提督×不知火、天龍、雷4-128

 『クズ提督の矜持 前編』



肌を刺す冷たい風がスカートを揺らし、手に持つ金属の錨が皮膚にくっ付くようだった。
プリーツがパタパタと、まるで旗がなびくかのような音を発して、武装の隙間を通り抜けた空気は不気味な唸りを上げていた。
黒く静寂な海の中、それら以外に物音はまったく感じられず、それでも耳を澄まし目を凝らしてどこかに隠れているはずの敵を探す。
骨まで染み入る寒さにしかし、雷は動じず海面に立っていた。
これまでの敵の圧倒的攻勢により、既に艦隊の半分は何らかの損害を被っていた。
後方、特に手ひどくやられていた響と電は遠くに退避し、中破した暁も最前線には立たせられない。実質的に雪風島風以外、
第六駆逐隊のメンバーの中で夜戦を敢行できるのは雷のみとなっていた。
耐えに耐え、そしてようやく訪れた日没は逆転の勝機足りえるものだ。今はただ、確実なチャンスをひたすらに待つ。
ようやくたどり着けたキス島の最果て、貧弱な包囲艦隊を取り逃がすことなど絶対にあってはならなかったのだ。
「二時の方向! 探照灯!」
島風の声が闇に響く。痺れを切らした敵艦は、遂にその姿をさらけ出した。
光の筒が右往左往し、雷達を照らそうとその光線を輝かせる。光の根元に向かって、三人の艦娘は一斉に動き出した。
動いた影に感づいたか、敵も何やら散開しだしたようだった。だがまだ完全に姿を捉えたわけではなく、
こちらは隠密行動を維持したまま接敵していく。足の速い島風は敵艦隊の裏側に回りこむように大きく迂回し、
残った二隻は正面をジグザグに進んでいった。
やがて敵ヘ級軽巡は、ようやくライトの円の中に正面二隻を入れる事ができた。向けられた砲身、そしてマスクに隠れた眼光。
だが後方に突如発生した水柱が、その注意を逸らしたのだった。
島風から発射された魚雷は、すぐ近くを航行していたト級軽巡へ着弾した。火炎の中悲鳴がこだまし、水面が真っ赤に光り輝く。
致命的な隙を逃すほど、雪風も雷も柔ではない。雪風による、息もつかせぬ四連装魚雷の一斉発射。
その爆風に身を炙られているへ級へ、雷はすぐさま接近、組み付いた。
爆ぜる火炎と轟音。赤と白のフラッシュが、闇夜を切り裂くような残光を刻む。
ゼロ距離からの十二・七糎連装砲による砲撃は、防御のために伸ばされたヘ級の右腕をいとも容易く吹き飛ばし、
血と油と破片とを盛大に撒き散らした。
猛烈な痛みにのた打ち回り、水面の波紋を広げていくヘ級。それを意にも介さず、雷は追撃の手を緩めない。
彼女は錨を握りなおすと、まるで野球のバッターのようにそれを後方へと振り被った。風きり音と同時、
振り抜かれた錨はマスクに覆われたへ級の顔面へ見事に命中。バキリという嫌な音の後、
弛緩した体はゆっくりと海中へ引きずり込まれていった。
「あぁ! フラグシップが! 待ちなさいよ!」
後方、瀕死のト級に引導を渡し終えた島風は、しかし全速力で後退しているもう一隻のへ級を見た。
持ち前の足で追いかけようとする彼女を、しかし雷は引きとめる。
「こっちも三隻やられてる。もう追いかけるのは無理だわ!」
見ると、たしかに残してきた三隻とは大分離れたところにいた。これ以上の追跡は、完全にはぐれてしまう可能性を発現させる。
島風は舌打ちをして、どんどんと小さくなる敵艦の背を睨みつけていた。



