初春×提督1-477

――僕たちは、一体何と戦っているのだろう。

皇紀2601年、マレーとハワイの同時攻略。
それは世界に対し、我が皇国が牙を剥いた瞬間。

…に、なるはずだった。

我らが帝国海軍の奇襲部隊は、洋上で謎の敵艦隊と遭遇。辛くもこれを撃破するも、任務未達成のまま帰還。
しかし。彼らが攻撃するはずであった真珠湾は、正体不明の艦隊による砲爆撃により、奇しくも既に壊滅していた。

国籍不明の艦隊は太平洋の至る所に「発生」。手当たり次第の船舶攻撃を行い、南方の島々は孤立する。
燃料と資源を渇望する我が国と、シーレーンを確保する海軍技術力を求めた南太平洋諸国の思惑は一致。
そこに大東亜共『海』圏――奇妙な共闘体制が整う。

環太平洋だけではない。世界各国は持ちうる力を総動員し、軍縮条約を破棄、自衛のための海軍力を急ピッチで育て始めた。
後に世界海戦と呼ばれる、奇妙な戦争の幕開けである。

そして、一年が過ぎた。


「あぁホコリっぽい…こんなところ当直も掃除しないんだなぁ」
神棚の掃除。軍艦にはたいてい、司令室か作戦室に神棚がある。戦艦空母になると神社まである。
掃除は駆逐艦の艦長代理の仕事ではないような気もするが、でも他にやれることもない。

艦船幹部は陸の基地に急に呼び出されて帰ってこないし、本土の港の外れに係留されたまま既に三日。
いちおう海軍学校卒とはいえ、僕みたいな若造に艦を任せたままという神経が分からない。
やり手と知られる新提督の方針なのか、今回の戦争はこういうところが割とテキトーである。
「忙しいのは分かるけど――っと」
脚立から飛び降りる。掃除完了、完全勝利S(キラリーン)。
乗組員は最低限の人員を残して陸に揚げてしまったから艦は静かだ。僕も寝所は陸に手配してある。
さて、次。艦長室の抽斗から目当ての書類を発見して、慣れないペンで記載を埋めてゆく。
首をひねりつつも何とか終えて捺印し、艦を当直に任せて煉瓦造りの将官寝所に戻った頃は、深夜になっていた。

久々の波に揺れない寝台に身を預けて、二階の窓から暗い海と艦を見下ろす。
――機密ではあるが、大きな犠牲を払って敵の駆逐艦を鹵獲したことがある。
しかし艦内には敵影はなく、その船ははるか以前から航行不可能なレベルに風化していたようであり、要所に「土」が詰まっていたという。
航空機型の「何か」は撃墜しても一瞬で消えてしまい、原型を留めない。
それはまるで――海底から復活した、幽霊の軍隊であるかのようだった。

敵艦だけじゃない。
帝国海軍の軍艦搭乗者の間に、「女の幽霊を見た」という噂が最近多い。
あるものは神社で見るような巫女姿、あるものは女学生のような海軍白服姿。それも決まって女性だとか。
外したはずの発射弾が命中したとき、逆に命中コースのはずの敵弾が外れたとき、彼女たちは一瞬見られることがあるという。
敵艦も幽霊、味方艦にも幽霊、これではまるでこの戦争は――


