「続・ゆにばちゃんと『からっぽのえいが』」


※このSSは「ゆにばちゃんと『からっぽのえいが』」の設定を一部引用していますので、先にそちらをご覧頂けると幸いです。




■2:ゆにばちゃんの家 (ゆにばちゃん)■ より一部抜粋

ぎゅむん。
虎子さんの指がゆにばちゃんのほっぺをりょうほうから押し込みました。
むりやり割り開かれたくちびるを目がけて、虎子さんのしんけんな顔が迫って来ます。
(え、え、え?)
これってもしかして、もしかすると……?
イヤですおたわむれを、ゆにばちゃんには心にきめたグソクさまがいるのです。
でもすごい高い熱のせいで体がぐったりして振り払えません。
これはいけません!




■1:生徒会室■

私立希望崎学園西校舎、最上階最奥。
決戦を数日後に控えた生徒会室は今日も慌ただしい。
「会長」「副会長」「会計」「書記」等の称号を持つ上級生徒会役員達に、外部戦略顧問1名を加えた首脳陣が戦略会議に勤しんでいる。

「偵察で得た情報をまるっと信用するなら、番長グループの配備は整いつつあるようです。
お手元の資料の2ページ、3枚目のスライドをご覧ください。
堅牢な要所、盤石の本陣…敵もそれなりに考えてきたようですね。
……しかし、よく考えられた布陣こそ御し易いガゥ☆」

外部戦略顧問、食客参謀“虎子”が朗々と会議を牽引する。
虎子は虎のコスプレのような出で立ちとふざけた語尾に反し、校内指折りの知性を持つ無所属魔人だ。
この度のハルマゲドンに際し、生徒会長直々にアプローチを受け、今こうして闘争準備の指揮をとっている。

「次に2ページ、4枚目のスライドをご覧ください。
こちらが、番長の予想布陣を考慮した上で、生徒会の戦力を最も効率良く配置した――――

―――――♪しろい~ マットのォ~ ジャー(↑)ング~ルゥに~~

発言の途中で、虎子のスマートホンが着信音を鳴らした。
会議中だが、迷うことなく彼女はそれをとる。
そして周囲もそれを容認する。

「ガゥ☆ ガゥ☆ いつもお世話になっております。
……ハイ。 ……ハイ。
わかりました、都合はつけますので、納期を守れるよう注力してください。
ハルマゲドンに間に合わなければ意味がありませんので。
……ハイ。 それでは失礼するガゥ☆」

虎子は戦略会議の進行以外にも、ハルマゲドンに関連したいくつかのタスクを任されている。
会議中の通話を周囲が容認するのはそのためだ。
今のはタスクの内の一つ、生徒会技術部(※ハルマゲドンのためロボ研を接収して設立された臨時部署)の部門長・“阿万上 和臼(あまがみ でうす)”からの進捗報告と予算のすり合わせを兼ねた連絡であった。
生徒会では現在、戦力にならない低級役員が生徒会室に居ながら戦闘に参加するための軍備、“生徒会・テレイグジスタンス・ロボット”通称“STロボ”の開発を急ピッチで進めている。

「失礼しました、会議を再開しましょう。
それでは、お手元の―――――

―――――♪しろい~ マットのォ~ ジャー(↑)ング~ルゥに~~

話はじめたタイミングで、再び電話が鳴る。
虎子は苦笑いし、周囲は温かく電話をとるよう促す。

「ガゥ☆ ガゥ☆ いつもお世話になっております。
……ハイ。 ……おおっ! それはおめでとうございガゥ☆
……ハイ。 ……ハイ。
ふふふ、“フジキ”さん風に言うなら…そうですね、『もう1回遊べるドン!』…でしょうか?
……ハイ。 ご無事をお祈りするガゥ☆」

通話を終了し、虎子は上級役員達に向き直る。

「たった今、フジキさんから『暗殺(ノルマ)クリアだドン!』との報せがあったドン!
…じゃなかった、あった『ガゥ☆』
引き続き戦力削ぎの任にあたってくれるそうでガゥ☆
これで合計7名。 フジキさんは今回の生徒会MVP候補の1人ガゥ☆」

朗報を受け、生徒会室が沸き立つ。
フジキは裏応援団所属の闇討ちを得意とする魔人だ。
既にここまで単独で7名もの番長魔人を葬っている。

わいやわいやとフジキの健闘を讃える雰囲気の中、みたび虎子の電話が鳴った。
しかし、―――――

―――――♪向っかいかーぜと~ 知っていなーがら~ それで~もす~すむ~…

そのメロディは今まで2回とは異なるものであった。

瞬時に虎子の顔面から血の気が引く。
電話をとることなく、呼び出し音を止め、早口言葉のような勢いで虎子は言った。

「会議の途中ですが生徒会の勝敗に関わる重大な問題が発生しましたので直ちに対処に向かいます。
重坂さんすみませんが残りのスライドの説明をお願いします。」

副参謀に仕事を押し付け、了承の返事を聞く暇すら惜しんで、虎子は転がるように生徒会室を飛び出した。
そして5階の窓から躊躇いなく身を投げる。
くるりくるりと空中三回転を決めるも勢いを殺し切れず、泥まみれになりながらゴロゴロと無様に着地。
しかしすぐさま立ち上がり、口に入った砂利を吐き捨てる。