報告書を読み終わって、提督は何とか落胆の気持ちを覆い隠した。何よりも全員帰還できたことが喜ばしいのだから、
結果などどうでもいいはずなのだ。自分は椅子に座ったままの癖にそのような気持ちを抱くのはとても不謹慎で失礼なことだと、
彼はそう思ったのだった。
席を立って、ぼろぼろの艦娘たちに近づく。表情から容易に読み取れる悔しさを何とか解きほぐしてやりたくて、
一人ひとりの頭を優しく撫でていった。
「よく頑張ったよ。全員帰って来れたんだから充分だ」
次は負けないんだからとか、少し運がなかったのですだとか。提督の掌を受け入れながら、それぞれが思い思いに口を開く。
六人全員を撫で終わると提督は解散を命じて、補給と修復をするよう促した。
皆が続々と背を向けていく中、司令室に最後まで残ったのは雷だった。彼女は提督の机に積まれた書類、
その半分ほどを手に持つと寝具の上に腰掛けた。
「雷、そんなのは後でいい。というより、それは私が全てやっておくから君はさっさと補給しにいきたまえ」
提督は雷の近くによって、そう声をかける。損傷は無くても、出撃の後に書類仕事をさせるほど彼は人でなしではなかった。
だが雷はかぶりを振って、ぽつり言葉を吐く。
「ねぇ司令官。私達って多分もうすぐキス島を攻略できるわよね」
「……まぁ、そうだろうな。今日の報告を聞くかぎり立ちはだかる高い壁の、
そのてっぺんにようやく手を掛けることができたって感じだ」
「……駆逐艦の練度向上計画が始まって、私久しぶりに秘書艦になれて、本当にすっごく嬉しかったの。
それがもうすぐ終わっちゃうんだから、補給なんか時間がもったいなくてしてられないわ」
ずっと下げていた視線を提督に向け、更に続ける。
「今は、司令官と一緒にいたいの」
真摯な瞳が、ほんの僅か潤んでいるように見えてしまった。
どうするべきなのか、提督は考えを廻らした。何も浮かばないでも、とりあえずは微笑んでやって頭を撫でる。
少しでも彼女を満足させてやりたいと、そう思う気持ちは間違いなく本心からのものであった。
雷は目を伏せ、気持ち良さそうに息を吐いた。それからしばらくすると、提督の上着を引っ張って腰に腕をまわしていく。
密着する体の体温と匂いを感じながら、彼女はより深く抱きついていった。
「いつもと立場が逆だな」
苦笑しながらの言葉を聞いて、雷の頬は赤く染まった。
上目遣いに提督を睨む、その可愛らしい仕草に応えるように彼も背中に手を回す。沈黙の司令室には、
しかし暖かい空気が流れだしていた。
「そうだ!」
突如、提督が声を上げた。少し間を離してあげて、雷は続きを促した。
「明日、第一艦隊は臨時で休暇にしようか。少なからず負けたショックもあるだろうし、俺は一日中ここに篭る予定だったからさ。
一緒にいたいなら、応えてあげられる」
それを聞き、雷の顔は途端キラキラと輝く。さっきまでとは違う、明るい声音で彼女ははつらつと口を開いた。
「なら仕事は午前中に終わらせて、午後は一緒にお出かけしない?」
「お出かけ?」
「欲しいものがあるのよ。買い物に付き合って」
「ああ。別にかまわない」
「やったぁ!」
提督を突き飛ばしそうなほどの勢いで立ち上がり、彼女は扉めがけて走っていった。
補給してきまぁすという元気な声は幾分か心に安寧をもたらし、自分までをも愉快な気持ちにさせてくれる。
雷のために。提督は書類仕事に立ち向かう決意をしたのだった。



夜、執務室の扉がノックされた。音はやたらに大きく響き、攻撃性さえ感じられる。
少なくとも訪問者の機嫌が良いものでないであろうことは、想像に難くなかった。
入れという言葉の後、扉を開けたのは不知火だった。
それは習慣によるものであったから、提督はさして彼女がここに来たこと自体には驚きもしない。
しかし瞳に映る激情の原因には、皆目検討もつかなかった。
キス島の攻略作戦が始動した際、新たに編成された駆逐艦隊に不知火は選定されなかった。
第六駆逐隊の連携と、あとは単艦の能力の高い雪風、島風の二隻。それはただただ能率を求めた結果の決断であったのだが、
当然面白く思わない艦娘もいるのであった。酷く落ち込み沈鬱した不知火を文字通り慰めるために、
提督はその夜久しぶりに彼女を抱いた。以来、出撃のあった日の夜は必ず閨に訪れるのが、最早新習慣になったのである。
最近は不知火も、この逢瀬を楽しみにしているようだった。だから何か怒らせてしまったのだとしても、
それはキス島攻略関連ではないはずだ。一日を振り返り、海馬を絞ってみてもまったく何も思い当たらない。
「すまない」
とりあえずは謝る。それは提督の得意技なのだが、不知火はますます不機嫌顔になった。
「何がですか」
「怒っているようだったから。俺が何かしていたなら、謝りたい」
「不知火は、別に怒ってなどいませんが」
彼女は提督の机、山と詰まれた書類を一瞥するとくるり背を向けた。慌てて提督は立ち上がり、早足で彼女に近づく。
「お忙しいようなので、失礼します」
「待て」
言うや、一歩前に踏み出した彼女を提督は後ろから抱きしめた。離してください嫌だと言う応酬はしばらく止まず、
しかし目立った抵抗はなかったことから、その言葉が本心でないことは分かっていた。
「なぁ、何に怒ってるんだ。教えてくれ」
頭を撫で諭すように言っても、不知火は首を横に振るだけだった。髪を梳くように指を動かし、頬や顎に手を這わす。
彼女は心地良さそうに目を細め、それでも口だけはひたすら拒絶の言葉を吐いていた。彼女の匂いを嗅ぎながら、
首筋に、或いは髪の中に顔をうずめ、やたらに冷えた体温を感じる。
首を振ったり肩を動かしたり、そういったゆるい抵抗がむしろ興奮を高めるのであった。
しばらくの間そうした後、提督は彼女のわき腹を人差し指でなぞりあげた。
油断しきっていた不知火は突然の刺激に素っ頓狂な悲鳴をあげ、耳元では教えてくれと吐息交じりの言葉が囁かれる。
提督の意図を察したか、不知火の頬には赤みが差してしかしあくまで抵抗はない。
提督は彼女を反転させ、正面を向かせた上で壁に押し付けた。握った手首を持ち上げていって丁度頭上で交差させる。
片手はそれをしっかり固定し、開いたほうの手は首筋を優しく撫で降ろした。
不知火の口から息が漏れた。指が首を降りきると今度は鎖骨が、その窪みや骨の出っ張りが丁寧になぞられていく。
一方耳には口付けがされて、更に可愛らしい輪郭が舐められていったのだった。
喉が震えてしまうのかくぐもった小さな嬌声が、しかし確かに口から漏れ出していた。
「性感帯増えていってるね」
提督の屈辱の言葉に、彼女は睨むことで応じた。その視線、憤怒に隠れた期待の視線を受けて彼は、彼女の服に手をかける。

