『ToLOVEる×ToLOVEる』
「おっかし~な~?」
それは、ハルマゲドンが勃発することになる少し前。一八二一(にのまえ・はにー)は希望崎学園校舎内をぽてぽてっ、と走り回っていた。
目的は人探し。しかし遠路はるばるやってきたはいいものの、探している人物が一向に見つからないのだ。
手にしているのはおもちゃの銃にしか見えないが、れっきとした武器のED銃。殺傷能力こそないもののその効果──────────男性の大事な部分を使い物にならなくする機能は折り紙つきである。
勿論そんなものが市販されている事はなく、両親の知人から借用してきたものだ。
彼女は時間旅行者であり、未来からの異邦人だった。
わざわざ時間を超えてこの時代にやってきたその目的は大きく分けて二つ。
一つは彼女の母親である埴井葦菜(はにい・あしな)に会う事。ただ、こちらは興味本位というかもののついで。
本命はもう一つ──────────それは『世界の女の敵』と呼ばれる人物を懲らしめる為だった。八二一はその人物に直接何かをされた訳ではないが、葦菜は若い頃にその人物の所為で随分と酷い目に遭ったり苦労したりしたらしい。
「まったく、あいつのせいでいつもいつも…………」
「信じられない浮気者のどすけべで、可愛い女の子と見ればすぐ手を出すし…………」
「泣かされた女の子の数は、十や二十じゃ利かない…………」
などなど、事あるごとに何度も不平不満を口にしている。
(ママが『世界の女の敵』の話をする時は、だいたいパパが出かける日の朝なんだよねー)
八二一の父親は仕事が忙しいのか方々を飛び回っており、家に帰ってくるのは週に一度あるかどうか。
(ママもパパが帰ってくるその日はすっごく機嫌が良くなるんだけど、翌朝の朝食時間がめちゃくちゃ不機嫌になっちゃうんだよね~)
そしてそんな時は大体朝食の席は先程のような『世界の女の敵』に対する葦菜の愚痴やら文句になり、その剣幕に八二一の父は可哀想なくらいびくびくと縮こまってしまうのだ。
(まぁ、ママは怒ると怖いもんね)
美人な分、怒った時の迫力は折り紙つきである。それが自分に向けられているものでなくとも、怒りのオーラに心優しい父は怯えてしまうのだろう。八二一もドジやうっかりが多い性分の為によく葦菜には叱られており、父の気持ちは分からないでもない。
八二一としても出来れば母親には笑っていて欲しいので、その『世界の女の敵』をなんとかできればなぁ、とぼんやり考えていたのだが。
そんなある日、両親の共通の知人である一人の女性科学者がタイムマシンを発明したと聞き及び、八二一はこれ幸いと実験協力を申し出て、この時代──────────母が希望崎学園生だった時代にやってきたのだ。
実験は無事行われ、首尾よく到着したのはいいものの、何故か葦菜の姿が見つからない。
「うーん、今日はお休みなのかな?」
元からやや垂れ気味の柔らかい眉を更に下げ、八二一は困ったように腕組みをした。持ち上げられた豊満な乳房は母親譲りのEカップ(まだまだ成長中)で、あどけない天真爛漫な美少女である彼女にはアンバランスな挑発的わがままボディだが、そのギャップも密かにクラスでは人気の高い一因だったりする。
もっとも彼女自身にはそんな自覚はこれっぽっちもなかったのだが。
「ママに会って詳しい話を聞いてから、と思ったけど…………先にこっちを探そうかなー」
そう呟きながら八二一はたゆんとした胸元からごそごそと未来の携帯端末を取り出す。そこに『世界の女の敵』の特徴が記されているのだ。
情報元は勿論葦菜と、そしてタイムマシンの発明者である女性科学者である。どうやら彼女も『世界の女の敵』の被害者であるらしく、八二一が話を聞くと嬉々として──────────そして妙ににやにやとしながら教えてくれたのだ。
ともあれその情報を確認しようと携帯端末を操作しながら校舎内を歩く八二一。自然、周囲への注意は疎かになる。
彼女はふんわりと柔らかい髪やふにゃっとした笑顔が父親似だと言われる事は良くあったが、しかしそれ以上に色濃く受け継いでいる性質があった。
それは体質。無意識にトラブルを呼び込む困った体質。
そして──────────トラブルメイカーとトラブルメイカーは、強烈に引かれ合う。
「はにゅっ!?」
余所見をしていた八二一がつるり、と足を滑らせた階段。勢い良く落下してゆくその先に。
「…………え?」
びっくりした顔で固まるその人物が見上げた眼差しの先には、視界いっぱいに大写しに広がった八二一の股間があった。
「ひーん、お尻ぶつけちゃったよぉ…………」
涙目になりながらお尻を擦りつつ、八二一は妙に柔らかい床に目を落とした。するとそこには。
