宇宙1巡後の博麗霊夢――忘我のエモーション―― 前

十六夜咲夜がD-3エリア中央付近の廃洋館に差し掛かったのは、
『ゲーム開始』から2時間が経過しようとしていた頃の事である。
エプロンドレスにホワイトブリムという彼女の服装が示す通り、彼女はメイド……家政婦、あるいは召使いである。
勤め先は紅魔館……彼女の主であるレミリア・スカーレットの他、
多数の妖怪らが住まう『悪魔の館』であり、彼女の当面の目的地でもあった。
参加者名簿に記載されていたレミリアや他の紅魔館の住人たちが、
慣れ親しんだ我が家を拠点とすることは想像に難くない。
まずはレミリアお嬢様と合流を。そしてこの生命に代えてもお護りするのだ。
お嬢様が殺し合いのゲームに乗るか、乗らないかは問わない。
だって私は……『悪魔の犬』なのだから。

それにしてもまったく、『飛べない』ことがこれほど不便であるとは、思ってもみなかったことだ。
満月の明るさのお陰で何とか行動に支障がないのは幸いだが、
それでもミニスカートにストッキングで草むらの中なんて歩くものではない。
枝葉をガサガサかき分けて進まなければならないから、
ストッキングはとっくに伝線してしまっているに違いない。

……ストッキングがダメになる程度ならまだいい。
『音』が目立ち過ぎる。
辺りが静か過ぎるからだ。虫の声や鳥獣の気配が全くと言っていいほど、無い。
自然に聞こえる音といえば、時折吹く風が草木を揺らす音くらいのものだ。
ゲーム開始直後には、火薬によるものらしき爆発音が聞こえてきた。
遠くで見えた光から推定するに……ざっと1キロは離れた所の爆発音が耳に届いたのだ。
こうして私が藪をかきわけ進む音は、一体何メートル先から聞こえるのだろうか。


ようやく開けた所に出た。件の廃洋館の庭だ。
先の春が奪われる異変の解決に乗り出した際に、
咲夜にちょっかいを出してきた音楽好きの騒霊姉妹……プリズムリバー三姉妹のねぐらだ。
廃洋館というだけあって、外観は荒れ果てているし、庭も雑草が伸び放題だ。
中々立派な屋敷なのに、勿体無い。まさか部屋も掃除していないのだろうか。
外を演奏して回っている時は身奇麗なのに。
妖怪と化して食事や病気の心配がなくなると、こうも身の回りに無頓着になってしまうのだろうか。
確か彼女たちも生前は名家の令嬢ではなかったか。

……急に咲夜亡き後の紅魔館が心配になってきた。
やはり生き残るなら、お嬢様だけでなく、私も。
もちろん、他の皆も。私が愛しているのは、『今の』紅魔館なのだ。
紅魔館の皆と合流したら、何とか全員が生き残る方法を探そう。
お嬢様たちが殺し合いに乗るというなら、どうにかして説得してみよう。
殺し合いに乗って優勝しても、生き残ることができるのは、一人しかいないなのだから。

そう決意を固めた咲夜は廃洋館の敷地を後にしようとする。
夜でも薄明るい草地を滑る影にふと気づいて空を見上げると、
白装束を纏った博麗霊夢が、上空から咲夜の額に日本刀を突き立てようとしていた。


咄嗟過ぎる出来事に息を呑む咲夜。
だが、回避行動だけは忘れなかった。彼女にとってそれは、『息を止める様に』慣れ親しんだ動作。
咲夜の額の薄皮一枚だけを貫いた刃は、持ち主と共にそこでピタリと空中に静止。
微かに聞こえていた木々のざわめきも完全に消え、この世の全てが静止する。
咲夜は、『時を止めた』のだ。彼女の主観で、約1秒。
霊夢の着地点の背後に回りこみ、ナイフを構えるには十分な時間だ。