リボンが解かれ、ブレザーのボタンが外される。
あえて完全には脱がさず、肩に掛かったままにしているのはより辱めるためであった。
不知火の情欲は常にマゾヒスティックな刺激を求めているということに気が付いたのは、実は最近のことである。
ブラウスのボタンを上から外していく。面積を大きくしていく滑らかな白い肌。下着が付けられていないのも提督の命によるもので、
何か怒っていても約束は最低限守るというのは何とも彼女らしい所だった。
胸のふくらみ、谷間、へそ。ボタンを外し終わっても服を開くことはせずに、しばらくそのまま置いてやった。
スカートはホックを外し、容赦なく脱がした。スパッツの下に恐らくもう布はないのであろう、
不知火は膝を交錯させるような体勢でなんとか秘部を隠そうとする。彼女の目には涙が溜まり、
しかしそれはお互いにとって淫欲を高めるだけのツールになっていた。
「怒ってた理由、教えて」
頬を撫で、やんわりと顔を上に向けさせてから提督は再度言った。プライドは既に今までの辱めにより崩されていはしたが、
それでも不知火は頑なに首を横に振る。それは何も、彼女にまだ抵抗しうるだけの気力が残っているからではなく、
むしろこの陵辱されるような興奮をより深く味わいたいためであった。
提督はブラウスの胸元に人差し指を置いた。ふくらみを押したり撫でたりしながら、ゆっくりと指を横へと滑らせる。
あわや桜色の蕾が露出しかけて、しかしすんでの所でぴたりと止める。屈辱に下唇を噛んだ不知火は、しかしそれが悦なのであった。
高ぶりに息が荒くなり、それに羞恥を感じてしまう。
一旦指が離されて、肌の大部分は再び隠される。提督は先ほどまでブラウスに掛かっていた指を、今度は彼女の口へと突っ込んだ。
開かれた口の隙間からは悲鳴があがり、その喉の震えが感じられるようだった。
「どうすればいいか、分かるな?」
目を白黒とさせていた不知火は、この言葉を聞くとおもむろに舌を動かし始めた。
進入してきた指を舐めまわし猥りがわしい音を立てながら、ゆっくりとしゃぶり、吸っていく。
提督も時折指を動かしていって、口腔内を愛撫した。顎や頬が内側から撫でられる度、
彼女の開いた口の隙間からは小さな喘ぎ声が漏れ出す。
唾液が多分に纏わりつくと、それをなるべく零さないように指を口から引き抜いていく。指先から口元にかけて透明な橋が架かり、
しばらくの後、自重でそれは崩れてしまった。
滴り落ちるほどの粘液にまみれた人差し指を、提督は不知火の胸元まで持っていった。怪訝そうな彼女の視線を他所に、
彼はブラウスに包まれた婀娜やかな胸をゆっくりと揉んでいく。指の通った跡は肌色が透けて見えるようになり、
それを見て不知火はようやく、彼のしようとしていることに気が付いたのだった。
「やっ……いやぁ」
普段の姿からは想像もできない声音を聞いて、ますます提督は調子付く。再び口に入れられた指は、
さっきとは比べ物にならないほど無遠慮に口内をかき回した。戸惑う舌の動きなど微塵も気に掛けずに、好き勝手動かし唾液を掬う。
そしてそれが充分に纏わりついたら引き抜いて、まるで絵の具を塗りたくるかのように胸元を汚していった。
何回も繰り返されるとブラウスは粘液でぬるぬると滑りだし、次第に膨らみもその先端も、透けて完全に見えるようになってしまった。
「いい格好だ、不知火。先が尖っているのもよく見える」
あくまで布越しに乳首を撫でながら、提督はそう言ってやった。喘ぎ声混じりに否定の言葉が吐かれるが、
事実がどちらかなのかは明白である。摘んだり押し返したり好き勝手に弄び、否応無しに勃ったそれを知覚させると、
不知火は恥辱に涙を零した。
提督の指が胸から腹へ、そしてスパッツ越しの秘所まで順々に降ろされていった。
厚い布地越しにもそこが蒸れ、盛大に濡れていることは充分察する事ができる。軽くとんとんと陰唇を指の腹が叩いただけで、
彼女は体全体をがくがくと震わせた。
望みどおりに刺激は与えず、あくまで優しく秘部を撫でる。切ないのか、しきりに足を交差させ物欲しげな瞳を提督に向ける。
そんな不知火に彼は再再度、同じ言葉を投げかけた。
「怒っていた理由、教えて」

