非エロ:提督×霞15-188


「司令官、報告致します」

駆逐艦朝潮は、擦り傷一つなく疲労もなく直立不動で遠征の結果を述べていく。
此奴もまた霞と同じように、建造されてから生真面目な態度を全く崩さない。
改造を機に上官への態度を若干柔らげる艦はいるが、此奴らはそうではないタイプだった。
特に朝潮程 生真面目な態度を取り続ける艦は珍しい。
世間的に見て上官への姿勢はこの朝潮こそ模範であろう。
別に馴れ馴れしい態度と信頼を結び付ける訳ではないのだが、
朝潮のような実例が少数である故に自分は反して不安を感じてしまう。
自分は朝潮に対して信頼を築けているのだろうか、と。

「以上になります。……あの、司令官、聞いておられましたか?」

「うん? 嗚呼、聞いていたぞ」

「それにしてはメモする手が止まっていたようだけど」

ちっ。
霞め、分かっていても口にするな。
自分は今頃さらさらと手帳に結果報告を記していく。
毎日行っている遠征だし、どうせ今回も同じだ。

「クズ。今回は多めに報酬を貰ったって言ってたでしょ」

何、そうだったか。
手帳に記した値を二重線で消し、一・五倍にした値を記す。

「で、高速修復材はいくつ貰ったんだっけ?」

急かすように霞に指摘されて自分はやっとその事を思い出した。
すっかり失念していた。
高速修復材の場合は貰える数が一定ではないから、書けない。
ぢっと手を見るもくらしは楽にならざり、高速修復材の獲得数も頭に浮かんでは消えざり。

「すまない。最後の所だけ聞いていなかった」

「最後じゃなくて全部でしょうが」

「ええと……、高速修復材は二個頂きました」

霞から横槍の雨を浴びながら自分はメモを記した。
これを元に、上へ提出する遠征結果の報告書を作成し、鎮守府の備蓄資材量記録を執務の最後に書き換える。
嗚呼、面倒臭い。
鎮守府の資材記録はいいのだが、上への報告書の作成が億劫だ。
上への報告は新しく出された遠征経路の結果だけで充分だと思うのだが、要望を出すのもそれはそれで億劫だ。
聞いてもらえる権力等持ち合わせていない。
閑話休題。
筆を置き、朝潮に向き直る。

「ご苦労だった。次の夜間遠征は別の艦を招集するから、艦隊は解散して自由待機だ。恐らく出撃もない」

「ありがとうございます! ……ところで、二つ質問があるのですが、よろしいでしょうか」

朝潮は敬礼してから、面持ちを不思議そうな物へと切り替えた。
朝潮は今日の出動が無事終わった事でやっと気を緩めたのだろう。
風景画の中に違和感の一つでも見つけたような顔をする朝潮の言葉の先を促す。



「何故司令官は、霞をお膝に乗せておられるのですか?」



「……うん? 嗚呼、霞は私をよく助けてくれるからな。朝潮の妹はとても優秀で恐れ入る」

「え? は、はい、司令官にそう仰って貰えるのは光栄、です。……?」

朝潮の疑問に答えたが、朝潮は言葉裏に納得出来ていない様子だった。
何処か射る的を間違えただろうか。
しかし私の膝上に座る霞が何も言わない為、自分は何も間違えていないと確信した。
朝潮は私と霞を見比べるように目を上下に動かした後、再度口を開く。

「それから、何故司令官は先程から霞の頭を撫で続けているのですか?」

「信頼関係を築く為のスキンシップだ。不信感があっては、作戦行動に支障を来たす。朝潮はどう思う?」

自分は霞の頭を左手で撫でながら、朝潮に問い返した。
霞の事は、朝潮以上に信頼を築けているか気になって仕方が無い。
霞は何も言わないが、拒絶されていないだけ無くはないのだろう。
それだけでも自分は非常に安堵する。