「…………きゅう」
と、目を回してのびている華奢な美少女の姿があった。
「あ、あやっ? ごめんね、大丈夫~?」
本人的には慌てて、周囲から見れば何処と無くのんびりした声で自分が下敷きにしてしまった相手を気遣う。
仰向けになった相手に自らの股間を押し付けるような姿勢で跨ってしまうこの体勢こそ、俗に言う「顔面騎乗」。
乙女にとって非常に恥ずかしい、本来なら一生に一度あるかないかという稀有な体験の筈だが、ToLOVEる体質である八二一にとっては日常茶飯事である。
「ど、どうしよう…………頭打っちゃったかなぁ?」
相手が同性の少女という事もあり、また、気絶している様子でもある為に羞恥よりも相手への心配が先に立つ。何にしてもまずは保健室へ運ばなきゃ、と八二一は思い立つと、肩を貸すようにして少女を支えると保健室を求めて歩き出した。
幸いにして保健室はすぐに見つかった。それもその筈、八二一は元の時代でも希望崎学園に通っており、彼女の来た時代では校舎の改修はされていたとはいえ、構造自体は殆ど変わっていなかったからだ。
「あれ~…………先生、いない?」
ただ、この点は折悪しく保健医は席を外しているようで姿が見えない。気分を悪くして休んでいる先客もいない為、保険室内はがらんとしていた。
仕方なく、八二一は少女をベッドに下ろして静かに横たえる。見たところ出血などはないようだが、打ちどころが悪かったのか未だ意識は戻らぬままだ。
当然、八二一に医学的な知識は皆無である。そもそもぽやっとしている性格で学校の成績も非常に芳しくない、所謂あほのこである。それでもどうにか何となく聞き齧った事のあるような曖昧な知識を頼りに応急手当を始めた。
大抵の場合、あほのこは何もしないのが最良の選択であり、下手に行動を起こす事でかえって余計な惨事を巻き起こすものだが──────────。
残念ながら一八二一は、行動力のあり過ぎる筋金入りのあほのこだった。
「ええっと、こういうときは…………まずは苦しくないように、服を緩めてあげる、だったっけ?」
なんとなくそんな話を聞いた事があるような、というあやふやな記憶だけで。
八二一は躊躇いなく気絶している少女のベルトを緩め、履いているズボンをずり下ろした。
ぺろん。
勢い余って下着まで。
「…………ほぇ?」
これには流石に目をきょとんとさせる八二一。幾らぽやぽやしているのが彼女の常とはいえ、無理もない。見た目はどこからどう見ても可愛らしい美少女に、成人男性もかくや、とばかりに立派な一物が備わっていたのだから。
「てっきり女の子だと思ってたら…………」
八二一は自分の認識を改める。
「ふたなりさんだったんだぁ」
あほのことして当然の論理帰結だった。
同年代の男子には密かな人気のある八二一だが、母親の「女は自分を安売りしちゃ駄目! あんたはこのあたしの娘なんだからね!」という厳しい躾により未だ男性との付き合いはない。それ故に男性器をこんな間近で見ることなど初めてだった。
「ふぅん…………こうなってるんだー」
相手が気絶しているのを良い事に、好奇心に任せて八二一は興味津々といった様子でまじまじと観察を始める。
つんつん。柔らかい。
「なんか可愛いかもー」
なでなで。温かい。
「なんか……硬くておっきくなってきた?」
その好奇心がエスカレートし、まさに彼女が誰の血を引いているかの何よりの証明となる出来事が起こるのは何よりも当然の話で──────────。
「はふぅ…………」
暫くの時間の後、八二一は保健室の扉を開けて一人で出て来る。彼女は軽く頬を上気させており、妙に肌をつやつやとさせていた。背中越しにまだぱったりと気絶したままの姿が見える。
「うん、すっごく勉強になったかもー」
ぐっ、と握り拳を作ってにへらっ、とした満面の笑顔。
「男の子と付き合うのはまだ早い、ってママは言ってたけど…………女の子だったら大丈夫だよねぇ?」
明らかに大丈夫ではないのだが、本人の頭の中ではそうであるらしい。
「…………でも、さっきの子、可愛かったけどなんだかちょっとパパに似てたような気も…………ひょっとして……」
今更ながら、ふと考え込む八二一。その結論は。
「パパのお姉さんか妹さんだったりしてー?」
やたらと多い叔母たち、その誰かだったのかもしれない、と明後日の方向へ。
「帰ったらパパに聞いてみよ~♪」
その体験を話す場に彼女の母親が同席しているかどうか──────────それが文字通り、一人の人物の命を、引いては世界の命運を左右する事に、彼女が気付いている筈もなかった。
<了>
最終更新:2013年06月21日 17:37