攪拌された思考では、一体何故意固地になっていたのかさえ、最早思い出せないのであった。
彼女はおずおずと口を開いて小声で語り始めた。
「し、不知火は昼に……第一艦隊が帰還した時、この部屋の扉の前にいました」
「うん。それで?」
「……報告が終わったらしく皆が外に出てきたのですが、雷だけがいつまで経っても出てこなくて、
不知火は、それで……それはきっと、中で司令と雷が何かしているのだと……」
「別に秘書艦と少し書類仕事の話をしていただけだ。彼女もすぐに出て行ったと思うが」
事実ではあるが全容の隠されたその言葉を、しかし彼女は信じたようだった。申し訳ありませんと蚊の鳴くような声があって、
提督はそんな彼女に優しくキスをした。お互いが目を閉じて、相手の唇を味わう。いつしか舌が口を割り唾液が交換されていって、
その甘美な味を堪能していった。
拘束していた腕を解くと同時、提督は不知火のスパッツを強引に脱がした。
全体が粘液で湿りぬめっているようで、露になった太ももの根元辺りは、蛍光灯の光をてらてらと反射していた。
自由になった彼女の手は、提督の股間に張ったテントを撫でていた。潤んだ瞳が、蕩けきった顔が提督に向けられる。
「もう我慢できません。ください。私の中に、入れて……」
甘えた声が耳に入ると、理性はかなぐり捨てられた。
提督は不知火を床へと押し倒した。寝具まで行く僅かな時間さえ、今の彼には惜しく感じられたのだ。
そしてその乱暴さに不知火も興奮を高めていって、抵抗せずにむしろ自分から足を開きさえする。
猛った肉棒が容赦なく挿入されると、彼女はそれだけで絶頂に達してしまう。ほぐれきった肉壷はひたすらに熱く、
腰を打ち付けるたびに、淫らな水音と淫靡な喘ぎ声が部屋に大きく響いていた。焦点の合わない瞳が天井を見つめ、
透けたブラウスに被さった胸が柔らかく上下に震えている。
その淫らな姿が劣情をひたすら駆り立てて、周りがまったく視界に入らなくなった。
相手のことなど気に掛けず、ただひたすら犯していく。細い体躯を強く抱きしめて、遮二無二腰を振っていくと限界はすぐ訪れた。
何も断りも入れてやらず、自身の欲望を中にぶちまけていく。好き勝手に汚されて、しかしそこに幸福を感じながら、
不知火は大きな嬌声をあげていた。



鎮守府は今日も晴天であった。
秋の風は海辺だとやはりかなり冷たくて、提督は押入れから引っ張り出したグレイの外套を着込んでいた。
日に当たれば寒さも和らぐが、鎮守府の正門前には残念ながら日なたは無い。目の前に一本だけ生えた松の木を、
彼は恨めしそうに睨んでいる。
集合場所を中ではなく外にしたのは、ひとえに不知火の事を気に掛けたためであった。
まさか昨日あんなことをした後で、雷と二人仲良く外出する様など見せられるわけが無かったのだ。
広い鎮守府内、ばったり偶然遭遇する可能性は低かったが、念には念を入れたのである。
待ち始めて五分も経たないうちに雷はやって来た。普段の戦闘用セーラー服を着ているだろうと予想していた提督には、
走ってくるその姿は意外に映る。
雷は可愛らしい黒のスカートにショートブーツを履いていて、上半身には凝った飾りのあるポンチョが纏われていた。
いい所のお嬢様だと誰が見ても思うであろうその身なりは、そういう方向に疎い提督でさえその気合の入れようを察するほどであった。
「随分可愛い格好だな」
開口一番にそう褒める。少なくともそれは礼儀で義務であろうと彼は思ったし、またその言葉自体も本心のものであった。
「私だって女の子なんだから! おしゃれ位するわよ」
雷は満更でもなさそうに笑顔で答えその場で一回転をした。
その彼女の姿を見ると、普段海で戦っている姿など一切想像できなくなってしまう。
いや彼女が普段戦いに赴く時に違和感がなかったのは、そもそも背中に大仰な武装がなされているからなのであって、
それが外されるだけでもただの女の子となってしまうのだ。
頭を軽く撫でた後、提督は行くかと声をかけた。雷は提督の手を取って、彼のすぐ横を足取り軽く歩き始めた。


