『僕は悪にでもなる』


 真壁マリア(まかべ・まりあ)。
 彼女は転校生である。
 気の進まない任務──────────彼女にとって気の進む任務などそもそも存在しないが──────────を終え、後は報酬を携えて帰還するのみ、という段に於いて。
 彼女は遭遇してしまった。
 出会ってはならない敵に。
 いや──────────それが彼女を殺そうとする敵ならば、どんなに良かった事か。

 淡い輝きを放つレーザーポインターがマリアの前に導きの光を指し示した。
 彼女はすぐにそれが特殊な改造ボールペンだという事に気付いたが、それ自体にさしたる意味はない。
 問題なのは彼女に立ち塞がるように現れた、一人の少年。月下に咲く花のように寂然とした彼は用を終えた筆記具を懐に仕舞い込み、静かに呟いた。
 「…………間に合った」
 マリアは積極的に任務に励む性格ではないが、決して転校生として低能な訳ではない。自らを阻む存在に、その意図に即座に思い至る。
 「生贄の関係者…………恋人か何か、ですねー? 邪魔しにきた、と……」
 珍しい事ではない。連れ去られる生贄を取り戻そうと自らに挑み掛かって来る者は過去に何人も居たからだ。
 そして、その度に返り討ちにしてきた。
 今度も同じ事を繰り返すだけ。
 争いを好まないマリアも、必要と有らばその転校生としての力を発揮する事に躊躇いはない。
 すっ、と右手を翳し能力を行使する。




 同時に少年の周囲、四方に轟音と共に石碑の如く巨大な壁が出現した。
 先刻の戦いに介入した際に作り出したものよりも数段硬く分厚い壁である。凡百の魔人では──────────いや、無限の攻撃力を誇る転校生でも砕けぬ、破壊不可能の障壁による堅牢な囲い。
 たとえ高く聳えるその壁をどうにかよじ登る事が出来たとしても、その頃には自分は元の世界に戻ってぬくぬくと惰眠を貪っているだろう。
 手間にもならぬ作業を済ませ、マリアがその場を離れようとしたその時。
 「…………葦菜を、返してください」
 決して荒くはない語気、強くはない語調。だがそこに秘められていたのは強い意志。
 少年のまっすぐな瞳は、何ものにも遮られずにマリアへと向けられていた。
 「………………?」
 思わず眉を顰めるマリア。生成された壁は何の変わりもなく少年の背後にあった。
 目測を誤ったか。
 考え難い事だが、しかしそれ以外に説明はつかなかった。マリアは昨日今日目覚めたばかりの新米魔人などではなく、そうそう単純なミスを犯す筈もないが、しかしそれでも起こり得る万に一つのミスさえ認められぬ程の自信過剰な愚か者でもない。逆に自信のなさが慎重さを生み、今までの転校生としての任務を成功させてきた。
 ゆっくりと歩み来る少年に向け、再び右手を翳す。
 今度は外さない。
 能力発動の意志と共に、先程と同様に石壁が乱立して今度こそ少年を囲い込む──────────それ以外の結果など、有り得る筈もないというのに。
 「もう一度言います。葦菜を返してください」
 威厳とは無縁の少女じみた声音に静かに宿る、断固たる圧力。
 壁抜け? 瞬間移動? それとも幻覚?
 マリアの頭に幾つかの推測が浮かぶ。しかしそれにしては少年の歩みに一切の停滞がないのはおかしい。
 能力を使えば生まれて然るべき一瞬の隙、或いは硬直。そういった兆しが全く見られないのだ。
 勿論、極希に存在するそうした隙を持たない能力という可能性を除外する事は出来ない。
 だがそれならそれで良い。マリアは逆に安堵の念すら覚えた。
 何れにしても、大して害となる能力ではないからだ。特別な攻撃能力を保たぬ相手など、転校生の敵ではない。仮に此方の能力が彼に通用しないとしても、素手での殴り合い──────────いや、一方的な蹂躙で十分に瞬殺出来る。気の進まぬ最終手段だとしても、魔人と転校生、彼我の戦力差は明らかであり、何も心配する事はない。
 それゆえにマリアは自らの眼前で歩みを止めた少年に対し、全く脅威を感じなかった。
 それが後悔してもしきれぬ、過ちだとも知らずに。

 「彼女を放して、すぐにこの世界から立ち去って下さい」
 物怖じ一つせず要求を告げる少年、一一(にのまえ・はじめ)はマリアに相対する。絶大なる力を持つ転校生を敵に回して。
 「ええっとぉ、あのですね、こっちも子供の使いで来てるわけではないので」
 遠慮がちながらも少し呆れた声でマリアは返答した。生来気の弱いマリアは実のところ交渉事を苦手としている。それでも交渉相手と絶対的な実力差があれば、理不尽に引き下がる必要も圧力も感じない。いくら臆病な大人とて、幼稚園児に恐喝を受けたりはしない。ましてや、ただの人間や魔人と転校生の間にはそれ以上の力の開きがあるのだ。
 「葦菜は、僕の大切な恋人なんです。…………貴方も、大事な人や家族と引き裂かれればどんな気持ちになるか分かるでしょう?」
 一の説得に対し、しかしマリアは一笑に付す。多少演技臭かったが、それも自分を鼓舞する為。
 「えー…………全く分からないです」
 その身を転校生と変え、異世界に身を投じた時からその種の感傷はマリアからほぼ抜け落ちている。いや、転校生に、魔人になる前から自分の世界に閉じ籠り、自分一人の引きこもり生活を続けてきた彼女にとっては恋人も家族の情も元より縁遠いものだった。周囲との間に壁を作る事を自ら選んだ彼女には、仮にそんな温かい愛情を向けられていたとしてもそれを拒絶し、最後まで交流を持つ事が出来なかった。
 もし誰かとそんな温かい関係が築けていたなら、そんな選択肢を選べていたなら。転校生にも、魔人にもなる事はなかったかもしれない。愛に包まれ、幸せに暮す只の一般人でいられたかもしれない。
 しかしそれは無意味な仮定だ。現実はそうではないし、今からそうなる事も出来ない。
 マリアは交渉を終了させる意志を固める。
 「あの、私はきちんとした契約に従って、任務で動いてるんですよー…………。なので……」
 「その契約に誤りがあったとしたら?」
 一は彼女の言い分を最後まで聞かず口を挟み、懐から書面を取り出した。
 それは、契約書。転校生真壁マリアと彼女を召喚した教師、長谷部が交わした契約内容がそこに記されている。原本はマリアが所持しているので、一の手中にあるのは長谷部が持っているべき控えの方だろう。
 長谷部が簡単に手放すとも思えないので、真っ当な手段で手に入れたものではない事は想像に難くない。よく見れば一の拳と契約書にはべっとりとした赤黒い液体がこびり付いている。だが、契約相手の身の安全は契約内容に含まれていない為、マリアにとっては大した問題でもない。
 「違反を犯しているとしたら?」
 続けられる言葉に流石にマリアも少しむっとするものの、それでも議論に付き合ってやる事にした。
 「そ、そんなはずはないです。今回の契約内容は……」
 マリアは懐から肌身離さず持っていた契約書を取り出して、そこに書かれた文面を確認する。

