非エロ:提督×秋雲3-37



仕事が立て込んでいる時の為に執務室には布団と枕を一式用意しているが、もちろん私専用のプライベートルームは存在している。別の基地に勤める友人の司令官は仕事で使う執務室のすぐ隣に個室を用意していると聞いたが、私は仕事とオフの線引きを明確にしないと気がすまない性分だった。執務室の隣にプライベートルームを置いてしまうとどうしても仕事とオフの切替がやりにくい。軍という組織の仕組み上、基地の敷地外でそういった場所を用意しても容易に帰ることは出来ないので、敷地内で極力執務室から遠い場所にプライベートルームを作った。その部屋には軍事関係の物は軍服以外は一切置いていない。基地内外の移動で軍服の着用を義務付けられていなかったら軍服さえ執務室に残して置きたかった。物でさえ仕事に関わる物はプライベートルームからは遠ざけたかったのだから、仕事で関わっている艦娘たちをそこへ招き入れることも一度もしたことがなかった。私は彼女たちのことは誰一人嫌っていない。むしろ信用しているし、有り難いことに彼女たちは私のことを信頼していた。しかし私にとってみれば彼女たちは仕事のパートナーであって、それ以上でもそれ以下でもない。艦娘は今世界中で起こっている化け物との戦争で必要な戦力だ。彼女たちがいなければ我々人間は既に深海から生まれた化け物に侵略され最悪絶滅していたかもしれない。その点に関しては私は艦娘に感謝をしているし好意を抱いている。だがその気持ちに恋愛の類は一切ないのだ。この基地の中で男は私の他にもいたが、艦娘と対等に渡り合えているのは私だけであった。己の司令官としての手腕もそれなりの功績をおさめているので艦娘たちからの信頼も厚い。そうなれば自然とその信頼を恋愛感情の一種として捉える艦娘も出て来る。艦娘はその凄まじい戦闘力を持ちながらも、感性は普通の女性そのものだ。そして男と女がいる環境で愛だの恋だの浮いた話が出てこないはずがない。私に積極的にアピールする艦娘も何人かいたが、私はどうしてもそういった感情を抱く気にはなれなかった。上手く誤魔化したり流したりして彼女たちのプライドを傷つけないように接するので精一杯だった。艦娘は美しく、可憐で、いじらしく、可愛らしい存在だ。なんとも魅力的な外見である。それでも私は艦娘を一個人として見れなかった。艦娘が私を一人の人間として接しても、私は彼女たちを仕事の一つにしか見ていなかった。だから純粋に私に好意を抱く艦娘には申し訳なさを感じていた。
そんな私の徹底した拘りの隙をついて、数ヶ月前から数十冊のスケッチブックが部屋の本棚に置かれるようになった。表紙の色は何色か被っていたが、黒色だけは一冊のみだ。黒のスケッチブックだけは白紙のページが半分以上残っていたが、他の色のスケッチブックには我が基地にいるほとんどすべての艦娘とスタッフ、そして海域に蔓延る深海棲艦がページいっぱいに描かれていた。スケッチブックに描かれた者たちは今にも動き出しそうな程生き生きとしていた。特に最近完成した瑞鶴の力強さには見ているこちらも武者震いをしてしまう。久々の出撃に赴く瑞鶴の姿を描いたものだ。雲一つない晴れ渡った空の日、私の部屋の窓の傍で椅子に座り、スケッチブックは窓の縁を背に膝の上に立て、目は港にいる第一艦隊と鉛筆の黒に彩られていく白の空間を交互に見ながら、描いていたのだ。私も窓から港を見たが、誰かが港にいることは分かってもそれが誰かは見分けはつかない。いくら視力に優れた人間でも私の部屋から港にいるもの全員を判別することなど、裸眼では不可能だ。しかし彼女は違った。私の部屋から港までの距離なら顔の表情まで分かると楽しそうに言っていた。演習場で厳つい顔をしている私の姿も分かるとも。自分の顔など意識をしたことはないが、そう言われた時は少し気恥ずかしかった。その翌日は演習場で艦娘たちの訓練を指示していた時に彼女に見られていることを何となく意識してしまい妙な表情をしてしまったのだろう、その日の業務を終えて部屋に帰った時に彼女にそのことでからかわれた。しばらくしたらその状況も慣れて演習場でも普段通りに戻れた。彼女はつまらないなぁ、と残念そうに呟き、私は苦笑した。
