団体等規制令


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衆 - 法務委員会 - 2号 昭和24年11月07日

花村委員長 
次に朝鮮人連盟解散に関する件及び人事院規則に関する件について梨木委員より質疑の通告がありますからこれを許します。梨木作次郎君。
河政府委員 
 御質問になりました朝連主びに民青を解散指定に援用せられました事実、占領軍反対反抗事犯につきましては数件ありました。
また暴力事犯のおもなるものだけでも数十件、全部で数百件の多きに達するのであります。
これらの事案の代表的なものは、さきに解散当時新聞等に発表したものでありまするが、なおその詳細につきましては、一々ここで申し述べる時間のお許しを得れば申し上げたいと存ずるのであります。これらの事犯の大部分は、いずれも公判廷において審理を受けた資料を使用したものでありまして、それ以外のものにおきましても、証人の供述その他客観的な資料に基くものであります。時間のお許しを得れば逐一申し上げたいと存じております。いかがでございましようか。
 次に占領軍反抗反対または暴力行為は個人として問題にすべきものである。これが朝連または民青が暴力主義的かつ反民主主義的な団体と認定される問題とは、直接関係がないのではなかろうかという御質問の趣旨と考えまするが、この点につきまして
朝連並びに民青の構成員が、多年全国各地において反占領軍並びに暴力主義的な事犯を反復累行しております。
    〔委員長退席、小玉委員長代理着席〕
しかもこれらの事犯のほとんど大部分が、これらの団体の幹部の指導下に、しかも集団的に敢行されているという事実
を初め、これらの事案の動機、内容、事後の状況をしさいに検討し、さらに進んでこれらの団体自体が、この事案の背景となつておるというような諸般の事実を総合いたしますと、これらの事案がいずれもこれら団体構成員の單なる個人的犯行ではなく、また地域的犯行とも認められず、むしろ中央、地方を一体とする団体の行為と認定せざるを得なかつたのであります。
かような次第で朝連並びに民青を暴力主義的かつ反民主主義的団体と認定した次第であります。
 私どもとしましては、朝連及び民青が他にいかなる行為をしたかということは、団体等規正令の適用においては問題にしてはいないのであります。ただいま申し上げた占領軍反抗、反対並びに数々の暴力主義的な事犯が朝連、民青の団体的活動として行われたという事実をとらえて、朝連並びに民苦が解散すべき暴力主義的かつ反民主主義的団体であると認定した次第であります。
梨木委員 
 この認定をするまでにはどういう調査をし、そしてこれはだれによつて認定されたか、こういう点を少し事務的に伺いたいと思います。
吉河政府委員 
 調査は私ども特別審査局によつていたしました。特別審査局におきましては、検察庁、裁判所その他関係各機関に連絡いたしまして、ただいま申し上げた朝連の、民青の過去における数々の資料を收集いたしました。また朝連、民青の具体的な活動につきまして、特審みずからも調査をいたしました。
これらの調査に基きまして、法務総裁が団体等規正令によつて與えられたる権限に基いて認定した
わけでございます
吉河政府委員 
 団体等規正令の認定は、刑罰法令の個人の刑事責任を追究する認定とはいささか違う趣があるかと思いますが、ただ御質問の
朝連本部におきましては、本部自体に暴力的事犯が数件あるのでありまして、ただ支部の行動を漫然と容認したというようなことだけで、当該団体全体を暴力主義であると認定したわけではございません。
梨木委員 
 先ほどちよつと質問の中でお尋ねするのを失念いたしたのでありますが、これら解散された二つの団体について、暴力主義的な傾向やあるいは反占領軍的な行動が累積されて、そうしてそういう性格の団体と認定するようになつた。こういう御答弁でありましたが、そういう累積の結果、政府がそのように認定するに至つた時期はいつごろでありますか。
吉河政府委員 
 累積と申し上げますと、たいへん言葉が強く響くかと思われますが、御質問の要点である
朝連が、団体等規正令四條該当の性格を持つに至つた時期は、大体昭和二十一年四月下旬と考えております。
この時期は、連合軍最高司令部より、朝連が結成いたしましたる朝鮮人自治隊のごとき、いかなる警察機関をも許さずといいまして、自治隊の解散命令を受けた時期でありまして、

御承知の通り朝連は、昭和二十一年一月ごろより自治隊または保安隊を結成して、実力行使に出る傾向を持つに至りました。

人民裁判、不法監禁、家宅捜査、経済取締り、摘発等のいわゆる警察類似行為を初め、朝連組織維持のためにする、朝鮮引揚げ列車の妨害等数々の行為に及びましたので、

総司令部から昭和二十一年二月十九日、刑裁判の行使に関する覚書が発せられ、在留朝鮮人は日本法憲に服すべきことが規定せらるるとともに、さらに朝鮮人自治隊のごとき、いかなる警察機関もこれを許さずとして、同年四月二十四日同像は総司令部の命令によつて解散せられておるのであります。
この時期から次第にただいま申し上げたような性格を持つに至り、次第にその程度を深めるに至つたものと考えておる次第でございます。
梨木委員 
そういたしますと、金天海という人が、この解散に伴うて公職追放の指定を受けておるのでありますが、私の聞いたところによりますと、その金天海君は朝連の当初の顧問に推薦されておつた。今御答弁の二十一年四月下旬以前だということになりますならば、この公職追放の指定は不当だということになると私は思うのであります。この点、私ども事実関係はまだはつきりしておりませんが、私が今お伺いしたのは、もし金天海君が顧問に就任しておつたのが二十一年四月以前だということになれば、この公職追放の指定は取消さるべきものと理解するので、この点を伺いたいと思います。
吉河政府委員 
 実は御質問の趣旨にもありました通り、金天海さんはその後にわたつておるのでありまして、金天海さんみずから申されておる通り、二十二年十月十五日まで明確に顧問となつておられます。なお顧問以外の要職についても、数々の資料があるのでございます。これは金天海さんみずからお出しになつた調査書にも書いてあるような次第であります。御了承を願います。