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 依頼人長谷部敏樹(以下甲)は転校生真壁マリア(以下乙)と以下の契約を締結する。

 一、20××年6月1日本日現在、希望崎学園において発生している生徒会と番長グループ間の対立につき、乙は双方の争いを抑止すべく停戦活動を行う。万一大規模な直接戦闘抗争(以下ハルマゲドン)に発展した場合、これに介入して速やかに終了させる。

 二、本契約に関し、甲は乙に報酬として希望崎学園ミス・ダンゲロスである埴井葦菜の身柄を引き渡す。乙は埴井葦菜に関わる一切の権限を有する。

 三、一及び二の履行に際し何らかの妨害行為が行われた場合、並びに自己の生命に危機が及ぶと認められた場合、乙はそれに対しあらゆる武力行使を行う事が出来る。但しそれ以外の事案において乙が本校生徒並びに教職員、学外の市民に対する一切の武力行使はこれを認めない。

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 ・
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 文言の細かい定義や補足事項について細々とした説明が後に続くものの、契約書の重要な骨子としては以上の三点が主である。
 「私が違反を……?」
 マリアは落ち着いて内容を反芻し、吟味する。
 その一。残念ながらハルマゲドンは勃発してしまったが、今回の契約ではハルマゲドン防止は単なる努力義務である。結果についてはマリアの責任はなく、これを以って契約不履行とはならない。極端な話、両陣営を隔てる幾つかの壁を作製した時点で依頼は遂行しており、残りはアフターサービスのようなものだ。
 つまり、その一については何の問題もない。
 では、その二はどうか。
 此方は更に齟齬が発生し得ない条項である。書かれているのは報酬規定のみであり、違約の入り込む余地はない。
 それならば、残るはその三。
 だが此方にしても同じだ。ハルマゲドン介入での戦闘行為以外、彼女は何者も傷付けてはいないのだから。
 唯一例外は眼前の少年への先程の能力行使だが、これはその二の実行過程で許された当然の権利である。
 結論。
 ただのハッタリだ。
 「あのですねえ、こっちはしっかりと契約に基いて行動してるんですからー、変ないちゃもんつけられても……」
 これ以上は付き合っていられない、とばかりにマリアが話を打ち切ろうとした時。
 一が持つ契約書の控えがはらり、と地面に落ち、その下に重ねて持っていた書類が示される。
 その書面は──────────。

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                              通知

 二年A組 埴井葦菜

 上の者を退学処分とする。


                                         20××年5月1日

                                    希望崎学園校長 黒川メイ

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 簡素だが必要最小限の文面。
 正式な書類である事を示す、校長の直筆署名と捺印。ただ、この種の書類としては珍しく署名以外の文面も全て手書きであり、文字も急いで書いたかのように悪筆で所々が汗か何かの液体で滲んでいる有様。才女である筈の女性校長らしくないお粗末さだった。
 とはいえ、この書類が示す重要な事実は一つ。
 「日付を確認して頂ければ分かりますが、埴井葦菜…………彼女は今年のミス・ダンゲロスコンテスト参加時点で既に退学処分を受けています。つまり彼女は在校生の中から選ばれる、ミス・ダンゲロスとなる資格を有していなかった。すなわち…………埴井葦菜はミス・ダンゲロスではありません」
 「!?」
 そんな筈はない。幾ら何でもそんな事実があれば長谷部も知っているだろうし、それを隠して転校生と契約する事など不可能だ。
 「ね、捏造です……そうに決まってます!」
 「人聞きの悪いことを言わないで下さい。これは間違いなく校長先生本人の手による学園規則に基づいた正式書類です」
 「有り得ない…………今回の件は確かに長谷部が主契約者とはいえ、校長も承知していたはず……」
 転校生相手に契約を破る。或いは最初から騙すつもりで契約を結ぶ事など出来はしない。その為の契約書であり──────────転校生側が事前にある魔人能力者、魔人公証人に用意させた、特別な契約書なのだ。
 マリアの疑問に対する回答は彼女にとって非常に不本意な形で示される。
 「校長先生が女性の方で良かったです。誠心誠意”お願い”して、情理を尽くしてお話したら退学通知書の存在を思い出してくれたんです」
 誰にでも分かる、欺瞞に満ちた言葉だった。
 だが、契約に縛られた転校生にとって言葉の真偽はこの際問題ではない。大事なのは契約内容──────────。
 「契約条項その二。乙がミス・ダンゲロスたる埴井葦菜を所有する権利を得たとしても。ミス・ダンゲロスではない──────────それどころか、希望崎学園生ですらない、ただの埴井葦菜を貴女がどうこうする権利は…………無い!」
 詭弁だ。
 ──────────だが、埴井葦菜が希望崎学園生でない事は少なくとも書類上手続上共に紛れも無い事実であり、学園生でない者がミス・ダンゲロスになれないのもまた事実。従って契約条項その二は──────────。
 「履行されない……?」
 愕然とするマリア。そんな馬鹿な。これでは一体何の為に、態々面倒な仕事をしに安楽の地から出て来たのか──────────。
 「当然、報酬として適正ではない学外の一般市民を拉致し、加えてそれを止めようとした僕に対して危害を加えようとした貴女は、二重に契約条項違反を犯しています」
 嘘だ。嘘だ。
 屁理屈に騙されてはいけない。
 自らに言い聞かせる。
 「分かったら、大人しく葦菜を解放してこの世界から出て行って下さい」
 最後通告。
 少なくともここで引いていれば、何も得るものはなかったとしても。
 何も失う事もなかったというのに。
 マリアは重大な選択を誤った。
 「う、うるさいですっ! こうなったらもう契約とか関係なく……!」
 それは、言ってはならない言葉だった。
 強大過ぎる力を持つ転校生たちが、自らに課した掟。強い意志と確たる制約があればこそ、彼らは思う存分その力を振るう事が出来る。敢えて不自由な縛りに身を置く事で、それを守ろうとする強い決意が彼らに一層の力を与える。
 それを手放して。

