「ふッ…あぁっ…そこっ、く、あぁ…」
いつもは眉ひとつ動かさず、取り澄ましている日向。
その彼女の顔が、今は目の前で切なさを帯びたり、解放感に震える表情へと、ころころと姿を変えている。
クチュ、クチュと絶え間ない抽送の動きと共に漏れる淫猥な水音が、彼女の羞恥を煽り立てているだろうことは想像に難くない。
「日向…声、抑えなくてもいいんだぞ」
「べつに、抑えてなんか…や、ああぁぁっ!」
そんなかわいい反応をもっと引き出したくて、さらけ出された胸を吸うと、日向は甘い声を上げて弾かれたようにのけぞった。
「んっ、ふぅっ………まったく。君は、たまに意地悪なことをするな…」
「声出してくれなきゃ、日向がよくなってるかどうかわからないじゃないか」
「ふふっ…大丈夫だよ、十分、感じている。君のおかげで…はぁっ、くうぅん…!」
こちらの腰の動きに翻弄されて、日向の声は途中から高い嬌声に変わった。
執務を終え夜になると、こっそり日向の私室を訪れ、密やかな逢瀬を重ねる関係。
この関係がいつから始まったのか、はっきりと覚えてはいない。
ただ、気づいたら惹かれ合っていた、と言うべきか。
『あなたが提督?…ふうん、いいけど。伊勢型戦艦二番艦、日向よ。一応覚えておいて』
食ってかかるような態度だったり、新兵のような勤勉さでハキハキとこちらに従ったり、時には好意を隠しもせずアピールしてくるようなパワフルな艦娘たち。
その中にあって、とても涼やかでいて頼りがいのある日向のそばに、いつの間にか落ち着きを見出していたのかも知れない。
そしてそんな彼女が、今は自分の愛撫の一つ一つに素直に全身で歓びを表現してくれる。
そのことがただたまらなく嬉しくて、つい激しくしてしまうのかもしれなかった。
「はぁッ、ん、ああぁぁっ…! ダメだ、もう私、もたないよっ…!」
耐えきれない快楽を訴える日向の声につられて、射精感がこみ上げてくる。
「日向、俺も、もう…」
達する瞬間は、唇と唇、手と手、全身を繋ぎ合うように重なり、同時に果てた。
逝く時に日向の中はきゅうっと締めつけ、こちらを絞り上げるようにしてくる。
「あ…すごい…君のが中で、たくさん出てる…」
上気して蕩けた顔で、日向がそう呟く。
その甘い響きに思わずドキリ、と興奮を覚えた。
(君、か…)
他の娘と違い、こちらを「司令官」でも「提督」でもなく、「君」と呼びかける日向。
あるいは、日向のそんな自然な距離の近さが好きで、自分は彼女を選んだのかもしれない。
事実、日向の「君」という呼びかけの、親しみと慈しみが込められた響きが、自分は好きなのだ。
絶頂の後のやけに明晰な頭で、そんな下らないことを考えた。
「…何か、考えごとかい?」
と、それを見抜いたらしい日向が声をかけてくる。
「ん、いや……イくときの顔もかわいいなって」
「…馬鹿か君は」
ぽすんと枕で頭を打たれて一蹴される。
「まだ硬いみたいだけど…もう一度、する気かい?」
肩で息をしながら、強がりのように日向が言う。
「いや、いいよ…お互い明日も早いしな」
「それは助かった。何しろ君に、ずいぶん激しくされたからね…」
行為のあとはいつもこうして、布団の上で抱き合ったまま、ピロートークとも言えないくらい短い会話を交わす。
お互い艦隊の指揮として、主力として、忙しく責任ある身の上だ。
ましてやその二人が英気を養うべき時間を割いて情事に耽ること自体、大っぴらになったら、決してよろしく思われないだろう。
それが、日向を公然と自分の寝室に呼びつけられず、夜這いのように密かに彼女を訪れなければならない理由であり、また、ひとときの逢瀬が自然激しいものになる理由でもあった。
タバコを一服して、ふと日向の方を見やる。
もう彼女は規則正しい寝息を立てていた。
そろそろ自分の居室の方に戻って寝なければならない。
このまま寝こけて、朝、艦娘の部屋から執務室に出勤する提督なんてのは前代未聞だろう。
名残惜しいがくすぶる火をもみ消し、布団を出ようとする。
と、するりと抜けようとした腕が、強く握られた。
「行かないで、くれ…」
か細い日向の声が耳を打つ。
思わず向き直る。が、日向の目は穏やかに閉じられていた。
いつも彼女が話すときの、はっきりこちらの顔を見すえる、あの様子ではない。
(寝言かぁ…)
そうは言っても、こんなに健気に腕をひっぱられては、無視出来るものではない。
ふと日向の寝顔を覗きこむ。
その寝顔には、先ほどの情事のものではない、目尻からこめかみへ垂れた涙の跡があった。
(だから、さみしいならそうと言ってくれないと、わかんないっていうのに…)
泣く子には敵わないなぁと思いつつ。
布団をかぶり直して日向の隣に戻り、目尻に残った涙を拭ってやる。
朝、執務室に自分がいないとなったら、秘書艦の伊勢にどやされるだろう。
でもそれも構わないという気がしていた。
日向のわずかに寝乱れた髪の毛を撫でつけてやりながら、ふと、ドイツのおとぎ話にある「目に砂をかけて瞼を閉じさせる」という睡魔の妖精が、自分を襲うのを感じた。
目覚めると、目に入った寝室はいつものものではなかった。
当惑したが、ややあって、自分が昨夜日向の部屋で一晩を過ごしたのに気づく。
(日向――)
隣を見れば、昨夜、眠りに落ちる前に見ていたままの日向の寝顔がある。
違うのは、月ではなく、窓からの朝日がその顔を照らしていることだけだった。
思わず、その肩を抱きしめる。
朝起きれば、当たり前に太陽がやって来るように。
朝起きれば、当たり前に恋人が隣にいる。
ただそれだけなのに、それがとても新鮮な喜びのように思えた。
「あ…」
日向が起きたのだろう。
抱きしめた頭が、寝ぼけたような、それでいて少し嬉しそうな声を上げる。
「…君、まだ、いたんだ」
(end)