W&W after

 ここは世界の何所にもない、しかし同時に何所にも存在する神社。
 通称、月の社。
 ここ古びた神社の境内には何時もそこに居る一人の少女がいる。
 しかし、“今”は周囲を見渡しても何所にも居ない。
 彼女に会うために鳥居から続く参道を進むと拝殿がある、その更に奥には本殿がある。
 本殿とは御神体が鎮座する建物である。境内のどこにもいない、そしてこの神社の意味を知るならば彼女はそこに
居るだろう。
 最低限の礼儀、ノックをして申し訳なく断りを入れる。
 本殿の内装は非常に殺風景だった。普通の神社であったなら様々な装飾があり、神々しさを演出しているのだろう
がここにはそれがない。
 それは彼女の内面の表れなのだろうか、しかしそれを推し量れるほど彼女とは親密ではない。
 そして殺風景な殿内、静謐で厳かな空気の中、少女の姿はそこに在った。

 ―――少女の名前は竹取かぐや。
 何時までも変わらずに、そこに居続ける隔世の存在。
 かつて、自分はある事件を解決するためにその力を借りた。今回はそのお礼を言いに来たのだ。
「こんにちは、一さん」
 なんでもない風に、毎日会う友人のように彼女の挨拶は重さを感じなかった。
「お久しぶりです、かぐやさん。僕の中では五年振りなんですけど」
 彼女の軽さに思わず苦笑いする、今日はどんな顔しようか苦悩していたのが馬鹿らしくなってしまった。
「ふふふ、“転校生”の時間の概念は普通ではないですものね。慣れないのも仕方のない事です」
 相変わらず全てを見透かしたような物言い、この調子だとここに来た目的もばれているのだろう。
「一さんも五年の間に随分と大人になりましたね。いや、諦めが良くなったというのでしょうか」
「あ、あははは……まぁ、そんな感じです」
 完全に見透かされているなと確信した。多分、この人は知らなくて良い事までも知っているに違いない。
 しかし、バレているとしても自分が言い出すのが筋というものだ。
「……かぐやさん」
「はい、なんでしょうか」
 意を決して言う。あの時、彼女は確かに助けてくれたのだから。
「五年前、僕に力を貸してくれてありがとうございました」
 あの事件の後、自分の世界での五年間に竹取かぐやに会う事はなかった。
 元々、掴み所のない人間だった。だから、会えなくなる時もこんな感じだろうと思っていた。
 覚悟はしていたが、ずっと引っかかっていたのだ。
 愛する人を助ける力を授けてくれた、この人に感謝の言葉を言えない事に。
「そんなに気にする事ではありませんよ、一さん。あれも私の依頼の内です」
 そんな年月をかけて溜め込んだ言葉をあっさりとなんでもない風に返してくる。
 久しぶりの驚愕に僅かな苛立ちと懐かしさがこみ上げてくる。
 しかし、そんな中に引っかかる言葉があった。
「……依頼ですか?」
 そう、この一点だ。

 ―――転校生。
 論理を超越した神秘をその身に宿し、世界を渡る超越者。
 “依頼”と“報酬”この一点でのみ“転校生”は世界を渡り、その世界に干渉する。
 かつて、五年前に対峙した真壁マリアもそうだった。
 しかし、その数いる“転校生”の中で竹取かぐやは異質な存在だ。
 一端しか見た事はないが無限とも言える可能性を持ち、成せない事などないといわんばかりの彼女が何を欲するというのか。
 彼女が干渉する理由をかつて聞いた事がある。それに彼女はこう答えた。
『ただの―――暇つぶしみたいなモノです』

 そんな彼女が受けた依頼に多少なりとも好奇心が湧いてくる。
「その……よかったら聞いてもいいですか」
 質問の答えは簡潔なものだった。彼女は笑顔で言う。
「駄目に決まってるじゃないですか。相変わらずデリカシーの欠片もない人ですね、一さんは」
「あ、その……ごめんなさい」
「そんなだから色々な女の子に手を出しちゃうんでしょうか? 夢はハーレム王でしたっけ」
「って、そこまで言わなくても!? それに僕は結婚してますし!」
 毅然と言い返す。もう五年経っているのだそう言われっぱなしではない。
「……ふふふ、そういう事にしておきます」
 しかし、含みのある笑みでそう返してきた彼女に対し背筋が寒くなる。
 全く心に覚えがあるのかないのか微妙な所が悩ましい。
「あははは……」
 五年振りの再会を名残惜しく思う気持ちがあるがそろそろ帰った方がいいだろう。
 藪を突付いて蛇を出すような事は避けたいし、何より早く帰らないと葦菜の機嫌が悪くなる。
 断りを入れて帰ろうかと思った時、彼女は質問する。
「一さんは今、幸せですか?」
 余りに唐突な質問。しかし、彼女は全て見透かしているのだろう。
 あの日、僕が取った手段を。
 愛のために全てを肯定出来るほど、僕が強くない事も。
 でも、だからこそ言わなければならない。
「はい、僕は幸せです」
 彼女はその言葉をかみ締めるようにして。
「それは良かったですね、一さん」
 なんでもない風に返した。

 本殿から出て、道なりに進む。鳥居を潜り階段を下りる。
 恐らくこの階段を次に上るのは何時になるだろうか。
 それは分からない。明日かもしれないし、また五年後かもしれないし十年後、いや今生の別れかもしれない。
 しかし、そんな事は気にしても仕方がない。
 いつでも唐突で捉え所がない、自由奔放な少女。
 ―――それが竹取かぐやなのだから。