彼女はいつも私の部屋にいた。私が帰る時は必ず窓の傍にスケッチブックを抱えながら座っていた。私を見るとおかえり、と明るく出迎えてくれた。私は誰も自分の部屋に招き入れたくなかった。それが艦娘なら尚更だ。しかし彼女だけは違った。けれども追い出す気にはなれなかった。それに部屋に彼女がいると不愉快などころか、居心地の良さを感じていた。私はきっと彼女に艦娘に抱くモノとは違う好意を感じていたのだ。しかし、私には分かっていた。それは純粋な好意ではなく、ただの――――――


「提督!朝だよ朝朝~!起きて~!」
グイグイと体を揺さぶられ、目を開けると茶目っ気のある笑い顔が私を見ていた。半身をゆっくりと起こして瞼をこすり、隣に目をやった。
「おはよう提督!」
「……おはよう、秋雲」
視界にパジャマ姿の秋雲が映っていた。まだ眠気眼の私の頬を秋雲はペチペチと軽く叩く。
「だーいじょうぶー?昨日はちょっと飲みすぎたんじゃないのぉ~?」
昨晩は月に一度の軍士官と議会の集まりで酒を飲んだ。酒は弱い方ではないが、少し飲みすぎたのかもしれない。一晩寝ても酔いの気分がまだ残っていた。私は掛け布団を横に除けて立ち上がった。首にかけていた二つの鍵のペンダントが小さな金属音をたてた。
「これぐらいどうってことはない。午後には楽になる」
若干ふらついた足取りで洗面所へと向かう。蛇口を捻って水を出し顔を洗った。何度か水を顔にこすりつけてから傍にかけていた白いタオルで顔を拭いた。吹き終わるとタオルを元に戻し後ろを振り返ると、秋雲が私と彼女の布団二式を畳み終えたところだった。朝食の準備を始めようと思い台所へ向かおうとしたが、ちゃぶ台には既に食事が用意されていた。
「秋雲さんのスペシャル朝食だよ~」
したり顔で秋雲は言った。
「二日酔いの提督のために作ってあげたんだから、味わって食べてよぉ~?」
いつもなら私が朝食を作っているが、秋雲が気を遣ってくれたのだろう。その行為が嬉しくて自然と顔が綻んだ。
「ありがとう秋雲」
私と秋雲はちゃぶ台の前に座った。台には箸、白米、目玉焼き、味噌汁、焼き魚が並んでいた。秋雲の前にも同じものが置かれている。私が手を合わせると秋雲も手を合わせた。
「いただきます」
箸を手に取りまずは白米を一口食べる。出来立ての米の歯ごたえとほのかな良い香りに噛みながら涎が沸き出た。次に味噌汁の椀を持ち上げて端を唇につけ傾けた。味噌の香りと共に味が口一杯に広がる。ダシの煮干が良いアクセントになっていた。
「どうどう?おいしい?」
秋雲が興味深々に聞いてきた。私は椀を口から離す。
「あぁ、おいしい。お前も料理は出来るんだな」
私の褒め言葉に秋雲はフフンっと自慢げに腕を組んだ。
「秋雲さんは絵だけが取り得じゃないのさぁ~まっ 原稿で忙しい時はカップ麺とか簡単なものですますんだけど」
「そうか」
秋雲の話を聞きながら私は箸を進めた。秋雲は食べながらあれやこれやと話を始める。原稿がどうの、絵がどうの、料理がどうの。私はたまに相槌を打ったり口を挟んだりするが、基本的に秋雲の話に耳を傾けて静かにしていた。ここは私と秋雲の空間。この部屋で秋雲と過ごす時間が今では日常の一部と化し、私はこの時間を何よりも大事にしたい気持ちが強くなっていた。
食事を終えると二人でごちそうさまをした。秋雲は食器を片付け、私は歯を磨く。歯を綺麗にしてから洗面所のカーテンを引いて秋雲からこちらが見えないようにした。壁にかけていた軍服を取り着替える。上着のボタンを下から上へと留めていく度に気持ちが引き締まっていった。首につけているペンダントを襟の中に入れ、鏡で身だしなみのチェックを完了するとカーテンを開けた。秋雲は軍帽を持って目の前に立っていた。私は軍帽を受け取ると頭につけ、また鏡で確認する。よし、準備完了だ。
「ひゅ~提督かっこいい~」
秋雲のからかうような声を適当に流し、私はドアノブを掴んでドアを開けた。
「あ、ねぇ、今日は帰りは遅くなるの?」
ドアノブに手をかけたまま、私は少し考えた。
「多少は定時を過ぎるかもしれないが、八時までには戻るはずだ」
「そっか~じゃあ夜ご飯も作ってあげよっか?」
「いいのか?」
「いいよいいよ~今日は秋雲さんの特大サービスデイでーす」
秋雲は調子良く笑った。私もつられて目元が緩んだ。
「楽しみにしている。……ではいってくる」
ピンっと張った腕が目の前で大袈裟にブンブンと揺れた。
「いってらっしゃーい!」
