『瀬野家の人々』 白の話-1 2014年3月


        <<柊久美視点>>

「ね、ね。久美、あれって式場か何かの宣伝かな?」
 春休みの夕方、待ち合わせの場所のすぐ近く。
 あまりにも目立つし、わざわざ指でさされなくても目に入ってる。

 最初はウェディングドレス姿のマネキンが、人通りも多い駅の通路上にぽつんと置かれてるのかと思う。
 ……けど、よくよく見ると違うぽい。
 純白の衣装はゴスロリで、それを身に付けてるのはビスクドールのようなお人形さん。

 フリルとレース満載の膝下丈のバッスルスカートとブラウスの上に、リボンがいっぱいついたコルセットジャンパースカートを重ねている。
 その下から覗くタイツと靴も含めて、一式すべてが雪のような純白の衣装。
 小さな女の子が見たら目を輝かせそうな、とっても可愛らしい少女趣味な世界。

 等身大、というには少し大きい感じ。
 背が低い私たちからだと見上げる位置に、綺麗に化粧された愛くるしい顔が載っている。
 生身の人間ではあり得ない、ウェストの細さと陶器めいた白い肌が殊に目を引く。
 でもなんだかこのお人形さん、どっかで見覚えがある気がする。

 そんなことを考えたとき、そのお人形さんは私たちのほうを見て首を傾げて“きょとん”としたあと、にっこりと笑って軽く手を振ってくる。
「朋美さん、久美さん、お久しぶりですっ☆」
 視界一面が花咲き乱れるように錯覚するほど、可憐で華やかな笑顔。

「……アキちゃん?」
 先に我に返ったお姉ちゃんが、おずおず、といった調子で尋ねてみる。
「はーい☆ アキですっ。あーん。人違いじゃなくて良かったぁ」
「うわあっ。まさかこんなところで会えるだなんて。お久しぶりですー」

『まるで生きた人間のような、精巧なお人形さん』
 改め
『まるでお人形さんのような、愛くるしい美少女』
 に2人で近寄り、挨拶を交わしてみる。

「1年前、中華街で会っただけですよね。まさか覚えててもらえてるとか、感激ですー」
「まだあれ1年前なんですねっ。もー、何年も経った気分です」
「あのあと、愛里さんとアキちゃんがデビューしたんで、ほんとにびっくりしました」
 この綺麗すぎる3姉妹にはほんと、驚かされることばかり。

 一番驚いたのは、『AKI』っていう芸名で活躍中のこのアキちゃんが、お姉ちゃんと同い年だった、という事実を知ったときかもだけど。
 最初会ったあと、『小学生なのかなぁ? 最近の小学生発育いいっていうし』なんて会話した記憶あるのになぁ。

「あの、ひょっとしてこれって何かの撮影中だったりします?」
「そーんなことないですよっ☆ だったら声かけてないですし」
 つまりこの可愛すぎる純白のロリィタ衣装は私服なのか。

「これ、すっごくいい服ですね。デザインとか素敵です」
「いーですよねっ☆ 前にお仕事で行ったお店の人がプレゼントしてくれたんです」
 スカートを指先でつまみあげて、くるりと一回転してみせてくれる。
 テレビ越しでも常々思ってたけど、この人顔も表情も仕草もほんっとーに可愛すぎる。

 目のすぐ前で繰り広げられる光景に、姉妹で思いっきり見惚れてしまう。
 私は本当に、この子と同じく子宮がついてるんだろうか?
 ガサツで可愛くなくて、ちっとも女の子らしくない自分が恥ずかしくなってみたりする。

「生地もいいですねえ。……触ってみていいですか?」
「どうぞどうぞっ☆」
 おずおずと指を伸ばし、前が開いたデザインのジャンパースカートのベルベットと、その間から覗くティアードスカートのコットンサテンの手触りを確認する。
 生地見本で憧れていたけど、実際の衣装として使われてるのは初めて見た素材。
 もっと堪能したいけど、繊細な生地を傷めそうでそっと指先を離す。

「ひょっとして久美さん、こーゆーの興味あります? 今度あるイベントなんですけど……」
 そんな私を見てたアキちゃんが、ふと気づいたようにチケットを取り出して差し出す。
「あっ、興味ありますっ! 大有りですっ! 欲しいです。
 ……おいくらでしょう?」

 突然はしゃぐお姉ちゃんを引き寄せ、小声で会話してみる。
(お姉ちゃん、そのチケットはもう買って、うちにあるでしょ)
(何言ってるの。アキちゃんから直接買えるんだよ? 額に入れて飾るに決まってるでしょ)

 姉のミーハー心に呆れながら、
「プレゼントで構いませんよ?」
「そんな悪いですからきちんと払わせてください」
 なんて会話を聞き流してみたり。

「朋美さんと久美さんは、今日はどうしてこちらに?」
 しばらくそのイベントの話で盛り上がって、少し落ち着いたころアキちゃんが訊いてくる。

「えぇと、親戚の子がこちらに来るんで、その待ち合わせです」
「奇遇ですねっ☆ あたしも今お姉さまとの待ち合わせなんです」
「……わぁ。ってことはつまり、このまま待ってたらナマ悠里さんと会えるんですか?」

「こら、久美。アキちゃんのプライベートに突っ込むのは失礼でしょ」
「あっ、ぜんぜん大丈夫ですよぉ。朋美さん、お姉さまのファンでしたっけ?」
「あー、いやその」
 姉妹2人で顔を見合わせたりしてみる。

「あれから色々ありまして、今は私のほうが悠里さんのファンなんです。
 で、そのお姉ちゃんは今アキちゃんのファンだったりします」
「いや瀬野3姉妹のファンなんですよ? ……でも一番好きなのはアキちゃんかなぁ、って」
「ありがとうございますっ☆ わぁ。光栄です」

 頭を下げてぺこりとお辞儀する。そんな仕草さえとても可愛い。
 脱色ものでない、自然な淡い色の髪がさらりと零れる。天使の輪がとてもきれい。
 この人は髪も肌も、こんなにも綺麗だっただろうか?
 1年前も可愛い子だなと思ったけど、記憶にあるよりずっと素敵で華やかな少女。

「あ、一昨日のドラマも見ました。アキちゃんとってもとっても可愛かったです」
「わぁっ。ほんとにもう、ありがとうございすっ☆ ○○さんかっこよかったですよねえ」
「いやお姉ちゃん、主演なんかほったらかしで、
 『アキちゃんまた出た』
 『アキちゃん可愛い』
 『アキちゃんもっと映して』
 ばっかりで」

 そのドラマで、私立小学校の女子制服を着て赤いランドセルを背負って、ごくごく自然にサブヒロインの『発育の良い女子小学生』そのものに成り切っていたアキちゃん。
 実際には高校卒業したてなのに、エキストラの子役たちに普通に混じって小学校の授業風景の撮影とか、どんな気分だったのだろう。

「あはは。ありがとー。他の生徒役の子たちから可愛がってもらった、楽しい撮影でした☆」
「けど不思議ですね。テレビの中で憧れてた人が、目のすぐ前にいるなんて」

 そんな話をしてるとき、突然「お姉さまっ☆」とアキちゃんが手を振り始める。
 あたりの空気が光放つように錯覚するほど、とっても眩しい純粋な笑顔。
「アキちゃん、待たせちゃってごめんね。こちらの人は?」
 現れたのは、黒いジーンズ姿のとっても“きれい”な男の人。

「瀬野……君?」
「お姉さま、お仕事お疲れさまです。以前、お姉さまも一緒に会いましたよね?
 俊也さんのクラスメイトの柊朋美さんと、その妹の久美さんです」
「ああ、なるほど。こんな格好でごめんなさい。俊也じゃなくて悠里です。残念だったかな?」

 なんで一目で分からなかったんだろう?
 テレビで何度も見た通りの、いやそれよりはるかに美少年すぎる、瀬野悠里さんの男装姿。
「わ、わ、わ。ゆーりさんだ。ゆーりさんだ」
 我ながら意味不明すぎる感動の言葉を、でも穏やかな笑顔で受け止めてくれたりもする。

「──ドラマずっと見てました。最終回とか、意外過ぎてびっくりでした」
 やっと頭に浮かんで口にしたのは、この間最終回を迎えたばかりの連続ドラマ。
 悠里さんが演じた主人公のライバルはあまりに魅力的で、クラスでも大人気だったのを思い出す。
「ありがとう。感想もらえるのは嬉しいな」

「実はですね、お姉さまはあれ、うちでは不本意だ、ってずっとこぼしてたんですよ」
「もう、アキちゃん。それ他の人に言わないでもいいでしょうに」
「『誰が見ても嫌な女』って役だったのに、人気出ちゃって。
 脚本も途中から予定と随分変わってしまって申し訳ない、っとかなんとか」

「「へぇ~」」
「そうなの。私は指定された役すら演じられないんだなあ、って実は少し凹んでるの。
 ……って、ごめんね。こんな愚痴めいたこと言って」
「いや、そういう裏話、とっても面白いです」

 「これから事務所に行くからごめんなさいね」と謝りつつ、立ち去っていく2人。
 ドレスを纏ったビスクドールのような、童話のお姫様のようなアキちゃんと、すらりと細身の王子様のような悠里さん。
 素敵な新郎新婦のようにも見える。
 ここがキャットウォークの上であるかのように、優美に歩く後ろ姿に見惚れる。


「ごっめーん。待たせちゃったね」
「理沙ちゃん、遅ーい。
 時間通り来たら悠里さんとアキちゃん見れたのに、もったいない」
「え? ユーリ……ってどのユーリ?」
「モデルの瀬野悠里さんと、その妹さんの瀬野アキちゃん。知らない?」

 待ち合わせ時刻から遅れて登場した、従姉の杉本理沙ちゃん。
 何年か前までギャルをしていて、『もう卒業したからー』と今は普通の女の子の格好してるけど、言動からは正直ギャルがあんまり抜けてないと思う。
「あー。“その”悠里かぁ。……まぁいっか。今更顔会わせてもしゃーないし」

「え? ひょっとして知り合いとか?」
「昔、アタシこっちに住んでたのは覚えてるよね? その頃のクラスメイトなんだ」
「へぇー。そんな偶然てあるんだ。
 悠里さんの弟さんに俊也君て人がいて、わたし中学高校と同じ学校だったの。
 クラスメイトになったのも何回かあったり」

「俊也、かぁ。まさかこんなとこであいつの名前がでるとはねぇ。
 そういえば悠里には聞いてみたかったんだよな。愛里って実は女装した俊也じゃないんかって」
「いーや、瀬野君と愛里さんは別の人よ? ねー、久美」
「そっかあ。考えすぎかぁ。……ま、立ち話もなんだし、飯食いに行かない? 腹減った」



「もうかなり前だけどさ、俊也君にギャルの格好させて一緒に遊んだことあったんだ」
 食事のオーダーを済ませたあと、理沙ちゃんが話を再開した。
「それ、女装ってこと?」
「そゆこと。下着までばっちり女の服着せてさ、メイクしてウィッグかぶせて」

「瀬野君、あんなに女装いやがってたのに、そんなことしてたんだ」
「そんときゃ、大喜びで女装してたけどな? すんげーノリノリだったし。
 でもまあ、あれ5年くらい前だっけ? さすがに今は男らしくなって女装も似合わなくなってるよな」

「そんなことぜんぜん。文化祭でわたしたち男女逆転メイド・執事喫茶やって」
「ほんで俊也がメイド服着て似合ってたって話?」
「いやそれは嫌がって、結局他の女の子たちに混じって執事の格好してたんだけど」
「す……っごい美人だったよねえ。『ザ・男装の麗人』って感じで。口紅引いただけなのにね。
 ちょっと待って。その時の写メ、残してたはず」

 スマホを取り出して、文化祭に遊びに行って撮った写メを見せてみる。
「ぶっ、すごいな。今でも悠里と同じ顔なんだ。
 この隣の子、可哀そうなくらい引き立て役」
「一応、その子がその年のミスコン優勝者なんだけどね」
「なんだろうね。こーゆーの見てると、性別ってナニ? って気になるよね」

 その後もひとしきり文化祭の時の話で盛り上がって、俊也さんがギャルになった日の話に戻ってくる。
「その日会ったメンツ、そういえばそのあとちょいちょい遊ぶ仲になったんだよなあ。
 流星あたりからは散々せっつかれたけど、俊也はそのあと結局1回も来なかったっけ」

 そう言って語り始めた理沙ちゃんが話し始めた内容は、とても信じられないようなことばかりで、あまりに日常的で非日常的な冒険譚に、すっかり引き込まれる私たちがいた。



『瀬野家の人々』 白の話-2 2014年5月


「詩穂さん、結婚おめでとうございます」
「ありがとう、久美ちゃん」
 それからあっと言う間に時間が過ぎて、アキちゃんからチケットを買ったイベントの当日。
 待ち合わせの喫茶店、従姉の詩穂さんと、その婚約者の西原雄一郎さんと挨拶を交わす。

 詩穂さんの恋人としては知ってたけど、結婚が本決まりになってからは初めての顔合わせ。
「朋美ちゃん、こんな素敵なイベント紹介してもらってありがとう。
 詩穂が着るウェディングドレス、どんなのがいいか迷ってたから、ちょうど良かった」
 小柄で細身、社会人なのに『美少年』って感じの雄一郎さんが穏やかに笑いながら言う。

 でも前の理沙ちゃんの言葉が本当なら、この人が“ユウコ”なわけで。
 思わずじっと見つめてしまったりもする。
 確かに色白で肌も髪も綺麗で睫毛も長い。
 今まではそういう目で見たことはないけど、確かに女装すればそうとうな美人になりそうな気もしてくる。

「遅れてごっめーん」
 予想してたよりはやや早めに、時間にルーズなあの人が到着。
 後ろにもう一人、やたらに細身の知らないお姉さんが付いてきている。
「おー、詩穂に雄一郎か。むちゃ久しぶりー。この子らが話してた従妹たち?」

 緊張感をほぐすような柔らかな笑顔で、そのお姉さんが話しかけてくる。
「うん、こっちが朋美でこっちが久美、アタシらの従妹。で、こちらが前話したサーシャね」
「どもっ、初めましてサーシャっす。お邪魔してごめんね。ほんでこれが、ご依頼の品」
「……わっ、サーシャさんやめてください。勘弁してください」

 彼女が差し出したタブレットの画面を、雄一郎さんが軽く悲鳴を上げて手で覆い隠す。
「あら、これから私たちみんな身内になるんだから、隠し事はなしにしましょうね?」
「そーそー♪ ほい、こっちもあるから」
 理沙ちゃんが紙袋からプリクラを取り出して、私たちに手渡す。

 今となっては少し懐かしい、ギャル系の格好をした理沙ちゃん。
 その隣に、少し拗ねたような表情で、色っぽい系のすんごい美人が写っている。
 恥ずかしそうに目を背ける雄一郎さんと、写真の中の女性の間で視線を往復させてしまう。
 確かに面影がある。でもとてもこれが男とは信じられないくらいの、見事な美女ぶり。