…寝よう。代理かつ暇とはいえ、軍艦を一隻預かる立場。寝不足は望ましくない。

一階。シャワーが三つほど並んだだけの、小さな共同浴室。
陸はいい、水も浴びるほどあるのだから――などと思いながら結局眠れない身体を深夜の浴室に運び、頭から温水を浴びた瞬間。
「よ」
「?!」
突然、間近の背後から声を掛けられた。ハダカのまま驚いて振り返る。
――奇妙な――強いて言えば和装と、海軍白服を合わせたような。更にその上に、ごつごつとした武装を纏って。
髪の長い、変な格好の女の子がそこにいた。
まるで気配もなく――いや。実際、連装砲(?)をふわふわと宙に浮かせて従えるその姿は。
「ゆ……幽霊っ?!」
幽霊軍艦、敵軍……銃は?!あ、持ってな…
「失礼じゃな」
少女の容姿に似合わない、古めかしいしゃべり方をする奇妙な娘は腰を抜かしかけた僕を見下ろすと、ほ、と小首をかしげて笑い、
「落ち着け、――」
僕の名前を呼んだ。階級名付きで。
「わらわはそなたの艦。名は知っておろうが」
女の子の姿をしたそれは、ばっ、と手に持った扇子を開き、
「『初春(はつはる)』じゃ。よろしゅうな」
「…あ………」
あまりのことに声が出てこない。
軍人は怪力乱神を語らず、というが……眼の前に居るのだ。ちみっこい偉そうなのが。
うわさの女幽霊……いや、……初春……
「…帝国軍艦の、護り神…?…『乗っていた』のか、本当に」
「乗っている訳ではない。わらわは艦、艦はわらわ」
心と身体のようなものだ、とそれは言った。
「わしらは海軍幹部以上にしか姿を見せぬというのが『あの男』との約束じゃが、ぬしは良いそうじゃ。艦長代理だからかの」
くっくっ、と喉で笑う。あの男とは例の、若提督だろうか。
他にも彼女の仲間はいて、あの奇妙な人にはこの『船舶の精神』たちが自由に見えるということなのか。
「…こんなところまで出てこれるの?」
「だいたい艦から見える範囲までは好きに出歩けるぞ」
「ほかの軍艦とお話したりとか…」
「おぅ。さっきまで『如月』と話し込んでおったわ」
信じがたいが、目の前にそれは居て僕と会話している。――それがすべて、事実だとして。
「なぜここに?僕…小官に何か御用で?」
「なに、畏まるような用ではない。仕事の慰労と、掃除の礼にと思っての」
掃……
神棚?!
「あんなところに住んでるの??」
「住んではおらん。わらわはあの艦そのものじゃと言ったろう。…ま、普段は大体あの周辺におるがな」
…どっちなんだろうそれは。住んでるのと違うのか。
「さて、話はそろそろよかろう。背中でも流してやろう。そちらを向いて座るがよいぞ」
言いながら、彼女は両手の手袋をすらりと外した。
なんとなく笑顔と雰囲気に押されて、背を向けて座った直後。
ぬるぬると泡のついた小さな熱い両の手のひらが、僕の背中を撫で擦り始めた。す、素手なんだ……。
首筋。脇腹周辺。つるつるとした感触が僕の身体を動きまわる。ヘンな感じ。てか――ヤバい。これは。
「ん?どうした?気持ちが良いか?」
耳元で囁かないでほしい。甘い吐息まで感じるのは不思議。まるで本当に、綺麗な女の子がそこにいるような――
「お?ここはどうしたことじゃ、これは?」
「!!」
やがて楽しげな声と同時に、泡だらけの右手が股間のものを包み込む。僕のそれは情けないことに、そろそろ制御を失いつつあって。
ぬるん、ぬるんと小さな手で軽く握ったまま上下に扱かれ、思わず声が出そうになる。
「や、やめ……そんな、ことまで……」
「ふふ。愛いのう。止めん。幽霊呼ばわりの罰じゃ」
いつのまにか彼女(?)も裸になっているらしく、背に密着した女子の裸体の香りと体温と柔らかさが、知らず頬を上気させ、心をとろけさせる。
背筋に押し付けられぬるぬると往復する、淡い膨らみの両胸。ささやかな突起の感触。――これまで感じたことのない、最高の心地よさ。
「…だ、だめ…」
「なに、艦娘との交合は縁起モノじゃ。ありがたく受け取っておけ」
囁くような媚声。どんどん固く敏感になる剛直を前後し続ける右手。いつの間にか僕の胸先を嬲る左手。手のひらのなめやかさと、絶妙な力加減。
胸と股間を交互に撫でられるたび、頭の中で快感が弾ける。
「…あぁ、…もう…ッ!」
「ふふ。良いぞ。思うさま、放つが良い。…ほら」
速度が上がる。思わず身体が前に傾く。逃すまいと追随して密着してくる身体と、手――抵抗、でき、な――ぁ――
「……だめ、もう………く…ぅッ……!!」
前傾姿勢で、背後から抱きしめられたまま。僕は二度、三度と、弾けるように身体を震わせた。
放ったものが大量に、浴室の床と壁を汚した。