笑顔で見送られ、私はドアを閉めた。襟の中からペンダントを取り出し、鍵の一つを鍵穴に差し込む。
ガチャリ。
それから最近ドアの左に取り付けた南京錠をセットした。残りの鍵で南京錠を閉める。
ガチャリ。
これで誰も私の部屋へ入れない。
秋雲も私の部屋から出て行かない。
ここは私と秋雲の空間。
誰にも邪魔はさせない。
私はペンダントを再び襟の中へ戻すと、仕事場へと向かった。

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執務室へ通じる廊下を歩いているとドアの前に見慣れた白い長髪が見えた。女の顔が私の方に向けられる。
「おはようございます提督」
「おはよう、翔鶴」
翔鶴はドアノブを引いてドアを開けた。私は会釈をすると執務室へと入り、やや遅れて後ろからドアの閉まる音が聞こえた。
「お体は大丈夫ですか。いつもより少し気分が悪そうですが」
「昨日は少し飲みすぎたが、昼には酒も抜ける。気にしなくていい」
「ではお茶を用意しますね」
そう言って翔鶴は給湯室へと消えた。私は執務机のリクライニングチェアーを引いて腰かけた。座り心地のよい感触に私は安心して背中をもたれさせる。緩慢な動きでノートパソコンの電源をいれパスワードを入力してロックを解除すると翔鶴が電気ポットと湯飲みを乗せたトレイを持って机の前まで来ていた。書類や本が置かれていないスペースにトレイを置き、湯飲みを私の前に差し出した。
「ありがとう」
感謝の言葉を述べて湯飲みを手に取る。手に伝わる仄かな温かさに気持ちが和らいで口をつけた。
「第二艦隊は予定通り朝の11時に帰投するそうです。第一艦隊の出撃の準備も整っています」
「そうか。出撃は第二が帰って来た後だ。また第三を午後13時からタンカー護衛任務に送る。メンバーは……旗艦を龍田、時雨、白露、村雨、以上4隻だ」
「了解しました。第一の編成に変更はありませんか」
「ない。予定通りだ」
「演習はどうしましょう」
私はデスクトップにある船のアイコンをクリックした。数秒後にこの基地にいるすべての艦娘の名前のリストが出てきた。一覧にザッと目を通して頭の中で編成を考える。
「旗艦を大井、比叡、ヴェールヌイ、阿武隈、那智、羽黒の6隻。午前も午後もこのメンバーだ。大井は……もうすぐで改二にできるか」
大井の名前をクリックして彼女の現時点でのステータスを確認した。北上は既に改二になっており第一艦隊の主力として活躍していた。大井も改二にして改修すれば一ヶ月以内には北上と一緒に第一に組ませられるだろう。
「……演習はそのメンバーでよろしいのですね」
確認の声に私は頷いた。
「あぁ、頼む」
「……本当に?」
私は顔を上げた。翔鶴は不安そうな目で私を見ていた。
「何か問題でもあるのか」
翔鶴は目を伏せる。
「……了解しました」
その言葉には不満が滲み出ていた。私はそれに気付かない振りをしてディスプレイに目を戻した。
「翔鶴も第一で出撃だ。秘書の仕事はもういい。お前にとっては初めての南方海域への出撃だ。念入りに準備をしろ」
「……はい」
翔鶴は頭を下げるとドアへと向かってた。ドアを開けて執務室から出ていく間に翔鶴の視線を感じたが、私はノートパソコンから目を離さなかった。バタンと閉まる音を聞いてから私はドアへ目を向けた。
翔鶴の不満の原因は分かっている。しかし今の私にはその不満を解消してやる気持ちが全くなかった。任務遂行に支障をきたさないからだ。翔鶴は不満を持っても私の決定に決して逆らわない。私が彼女の上司で、これは仕事だからだ。
私は提督という立場に甘えていた。
 

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ヒトマルマルゴー。
書類の処理をしていると控え目なノックの音が聞こえた。ガチャリとドアが開き、失礼しますと声がした。翔鶴だ。
「提督、議会の方がいらっしゃっています」
私は耳を疑った。
「そんな話は聞いてないぞ。何故突然」
「はい、何でも近くに来たからついでに顔を出されたようです。どうなさいますか」
「どうもこうも……分かった。今から行く。翔鶴は同行しなくていい」
「分かりました」
翔鶴は再び部屋を出ていった。私は頭を押さえた。議会の人間とは昨晩の集会で酒を飲み交わしたが、しばらくは顔を合わせたくなかった。だからといって挨拶もせずに帰らせるのは相手の気分を害するだろう。私は気分がのらないままチェアーから立ち上がった。