「いやこれはね、理沙ちゃんとかに無理やり女装させられて……軽蔑した?」
「軽蔑、ってなんでです? こんな美人になれるだなんて、尊敬しちゃいます」
「……そ、そうなの?」

 お姉ちゃんの言葉に目をぱちくりさせる雄一郎さんの手をのけ、タブレットを鑑賞する。
 どこかやや暗い室内で撮った集合写真。8人の男女がポーズを取って写ってる。
「アタシとサーシャは分かるよね? で、これがユウコで、こっちがトシコちゃん」
 理沙ちゃんの指先にいる、豹柄の服を着てギャル系の濃い目の化粧をした金髪の超美少女。

 駅前に一人で立ってたら、3秒でスカウトが飛んで来たという武勇伝も今なら良く分かる。
 悠里さんを若くして、ギャルの格好を着せたらちょうどこんな感じになるんだろうか。
 これが本当は男の人なんて──そう思うと、なぜか胸がドキドキしてくるのを覚える。

 女性(?)陣の話や、ギャル女装俊也さんのプリクラで盛り上がったあと、男性陣の話へ。
「これが京介。ユウコが男って知って人間不信になりかかったけど、今は通ってた剣道場の娘さんを恋人にしてリア充やってる。
 大学院卒業したら結婚って言ってたっけ」

「このでかいのがヨッシー。家業の酒屋継いでたよね。
 で、この眼鏡……誰だっけ?」
「覚えてねーんかい。直樹だよ。
 『仕事辞めたい』ってメールは時々来るけど、『辞めた』って話は聞いてないからまだSEのまんまじゃないかな。
 んでラストのこいつが……」
「うわ、すっげー奇遇。なんでお前らこんなとこいるん?」

 そこまで話が進んだとき、伝票を持った軽そうな男性が声をかけてきた。
「『噂をすれば影』すぎっだろ……こいつが流星。最後の1人」
「こっちがアタシらの従妹の朋美に久美。あんまり似てないねとか、似てるのは身長くらい、ってよく言われるけど」
「初めまして久美です。お噂はかねがね」
「朋美です」

「やぁ、初めまして。アカギ・リューセイっす。ユーイチは今日はユウコしてないんだね」
「もう結婚ですから、流石にそういうのは止めますよ」
「……あら、『誰と』結婚すると思ってるのかなー?
 休日はもうずっとユウコになってもらうからね」

 「勘弁してよ」と雄一郎さんは言うけれど、言葉とは裏腹の表情で色々分かってしまう。
 ゴチソウサマです。

「まー、色々話したいことあるけどさ、オレそろそろ用事あっからメンゴな」
「あらこんな時間。私らも行かないと……ひょっとして同じ目的?」
 詩穂さんが見せたチケットに、「あー、それそれ」と頷く流星さん。
 結局会場まで移動しながら会話を続けることに。

「けど珍しいよね? 男1人で来るようなイベントじゃないっしょ」
「トシコちゃんが出るんだもん。可能な限り押さえるよ」
「アンタまだフリーターよね? よく金続くよね」

「トシコちゃん……ですか?」
「うん。さっきあの写真見てたってことは、教えてもらってるよね?
 セノ・アイリって芸名で、今回のイベントにも参加してるの。知らないかな?」

 トシコちゃん=俊也さんは男の人で、愛里さんはよく似てるけど女の人だから別人。
 流星さんはそのことをまだ知らないんだろうか?
 教えたほうがいいのか悩んでみる。

 ……そういえば雄一郎さんのほうは、トシコさんの正体は知ってるんだろうか?
 さっきの話ぶりだと、サーシャさんは知ってたようだけど。

 少し興味が湧いてきて、少し後ろのほうで歩いていたグループに合流して、雄一郎さんにさっき浮かんだ疑問をこそこそ質問してみる。
「うん? それは一応知ってる……その日の夜に教えてもらってね。
 とても信じられなかったし、世界の終わりみたいな気分がしたよ。正直、今でも半信半疑」

「雄一郎さんもあれだけ綺麗に女装してたのに?」
「写真だとそれなりに見えるかもしれないけど、断然レベルが違うから。
 流星さん、初日からボクを男と見抜いてたけど、今でもトシコさんは女の人だと信じてるわけだしね」



 ほぼ満席のイベント会場。
 チケットの関係上、みんなとはバラバラになって、お姉ちゃんと2人で席に着く。
 テンポのよい諸注意とオープニングイベントを挟んで、いよいよ舞台の始まり、始まり。

 一番手として、プリンセスラインのウェディングドレスを纏った“その人”が現れると、会場が歓声にどっと沸く。
 一拍遅れて名前がアナウンスされるけど、そんなものなくても知っている。
 日本で今、たぶん一番有名なモデルさん。
 つけてるイヤリングを除けば白一色の、でもあまりに豪奢すぎるドレス。
 リズミカルに、でも優美に歩みを進める姿に、全会場が惹きつけられるのが分かる。

「あのイヤリング、ピジョンブラッドかなあ。本物だよね。綺麗だなあ」
 ──若干一名すぐ隣に、周囲と違う注目してる人物がいるけれど。

 大きなスカートをふんわりと膨らませ、くるりと回ってポージング。
 続いて彼女よりは知名度が少し下がるけど、やっぱり有名なモデルさんが登場する。
 テレビや雑誌やカタログで見慣れた方々。
 でも間近でみる実物はやっぱり輝きが違う。勇気を出して良かったと思う。

 彼女も纏うのもまた、華やかなプリンセスラインのドレス。
 大きく大きく広がったティアードスカートが印象的。
 トップの人と同じく、彼女自身がプロデュースする専門のドレスのブランドを既に持ってるだけあって、やっぱり手慣れた感じがする。
 そのあとも続々と登場するモデルさんたち。
 知名度の高い低いはあるけれど、どの人も素敵すぎて目が離せる瞬間がない。

 これは、モデルさんたち本人がデザインしたドレスを纏って登場する、ウェディングドレスのファッションショー。
 皆それぞれに眩くて、瞬きするのも忘れてしまいそう。

 全体に『女の子の夢』を具現化したような、プリンセスラインのドレスが多め。
 ありがちなだったり、逆に奇をてらいすぎてたりするのもあるけど、それもまた愛嬌。

 すっ、と、舞台の両袖から2人同時に登場し、真ん中に歩み寄って軽く手を合わせる。
 (個人的に)待ちに待った悠里&愛里さんの出番。本日の私的メインイベント。
 一旦手を離し、くるりと回って前のモデルさんの道を開けたあと、再び並んで舞台の上2人で歩き始める。

 スレンダーに近いAラインの、アシンメトリーのウェディングドレス。
 飾りのほとんどない、シンプルなデザイン。それだけにドレスそのもののラインの良さと、着てる人のスタイルの良さが際立って見える。
 他の多くのモデルさんたちと比べてさえ、際立って見事なスタイルの良さが。

 歩みを進めるたびに、背中にかかる艶やかなエクステが優しく揺れ、かぶったお揃いの控えめなティアラが煌めきを放つ。

 「俊也君は男だよ」とお姉ちゃんは言い、
 「トシコの正体は、俊也君」と理沙ちゃんは言い、
 「瀬野愛里って、トシコちゃんの芸名だから」と流星さんは言う。

 3つとも正しいなら愛里さんは男なわけだけど、これがもし男なら世の中の女の8割以上は女性失格だろう。
 それほどまでに女性美そのものの姿、女性美そのものの動作。

 片方は右肩を出した、もう片方は左肩を出したワンショルダー。
 唯一の飾りのスカートのドレープも、右下がりと左下がりの対称形。
 スカートの長さが大きく違って、片方はミニ丈でもう片方がマキシ丈だけど、上半身だけ見れば、髪飾り含めて完全に鏡写しの状態。

 顔もスタイルもまったく同じ双子の美少女。
 鏡の世界に紛れ込んでしまったような幻想的で見事な光景を、息を呑んで感動することしかできない。
 どっちが悠里さんで、どっちが愛里さんだか区別できない自分が少し恥ずかしいけれど。

 柔らかなアイボリーホワイトのウェディングドレスをまとって、見事に鏡写しのタイミングでウォーキングしながらキャットウォークを進んでいく。
 スカートを膨らませて、これまた完璧に息の合ったタイミングでくるりとターン。
 優雅に、優美に、華やかに。周囲に笑顔と光芒を放ちながら歩みを進める。

 そのたびに、一つの動作ごとに、異なる姿を見せていく清らかなドレス。
 背中のラインもとても綺麗で、飾りもないのにすごく素敵に見える。
 次のモデルさんに道を譲ったあと、てのひら同士を合わせてカーテシー。
 舞台袖に消えたところで、自分が本当に息を忘れていたことに気が付いて大きく息をする。

「やっぱ、すっごかったねー」
「綺麗だったねー。ね、わたしもあのドレス着たら素敵になれるのかな?」
「……お姉ちゃんには無理っしょ」

 そう答えたけれど、そう言いたくなる気持ちは良く分かる。
 なぜって、私自身それとまったく同じことを考えてしまっていたんだもの。
 でも、宝石フェチでドレスにあまり興味のないお姉ちゃん(私とちょうど反対だ)にそんなことを思わせてしまうだなんて、悠里さんたちは流石だと思う。

 それから何人かのモデルさんたちが登場していく。
 ここらへんは、テレビでは見かけることのない、女性誌によく出る人たちが多い。
 今まで雑誌やネットで憧れていることしか出来なかった華やかなドレス。
 それがすぐ近くで見られる至福の時間に感謝する。

「あ、あ、あ、……アキちゃーんっ!」
 と、周囲の迷惑も顧みず、手をぶんぶん振り回し始めるお姉ちゃん。
「ちょ、勘弁して」
 と囁いて、無理やり腕を降ろさせる。

 舞台の上に目を戻す。
 熱気渦巻く会場。その中をふっと涼やかな風が吹き抜ける。そんな錯覚がする。
 キャットウォークの上でアキちゃんが、歩くというより躍るような足取りで進んでる。
 まるで空中の見えない足場でステップを踏んでるような、軽やかな動き。

 ドレスというよりバレェのチュチュを思わせる、プリンセスラインでミニのシルエット。
 スカートに大きく付けられた、それ以外にもそこかしらにある、雪の結晶を模したビーズの飾りが特に目を惹く。
 背中の大きな大きなリボンが妖精の翅のよう。

 アキちゃんが舞台の上で、くるり、くるりと舞う。
 そのたびにキラキラと光る、ふわりと広がる新雪のような真白のドレス。
 ベアトップでむき出しになった肩から腕の白さも相まって、その姿は完全に『雪の妖精』。

「アキちゃーんっ!」
 もっとずっと見惚れていたかったのに、すぐ斜め前、やたらに身体の大きい男性2人組のうちの1人が大きな声で叫んで、意識が中断される。

 その声に反応したのか、アキちゃんが彼らのほうを振り向く。
 少し動きが止まり、恋する人に偶然出会った乙女のような表情になる可憐すぎる花嫁さん。
 でもすぐに以前の笑顔に戻って、躍るような歩みを再開する。
 他の観客はひょっとしたら気付かなかったかもしれない、ほんの一瞬の出来事。
 でもアキちゃんがあんな表情をするとは。
 そんな顔をさせた男2人に、興味が湧いてみたりもする。

 と。アキちゃんがそこからちょっと視線を動かして、ちょうど私たちが座ってる方向へにっこりウィンクを決めて小さく手を振る。
「かぁ──────いいっよぉっ! アキちゃーんっ!!!」
 それに気づいたのか、また手をぶんぶん振り始めるお姉ちゃん。
 今度は止める気にもなれない。
 だって、私も同じことをしてるから。

 彼らと違って私たち目立たないし、きっと私に近い場所に他の知り合いを見ただけだろう。
 他の客に邪魔だから止めなさい。そう思うけど止まらない。
 そんな私たちに多分気づくこともなくステップを進め、キャットウォークの端で2回転半。

 ステップするたびに、腕を動かすたびに、回るたびに、ドレスのスカートが、背中のリボンが、雪を模した飾りが、さまざまな表情を見せる。
 いつの間にか、アキちゃん本人よりそのドレスにすっかり魅了されてしまってる私。

 最後に大きく一礼をして、軽やかな動きのまま舞台袖に消えていくアキちゃん。
「かっっわいかった──────」
「すっごかった────────」
 大きく息をしたあと、2人同時に声をあげる。
 今のがほんの1分くらいの出来事だと気付いてびっくりする。

 お姉ちゃんはまだ興奮した様子で話しかけてくるけど、私はもう次の人のドレスに夢中。
 へそ出しのウェディングドレスってすごいなあ。
 スタイルいいっていいなあ。
 私が着たら悲惨な状態になるんだろうなあ。
 そんな感じでもう頭いっぱい。

 それからまた何人かのモデルさんが登場して、オオトリに『現役モデルのウェディングドレスプロデューサー』の世界での大御所と言っていいあの人が登場。
 これは新作だろうか? 華やかで、可憐で、飾り一杯なのに洗練された感じのするプリンセスラインのドレス。
 今まで写真だけで憧れていた存在。それがこんなにも近くにいる。

 トップに戻って、最初の超有名モデルさんが、今度はカラードレス姿で登場する。
 続いて登場する、煌びやかなカラードレス姿の美人モデルさんたち。
 プロのデザイナーさんからは出てこなさそうなドレスもあって、なかなか目が離せない。
 十二単モチーフのドレスとか特に圧巻だと思ってしまう。

 そして出てくるこのお二方。悠里さんと愛里さんの登場。
 アメリカンスリーブでスレンダーライン、レイヴン色とカーマインレッドのカラードレス。
 チャイナドレスをモチーフにしたドレスで、それぞれ右と左に深いスリットが入っている。
 ほとんど腰まで覗く、長すぎるほどに長い美脚がなまめかしい。

「うわっ、懐かしいなぁ。もう」
 隣でお姉ちゃんがはしゃぐけど、私たちにとってこの取り合わせは特別な意味を持ってる。
 去年悠里さんたちと初めて出会ったときの、チャイナドレス姿を眩しく思い出す。

 あの時よりも、より身体のラインをはっきりと映し出すシルエット。
 そのあまりの見事さに、ただただため息をつくことしかできない。
 丸見え状態の、肩から指先までのほっそりとしたラインの美しいこと。
 笑顔と手振りを交えながら、颯爽とキャットウォークを歩いていく。

 滑らかで自然体なのに、とっても華やかでどこか色っぽい、『女体美』という言葉を形にしたようなその姿、その動作。
 高校1年で読者モデルとしてデビューして以来、中性的な美貌の持ち主として人気のあった悠里さん(と、彼女と時々入れ替わっていたという愛里さん)。

 それから5年、20歳を過ぎた今、女としての魅力を発現しつつある。
 セクシーな衣装も相まって、2人の間から流れ出る女の色香に頭がくらくらしてきそう。
 でもこれで悠里さんが男装すると、美少年そのものに見えるのだから不思議だと思う。

