提督×時雨5-700

雨、降り続く雨。また、僕は一人になってしまったのか。
帰りついて見れば、夜の帳も降り、待つ人などいないと思った。
艦隊壊滅の報はすでに届いているはずだし、僕一人では次の作戦もままならない。
だから、帰還を告げる気はなかった。
だけど、提督は待っていた。凄い人だ。
誰を待っているのだろうか。山城か扶桑、もしかしたら最上かな。何にせよ彼女たちは幸せだ。
次は何をするのか分からないけど、今日のところは休もう。
踵を返した刹那、雨音の他に音のなかったドックに足音が響いた。
「誰だ?」
当惑、困惑、そう言った感情が分かる。ああ、言わなきゃならないのか。
「時雨、ただいま帰還しました」
聞かれるのは他の娘の無事だろう。そう思っていた僕を提督は抱きしめた。
降り注ぐ水。雨ではなく、暖かいそれに驚いた。菊の紋すらない駆逐艦の無事に涙しているのかと。
良かった、本当に良かったと呟く提督を抱き返し、唇を奪う。触れるだけの接吻。
呉では、幸運は女神が接吻を交わす事で授けると言われているらしい。
僕の力なんて些細なものだけど、できるなら提督には生き延びて欲しかった。だから、何度も何度も接吻を繰り返す。
ああ、そうさ譲れない。譲れるはずがない。
だけど、よく見れば提督の目は虚ろで、僕を捉えてなどいない。
映るのは僕か、それとも誰かの偶像なのか。確かめるのが急に怖くなった。
だから、装備を外して一つに繋がろうとした。今くらいは、僕だけを見てほしい。それはおこがましいだろうか?
僕でない誰かを見ていたら、分かるはずだから。
手始めに提督の全身に接吻を加えて行く。寓話のように唇だけ無事などとはならないように。
額から足の先まで終え、目線を上げればそそり立つものが。良かった。きっと提督は僕を見てる。
一つに繋がり、腰を振り、はたと気づく。どうして提督の手は空を切っているのか。
ああ、そうか。そこにはないものを掴もうとしているのだね。
扶桑も山城も凄かった。僕だけではなく覚えているのだろう。
提督の薄い子種を体の中に感じ、虚しくなる。雨もいつか止むのだろう。けれど、その前に。
装備と一緒に置いた短刀を取り、緩やかに振り上げる。願わくば、止めて貰えるようにと。
崩れ落ちる提督の体を支えれば頭上に降り注ぐ赤い雨。あは、良い雨だ、僕もこれで行けるね。

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時雨
最終更新:2013年12月19日 20:40