提督×磯波3-22

コン……コン。
控えめなノックが、執務室に漂う夜の静寂を打ち破った。
「入りたまえ」
僕は努めてぶっきらぼうに、ドアの向こうの気配へと声をかける。
「て、提督、失礼……します」
おどおどした様子で、ひとりの少女が、月明かりだけが照らす執務室の扉を開いた。

「い、磯波……です。ご、ご命令により……出頭いたしました」

消え入りそうな声で彼女は名乗り、執務室の入り口で敬礼をした。
僕が黙って頷くと、磯波は真鍮のドアノブを回し、静かに扉を閉めた。

しばし僕は、青白い月の光に浮かぶ磯波の姿をしげしげと観察する。
穏やかな波間を思わせる、三つ編みの黒髪。日々、遠征の任に駆り出されながらも白さを保つ若々しい肌。
膝より少しだけ高い、吹雪型のセーラー服から垣間見える、柔らかそうな太腿――。
普段彼女が足を踏み入れることも、いや、直接的に話したことさえも殆どない僕の部屋に招かれた彼女は、
いつにも増して小さく、儚く見える。兵装が完全に解かれているから、尚更だ。
現に、この部屋の中にいるのは磯波と僕だけだというのに、彼女は一向に僕と目を合わせようとしない。
宵闇の中、長いまつ毛の奥にある瞳は、所在なさげに内股に寄せられたブーツへと落とされたままだ。
ふぅ、と僕が大きくため息をつくと、それだけで磯波は細い肩をぴくっと躍らせた。
それでも僕は黙ったまま、磯波に視線を注ぎ込む。
「……ぅう」
磯波は、セーラー服のタイをいじりながら、チラチラと僕を見た。その視線は、僕からの一言を引き出そうと必死だった。
海から吹き込む穏やかな風が窓から吹き込み、白いカーテンを揺らす。時が確かに進んでいることを示すかのように。
だが、それでも僕は革張りの椅子に深く腰をかけたまま、彼女をじっ……と見つめたままだ。
磯波は、震えているようにさえ見えたかもしれない。

「あっ……あのう……提督」

部屋の隅と僕の間を、まるでげっ歯類の動物のように素早く、しかし自信なさげに視線を揺らしながら、
磯波が唇を開いた。
「磯波に……何かご用でしょうか」
彼女がこの鎮守府に配属されて2週間。僕は初めて、そのの声を聞いたような気がした。
それは、本当に女の子らしく、か細く……そして消え入りそうな声だった。
仮に月が出ていなければ、実体が目の前に映し出されていなければ、耳に届いてさえいなかったかもしれない。
磯波はそれ程までに控えめな声で、ようやく言葉を口にした。
僕はその、確かにこの部屋の空気を震わせた磯波の声の余韻を耳に感じながら、彼女を手招きした。
まるで壁でもあるかのようにその場から離れなかった磯波が、ようやく小股で執務机へと近づいてくる。
絨毯が敷いてあるとはいえ、磯波はブーツ履きだ。しかし、足音がほとんどしない。
意識的に音を殺しているのだとすれば、どれだけ自分に自信がないのだろうか。

もっとも、僕が彼女をこの部屋に呼んだ理由は、まさにそれなのだが……。

磯波は思った通り、執務机からたっぷり1メートルの間を取って、僕の正面に立った。
僕からは机を挟んで、ほとんど2メートルも離れていることになる。
「はぁ……」
僕は思わずため息をついた。
「磯波?」
努めて優しく名前を呼んだつもりが、彼女は身体を強張らせ、両目を固く閉じてしまった。
「どうして呼ばれたか、分かっているかい?」
首を縦にも、横に振るでもなく、ますます磯波は体を小さく、固くした。
「ふぅ……」
僕はしょうがなく二度目のため息をつき、ほの暗い中、デスクの書類を手にした。
「磯波……君が配属されて2週間だ。だが残念ながら、吹雪型の中では、残念ながら先輩諸氏のような
戦績を残せていない。遠征にしても、作戦にしても、だ。分かるね?」
「は……はい……」
磯波は僕と、僕の言葉からも視線を逸らしたまま、細い首を小さく縦に振った。
月明かりのせいではなく、磯波の顔は、真っ青だった。
「しかも聞いたところによれば、何度か他の艦娘と衝突しかけたとか?」
「ッツ……!」
磯波はまるで金槌で打たれたかのように頭を引っ込ませ、ぎゅっとセーラー服の裾を掴んだ。
「今のは正式な情報ではない。あくまで噂に聞いただけだ。しかし、本当なのかい?」
僕の問いかけにも、磯波は口をつぐんだままだった。
「磯波、答えたまえ」
「……う……わ、わた……」
「はっきり答えたまえ!」
焦れた僕は、少しだけ語気を荒げ彼女の言葉を遮った。それだけで――
「くぅ、 う……」
磯波の足元の絨毯を、たっ、たっ……と涙が打った。
磯波は薄い唇を噛みしめ、必死に涙を堪えようとしているようだった。しかし、白い肌を伝う熱い雫は
その意志とは裏腹に、絨毯を濡らし続けている。
「はぁ……」

一体何度目になるだろう。僕は再びため息をつき――

磯波ちゃん、ああ磯波ちゃん 磯波ちゃん。
呼び出したはいいけれど、
優しく抱きしめたもんか、一発頬を叩いてみたものか、
調教済みの彼女を呼び出したものか、どうしたものか。

我、吹雪型ニ執心ナル提督諸氏及ビ陸軍ノ助言ヲ斯フ者也。

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磯波 非エロ
最終更新:2013年10月23日 23:11