雷の言っていた買いたい物というのは殴打用の錨であった。
先の戦闘でかなり損傷したらしく、もう古くなっていたこともあって新調することにしたらしいのだ。
鎮守府近くの大型ショッピングモール。そこの戦闘備品コーナーで可憐な女の子が品定めをする情景というのは、
何ともアンバランスで不似合いなものであった。
「私これにするわ!」
そのフロアにたどり着いておよそ三十分ほどの後、雷は棚に並ぶ錨の内の一つを手に取った。
提督には値札に書かれた値段以外どれも同じに見えるのだが、しかし細かい所で合う合わないがあるのだろう。
彼女はしきりに色々な錨を手に持っては棚に戻すのを繰り返し、その度に唸っていた。何かしらの決着が得られたらしく、
雷の顔から不満や妥協の表情は読み取れない。満足のいく一品であったらしかった。
「俺が買うよ」
雷の手から錨を取る。鈍く光る鋼鉄の塊は想像以上の重量があり、思わず取りこぼしそうになったのをなんとか堪えた。
雷はあわてて提督の手からそれを取り返そうと背伸びした。
「いいわよ! 私のなんだから私が買うわ」
「いつも何もしてあげられてないんだ。たまには俺も役に立ちたいのさ」
言い争いはその後もしばらく続いたが、手に物を持っている方が優勢なのは言うまでも無く、結局折れたのは雷の方であった。
彼女は提督に口惜しそうな視線を寄越し、それでも口元には笑みがあった。
その表情が見れただけで、払った金の分は充分に回収できたのだ。
「私だけだとなんか皆に悪いわよ」
「ここだけの内緒だな。これは」
梱包された錨を手渡し頭を撫で、彼女の言葉に答える。雷は頬を赤くして、ガラス細工を持つように錨を手にした。
にやけるのを我慢できないらしく、彼女の口の端はひくひく可愛らしく動いている。それを見て、提督も思わず笑顔になってしまう。

そのまま帰るのも惜しかったので、二人はしばらくモールの中を遊びまわった。間宮製のアイスを食べながら店を物色して回り、
必要なものがあったらその都度購入した。提督は兼ねてから欲しかった万年筆を安く入手する事ができ、
そのはしゃぎ様に雷は呆れながらも慈母のような目を向けていた。
あるいは趣味じゃない帽子を被ってみてその似合わなさにお互い噴出したり、眼鏡屋のサングラス一つで異様に盛り上がったり。
端から見れば仲のいい兄妹と思われるような様子で過ごしていったのだ。
二人が帰宅の途についたのは夕方、あと一時間もすれば日の沈む時分になってからだった。
海風が心地よく吹いていて、あの独特の潮の匂いをあたりに運んでいる。
アスファルトの道をゆっくり進みながら、言葉少なく二人は歩いた。
提督の右手、握った掌の温かさ。それを感じながら雷は、しかし思い出したくもない忌々しい記憶をリフレインさせていた。
今日のことは本当に楽しく、心から充足と幸福を感じていたのだが、いやだからこそそれは否応無しに脳内で再生されてしまう。
海風は不安感さえ運んだか、彼女は言い知れぬ憂鬱を胸に抱き始めてしまっていた。
「どうかしたのか?」
決して朴念仁ではない提督は、例によって目ざとくそれを感じたらしかった。一旦歩を止め、雷を見る。
彼女はしかし、それに答える訳にはいかなかった。
まさか情事に耽るならもっと声を抑えろなどと言う訳にもいかないのだ。昨日気を利かせたつもりでお茶を手に訪れた司令室。
その扉の前で彼女はその物音を聞いていた。
かねてからこの提督には、誰かしらそういうことをする相手がいるという噂は流れていた。
それを知らない駆逐艦など一人もいなかったし、雷も例外ではない。ただそれが一体誰なのかまでは判明しておらず、
様々な憶測が艦隊には飛び交っていた。秘書の正規空母が怪しいだとか、遠征の引率軽巡が怪しいだとか。
そんな中には確かに彼女の、不知火の名前もありはした。
第一艦隊に選ばれなかったことを慰めるために体を重ねているのだという根も葉もない噂を、雷も食堂で聞いた事がある。
司令室前での物音とそして聞こえた嬌声を、当時彼女は意外なほど冷静に受け止められていた。
やっぱりそうだったのかと言う納得感は、嫉妬やショックよりも先に沸いてきた感情だ。
物事がただ事実として受け入れられたからこそ、今自分の感情をどう処理すべきなのか雷には分からなかった。
雷は提督に顔を向けた。
「ねぇ司令官」
「うん?」
「私、司令官のこと好き」
その言葉は自然に口を割った。恥じらいも何もなく、呼吸と同じように漏れ出した。
一体それを言ってどうしたいとか、そういう打算はまったく無く、ただ発露させたかったのだ。
沈黙。さざ波の音がかすかに聞こえ、場は固まった。かなりの時間が過ぎ、ずっと二人立ち尽くした。
雷には彼が悩むということが理解できなかった。この告白の行き着く先はただ一つなわけで、
それをさっさと言おうとしない提督には怒りさえ沸いてくる。中途半端な優しさというのは、彼の魅力でもあり、
そして酷く残酷な所でもあった。
風の冷たさに意識が向くようになって、ようやく提督は口を開いた。
「もしそれが、俺もお前を愛するようになってほしいという要望だったなら、俺はそれに応えられない」
「不知火さんがいるから?」
その言葉に、驚きに目を見開く。そんな彼の様子を見ると、ますます腹が立つのであった。
誰にも知られていないと思っていたと言うことに、その自分勝手さに冷静な思考が失われていく。
「違う」
彼は言う。それを聞き、雷は握っていた手を離した。
「私、先に帰るから……お願い、ずっと後から来て」
涙は出ず、硬く握った拳の痛みだけが現実的な感覚だった。