「邪魔ッ!」

ゴテゴテとして動き辛い虎耳や虎尻尾、グローブやブーツを脱ぎ捨て、虎子は駆け出した。

――――― (あの着信音は自宅に仕掛けたトラップが作動した時に鳴る)
――――― (誰かが家に侵入した)
――――― (パパが危ない)
――――― (間に合え 間に合え 間に合え)




■2:ゆにばちゃんの家 (ゆにばちゃん)■

とんでもなくからっぽな映画を見たせいで、ゆにばちゃんはフラフラです。
きのうからすごい高い熱がひかず、今はもうあついのかさむいのか分かりません。

がっちゃん、ぎぎぎぎぎー。
げんかんのさびたドアが開く音がしました。
「お邪魔するガゥ★」
どこかで聞いたようなこえです。
あれはいったいだれのこえでしょうか。
(あれ、鍵かけなかったっけ?)

「お見舞いに来たガゥ★」
ゆにばちゃんはもうろうとした意識のなかで、ナントカそのこえの主を思い出しました。
あれはたしか、1年生の虎子さんです。
「うふふ。ありがとうっ!」
せっかくのお客さんです。
ベットから起きあがるちからはありませんが、こえだけでも元気におもてなししました。
(あれ、なんで虎子さんはゆにばちゃんの家を知ってるの?)

ぎゅむん。
虎子さんの指がゆにばちゃんのほっぺをりょうほうから押し込みました。
むりやり割り開かれたくちびるを目がけて、虎子さんのしんけんな顔が迫って来ます。
(え、え、え?)
これってもしかして、もしかすると……?
イヤですおたわむれを、ゆにばちゃんには心にきめたグソクさまがいるのです。
でもすごい高い熱のせいで体がぐったりして振り払えません。
これはいけません!

くんくんと鼻をひくつかせた虎子さんは氷のようにひんやりとしたこえで言いました。
「合致」
とんてんかんとんてんかんっ!
メーデー!メーデー!あぶないよっ!
ゆにばちゃんのアルバイトで培った介護シックスセンスが最大級の警鐘を鳴らしました。




■3:虎子の自宅■

帰宅直後、最優先で父の無事を確認した虎子はひとまず安堵した。
そして少し冷静になった後、決別したはずの父に対しここまで必死になってしまった自分のどうしようもなさに気付いて、力無く笑った。

父をいつも通り“手入れ”した後、仕掛けてあった監視カメラの映像を確認した。
家のいたるところに仕掛けた100点を超える監視カメラ・センサー・ブービートラップのうち7割近くは解除もしくは無力化されてしまっていたのだが、3重4重に設置された隠しカメラのうちいくつかは辛うじて生き残っていたのだ。
(なお、虎子のスマートフォンを鳴らしたのは床下に仕掛けられていた重量センサである。)

そして、その映像から犯人にあたりを付けた。
見知った人物だった。
仮初の仲間だった。

その人物は、介護戦士だった。
被介護者を和ませる愛らしさと、効率性が同居した介護ムーブ。
幾重ものブービートラップを事もなげに回避・発見する介護シックスセンス。
吐瀉物をまき散らしながら、もだえ転がりながらも決して絶やさない介護スマイル。
瀕死の状態にありながら自分のまき散らした吐瀉物処理・施錠を怠らない介護メンタル。
どれをとっても一線級の介護戦士のそれである。

――――― (貴重な戦力だったのに、残念だ。)

虎子はそう思った。
パラパラと父が遺した兵法書“虎の子の虎の巻”をめくり、拷問の項を読み返す。
一線級の介護戦士から“訪問介護”を依頼した者の情報を引き出すのは骨が折れるだろう。

『誰にも教えていない虎子の自宅にどうやって到達したのか。』
『誰にも渡していないはずの合鍵をどうやって入手したのか。』
『その人物の介護戦士というジョブ。』
『映像中の様子。』

それらを総合的に判断し、虎子は依頼人の存在を確信していた。
秘密にしていた父を見られた以上、実行犯は元より計画犯にも然るべき処置をしなければならない。

入念に身支度を整えた後、虎子は床に顔を近づけた。
今は拭き取られて綺麗になっているが、侵入者の吐瀉物のあった場所だ。
鼻をつく酸っぱさに僅かに混じる甘ったるい臭いを虎子は記録した。
虎の子の虎の巻にはこうある。