 ──と、ターンして戻る復路、黒いドレスを着たほうとばっちり目が合う。
 ばっちりウィンクを決めて、軽く手を振ってそのまま進む悠里さんか愛里さんかどっちか。
「きゃ──────っ! ゆーりさーん!
 ……ね、今のウィンク、わたしたちにだよね」
 お姉ちゃんはどっちが悠里さんか分かるんだろうか。あとで聞かなきゃ。

 でもあのドレス、私が着たらどんな感じになるんだろう?
 頭の中でイメージしてみる。
 案外良さそう、と思ってしまったけど、これは悠里さん&愛里さんの魅力のなせる技か。

 『瀬野悠里』名義で、悠里さんと愛里さんが2人一役で読者モデルをしてる雑誌のバックナンバー。
 集めて何度も眺めたものだけど、「私もこんな服着たいなあ」と何度思わされたことか。
 まあ、真面目にやったら金が幾らあっても足りないけど。

 その悠里さんたちが舞台袖に消え、また数人のモデルさんたちが通り過ぎたあと、アキちゃんの2回目の登場になる。
 幾度となく眺めた、ドレスの歴史の本を思い出す。
 他の『童話のお姫さまのような』ドレスとは少し違う、本格的なクリノリン・スタイル。
 淡いシャンパン・ゴールドの豪奢なドレスは、月の光がそのまま衣装に化ったよう。

 ついさっきのの可憐な様子とは違う、気品と威厳に満ち溢れた『月の女王』のような姿。
 この前、テレビドラマで女子小学生の役を演じたのがこの人かと、信じられない思いがする。

 凛として、媚びるところのない気高い微笑みを浮かべたままで、しずしずと舞台を進んでいくアキちゃん。
 キャットウォークの端でくるりと回る様子も圧巻だ。

 大きく膨らんだプリンセスラインのドレスが多めの、このブライダルファッションショー。
 その中でもこのドレスのスカート部は特に大きくて、ほかの人の1.5倍はありそう。
 布の量も飾りも多くて重そうな衣装なのに、優雅に優美に歩みを進める。

 ドレスの色合いに、大きく開いた肩の白さも相まって、内側から光を放つよう。
 洋風の衣装なのに、『かぐや姫』なんて言葉を思い浮かべてしまう。
 舞台そでに消えた瞬間、なぜか素敵な物語を読み終えたときのような感傷を覚えてしまう。

 その後もショーが進行し、再びトップに戻ってまた純白のウェディングドレスを披露する。
 今度は舞台そでに消えるのではなく、前の舞台の端から順に並んで、笑顔で待機。
 キャットウォークも素敵、前の舞台も素敵。
 ああ、どっちを眺めていようかと無駄に葛藤をしている私をよそに、再び悠里さんたちの登場になる。

 前回は中洋折衷スタイルだったのが、今度は和洋折衷スタイルのドレス。
 少し引きずるスレンダーラインのスカートに、胸高に結んだ和服のような太い帯。
 襟元も斜めに流れる和装そのもので、透けるオーガンジー素材の長い袖が、風に揺れる。

 全体的に白無垢そのもののスタイルなのに、足取りは軽やかで、第一印象よりもずっとはるかに動きやすくて着てて楽そうだ。
 左前にならないようって配慮だろうか、今回ばかりは左右対称のスタイルじゃない。
 一瞬目を離した瞬間に入れ替わっていても気づかなさそうな、完全一致の瓜二つの姿。

 薄い、長いショールを天の羽衣のように肩に羽織り、風に遊ばせるようになびかせながら、キャットウォークの上歩みを進めていく。
 背中にはご丁寧に、帯の揚羽蝶結びみたいな形の大きなリボン飾りまでついている。
 くるりと回る様子も軽やかで危なげがない。本当の白無垢なら出来なそうな仕草。

 なんというか、美しさが完成されすぎていて言葉もない。
 私はこの人に2回も直接会って会話を交わしたことがあるんだと、そんなことすら一生の語り草にしてしてしまいそう。
 キャットウォークを渡り終え前の舞台につき、左右に別れてポーズを決めてすらりと立つ。

 もうとっくに次の人が出てるのに、その時になってやっと声が出るようになって
「悠里さーんっ! 愛里さーんっ!」
 と叫んでしまう。
 周りの皆さん、次のモデルさん、本当にごめんなさい。でも止まらない。
 やっと落ち着いて、しばらく他のモデルさんたちやそのドレスに見惚れる。

「順番から言えば、次がアキちゃんだよね。……雪、月、ってことは最後は花?」
 と、お姉ちゃんの言葉に我に返る。うん、順番に変更がなければそうなはず。
 今歩いてるモデルさんも十分素敵なんだけど、でもアキちゃんが出てくるはずの舞台袖のほうを注視してしまう。

 充分心構えをしてもしてたはずなのに、でも。
「うわあっ」
 いざ登場してみると、また言葉を失ってしまう。

 さっきの月のドレスよりも更にボリュームのある、思いっきり広がったエアリーなスカート。
 布でできた大輪の薔薇の造花が至る所に散りばめられたそれは、何枚にも重なるオーガンジーで出来ていて、歩みを進めるたびに大きく、大きく、優雅に揺れる。
 こちらにも花の香りが届いてきそうな、そんな錯覚までしてしまう。

 前の2回よりも、アキちゃんの細いウェストを強調するデザイン。
 スカート部との対比もあって、中に内臓が入ってるのか本気で疑いたくなるレベル。
 背中はコルセットのような編み上げになってて、女らしく優美な背中のラインを演出する。
 もし私が男で、彼女のようなお嫁さんをもらえたなら。それはどんなに素敵なことだろう。

 上半身はビスチェタイプで、ウェディングドレスの白と比べてさえなお白く見えるアキちゃんの白い肌を惜しげもなく披露している。
 右胸には大きな薔薇の造花をつけ、アップに纏めた淡い色の髪にも造花を飾り、肘上までのグローブが覆う細い腕には、これは本物の白薔薇のブーケを掲げている。

 気品があり、優雅で、でもさっきよりも若々しく、華やかで、可憐で、女らしく。
 柔らかな笑顔を浮かべ、優しく手を振りながらゆっくりと進むその姿はまさしくお姫様。
『白薔薇の姫』
『花の王女』
 ──そんな言葉が、自然と浮かんでくる。

 『職人さんって、ほんっとーに凄いんですよ。
 あたしがボンノー全開にして描いたデザイン、形にしちゃうんですもの』
 はにかんだ笑顔で、きらきらした瞳で、興奮した声で語ってくれた、前にあったときのアキちゃんを思い出す。

 前の2つのドレスも素敵だったけど、その言葉が“この”ドレスを指してたのは分かる。
 圧倒的な存在感。白の煌めき。まるで光そのものを纏っているよう。
 ステージを歩き終わり、前の舞台でポーズを決める。
 今まで呼吸することを完璧に忘れたことに気づいて、少しむせてしまったりもする。

 その後もまだまだ素敵な舞台は続き、最後にモデルさん全員が前の舞台、ずらりと並ぶ。
 純白だったり、アイボリーホワイトだったり、スノーホワイトだったり、パールホワイトだったり、白にも色々種類があるけれど、見渡す限り白、白、白の世界。
 なんてきれいなんだろう。なんて素敵なんだろう。

 いつの間にか涙が出てきていた。
 それほどまでにすばらしすぎる舞台。
 日本でも指折りの美女たちが並ぶステージ。
 女性美の極致である白のウェディングドレスを煌びやかに纏って。

 この場に、知り合い(というほどでもないけど)が3人もいるとか、なんて奇跡だろう。
 全員そろってのお辞儀に、会場全体に割れんばかりの拍手が鳴り響く。
 私もお姉ちゃんも、大声で3人の名前を叫びつつ、あたりが静まるまでずっと拍手を続けていた。



『瀬野家の人々』 白の話-3 2014年6月


        <<西原雄一郎視点>>

 朝風呂を済ませて鏡台の前に座り、深呼吸をする。
 結婚より一足先に越してきた新居。
 築20年だけどウォークインクローゼットが充実してる、詩穂一押しだった物件。

 鏡の中の自分を見つめる。
 女ものの淡いピンクのガウンを着た、男とも女ともつかぬボクがいる。
 きちんと揃えて、斜めに流れる脱毛済みの白い細い脚。
 最近通わされ始めたブライダルエステの効用も相まって、とても綺麗に見える。

 化粧水を染み込ませたコットンパックをはがしてから1分少し。
 美容液を手に取り、顔全体になじませる。
 乳液を掌の上に少し置いたあと、指の腹でマッサージするように伸ばしていく。
 顔の脱毛も済ませた、滑らかな肌の感触が心地いい。馴染むのを待つ間に、髪を乾かす。

 とはいえここまでは、大学に行くときもやっていた、会社に行くときもやっている日課。
 「西原君って肌、綺麗だよね。手入れとかしてる?」
 「いや、そんなの全然してないです」
 「嘘でしょ。化粧のCMに出てそうな美人肌なのに。反則すぎ。羨ましい」
 今まで何度も交わした会話。でももちろん、そんなことがあるはずはない。

 日焼け止め成分入りの化粧下地を指先にとって、薄く均一に伸ばしていく。
 ここから先が、女装の始まり。
 世の男性には閉ざされた『女の世界』への扉を、裏口からそっと開くための儀式。
 衰えることない陶酔感に包まれながら、ティッシュを肌に乗せてそっと上から押さえる。

 いつからボクは、こんなに女装が好きになったのだろう?
 それが『あの日』だということは分かってる。
 でも、それがどの瞬間かは、自分自身にとっても謎のままだ。
 2種類のリキッドファンデを手の甲で混ぜ、顔全体に付けたあと掌で包んでなじませる。

 “トシコちゃん”が実は男と教えられ、『男でもあれだけの美少女になれるのか』と、背中を電撃が走り抜けるようなショックを受けた瞬間なのか。
 『ユウコ』として、京介とキスをした瞬間なのか。
 『一人の女性』として、京介にナンパされた瞬間なのか。

 トシコちゃんのコーデで、完全に女性に見えるようになった自分を見た瞬間なのか。
 智恵理さんの完璧なメイクが完了し、鏡を覗き込んだ瞬間なのか。
 サーシャさんにファミレスで、「君は絶対、美人になれる」と断言された瞬間なのか。
 あるいはひょっとして、もっとずっとずっと前からなのか……

 何故だろう。今日は不思議と、色んな思いが次々と思い浮かんでくる。
 いつもなら、ほとんど無心で通り過ぎているステップなはずなのに。

 ふと気づくと、詩穂がニコニコした顔で鏡の中のボクを覗き込んでいた。
「おはよう。詩穂は準備しなくていいの?」
「おはよ。それよりもっとユウコのメイクを見てたいな。ダメ?」

 少しくすぐったい感覚を覚えながら、目の下のコンシーラーを伸ばしていく。
 正直に言えば、結婚を控えたこの彼女を、ボクが本当に愛したことはない気がする。

 男としての“雄一郎”が愛したのは、トシコちゃん一人。
 生涯で4時間しか一緒にいなかった相手。それでも魂に刻印された、ボクの初恋の人。
 女としての『ユウコ』が愛してるのは京介ひとり。
 とっくにボクが男とばれて破局になってるのに、この気持ちは捨てられそうにない。

 『それでも全然構わない』
 ──そう、あっけらかんと言ってくれるこの伴侶に、心の中で改めて感謝する。
 ファンデが完全に馴染むのを待つ間に、ウィッグ下のネットをきちんとセットする。
 スポンジでファンデの“よれ”をオフして、ルースパウダーを顔全体に乗せていく。

 いつもより少し明るめのチーク、ハイライト、シェーディングを撫でるように塗っていく。
 ……自分が『ユウコ』でいるとき、不思議なくらい性的指向は女性そのものになっている。
 京介のたくましい胸板、響く低い声、力強い大きな掌を好ましく思う。
 そのあとボクが男とばれて大変なことになったけど、未遂でもあの一夜は大切な思い出だ。

 元から男としては薄めの眉を、アイブローで丁寧に形を整える。
 ……自分がホモになったのかと、真剣に悩んだことは幾度となくあった。
 でも、自分が“雄一郎”でいるときに、男らしい男に惹かれたことは一度もない。

 今日はあえて色を抑えめに、ベージュとブラウンのアイシャドウを入れる。
 化粧前のボクは“雄一郎”という男性で、化粧のあとのわたしは『ユウコ』という女性。
 じゃあ化粧の最中の自分はナニモノなのだろう?
 男と女の間で揺らぎ続ける、自分のアイデンティティ。不思議なものだと思ってしまう。

 リキッドライナー&ペンシルライナーで、目をくっきりと。
 『男と女、どっちもイイトコ取りできるなんて、とても素敵なことだと思わない?』
 その時々で言い回しは違うけれど、何度も言われた詩穂の台詞。
 年上の彼女の言葉には、勇気づけられていることも正直多い。

 でも彼女の言葉に従うまま、『趣味としての女装』の枠を乗り越えてしまったら──
 それはあまりに甘美で、それだけに恐ろしい誘惑だった。
 ビューラーで睫毛をカールさせ、上下の睫毛にマスカラを塗る。
 いつもよりは少し控えめな長さの付けまつげを、ピンセットで付けていく。

 口紅は使わず、リップコンシーラーとリップグロスで唇の仕上げを。
 崩れ防止用のミストをスプレーしたあと、手で肌になじませる。
 鏡の中には、少し甘えた感じの可愛らしさと、色っぽさを兼ね備えた美人が座っている。

 ここからの時間、わたしはユウコ。
 意識がはっきりと切り替わっていくのを自覚する。
 地味な男性という蛹を脱ぎ捨て、誰もが振り向く美女として羽ばたく自分。
 軽い飛翔感と、陶酔感とに包まれる。

「やっぱりユウコは美人よねえ。メイクもうまいし……ね、今日は私にメイクしてくれない?」



        <<柊久美視点>>

「久美ちゃん、お待たせ。ごめんね遅れちゃって」
「いえ、大丈夫です。すいません、無理言ってお邪魔しちゃって」
 そろそろ予約の時間に間に合うかどうか心配になってきた頃合い、詩穂さんの声がしてスマホを見ていた頭をあげて返事する。

 いつもより美人度5割マシの詩穂さん。一瞬別人かと思ったほどの変わりよう。
 そしてその隣に並んで、とっても綺麗な女性が立っている。
 花柄レースの可憐で上品な白いワンピースに、ベージュ色のリネンのジャケットを合わせた涼やかな姿。
 膝下丈のスカートからすらりと伸びる脚もとても素敵。

 初めて見るような、でもどこかで見たような、と少し考えて思い当たる。
「ゆ……雄一郎……さんですか?」
「兄の知り合いですね。時々そんな風に間違う人、いるんですよ。
 初めまして、わたし西原雄一郎の妹でユウコっていいます」

