猥褻の一切無いパンツSS「ガールズ&パンツァー」


 青空の下――2階のベランダにてクマ吉は他の洗濯物と共に春風に揺れていた。
 数時間日光を浴びてもう水分は乾ききっており、後は帰宅したご主人様――斧寺春に取り込んでもらうだけだ。今夜、風呂上がりの春はまたクマ吉を穿くのだろう。それが彼には至上の喜びだった。
 風に揺られ、青空と芝に覆われた庭を交互に見上げたり見下ろしたりしながら、クマ吉は存在しない胸を期待に膨らませていたのだが、突然吹いたひときわ強い風がその期待を台無しにする。
パチン、と鳴って彼の身体は洗濯バサミから宙に放たれ、ふわりふわりと草の上に舞い落ちるも、この時点では特に慌てていなかった。
 こうしたことは今までにも間々あったが、春がすぐに気付いて取り込んでくれていたから。先ほどまでと変わらずただ彼女の帰宅を待つだけでいい。ここまでは、そう思っていた。

「にゃ~ん」

 塀を乗り越え現れた闖入者――1匹の猫に、クマ吉は初めて恐怖を覚える。猫に睨まれた熊、弱肉強食は完全に逆転していた。
 猫はクマ吉のところまで歩み寄ると鼻先を近づけてスンスン、クンカクンカと匂いを嗅ぐ。羨ましい。
 そしてさらに、猫はクマ吉にとっては最悪の行動に出る。彼を口に咥えたのである。クマ吉の非実在心臓が激しく鼓動し、概念上の汗が滝のように噴出した。

 クマ吉を咥えた猫はそのまま庭を何度か周ると玄関から出て行き、塀の上や路地裏を通って斧寺家から数百m離れた和風邸宅にたどり着く。猪脅しにも池の鯉にも興味を示さず庭を通り、そこに面した縁側の上に飛び乗る。
 猫はこことはまた別な家で飼われているのだが、時折抜け出してこの家に遊びに来ていた。家人は猫を見つけると食べ物をくれるし、特に2人の娘はよく遊んでくれるので、猫はこの家が好きだった。
 猫が口から離せば、クマ吉がパサリと落ちる。猫にとって、クマ吉は彼女らへのプレゼントだった。飼い主に虫や小鳥を捕って献上する猫は多いが、よく「こうしたもの」を穿いている彼女らはきっと気に入ってくれるだろう、と考えたのである。

 自分に尻を向けて廊下の向こうへ遠ざかる猫にクマ吉は安堵するが、同時にここから斧寺家へ戻る手段はあるのか、と絶望的な気分になる。
 ここから自力で戻るのはまず不可能。では、春の方から見つけて貰えるのかと言えば……などと考えていると

「ん~? このパンツ、畢のか? 金雨の?」

 頭上から降ってきた声に視線を上げれば、背の高い男がクマ吉を見下ろしていた。



 ――希望崎学園校門前。

「おい、1年! スカート短けぇぞ! そこの1年男子、シャツの裾を出すな!」

 風紀委員・多田(30)の怒声が飛ぶ。彼女は「新入生殺し(キルワン)の多田」と呼ばれるほど1年生いびりが好きで、そのために13年留年しているという筋金入りだった。風紀委員となったのも合法的に1年生をいびれるからである(当然指導の対象は1年生限定)。
 しかし、彼女のようなものが権力を握れば暴走するのが常であり、本来校則で取り締まる埒外の事柄でまで1年生をいびろうとする。

「オラァッ! 高校生に相応しくない下着で男を誘惑してんじゃねえだろうな?
 そこのビッチスカート捲れ!」

 1年生女子にそう要求し、拒絶すれば無理やりスカートを捲ろうとする。無論、そんなことをすれば衆目に下着が晒されるわけで、そちらの方が余程風紀に良くないのだが、多田の目的は1年生いびりのみなのでそんなことは関係ない。

「多田(30)先輩、横暴はやめて欲しいガウッ☆」

「うるせええええええええええええええ! 
 おめえはそもそも格好が校則違反なんだよ!!
 後、その語尾可愛いとでも思ってんのか見せろ!」

 ちょうど校門前に居合わせた同じ生徒会役員・虎子の訴えも多田は聞き入れず、むしろ神経に障ったようで勢い良く彼女のスカートを捲り上げた。白日の下に晒されたのは、黄色と黒の縞パン!!

「……こんなとこまで虎かよ。まあいいや。70点」

「酷い!」

 多田はそれに留まらず、その場にいる他の1年女子のスカートを捲っていこうとする。

「も、もうやめてください。
それに、そんなに言うなら、多田先輩の下着は高校生に相応しいのか見せて下さい!」

 その中の1人・十薬シブキが制止する。普段気の弱い彼女だが、その瞳には大切な親友が下着を晒された怒りが宿っていた。

(シブキ……それは悪手)

 実は知性派の虎子は心中でそう呟いた。
次のターゲットがシブキになるというのもそうだが、「お前は出来んのかよ、おー!?」という反論は相手が実際にやったらその行為を許すことになってしまうのだ。

「おーいいぜ、アタシのパンツは誰に見せても恥ずかしくねえからなあほれ」

 虎子の危惧通り、多田(30)が自分のスカートの裾を両手で持ち上げる。姿を現したそのパンツは……

((((婆臭っ……!!))))

