非エロ:提督×由良2-281

「由良の髪、長いな」
由良が執務机の邪魔にならない所にポッドと湯呑みを載せたトレイを置いて離れようと背中を向けた時、自然とそんな言葉が俺の口から出た。
「提督さん、なんだか今更な言葉ですね」
振り向き様に由良は言った。確かに、と俺は由良の髪に目を向けながら頷く。
「そうですね…祥鳳さんと同じくらいかな」
抹茶色の目が薄いピンク色の長い束を見下ろし、それを白くて細い右手が柔らかく撫でた。
「解いたら床につくのか?」
「そこまで長くはないです、でもちょっと腰を屈めたら下についちゃいますね」
「そんなに長いと手入れは大変じゃないか?」
「そうですよー海水がかかると髪が痛んじゃうし、開発や建造の時に油がついたらちゃーんと綺麗に落としているんですから」
「面倒だな…よく続けられるよ。俺なら無理だね」
感心している半分、呆れも感じる。由良はフフン、と得意げな顔になった。
「女の子はみんな身だしなみには気を遣うものなんです。自分でも自慢なんですよ、この髪」
「へぇ…」
なんとなく右手を由良に伸ばしかけ、すぐに手を引っ込めた。髪は女の命だと、髪には女心が詰まっているからと、だから易々と触れてはいけない。まだ子供だった俺に母は何度も言っていた。
「まぁ…うん、俺から見ても綺麗な髪だ。さすがだな」
自分の行動を誤魔化すように由良の髪を褒めた。その言葉は本心だが、由良の一番綺麗なところは髪ではない。本当にそう感じる部分を言葉にして伝えるつもりはなかった。
俺の褒め言葉を素直に受け取ったのか、由良は微笑んだ。
「触ってみます?」
えっと声を出すのも忘れている内に由良がリクライニングチェアに座る俺の傍まで近づいた。
「触りたかったら触っていいですよ」
肘掛にのっている俺の腕に由良が手を置いた。由良に触れられて内心焦ったがそれを態度には出さない。
「……俺の手は汚いと思うが……書類にも触っていたし」
由良の手が気になって仕方ない。離して欲しいとも思うし、そのまま触れていて欲しいとも思う。由良は俺の動揺に全く気付いてくれず、無邪気に笑うだけだった。
「いいですよ。気にしませんから」
きっと俺のこともそんなに気にしていないのだろうな。だから触られるのも気にならないのか。由良を一人の女性として俺が見ていても、由良は俺を優しい上司とか、そういう風に思っているのだろう。それは男として残念ではあったが、由良本人が触れてもいいと許可をくれた。もちろん、断りたくない。
「……手を洗わなくていいのか?」
「由良はどっちでもいいですよ。提督さんの好きにしてください」
そう言って由良は体を回転させ俺に背を向けた。長い髪の束に触りやすいようにと配慮したのだろう。お互い顔を見合わせた状態よりも触れ易い気はしたが、無防備な少女の背中を見てゴクリッと喉が鳴った。恐る恐る右手がその背中へと伸びる。何も知らない無垢な背中に下心まみれの手が伸びるのだ。罪悪感と背徳感に心が満たされ、指先がセーラーの白い部分に届く、その前に手の動きが止まった。
(何をやっているんだ俺は…)
寸での所で理性が芽生え、右手は背中を逸れて薄ピンクの束へと方向転換した。指先がちょん、と束に触れた。
「………」
ゆっくりと、髪に触れる面積が増えていく。束を幾重にも縛るリボンの冷たさも伝わった。髪もリボンもひんやりしていて気持ちが良い。
「………」
右手を髪に添えながら俺はチェアーから立ち上がった。無防備な背中との距離を少しだけ縮めて後ろに立つ。右手と同じ太くて骨ばった左手もその髪に触れた。先ほど由良がやっていたように、両手で髪を撫でた。感触をハッキリと確かめるようにねっとりと。良い匂いがしそうだった。理性が押し留めていなければ今すぐにでもその髪に鼻をうずめて香りを堪能したかった。その欲求を満たす代わりに髪をただ撫で続ける。左手は徐々に上の方へと移動していった。その動きを目で追っていると視界にうなじがはいった。白いうなじだ。由良の髪は目の位置より上の方で結われている。そこに届かない長さの髪が後頭部に垂れていたが、その魅惑的な白を覆い隠すには足りない長さだった。右手が僅かに動いたがすぐに髪へ戻った。目だけはその白を凝視したまま手だけは動きを止めない。右手はリボンで縛られている部分を触り指がくねくねと動きズンッと髪の中に指が埋まった。指の僅かに締め付けられる感覚に言い様のない恍惚感がムクムクと湧き上がる。グネグネと中をかき乱すように指が蠢いた。時折リボンの裏地が爪先にあたる。当たった瞬間が心地よくて何度も繰り返す。それに夢中になっている間に左手はさらに上の方へあがっていきリボンの先端があたっていた。左手はそのリボンを握り締め手の中でグニグニと形をいじった。こんな気持ちで触られていることを由良は知っているだろうか?その汚れを知らない背中に触れたいと、白い肌を感じたいと、信頼している上司がやましい気持ちを抱いていることを由良は気付かないだろうか?無防備にバカみたいに素直にこんな、由良、由良――――――鼻がうなじとの距離を詰める。