 ウェーブのかかったショートボブの髪を揺らし、女らしい仕草で会釈をする彼女(?)。
 頭の上に『ハテナ』を並べる私に、少し悪戯っぽい表情で詩穂さんが耳打ちする。
(凄いでしょ。雄一郎、もう完全に女性に成り切っちゃってるから。
 久美ちゃんも、この人のことはユウコだと思ってあげて)

「……あっ、失礼しました。初めまして。詩穂さんの従妹で、柊久美と申します」
「あ、雄一郎や詩穂から話はよく聞いてます。どうかよろしくお願いします」
 とても女らしい笑顔で笑いかけてくる、詩穂さんの(近い将来の)旦那様。
 事前知識がなければ絶対女の人だと信じてただろうし、今でもほっぺをつねりたい気分。

 時間も押してるので、挨拶もそこそこに切り上げて移動を開始。
 UVカットのサングラスをかけ、バッグから日傘を出して歩き始める雄一郎さん。
 安産型というほどじゃないけど、豊かで上を向いた綺麗なヒップを揺らして歩く様子にみとれて、少し出遅れてしまったりする。

 スカートさばきも、とても自然で綺麗。
 隣で談笑しながら歩いてる詩穂さんと比べても、ずっと女らしい。
 ──『性別ってナニ? って気になるよね』っていう、理沙ちゃんの言葉を思い出す。
 これが実は男性とか、あまりに反則すぎる。

 交差点の信号待ち、ついついその美貌を見つめてしまう。
 高めのヒールを履いてるから、身長150cmない私からは見上げる形になる。でも女性として背が高いというほどでもない。
 髭の剃り跡なんか微塵も見当たらない、滑らかな肌が羨ましい。

「ん? 久美ちゃんどうかしたの?」
 私の視線に気づいたのか、小首を傾げて聞いてくる。

 そんな声だって女性そのもの。
 雄一郎さん、普段から男性としては高めの声をしてるけど、それより高い、本当に自然な女性そのもののトーン、女性そのもののアクセント。

「いえ、肌がきれいだなぁ、ってみとれてました」
「あら、ありがと」
 にっこり笑って答える様子も素敵。私が男なら、これ一発で落ちてしまうレベル。

「久美ちゃんも肌が若くて素敵……って言いたいところだけど、もうちょっとお肌に気を使ったほうがいいかな」
 雄一郎さんが私を見てそう言ったとき信号が青に変わって、そのまま並んで歩き始める。


 丁寧なアドバイスを受けつつ、そのままさほど遠くない目的地に到着。
「予約していた杉本詩穂と、西原ユウコです」
(……男の人に、肌の手入れのしかたを教わってしまった)
 受付でふと我に返って、シチュエーションの理不尽さにちょっと困惑してみる。

 案内された部屋で、スーツ姿の女性のアドバイザーさんと一緒に打合せする。

 ──詩穂さんが結婚相手が、ユウコさんの兄にあたる関係。
 詩穂さんの結婚式と披露宴のドレスを、こちらでレンタルするという話。
 ユウコさんは普段海外に住んでいて、近い日程で海外で結婚式を挙げる予定。こちらは別にドレスを準備済みなので式用のレンタルはいらない。
 ただ、共通の友人を招いて国内で合同の披露宴をするから、その分のドレスを借りたい、と。

 予め決めておいたのだろう。
 最初に嘘と知ってる私でも信じてしまいそうな調子で、2人で説明を行う。

 式や披露宴のイメージと概要の説明まで終えて、移動を開始。

 白、白、白。
 たぶん何百着ものウェディングドレスが吊るされた空間。
 外から憧憬をもって覗き込んでいたときとは格段に違う迫力に圧倒される。

「普通でしたらこちらでドレスを選んで頂くのですが、まず最初にご要望のあったドレスの試着をしましょうね。
 もちろん、ピンと来なければこちらから選んでも大丈夫です」
 笑顔で案内するアドバイザーさんに従って、ドレスルームを通過する。

「式のときはこの下着の予定なんですが、着たままでいいですよね?」
「はい、もちろん」
 到着した広々としたフィッティングルーム。
 ピンク色の内装、シャンデリアが輝き、カーテンで仕切られたスペースの壁は全面鏡になっている。

 今日は女性ばかり(!)ということで、カーテンは使わずにそのまま着替えを開始。
 ジャケットとワンピースを脱いで白いブライダルインナー姿になった彼?彼女?が、アドバイザーさんと言葉を交わしている。
 店員さんは目の前にいる美女が女性であることに、少しも疑問を持ってない様子。

 まあ私だって、最初に聞いてなければ疑うことを思いつきもしなかっただろうけど。
 白いビスチェからはどうやってるのか谷間が覗いてるし、ウェストニッパーの括れは見事ななものだし、ロングガードルの股間には膨らみも見えない。

 『ユウコさんは雄一郎さんの妹』という本人の言葉が本当で、詩穂さんや理沙ちゃんの言葉のほうが嘘だとか。
 あるいは雄一郎さんが最初から実は男装の麗人だったというほうが、まだ理解できそう。

 とはいえ。

「うわあっ」
 スタッフさんが運んできたドレスに、すぐにそんな考えは吹っ飛んでしまう。
「久美ちゃんが一押しだったって聞いて、選んでみたの」
 その中のひとつを着せかけてもらいながら、にこやかに性別不詳の美女が声をかけてくる。

 先月あったウェディングドレス・ファッションショー。
 そこで悠里さんと愛里さんが着ていたドレスが、目の前にある。
 ここは、あのショーとタイアップしているブライダルショップ(のうち一つ)。

 モデルさんがデザインしてショーで披露したドレスをレンタルして、実際に結婚式で着用できるという企画。
 もっとも実際にモデルさん着用したものじゃなくて、レンタル向けに調整したものだろうけど、『憧れのドレスが目の前にある』という事実は変わらない。

 最初に愛里さんが着ていた、右肩を完全に出したアシンメトリーでマキシ丈のドレス。
 ちなみに、ショーのあと販売されてたカタログで、どっちがどっちかは確認済み。
 ショーの後お姉ちゃんに聞いたら、『だって、黒いドレスが悠里さんでしょ?』と平然と返されたので少しずっこけたけど、黒ドレスが悠里さんだというのも正解だったみたい。

 すらりとした『ユウコさん』にそのドレスは良く似合って、まるでブライダル誌からそのまま抜け出してきたよう。
 サテンの輝きも眩い純白の、それは完璧な花嫁さん。
 微かに上気した顔で、少し驚いた表情で、鏡に映る自分の姿を確認してる。

「まあ、本当にお似合いです。とってもおきれいですよ」
 アドバイザーさんの賞賛も、お世辞ではなさそうだ。
 あらかじめ許可をもらっておいたので、スマホで何枚も写真を撮ってみる。

「私は、朋美ちゃんのお奨めもあったしAKIさんのドレスで。……ユウコのあとに披露するのは、ちょっと恥ずかしいけど」
 ユウコさんに遅れて、詩穂さんの着替えが終わる。

 こちらはアキちゃんの雪のドレス。
 ミニ丈のプリンセスライン。もともと小柄な人に似合うタイプのドレスなだけに、ものすごく似合って可愛らしい。私の知ってる詩穂さんじゃないみたい。
 2人並んだ様子を激写、激写。

「……悠里さんのドレスに、着替えさせて頂いてもいいですか?」
 鏡に映る自分たちの様子を眺めていたユウコさんが、ふと気づいたようにアドバイザーさんに言う。

 了承をもらって脇にあるジッパーを下ろして、上から脱いで、新しいドレスを上から被ってジッパーを上げる。
 少し慎重にしたけど1分くらいでお召し替え終了。
「こっちのドレスは、本当に着替え楽なんですね」
 ドレスを運んできたスタッフさんに手伝ってもらいながら、さっきまで少し苦労してドレスを装着していた詩穂さんが、目を丸くして驚いている。

 また2人並んで立ってみる。
 単品だと愛里さんドレスのほうが良かった気がするけど、スカート丈の関係上、こっちのほうがバランスが取れていて見てて感じがいい。

「お2人とも本当にお綺麗ですよ。旦那様が羨ましい。きっと旦那様も素敵なんでしょうね」
 えーっと、実は『旦那様』は今、あなたの目の前にいたりするんです……

 それから次のドレスにお召し替え。
 さっくりとドレスを脱ぎ終わり、次のドレスを受け取るユウコさん。
 予想と違って、ワンピースタイプじゃなくてツーピースタイプ。

 舞台の上、遠目では分からなかったけど、細かく鶴の刺繍が入ってるスカートを穿いて、ベルトで丈の長さを調整する。
 ガウンのようにトップスを羽織り、襟元を少し調整したあとマジックテープになった帯でピタリとつける。

 白無垢の様式美と、ウェディングドレスの軽やかさ、華やかさを併せ持つ美麗なドレス。
 さっきのドレスも素敵だったけど、それも簡単に霞んでしまう。
 本当に、これが男性なんだろうか?
 感動的なまでに美しい一人の花嫁さん。
 このフィッティングルームにいる、他のどの女子よりずっとずっときれいで女らしい。

 アドバイザーさんの賞賛や、私のスマホのカメラのフラッシュを浴びて、陶然とした様子でしばらく鏡に映る自分を見つめていた雄一郎さん。
 少したって、そのままポーズを取り始める。
 どの仕草をとっても、男らしさの片鱗も見つけることができない。違和感仕事しろ。

「……これ、本当に動きやすいですし、それに着るのも簡単なんですね」
「一人でも楽に着られますしね。海外での挙式ということでしたので、特にお奨めです」
 海外での挙式では普通白無垢は無理なんですけど、これなら近いイメージで式を挙げられますしね、と熱心にプッシュしてくるアドバイザーさん。

 そんな会話がだいぶ弾んだあと、詩穂さんの着替えが終わる。
 今度はアキちゃんの花のドレス。
 ただ舞台で見たものよりは随分簡略化してあって、ボリュームも普通のウェディングドレスレベル。
 まあ、あれそのままだと隣に花婿さんが立てないし、しょうがないんだろうか。

「もう、ユウコ素敵すぎ。これで並ぶ自信ないなあ」
「詩穂、そんなこと言わないで。見違えたわよ。とってもきれい」
 今度義理の姉妹になる友人同士という設定。
 仲良しの女友達というか、どこか百合カップルっぽい様子で、でも見た目はともかく実はノーマルな新郎新婦同士でそんな会話。

 花嫁よりも、結婚相手の花婿のほうがずっと美人で女らしいって、どんな気分なんだろう。
 そう思って、花のような可憐な花嫁になった従姉の顔をじっと見てみる。
 近い将来、主人となる男性の花嫁女装姿を見詰める視線はとても熱っぽく、ご満悦そう。
 ひょっとして、こだわってる自分のほうが変なんだろうか。そんな気すらしてくる。

 ドレスの具合を確認したあと、カラードレスに着替える。
 悠里さんの、黒のチャイナ風のスレンダードレスを着たユウコさんは、やっぱり美人。
 もちろん悠里さんには及ばないけど、このままあのショーに混じっても違和感なさそう。

 身体のラインが良く出るドレス。
 くびれたウェストと上を向いたヒップのラインが、とっても魅力的。
 セクシーなのに気品がある印象。ついつい引き込まれてしまう。
 さっきとはまた少し別の意味で、反則的なまでに女らしすぎる。美人すぎる。

「ところで久美ちゃん、やっぱりドレス着てみたい?」
 その美女に、にっこりと話しかけられてドキッとしてしまう。
「いや……そんな、悪いですし」
 私、お姉ちゃんみたいに図々しくないし、この場に居られるだけでもう大満足。

 ……そう、思ったのに。
 ついさっきまで雄一郎さんが着ていた、白無垢ドレス姿で鏡の前に立っている私。
「本当はダメなので、他言しないようにしてくださいね?」
 少しいたずらっぽい笑顔で、アドバイザーさんが念を押してくる。

 雄一郎さんがつけていた香水の香りが微妙に残っている。
 私は今、さっきまで男の人が着てた服を着てるんだ。
 私は今、さっきまでこの美女が着てた服を着てるんだ。
 心の中、思いが錯綜する。

 もともと調整が効きやすいドレス、不満と言えば帯の位置が下にありすぎるくらい。
 和服ベースのシルエットは、寸胴気味の私でもきちんと似合ってる。

 胸に手を当てる。凄い勢いで心臓がバクバクいって止まる気配がない。
 鏡の中、悠里さんの素敵なドレスを纏った少女が、私の動きと同じ仕草で動く。
 本当、夢の中にいる気分。

「久美ちゃん可愛い。本当に良く似合ってる」
 と、アキちゃんの月のドレスに着替えた詩穂さんが声をかけてくる。
「……詩穂さん、すっごく素敵です」
 やっぱりスカートのボリュームは減らしてある。それでも存在感あるドレスに目を見張る。

 3人並ぶ形で立って、アドバイザーさんにスマホで記念撮影してもらったり。
 隣の雄一郎さんが美人すぎて自分の容姿に恥ずかしくなるけど、これは一生ものの宝物。

 「せっかくだから」と他のドレスも選んで試着してみたけど、結局瀬野3姉妹分のドレスを使うことにする。
 きちんと採寸し直したり、小物を決めたり、予定を確認したりとか、細々とした事を終えてブライダルショップを出る。
 今から結婚式も披露宴も楽しみで待ち遠しい。

「詩穂さん、ユウコさん、ほんっとーにありがとうございました。
 今日はご無理を言って連れてきて頂いた上に、ドレスまで着せて頂いて」
「いえ、久美ちゃんがいてくれて本当に心強かったし、ありがたかったわよ。
 素敵なドレスも紹介してもらえたし」

 サングラスの奥で、女らしくにっこりと笑って頭を下げるユウコさん。
 同性なのにみとれしまう笑顔。私もこんな素敵な女性になりたいな。
 ──自分がそう考えたことに気付いて、混乱する。

 もういいや。自分の見たままを信じよう。
 この人はユウコさんっていう、素敵な女性。
 そう心に決めて、出てきたブライダルショップを少し振り返ったあと、私は2人の背中を追って街を歩き始めた。



『瀬野家の人々』 白の話-4上 2014年8月


        <<瀬野悠里視点>>

「お姉ちゃん、いーい?」
 ドアを開けて入ってきた愛里の言葉に、キーボードを叩いていた指を私は止める。
 パパとママがお仕事で、大学は夏季休暇中。色々あって撮影がキャンセルになったせいで3人揃ってぽっかりとオフになった貴重な一日。

 もともとレポート書きだけで一日終わらせるつもりもない。
 PCの電源を切って部屋を出て、愛里のあとを追って廊下を歩く。
 この子にしては珍しい薔薇の香水に混じって、女の子めいた体臭が微かに届く。

 そういえば、最初は4月になったらこの子の正体をオープンにするという話だったのに、結局まだ公開情報になってない。
 学校に行くとき以外は愛里状態のままだし、私自身も無意識に“彼”のことを『妹』だと考えてることが多くなってきてる気がする。

