提督×叢雲3-92

「昇進するって、誰が? …えっ、あんたが!?」

私の言葉に司令はコクリとうなずいた。
そして、口で何か言う代わりに、本部からの高速暗号通信を見せてくる。
いつだって、この司令官は無口なのだ。無口で、鈍感。

「ちょっと見るわよ…へーぇ、こんな大艦隊を指揮するようになるのね、あんたもやるじゃない」

通信文には、私の司令官を海域突破の功によって昇進させる旨、そして新しく彼の旗下に入る艦隊の詳細が書かれている。
その艦隊に、私、叢雲はいない。

「ふぅん、やっぱり配属は変わるのね。でも、気候もいい土地じゃない。ま、せいぜい頑張りなさい」

次なる彼の赴任地、これも、ここから遠く離れた南方の泊地だ。
要するにこの通達は、私たちの関係の終わりを示していた。
もちろん、関係、って変な意味じゃないけれど。
彼が司令官としてここに着任して以来ずっと、司令と旗艦という形で上手く(まぁ、衝突もそりゃ絶えなかったけど)…上手くやってきたこの間柄も、もう終わりなのだ。
…あぁいけないいけない。私がこんなしんみりした調子じゃ。
こいつはこれから大事な艦隊を預かる身なんだから、気合いを入れてやんなくちゃ。

「ほら、なーにをしみったれた顔してんのよ! 昇進よ、嬉しくないの!? この私が喜んであげてるのよ?」

そう言ってぺしっと肩を叩いてやると、ようやくこいつも我に返ったらしい。
若く精悍なその顔が、こっちに向き直る。その仕草に、一瞬ドキッとしてしまう。

「あ…あぁ、いや、すまない。ちょっと俺も気が動転したんだ」
「こっちの台詞よ。ヘボでモグリのあんたが出世するなんてね…ま、素直に祝ってあげるわ。まだ、言ってなかったわね…おめでとう」
「ああ。ありがとう…」

私からの祝福に、司令は肩をすくめてお礼を返してみせる。

「うん、本当によかったわね…さて、夜も遅いし私はおいとまさせてもらうわ。あんたも明日から任地へ向かうんでしょ? それじゃ、おやす…」
「ま、待ってくれ…叢雲っ!」

突然に、司令は私の手をぎゅっと握ってきた。
今まで私の手や肩に、触れようとしたことさえなかったのに(まあ私が、酸素魚雷を食らわせるぞって、最初に脅したせいでもあるんだけど)。
おかげで私はすっかりパニクってしまう。

「そ、その…なんだ、ほ、本当にありがとう…叢雲」
「へっ…な、何!? どうしたってのよっ!?」
「い、いやその…お前には、ここに着任したときから、ずっと色々、艦娘の扱いとかを、お、教えてもらってきただろう!? だから俺は叢雲に、す、すごく感謝しててだな…!」

私の目の前で司令は、口をぱくぱくさせて、言葉をつっかえさせてる。慣れないことをするからだと思う。
顔までそんなに赤くしちゃって。
正直ドギマギして、こんなこと言われるだけで心臓をばくばくさせてるのは、私の方だっていうのに。

「む、叢雲っ、俺は…お、お前のことがっ…」
「ちょ、ちょっと離してってば、バカ!!」
あろうことか、私はその手をふりほどいてしまった。
その瞬間、司令の顔が、子供のような呆然とした表情に変わるのが見えて、私の胸がちくりと痛む。

「…………!!」

私は、もうおやすみの言葉も言わずに、後ろを向いて駆け出すと、執務室を後にしてしまった。
取り残されたように佇む司令を、一人そこに残して。


私の、バカ、馬鹿、ばか。
私は部屋に帰ると、寝巻きにも着替えずにベッドに突っ伏していた。
どうして私は、私を求めてくれる司令の手をはたき落として、拒絶してしまったんだろう?
司令は私との別れをもっと惜しみたかったのかもしれない。
司令は私を……好き、だとかなんとか、言ってくれるつもりだったのかもしれない。
司令は私を、抱きしめてくれようとしたのかもしれない。
でも、そのどれもを私は、あんな風に手を払いのけて、突っぱねてしまった。