『対魔人捜査は一つの証拠をあげただけで満足してはいけない。
コピー能力、洗脳操作能力、情報改竄能力、認識の改変能力 etc…
それらがある以上、最低でも二つの異なる観点から証拠を押さえるべきだ。
そうして、―――――』

「『―――――そうして、二つの違う証拠を押さえた時はじめて、対象を疑って良い。』」

奇声をあげる父の背に向かい、虎子は大好きな金言を暗唱した。

「それじゃあ、行って来るガゥ☆」




■4:ゆにばちゃんの家■

「合致」

―――――虎子から漏れ出した殺気を受けて、ゆにばの介護スキルが発動する。
―――――“介護シックスセンス”のアラートが“介護出力系統”を緊急作動させる。

『介護戦士はコンディションに寄らず出勤する必要がある。』

ベッドの上を猛烈な勢いで転がり、窓際まで退避。
回転の勢いそのまま、体を巻き上げるように起こし、低く腰を落とし拳を構える。

“ドレミファソラシド”

低周波ナックルがフルチャージ!

『介護戦士はいついかなる時でも出勤に備える必要がある。』

―――――高熱と悪夢に苦しみながらも、ゆにばは低周波ナックルを手放さなかった。
―――――彼女がそれを手放す時があるとすれば、それは死んで骸になった時。

ゆにばの視界を掛布団が覆う。

瀕死の獲物の思わぬ抵抗に動じることなく、虎子は淡々と次の手を打った。
それは、虎子が蹴り上げた即席の目くらまし。

ガシャン!
リロード音とわずかな排煙と共に、低周波ナックルが中空へ放電。
そして、緊急再充填!

“ド・ミ・ソ”

先ほどと違うチャージ音。

―――――無暗に掛布団を殴っても仕方ないとゆにばは判断した。
―――――卓越した介護戦士の緊急時における状況判断は適切だ。

ぱちゅん!

「……っ!」

ゆにばは拳を振るった。
対象は自分自身。

掛布団が落ち、お互いの視線が交差する。

《慧眼》

虎子はバックステップでゆにばから一旦距離をとり、部屋にあったリモコンを拾い投擲。

ゆにばに触れた瞬間、そのリモコンは木端微塵に爆発。
視認できない速さで振るわれたゆにばの拳がそれをなしたのだ。

―――――『身体の動作は電気信号によって制御される。』
―――――今、虎子が《慧眼》によって一瞬で看破したその能力応用は、『自身の体に微弱な電気を流すことで単純な命令式を与える』というものであった。
―――――その命令式は、『触れたモノを殴れ』。
―――――もし虎子がナイフで仕掛けていたならば、彼女は挽肉になっていただろう。

再び虎子は投擲。
次は文庫本。

ぱしんと、ゆにばはそれを受け止めた。
その動作に先ほどのようなキレは無い。

――――― (待ち受け回数「1回」!)

何かを確信した虎子が隠しナイフを取り出しベットへと飛びかかる。

“ドレミファソラシド”

それを迎撃すべく、連続充填。
使用要領を無視した扱いに、低周波ナックルが悲鳴をあげ高温を発する。
灼け焦げるゆにばの拳!
しかし、その顔には介護スマイル!


《 応 急 対 所 ――――
《 傷 ん だ 赤 の ―――――


両魔人が能力を繰り出そうとした瞬間、窓に異形が映る。
足、足、足、足、足、足、足。

「―――――ッ!」

《慧眼》

虎子は身を翻して、部屋を出、戦場から離脱した。
負けの可能性が高い戦いを彼女はしない。

それを見届けた後、ドサリと、ゆにばはベットの上に倒れ込み、そのまま意識を失った。
如何に一級介護戦士といえども、急の休日出勤令は辛いのだ。

「お待たせしてしまって申し訳ございません。
皆様の家を順にまわって詩を聞かせていたら、こんな時間になってしまいました。
……しかし、今は何かお取り込み中でしたかな?」

窓の外の異形の呑気な言葉は、ゆにばには届いていなかった。




■5:某所■

「ココちゃんは大丈夫。シブキがいるから。大丈夫。何も怖いことはないわ。怖くない。大丈夫だから。本当よ。だから大丈夫。」

薄暗い部屋で少女は虚空に向けて呟く。
“訪問介護”の依頼人である彼女は、ゆにばに与えた虎の衣装に仕込んだ盗聴器で事の一部始終を把握していた。

「大丈夫。シブキがいるから。今回は失敗しちゃったけど。」
「必ず幸せにしてあげる。」
「ココちゃんは大丈夫。シブキがいるから。大丈夫だから。あら? 誰も来ないわ。もう大丈夫。誰も見ていないわ。シブキ。シブキ。怖くないわ。嘘じゃない。」
「そうだ、シブキの命をあげる。」
「大丈夫、ココちゃんは大丈夫。」




最終更新:2013年06月21日 17:45