 真壁マリアがもし歴戦の戦士だったならば、もしかすると結果は違うものになっていたかもしれない。
 彼女は転校生としての力を手に入れたものの、生来の怠け癖と出不精により絶対的な戦闘経験が足りていなかった。彼女が敵とした相手が持つ力を、単なる移動や幻惑の能力としか想像せず、最も恐るべき──────────論理を越えた因果がその源泉である事に思い至らなかった。
 自ら最終手段と決めている、最も破壊力のある攻撃方法──────────素手での殴打。転校生の力をもってすれば、最も効果的で防ぎようのない打撃。
 だが、当たらない。
 いくら拳を繰り出そうと、角度を変えようと。
 その拳は一には届かない。
 逆に追い込まれてゆく。
 「なんっ、でっ……!?」
 マリアが知りようもない事実だが、一の身には二つの異なる因果が宿っていた。
 一つは、彼に貸し与えられた改造ポールペン”クーゲルシュライバー”。その本来の持ち主である意志乃鞘
(いしの・しょう)が一に授けた力。ヒーローとしての行動に力を、祝福を与える魔人能力。
 囚われの恋人を救う為、命も顧みず強敵に挑む少年に力を与えずして、何のヒーロー補正か。
 その因果力はマリアの居場所を突き止め、不可避の筈の防壁封鎖を乗り越え、致死の一撃を回避せしめる。
 そうなるのが当然とばかりに。
 当然の論理として帰結する、絶対の因果。
 一の指先が、空を切ったマリアの細い手首を捉える。
 理解不能。
 人を超え、魔人をも超えた筈の自分が、何故?
 恐慌をきたしたマリアが選んだ咄嗟の行動は──────────逃亡。
 世間の荒波から。魔人差別から。物理的精神的を問わない、ありとあらゆる攻撃から。
 彼女はいつも逃げ出し、引き篭もってきた。
 ならば窮地に立たされた時に取る行動は、やはり彼女の本質を表すものだった。
 壁の中へ。自分を守ってくれる、安全な壁の中へ。追い詰められた背後に灰色の外壁を作り出し、とんっ、と背中が壁に当たる感触。マリアの肉体はずぶずぶとめり込んでゆく。
 だが、運命は決して彼女を許しはしない。
 逃げる事に必死になっていた彼女の唇は、突然に塞がれていた。他の誰でもない、一の唇によって。
 「…………っ!?」
 全くの不意打ち。予想外の攻撃に、マリアの思考が停止する。舌を噛むどころか振り払う事すら思い浮かばぬ、完全な空白。
 蹂躙される口内。その中を無尽に這い回る舌。
 思考停止から混乱へ、そしてまた訪れる空白。マリアの精神状態は激しく揺さぶられた。
 繊細な能力使用において、決して欠く事の出来ない集中を千々に乱して。
 「ぷぁっ…………」
 気付いた時には、その身体は壁に埋もれかけた中途半端な状態で固定されていた。
 いつも彼女を外界から守ってくれていた守護の壁は今や反乱を起こし、彼女を身動きが取れぬ程にがっちりと囚えていた。不適切な能力使用の代償か、再使用もままならない。いや、そもそも思いつきもしない。
 何者によっても破壊できぬ完全な防壁。
 転校生であるマリア自身もそれは例外ではない。
 自らの置かれた状況に呆然とし、顔を上げた視線の先には。
 クーゲルシュライバーが象徴するヒーローへの加護を捨ててでも。
 鬼畜と呼ばれる行為に身を堕としてでも愛する者を救う覚悟を持った、悪の姿があった。
 ここから先は、別の因果。