「…なんで、素直になれないかなぁ…私」

無口でモグリで融通が利かないけれど、そんな司令に、私は…いつの頃からか好意を持っていた。
ううん、好意なんてもんじゃない。好き。
いつか私の口から言おうと思っていた、その言葉。
それを朴念仁のあいつの方から、しかも明日には別れるという頃になって、あんな風な余裕もない、ムードもない告白をしようとするもんだから。
だから、私は嫌になって逃げ出してしまったんだろうか?
…けれどもう私には、今から引き返して、彼に好きなんて言うことは出来ないだろう。
私にはその勇気がない。資格もない。
ホントはあいつは、有能だ。この水雷戦隊を率いるだけに収まる器ではないのだ。
いち駆逐艦にすぎない私が、彼を引き留め、栄光の座から遠ざけるなんてことは、きっと、誰のためにもならない。
そう、だから私は、自分からこの恋を諦めることに決めたんだ。

「……ん、あれ…な、何でかしら…っ」

そう考えると涙が次々、つぎつぎと溢れてきた。
彼を思う涙だろうか? …いや、この先いくらでも出世して、人の尊敬を集めるだろうあいつの未来を考えたら、涙なんて流れるはずはない。
これは自己憐憫の、汚い涙だ。私は流れ出るソレを拭う。消えてしまえと思う。
私は、暖かく湿らせたタオルを目にかけて、横になって眠ろうとした。
泣き腫らした目なんかで、彼を見送るわけにはいかない。
明日は笑顔で、あいつの門出を見送ってあげなくちゃ――。

(あ……司令の…うで、だ)

夢の中で、私は司令官の腕につつまれていた。
たくましい腕が、私の髪や頬を優しく撫でさする感触が伝わってくる。
それが夢だと気づいたのはもちろん、今まで司令がそんな風に私に触れたことなんて、一度もないから。
すぐに、こんな破廉恥で虫のいい夢を見る自分を、あさましい女だと思った。けど同時に、もう少しだけこの夢に浸っていたいと思う私がいる。
夢の中の彼は、私の上に覆いかぶさるようになったかと思うと、次の瞬間、私の唇にそっとキスをしてくれた。
それだけで私は嬉しくてたまらなくって、涙が出そうになる。

(司令……司令っ…!)

声を出して彼を呼びたかった。けれど私の喉は張り付いたようになって、何の音も漏れない。
これが夢の不条理というやつ?
そうして私がおとぎ話の人魚姫のように声も出ないままでいるうちに、今まで私の髪や頬を撫でていた彼の腕が、だんだん下の方へ伸びていくのを感じた。

(えっ……ちょ、ちょ、ちょっと!! ダメ、ダメだって!!)

頭ではそう思いつつ、私は制止することが出来なかった。
どうやら、声が出ないのと同じく、私は手も足も、文字通り指一本動かせないのだ。なんて夢。
抵抗できない私をよそに、司令の手は、私の薄い胸の上を、無造作に突き出た足を、スカートとストッキングに守られた私のお尻の上を、欲望に突き動かされたような手つきで這い回っている。
暖かい口づけをしてくれた彼の唇からも、いつしか、荒い、興奮した様子の息が漏れていた。
と、私の下半身を探っていた一方の手が、スカートの下に潜り込むと、私のストッキングとその下のパンティを、いっぺんに掴んだ。

(やっ…やだ…!! ありえないっ…!!)

たとえ夢とはいえ、こんなこと、私は望んでない!
私は必死に目を見開こうとした。夢の中で、目を覚まそうと。


(……え?)

私は一瞬、状況が飲み込めなかった。
何が起こっているのか。私の体に、何が行われてるのか。

「叢雲…叢雲っ…!」

目を開けると、さっきの夢とよく似た光景がそこにはあった。
私の体はベッドに横たえられている。
そしてそんな私の上に、司令が――信じられないけれど、今度は夢ではない――司令が、覆いかぶさっている。
けれど、感触は。胸や、背中や、お尻や…口では言えないようなところまでを、ところ構わず這い回られる、その感触は。
夢の中よりずっとリアルで生々しいもの。
そう、夢の中と同じく私の体は、ベッドに這いつくばって私を見下ろす司令の指に、手によって、蹂躙されていた。

(し…司令…!? ちょっとウソ…何を…っ!)

叫ぼうとしても声が出ない。こんなところまで夢の中と同じなんて。
けれど少し事情が違うのは、私は理由なく声が出せない訳ではなく、口に詰め物がされているのだった。たぶん私が寝る前に瞼に被せた、温タオル。
身をよじらせて抗議しようとしたけれど、どうやら腕は、すでに脱がされた私自身の上着で、頭の上でひとつに縛られ、動けなくされている。そして足は司令の膝の下に抑え込まれていた。
私が夢で触れられているとか、動けないと感じていたのは、全部、現実に起こっていたことだったのだ。
執務室を飛び出たあと私は、たぶん鍵をかけることも忘れて、寝入ってしまったんだろう。
夢の中のすべては、寝ている間に彼が部屋に忍び入って、私の体にしたこと。きっと、もっと乱暴だったに違いないけど。

(どうして、こんな……っ!!)