時が再び動き出した次の瞬間、霊夢は勢い良く地面に着地する。
咲夜の反応が遅れていたら、即・串刺しだったに違いない。
明らかに殺意の篭った奇襲。咲夜はその真意を問うために、右手のナイフを振り下ろす。
もちろん寸止めだ。殺気立った相手と話し合う為にはこうするしかない。
だが霊夢は、首筋目掛けて背後から振り下ろされたそのナイフを、返す刃で正確に受け止めた。

相変わらず、勘が鋭い。異常なまでに。
……だが、この程度は予想内。
刃を小刻みに軋らせながら、咲夜は問いかけた。

「……なぜ私を殺そうするの?」

「別にあんただから殺すってわけじゃないわ。
 何となく最初に遭うのはあんたじゃないか、とは思ったけど。
 でもツイてるわ。あんたが最初に来てくれて」

霊夢は咲夜のナイフを振り払いつつ飛び退くと、
白いネグリジェの裾をはためかせながらふわりと向き直った。
綿毛のように軽やかな動き。
緊張を全く感じさせない、霊夢の『いつも通り』を感じさせる動作だ。
目の前にいるのは、弾幕ごっこで異変を解決する時の、いつも通りの霊夢だ。


「霊夢……これはいつもの異変とは訳がちがうのよ」

「分かってるわよ、そんなこと。
 今回は『まいった』と言わせるだけじゃなくて、殺さなきゃいけないんでしょ?
 まずはあんたからね」

そう告げると霊夢は刀を正眼に構え、ジリジリとにじり寄ってきた。

駄目だ、説得が通じない。……上空から串刺しにしようとしてきた時点で期待はしていなかったが。
そして今放たれたこの袈裟懸けの一撃からも、気の迷いは微塵も感じられない。
だが、

「……やっぱり考えなおしたら?その剣さばき、素人にしてはサマになってるわ」

咲夜はナイフでその斬撃も容易く受け止め、再度の通告を行った。

「…………」

霊夢からの返答は、なし。
無言で咲夜目掛けて刀を振り回して来るが、それも咲夜は軽くいなす。

「悪いけど、剣のお稽古に付き合う時間は無いのよ」

霊夢の本来の得物は長柄の大幣だ。
支給品であろう刀を振るう霊夢の動きは、不慣れなこともあってややぎこちない。
一方咲夜に支給されたのは、『DIOのナイフ』と名付けられた16本の洋包丁。
あいにく銀製ではないが、いつものナイフに近い、格闘にも投擲にもちょうどいいサイズだ。
慣れた武器に近いという点では、咲夜の方が圧倒的に有利だった。

「どうしても殺しあう気だと言うなら……2、3日の間は再起不能になってもらうわ」

咲夜が反撃に転じると、たちまち攻守が逆転する。
霊夢が防戦一方の形となり、ネグリジェの袖や裾が次々と破れ始めた。
そしてナイフに気を取られた隙を狙った渾身の右回し蹴りは、霊夢に辛うじてブロックされるものの、
その細身の身体を大きく弾き飛ばした。

「ぐうっ……!」

駆け寄って追い打ちを狙う咲夜に対し、霊夢は服のポケットから御札を取り出した。
文字が赤黒い。恐らくここに呼び出されてから霊夢自身の血で書いたものだろう。
霊力を吹きこまれた正方形の御札・博麗アミュレットが、意志を持つかのような動きで咲夜に飛来する。
霊夢との弾幕ごっこで、何度も見た技だ。


(この御札は左右にかわしたくらいでは振りきれない……
 加速をつければかいくぐることは可能だけど……
 霊夢は既に地面に、トラップ型の御札『常置陣』を置いている……
 走って近づいたら間違いなくアレを踏み、無防備な体勢で空中に弾き飛ばされる……!)

(空中で加速すればアレは踏まなくても済むけど、霊力での飛翔はできない……
 立ち止まってナイフを投げれば『博麗アミュレット』の相殺は可能だけど
 ナイフの本数は限られている……『時止め』の霊力の消費が異常に激しい、時を止めて回収する余裕はない……
 そして霊夢のことだから、あの御札は十分な数を用意しているはず……遠距離ではこちらが不利……)

(……となると……!)

