、困難に立ち向かい続けた―――空条徐倫の姿が、一瞬だが重なって見えた。
「だから、ウェザー…お前が居てくれたら何よりも心強い。徐倫だってお前のことを信頼していたんだからな」
フッと口元に笑みを浮かべながら、エルメェスはそう口にする。
その表情に浮かぶのは目の前のウェザーへの確かな『信頼』。
彼を一人の『仲間』として認めている、そんな笑みだ。
少しばかり呆気に取られた様に、ウェザーは彼女を見つめていた。
「…………。」
―――暫しの沈黙の後、ウェザーは立ち上がる。
彼はそのままエルメェスの方へとゆっくりと歩み寄り始めたのだ。
ウェザーが近づいてきたのを見て、エルメェスは笑みを口元に浮かべながら再び前を向く。
どうやら、ウェザーは承諾してくれたようだ。仲間として共に闘ってくれるのだろう。
『悪魔の虹』のスタンド使いとして、敵として認識していた時とは違う。
再び『仲間』として、ウェザーと共に前に進むことが出来る。
そして―――徐倫の様に、『仲間』を信じることが出来た。そのことが嬉しかった。
『あの時』はウェザーを『敵』だと断じてしまったこともあったが故に、尚更だ。
ウェザーの歩調に合わせるように、エルメェスもまた歩き出す。
無論、目指すは『アリスの家』だ。
親友と―――『空条徐倫』と会うべく、エルメェスは進み始めた。
心強い仲間、ウェザー・リポートと共に。
そして彼女は、歩みながら後方へと振り返りウェザーの方を向こうとした。
「行こう、ウェザー!徐倫を―――――」
グシャリ。
血肉が飛び散る音が、響き渡った。
「――――――――、」
ごふっ、とエルメェスの口から多量の血液が吐き出される。
胸が焼けるように痛い。熱くて仕方がない。
何が起こったのか理解出来ない。
唖然とした表情で、エルメェスはゆっくりと胸元を見下ろす。
彼女は、自分の身に起こっていることに漸く気付く。
エルメェスの胸を、スタンドの右腕が背後から貫いていたのだ。
「すまない」
スタンド『ウェザー・リポート』の右腕に、エルメェスの血液が滴る。
それをウェザーは――――否、ウェス・ブルーマリンは冷淡とした様子で眺めていた。
「『お前達』とは一緒に行けない」
―――そして、スタンドの腕が引き抜かれると同時に。
エルメェスの身体が崩れ落ちた。
◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆
「がはッ……げほォッ……ウェ…ザー………」
胸を貫かれ、地面に真紅の血液を広げながらエルメェスは横たわる。
何度も吐血を繰り返しながら、彼女は『ウェザー』を見上げていた。
「…少し、長話をし過ぎたな」
『ウェス』は静かにそう呟く。
ある程度とはいえ自身の消耗を癒し、情報を得られた時点でエルメェスはもう『用済み』だった。
それ故にエルメェスをこの手で攻撃した。『厄介なスタンド使い』である彼女を、始末すべく。
今の彼にとって、先程までの交流など些事に過ぎなかった。
ウェスはデイパックから取り出した旧式の拳銃を右手に握り締め、エルメェスに向けて真っ直ぐ構えた。
こんなものは使う必要がないと思っていた。スタンドだけで十分だと思っていた。
だが、その結果が先程の戦闘だ。中華風の女と介入してきた赤髪共相手に背を向けて逃げる羽目になった。
俺はスタンドの力を過信し、油断していたのだろう。結局は奴らとの戦闘で手榴弾、お祓い棒を使うことになったのだから。
だが、これからは『使える物』は『何でも使う』。
あらゆる手段を尽くして―――殺す。
「俺は喪った過去の全てを取り戻す。誰を犠牲にしようと、俺は進み続ける」
「……お前…は……、……それで…いいのか……?」
口から何度も血液を吐き出しながらも、エルメェスは問い掛け続ける。
―――その瞳に一切の絶望は浮かんでいない。見受けられるのは、強い意思そのものだ。
彼女の『黄金の意思』は、『ウェス』にとっても警戒に値する物だった。
「これでいい。元より俺は、呪われた殺人者だ」
「それでも………徐倫、は………お前………を…………」
「空条徐倫に救われた『ウェザー・リポート』はもういない」
『ウェス』はそう答えた。
エルメェスは、唖然と憤慨の入り交じった表情を浮かべながら『ウェザー』を見上げていた。
結局、私は徐倫の様に『ウェザー』を救うことなんて出来ないのか。
『ウェザー』を、仲間を止めることは出来ないのか。
私は、何も出来ずに―――――このまま、死ぬのか。
何とか立ち上がろうとするも、多量の血液に塗れた身体は極僅かにしか動かない。
動こうとすればするほど、その身から流れ落ちる鮮血の量が増えるだけ。
無意味だった。無力だった。今の彼女には、何も出来ない。
「………ウェ……ザー…………リポー…………ト……………」
死を目前にしながらも、彼女は『ウェザー』に呼び掛け続ける。
しかし、その声は彼には届かない。『ウェス・ブルーマリン』に、その言葉は届かない。
今の彼にもはや迷いは無い。
右手の指を掛け、ゆっくりと弾かれ始めた引き金と共に。
『ウェス・ブルーマリン』は、『かつての仲間』へと静かに言葉を吐き出す。
「あばよ、エルメェス」
――――銃声が鳴り響いた。
【エルメェス・コステロ@第6部 ストーンオーシャン】死亡
【残り 78/90人】
◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆
エルメェスの亡骸を見下ろしながら、ウェスは彼女のデイパックを回収する。
―――思いの外、軽い。
彼が『かつての仲間』に向けて引き金を弾く際に抱いた感情は、そんなものだ。
かつての仲間に対する感慨も、感傷も、この胸には浮かばない。