あまりの理不尽に、困惑や涙より先に、怒りがこみあげてくる。
これではまるで、レイプだ。
私は組み敷かれて、動けない体をいいようにもてあそばれている。
それも見ず知らずの誰かでなく、想いを寄せていた相手に。
なんで、こんなことを、と叫びたかった。
私が何度か首を振ってもがくと、ようやく口にされていた詰め物が唾液の糸を引いて取れた。

「や…やめなさいっ!! あ…あんたっ…なに考えてるのよっ!!」

私の声は、自分でもみっともないほど恐怖に震えていて、ほとんど意味を成してなかっただろう。
けれど司令は、それで声を抑える詰め物が取れたのに気づくと、とっさに自分の手で私の口を再びふさぎ、私はまただんまりを強制された。
その時、私に向けられた目は、あの時、執務室で私がその手を払いのけた時と同じ、子供のような――
泣き出す直前の子供のようなあの目と、そっくり同じだった。
私に向き直ったのは一瞬だけで、すぐに司令は、私の首に顔を埋める。
そして、唇が私の首元に近寄せられ、激しいキスのような勢いで、その部分が吸われた。

(~~~~~~~っっ!!!)

甘い電流のような痺れが、私の体を襲った。
ちゅうっ、と音が立てられるのを、私の頭は、あの夢の優しいキスの続きででもあるかのように錯覚してしまう。

「叢雲…」

司令はうわ言のように、私の名前しか繰り返さない。
彼は私の首の付け根から離れると、その唇をさらに下の方へ、鎖骨を下り、私の胸へと滑らせていく。
そうだ、もう上着は脱がされているのだから、私の胸は裸のまま、たぶん私が起きたときからずっと、彼の前にさらされていたのだ。
そのことに今さら気づいて、私はかあっと赤面する。
そんな私にお構いなく、司令の温かい唇は、私の肌の上を転がるようにして、ついに胸の先端にたどり着くと、それへと舌を這わせた。

(い…やぁっ…! ………ああぁっっ…!!)

きっと、口をふさがれていなかったら、乞うような嬌声を上げてしまっていただろう。
まるで彼に触れられた部分に次々新しい神経が通っていくみたいに、全身の感覚が一点に集中する。
舌で舐られるたび、私の胸の先っぽが、もう快感につんと立って主張しているのが自分でもわかって、また火が出るほど恥ずかしくなる。
こんな乱暴な愛撫の一つ一つに、私の体が馬鹿みたいに反応してしまっているのに、彼もとっくに気が付いているはず。
手に唇に触れられただけでビクンと体は震え、耳も顔も真っ赤になってる。
私のこと、夜這いをかけられて、組み伏せられて、興奮してしまうようなヘンタイ艦娘だって思うだろうか?

(私だって…ホントはこんなの……っ!)

ホントは、こんな風なの、望んでなんかいない。
私だって、恋をする女の子だ。司令の腕に抱かれたり、ついには体を許してしまうのを、想像したことだって幾度かある。
けれどそういうのは、愛の言葉を囁いたり、おたがい抱きしめ合ったり、キスをしたり、そんな優しい、愛の手続きの後で行うものだって、そう私は空想していた。
それなのに、何で、こんな――。
必死に足を動かして、彼の体の下から逃げだそうと試みるけれど、膝から下を体重をかけて抑え込まれているから、もがくことしか出来なかった。
しまいには口をふさいでいる手にかじりついたりしたけど、ちっとも動じない。
そうこうしているうちに、司令の自由な方の片手が、私の太股の部分に、すっと触れる。
手のひらと四本の指は、ストッキング越しの足の手触りを楽しむように、そして親指は、私の下着のクロッチ部分の上に―。

(――やっ……あっ、ありえないって、こんな…!!)

自分でも触れたことのない部分を刺激されて、未知の感覚が私を襲う。
司令の親指は私の女の子の部分を、その縦筋を二重の布の上からたしかめるように、何度も上下する。
そのたびに痛いような、疼くような、もどかしい感じが私の頭に走り抜けるのだ。
やがて二本、三本と、ぜんぶの指が責めに加わった。
まるで私のあそこがすっぽり、彼の手の中に収められてしまったみたいな感覚。
上も下も、すべての部分を、絶え間なく私は責め立てられてゆく。
くち、くち、と下着の中からは、おしっこを拭くときみたいな、恥ずかしい水音が漏れている。
私の耳にも、彼の耳にも聞こえる水音が、響きわたる。
ずっと、はぁはぁと荒かった司令の息づかいが、さらに昂ぶるように、速まっていく。
恐怖と、恥ずかしさと、困惑と、気持ちよさで、私がもう何もわからなくなりそうになった頃。
びびびっ、と音を立てて、ストッキングが破られた。