咲夜、意を決し勢い良く地面を蹴る。
彼女の選択は……地雷覚悟の突撃か。

霊夢との距離が急速に縮まってゆく。残り5メートル、4メートル、
全力疾走する咲夜を、博麗アミュレットは捉えきれない。彼女の服をかすめるだけにとどまる。

霊夢まで残り3メートル、2メートル、
地雷などまるで視界に入っていないかのように、突貫する咲夜。

残り1メートル。
あと1歩で地雷を踏む距離。それでもなお咲夜は、霊夢目掛けて果敢に突進する。
……14本のナイフと共に!

咲夜の選択は……地雷覚悟の突撃、に見せかけた時間停止からの強襲。
霊夢の目の前で時間を止めた咲夜は霊夢に向けて14本のナイフを投擲。
時間停止の解除と共に一斉にナイフが襲う様は、まさにチェスでいう詰み(チェックメイト)。
紅魔館のメイド、咲夜の放つそのスペルカードの名を……

「『チェックメイド』よ、霊夢」
「ッ!」


霊夢は自ら『常置陣』を叩き、その反動で真っ逆さまに空中へ飛び出す。
ナイフは間一髪、手足や背中をかすめるだけに留まった。

「『詰んだ』と言ったでしょう。それも計算のうち」

霊夢に殺到するナイフの中に紛れてただ1本だけ、上空へ向けて放たれたナイフがあった。
咲夜は霊夢が『常置陣』で上空に逃げる事も読んでいたのだ。
飛行能力を失ったのはお互い様だ。いつもの様に飛行で回避することは不可能。
いや、仮に霊夢がいつもどおり飛べたとしても、彼女の飛行スピードではかわしきれないだろう。

「せええええええい!!」

霊夢は苦し紛れに空中で刀を振りかぶるが、ナイフの軌道には届かない。
その反動で刀を振りかざした霊夢は竹トンボの様に回転し……急激に空中での軌道を変えた。
間一髪の所でかわされ、明後日の方向へ向かうナイフ。

「なっ!?」

驚愕の声を漏らす咲夜。霊夢はあんな飛び方しない。
あの『異国風の拵えの刀』が宿す能力なのか?
霊夢はそのままくるくると回転し、咲夜の頭上を通過する。
まずい、ナイフがもう2本しかない。距離をとられたら、圧倒的に不利。


だが咲夜の上空を通り過ぎようとした霊夢は、咲夜の読みに反してそのまま刀を振り下ろしてきた。

「速いッ……!」

最初の奇襲に増して鋭い一撃。
ナイフで辛うじて受け止めつつも、
霊夢の全体重を載せた刃を防ぎきることはかなわず、咲夜の右肩に食い込んだ。
なおも霊夢は嵐の如く刀を振るい、猛攻を仕掛けてくる。
先刻とは逆に、防戦一方となる咲夜。

(つ、強い!!霊夢はこの僅かな時間で刀の扱いを覚えたというの!?
 右肩の傷が深い、持ちこたえられない!
 もう一度、時間を止めなければ……!
 時間停止の連発、今の状態で何秒止められる……?)

今の咲夜に迷っていられる余裕はなかった。
再度の時間停止。
能力の制限を受けた上に『休憩時間』が十分取れない現在、停止可能なのは……

「残り0.5秒……!殺すしかない……!
 心臓を一突きにして……!迷うな、十六夜咲夜……今の霊夢を野放しにする訳にはいかない……!」

かくして、震える刃が渾身の力と共に博麗霊夢の胸に振り下ろされる……!