 とはいえ、それ以上思考を進める時間もなくリビング前に到着。
 朝から私に黙って2人で何か準備していた様子。何があるかが楽しみだ。
「アキちゃん、おっけーかな?」
「……はぁーい☆ どうぞっ」
 という問答のあと、恭しくリビングへのドアを開く愛里。

「うわああああぁぁぁっ……」
 目に飛び込んできた光景に、思わずため息をつくことしかできない。
 そこにいたのは、白。
 その『白』の意味を頭で理解できるようになるのに、少し時間がかかってしまった。

 前にアキちゃんがデザインして、ショーで纏った花のドレス。
 そのドレスにもう一度身を包んだアキちゃんが、部屋の中央で佇んでいる。
 白に輝くドレス、白に輝く肌。軽くアップにまとめた髪に長い白いヴェールをつけ、白い生花のブーケを手に掲げ持っている。

 20帖あるうちのリビング全体を埋め尽くように思えるほど、圧倒的なボリュームと存在感を持つ白の世界。
 ふわふわとしたオーガンジーはまるで飛行機の上から眺める雲の海のようで、ドレスの至る所につけられた薔薇の造花は、本物の白薔薇咲き誇る花畑のようで。

 悩みながら形にしていったデザイン時から制作時、ショーの本番までで見慣れていると思っていたけど、それでもやっぱりこれは感動的な眺めだった。
 鼻孔に届く薔薇の香水の匂い。さっき愛里から漂ってきたのはこの残り香か。

 と、ブーケを掲げ、潤んだ目で私の目を見ながら、アキちゃんが宣言するように言う。
「これは、ホリホックの花。花言葉は、『永遠にあなたのもの』
 ……あたしアキは、永遠にあたしのすべてをお姉さまに捧げることを、ここに誓います」

「嬉しい、アキちゃん……」
 ドレスの海に半分埋もれながらアキちゃんに近寄り、細いウェストを抱き寄せて唇同士を重ね合う。

 閉じられた瞼、けぶる長い睫毛、滑らかすぎるほどに滑らかな頬。
 柔らかい唇、甘い唇、香水の合間から漂う肌の香り。世界一綺麗で可憐な私の花嫁さん。
 『誓いのキス』ではありあえない、ディープなキスを交わしあう。

 永遠のようにも一瞬のようにも思える時間がすぎたあと、絶頂を迎えたのかアキちゃんの脚の力が抜けたので、あわててて腕に力を入れてしっかり支えながら床に腰を下ろさせる。
 布の量が半端ではないボリュームのありすぎるスカートが、リビングの床一面に広がる。

 キスの間にブーケの中から抜き出しておいた一輪の花。
 今のアキちゃんのドレスをそのまま花にしたような、あでやかで可憐な花。
 まだとろんとした目で惚けてるアキちゃんの前で、私はそれを目の高さに掲げる。

「私、瀬野悠里。生涯変わらぬ永遠の愛をアキちゃんに捧げることを、今ここに誓います」
 自分でもおかしくなるくらい、演技めいた行動。
 でも胸にこみ上げるものがある。

「お姉さま、あたしとっても嬉しいです……幸せです……」
 歓喜を満面に浮かべながら、アキちゃんがそう言ってくれる。

「じゃ、次は私の番ね」
 まだぼっとしているアキちゃんのスカートをかき分けて、片膝をついた状態でキスを始める愛里。いつの間にか、さっきまでのキャミソールからウェディングドレスに着替えている。

 最初はそっと軽く、ついばむように。
 アキちゃんの柔らかくて甘くていい匂いのするぷっくりとしたピンク色の唇と、私と同じ顔をした少年の赤い唇が、幾度も幾度も接触する。
 零れた熱い吐息同士が混じり合う。

 それから次第に、唇を重ねる時間が長くなっていく。
 2人の唇に塗られた口紅を、互いに混じり合わせるかのように。
 深く、優しく、愛を通わせるように。とても清らかで同時に艶めいた、そんなキス。
 私のキスは傍から見るとどんな感じなのだろう? もっとずっと、がっついてる気がする。

 いったん唇を離し、舌だけを触れさせ、絡ませあう。
 二人とも瞼を閉じているのに、距離とかタイミングとか良く分かるもんだ。
 そんな妙なところに感心してしみたりもする。
 それを実現させているのは二人の愛情か、経験か、その両方か。

 愛里の細い指先がそっと撫でる、アキちゃんの抜けるように白い滑らかな頬。
 それが、徐々にピンクに染まっていく。
 外見だけなら極上の美少女ふたりの、でも実際には私の“弟”同士2人のキス。
 やがて唇同士を深く重ねあい、ディープなキスに移行する。

 愛里の舌先が、アキちゃんの歯茎の裏をそっと撫でる。
 瞼を閉じたアキちゃんの睫毛が微かに震え、「ん……っ」と、甘やかな喘ぎが、重ねあわされた唇の間から零れる。
 細かく痙攣を示す、アキちゃんの細いウェストからヒップのライン。

 私の婚約者であり義理の弟でもある男の人と、実の弟である少年のキス。
 豪華極まりない白いウェディングドレスに身を包んだ可憐な花嫁と、シンプルなウェディングドレスに身を包んだ端麗な花嫁同士のキス。
 周囲が光を取り囲んでいるかのような印象すら与える、2人の世界。

 なぜだろう。疎外感を覚えても良いシチュエーションのはずなのに、自分でキスしているときよりもずっと身体が火照ってきている。
 心の奥底から鳴る『キュンっ』という音が、耳に届いた気すらしてくる。
 そのまま鑑賞していたい気もしたけど、意を決して私も布の海に分け入って参戦。

 お目当ては、最初のキスのときに気づいた、アキちゃんの股間のもの。
 左腕をアキちゃんの細い背中に回しつつ、右手の指でその先端をそっと探り当てる。
 タックで格納してそうなものなのに、今日はなぜか解放状態。たぶん下着すら纏わずに、ウェディングドレスのスカートの下脈動している。

 普通なら、ワイヤーパニエを使って膨らませるサイズのスカート。
 そうでなくても、最低限チュール素材のパニエを使うのが常識の範囲内。
 でもこのアキちゃんのドレスは、上から下までほぼ全部オーガンジー素材で出来ている。
 何枚もの柔らかな薄い生地を挟んで、ひくひく動くアキちゃんの分身を指先に感じる。

 それをスカート越しに親指でなで上げると、背筋をびくんと震わせて快楽を示す愛らしい私の花嫁さん。重ねた朱唇同士の間から、熱い吐息がこぼれる。
 そのまま親指で先端をこね回すと、イヤイヤとでもいうかのように腰をわずかに振りつつ、でも快楽に甘えるかのように指先に押し当ててくる。

 甘美なキスと下半身に対する同時責め。私と愛里、2人の共同作業。
 女性の象徴であるウェディングドレスのスカートを挟んで、どう見ても女性(それもかなりの美少女)にしか見えない花婿さんの、股間にある男の象徴をもてあそぶ。
 改めて考えると、とても不思議なシチュエーション。

 純白のドレスに包まれた純白の肌が、綺麗なピンク色に染まっていく。
 重ね話わせた唇の間から、喘ぎ声がこぼれだす。
 お尻を床につけ、唇で上を固定された不自由な体勢で、感じる快楽の波そのままに、全身を大きく大きく震わせるアキちゃん。

 自然のままの状態でも軽くウェーブのかかった、さらさらの髪。
 アップの状態から半ば解けかけたそれが、頭を振るたびに鎖骨の上で軽やかに踊る。
 外れかけたヴェールの下から覗く天使の輪の見事なこと。

 やがて口からくぐもった絶叫をこぼしながら、背中を弓なりにしなわせ硬直する。
 私の指先が、ビクンビクンという振動を伝えてくる。
 部屋を埋め尽くす薔薇の香水に混じって、アキちゃんのミルクめいた体臭が広がる。

 力を失いぐにゃりとなる身体を、左手で支えつつそっと床に横たわせる。
 愛里が唇を離し、そっと距離を取る。
 2人の間で煌めく唾液の糸を、ドレスにかからぬようそっと掬い、その唾液のついた指先を口の中に入れて、おいしそうに舐めとった。

 滑らかな肌をピンク色に染めて、大きく胸を上げ下げして呼吸しながら、時折痙攣を走らせて、快楽の余韻に浸ってるアキちゃん。
 アキちゃんがデザインして、アキちゃんのためだけに作られた純白のウェディングドレスに身を包み、そのドレスのふわふわなスカートに半分埋もれるような状態で。

 とっくの昔に、補正なしでも私たちより細くなったウェスト。
 コルセットで更に細く絞ったその部分は、女らしい弓なりの弧を描いてる。
 そのラインの美しさを演出する、造花の花畑のようなトルソ部分。
 いつもの方法で盛り上げてるのだろう。2つの膨らみが作る胸の谷間が、激しく喘いでる。

 無駄な脂肪もなくすらりと伸びた腕は、今は血の色を映したほのかなピンク色。
 肘上までのグローブに覆われた手首は、強く握れば折れてしまいそう。
 その腕から続く肩は薄く肌は滑らかで内側から光り放つようで、これが私と同じ物質でできてるのか疑問にすら思るほど。

 うっとりとした笑みを浮かべている小さな顔。
 たぶん、半分以上放心状態。
 長い睫毛に縁どられた大きな目を今は微かに開けて、ピンクの唇を震わせて「お姉さまぁ……」と、うっとりとした甘えた声を漏らしている。

 無垢で幼女めいた。
 清らかで聖女めいた。
 あでやかで妖女めいた。

 すべての意味で『女らしい』、どこか謎めいた美しい笑顔。
 1年半ほど前。嫌がる雅明に無理やりにメイド服を着せて女装させた当時の、“少女めいた男性”の面影を探してみるけど、その残滓はもう見当たらない。

 人は、どこまで変われるのだろう?
 “女装した男性”にありがちな違和感はどこにもなくて、私でさえ特に意識しない限りは自然にこの子が女の子だと認識してしまってる。
 可憐で自由奔放な、(背は高いけれど)小さな少女。

 こんな状態なのに、声も、表情も、仕草も、女の子そのもの。
 モデル業やらで美人は見慣れている私だけど、滑らかな肌も、柔らかな髪も、スタイルも、考え方も、趣味も、これだけ女らしい子に出会った記憶はちょっとない。
 少なくとも、私のほうがずっと男らしい点には自信がある。

 普通の人よりドレスに接する機会の多い私でも、見たことないような可憐で豪奢なドレス。
 ほっそりとした身体をそのドレスに包んだ、とても素敵すぎる私の花嫁さん。

 でも実際には、さっき絶頂に至ったばかりの股間のものを、スカートの下でひくひくさせているはず。そんな愛しい、私の花婿さん。

「アキちゃん、素敵……」
 思わずそう呟くと、ヴェールの取れかけた頭を少しあげて、目に微かに涙を湛えながら、満面の笑みで応えてくれた。

 守りたい、抱きしめたい、もう一度キスしたい。
 ──そんな衝動に身を任せようとした瞬間、愛里から肩をつつかれて我に返る。

「ん? どうしたの?」
「今のうちに、お姉ちゃんも着替えて」
 そう言って、白い布の塊を差し出してくる愛里。

「……ちょっと意外かな。私は今日は、てっきりタキシード着て花婿役すると思ってた」
 部屋着と下着を脱いで、全裸になりつつそんな疑問を愛里に投げる。
「一応、そっちも準備してあるけど、アキちゃんはドレスにして欲しい、って言ってたから」
「あ、アキちゃんの希望なんだ。ならいいや」

 ドレスを広げ、上から被る。
 愛里のドレスと対になる、アシメトリなミニのドレス。

 ウェディングドレスには、花嫁さんの負担を考えてないような、着続けてると色々きつくなるようなものも多いのが、前々から疑問で不満だった。
 『一人でも綺麗に着られるドレス。普段着のように、楽に一日着られるドレス』
 ──そんな私の注文に従って、愛里がデザインしたこのドレス。

 一応、インド風・中国風・日本風のドレスと揃えたつもり。
 他の2つと違って、これはサリー要素を入れたとあんまり分かって貰えなかったけど。
 もう随分昔の話に思える、デザイン時の苦労話。
 色んな意味で大変だったけど、過ぎ去ってしまえば懐かしい。

 ささっと装着して、部屋の片隅の姿見で様子を確認。
 他のドレスもこれだけ着替えがスムーズなら、ブライダルショーも楽で良いのに、そんなことを思ってみたりする。

「お姉さま、綺麗……」
 振り返ると、ようやく立ち上がったアキちゃんが、手を顔の前で合わせて、キラキラと輝く目で私を見てる。

「ありがと。アキちゃんも、本当に本当に綺麗で素敵すぎ。世界で最高の花嫁さん」
「ありがとうございますっ」
 無邪気で無防備な笑顔を満面に浮かべながら、私の言葉に喜んでくれる。

「アキちゃん、ごめんねー」
 そんな花嫁さんの脚元に四つん這いになって、スカートの中に潜り込もうとしているもう一人の花嫁さん。
 少しシュールな眺めだ。

 私と同じサイズの人ひとりをその中に隠して、外見からでは余り変わりがないように見える、ふわふわなドレス。
 少しの間モゾモゾとしたあと、愛里がずりずりと脱出する。
 立ち上がって、白い液体の入ったコンドームを指で掲げ持ってニンマリとしたりする。

 用意の良いことだと思うけど、そうするとさっきの一幕の間中ずっと、股間のものにコンドームを装着した状態だったのか。このお姫さまは。
 想像してみるとなんともおかしくて、かつ愛おしくなる。

 しばらくそれを掲げ持って、眺めていた愛里。
 「あーん」とおいしそうに飲み始める。

「あ、ちょ、愛里ずるいー。私にも半分ちょうだい」
 思わず口走った私を面白そうな顔で見つめたあと、1/3くらい残ったそれを渡してくれる。
 同じようにコンドームの中から口へ流し込んでみる。

 いつもと同じ、苦くて青臭くてなんとも言えない味。
 アキちゃんのものでなければ顔の1m圏内にあるのも嫌な物体だけど、この可憐な花嫁さんの身体から出たばかりと思えば飲み干せる。

 そんな私たちを眺めて「うわああああっ」と言って、手で顔を隠すアキちゃん。
「ありがとう。アキちゃんミルク、とーっても美味しかった♪」
 と声をかけると、顔どころか肩まで真っ赤にして恥ずかしがってる。
 なんだろう。この可愛い生き物は。

「んー。この調子だと、次のつけてあげたほうがいいかな」
 アキちゃんの様子を見守っていた愛里が、ふと思いついたようにそんなことを言って、コンドームを取り出してくる。

「あ、それなら私につけさせて」
 愛里からそれを受け取って、アキちゃんのスカートの中に潜り込んでみる。
 柔らかくて気持ちのいい布を何枚もめくりあげ、ようやく一番下の布を持ち上げる。