(あ……)

ちょうど股間部分が破かれて、空気にさらされたのが分かる。
続けて、いつの間にベルトを外したのか、司令は軍袴を膝まで落とすと、性急な手つきで下帯も脱いだ。
暗くてはっきりとは見えなかったけれど、黒々と屹立したシルエットが、その下から現れていた。

「叢雲――」

激しい息づかいの中で私の名前を呼んで、司令が、私により深くのしかかる。
くい、と、パンティが指で横にずらされたらしかった。
そうして露わにされた私の大事なとこに、こんどは指じゃない、さっきの屹立したモノが、あてがわれる感触がある。
熱いソレが、にゅち、にゅち、とぬめる入り口を、なぞっている。

いやだ。
背筋に悪寒が走る。
私は、他の艦娘にくらべて、エッチのこととかなんとか、そういう興味は薄い方だと思う。
他の子たちが、キャーキャー言いながら回し読みする春本だって、ほとんど手にとって眺めたりしなかった。
けれどこのとき、司令がこれから何をしようとしてるのか、直感的に私は悟った。

いやだ、やめて!
あんたのこと、嫌いになりたくない。
お願い。

口を動かせない私の頬を、涙がつたった。私の口をふさいでいる司令の手にもそれがぽたぽたと落ちる。
司令がはっと気づき、私と彼の目と目が合う。
むらくも、と彼の唇が動く。
彼の目に、いま私はどう映ってるんだろう?
元秘書艦の女の子?
それともただの性欲のはけ口?
さんざん生意気で横柄な態度をとっておいて、いざ押し倒されたら涙で許しを請おうとする、馬鹿な小娘?

「お前が…お前がいけないんだ、叢雲……俺の気持ちに気づかないから…」

その言葉は、まるで司令が自分自身に言い聞かせてるみたいだった。
それだけ呟くと、彼は私の顔から目をそらして。
一気に腰を進めた。

(…………………っ!!!)

ぷつっ、と。
何かが弾けるような感触と共に、私の中に、熱いものが押し入った。
ダメ、痛い。やだ。やだ。やだ。やだ。痛いっ、痛い! 頭には、それしかない。
私の体は全力で締めつけて追い出そうとするけど、力負けして、鉄柱のようなそれが結局、おへその下まで入ってくる。異物感がすごい。
どう考えても私の中にそんなスペースなんてないと思うのに。
彼が弾丸で私の下腹部に穴を穿って、ぐりぐり押し広げているんじゃないか、そんな錯覚すら覚えた。

「……ふっ、ぁ……叢雲…っ!!」

そんな私をよそに、彼は感極まったような声を上げる。
ゆっくりと、段々と激しく、引き抜いては私を突き上げる。こっちは痛いってのに。
私が痛みで腰を引こうとすると、お尻を手でつかまえられて、押し戻された。そのせいで、司令の先端が、私の最奥をゴリゴリとこする。

ずちゅっ、ずちゅっ。
そんな間の抜けた水音が、司令と私の腰が、繋がったり離れたりするたびに響く。
私の激痛なんてまるで関係ないみたいで滑稽だった。
滑稽と言えば、このベッドがきしむ音も、司令の必死な息づかいも。
早く、はやく終わってほしい。
私はもうただそれだけを祈っていた。
今はけだものみたいになってる彼も、ひとしきり満足したら、元に戻ってくれるだろうか?

『お前がいけないんだ、叢雲……俺の気持ちに気づかないから…』

頭の中で勝手に、さっきの彼の言葉がくり返される。
一体、どこでボタンをかけ違ったんだろう?
鈍感で、朴念仁だなんて、ののしっておきながら、私こそ司令官の気持ちを推し量ろうとしなかった。
もし私が勇気を出して言っていたら。
もしあの手を払いのけなかったら。
こんな風にはならなかったかもしれないのに。
でも、もし私のことを好きだっていうんなら、なんでこんな酷い仕打ちをするんだろう?
好きだけど、それでも私があんまり生意気な子だから、痛めつけてやりたかった、とか。
――この体の痛みも、胸の痛みも。罰なんだろうか。

「叢雲…叢雲っ……!」

熱に浮かされたみたいな彼の声で、現実に引き戻される。
ピストンがいちだんと速くなったかと思うと、私を突き上げてた剛直が、勢いよく引き抜かれた。
あ、と考える間もなく、熱い飛沫が、私の下腹に、二度、三度と飛び散った。
熱湯がかけられたかと思って、つい、ひゃあっ、と声を上げる。
と、ここで私はようやく、口をふさいでいた彼の手が、どけられたのに気がついた。