コツン。

ナイフを握る左手に響いたのは、人体ではありえない、硬い感触。
驚愕する咲夜。

「詰め物……!」


そして、時は動き出す。
自らの胸に突き刺さったナイフを見た霊夢がつぶやいた。

「アンタへの対策で前もってまな板を仕込んでおいて、
 ついでにゆったりした服に着替えたのは正解だったみたいね……。
 ねえ、咲夜。アンタの『時を止める』能力だけど、正確には『ものすごくゆっくり』にしてるんでしょう?
 でなければ、時を止めても光が伝わらなくて物を見ることができない……からね」

「いきなり何を言い出すの……?」

「それでね、時間の流れを咲夜にとって『ものすごくゆっくり』にするってことは、
 私にとっては逆に咲夜が『ものすごく速く動く』ってことよね……」

「だから、どうしたというの……?」

霊夢の『無駄話』に応じる咲夜。
もう一度時を止めるための『休憩時間』が……万全には程遠いが、再度チャージされた。
咲夜はすかさず再び0.5秒だけ、時間を停止。
今度は霊夢の右こめかみに向けて、ナイフを突き立てた。
……だが。

「……この『アヌビス神』に、
 止まった時の中で動くスピードを『憶えさせて』くれてありがとう、咲夜」

霊夢の手にした刀が止まった時の中でひとりでに動き、咲夜のナイフを受け止めていた。

「別にアンタをただ殺す位ならいつでもできたんだけど、今後の戦いもあるじゃない」

霊夢の繰り出す突きをナイフで受けようとする咲夜だったが、刀はナイフを通り抜け咲夜の脇腹を貫いた。

「お陰で少しはラクができそうよ、さようなら」


膝をつき地面に崩れ落ちた咲夜の額に、再び突きの狙いを定める霊夢。

(霊夢……貴女は、何故……)

咲夜を見据えるその瞳からは、何も伺い知ることはできない。
こうしてずっと見つめ合っていても、何も覗くことができない、深い深い闇がそこにあった。
そこで咲夜、異常に気付く。

(……トドメを刺してこない?……いや、これは……『時間停止』!
 私じゃない……一体誰が!)

異常の原因は、咲夜の背後にあった。止まった時の中なのに、身体を持ち上げられる感覚。

「やれやれ……
 『時を止める気配』がするから騒がしい所に近づいてみたものの、DIOの野郎は居なかったか。
 代わりに見知らぬ女同士が戦っていた。そして、そのうち片方が止まった時の中で動く俺に気付いた様だ……。
 状況がさっぱり掴めねえが……」

咲夜を抱えているのは、身長2メートルに迫ろうかという大男。
若々しさの中に、どこかダンディさを感じる低い声。
強固な意志を感じさせる凛々しい顔立ち。
全身藍色に統一された独特の服装……山の巫女から話に聞いた『ガクラン』らしきその出で立ちから判断するに、
彼は外の世界の学生なのだろうか。(早苗と同年代とはとても信じ難いが。)

「あ、貴方は一体……」

「黙ってろ、傷に障る。しかし、状況がさっぱり掴めねえ、だが……
 そうだ、やることはハッキリしている……!」

咲夜の質問を、男はぶっきらぼうな言葉で遮る。
そして、廃洋館の陰に咲夜を下ろし、霊夢の方に向き直ると……。


「エジプトでバラバラにぶちまけたハズの『アヌビス神』がなぜここにあるかはこの際どーでもいい……
 やることはハッキリしている……。今この場で、もう一度粉々にするだけの事だからな……!
 『星の白金(スタープラチナ)』!!」

ドスの効いた叫びと共に、男から青い人影が飛び出した。
青い人影は隆々とした筋肉を躍動させ、止まった時の中で未だ突きの構えを取る霊夢に突進する。
その拳が狙うは霊夢の握る『アヌビス神』の柄。

「オラァッ!」
(ガシィン!!)