「はぁ、はぁ、…」
精を放った僕のそれを、汚れるのも構わず彼女の両手が愛おしそうに撫で回し続ける。
「ふふふ。次弾装填も速いようじゃの、さすがは初春の艦長候補じゃ。…さて、次は正面からやってやろう」
泡を纏った小柄な白い裸体が、無防備に視界に入ってきた。心から愉しげな、吸い込まれるように深い紫の瞳。
揺れるささやかなおっぱいと、先端を飾る淡い色の花輪。細身だが、すらりと伸びたきれいな肢体。
「望みがあるならなんなりと言うがよいぞ」
ごくり、と自分が喉の音がやけにはっきりと答えた。

……もういいです……とは、男のサガが言わせてくれなかった。

「…いつの間に、脱いだの」
しばらくの後。
あれから深夜の浴室で何度も交わり、この世のものとは思えない喜悦を幾度も味わい、気怠く火照る身体を持て余しつつ初春に声を掛ける。
――冷たい水を浴びたい。頭から。
「思えば脱げる」
言いながら、浴室に座り込んだその手にはいつの間にか扇子。…本当だ。
泡や、汗や、いろんなものでどろどろだったはずの手も、清い。
「艦のほうは、勝手に武装解除したりしてないんだよね…?」
「ふふ、心配するな。艦の状態はわれらの姿に反映されるが、われらの姿が艦に反映されることはない」
突然に艦の武装が落ちたりしたら、それこそ怪奇現象じゃな。そう言って初春は楽しげに笑う。
「……」
先刻気付いて――気になっていることがある。やっぱりいま、聞かなければならないだろう。
艦の自立した姿、人を介さぬ艦の意志。それは――。

「――僕たちが戦っているのは、君たちのようなモノなのか?」

ほ、と口と目を丸くしてこちらを見る初春。やがて特徴的な美眉を持ち上げにやりと笑い、
「さすがに若参謀、察しが良いの。だが、今は言えぬ」
やがて分かるであろう。初春はつぶやくようにそう言って立ち上がると、一瞬で全身に服と武装をまとう。
「さて、そろそろ夜が明ける。――ではの。港で待っておるぞ」
また――会えるのだろうか。
「当然。わらわは主の職場じゃぞ」
…いや、そうじゃなく。
「あいにくじゃが、艦長『代理』ではそうそう融通は利かせられんのぅ」
口を扇子で隠し、にやりと笑う。

出世せよ。待っておるぞ。

そう言い残して、初春の姿は朝の光の中に消えた。



あれから数ヶ月。艦長代理から特別参謀乗員に戻った僕は、艦と北方を回る航海中、彼女の姿を観ることは無かった。
相変わらず敵の正体も分からず、もやもやとした戦争を続ける日々。
それでもあの日から、僕の中で何かが変わったような気がしていた。

この航海から戻ったら、僕の目標となっていた辞令が待っている。
本日快晴なれども波高し。陸地から遠く離れた海上で一度大きく伸びをして、鉄壁に身を預けた。

背から伝わる駆逐艦・初春の鼓動は、今日はどこか温かいような気がした。


(Fin.)

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最終更新:2014年06月11日 22:21