 一自身に目覚めたその因果力は異世界の存在さえ、明確な敵対心を持つ頑なな相手さえ翻弄し、巻き込む。
嵐の中の小舟のように否応なく強引に。風の前の塵のように儚く無情に。
 運命は定められる。
 「葦菜の居場所、教えて下さい。それと、今後一切僕たちに手出ししないことを誓ってもらいます」
 「だ、誰が貴方の言う事なんて……」
 「普通にお願いしても駄目なら……別のやり方でお願いしますね。…………素直になるまで」
 マリアの意地の言葉は最後まで発される事はなかった。
 再び塞がれる唇。半ば予期していた筈なのにみすみすそれを許してしまったのは、どう足掻こうとも逃れられぬ囚われの身ゆえ──────────それ以外、あり得ない。あってはならない。
 そんな思考すら、たちまちに呑み込まれる。
 快楽と混沌の渦に。
 「んんっ…………」
 粘性の水音が響き渡り、マリアの舌が溺れる。獲物を捕らえて離さぬ執拗な肉食獣の顎。突然に絶たれた酸素供給に、空気を求めて本能的に鼻孔が膨らむ。如何な転校生と言えども生物には変わりなく、肺に酸素が満たされなければ死に瀕する。
 「んふーっ……!」
 初めて意識する他人の、異性の匂い。
 密着する体勢から伝わる、熱い体温。
 マリアの舌は憎い筈の相手から与えられる屈辱の味を感じながら、そこに別の感覚を覚え始めていた。
 大量の唾液が送り込まれ、ぐちゅぐちゅと撹拌される。淫靡な水音はたとえ両手が自由な状態で耳を塞げたとしても、構わずに頭の中へ入ってきただろう。
 ただの口付けに、こんな魔力があったなんて。
 他人との関係を極力断ってきたマリアに当然の如く男性経験はない。それどころか中学に上がった時点で引きこもりになっていた彼女にはキスの経験すらなかった。勿論知識として知ってはいたが、体験するとなると全く別の話である。
 「んっ…………く……」
 こくん、と喉が動いて流し込まれた唾液が音を立てて食道を通り、胃へ流れてゆく。
 望んで行った筈のない行為でさえ。マリアの頬は言葉にならない感情と感覚に上気させられる。
 普段から気怠げな瞳が、より一層蕩けた光を宿す。
 焦点のぼやけかけた視界に、人影が映る。
 「キスだけで、腰が抜けちゃったの? 君って…………だね」
 何か侮蔑的な言葉を掛けられた気がしたが、耳に入らなかった。かろうじて自由になる頭を振って、訳も分からぬままに強く否定。
 「そんなことないでっ……!?」
 しかしその言葉も途中で遮られ、またもや唇を奪われた。今度は逆に自分の唾液を音を立てて吸い上げられる。
巻き込まれた舌が抗議するようにその身を捩ったが、それも無駄な抵抗だった。
 歯茎の裏から舌の根に至るまで、口内のありとあらゆる箇所からとろとろと分泌される甘露が奪われてゆく。
 自分自身が吸われてゆく。その感覚は恐怖であり──────────同時にマリアがまだ名前も知らない感覚の先触れだった。
 舌先まで絞るように丹念に扱かれ、口の外まで無理やり引きずり出される。閉じ籠った岩戸を抉じ開けられた古代女神のように。
 「ほら、やっぱり。今の顔を見たら分かるよ。…………だね」
 引きずり出された舌をだらしなく垂らし、その先端からは雫が零れる。
 「そんらころぉっ……」
 呂律が回らない舌で、再度否定するマリア。それでもその言葉の途中でやはり唇が塞がれた。閉じ籠る事さえ許されず、否定する事さえ許されず。何度も何度もその尊厳ごと、意識ごと蹂躙される。
 そして恐ろしいのは相手ではなく──────────その度に徐々に抵抗が弱まる、自分の意志に反した肉体の反応だった。
 飲み込まなければ窒息してしまう。そう思わされる程に、それを大義名分にしてしまう程に、マリアは注ぎ込まれる蠱惑の甘蜜を何度も嚥下する。
 舌を絡めなければ、他の場所を好き放題に嬲られる。それを錦の御旗にマリアは一の舌を自ら受け入れて絡ませ合う。見掛けの主導権を奪われぬ為に、マリアは泥沼に嵌ってしまう。
 身体がみるみる熱くなる。分かっていても止められない。
 火照った肌に当たるひやりとした微風が心地良い。
 「…………?」
 素肌を撫でる微風に違和感を覚えたマリアが視線を落とすと、いつの間にか野暮ったいジャージのジッパーが下げられ、下着代わりの肌着が半ばまで捲られていた。
 「いっ……!?」
 いつの間に、という問いは愚問だろう。魔性のキスで蕩けさせられ、何も分からぬうちに違いない。
 白日の下に晒されてなだらかな窪みを描く腹部を、一の端麗な指先がつるりと優しく這う。やがて臍の周りに辿り着くと、そのまま氷上のフィギュアスケーターの如く何周もくるくると円を描いて意識させられる。
 肌の奥、身体の内側まで浸透してゆくようなねっとりとした指遣いに、マリアの下腹部が妖しい疼きに包まれる。腰を動かして逃げようにも固い壁材がしっかりとマリアの薄い尻肉を固定し、快感の逃がしようがない。
 快感。
 そう、マリアの身体は既に与えられる刺激を認識し始めていた。本人の意識を裏切って。
 激しく動かしていない身体なのに、全力で走った後のようにじっとりと汗ばむ肌。そこに感じる風の震え──────────否、近付く振動。
 垂直の壁を登り、一の指先がマリアの下乳と脇腹の境界に触れた。膨らみと呼ぶのもおこがましい彼女の控えめな乳房は男を満足させる質量には到底物足りない、少年と変わらぬ緩やかな平面であったが、それでも女性としての感覚は備わっている。
 それを思い知らされた。
 「ひぃっ……」
 ぞわぞわとした甘やかな痺れ。微かな膨らみの下弦をなぞるような指先は今まで眠っていたマリアの性感を掘り起こし、呼び覚ましてゆく。自らが変えられてゆく恐怖に思わず洩らした声も、何の抑止にもならない。
 「だ、だめですっ、やめてくだ……!?」
 見開いた瞳に近付く一の顔。目を逸らす事も出来ずにそのまま唇を奪われる。
 マリアが何かを拒否、或いは否定する度にそれを上書きするかのように与えられる口付け。無理矢理な封殺にも関わらず、限りなく甘い。麻薬的な、癖になりそうな味わい。
 ──────────いや、もう既に手遅れなのかもしれない。
 最早抵抗は形だけのものになり、諦めるまでの時間は目に見えて早くなる。
 身体が、受け入れつつあるのだ。快感を。そして憎い筈の相手を。
 ちゅむっ、じゅるっ、と下品な程にはっきりとした音を立て、唾液の交換が行われる。一のものなのか自分のものなのか判別の付かない混合液を吸い上げられ、そして唇の端から零れるまで注がれて強制的に飲まされる。こくり、と喉の鳴る音が自分の悲鳴のように──────────或いは嬌声のように。
 細い喉を伝って零れる涎に気付く余裕も無い程に追い詰められ、陶然とした表情を浮かべるマリア。数度の口付けと愛撫とも呼べない軽いタッチだけで、彼女の肉体は牝の甘鳴きの予感に震えてしまっていた。
 そしてマリアが敵対していたその少年は、そんな彼女の陥落の気配を見逃すような温い相手ではない。
 「思ってたよりも少し早いけど、あまり時間を掛けてられないしね…………そろそろ一度、イっておこうか」
 「ふぇっ……?」
 言葉の意味を問い返す間もなく、一の指先はマリアのなだらかな左丘陵の先端に到達する。存在を主張する桜色の突起に二本の指が添えられると──────────。
 「~~~~~~~~~っ!?」
 スイッチを入れられたように劇的に。ブレーカーを落とされたかのように突然に。
 目の前がショートして、真っ白になる。
 声を上げる事すら叶わずに、その間さえ与えられずに、マリアはくぐもった呻きと共にその身をびくりびくりと震わせて絶頂に達した。
 「はぁっ…………ふぅっ……」
 硬直の後の弛緩にくったりと身を任せて荒い息を繰り返すマリアの耳元に、快楽の授与者が囁く。
 「今の感覚、しっかり覚えておいてね?」
 頷く事も首を振る事も出来ないマリアに、もう一言。
 「ちゃんと覚えたら、これがご褒美」
 同時に与えられる”ご褒美”。それは言うまでもなく執拗な、徹底した口付けによる口唇調教。短期間のうちに濃厚な快感をねっとりと教え込まれたマリアの舌と唇は、否定と拒絶に対する罰である自我破壊だった筈の口内陵辱を、言葉の通り報奨と捉えてしまうように改造されてしまっていた。
 ちゅぷん、と糸を引いて離れる一の舌を名残惜しみ、マリアの舌が虚空を伸びる。それはまるで浅ましく餌をねだる雌犬だった。
 「次、同じ感じになったら、きちんとイく、って言うんだよ」
 「ら、られがぁそんら……」
 頭では否定しようと思っても、舌が反乱を起こしたかのようにマリアの意に沿わず明瞭な言葉を紡ぎ出す事を拒否する。まるでそうする事で自分自身が快楽を得る事が出来る、と舌に独自の意思があるが如く。
