拡大解釈されたエビングハウスの忘却曲線とその現代的な解釈

エビングハウスの忘却曲線が,どうにも拡大解釈されているのが見受けられます.
ここではエビングハウスの忘却曲線がどこまで主張できる実験結果であるのかを述べます.


歴史
実験・報告共に100年以上前にやられたものであり,当時は1970年代の2重貯蔵庫モデル,1980年代の改良された二重貯蔵庫モデルは存在しませんでした.
しかし,この実験を1980年代の改良された二重貯蔵庫モデルと対応付けることは可能です.ここでは対応付けて解説したいと思います.
当然,100年も昔のことですから,これを批判する論文はたくさん存在します.


方法
1)無意味な単語を用意した.
2)被験者にこれを記憶させた.
3)記憶した無意味な単語を再生させた.


解釈

まず,1)について
無意味な単語の時点で,これは宣言的知識に関する実験であることがわかります.
従って,よくweb上で見られる,「エビングハウスの忘却曲線ではこういう結果になっていたから,計算練習はこういうタイミングで勉強した方がいいよ」みたいなことは完全な誤りです.計算能力は,宣言的知識(事実に関する知識)ではなく,手続き的知識(行為に関する知識)です.エビングハウスの忘却曲線は,計算能力のような手続き的知識に関する主張を,まったく行っていません.計算能力のような行為に関する知識,手続き的知識の獲得方策に関してエビングハウスの忘却曲線を根拠にするのは,明確な誤りです.英単語の暗記などであれば,いいかもしれませんが.

次に,2)について
1980年代に改良された二重貯蔵庫モデルでは,1度でも理解すれば長期記憶へと知識が移行します.そして,これを意識する,つまりワーキングメモリに持ってくることが「思い出す」という行為に相当します.「思い出す」,つまり長期記憶に貯蔵された知識をワーキングメモリに持ってくるためには,検索という過程が必要です.
現代の認知心理学では,検索の成功率を高めるために反復練習が必要とされています.
従って,2)においては,長期記憶に貯蔵された無意味な単語を,何度も反復して検索の成功率を十分に高めた,と解釈することができます.

最後に,3)について
経過する時間に対し,検索の成功率を測っているといえます.
エビングハウスの忘却曲線とは,現代風にいうと,検索の成功-失敗率曲線なんかといえるのではないでしょうか.

以上です.


2)でも述べたとおり,学校などの教育は宣言的知識と手続き的知識の獲得といっても差し支えありません.
エビングハウスの忘却曲線のことを根拠にするのであれば,宣言的知識の獲得に関してのみに限定すべきだと思います.

また,学校の教育などで教えられる宣言的知識は,エビングハウスが実験で用いたような無意味な単語ではないため,完全に適用できるわけではありません.
(まあ,関数の変動が緩やかになるとかその程度の変化しかないと思いますが)



もっと踏み込んだ解釈

しかしながら,David E. Kisersは,「手続き的知識とはもともと宣言的知識であり,宣言的知識が手続き的知識に変換されながら手続き的知識が獲得される」と報告をしています.
なにがいいたいかといいますと,エビングハウスの忘却曲線は,何らかの面で,手続き的知識の獲得方策と関連付けることが可能かもしれません.とはいえ,現在web上で大々的に出回っている言い方は完全に誤りなのは変わらないと思います.(終わり)

(ただ,David E. Kisersの開発した認知アーキテクチャは,Andersonの開発したACT-Rよりも精度が悪いみたいなので,どこまで信用していいかわかりませんね…)
最終更新:2013年05月21日 16:01