だが、『アヌビス神』を手にした霊夢の身体はまたも止まった時の中でひとりでに反応し、
スタープラチナの拳を刀の峰で受け止めた。

同時に、スタープラチナによって数秒の間止められていた時間が、再び動き出した。
霊夢は後方に後ずさりながら、すぐさま状況を把握し、体勢を立て直す。

「『スタンド使い』……貴方の事は話に聞いていたわ。
 『時を止める』能力を持っているとまでは聞いていなかったけど……既に対策済みで助かったわね。
 そして……刀を持つ手が痺れる程のこのパワーも……今、改めて『憶えた』わ」

男の右手の甲から走る鋭い痛みと滴る血液……
スタープラチナが受けたダメージのフィードバックに気づいた男は、事態の深刻さを察した。

(こいつは、ヤバいぜ……!
 どうやら『アヌビス神』は、『止まった時』の中での攻撃まで『憶えていた』らしい……!
 あの『操られた女』を止めるとなると……生死を気遣う余裕は、無えみてーだぜ……!)


男の決断は早かった。
ポケットから手の平サイズの赤い金属塊……ミニ八卦炉を取り出し、
スタープラチナの右手に握らせたそれを霊夢に向けてかざしたのだ。

(この八角形のカタマリ……説明書きによれば
 どうやら元は霧雨魔理沙とかいう奴の持ち物らしいが、
 今はスタンド使いでも取り扱い可能になっているらしい……。
 さっき試しにスタンドエネルギーを送り込んでみたら、レーザー光線が出た……
 大きなエネルギーを送り込む程、強力なレーザーが出るみてーだ……
 全力で撃てば、奴にはかわしようが無いほどの巨大なレーザーが、出る……!)

「オオオオオオオオオオオ……!」
(キィィィィィィイイイイ……)

スタープラチナが右手の『ミニ八卦炉』に気合を込めると、
その中心が微かに輝き出し、耳を突く甲高い音が漏れだした。
かなりのエネルギーが蓄積されている。
それこそ『ミニ八卦炉』の本来の使い手・霧雨魔理沙の『マスタースパーク』にも劣らないほどのエネルギーが。
流石の霊夢も、僅かに動揺の色を示した。

(『マスタースパーク』が来る……!この距離、避けきれない……!)

(アレも喰らったら俺が『憶えて』やるから心配いらねえぜ、霊夢の嬢ちゃん!)

(憶える間も無く黒焦げよ……私も、アンタも。
 何、まだ手はある……私は『アレ』に集中するから……私の身体を『完全に』アンタに貸すわ)


「フフ、フフフフフ」

突如、霊夢の顔つきが豹変した。据わった目で不気味な笑みを浮かべだした。
殺気の質が変わった。
人形のような無機質な殺気から、抜身の刃物のような攻撃的な殺気に変わったのだ。

「ウッシャアァーーーッ!!」

刀を振り上げ、甲高い奇声を上げながら男に飛び掛かる霊夢。

「オラアアアアアアアアア!!」
(ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!)

男はそれを全力の砲撃で迎え撃つ。
ミニ八卦炉から巨大な青白い光が噴射された。
辺りを満たす、独特の重く鋭い振動音。
全てを焼きつくす直径5メートルの極太の光の柱が、博麗霊夢を無慈悲に飲み込んだ。
だが……

「ぶった斬ってやるぜェーーーーッ!!ワハハハハハ!!」

「なにィー!無傷ですり抜けて来ただと!」

男にとってそれは目を疑う光景だった。
霊夢は、マスタースパークもかくやという威力の破壊光線を、耐えるでも、押しのけるでもなく、
『そんなものただの懐中電灯だ』と言わんばかりの勢いで通り抜けてきたのだ。


『夢想天生』……その瞬間、霊夢は『空を飛んだ』のだ。
世界の、幻想郷の管理者たる霊夢が創造主から与えられた、全ての事象の干渉を拒む能力。
紙に書かれた人物が読者に触れることができないように、男の放つ全力の光線は彼女に届かない。
わずか数秒の発動時間だったが、刀の間合いまで接近するのには、十分過ぎる時間であった。