鎮守府に戻り足の向かった先は、何故か自室ではなく司令室だった。
思考の方はさっきまでの提督の言葉に対するもので一杯一杯だったから、ここにはほとんど無意識的に訪れたということになる。
慌てて方向転換しようとして、しかし一抹の考えが頭をよぎり踏みとどまった。
今、司令室には誰もいないわけで、それは雷の好奇心をくすぐるには充分すぎる状況であったのだ。
罪悪感はあった。だが先ほどの提督からの仕打ちを思い起こすと、ある程度報復したいという気持ちも沸いてくる。
彼のプライベートを覗き込み、その後どうしたいのかまでは考えず、意を決して扉に手をかけた。
戸が開けられると、途端ガタッと何かぶつかったような音がした。その音に雷は吃驚してしまい、思わず体を震わせてしまう。
見ると、提督の机のすぐ脇には一人長身の女が立っていた。その女、不知火はスカートをパタパタとはたいて、
大分焦っているのか視線を猛烈に左右に振っている。
「えっと、何で不知火さんがいるの?」
至極まっとうな疑問に、しかし彼女は普段ではありえない狼狽様で言葉を探しているようだった。
「不知火はっ……その! えぇと……し、司令に用があってそれでし、不知火の、は……」
スカートの裾を気にしながら、ずっと同じことを繰り返し言う。よく観察してみると提督の机の角は少し光を反射していて、
どうやら粘液でぬめっている様だった。それが分かると、かすかに部屋に性臭が漂っている気もしてくる。
雷が悟ったらしいことを敏感に察知した不知火は、顔を青くしながら叫ぶように弁解し始めた。
「違うわ! 不知火は、その別に何もしていない! 本当に、何も……」
「見てない。大丈夫何も見なかったから私。本当に」
沈黙し意気消沈し、不知火は一言小声で謝ったあと近くのティッシュで机を拭いた。
羞恥と後悔によって彼女は窓から飛び降りたい衝動に駆られていて、油断をしたならすぐにでも慟哭、号泣してしまうのだ。
伏せた顔の頬辺りに感じる雷の視線を忍び耐え、最早頭は何も考えないようになっていった。
雷はというと最初、それをある種微笑ましく見ていたのだが、
少し考えてがまわってくると途端に複雑な感情に苛まれ始めたのであった。
不知火が提督の机で自慰をしたという事実ひとつが、色んな解釈で読み取れてしまうのだ。
勝手な想像に勝手に嫉妬したり怒ったりして、そういった連鎖は中々止まないようだった。
処理を終えたらしい不知火がそそくさと退散しようとするのを見て、雷は自身の感情に決着をつけることにした。
恐らくあの提督ではすっぱりと切り捨てる事ができないだろうと、彼女はそう思っていたのだ。
だからこの恋の終焉を告げることができるのは、もう彼女しか残されていないわけで、
そして機会としては周りに誰もいない今が絶好であった。
「ひとつ聞きたい事があるんだけど、いいかしら?」
努めて明るく彼女は言う。
「……何?」
「司令官と付き合ってるの?」
晒してしまった痴態への羞恥心から彼女を見れていなかった不知火は、
その言葉を聞くと目を見開きようやく初めて雷の方へ視線を寄こした。
しばらく彼女は顔を見つめて、果たしてその心の奥の真意を見抜いたか考え込むように目を伏せた。
「そういう関係じゃないわね」
まるで改めて自分で確認したかのように、ぽつり彼女はそう言った。
「え? どういうこと?」
疑問には答えず、いやその言葉自体耳に届いていなかったか、考え込むように下を向いて彼女は部屋を出て行った。
その背中を見送り、やがて思い起こされる事がある。
提督がやってくる前に、雷もそそくさと執務室をあとにしたのだった。