 一応通気性の高めの生地だけど、これだけ重ねると殆ど空気も通らないのだろう。
 湿度の高い、むわっとした空気が私を包む。
 薔薇の香水に色濃く混じる、ミルクめいたアキちゃんの匂い。
 どの方向を見ても真っ白の、その純白の空間に潜り込む。

 背中にかかる、スカートの一番内側の柔らかい生地。
 入口は愛里が持ち上げてくれているけど、その状態でも私を優しく包み込む。
 アキちゃんはずっとこの空気、この感触に包まれていたのか。

 中心部、白いストッキングに包まれた細い長い脚。
 滑らかで人形めいた、綺麗な脚。
 私自身はあまり変に細い脚は好きじゃないけど、でもアキちゃんのこの脚は見事だと思う。
 1年半前、脛毛をきちんと処理をした脚を見せてくれたときに覚えた、あまりの変貌ぶり、印象の変わりぶりに対する驚きをを、少し懐かしく思い出す。

 ストッキングのすべすべな感触を楽しみつつ、指先を上へ上へと辿らせる。
 最上部のレース飾りを経て、ガーターの紐に沿って追跡。
 むき出しになった絶対領域。アキちゃんの肌がストッキングよりもなお心地よい。
 アキちゃんも反応して、脚を切なそうにもじもじとすり合わせていたりする。

 花嫁らしいガーターベルトの感触。
 やはりノーパン状態だったか。丁寧に陰毛を除去した、むき出しになっている股の周辺の肌をたどって『その場所』に到着。
 花嫁にはそこだけがふさわしくない、アキちゃんの秘芯に。

 背中で触っていても気持ちいい、柔らかなスカートの一番下の生地。
 むき出しになった先端ごと、そっと纏わりつくように包み込んだ状態。
 ずっしりと重いスカートが、その上から圧迫を与える。
 私には“その器官”はないから想像しか出来ないけれど、酷く気持ちよさそうだ。

 探し当てた先端部は、先走り液でもう濡れ濡れになっている。
 もともとかちこち状態だったその場所が、私が指を触れるたびにビクンと震える。
 『可憐』という言葉とは正反対に位置する、逞しく雄々しいもの。

 もうちょっと遊んでいたかったけど、このままだとスキンを付ける前に暴発しそう。
 光のほとんど入ってこない白い闇の中、多少苦戦しながらゴムを定位置に。
 相変わらずカチコチのその部分。
 スカートの裏地でくるりと包んで、その布越しの感触を楽しんでみる。

 脈打ち、震える、可憐な花嫁さんには似合わない器官。
 私の中に何度も迎え入れた、今からも多分迎えるのだろう存在。
 そのことを思うと、不思議なくらい心臓が高鳴ってくる。

 スカートの生地の与える快感に、脚をぎゅっと閉じて、「あんっ……」と甘い声をこぼしているアキちゃん。
 いつもなら見上げれば顔が見えるのに、幾重ものオーガンジー生地に間を挟まれてそれも見えない。こんなに近いのに遠い、不思議な感じ。

 そんな感じで暫く遊んでいると、私の反対側から愛里が入り込んでくる。
 柔らかい布が幾重にも被さる、広いとは言えない狭苦しい空間。
 純潔の象徴たるウェディングドレスに身を包んだ花嫁さんを、2人して前から後ろから責め立て始める。

 細かい動きは分からないけど、どうやらむき出しになってるアヌスを舌先で舐め上げてる様子の愛里。
 私も負けじと、悶える両脚に胸を擦り付けながら、ガーターベルトとストッキングの間の柔らかい肌の感触を楽しみながら、スカートの布越しの愛撫を続ける。

「あんっ、あああぁんっ、おねっ、お姉ぇさまぁ、あぃりお姉ぇさまぁっ、やめっ、あぁん」
 天から降ってくる悶え声。震える細い脚。
 腰が砕けそうになってるはずなのに、スカートの中の私たちに気遣ってか、健気に二本の脚で立った状態を保っていてくれる。

 ここで一旦やめるかどうか悩むけど、こまで来たなら最後までいかせたほうが楽そうだ。
 ……この2人の場合、『寸止めの繰り返し』が好きみたいだけど、それが男性一般の傾向なのか、この子たちが偶々マゾ傾向があるのか良く分からない。
 ともあれ、久々に弄ぶタマタマの感触などを楽しみつつ、握るもう片方の掌に力を入れる。

「はぁっ、ぁああんっ! ぁっ、あっ、いっ、いっちゃうっ、いっちゃうのぉっ!」
 アキちゃんの声と腰の震えが、どんどんと大きくなっていく。
 やがてスカートの裏地越しに掴んだ花嫁の股間のそれが大きく震え、さっき付けたばかりのゴムの中に白い液体を放出した。



『瀬野家の人々』 白の話-4中


 ゴムの中の精子を愛里とまた2人で分け合ったあと、本日3個目になるコンドームを流石に萎えたあの部分に被せる。
 そこまで済ませて、アキちゃんのスカートをきちんと丸く広げた形で、部屋の真ん中にぺたんと座ってもらう。

 私たちも幾度も撮影で使用した姿勢。
 普通のドレスでもボリューム感が出やすいところに、アキちゃんのドレス。
 もう脇の下あたりまでふわふわのスカートが盛りあがって大変な状態になっている。

「アキちゃん、素敵。まるで海の泡から生まれたアプロディーテーみたい」
 愛里の言葉に、くすぐったそうな笑顔で応えるアキちゃん。
 確かにこの姿を絵画に起こせたなら、どんな素晴らしい芸術作品になるだろう。

 そのまま暫くうっとりと鑑賞したあと、アキちゃんの背後に回る。
 自分たちのドレスに変なしわが入らないように気を付けつつ、ソファに2人腰掛ける。

「じゃ、アキちゃんにも存分鑑賞してもらえるように……と」
 そう呟いて、モニタとカメラの電源を付けていく愛里。
 9つのモニタに映る、3人の花嫁姿の美少女たち。
 色合いの違う様々な『白』が、画面の上煌びやかに輝く。

 真ん中の一番大きな画面上では、アキちゃんが可憐にあでやかに微笑んでいる。
 画面越しの私の視線に気づいたのか、白いグローブで包まれた手を軽く振ってくれる。
 白い花吹雪が視界を埋め尽くすような、そんな錯覚。

「そして、放送開始」
 そんな中マイペースに愛里が言葉を続け、リモコンを操る。
 右上の画面に映し出される、アキちゃんの立ち姿。
 大きく大きく、伏せたお椀状に膨らんだ下半身と、その上に佇む小さな上半身。

 衣装も白く、肌も白く輝く、白のお姫さま。
 実際にはこのスカートの中、『あの器官』を堅く勃起させたまま、衣装が絶え間なく与えるほのかな快楽に酔いながら、でも自分で触ることもできず耐えていたのか。
 そのことを想うと、なぜかおかしみと同時に愛おしさがこみ上げてくる。

「……これは?」
「ついさっきのシーンを録画してたの。スカートよく見ると、動いているのが分かるよね?」
 なるほど言われてみると、アキちゃんのスカートの前部分がもそもそしてる。
 ということはこの蠢きの中の人は私なわけか。少し変な気分。

 さっきまで私を包み込んでいた湿度の高い空気、柔らかいスカートの重み、アキちゃんの体臭を思い出す。
 ドレスのスカートの下、私の下半身を包む下着が少し濡れてくるのを知覚する。

 圧倒的な存在感を放つウェディングドレスに身を包んだアキちゃん(=私の義理の弟)。
 その背後にウェディングドレス姿の愛里(=私の実の弟)が立って、スカートの山をかき分けながら潜り込む。やっぱり奇妙な眺め。

 羞恥心と快楽に白い肌をピンクに染めながら、身悶える可憐な花嫁さん。
 外から見る限り、注視すればスカートが上下しているのがようやく分かる程度。
 何もないように見えるのに、でも実際には私たち2人が前後からその下半身を責め立てている。そんな光景。

 身をよじり、背中をのけぞらせ、見えないだけに予測不能な責めにただ耐えている。
 見えなかったスカートの外の上半身、こんな風になっていたのかと再確認する。
 立ったまま、下半身は動かさずに、迫りくる快楽に身悶えするアキちゃん。
 画面の中、柔らかい髪が、躍る、躍る、躍る。

 録画だけで録音してないから、画面の中から声は聞こえてこない。
 でもスカートの何枚もの布越しに聞こえていた、アキちゃんの喘ぎ声を生々しく思い出す。
 可憐で艶やかな、女の子そのものの甘い嬌声。
 たぶんきっと、私よりも女らしい声色。

 こんな状態でも、どこまでも『女らしさ』『花嫁らしさ』を崩していないアキちゃん。
 『自分は本当は成人した男性である』という自覚を完全に投げ捨てて、どこまでも『花嫁姿の愛くるしい少女』として存在している。

 華やかなドレス。幾重にも幾重にも重なるスカートの中、むき出しになったあの器官。
 私の手によってそこに与えられる“男としての快楽”に酔いしれながら、でも指の僅かな所作でさえ美少女であることを微塵も崩していない。
 羞恥、愉悦、 躊躇、忘我。
 くるくる変わる表情。どの一瞬をとっても女の子そのもの。

 9個の画面のうち1つに映る、そんな可憐な花嫁さん。
 残り8個の画面には、今現在の姿が映し出されている。
 自分の痴態を見せつけられる羞恥心に耐え切れなくなったのか、白いロンググローブに包まれた指先で顔を覆ってる。

 白いふわふわのドレスに身を包んだアキちゃん。
 いつもなら白一色になりそうな画面だけど、今はピンク色に紅潮した肌がアクセントになっている。ピンクと白の薔薇が9つの画面を埋め尽くす。そんな印象。
 そんな画面の手前、部屋の中央にスカートを大きく広げて座る花嫁さん。

「あぅあぅあぅあぅ~~」と、意味不明だけど恥ずかしがってることは良く分かる声が耳に届いてくる。
 私たちからは直接的には背中しか見えない位置関係。

 女性モデルたちの間に混じって撮影しても、違和感を感じさせない清らかで可憐な背中。
 それどころか、美しさ女らしさで上位に入るだろう。
 以前3人で温泉入浴シーンを撮って、スタッフたちから疑われなかったことを思い出す。
 この背中で(本来の性別通りに)男湯に入ったら、ほかの客はぎょっとしそうだ。

 でも3月には、総重量40kg以上になる花魁姿のまま、ポスター撮影や挨拶周りを半日近くかけてこなす仕事をけろりとした顔でこなしたのだ。
 今着ているドレスだって、20kgを軽く超える重さ。
 華奢で可憐に見える背中と細い手足のどこにそんな力があるのか、不思議に思う。

 録画が終わり、画面が黒に変わる。
「「アキちゃん、とーっても可愛かったよ♪」」
 愛里と私。思わずハモった言葉に、ますます恥ずかしがるアキちゃん。
 頭をなでなでしてあげたい気分。

 愛里がリモコンを操作して、9個の画面全部が白の状態に戻る。
 9の方向のカメラによって同時に映し出される、すべての方向のリアルタイム映像。
 そのどれもが可憐で、愛らしく、女らしい。

 『男と女の差』って何なんだろう。

 白くてきめ細やかな肌。
 細くて柔らかい髪。
 滑らかな背中。
 薄い肩。
 肋骨から括れたウェスト経て、ヒップに至るまでのライン。
 すんなり伸びた筋肉の判然としない二の腕。

 声や体臭ですら、男のものとはとても思えない。

 注意して見ていけば、パーツパーツではそれなりに男要素もなくはない。
 “普通の女の子と比べれば”背が高く、肩幅もそれなり。
 でもここら辺は一般女性にもいるレベルだし、女性モデルとしては武器になる部分。

 手足も“中性的”であって、“女性そのもの”ではないし、俊也みたいに“女性としても上位に入る”というレベルでもない。
 他にも個別にチェックしていけば、『彼女』を構成しているのは男の身体なんだ、と分かるポイントはそれなりにある。

 でも、トータルで見れば“アキちゃん”としての雅明は、本物の女子よりも、ずっとずっと女の子らしい。
 他の女性モデルと並んでさえ、十分以上に女の子に見える。
 よく「男っぽい」と言われる私と比較すれば尚更だ。

 肌・髪質、身体のバランス、それに全体の雰囲気。そのどれもが、とびきりの美少女。
 日常生活を一緒にしていても、(本人がその気にならない限り)女の子らしくない瞬間を見つけることができない。
 デビューから1年以上過ぎた今でも、私が知る限り男だと疑われたことはないのだ。

 最初に私たちが雅明と会ったときの感想は、『女の子には見えないけど、でも女装したら意外と似合いそうなタイプだな』だった。
 それまで普通の男子として生きていた彼を、かなり無理やり女装や女性モデルの道へ引きづりこんだ自覚はある。

 でも、ここまで『ハマる』とは思ってなかったというのが正直なところ。
 “雅明”と“アキちゃん”では、考え方も、ものの好みも、交友範囲も、表情も、仕草も、エッチのときの反応も、くしゃみの仕方や寝顔ですら違っている。
 『自分は男である』という事実を欠片もみせず、私なぞよりずっと女の子になっている。

 私が俊也を演じるときも、俊也が私や愛里を演じる時もそういう傾向はあるけど、でもここまでは徹底できてないと思う。
 でも、
 ──それでも“アキちゃん”と“雅明”は、見せ方・見え方が違うだけで同じ人物であることに変わりはないし、
 ──それにどちらも私の恋人であることに変わりはないのだ。

 ふと今の距離が物足りなくなり、意を決してアキちゃんの海に飛び込む。
 薔薇の造花が至る所につけられたふわふわスカートをかき分けて、アキちゃんの隣へ。
 少し遅れて愛里もソファから移動して、アキちゃんを挟んで3人並んで座った状態になる。

 3姉妹そろってウェディングドレスを纏った、そんな光景。
 私たちは撮影で慣れてしまっているけど、考えてみると普通なさそうなシチュエーション。
 実際には『3姉妹』じゃなくて『3姉弟』なことを思い合せると尚更だ。

 それにしてもこの中だと、私が一番ドレスが似合ってないんじゃないかと考えてみたり。
 研究の際に散々見た、国内外のブライダルショウの録画やモデルの画像。
 その中でも『彼女たち』に匹敵するほど華やぎに満ちた美しい女性は記憶にない。
 それほどの美少女ぶり、それほどの花嫁ぶり。

 天成の素養に加え、日々磨きぬいた容姿やスタイルや肌の美しさ。
 ドレスのタイプごとに、『一番見栄えのする』動きやポージングの鍛錬もした。
 3人でずっと続けてきた努力の成果が、今ここにある。

 自分たち自身の手でデザインして、そして自分たちにフィットするよう作ってもらった、世界でただ一着の、自分たちのためだけのドレス。
 『花』をモチーフにしたアキちゃんのそれは、花畑の中、可憐な花が咲き乱れるかのように至る所に花を模した飾りが取り付けられている。