 もっともマリアの返答がどうあろうと、行われる行為に変わりはない。今度は右の乳房を、敢えて先程よりもじっくりと責められる。じわりじわり、と薄い色素の乳輪を塗り潰すように押し広げられ、頂の乳突起が期待に震えてむくむくと勃ち上がる。
 其処を捻られてしまえば雷撃のような刺激が脳天を貫くと分かっていながら、弱点を晒すかのようにぴん、と攻撃を待つ孤塁。それは無慈悲な攻城兵器に対する備えを失い、一息に攻め滅ぼされるのを待つ脆い城塞。
 予測は、期待は一片足りとも損なわれる事なく。
 「ひぎゅうぅぅぅっ!?」
 受ける側の身体を慮る一切の遠慮も容赦もなく、ただ最大限の効果を狙って放たれた一撃はマリアの自尊心という名の防壁をあっさりと突破し、決して上げまいと決めていた悲鳴混じりの嬌声を高らかに響かせた。
 「駄目だよ、さっき教えたこと聞いてなかったの?」
 「や、やらぁ…………」
 それでも、攻撃者は決して満足しない。絶頂の余韻に震えながらなされる幼女のような舌足らずな哀願の制止を受けても、マリアが屈服するまで同じ行為を繰り返す。
 耳朶を甘咬みしながらマリアの新しい性感帯を開発し、三度強制的な高みに追いやる。
 「ぁひぃぃぃっ!?」
 「覚えが悪い子は、出来るまでやってもらうからね?」
 昂ぶらせ続けられた肢体は、矢継ぎ早の蹂躙に抗う術を持たない。魔性の唇が敏感な乳首を捉えると、薄い胸を咎めて引っ張り上げるように激しく吸い立てた。性感を覚えてしまった弱点は、ひとたまりもなくて。
 「ぃぎぃぃぃっ!? ひっ、イく、イくっ、イってるからぁっ!」
 遂にはマリアは陥落を示す恥辱の言葉を自ら口にして、許しを請う。
 (い、言わないと何時まで経っても終わらないから…………そう、別にこれは負けた訳じゃなくて……)
 心の中での密かな反逆。だがそれは逆に言えば最早身体の反応や言葉では抗しきれないところまで追い詰められている事を意味する。
 「はい、良く出来ました」
 (だからこれは、別にご褒美が欲しいとかそういうのじゃなくて…………油断を誘って反撃を……)
 絶頂後のとろんとした視界に一の顔が近付く。マリアは自分に求められている行動を悟ると、何の疑問も持たずに緩やかに口を開いた。
 ちゅぐっ、じゅるるっ。
 淫音が響く度、何が正しくて何が間違っているのかが分からなくなってくる。転校生としての自分が敵対していた相手から与えられるものを嬉々として受け入れるのは明らかな誤りの筈なのに、それを拒否できない。
 それならば、前提条件が間違っているのではないだろうか。
 浮かんだ突拍子もない考えを、マリアはしかし頭から消し去る事が出来なかった。
 もし与えられる感覚が正しいとするならば、それを与えてくれる相手は敵ではない。そんな馬鹿げた仮定すら、消えない染みとしてマリアの頭にこびり付く。
 全ては無視できない程にはっきりと、強烈過ぎる快楽が為。
 「じゃあ、忘れないうちに復習しておこうか。今度はもう少し具体的に…………って言ってね」
 開発されつつある耳に囁きかけられた言葉。マリアの理性はそれに従う事を強く否定する。だが同時に、従わなければ延々と同じ事を繰り返され、身動きの取れぬ身体を更に苛まれるばかり。それなら今は言葉だけでも従ったふりをして──────────。
 マリアの思考には大事な部分が抜け落ちていた。例え従ったふりをしても、その先にあるのは更なるエスカレート、より卑猥で淫らな調教地獄。それでも彼女にそれに気付く資質はない。何故なら、彼女はいつも決断から逃げ続けていたから。引きこもり、保留し続けるのが彼女のこれまでの生き方だったから。
 そのツケは、他の誰でもなく彼女自身の責任において支払われる。
 「ふぁっ、ぁぁあっっ、また、またイくっ……!」
 今までに受けた責めを全て、繰り返される。しかし同じ筈の愛撫も乏しかった性感が花開いた後では全く別物に感じられる。滑らかな肌も、控えめな乳房も、つんとした乳頭も、その本来の感受性を完全に開花させ、相手の望む通りの反応を返してゆく。
 そして、望み通りの言葉も──────────。
 「イく、イキますぅっ! ま、マリアはちっちゃなおっぱいをいじめられて、気持ち良さが我慢できなくて、イっちゃいますっ……♥」
 恥ずかしすぎる恥辱の台詞。ぷつり、と一本の糸が切れたような感覚。だがそれを口にする事で得られる快感は今までとは比べ物にならなくて──────────。
 「はい、良く出来ました。やればできるね」
 頭を撫でられながら、優しくご褒美のキスを受ける。積極的に唾液をせがみ、嬉々として飲み込んでゆく。
 (こんなの、言葉で言うだけだから、これで油断させて…………あれ? なんで油断させるんだっけ?)
 酩酊したように思考が定まらない。結論がおかしな気がする。そもそも相手は何者だっただろうか。
 快感に混濁しつつあるマリアの意識に差し込まれる一条の光。
 「そろそろ、その気になった? 葦菜を解放してくれる?」
 その言葉に、靄が掛かっていた頭が一瞬晴れる。
 「だ……誰が言う事を聞くもんですか……!」
 そうだ、相手は敵だ。快楽責めになど負けていられない。緩んだ弓の弦が、再度引き絞られる。
 だが、それすらも。
 狡猾に計算されし尽くした、マリアを完璧に堕とす巧妙な罠だった。
 強く張り詰めた糸は切れやすく、そして一度切れれば二度と元には戻らぬように。
 そしてそれに気付いた時には、全てが手遅れだということに。
 マリアが気付く由もない。
 「そう…………じゃあ、仕方がないね……」
 まるで断念するかのような一の言葉。勿論、続く行動はその正反対で。
 「ひっ…………!?」
 マリアの口から思わず零れた歳相応の悲鳴。その瞳の先には花も恥らう乙女もかくや、と思われる麗らかな美少年には到底そぐわぬ堂々たる怒張が屹立していた。
 それは、雌を犯す為の特化器官。雄々しく凶暴な力に満ちた肉柱がマリアの目を奪って離さない。
 ごくり、と我知らず唾を飲み込む。だがそれは恐怖と呼ばれる感情からではない。
 くちゅり。
 自分の身体から生まれた信じられぬ音に、一時的に呪縛を逃れたマリアの眼差しが下を向く。膝まで下げられたジャージと下着がかつて守っていた秘所から、ぽたりぽたりと恥蜜が零れ落ちていた。
 丹念に反復して加えられた上半身への愛撫と口唇調教に耐え切れず、密かに溜め込まれていた愛液。その最終的な決壊をもたらしたものは直接的な刺激ではなく、マリアが自ら思い浮かべた妄想だった。太い牡根に牝穴を貫かれ、歓喜の姫鳴きを上げる自分の姿。口に出すのもはしたない性欲願望に、今まで裏切り通しだった肉体が此処ぞとばかりに忠誠心を発揮する。
 「や、やめて…………」
 ふるふる、と首を振るマリア。四肢が自由なら後退りしていたかもしれない。だが現実は非情であり──────────祭壇に捧げられた生贄は、喰われる事が至上の喜び。
 マリアは一の瞳の奥を見た。
 例えば其処に滾る獣欲の光があったなら、一時的にでも心を殺して嵐が過ぎ去るまで耐える事も出来ただろう。
 だが、其処にあったのは夕凪のような静けさと鍛鉄のような冷たく強い意志。目的の為なら手段を選ばぬ、断固たる信念。
 それを見て取ったマリアは絶望的に悟る。
 (あぁ…………自分は本気で堕とされてしまうのかもしれない)
 と。
 粘り気のある姫蜜を湛えた秘裂に、赤子の拳を思わせる肉茎が迫る。生涯堅く閉じられていた城門を打ち破る、武骨で巨大な破城槌が。
 照準を付けるように、その先端が軽く触れる。ちゅくっ、とお互いの出した異なる淫液が混ざる音と共に行われた性器同士の破廉恥なファーストキス。これから起こる更なる淫猥劇の前哨。
 「ぁ……ぁ……っ……?」
 信じられないものを見る目で己の下半身を見つめるマリア。彼女に見せつけるようにゆっくりと姫割れはくつろげられ、解されて──────────。
 「ぎぃっ…………あぁぁ!!」
 ずぶり、と男根の先が秘められたマリアの女肉へと侵入してゆく。止めどなく分泌される牝蜜をもってしても、めりめり、と音を立てて進む肉棒の凶暴さは変わらない。狭い膣壁のトンネルを掘削しつつ、立ち塞がるもののない侵攻はやがて唯一最後の防壁に辿り着く。
 貞操を守る最後の砦、処女膜。ところが実際には物理的な壁ではないにも関わらず、こつん、と破城槌を跳ね返す感触。一瞬、一の表情に不審が浮かぶ。
 それは、転校生真壁マリアの最後の意地。絶対最終防衛ラインに敷いた、己の自我の象徴たる不可侵の壁。
辛うじて形成された防壁が、彼女を守る最後の砦。
 何者も、転校生さえも破壊出来ぬ究極の壁。それは如何な魔人とて、打ち破る事叶わぬ論理障壁。
 「ざ……残念でしたね。私を犯そうとしても……くぅっ、無駄です……よ?」
 襲い来る苦痛に顔を歪めながらも、最後の最後で己の勝利を確信するマリア。
 だが。
 それに対するは、同じく一つの論理。
 その能力は、単純にして深遠。