あるのはただ『参加者の一人を殺した』という事実の認識だけだ。
こんなにも、呆気無く殺せたのだ。
「空条、徐倫」
目を瞑りながら、彼は静かにその名を呟く。
『徐倫に救われた男』は死んだ。かつての仲間『エルメェス・コステロ』と共に逝った。
そして―――『ウェザー・リポート』という存在も、この殺し合いで死ぬことになる。
フー・ファイターズ。エンリコ・プッチ。そして、空条徐倫。
彼らの死を以て『ウェザー・リポート』に幕を下ろす。
此処にいるのは、私欲の為に戦う殺人者――――『ウェス・ブルーマリン』だ。
もはや誰を犠牲にしようと、構うものか。
俺に仲間なんて居ない。頼れる奴なんて居ない。
町中を犠牲にした殺人者に、仲間なんて必要は無い。
だからこそ、俺は冷酷になれる。
ペルラを取り戻す為に、どこまでも残忍になれる。
―――だが、先の戦闘を経て一人で勝ち残ることの難しさも思い知らされた。
徐倫達だけではない。あの中華風の女、赤髪のスタンド使いのような強者もこの地には存在するのだ。
参加者は90名。どれだけの強者がこの会場にいるのか、予想がつかない。
だからこそ『協力者』が必要だ。勝ち残ることを目的とする参加者と同盟を組みたい。
全ては、このバトル・ロワイヤルに勝ち残る為だ。
どんな手を使ってでも、どんな奴を利用してでも俺は優勝する。
そうして決意を再び固めたウェスが、移動を開始しようとした直後のことだった。
―――― ド ゴ ォ ォ ォ ン ッ ! ! ! !
「………!?」
どこからか、とてつもない爆発音が響いてきた。
ハッとそちらの方へと顔を向ける。先程の音は、東の方角だ。
ウェスは地図を開き、現在位置を確認することにした。
確か此処は、無名の丘の側を通り抜け一つ川を超えた先の草原のはずだ。
そして、その東側に存在するのは―――。
「猫の隠れ里、か…」
恐らく先程の爆発が聴こえてきたのは、『猫の隠れ里』という場所だ。
此処まで響いてくるほどの爆音だ。何かしらの戦闘が起こっているのは間違いないだろう。
もしかすれば、『乗っている人間』と接触を行うことも可能かもしれない。
協力者を得られる機会でもあるが、同時にリスクも存在する。
『殺し合いに乗っている参加者』ならば、参加者に対し無差別に攻撃を行う可能性だってある。
それに、必ずしも『乗っている参加者』がいるとも限らない。
最悪、先程の爆音の戦闘で死亡している可能性もある。
だが―――何が起こったのか、確認しておきたいのも事実だ。
己の脳内で選択肢を纏めながら、ウェスは思考を重ねる。
(―――さて……どうするか?)
殺人者『ウェス・ブルーマリン』は空を見上げる。
闇の様に薄暗かった空は、次第に光を帯び始める。
ウェスの傍に立つスタンドの右腕から滴る『返り血』は、早朝の僅かな灯りに照らされていた。
【C-2 草原(北部)/早朝】
【ウェス・ブルーマリン@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:肋骨、内臓の損傷(中)、背中への打撲(処置済み)、服に少し切れ込み(腹部)
[装備]:妖器「お祓い棒」@東方輝針城、ワルサーP38(7/8)@現実
[道具]:タブレットPC@現実、手榴弾×2@現実、不明支給品(ジョジョor東方)、ワルサーP38の予備弾倉×3、救急箱、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:ペルラを取り戻す。
1:この戦いに勝ち残る。どんな手を使ってでも、どんな奴を利用してでも。
2:『猫の隠れ里』へ向かうか、それとも…
3:空条徐倫、エンリコ・プッチ、FFと決着を付け『ウェザー・リポート』という存在に終止符を打つ。
4:姫海棠はたてが気になるが、連絡を試みるかは今のところ保留。
5:あのガキ(ジョルノ)、何者なんだ?
[備考]
※参戦時期はヴェルサスによって記憶DISCを挿入され、記憶を取り戻した直後です。
※肉親であるプッチ神父の影響で首筋に星型のアザがあります。
星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※制限により「ヘビー・ウェザー」は使用不可です。
「ウェザー・リポート」の天候操作の範囲はエリア1ブロック分ですが、距離が遠くなる程能力は大雑把になります。
※エルメェスの支給品一式を回収しました。
※主催者のどちらかが『時間を超越するスタンド』を持っている可能性を推測しました。
※ウェスが耳にした爆発音は第51話「廻る運命の輪」での戦闘音です。
※エルメェス・コステロの参戦時期はウェザー・リポート死亡後、ケープ・カナベラルへ向かっている途中でした。
エルメェスがエア・サプレーナ島で救急箱以外の物資を回収しているかどうかは後の書き手さんにお任せします。
<ワルサーP38(7/8)@現実>
ウェザー・リポートに予備弾倉×3と共に支給。
1938年にドイツ陸軍が制式採用した9mm口径の自動拳銃。日本では「ルパン三世」の愛銃として有名。
大型軍用自動拳銃としては初のダブルアクション機構を備えており、暴発の危険性を抑えている。
命中精度も当時の軍用拳銃としては高水準で先進的な拳銃として評価されていた。
一方でスライド上部のカバーの構造が単純であるが故、連続射撃の際に外れてしまう危険性があるといった欠点も存在した。
現在はウェザー・リポートが装備。
<救急箱>
エルメェス・コステロがエア・サプレーナ島で現地調達。
応急処置の為に使用される薬品、医療器具が一通り収納されている木製の救急箱。
最終更新:2014年06月19日 01:03