 フリルやリボン飾りも多くて少女趣味全開。
 この『少女』にはぴったり似合う、可愛らしい白の世界。

 その白の中にあってさえ、よりきれいに映えるアキちゃんの素肌。
 興奮も引いて、ピンクから戻った白が、ほかのどの白よりも素敵だと思う。
 私たちの行動に少し驚いたあと、今はとろけそうな笑顔を満面に浮かべている白の持ち主。

 まったくこの子は、どれだけ多くの種類の『笑顔』を持っているのだろう。
 舞台の上では『気品溢れるお姫さま』を演じていたアキちゃん。
 でも今は表情がだだ甘に崩れまくっていて、そんな様子は微塵も残ってない。
 そんな様子も、ただただ愛らしく愛おしい。

 仰向けに身体を倒し、ドレスに包まれた太腿に頭を預ける。
 この愛くるしい花嫁さんの白い海の中に、背中から飛び込むようにして。
 もっと近くに、“彼女”の存在を感じられるように。
 ほとんど全身、アキちゃんのふわふわスカートに埋もれたような状態。

 うなじに肩、腕や脚に感じる生地の感触が心地いい。
 ちょっと驚いた顔をしたあと、私の顔を覗き込んでにっこりと微笑んでくれる。

「わあっ。お姉さまだ☆」
「はーい。お姉さまです♪」
 そんな会話に、3人でそろって吹き出してみたり。

 純白の衣装のせいか、仰向けに見るその笑顔は天使そのもの。
 純粋で無垢。計算もなく演技もなく、心をそのまま映し出す晴れやかな笑顔。
 輝く後光を錯覚したりもする。

 そのまま嬉しそうに目を細め、私の髪を指先に絡めつつ愛おしそうに撫でてくれる。
 私も腕をさしのばし、零れるアキちゃんの髪を指で梳く。細く、滑らかく、柔らかい髪。
 言葉もなく、でも不思議なくらい暖かいものが心に溢れてくる、優しい時間。
 多忙がちで忘れかけていたけど、こんなひと時もいいものだとしみじみ思う。

 そんな私たちをしばらく優しい視線で見ていた愛里も参戦してくる。
 角度的に見えないけど、おそらく私と鏡写しに倒れ込んで、アキちゃんのもう片方の太腿に頭を預けた様子。
 私によく似た私でない指先が伸びて、同じようにアキちゃんの髪を優しく弄ぶ。

 2本の太腿に片方ずつ頭を載せた状態。
 その間にあるはずのものは今どうなってるのだろう。
 スカートに遮られて伺うすべはないけれど、私の中に受け入れるときよりもずっと熱く硬くなっていそうな気がする。

 コンドームの上から柔らかすぎるほど柔らかい布に包まれ、優しくなぶられ続ける状態。
 自分で触ることも許されず、そんな中でも誰よりも女らしい女の子としての佇まいを少しも崩していない、愛しい『少女』。

 手を伸ばす位置を変え、今度はアキちゃんの背中を追う。
 どんなシルクよりも滑らかで、指触りのよいアキちゃんの肌。
 これまでの度重なる狼藉で、今は汗でわずかに潤う。心地よい感触。

 感触を味わうために何度も指先を往復させているうちに、衣装につきあたる。
 そのまま指を下げ、アキちゃんの肌よりは幾分肌触りで劣る、ドレスの胴部分を撫でる。
 見た目よりしっかりした生地越しに感じる、コルセットの硬い感触。

 流石のアキちゃんでも、コルセットの助けがなければこのドレスは着れないみたい。
 もっとも私なら、そのコルセット自体を装着するのが無理なんだけど。
 細身の女性モデルたちの間に並んでなお、一番ほっそりして見えた舞台を思い出す。

 素の状態で、身長で5cm低い私たちよりも更にきゅっと細く括れたウェスト。
 思い返せば、私たちの言った些細な一言でもちゃんと守って実行してくれるアキちゃんなのだけど、このウェストだけは私の『お願い』を無視されたままだ。

 指先で感じる、女らしい弧を描く背中のライン。
 今はコルセットで形作られたものだけど、全裸の状態でも十分見事だと思う。
 この背中の持ち主が、実際には成人男性だという自覚をどこかに置き忘れてしまったような、そんな可憐な曲線美。

 「女らしい」と一言で言っても、本当の女性でここまで綺麗なラインを持ってるのは、100人に一人か、もっと少ないだろう。
 胸さえ隠して女湯に入っれば、肌の白さ滑らかさも相まって、周囲の羨望を集めそう。

 指を更に動かすと、後ろで編み上げた組み紐に突き当たる。
 私の感覚では『女性』を閉じ込める檻や籠のようで好きにはなれない意匠だけど、アキちゃんは割と好きみたい。

 「きゅっと身が引き締まる感じで、いいじゃないですか」
 という会話を、ドレスの作成時にしたことを思い出す。
 今の衣装はコルセットとドレスで、二重の編み上げ、二重の束縛の状態。
 男物の衣装には決してあり得ない意匠を、この子は好んで身に付ける。

 そんなことを思い浮かべつつ、背中で編まれた紐をしばし指先で弄ぶ。
 指先を更に動かし、今度は脇腹に。
 エッチの時に刺激してあげると快楽に乱れる、アキちゃんの数ある弱点ポイントの1つ。
 でも今は、いくらいじってもコルセットに阻まれて反応がない。

 ちょっとシャクなので、コルセットと衣装のない、むき出しの脇の下へ指を動かす。
 ここも勿論、弱点ポイント。
 今までのドレスと比べて段違いに指触りがいい、アキちゃんの素肌。
 のんびりタイムも名残惜しいけど、ここらで終了。

 穏やかに私たちを見下ろす笑顔に笑いかけつつ、指に力を込め──
「ひゃんっ!」
 ようとしたところで、突然のけぞって嬌声をあげるアキちゃん。

「ちょっと愛里。せっかくのノンビリタイムだったのに、あんまり悪戯しちゃだめよ?」
 たった今自分がやりかけたことを心の棚にしまいつつ、狼藉を働いた愛里に釘をさす。
「うふふふふ♪」
 そんな私に、意味深な笑い声だけで返す愛里。

 長い間私の影武者をさせた影響なのかどうか、すっかり私の行動・思考パターンが読めるようになってしまった彼女いや彼。
「ばっちりタイミング合わせたつもりだったのに、流石に見えてないと無理かあ」
 残念そうにそんなことまで言っていたりする。

「ま、そういうことなら」
 背中にあたるスカートや、頭を預けていたアキちゃんの太腿の感触を惜しみつつ、そう言いながらむっくりと体を起こす。
 反対側、ほぼ同じタイミングで身を起こした愛里とアイコンタクト。

 アキちゃんを挟む形で両側から手を伸ばし、弱い場所を攻略し始める私達。
 今度はばっちり同じタイミング。
「あっ、あっ、やんっ、あぁぁぁんっ」
 喘ぎ声と身悶えで応えてくれるアキちゃん。

 相変わらず肌が弱くて敏感だと感心すら覚える。
 薔薇の香水に混じってあたりに漂い始める、アキちゃんの甘い体臭。
 せっかく白に戻った肌が、またピンクに染まり始める。

 私達の腕と、懸命にガードしようとするアキちゃんの細い腕が空中で交差する。
 防御しようとするけれど、腕の数が4対2だと敵わないのは自明の理。
 純潔の衣装で身を包んだ花嫁さん。
 2人の指先が、その華奢な身体を責めたて乱れさせる。

 今、女性モデルとして活躍中の、(本来の性別さえ除けば)可愛すぎるほど可愛らしい女の子。
 式場のCF、ブライダルファッションショーの出演、貸衣装の宣伝あたりの仕事もこなした。
 ブライダルモデル専門に転身しても、一応生計を立てられるレベルだろう。

 肌の白さきめ細やかさ、身体のラインの見事さ。
 『実は男性だとばれる』どころではなく『女性としての美しさで羨望を集める』レベルの、ウェディングドレス姿の見事な花嫁。
 そんな花嫁さんが、私達の至近で、私達の指先で、乱れに乱れる。

 肩胸背中が大きく露出したドレスとはいえ、感じるポイントの多くはしっかりと生地やコルセットで守られた状態。
 その少ない残りのポイントを、ガードの隙をぬってついて刺激を与え続ける。
 何かゲームをしてるようで、口の端に笑みが浮かぶのを止められない。

「ひゃっ、ひゃめふぇっ、お姉さまっ、……たちのっ、いじっ、わるっつ! ひゃめっ」
 快楽に乱れつつ、そんなことを言ってくるアキちゃん。
 愛里が腕を止めたので、私もそれに倣って微妙に休憩してみる。

 絞ったコルセットで腹式呼吸が禁じられているから、大きく胸と肩を上げ下げしてはぁはぁと息を整える。
 幼げな面差しとは裏腹なその様子が、かえってエロティックさを強調する。

「そうなの? 本当にやめちゃうの? それでいいの?」
「……いぢわる」
 愛里の言葉に、唇を尖らせて、目じりに少し涙を浮かべて、頬を真っ赤に染めて抗議するアキちゃん。
 幼女めいた(そしてどこか妖女めいた)甘い声。

 本人の了承も得たということで、攻略再開。
「ひゃあっ、あぁっ、ぁぁあんっ、……ぁんっ」
 矯正を耳に受けつつ指先攻撃を行うさなか、ふと視線を動かして画面を見てみる。

 純白無垢のウェディングドレスに身を包んだ、ほっそりとした美少女たち3人による無邪気な戯れの様子がそこに映し出されている。
 実際には、男2人女1人の淫らな前戯なのに。
 しかも責められているのは女(私)ではなく花嫁女装姿の男の側という、逆転の構図。

 9方向から映す画面上で見ると、思ったより放置されている隙があるのに気付いてしまう。
 その方向から今度は責めてみる。
 耐えきられなくなったのか、腕を身体の前でぎゅっと交差させて、身体を前に倒して守りに入るアキちゃん。

 でもそれは隙ががら空きなわけで、ドレスのカップ部分に縫い付けられたパッドと、実際にはふくらみのない胸の間の隙間に手をすべり込ませる。
 大きく上下する胸の、小さな乳首を探り当て、愛里と共同で左右同時に刺激を与える。

 これまで必死に耐えていたアキちゃんの身体が、盛大に絶頂を迎えた。



『瀬野家の人々』 白の話-4下


 その後、配置変更。少し距離を取って、ソファに腰掛ける私と愛里。
 真正面の9つの画面に映る、2人の花嫁。
 ウェディングドレスはスカート丈を除けば左右対称の鏡写し状態で、それを纏う私達も鏡に映したように瓜二つ。

 私と愛里。
 一目で私達の見分けがつけられる人は、知る限りだと片手で数えるほどしかいない。
 実は私本人でも、あまり自信が持てないくらいだ。
 正直、いつもは“私じゃないほうが愛里”で済ませている状態。

 映像なら、数秒も眺めていれば大体見分けはつく。
 でも(たまにあるけど)昔に撮った写真に対して「これ悠里? 愛里?」って訊かれると、もうお手上げ。

 顔立ちも、表情も、肌の状態も、身体のラインも見分けが付かないほど似た2人の姉妹。
 でも一卵性双生児ではなく、二卵性の双子ですらなく、実際には2歳も年齢の離れた女と男の姉弟なのだ。
 漫画とかだとありがちだけど、現実には普通ありえない、不思議な状況。

 私の隣、背筋を伸ばし脚を流し、優雅に座る純白のドレス姿の少女──いや少年。
 映像越しの私の視線に気づいて、ばっちり素敵なウィンクまで披露してくれる。
 愛里を褒めると自画自賛っぽくなるから難しいけど、思わず見惚れたくなるくらいの見事な美女ぶり、見事な花嫁ぶりだと思う。

 そんな私達の前、ソファと画面の間を遮るような形で『白』が出現する。
 圧倒的な存在感を示す、白と白と白のその姿。
 ここがステージの上……というよりむしろヴァージンロードの上であるかのような歩み。
 私達の左手側から目の前を横切るように、スカートを軽くつまんで優雅に進む。

 付け直したヴェールの下、わずかな緊張を湛えた横顔が見える。
 脚を動かすごとに、それに合わせて優美に揺れるスカート。
 相変わらず下着なしだから、動くたび股間の男のものが圧迫されて切ない状態になってそうなのに、それを表には一切出さずに女性美の極致のような姿で存在している。

 座った私達からは、わずかに見上げる角度。
 大きく大きく膨らんだ下半身のスカートの大きさと、上半身のか細さの対比がより強調されて見える。

 高い位置、どこに内臓があるのかと不思議なほどに括れたウェスト。
 柔らかな曲線を保ちつつ、ぴんと伸ばされた華奢な背中。照明を浴びて光輝く薄い肩。
 精巧な人形を思わせる、すんなり伸びた二の腕。
 ロンググローブに包まれた、細い手首。

 ブライダルモデル達の間に混じってさえ、とびきり優美で可憐だったその姿。
 ヨーロッパ系のモデルさん達の間に混じってさえ、ひときわ目を惹いた滑らかな白い肌。
 「この子は実は男なんです」って言ったら、彼女達はどんな反応を示すのだろう?
 なんだか普通に冗談扱いされそうな気はする。

 首だけは、『長くて細くて優美』とは言えない。
 別に『男らしい』わけじゃなく、一般女性と比較すれば十分綺麗な部類だけど、そこだけが少し残念。
 でもこうして横から眺めて、喉仏の分からないすんなりとした首のラインは凄いと思う。

 もともとさほど目立つほうじゃなかった喉仏。
 結構前、「喉を隠せるようになったんですよっ☆」と嬉しそうに言っていたのを思い出す。
 詳しいやり方は聞いてないけど、なんでもそういうテクニックがあるのだそう。

 部屋の真ん中に到達したアキちゃんが、くるりと90度ターンする。
 更に大きく膨らむスカート、衣擦れの音、優雅で危なげのない仕草。
 軽いドレスみたいに勘違いしそうだけど、それでも20kgオーバーのドレス。
 私だったら多分少しバランスを崩しているだろう。

 下ろしていることの多い柔らかい髪が、今は軽くアップに纏めてある。
 そのせいで際立つ小さな顔。
 狭い肩幅との対比で頭が大きく見える私達より、印象的にはずっと小さく感じる。
 実際のサイズは私達が一回り小さいのだけれど、それでも。

 その小さな顔の中、目立つ大きな目、琥珀色の瞳。
 長く濃い睫毛で縁どられたそれが、薄いヴェールの下きらきらと輝いている。
 本人でさえ状況によっては見分けのつかない私達を確実に一目で見分けてくれる、世界でも希少な双つの眸。

 その煌めきに魅せられている間にアキちゃんは歩みを進め、すっ、と、私の目の前でしゃがみこむ。
 大きくふわりと広がるスカートに、また埋もれる格好になる私の脚。
 屈んだアキちゃんの背中越し、その清らかな背中を映し出す画面が見えるようになる。

「……なんだか恥ずかしくなってきたんだけど、本当にする?」
 これからやるプレイは、さっき話し合って決めたことなんだけど、無垢で澄み切った目を見詰めていると、なぜか急に羞恥心が襲ってきた。