 ありとあらゆる障壁も妨害も乗り越え、因果の果てに愛縁を結ぶ。
 たとえ高次元の強大な存在であろうとも。
 人に仇為す、邪悪なる存在であろうとも。
 人の心を持たぬ冷たい存在であろうとも。
 そこには生まれるものがある。
 あらゆる事象を無に帰す絶対の力さえ貫いて。
 世界を支配する、時空の論理さえ捻じ曲げて。
 ただ一点、縁を紡ぎ出す。
 有り得ない、不可能と思える相手にこそ強く絆を繋ぐ。

 だからこそ。
 転校生真壁マリアが最後の拠り所とした、己の生み出した最終防壁さえ。
 彼女に残った最後の自尊心ごと。
 彼女が頼った究極の自衛地ごと。
 完膚なきまでに。徹底的に。根こそぎに。完全完璧に。
 抉じ開け、打ち破り、刺し貫き、叩き壊して。
 一自身が、マリア自身を。その肉体を、その精神を。
 蹂躙し、屈服させ、隷属させ、支配する。
 「ぃぎあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 ぶちぶちぶちぃっ、とゴムを引き千切るような感触と共にマリアの処女膜は破られ、犯される。破瓜の純血が彼女の敗北を示すかのようにたらり、と太腿を伝った。
 それでも最早、マリアに打つ手はない。肉体的にも能力的にも完敗を喫し、その精神は既に認めてしまっていた。
 処女喪失の激痛は彼方へと去り、訪れたのはじくじくとした炙られるような熱。凱歌を上げながら膣内を行進する支配部隊が生じさせる摩擦が熱を生み、身体の中から征服された事実をマリアの全身に伝えてゆく。
 こつん、と最奥に突き当たった先端は、完全支配の征服旗を打ち立てた何よりの証拠。その頃にはじんわりとした熱も快感へと変貌していた。
 「一番奥まで…………着いたよ。凄く熱いね、マリアの中は」
 「ふぁ…………ふぁい…………」
 言葉の上でもそれを指摘され、頷く他はない。
 「マリアの全部を支配したから、これからは僕がマリアのご主人様。マリアは転校生なんか辞めて、僕の…………一一の奴隷になる。いいね?」
 「ぁぅ…………?」
 「僕の言うことなら何でも聞いて、喜んでそれに従う。えっちな命令だって、いつでもどこでも。それが生まれ変わった新しい真壁マリア。これからの君は、淫らな雌奴隷のマリアとして生きてゆく。いいね?」
 「わ、私は…………」
 囁かれる言葉は、絶対。絶対の自信を持っていた壁が打ち破られ、引き摺り出された不安な心が求める新たな支配者。優しさと力強さに満ちた言葉。それに従えば何も恐れることはない。
 「さぁ、言ってみて。…………君は誰?」
 最後の一言は、強制ではなく啓発。己の意志で、己の意思を放棄する。隷属と服従を、自らの口で示す。
 「私は…………ま、真壁マリアは、今日から一さまの、ご主人様の雌奴隷にして頂きますっ…………ご主人様の命令にはどんなはしたないことだって絶対服従の、淫らで従順な性奴隷になりましたぁっ♥」
 壁に埋め込まれたままという屈辱的な体勢での奴隷陥落宣言さえ、自らの立場を何よりも如実に表しているようで至福感に限りはない。突き入れられたままのご主人様の肉棒をきゅうっ、と締め付け、マリアは自分の言葉で自分を貶めた被虐感で軽い絶頂を迎えていた。
 「ふぁぁっ……♥」
 びくびくと震える彼女の身体に密着しながら、一の顔が近付く。
 「はい、良く出来ました…………じゃあ、ご褒美」
 その言葉に我慢が出来よう筈もなく、マリアは自ら舌を絡ませて褒美を貪った。与えられる唾液が、今まで以上に甘く美味に感じられる。乳飲み子のように必死に飲み下し、主人の下賜を自らの血肉に変えようと貪欲に口内調教を受け入れる。
 「んくっ、んくっ……♥」
 蕩けた瞳が幸福に包まれ、肉体は快感に、支配される悦びに打ち震える。
 陶然としていたマリアだったが、突然に唇が離された。同時にずるずると巨根が引き抜かれてゆく。
 「ふぇっ……?」
 ぽっかりと穴の空いたような空白感。本来ある筈のものがないと感じてしまう、寂しさ。
 「自分一人だけ気持ち良くなってちゃ駄目だよ、マリア? ご主人様が気持ち良くなるように尽くすのが雌奴隷の役目だから」
 叱責混じりに奉仕精神を教育され、マリアの瞳に涙が浮かぶ。
 「は、はいっ、申し訳ございませんご主人様ぁ…………駄目な奴隷を、マリアを捨てないで下さいっ……!」
 「そうだね…………じゃあ、次はどうすればいいか分かる? ちゃんと出来れば許してあげるよ」
 「あ…………」
 その言葉に、マリアの奴隷としての被虐と服従の本能が目覚める。
 自由にならぬ腰をそれでも懸命に揺すり立てて主人の劣情を誘い、マリアは卑猥な口上で懇願する。そうする事が何よりも嬉しくて。
 「ご主人様ぁ……マリアの、雌奴隷マリアのご主人様専用まんこで好きなだけ気持ち良くなってください……♥ 激しくされても一生懸命締め付けますから、たっぷりご主人様のぶっといちんぽを突き込んで、めちゃくちゃにしてくださいっ……♥」
 もし手が動かせれば、自らの指先で濡れそぼった雌穴を広げてさえいただろう。だが、それを補って余りある淫猥さでマリアは堕落した雌の表情を浮かべて交尾をせがみ、淫語で自らを貶めてまで主人の歓心を望んだ。