「間合いだッ!デャアーーーーーッ!!」

「覚悟を……決めるしかねえようだな!!」

そして、アヌビス神をその身に『下ろした』霊夢の放つ二人掛かりの攻撃(タンデムアタック)と、
男の放つ全身全霊のオラオララッシュが、激突した。

「シャッ!ウッ!ウッシャッ!シャッ!くゥたばれェーーーーッ!
 ウーーッシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャァーーーッ!!」

「行くぜオイ!オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
 オラララオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」

霊夢の振るう刀と、男のスタンドの拳が、両者の間でバチバチと無数の火花を散らす。
髪を振り乱し乱舞する霊夢、スタンドの肩越しに目標を睨みつける男。
両者の間で、凄まじい打撃と斬撃のラッシュがしばしの間、拮抗するが……。

「ぐうっ……ま、まずいッ!やはり、こちらのパワーを、『憶えて』きているッ!」

スタープラチナと、男が、ジリジリと押されてきている。
急所こそ辛うじて外すものの、徐々に切り刻まれてゆくスタンド像。
そのフィードバックは本体の男にも伝わり、全身から血が吹き出し始める。


「と……止めなければッ!一旦、奴の動きを止める!『時よ止まれ』!」

スタープラチナの能力が発動し、再び時間は停止する。
アヌビス神を振りかぶる霊夢の姿も、精巧な等身大フィギュアの様に静止……しなかった。
一旦距離を置こうとして飛び退いた男の後を、追いかけてきたのだ。

「なっ……!止まった時の中で『防御』や『反撃』するだけでなく、
 『攻撃』まで出来るようになっただと!」

「言ったはずだ!その『時を止める攻撃』は『憶えた』と!
 ワハハハハハハ!今度こそ、死ねぇ!ブッた斬れろォ!」

「いや……死ぬのは、テメーだ……。目の前、見てみな」

「!!」

止まった時の中、霊夢の腰の辺りを八卦炉が宙に浮いている。

「今飛び退くときに置き去りにしちまった……なけなしのスタンドエネルギーを込めてるから、
 時間が再び動き出すと同時にテメーに向けてレーザーをぶっ放す……
 俺を倒そうと、倒すまいとな……早く避けた方が良いぜ」

「う……ウソだ、ハッタリだ!そんなパワーが残っているハズがねえ!」

「ウソか真か当ててみな」

「クソッ!嬢ちゃん、もう一度『アレ』を!……しまったアッーー!!
 止まった時の中で動くのを『憶えた』のは俺だけだーー!霊夢の嬢ちゃんは動けねぇーッ!!」

「時間切れだぜ」


そして、時間は再び動き出した。
宙に浮いていた八卦炉は、再び重力に引かれ地面に向かう。

「レーザーは……出ね「オラァッ!」

『アヌビス神』がミニ八卦炉に気を取られた瞬間、霊夢の右肩に突き刺さるスタープラチナの鉄拳。
フッとばされてゆく霊夢、苦し紛れに放った左ストレートは男の右手の甲をかすめるに留まった。
刀は衝撃で握力を失った右手からすっぽ抜け、男の頭上を飛び越えていった。

「ああ、レーザーなんて出すスタンドエネルギーは残ってねえぜ……!
 もっとも、パンチを一発打ち込む隙を作る事はできたみてーだがな……!!」

その時、男は右手の甲の違和感に気付く。

「何だ、この紙……うおっ!!」

男の右手が、右手の甲に張り付いていた紙切れが、まぶたを突き抜けるほど強力な青白い閃光を放ち……爆発した。
霊夢は殴られざまに『封魔陣』のお札を貼り付けていたのだ。
その威力はとても一枚の紙によって引き起こされたとは思えない程で、
身長2メートル近い男の身体を、何メートルも後方に吹き飛ばしたのだった。

15メートル程の距離を空けて地面に投げ出された霊夢と男。
両者とも、辛うじて意識は残っていたが、立ち上がることはできない。いわゆるダブルノックアウトである。

死闘の繰り広げられた廃洋館の周囲を、しばしの間沈黙が支配した。

最終更新:2013年12月25日 00:56