「きゃっ!」
「わっ!」
男女の声が司令官室に響いた。
「……提督さん!急に外さないで、リボン!」
由良が非難めいた視線で俺を見上げる。俺の左手は由良のリボンを握り締めていた。
「あ……あー、すまん、ごめん…つい…」
俺の左手に遊ばれていたリボンは少しずつ緩んでいき、俺が白いうなじへ鼻をつける直前に解けたようだ。急に左からバサッと髪が頬にあたってビックリした。ビックリしたが―――――― 良い香りだった。
「つい、じゃないですよ!もーっ これ時間かかるんだから!」
由良は俺の左手からリボンを取り上げた。珍しく眉を顰めて怒った顔だった。
「わ、悪かった…反省している…」
「本当?」
「本当だ、本当…うん。もうしないから」
反省は、確かにしている。しかし後悔はしていない。
「で、どうだった?」
「え、何が」
もぅ!と由良が腕を組んだ。
「由良の髪ですよ!触り心地とか、感触とか…」
「え、あ、あぁ…うん… 良かった、うん。綺麗だし、良いにお、あーいや、…とにかく触り心地は良かった。丁寧に手入れしてるのがよく分かる」
俺の言葉を聞いて由良がパァっと嬉しそうに笑った。
「ほんと?良かったー提督さんもそう思ってくれて」
あまりに無邪気に喜ぶものだから、今更ながら後ろめたさで死にたくなった。後悔はしていないはずだが…多分。
「でも提督さん、誰彼構わず女の子の髪は触ったらダメですよ?いくら提督さんが相手でも嫌な子だって中にはいるから」
由良が注意するように人差し指を俺に向けた。
「大丈夫だよ…昔から母には言い聞かされていたから」
「それならよし!」
満足そうに由良は笑った。俺は髪フェチでもないので他人の髪に触りたい欲求はない。髪が綺麗に風に靡いていても当たり障りのない風景の一部としてしか見ていない。しかし、
「……綺麗だ」
「え?」
「髪を下ろしているのもいいんじゃないか?」
何にも縛られていない髪に触れる。下に目をやると髪は床にはついていなかったが、本当に少し屈めばついてしまいそうだ。また視線を由良の顔に戻そうとした時に手に痛みが走った。
「バ、バカ!」
目の前にいた由良がパッと離れて司令官室のドアへと向かった。
「由良?!」
「髪直してきます!失礼します!」
由良は顔を背けたままドアを開けて、そして大きな音を立てて閉めた。
「………え~」
声からして由良は怒っていたようだった。機嫌は直ったんじゃなかったのか?
「……髪のことより、女心の方がさっぱり分からないな」
閉められたドアをしばらく見つめ、諦めたようにチェアーに腰掛けた。思いっきり背もたれに体を預ける。
「…………また触りたいな」
お願いしたらまた怒るだろうか?しかし怒った顔もちょっと――――――可愛かった。俺は両手を開いて手の平を見つめた。ここで由良の髪に触れていたのだ。両手を顔に近づけて、思いっきり匂いを――――――嗅がなかった。
「……やめよう、虚しい」
俺は執務机に向き直ると、机上に広げたファイルにまた目を向けた。由良が戻って来たのはそれから二十分後だった。


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最終更新:2013年10月11日 00:19