 頑健強固な鉄壁も、一筋の罅割れで容易く瓦解してしまうのと同じように。
 自尊心の放棄と引き換えに得る、服従の快楽と性感の愉悦を知ってしまえば。
 綻びの生じた壁は、木っ端微塵に、粉々に、跡形もなく、綺麗さっぱり。
 肉体の中心に穿たれ、抉られた巨大な空洞となって。
 それを埋めてくれる圧倒的な支配者の力強い存在を求めて。
 酸素を渇望する溺死寸前さながらの様子でぱくぱくと下半身の淫口を開き、懇願の欲水を垂れ流す。
 「お、お願いですからぁ…………ご主人様のご命令は何でも聞きますからっ……」
 その言葉をしかと確認する為に。
 その言葉が嘘偽りでないと確かめる為に。
 万が一演技であったとしても、それを真実に変えてしまえる程の力で。
 一はマリアの秘奥へと、一息に己を突き立てた。
 「ほぉぉぉぉっ……♥」
 待ち望んだ再貫通の衝撃に随喜の涙さえ浮かべ、はしたない歓喜の声を上げて、マリアは白い喉を反らせてびくびくと身体を震わせた。 
 「い、イっちゃいましたぁ……♥ 今ので、入れて頂いただけで軽く飛んじゃいましたぁ……♥」
 嬉しそうに恥辱の絶頂報告を行うマリア。羞恥の感情が消え去った訳ではない。それを上回る程に、自らの状態を、自分が今どうなっているのかを主人に知ってもらえるのが嬉しいのだ。
 「そう…………でも、こんなものじゃ終わらないよ?」
 それは、残酷で甘美な処刑宣告。貫かれたままで耳元に囁かれる、蕩けるような言葉。
 「二度と、葦菜に手を出す気が起きないようにお仕置き…………きっちりと躾けて、調えて、教えないとね。身体に…………心の奥まで」
 「あ、あぁぁっ…………」
 浮遊感と紙一重の墜落。
 マリアは今まさに自分が堕ちている真っ最中である事を自覚し──────────そしてそれを良しとした。
 「は、はい…………もう二度とそんな気が起きなくなるようになるまで、雌奴隷のマリアをちょおきょおしてくださいっ…………♥」
 歪な願望、歪んだ贖罪意識。そしてその奥に潜む浅ましく淫らな欲望。マリアはそれを口にしながら、きゅうっ、と牝壷を締め付けた。 
 この上ない献身と快楽への貪欲さ。それが結実し、彼女の願いは聞き届けられる。
 締め付けを合図とするかのように一の腰が前後に動き出す。恋人に対する労りや気遣いのない、荒々しく暴力的な腰使いで。
 ずちゅっ! ぐちゅっ! ぐちゅっ!
 「ひぎぃっ……!?」
 溢れる淫液でさえ摩擦を消しきれない激しさで、マリアの肉壷内を一の剛直が往復する。容赦なく、苛烈に。
 だがそれこそがマリアの望み。乱暴に扱われ、自らの立場を思い知らされ、性欲の捌け口として使われる。それこそが性奴隷の何よりの悦びなのだから。
 「あはぁ……♥ ごりごり擦れてっ…………奥に、奥に当たってますっ…………ご主人様のお仕置きちんぽで、マリアの赤ちゃん部屋を抉じ開けられてますぅっ…………♥」
 子宮が下りてきて、子宮口に何度もキスされている幻覚。種付けを望む牝の本能がきゅんきゅんと全身を駆け巡る。──────────そんな彼女に掛けられる言葉は。
 「動けないようにされて、こんなに乱暴にされてるのに、それがいいんだ? マリアって本当に…………」
 ──────────変態だね。
 最初から聞かされていた、初めは否定した言葉。
 だが今やそれは何よりも魅力的な、現在の自分を表す最適のマジックワード。
 だからこそマリアは繰り返す。
 自分自身の言葉で。 
 自分自身の意志で。
 「そ、そうですっ……♥ まりあは変態雌奴隷だからぁ、身動き取れないようにされてご主人様のちんぽで突かれるのがだいしゅきなんれすぅ……♥ そんなまりあに、ご主人様の、一さまの特濃ざーめんをたっぷり注ぎ込んで、種付けしてくださいっ……♥」
 「いいよ…………壊れるくらい、してあげる」
 陥落の完全敗北宣言を皮切りに、一の行為は最終段階を迎え──────────背後の壁まで壊す程の勢いで激しく腰を打ち、そしてマリアの奴隷膣内へと完全支配の白濁を解き放った。
 「あひっ、あひぃ……♥ あちゅいのっ、これ、これしゅきぃ……♥ らめっ、らめなのぉっ、もう、もうイキますぅ…………っ……!」
 がくがくがくっ、と痙攣混じりの歓喜と共に、マリアはこの日一番の激しい絶頂に身を震わせた。
 堕してしまえば、後はあっけないものだった。マリアは二度と反抗の気力が湧かなくなるまでとことん屈服させられ、主人の命令に喜んで従うように躾され、与えられる快楽なしでは一日たりとも生きていけなくなるご主人様依存症を植え付けられ──────────転校生真壁マリアは今日を境に、雌奴隷真壁マリアとしての新しい人生を歩み始めるのだった。






