設立趣旨

 TeXは組版システムです.組版(typesetting)とは,印刷関係の専門用語で,活字を組んで版(文字を刻んだ印刷用の板)を作ることを意味します(奥村晴彦著『LaTeX2ε美文書作成入門』技術評論社より).TeXで文書を作成すると,出版物と同等レベルの高品質な印刷文書を作成できます.TeXの開発者が数学者で計算機科学者でもあるDonald E. Knuth(ドナルド E. クヌース)であったことから,数理科学関係の研究者や教育者のほとんどが,論文や教材を作成するために利用しています.
 TeXで数式の入った文書を作成するのは容易ですが,TeX文書に図を入れるのは専門的な技術を要するので,TeX初心者には難しい課題でした.この問題を解決するために,数式処理システムのマクロパッケージKETpicが開発されました.数式処理システムとは,コンピュータを用いて数式を記号的に処理するソフトウェアのことを指しますが,最近では,数値として近似値を含めて扱うことができるものも多くなり,(数値・数式の)統合計算システムと呼ぶのに相応しいものも存在しています(Wikipediaより).KETpicが使用できる数式処理システムには,Maple,Mathematica,Maxima,Scilab,Matlab,Rがあります.とくに,Scilab版KETpicの使い方については,『KETpicで楽々TeXグラフ』(イーテキスト研究所)で紹介されています.KETpicは,これらの数式処理システムで作成した図のプロットデータをTeXのpicture環境で使用できる描画コードtpic specialsに変換して図ファイルを作成します.図ファイルはTeXソースコードで記されているため,ファイルサイズが極端に小さく,¥inputコマンドで本文に挿入することができます(画像ファイルを本文に挿入する場合は¥includegraphicsコマンドを使用).KETpicで作成された図は正確な線画であり,数学の授業で使用する図入り教材に向いています.
 上記のような特色から,KETpicを用いてオリジナル図入り教材を作成する数学教員が増えています.そこで,オリジナル図入り教材を作成しているKETpicユーザーのために,このwebsiteを作成しました.KETpicに関する最新情報を提供するだけでなく,KETpicで作成した有用な図入り教材のサンプルも提供しております.これからKETpicを始める方にも,今までKETpicを愛用されてきた方にもお愉しみいただけますよう役立つ情報を満載していく所存です.

これまでの経緯

 数学教科書などの出版物の図は,通常,図の原稿を出版社に渡し,デザイナーがそれを模して図版を作っていました.1995年に大日本図書で出版された応用数学の教科書において,有限フーリエ級数のグラフで周期ごとの波の数が1個異なっていました.2005年にこの教科書の改訂が始まり,当時,主査であった木更津高専の高遠節夫氏が,このようなミスをなくすために正確な図を入れたTeX原稿を作成したいと思い,同年11月に,数式処理システムMapleを用いて図の正確なプロットデータを作成し,emathPのコードを出力するシステムkemath(Kisarazu emathPの略称)を開発しました.ここで,emathPとは,初等数学プリント作成マクロemathの平面描画用マクロのことです.教科書の改訂用TeX原稿でemathを使っていたのですが,emathPは日本固有のTeXマクロパッケージであり,国際的には使用できませんでした.そこで,2006年1月に,TeXのpicture環境で国際的に使用されていた標準コードtpic specialsで出力するシステムKETpic(Kisarazu Educational Tpic specialsの略)を開発しました.これが,KETpicの始まりです.
 その後,いろいろな数式処理システムを用いたKETpicが開発され,2007年にはMathematica版,2008年にはMaxima版,2009年にはScilab版やMatlab版,2010年にはR版が誕生しました.KETpicの機能は,最初,2D描画だけでしたが,2007年にはスケルトン法(2曲線の立体交差で,奥にある曲線を分断することで奥行きを表現する方法)で空間曲線による立体感を表現し,2009年には稜線法で曲面の立体感を表現しました.また,2010年には表作成機能・ページレアウト機能・TeXマクロ作成機能も追加装備され,TeX総合支援ツールとして確立されました.様々な機能が追加され,TeXでオリジナル図入り教材を作成することが容易になり,国内外の学会等で発表することにより,国内外のユーザーも徐々に増えていきました.
 KETpicで作図プログラミングするには,数式処理システム上でCUI(Commandline User Interface)入力しなければなりませんが,TeX原稿が元々CLI入力だったので,TeXユーザーには違和感なく使用してもらえました.しかし,TeX初心者が利用するには垣根が高いようでした.そこで,2012年から,KETpicによる作図プログラミング書法を探究し,2014年にこの書法の9要件を確立しました.この結果,提供されたKETpicプログラミングを改変して,オリジナルの図入り教材を作成することが容易になりました.
 2015年には,動的幾何システムCinderellaの開発者U. Kortenkamp氏と共同研究する機会があり,同年9月5日に東邦大学にて,KETpicとCinderellaがコラボレーションしたKETCindyが誕生しました.KETCindyでは,Cinderellaの画面でGUI(Graphic User Interface)入力をし,CindyScript画面でCLI入力を行い,TeXの図ファイルを作成します.大まかな作図はGUI入力できるので,TeX初心者にも難なく利用できます.また,batch/shell処理を行い,Cinderellaの画面からボタン一つで図のPDFまで生成できるようになりました.この結果,TeXの知識が全くなくても,図のPDFだけ画像として利用することも可能となりました.
 KETCindyは図入り教材作成のための初心者向けシステムと進化しています.ぜひ,このwebsiteをご覧いただき,KETCindyに親しんでいただきたいと思っております.
最終更新:2015年10月25日 09:20