■ゆにばちゃんと『からっぽのえいが』■


ぱしんっ! ぱしんっ!
(ちょっとだけっ! ちょっとだけでいいから大きくしてくださいっ!)
ゆにばちゃんは柏手を打ってお祈りしました。
ここは、カベクイグソクムシが仮の住まいとしている小さな池です。
誰が作ったのやら小さな祭壇には、少女たちの願いを込めたお供え物がいっぱい。
そして、日課のお祈りが終わったゆにばちゃんは、いつものバイト先とは別方向に歩き出しました。
「さてっ! 虎子さんちにむけてしゅっぱつっ!」

■ゆにばちゃんと『からっぽのえいが』■

ゆにばちゃんは、一年生の十薬さんから、虎子さんのお父さんの様子を見てきて欲しいと頼まれたのでした。
虎子さんは頭が良いので、ハルマゲドンの作戦会議に忙しいみたいです。
(なんで十薬さんが合い鍵もってるのかな?)ってちょっと思ったけど、ゆにばちゃんは引き受けることにしました。
虎子さんのお父さんは、心の病気でソファーに寝たきりだそうです。
(清拭とおむつ交換してあげなきゃ……褥瘡も心配だな……)
ゆにばちゃんは虎セットを身に着けました。
虎ミミよし。しっぽとグローブよし。ぶかぶかだけども猛虎猛進Tシャツよし。
低周波ナックルの電池も念のため再チェック。満タンよし。

「こんにちはっ! 虎子さんと同じ高校の福篠ゆにばですガウっ☆」
部屋に入るとひどいありさま。
ちらかり放題のゴミの真ん中に、点滴を付けたお父さんがいました。
「イヒャヒャッ! ホントウヲイキヒャヒャヒャッ!」
お父さんは、ゆにばちゃんに気付きもせずにテレビを見ています。
(これが十薬さんの言ってた『映画』……絵はキレイだよねえ)
ボクってほんとバカ。
あれだけ見ちゃダメって言われてたのに。
1秒、2秒、……3秒。
《 ■ ■ ■ ■ ■ ・ ■ ■ ■ ■ 》

老人介護は、ある意味むなしさとのたたかいです。
いっしょうけんめいお世話しても、名前すら覚えてもらえないことも多いのです。
それに、みんな、じきに死んでしまうのです。
それでも、ゆにばちゃんは少しでも良い気分になっもらいたいと思いがんばってきました。
だから、むなしいことには慣れっこなのです。
慣れっこ、なの、でした……。

「うえっ、うぐえええっ、うえうぇえええええっ!」
虎子さんちのトイレに、ゆにばちゃんの苦しそうな声が響きます。
おやつのドーナツも、胃の中のすっぱいものも全部だしたけど、まだえずきがとまりません。
その映画はとんでもなくからっぽでした。
「なにもない」をお鍋にいれて一週間煮こんだぐらいなにもありませんでした。

ゆにばちゃんは、やっとの事で十薬さんに電話でお父さんの様子とごめんなさいを伝え、フラフラと家に帰りました。
晩ごはんも食べずに寝ました。
すごく高い熱がでました。
翌朝になっても、熱は下がりませんでした。
はたして、ゆにばちゃんはハルマゲドンまでに元気になれるのでしょうか……?



最終更新:2013年06月18日 18:38