夕飯が終わり雷は執務室の奥、物置に隠れ潜んでいた。意味深な不知火の発言と提督の真意を見極めるには、
この方法が一番だと思われた。それは明確な背信行為であったわけだが今日諸々の感情、怒りか嫉妬か。
そういった負の方向のものがミキサーにかけられたかのような強い感情の元では、罪悪感など薄れてしまうのだ。
事実を明かしたい一心で、彼女はこの悪事に手を染める。細められた目はひたすらに、机に座って仕事を進める提督を見つめていた。
提督が机についてから二十分は経った頃、執務室の扉をノックする者があった。書類に目を通しながら、提督は入れと言う。
出入り口の方まで視界が無いため雷は最初、訪れた人物が誰なのかまったく分からなかった。
しかし声と、その特徴的な話し方が聞こえるとすぐに特定する事ができた。
「お疲れ。雷に用があるんだけどいるか?」
馴れ馴れしくまるで自室にいるかのように、天龍は提督の側までよって机の隅に腰掛けた。
部屋をぐるり見渡しながら、目的の人物を探し始める。まさか彼女も、雷が物置で提督をこっそり覗き見ているとは予想だにしていないのであろう。
ひとしきり部屋を見渡して彼女の不在を知るや、不思議そうに首をかしげた。
「あれ? いないのか」
「ああ。いない」
「あいつ今秘書艦なんだろ? 仕事ほっぽり出してなにやってんだ」
「今日は彼女、非番だよ。用があったなら後で会ったら伝えるけど」
「いや、別にいいや。てか、たとえ非番でもあいつならお前のとこに引っ付いてると思ってたんだが」
「……少し、色々あったんだ」
「……またそういう類のやつか」
本人を前には言えないような会話を盗み聞く。その行為に、雷は言いようも無い高揚を感じていた。
言葉の一つ一つをしっかし噛み砕きながら、何も聞き逃さないように耳を立てる。高鳴る心臓を抱えて、彼女は目を細めた。
天龍が机を降り、提督のすぐ横に移動する。そのために彼女の姿ははっきりと見えるようになった。
一体何をするのかと期待に胸を膨らました雷には、しかしその後の光景はかなりショッキングに映ったのであった。
天龍はすっと身を屈ませたと思うと、提督の膝の上に馬乗りになった。
それを見、思わず悲鳴が上がりそうになったのを、雷は口を手で塞いでなんとか耐える。
天龍はそのまましな垂れかかり、提督の後頭部に手を持っていく。やんわりと上を向けさせると、躊躇も無く唇が重ねられた。
普段一度も見たことのない表情。どちらかといえばがさつなイメージを抱いていたために、その姿には驚愕であった。
啄ばむようなキスは段々と深いものになっていき、彼女の表情は口元が濡れていくのと比例してどんどんと蕩けていく。
目じりが垂れ、あの鋭い目つきもなりを潜め、甘い吐息の音が離れた雷の耳にまで届く。
提督が天龍の肩を押し、一回それは中断された。
「まだ仕事中だぞ。俺は」
「堅い事言うなよ。オレとはご無沙汰だろう? なぁ、お願いだからぁ」
「駄目だ。頼むからどいてくれないか?」
「フフフ……嫌だ」
まるで恋人同士がするような、そんな睦みあいだった。
現在の状況にも随分驚かされている雷ではあったが、『オレとは』という言葉が何よりも衝撃的であった。
察しのいい彼女はそれだけで大体の状況が飲み込めて、提督の言葉、不知火の言動全てに合点がいったのだ。
「最近は不知火ばっかりかまいやがって」
「すまん」
「反省してるなら行動で示して欲しいんだがなぁ」
天龍の手は提督のシャツにかかり、その細い指が隙間から中に入り込もうとする。しかしそれは彼の手によって阻止された。
「我慢してくれよ。頼む。もうすぐかまってやれるようになるからさ」
「どうせ雷も抱くんだろ? 色情魔が」
「それはないよ。本当に」
あくまで天龍に向かった台詞は、しかし雷を打ち貫く。夕方、気持ちに応えられないと言われたことが思い出され、
それが急に今更になって涙をせりあがらせた。何故という疑問はかなりの痛みを伴って、雷の胸中を浸食し始める。
「オレ知っているんだぜ。普段、あいつとこうやっているだろ」
天龍は意図せずに、彼女を更に追い詰めた。提督の頭が豊かな胸に導かれ、そしてゆったりと埋められる。
右手は頭を優しく撫で、左手は背中に回される。
偶然の挑発的行動は、たしかに雷を怒りで震え上がらせた。役割を奪われたかのような光景に、
彼女は奥歯を噛み締めて拳を強く握りこむ。早く離れろと念じながら、見たくも無いものをしかし見続ける。
自分の居場所の無さに、鬱屈した思いは溜め込まれていったのだった。



