~~Wall Need Is Love 徹夜話小噺~~4


――――Love, love, love, love, love, love, love, love, love.
――――できないことは何もできない
――――歌えないものは何も歌えない
――――結局自分のできることしかできないのさ
――――簡単なことさ

「何が転校生だ!まったく、1ミリも戦闘を回避できないじゃないか!この無能が!」
「ご、ご、ご、ごめんなさぃ……」

希望崎学園の地下シェルター型職員室に、数学教師長谷部の怒声と転校生真壁マリアの涙声が響く。
生徒会の勝利に終わったハルマゲドンから一夜、事後処理に追われる教師たちがせわしく二人の脇を右往左往していた。


~~Wall Need Is Love 徹夜話小噺~~


◆◆最後に、別れ◆◆

転校生の任務失敗により開放された生贄、埴井葦菜は久しぶりの青空を見上げ、目を細めた。
訳もわからないまま巻き込まれた今回のハルマゲドンであったが、なんとか無事に生き延びた。
葦菜は安堵のため息をつくと、軽くふらつきながらも気丈な顔は崩すことなく、歩きだした。

「――かなめちゃん?せっかく埴井さんも助かったのに、挨拶にはいかないの?」
「――野暮はダメだよ姦君。囚われのお姫様を最初に助けるのは王子様の役目!」

歩き去る葦菜の背中を見送る声が二つ。校舎の陰に立つ一つの影。

「――こっちは大丈夫だね。それじゃ、転校生さんに挨拶して帰ろっか」

影は、葦菜に駆け寄るもう一人の影を認めると、笑顔を残し、そっとその場を後にした。

† † † † † † †

「マンコゆるゆる女ちゃん……」

ハルマゲドンのあった、兵どもが悪夢の跡。壁がことごとく壊された、広大で虚無の空間。
そこに残された巨大な人型の穴を前に、真壁ロゼ子は小さくつぶやいた。
そこは砕け散ったピアノと、どす黒い血しぶきによって残虐に彩られた、絶望の痕跡。

真壁兄妹はハルマゲドンに直接参加することなく、番長Gの後方支援を担っていた。――しかし、陣営は戦いに敗れた。
任を解かれた兄妹は、末妹である転校生、マリアをふたたび家族に迎えるため、こうして妹を探しに戦場へと出向いたのだが、
そこに広がった悲惨極まる光景は、家族のために他を切り捨てる覚悟をしてきたロゼ子にとっても、目を覆いたくなるほどのものであった。

「……おい、ロゼ!マリちゃんだ!」

ふいに、立ち尽くすロゼ子を次男がせっつき、前方を指し示した。
ロゼ子が目を上げた先――表情をくもらせ、どんよりと歩くマリアの姿があった。
すでにマリアが身を隠す壁も破壊し尽くされたせいなのか、マリア自身が壁を作り出す元気も残っていないのか。その姿は無防備であった。

「マリア!」

駆け寄ったロゼ子と次男にはさまれ、それでもマリアは顔をあげようとしない。
なんと声をかけるべきか、ロゼ子と次男がちらと目配せを交わす。――と、次の瞬間、マリアは黙ったままロゼ子の胸へ顔をうずめた。
一瞬だけ驚いた表情を浮かべ、その直後、表情を安堵した笑みへと変え、ロゼ子はマリアの頭をそっと抱きかかえた。

「……私……四人麻雀したかっただけなの……でも……駄目だって……」

ぽつぽつと嗚咽をもらすマリアの頭をなでながら、ロゼ子は小さく何度もうなづいた。

「うん……でも大丈夫だよ。ね、マリア。一緒に帰ろう」

――――作られないものは何も作れない
――――救われないものは何も救えない
――――結局自分自身でいることが大事なのさ
――――簡単なことさ

マリアの小さな頭を抱えなおし、その潤む瞳にむかってロゼ子は重ねて言った。

「マリアが私の胸に飛び込んでくれて嬉しかった……まだ、私たちのことを家族だって思ってくれてたんだって」

そう言うロゼ子の瞳もまた、マリアに劣らず涙をたたえてきらきらと揺らいでいた。

――――Wall Need Is Love 君に必要なのは壁なんだ
――――Wall Need Is Love 壁さえあればいい

「……うん」

――――知られないことは何も知りえない
――――見えないものは何も見えない
――――格好ばかりつけてもだめなんだよ
――――簡単なことさ

それ以降、転校生真壁マリアは戦場から姿を消した。
その行先は――家族のみぞ知ることなのかもしれない。

† † † † † † †

「こっちも挨拶する必要もなさそうだね」
「そうだね」

校舎の陰から見守る二つの声と一つの影あり。
ことの顛末を見続けたその影の正体は、転校生の生贄となった葦菜を助けるためにハルマゲドンへと参戦した、姦崎姦とそのお嫁さんである。
ふたりは友人である葦菜と、葦菜を助けるために話をするうちに仲良くなったマリアの無事を見届けると、そっと戦場を離脱した。

西暦20XX年、希望崎学園で何度目かもわからないハルマゲドンを終え――
転校生と仲良くなって生贄を助けようなどという無謀な作戦を立てた姦とお嫁さん。
戦場でもいちゃつくばかりで、近くにいた普段は温厚な暗殺者の少女も「私だって年頃なんですよぉ~!」とその様子に拳を握っていた。

そんな平和ボケはなはだしいふたりの作戦が、まさかこうして実ることになろうとは。
結果を見れば生贄は無事。仲良くなった転校生もまた無事。ふたりにとって万々歳である。
だが、全てが終わった今、改めて考えてみれば、その平和ボケ思考だったからこそ、ふたりの作戦は功を奏したのかもしれない。

なぜなら、その作戦の要たる転校生こそまさに――――平和主義者だったのだから。

「さ、帰ろう!」
「うん!」

† † † † † † †

「帰ったら、また三人で麻雀しよう?お話したいこと、いっぱいあるから」
「…………うん」
「そォだ!四人麻雀したいンなら俺の上司にイイ人がいるからさ!今度、その人呼んでやろうぜ!」
「……うん」
「今夜は寝かさないよ?徹夜しても話しきれないくらい、言いたいことも、聞きたいことも、たくさんあるんだから」
「うん」

――――Wall Need Is Love 君に必要なのは壁なんだ
――――Wall Need Is Love 壁さえあればいい
――――Wall Need Is Love 大事なのは壁なんだ
――――Wall Need Is Love そうさ
――――Wall Need Is Love 君には真の壁さえあればいい



<終わり>






最終更新:2013年06月28日 20:50