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「やぁ提督!昨日ぶり!」
応接室に入った私に朗らかに挨拶してきたのは、議会に在籍している友人だった。
「訪ねるなら訪ねるで連絡をくれないか。こちらは常時暇ではないんだ」
私の文句に友人は小気味良く笑った。
「まぁまぁ固いことは言いなさんな。俺は昨日みたいな集会がない限りここらへんは滅多に来ないから色々ぶらつきたいんだよ。それに」
友人の口元がにやついた。
「艦娘っつーのを見てみたかったんだ。いや~可愛いねぇ、翔鶴ちゃんだっけ?髪が白い子」
私は思わず苦笑した。いかにも軟派な友人らしい。
「ここに案内されるまでに他にも女の子を見たけど、子供もいるんだな~選り取り緑じゃねーか。羨ましいね」
「あんまりふざけたことを言っているとお前の奥さんに言いつけるぞ」
「おいおい!勘弁してくれよ!」
友人は顔の前に手を合わせる。やれやれ、私は溜め息をはいた。
「……基地内を見たければ案内をつけよう。翔鶴は出撃を控えているから別の艦娘にやってもらうが構わないか」
「おうよろしく!オススメの可愛い子ちゃんで頼むぜ!」
「では、私は仕事が立て込んでいるから失礼する。十分以内に案内をここに寄越そう。あと食堂にも寄るといい。腕のいい料理人がいるんだ」
そう言って私は部屋を出ようとした。
「なぁ、待てよ。そう急いで片付けねぇといけねぇやつなのか」
友人の言葉で私の足が止まる。私は後ろを振り返らなかった。
「あぁ、そうだ。私は忙しいのでね」
「翔鶴ちゃんから何も聞いてねーの?」
翔鶴から?その言葉が気にかかり体を友人の方へ向けた。
「お前のお陰で南方海域に進出できたろ?その功績を讃えて国から賞状と勲章が貰える話」
「…?その話は確か」
「そ、お前は辞退するって言ったが… メンツってもんがあるんだ。議会のお偉いさん方はお前の気をどうにかして変えさせろって俺に念を押してね…ショージキ参ってる訳よ、お前の頑固さには」
昨晩の酒の席でも友人だけではなく他の人間からもその話を再三された。御託はいいからとにかく素直に貰えと。なんなら多少のお小遣いもやってもいいと。
「ただ受け取るだけじゃねーか。何かをしろって話でもない。受け取るだけでクソを出すより簡単に羨ましがられる名誉を得られる」
「…今でも充分と言えるほどの評価を得ている。これ以上は私には釣り合わない。それに私よりも艦娘にこそ賞状や勲章は与えられるべきだ。私は単に作戦を考え、指示をしただけだ」
「軍と政界ってところはまだまだ男社会でさぁ……”艦娘の戦果をお前が代表して受け取る”、これでもダメか?」
例え友人に説得されようとも、私の意志は変わらない。
「艦娘にはあっても、――――――私自身に受け取る資格がない」
静かな時間が流れた。友人もついに諦めたのだろう。私はドアノブを引いた。
「――――――臆病者め」
憎まれ口に思わず口元に笑みが浮かんだ。今の私にはお似合いの言葉だった。
「失礼する」
私は応接室のドアを閉めた。左手につけている腕時計を見ると十時五十分を指していた。この時間なら第二艦隊の出迎えが出来そうだ。私は港へと足を進めた。

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私が港に着いた頃には翔鶴が既に第二艦隊の旗艦の神通と話をしていた。周りにいた第六駆逐隊の雷が私に気付いて「司令官ー!」と嬉しそうに呼びかけた。
「ただいま司令官!資源いっぱい取ってきたわよ~」
雷が自慢げに言った。電も「なのです!」と便乗する。
「いつもより量が多いですよ。大成功ですね」
翔鶴が第二が持ち帰った箱の山を指差した。工廠スタッフの妖精がえっちらほっちらと箱を工場へと運んでいく。
「みんなよくやった。流石だな」
「当然よ!一人前のレディーなんだからこれぐらい朝飯前なんだから」
暁がツンとした態度でいる隣で響は無言で頷いた。その様子が微笑ましい。
「疲れただろう。今日はもう休んでいいぞ」
はい、と第二が返事をした。私と翔鶴以外は寮へと向かって行った。二人きりになったので私は話を切り出した。