「え? は、はい、信頼はなくてはならないものだと思います。司令官の仰る通りです……」

朝潮はそっくりそのまま二度吃ってから同意した。
自分は右側で結られて下に垂れ下がる霞の銀髪を悠然と眺めてから、朝潮に命令する。
朝潮、此方へ来なさい。

「はいっ」

朝潮はとことこと此方へ寄ってきた。
霞の頭を撫でる私の手をぢっと見ながら。
自分はその手を銀髪から潮がかったような黒髪に移し、霞にやったように動かす。

「ん……」

すると、朝潮は心地良さげに目を細めた。
犬か。
こんな顔も出来るのだな。拒絶反応は見られない。
それを一定数繰り返してから、自分は手を離す。
懸念事項は消化出来た。どうやら問題なく朝潮にも一定の信頼は築けていたらしい。

「私も秘書になったら、こうしてもらえばよいのですね」

む?
これは別に秘書にしかやらない訳ではないぞ。
朝潮は嫌がる素振りがなかったから言っておくと、これがしてもらいたかったら言えば応えようと考えている。
不器用な手付きだがな。

「いえ、司令官の優しさが込めてありました!」

おおそうか。
そのつもりはあったから、それが伝わったなら冥利に尽きる。
望むならまた明日にでもしてあげるから、朝潮はもう寝なさい。
すると、朝潮は珍しく、心から緩んだように率直で真っ直ぐに笑った。
そして敬礼する。

「……はい! 司令官に感謝します!」

……………………
…………
……

そろそろ終えたい。
時刻にしてフタサンマルマル。
もう卓上に白い丘はなく残すところ数枚程度だが、
この終わりそうな時にこそ焦りがちになるから気を付けねばならない。
終わりそうだと言うのに、手に取った書類には面倒臭そうな事が記されていた。
頭は数ある方がいい、と言うより一人だけで考えるのが面倒臭いだけの自分は、
それをおくびに出さずに膝上の秘書艦に問う。
霞、この案件はどうしようか。

「…………」

「霞?」

霞は何も言ってくれない。
どうした。生きているか?
自分は書類を机に置き、両手を霞の体の前に回してかっちり組ませた。
自分は背凭れに体を倒し、霞の体を引き寄せて私へ倒させた。

「っ……」

霞は身を僅かに震わせた。
霞の持っている熱が伝わる。霞の動く脈が伝わる。
よかった。ちゃんと稼働している。

「いきなり何するのよクズ」

「話聞いてなかっただろう」

「クズ司令官じゃあるまいし」

机に文書を置いたこの状態では、霞は話を聞いていなくても不利にはならないだろう。
前に置いてあるそれを見れば良いのだから。
それよりも、離せとは言わないのだな。
思ったよりも信頼されているようで少し嬉しい。

「ぼうっとしていたようだが、私で良ければ話を聞くぞ」

霞は、黙り込む。
自分と霞が揃って椅子の背に体を沈め、天井の蛍光灯を眺める時間が少し流れる。

「……司令官は、色んな艦にスキンシップするわね」

「そうだな」

何の兆候もない問い掛けだった。
真意が読めないので、霞の言葉の先を黙って待つ。

「セクハラで訴えられるわよ」

「訴えられる程過激な事はやっていないつもりだ」

「だから何よ」

つっけんどんな口振りは普段の霞そのものだが、この会話上においては普段と違うように思い込ませてくれた。
すると、霞が可愛げに見えて仕方が無くなってしまったのだ。
これは勿論自分の醜い勘違いだが、少し楽しくなってきた自分は構わず言葉を連続砲撃してゆく。

「……気に入らないのか」

「は、はあ!?」

「すまなかった。只これ位のスキンシップは信頼関係に繋がると私は本気で思っている」

「いや、何言って」

「だからな、私は誓う。それ以上の事は霞にしかしない!」

「沈みなさい!!」

そう吼えると霞は駆逐艦の小回りの良さを発揮して私の膝上で反転、鋭い鉄拳を私の頬にお見舞いした。
痛い。
自分が頬を擦っている間に、霞は膝から降りて執務室を無断で出て行ってしまった。
嗚呼、畜生。冗談で言ったのに。執務も終わっていないのに。
心地良い重みを失った膝が寂しそうではないか。
穴がぽっかりと空いた心の中で、本日の辞世の句を述べる。



(スキンシップを)はたらけど はたらけど猶 わが霞 傍にあらざり ぢっと手を見る ――提督


これが気に入ったら……\(`・ω・´)ゞビシッ!! と/

最終更新:2020年05月24日 02:58