「あ…」

気づくと、司令が私の顔の横に手をついて、私を見下ろしていた。
呼吸はさっきほど荒くない。落ち着いてきてる。
状況が違えば、ドラマによく出てくる、男が恋人を押し倒した直後みたいな構図だ。
ふいに司令が、すっと私の顔に手を伸ばす。

「や…やめ…っ!」

私は反射的に目をつむってしまった。
何かまだ、ぶたれたり、もう一度、犯されたりするんじゃないかと思っていたから。
そんな私の頬を、温もりを持った指が、優しく拭っていく。
身をすくめていた私が、おそるおそる目を開くと、司令は身を乗り出して、私の頭の上、拘束されてた私の手首の縛めを、ほどいてくれていた。
放心した頭で私は、終わったのかな? などとぼんやりと思った。
…何が?
相変わらず司令は私の上で、言うべき言葉を決めかねているみたいな顔をしている。

「痛い…」

私がぽつりと言った。じっさいそれは、正直な感想だ。
縛られてた手も痛いし、抑えられてた足も、あそこも…。

「だろうな」

司令はそう返す。
ああそうね、「すまない」なんて言ってたら、きっとぶん殴ってるところだわ。
…そうだ、私にこれだけ酷いことをしておいて…今さら、優しさなんか、いらない。
徹底的に私を、慰みものにでも、すればいいのに。
でも司令は代わりに、部屋にあったティッシュで、私のお腹を汚してた精液と、破瓜の血とを拭ってくれていた。

「………なんで、そんなに優しく、するなら…」

だったら何で、最初から優しく、してくれなかったの。
途中から、また溢れてきた涙で言葉にならなかった。けれど彼は意味を察したらしい。

「…お前に、徹底的に嫌われたかったから」

私のいない艦隊なんて考えられなかったから。私に想われないで去るくらいなら、いっそ壊すくらいに痛めつけて、一生私の心の中に残りたかったから。
司令はそんな風に訥々と語る。
それを聞いて私は、ああ、この人は馬鹿だと悟った。
私と同じたぐいの、馬鹿。
司令を好きでいるのが辛くて、司令の告白を聞くのが怖くて逃げ出した私と。
私に愛されてないと思い込んで、いっそ私にひどく嫌われようと想ったこの人と。
救いようのないくらいの馬鹿二人だ。

「叢雲……俺を軍令部に訴えて更迭するなり何なり、好きにするといい…お前がいない場所なんて、どこだろうが変わらないからな」

司令はベッドサイドに腰かけ、何かもう、達観したような口調で言う。
私から顔をそむけて、私に未練を持たないようにしているんだろうと思った。

「…そうね…こういうのはどう? 代わりにあんたが、私のお願い、何でも一つ聞くの」

彼の背が、ぴくっと動く。
私が提案なんかしたことが意外なんだろう。

「…ああいいよ。深海棲艦の巣に飛び込めって言うなら、そうしよう」
「バカ。そんなこと、死んだってさせない」

司令の背中から、私はぴたっと抱き着く。裸の大きな背中が、私を抱き留めてくれてる。

「む…叢雲!?」

明らかにうろたえる彼を制して、私は伝えた。
私の「お願い」を。

「私を、あんたの新しい艦隊に入れて、今まで通り秘書艦にして。あんたのコネだろうが、何だろうが全部使って、ねじ込みなさい」
「叢雲、お前…」

司令が驚いて私に向き直る。その顎をつかまえて、私はそこに唇を重ねた。
私からのキス、私の初めてのキスだ。
キスは、とくにレモンの味なんてしなくて、唇に流れた自分の涙の味がした。
あと、司令のヒゲの剃り跡がちょっとざらざらする。
三秒くらいそうして唇を合わせていて、やっと離してから、私が言う。

「…あんたがいないとこなんて、どこへも行きたくないのは…私だって同じなんだから」

一緒よ、ずっと。
それだけ言うと、彼がすごい勢いで、私を抱きしめてきた。
むらくも、叢雲、と。私の名前を必死で呼ぶ。
いいのよ、と私は言う。
私たちお互い、馬鹿なんだから。きっとこうでもしなきゃ、伝えられなかったから。
それから私たちはしばらくの間、抱きしめ合ったままでいた。
まるで今まで足りなかった言葉を補うみたいに、ただ抱きしめ合っていた。

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叢雲
最終更新:2013年10月30日 19:51