「翔鶴、友人から私に何か言うように言われていたのではないか」
はい、と返事が聞こえた。
「賞状と勲章の件は、提督にはお考えがあって受け取らないのですから私が口を挟む必要はありません」
それに、と翔鶴は続ける。
「私は賞状にも勲章にも興味はありません。他の艦娘たちもそうでしょう。誰も貴方の判断を咎めません。深海棲艦もまだいますからね」
翔鶴は海の向こうを見据えた。私もそちらに目を向ける。私には水平線しか見えないが、翔鶴の目には何が映っているだろうか。あの化け物たちが見えるのだろうか。
「怖いか」
私の問いかけを聞いて翔鶴は私に振り返る。目の前の顔はこれからの出撃に戸惑っているようにも、期待しているようにも、恐れているようにも見えた。翔鶴がここへ来たのは数週間前のことだ。古参と比べればまだ練度は低いが、持ち前の能力もあってそれなりの戦力を身につけた。あとは実戦経験を重ねれば主力の一航戦である赤城と加賀に追い付けるだろう。
「分かりません。ですが、五航戦として恥じない戦果をあげる所存です。不在の一航戦の先輩たちの分まで頑張ります」
赤城は今は第四艦隊の旗艦になり、加賀と共に遠征に行っていた。帰りは明後日になる。この基地には正規空母は赤城、加賀、翔鶴、そしてもう一隻の四隻しかいない。南西諸島海域を攻略中に出会った赤城と加賀は我が軍のトップレベルの強さだ。その二隻を遠征に送り出したのは、その長期遠征が難しいものであること、そして不在により翔鶴の気を引き締めさせて戦闘力の向上を刺激するためだ。正規空母以外にも軽空母や戦艦など、翔鶴よりも錬度の高いものはいるので赤城と加賀の不在にそれほどの不安を抱いていなかった。
「翔鶴一人での出撃ではない。戦慣れしている陸奥も榛名も、北上、不知火もいる。隼鷹もサポートしてくれるさ。それに今回は偵察だ。気負わなくてもいいが、適度な緊張は保っておけ――――――お前には期待しているんだ」
私は翔鶴の肩を叩いた。少しでも翔鶴を励ましたかった。しかし翔鶴の顔に陰りが差し込んだ。
「……期待しているのは、”私だけ”なのでしょうか」
一瞬喉が詰まった。翔鶴は秘書として有能だった。書類の処理も卒なくこなし、雑務も艦隊の世話もキチンとやってくれる。演習を通して戦力もあげていき、遠征でも出撃でも結果を残してきた。決して私情を挟まず私の言う通り、望む通りに行動してきた。しかし今の翔鶴は仕事仲間の枠から抜け出そうとしている。今まで何度かそういう機会があったが翔鶴は自身を抑え込んでいた。だが今は、きっと今ならその殻は破られる。
「提督は、どうして”あの子”を閉じ込めているのですか」
翔鶴は私の目を真っ直ぐに見る。その目に居心地の悪さを感じながらも私は目を逸らすことができない程身体が緊張していた。私の手はタイミングを失って翔鶴の肩に置かれたままだ。
「艦娘は深海棲艦と戦う為に生まれました。それが私たちの存在意義です。中には戦いを望まない者もいます…それでも、私たちはその為にここにいるんです。みんな求められれば戦いに赴きます。勝つために己を鍛えます。それなのに貴方は、あの子をどうして戦いから遠ざけるのですか。装備もすべて外して…出撃はおろか遠征も演習にも出さない。何故ですか」
「それは…」
「私はここに来てからまだ一ヶ月も経過していません。新参者の私に先輩たちも提督も、色々教えてくれました。装備だって強力なものを与えてくださいました… 私より遅れて入ったあの子にも同じことをしていたではありませんか。それをどうして急に止めたのですか、提督」
今まで溜めに溜めていた疑問を翔鶴は私にぶつけていた。翔鶴は私から答えを求めていた。私は、私は。
「……っ――――――」
翔鶴の顔が歪んだ。私が翔鶴の小さな肩を強く握っていたからだ。いや、握るというよりも、服越しからでも中の肉を抉り出さんばかりに爪を立てていた。
「……出撃は十二時三十分だ。他の第一メンバーに伝えろ。さぁ行け」
肩から手を離した。翔鶴は痛んだ肩を手で押さえた。
「……了解、しました」
小さく呟くと翔鶴は私に背を向けて歩き出した。私はその遠くなる背中を最後まで見送らず、何も見えない水平線を見つめていた。
 

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最終更新:2014年03月12日 08:04