 マリアから葦菜の居場所を聞き出した一が駆け付けると、行き止まりに思えた学園敷地端の壁が今まさに瓦礫として崩れ去る瞬間だった。マリアの能力によって作られたその壁は余人の視界を塞ぎ、またあらゆる探知能力を跳ね返す文字通りの障壁となっていたのだろう。
 解除された壁の跡を踏み越えたその先に。
 壁の中に半身を囚われた想い人の姿。
 本来は強固な働きで葦菜の肢体を束縛していたのであろう壁だったが、今はその力を失ったのか一が手を掛けるとさながら寒天のようにほろほろと崩れ去った。
 戒めから解き放たれた生贄の乙女が、ゆっくりとその身を傾けて──────────。
 「葦菜!」
 しっかりと抱き留める。漸く取り戻した恋人を二度と離さぬよう、強く。強く。
 「…………痛いじゃないの、馬鹿」
 震える長い睫毛と共にゆっくりと目を開けた葦菜は、開口一番に悪態をついた。
 「葦菜!? …………良かった…………」
 意識を取り戻した彼女を支えながら一は安堵の表情を浮かべる。
 「それに、助けに来るのが遅過ぎるのよ。全くもう……」
 「ご、ごめん……」
 一はしゅん、と叱られた子犬のように小さくなる。
 「遅くなって本当にごめん。一人でずっと不安だったよね…………怖かったよね」
 後悔と懺悔の言葉が、幾つも口をついて出てくる。むざむざと彼女を危険に晒してしまった自分の不甲斐なさに、無力に。
 そんな一を見ながら葦菜はすっくと一人で立つと、両手を腰に当てて。
 「…………まぁ、別に怖くも何とも無かったけど。なんだかんだで絶対に助けに来る、って信じてたから」
 それは彼女特有の強がり──────────ではない。信頼で繋がれた、揺るぎない絆だ。
 「あ…………」
 何かを言いかけた一を制するように、葦菜は続ける。
 「さてと、それじゃあたしを閉じ込めたやつを一発蹴っ飛ばしてやらないとね。転校生だか何だか知らないけど、敵にやられっぱなしじゃあたしの…………そう!『ミス・ダンゲロス』埴井葦菜の名がすたるってもんよ!」
 鼻息荒く、意気軒昂に。高らかに反撃を宣言する葦菜だったが、一は慌てたようにそれを押し留める。
 「え、えっと、もうその必要はないと思うな……っていうか、あの…………」
 歯切れの悪い一の様子に、葦菜は怪訝そうな瞳を向ける。
 「どういうことよ……?」
 「あ、あのね、言っても怒らない……?」
 「怒るわ」
 「約束だよ? …………って、怒るの!? そこは普通、『怒らないから言ってみなさい』じゃないの!?」
 「どうせまたあたしが怒るようなことしたんでしょ? あんたのことなんてお見通しなんだから。さぁ、言わなくても怒るんだから、きりきり白状してさっさとあたしに怒られなさい!」
 「理不尽だ…………」
 それでも尻に敷かれている一に選択の余地はない。観念して事の顛末を話し始めた。
 数分後。
 「た、た、た、退学……!? このあたしが!? それに、ミス・ダンゲロス取り消しってどういうことよ!?」
 一の襟首を掴み、がっくんがっくんと前後に揺さぶりながら葦菜は絶叫した。
 「だ、だってそれしか他に方法が…………く、苦し……」
 ちなみに一がマリアに対して行った鬼畜な所業の数々は告白していない。口にしていればこのように苦しむ事もなく別の意味で楽にはなっていただろう事を考えると、賢明な判断であったと言わざるを得ない。
 どうにか呼吸困難から解放された一だったが、葦菜の人差し指がびしりと鼻先に突き付けられて厳しく弾劾される。
 「どう責任取ってくれるのよ!?」
 「けほっ…………でも、別にミス・ダンゲロスの称号なんかなくたって、僕が葦菜のこと、大切で可愛い恋人だと思ってることに変わりはないし…………」
 「!? そ、そんな台詞でっ、ミス・ダンゲロスのことは水に流してあげたとしても……! そう、退学の件はどうするのよ!? あたしに中退アイドルになれって言うの!?」
 一の正直な言葉に一瞬勢いが鎮火しかけるものの、それで誤魔化されたりはしないぞ、と追及を続ける葦菜。しかし──────────。
 「その責任だったら…………うん、ちゃんと考えてるよ」
 「…………何よ?」
 「今すぐは無理だけど…………あと2年経って、僕が責任を取れる歳になったら。葦菜の全部を、人生をまとめて全部、責任取るから」
 穏やかに、しかし決して揺るぎなく。告げられた決意。
 勿論、その言葉の意味するところは葦菜にも十分過ぎる程に伝わって。
 「ちょ、ちょっと、こんな時に何言って……」
 「こんな時だからこそ、だよ。もう離したくない…………誰にも渡したくないから。それが良く分かったんだ」
 大切なものを失いそうになって感じた恐ろしさ。
 かけがえのない、宝物。
 「あ、あたし、すぐ怒るし、暴力振るっちゃうけど!」
 「葦菜の元気の良いところ、僕は好きだよ」
 「料理も下手だし、家事とか全滅だしっ……!」
 「僕の得意分野だから、任せて」
 「目立ちたがり屋だし、わがままだしっ!」
 「葦菜の我儘なんて、もう慣れっこだよ?」
 一つ一つ、丁寧に。自分の欠点が包み込まれてゆく。温かい言葉で。優しい愛で。
 「…………いっこくらい、否定しなさいよ」
 乙女として複雑な心境による頬を膨らませた抗議も、一の微笑に溶かされる。
 「あは、ごめんね。でも…………全部、本気だから」
 真剣な眼差しを、想いを真正面からぶつけられた葦菜は。
 いつものような誤魔化しや怒りの演技の外套を捨て、裸でそれを受け止めて。
 「ばかっ……! あたしのこと、一生大事にしないと承知しないんだからね、一っ!」
 彼の胸に飛び込むと、愛する者の名を呼びながら唇を重ね合わせた。















 「…………ところで。その歳になったら責任を取るって、あたしのことだけでいいのよね?」
 「…………ぎくっ」
 「あんた、まさか……!」
 「お、男の子には沢山果たさないといけない責任が、その……」
 「へぇ~…………じゃあ帰ってじっくり聞かせてもらいましょうか。その責任とやらを……」
 尋問と釈明、そして折檻。その後の仲直りの甘く長いひとときを含めれば、今夜は眠れそうになかった。


                                                        <了>



最終更新:2013年06月22日 17:21