 見ていた全員が口には出さずそう思った。ベージュの、覆っている範囲がやたら広いパンツ。30歳なことを考えてもアレである。

(確かに男を誘惑してる感じじゃないけど……むしろ萎えさせそうだけど……)

(高校生らしくは全然無い……ガウッ☆)

 そんなことをしている間に2年生の風紀委員・守口衛子が現れたため、多田の朝の独裁は終わりを告げた。



 ――放課後、生徒会室。

「多田先輩の横暴ぶりには困るね。
 庇ってくれたシブキもあやうくパンツ見られるところだったガウッ☆」

「あー、あのババアウぜえよな」

 虎子が今朝の多田について愚痴れば、一壱九四もマスク越しのハスキーボイスで同意する。多田は普段の言行から1年生には嫌われており、また、上級生も彼女にいびられた経験を持つ者が多いため評価は同様だった。

「ココちゃん、平気だった?」

「大丈夫ガウ☆
 シブキはパンツ見られなくてよかったガウッ☆」

 仲睦まじい2人、それを見つめる1人の少女がいた。

「多田さんがウザいのは確かだけど~別にパンツくらいどうでもよくない?」

 人造黒ギャル・機動乙女アストレアはそう言った直後、自身の言葉に従ってぺろりとスカートを捲ってみせた。アダルティな黒の紐パンで、シブキはきゃっと顔を赤らめる。

「わー、アストレア先輩大人っぽいガウッ☆」

「な~んかぁ、マスターが用意するパンツが全部これだから穿いてんだけど、これってえろいの?」

「えろいですけど、アストレアちゃん、女の子が下着を自分から見せるなんてダメですよ。
 今生徒会室が女子だけとはいえ」

 身体に巻き付く触手の目を手で覆った夢追中がそう窘めるが、それを聞いた面々は「あんたに言われたくないわ」と思った。何しろお婿さん・姦崎姦が胸と下腹部を覆っているとはいえ、全裸である。全裸!!

「夢追先輩、呪いで服が破けちゃうって聞いたけど、その前はどんなパンツ穿いてたんですガウ?」

「私のパンツですか? それは……」

「……クマ吉君……」

 隅の席に腰掛けた1年生・斧寺春の小さな呟きは、しかし酷く沈痛な響きがあった。
 盛り上がるパンツトークに、春は昨日行方不明になった最愛のパンツ「クマ吉君」のことで胸を痛めずにはいられなかった。

 帰宅後、母が干したはずの洗濯物の中にクマ吉君が無いことに気づき、庭や風で飛んだ可能性のある隣家を探しても見つからず、お風呂で泣き、ベッドで泣き、泣き疲れて眠りに落ちて気づいたら朝になっていたのだ。町内の電柱や掲示板に張り紙をして情報を待っているが、見つかる見込みはまず無いだろうと母や姉は言ったし、春自身も、客観的に見れば望み薄とは思っていた。
それでも、なんとしても見つけたかった。意味があるのかわからないが、「願掛け」もした。

 窓の外の校庭では30人の桜縁がアンスコが丸見えになるのも厭わず応援練習をしているが、その応援も春の心には届かない。

 目に涙を浮かべる春に事情を尋ねた生徒会女性陣はその涙の理由を知り、知らぬこととはいえ彼女を傷つけてしまったことを恥じた。そして、自分たちも協力してクマ吉君を探そうと申し出たのである。

「あ、ありがとうございます皆さん。でも、どうやって……?」

「失礼します」

 ちょうどそこに入ってきたのが、菱夜良子――探偵Gの秘書「E子」を務める少女である。なんというご都合主義的タイミングの良さ!

「……パンツ探し、ですか?
 人や犬猫なら経験はありますが、なかなか奇特ですね……。
それに、ダンテさんは最近事件続きで赤玉と血尿が出てしまい、今は療養中です」

「お願いしますっ!
 私なんでもしますから! 絶対にクマ吉君を見つけ出したいんです!!」


 話を聞いて芳しくない反応を示すE子に春は泣きついた。豊満な胸元で目に涙を溜め、懇願する幼気な少女。その言葉にE子はぴくりと反応する。
 「なんでもします」、つまり、金銭による謝礼など要求しても全く問題無いだろう。今回ダンテはいない。報酬は独り占め出来るのだ。貧乏な彼女には願ってもないこと。

「わかりました。
 私も探偵の秘書を務める身。ならば、探偵がいなくとも事件に立ち向かわなくてはなりません」

 力強い宣言に春も他の面々もE子を頼もしく感じた。

「オカズなら、私のパンツでいいガウ?」

「……ココちゃんは見せちゃダメ。私のでいいですか?」

 露わになる虎子の虎柄縞パンとシブキの水玉。E子は「私にもオナニーして捜査のイメージがついてるのか」と頭痛を覚えた。

 春は股間を押さえ、そしてクマ吉君のクマさんプリントを頭に思い浮かべる。

(待っててねクマ吉君。犯人を捕まえて、あなたを取り戻してみせる……!)

 猥褻の一切無い後編へ続く



最終更新:2013年06月22日 17:08