どれほど時間が経ったか、ようやく天龍が司令室を去ると雷の感情は爆発した。
我慢や理性といったものは消失し、もはやその波を留めるものはなにもない。
勢いよく扉を開け放ち、ずかずかと机の前に躍り出る。吃驚したまま固まっている提督を他所に、雷は感情のままに言い放った。
「どういうこと!? 説明して!」
「雷? いつから、そこに?」
「ずっとよ! ずっと見ていたんだから。ねぇ説明して」
彼女の剣幕に押されながら、しかし提督は表情を変えなかった。
状況が後から飲み込めると、いつも通りまったく普通の様子で口を開く。そしてその態度は、彼女の怒りをより燃え上がらせた。
「見ていたのなら、まったくその通りだよ。俺は複数の艦娘と関係を持っている」
「そっちじゃないわよ! なんで、私だけ除け者にしているのかって聞いてるの!」
一瞬だけ空いた間の後、提督は首を傾けた。
「除け者になんかした覚えないが」
「したじゃない! 私にだけ……私の気持ちには応えないって」
「君を愛せないと言っただけだ」
「同じじゃないのよ!」
頭を振るたびに涙は飛び散り、足元に見えない跡を残した。悔しさと惨めさの発露であるそれは、留まることなく溢れ出す。
提督は立ち上がり彼女に近づいたが、当然突き飛ばされ距離を置かれる。
しばらくの間雷は泣きじゃくり、そしてそれを提督は眺める事しかできなかった。
泣き声が収まり始め、それでも目元にやった手を除けない彼女に提督はぽつり言葉を吐き始めた。
「お前だけを愛せないわけじゃない。俺は別に不知火も天龍も愛してはいない」
「じゃあ何で抱いてるのよ。私聞いていたから。私のことは絶対に抱かないって聞いてたわ。どうして私だけ……」
再びの沈黙。思考の部分で冷静さを取り戻した雷ではあったが、だからこそ怒りの感情はやまなかった。
理不尽な仕打ちに情けなさを覚え、そしてそのような気分にさせるこのどうしようもない男にあわや殺意さえ抱きそうなのである。
そんな彼女の様子を見て、提督は自身の説明義務を誠実に果たす決意をした。一度息をゆっくり吐き出した後、口を開く。
「昔、加賀が轟沈しかけたことがあった」
語りだした彼の真剣な表情を、雷は見た。視線で続きを促して、落ちる涙を手で拭う。鼻をすすり、黙って彼の言葉に耳を傾けた。

「秘書だったお前の後任に加賀を任命したのは、当時最も不足していた装備が航空機だったからだ。
思い入れとかそういうのはまったく無かったんだが、まぁ相性が良かったんだろうな。接する時間が増えると俺らは随分仲良くなった。
彼女と一緒にいる間は凄く楽しく思えていたんだ。
その気持ちというのが段々恋慕の情に移り変わっていったのを俺は感じていたし、多分向こうも、
俺を慕ってくれた感情に名前をつけたなら、そういったものだったんだろう。お互いにそれを感じていた。
きっとそのまま、下手すれば恋人になってたのかもしれない。
そんな折、彼女が轟沈しかかった。提督という職についたなら、艦娘が沈みかけるなんて何度も経験することだ。
向かっている先は戦地であって、いつも命がけで戦ってもらうわけだからな。ただ当時の俺には初めての経験だったんだ。
身にしみて理解したよ。俺には艦娘を愛する事ができない。明日海の藻屑となって消え去るかもも知れない子に、
いちいち情を感じてなんかいられない。送り出したその姿が最後目にする姿なのかもしれない。
華々しい最期どころか遺体も見ることはできない。恋愛感情なんか抱いたら、もう辛くてこんな職業勤まらないんだよ。
だから、俺はお前の気持ちには応えられない」
「じゃあ、なんで抱いているの。加賀さんも、抱いているんでしょう」
「入渠の終わった後、それでも彼女は俺を求めた。提督の職というのは艦娘に奉仕することだ。
環境だけじゃなくてメンタルも整える必要がある。
もしそれで、明日死にに行くのに少しでも後悔が薄まるなら俺は抱くよ。愛するということ以外なら、俺は何でも彼女達に尽くす。
そういう着地点を俺は見つけたんだ」
間。提督は視線を背けると付け足して言った。
「見損なったろ。お前はもっと見極める目を鍛えるべきだ。俺みたいなダメ男に純情を捧げるもんじゃない」
雷の荒立っていた感情の波は、恐ろしく静かになっていた。後から抱いた気持ちは何なのか。
見損なったかと聞かれると、答えに窮してしまうのだ。
見る目は変わったのだろう。彼の本質、その一部がようやく分かったのだった。清濁含めたそれを見て、抱く気持ちは形容できない。
しかし恋が終端に向かったとは、どうやら言えないようだった。
雷は提督の両肩に手を置くと、思いっきり体重をかけた。突然増大した重力に、堪らず提督は膝をつく。
低くなった頭を彼女は、包み込むように抱きしめた。
「これは、私の役目だから。これだけは他の人にやらせないで」
提督の頭が縦に振れるのを腹に感じ、すると充足感が溢れてくる。たかだかこの程度のことでと随分軽い自分に嫌気もさすが、
しかしそれが恋という物のどうしようもない所であった。いかに相手がダメであっても、いやむしろだから許してしまうという事が、
満足に繋がってしまう。
「どうせこの後天龍お姉さんのとこ行くでしょ」
雷の言葉に提督はまったく無反応だった。それでもいいと彼女は思い、そして更に続けた。
「私はここで待ってるから」
いつか愛しているという言葉を引きずり出す。そういった決意のもとに、彼女は恋慕を再認識したのであった。

 

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最終更新:2014年02月08日 23:16