「イヤなら、モチロン止めますけど……イヤじゃないんですよね?」
 可愛らしく小首を傾げ、私の心を見透かすように言葉を紡ぐ。

「……」
 少しの逡巡のあと、私は意を決してアキちゃんのヴェールをめくりあげる。
 そして腰を軽く上げながら、自分の纏っているスカートの裾を自分の手で上へとずらす。

 びしょびしょに濡れてた下着は先に脱いでおいたから、綺麗に脱毛を済ませた私の割れ目がアキちゃんの目と鼻の先に晒される。
 誓いのキスの代わりに、その割れ目に頭を近づけるアキちゃん。
 ピンクの口紅で彩られた柔らかくて甘い唇が、そっと私の秘所にあてられる。

「…………!!っ」
 意識を集中して、口から思わず出そうになった嬌声を無理やり押しとどめる。

 さっき全身を駆け抜けた電流が、まだ手足の先で微かに残ってるような感覚がする。
 今までクンニも本番も何度もしてきた関係。
 でもここまで感じたのは初めてだと思う。
 一時期は不感症なのかと疑ってすらいた私なのに。

 その私の反応ににんまりとした笑顔を送ったあと、たっぷりと唾液を含んだ舌で、ちろち
ろと舐め始める。
 なんだか仔猫みたい……と思う余裕があったのも最初の一瞬だけ。

「あっ! ぁぁあああああっっ! あんっ!」
 自分らしくない声が口からあふれ出すのを、もう押さえることもできない。
 下手に脚を動かすとアキちゃんの体に当たりそうだから、それを我慢するだけで既に全力なのだ。

 鼻からでる吐息も、今は絶妙なる愛撫。
 自分でもおかしくなるくらいに、アキちゃんの舌技に心も体も翻弄される。
 画面に映る、ソファに座る花嫁相手に一生懸命ご奉仕している花嫁さま。
 目尻に涙を溜めながら少し横を見ると、もう一人の花嫁さんも快楽に酔いしれている。

 大きくあいた右胸側から差し込んだ指先で、その小さな乳首を自ら愛撫し、もう片方の手で纏ったウェディングドレスの生地越しに股間を弄んでいる。
 よく見えないけど、堅く充血したクリトリス……じゃないペニスを、ドレスのスカートで包んだまま、激しく撫で上げ撫で下げしている様子。

 私も『彼女』に倣って、手をドレスの胸に差し込んで乳首をいじってみる。
 デザインの違うスカートの長短は、アキちゃんの頭と背中で隠れているから分からない。
 鏡に映したように完全に対照形のドレスを着た、同じ顔をした2人の花嫁が、同じように激しく身悶えしている様子がリアルタイムに赤裸々に映し出される。

 少し霞んで、正常に働いていない脳内。
 どっちが私で、どっちが愛里なのかも分からなくなってくる。
 アキちゃんの舌で巧みな愛撫を受けているのが私なのか。
 ドレス越しに自らの指で小さな秘芯を慰めているのが私なのか。

 ただの錯覚、それは分かってる。
 でもこの錯覚は触覚さえ伴って、舌戯と自慰を同時に受けているように思えてしまう。
 ──愛里も今、この感覚を味わっているんだろうか?

 鼻からこぼれる吐息を浴びる。
 それだけでもう、割れ目から飛び出る波紋が子宮にダイレクトに到着して、そこを起点に全身スパークが飛び散る。
 もう、自分のものとは信じがたくなるほどに、体も心も制御が効かなくなっている。

 どうやったのか、舌だけで器用にクリトリスの皮をむき、そのむき出しになった部分を更に責め立てるアキちゃん。
 清純、無垢、清楚、可憐。そんな言葉がよく似合うこの汚れを知らなさそうなこの白の花嫁さんの手で、留まることのない愉悦の坩堝に飲み込まれてく。



 目をあけて、ようやく自分が失神していたことに気づく。
 記念すべき(?)、自分歴では最初の、快楽による失神。
 アキちゃんが、愛里が、何度もやっているのを見て、内心羨ましかった体験。

 時計を見上げて確認すると、まだそんなには経っていないらしい。
 『落ち』た時刻が分からないからなんともいえないけど、たぶん10分か15分くらいか。
 下手するとそのまま一晩目が覚めないアキちゃんとは違うよう。

(そっか、こんな感覚なんだ)
 不思議な感慨とともに身を起こす。
 部屋の真ん中では、そんな私を放置して、2人の花嫁が自分達の世界に耽っているところだった。

 アキちゃんを下に、愛里を上に。
 組み敷いた花嫁の、喉のラインを舌でたどる愛里。
 こんな時でも仕舞った状態の喉仏が、普通の男性にはあり得ない滑らかな曲線を演出する。
 与えられる快楽に愉悦の声をあげ、怪しく身を悶えさせている。

 2人ともウェディングドレスのまま。
 ドレスの皺をあとで直すのが大変そうだ……と思うけど、これは今更か。

 もともとショウのあと廃棄予定だったドレスを、お願いして引き取っていたものだ。
 今日のプレイを最後の花に、諦めてしまうのかもしれない。
 凄いかさばるから、今まで収納スペースが大変だったわけだし。

 体重を落とし過ぎないよう気を使ってはいるけど、それでも女の子としても華奢な部類に入る愛里の身体。
 姉(私)とほぼ同じ体重になるよう、何年もずっと苦労して調整して続けている弟の身体。

 自分自身とさほど重さの変わらないそれを身体の上に載せた状態で、振り落とさないように注意しながら、穏やかな快楽に身を震わせている。

 大きく盛り上がった花のドレスのスカート部分に埋もれた、愛里の下半身部分。
 自分自身もウェディングドレスを着たまま、その下半身をうねるように動かしている。
 幾重ものスカートに包まれた下半身同士で、兜合わせしているらしい。

 敏感な場所に柔らかなスカート裏地を押し当てて、互いを刺激しあうプレイ。
 ドレスを脱いで裸になれば『それ以上』ができるのに、この子たちは、まったく。
 やっぱり『ウェディングドレス同士でのプレイ』に拘りがあるんだろうか?

 普通男性が着ることが許されない、女性でもそうそう着ることのないドレス。
 私はそこまで好きではないけど、ウェディングドレスを着た2人が嬉しそうにしているのを見るのは大好きだ。

 女性が着るために作られた、男性が身に付けるとどうしてもおかしくなってしまう衣装。
 でもこの2人の場合、並の女性……どころか並のブライダルモデルたちよりも似合ってしまうという事実が、私の密かな誇りなのだ。

 本格的に起きあがり、ソファに腰掛けたまま2人の『現役美人モデル』同士による美麗なレズプレイを鑑賞する。
 実際には弟同士のホモセクシャルなプレイだったりするわけだけど、予備知識なしでそれを見抜ける人は皆無だろう。自分でも信じられないくらいだ。

 位置をずらし、でもしっかりと抱き合った状態で、濃厚なキスを始める2人の花嫁(♂)。
 時に軽く、触れるか触れないかの距離で。
 時に深く、ぴったりと重ねた唇と唇の間で舌を絡み合わせるように。
 2人の間交わされる、ねっとりとした唾液。あれは私の愛液も混じってるのだろうか。

 片方は鏡や写真などで見る私──瀬野悠里そのままの姿。
 これが目の前で実演されてなかったら、いつの間にか撮影していた私とアキちゃんとのプレイの放映だと勘違いしてしまいそうだ。

 快楽によってうねる腰と腰。
 2人の間に挟まれた存在がその度に刺激されて、更なる快楽を呼び起こしているみたい。
 外見だけなら完璧な美女と美少女な私の『妹』たちが、実際には『弟』たちであるという、密かな証拠。

 自分がもし男に生まれてきて、この2人のプレイに混じれたなら……
 そんなことまで考えてしまう。

 キスは濃密さを更に増し、身体のうねりが大きくなっていく。
 いつまでも続くかのように思えた、百合のような薔薇の光景。
 花嫁姿の美少女の身体の上、花嫁姿の美女が『男』としての絶頂を迎え、そこで漸く停止を迎えた。

「よいしょ、っと☆」
 快楽の余韻に浸る愛里に退いてもらって、アキちゃんがゆっくりと立ち上がる。
 再び部屋中に広がる、オーガンジーのスカート。
 白い蝶が羽化を迎えるような姿。ちょっと感動してみたりもする。

「じゃあ、お姉さま。始めましょうか」
 つまりここまで全部そっくりまとめて“前戯”ということになるのだろうか。
 そう思うとなんだかおかしくなって、2人のプレイを見てこっそり昂ぶっていた身体や、さっきの感動が微妙に台無しになってしまった。



 アキちゃんの言葉に従って、ソファの“へり”の部分に腰掛ける。
 ゆっくりと近づいてくる歩みに合わせて、ソファの外に垂らしていた私の脚を、蹴上げるように持ち上げていく。
 逆上がりの要領で持ち上げた2つの脚に、アキちゃんのスカートが覆いかぶさる形。

 横を向いて画面を眺めると、白い布に腕と頭以外すっぽりと覆われた私が見える。
 身体に落ちてくる布の塊を押しのけないと、本当に完全に埋もれてしまいそう。
 画面上では煌めく雲の上に浮いてるような優雅な光景だけど、本人的には割と必至。
 まあ、そういうのは撮影現場では珍しいことではないけれど。

 それにしても気持ち良すぎる、スカートの一番内側の感触。
 私の全身を包むようにかかってきて、凄く心地いい。
 アキちゃん自らチョイスして使ってもらったという素材。まさかこのプレイのためにこだわったわけじゃないと思うけど、実際どうなんだろう?

 視線を戻して、足元の方向を見る。
 もこもことしたスカートの造花の間に、可憐な花嫁さんの姿が見える。
「お姉さま、行きますよっ☆」
 無邪気で無垢な声とともに、更に一歩踏み出してくる。

 可憐な花嫁は絶対持たないはずの、逞しい男性のもの。
 その先端が私のお尻に突き当てられる。
 いや暗喩じゃなくて、本当に『お尻』だった。
 見えない状態だから仕方がないかもしれないけれど、穴とは全然別の場所の当たってる。

 初めてのエッチに戸惑う処女童貞カップルのような出来事に、少し笑みがこぼれてしまう。
 とはいえ、そう余裕ぶった態度を取れたのもわずかな時間。
 ぬるりとして熱を帯びたアキちゃんのものが私の双丘を滑り、入り口を探り当てる。

「ふあ……っ」
 その瞬間、自分の口から思ってもいなかった音が零れだす。
 さっきのクンニの時のような、いやそれよりずっと強い電流が手足まで流れる感覚。
 しかもその電流は、さっきと違って雲散することもなく、熱を持ったまま留っている。

 この本番を始める前に、スカートに再度潜り込んでコンドームは外しておいた。
 むき出しになった『その場所』と、綺麗に脱毛済み私の『その場所』が重なる。
 もう何度も繰り返したはずの行為。
 でも私の身体は、今まで繰り返したことのない、まったく新しい反応を返してくる。

「あっ、ああっ、ぁぁあっ」
 まだ挿入すらしてないのに、声が出て身体が震えるのを止められない。
 その“乱れ”が、急速に収まる。
 呼吸を整え、思考を整える。

 白いグローブに包まれたアキちゃんの左手が、私の右手に指先を絡める形で繋がれている。
 私よりも一回り大きく、力強く、とても器用な指先。
 視線をあげると、柔らかな笑顔を浮かべるアキちゃんの顔が見える。
 小さく、驚くほど色が白く、肌が滑らかで、彫りが深くて整っているの愛くるしい顔。

 ウェディングドレスを纏った完璧な花嫁さん。
 女のシンボルである外見を纏った美少女の持つ、男のシンボルである器官。
 今度は落ち着いて、徐々にそれを受け入れていく。

 こういう体位でプレイするのは初めてだけど、いつもよりずっと奥に届いてる感じ……
 って、ああそうか。アキちゃん自体の体重に加えて、ドレスの重みもかかってるからか。
 最初に雅明(当時)と結ばれたときには、今のアキちゃんのドレスコミの重さとさほどには変わらなかったと思うけど、慣れって怖いものだ。

 そのままゆっくりと腰を振り始めるお姫様。
 腰の動きは激しく大きなものではないけれど、身に付けているプリンセスラインのスカートが大きく揺れて、それがそのまま私を貫く力として降りかかってくる。
 せっかく整えた呼吸が、すぐにまた乱れ始める。

 ──いけない。
 飛んでしまいそうになる意識を必死で押しとどめる。
 エッチの度に失神してしまうアキちゃんが相手なのだ。私まで気を失ったら後始末が大変。
 おまけに近頃は愛里まで失神するようになってきているのだ。

 以前仕事に疲れて帰宅したら、このリビングで、凄い格好(女性下着とバニーガール姿)をして結合状態のまま気を失っていた時のことを思い出す。
 急がないと両親が帰宅する状態で、2人を起こして後片付けをするのは大変だった。

 ──あ、そっか。
 その時「羨ましいなあ。今度やるときは私も混ぜてよ」って言ったからなのか。
 今日、ここで、画面に映されながらプレイしているのは。
 呂律も回らず、とりとめのない思考しか出来ない頭の中で、そんな理解をする。

 再度横を向いてみる。
 すっかりスカートに埋もれてしまった私はほとんど見えず、ソファーの横に立ったアキちゃんが懸命に腰を動かしている珍妙な状態。
 せっかくの実況放送プレイなのに、割ともったいない。いつかリベンジしないと。

 更に視線をずらすと、部屋の真ん中、ドレス姿のまま横向きに寝そべっている私が見える。
 私の視線に気づくと、にっこり笑って手まで振ってくる。
 なんで私があそこに? って、あれは愛里か。ダメだ本格的に頭が働いてない。

 乱れる頭を動かして、再度アキちゃんの方向へ向き直る。
 ボリュームのありすぎるドレスのスカートを翻すたびに、衣ずれの音が大きく鳴る。
「ひっ、あああっあっ、ひうっ!」
 アキちゃんや愛里とは違う、自分の演技とも違う、悲鳴じみた喘ぎが喉から溢れ出る。

 ほとんど全身を、アキちゃんの白いオーガンジースカートに覆われた状態。
 ドレスに振りかけられた薔薇の香水の匂いと一緒に、私のすべてを包んでいく。
 徐々に思考が『白』になっていく。
 アキちゃんの衣装の白と、煌めく肌の白と、心の白が、私を侵していく。

 それはわずかな恐怖を伴う、大きな悦びに満ちた世界。
 アキちゃんのもたらす、白の世界。

 以前アキちゃんや愛里が話していた、快楽よりも大きな快楽。
 脳内でそれが『性的快感である』と把握できるだけの限界を突破して、処理できないブランクとしてしか認識できない状態。

 アキちゃんの純真な白の笑顔に見つめられながら、アキちゃんの先端から吹き出る『白』を子宮に感じながら、私の意識はその白に飲まれていった。


最終更新:2015年03月01日 11:37