参 - 建設委員会 - 7号 昭和63年04月12日


小川仁一君 
 もう一つの不動産取引にかかわる刑事事件についてお伺いしますが、これも新聞報道によりますと、
元公安調査庁職員西元という人が、東京都文京区内の国有地に建つ中国、台湾の留学生寮をめぐって不動産業者から五千万円をだまし取ったという事件
でございますが、この事件について警察庁の方からおわかりになっている程度のことをお願いします。
説明員(垣見隆君) 
 お答えいたします。お尋ねの事案は、会社社長ら二名の被疑者が、都内の不動産会社に対し、文京区所在の清華寮の敷地の一部が近く被疑者らの会社に払い下げられるとの虚偽の話を持ちかけ、昭和六十一年七月、この不動産会社から売買手付金名下に小切手二通、額面合計五千万円を騙取したというものでございます。この事案につきましては、本年四月七日被疑者二名を詐欺容疑で逮捕し、現在鋭意捜査中でございます。
小川仁一君 
 事件の対象になった清華寮、これは国有地の上に建っております。そして戦前の持ち主であった学租財団なるものはもうその存在がなくなりまして、所有権あるいは管理者も不明確な状況になっているようでありますが、この経緯について大蔵省から御説明を賜りたいと思います。
説明員(川又新一郎君) 
 ただいま小川委員の方からお話がありましたとおりでございまして、本地国有地は国が交換によって戦前取得したものでございますが、取得のときに既に学租財団名義の建物が上に建っておったわけでございます。この学租財団は、民法三十四条法人でございますが、台湾にございました法人でございまして、我が国が戦争におきまして敗戦となりましたのでその実体を失ったものでございます。したがいまして、現在この建物の所有権がどこに帰属するかというのは明らかではございません。
小川仁一君 
 非常に、何といいますか、ややこしいという表現が適切かどうか、所有権等も不明な寮でございますが、こういうちょっと普通の人では気がつかないようなところで起きた犯罪であるだけに、公安調査庁に伺いますが、逮捕された西元は元公安調査庁の職員ということでありますが、在職中の仕事の内容、特に中国関係の情報等をとることに専念していたのかどうか。それからその場合の働いた状況、それから退職した理由、四十四年から五十二年までしか勤務しておりませんから。それについてお伺いします。
説明員(緒方重威君) 
 お尋ねの西元某につきましては、議員が御質問されたとおりでございまして、昭和四十四年の十月から五十二年の五月まで七年七カ月、
関東公安調査局に勤務
しておりました職員でございます。退職後約十一年たっておるものでございます。
 在職当時の職務内容を申し上げますと、過激派関係の調査をいたしておりました。したがいまして、議員がお尋ねの中国関係の調査はやっていたのかということでございますけれども、その関係については全く関与してございません。退職いたしましたのは今申し上げました五十二年の五月でございますが、退職理由は、本人の申し出によりまして退職しております。一身上の都合により今般退職したいという願い出がございましたので、退職を許したという経緯になってございます。
小川仁一君 
 過激派関係ね。ただ、非常にこの事件を見ながら感ずることは、
西元は日中文化交流会というものの役員をしておる。
しかも一緒に働いておる不動産会社名は中国センター。
そして、この清華寮に住んでいる中国系と台湾系の二つの学生グループの団体の代表者の名前を使って、にせの売員契約書ですか、協定書をつくった。非常に中国とのかかわりが深い。そしてまた、二つの自治会の代表者の氏名、印鑑を使ったということは、この建物自体、その運営あるいは所有権問題等について非常に詳しかったということが言えるわけであります。公安調査庁にはいろいろな資料があるからほかの資料を見たのかもしれませんけれども。やはり何か在任中に得た資料でもって終わってから仕事をしているような感じがするんですが、こういうことについて公安調査庁の御見解を伺いたいと思います。
説明員(緒方重威君) お答えいたします。
 西元なる男がどのような手段を使って詐欺を働いたかということにつきましては、私ども新聞報道で知る限り以上の材料を持っておりません。今先生が言われたようなことが報道に出ておりましたので、恐らくそういうようなことをやったのかなと、こう思っておるところでございますけれども、この清華寮自体につきまして、公安調査庁の立場を申し上げますと、議員も御案内のように、公安調査庁は破防法に基づく調査をやっておるわけでございます。破防法に関連する事象に関しては調査をいたしておりますけれども、この清華寮につきましては破防法とは私どもは全く無縁の事柄であろうと思っておりますし、調査もいたしておりません。したがいまして、どのようないきさつで西元がそういった権利関係であるとか、あるいはそこに住んでいる留学生、こういった者の氏名を知ったのか、この辺のところにつきましては私ども全く見当がつかないというところが実情でございます。
 なお、本人は五十二年の五月に退職後、私どもも新聞でそういう報道が出ておりましたので、関東局に何らかのつながりが退職後もあるのか、あるいはその他の公安庁の組織とつながりがあるのか、一応それなりの調査はいたしてみましたけれども、全く当庁には出入りしていないということでございます。

最終更新:2013年07月31日 18:09