デート三昧な二人の一日 Aパート

829 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/14(木) 21:39:08.51 ID:qXsNZqdjo


 ついてない――と思った。

 部屋が暗かったから。

 確かに開いた筈の目には常夜灯のオレンジぐらいしか映らない。

 カーテンの隙間から覗く空も、まだ夜の色をしていた。

憧「はあ……」

 調子が狂う。

 普段なら、目覚ましが鳴るまで眠っていられるのに。

 せめて、爽やかな朝日で重苦しい気分を紛らわせたかったのに。

 時間が知りたくて枕元を漁る。

 ケータイを探し当てて、待受画面を見ると、

憧「ぅげ」

 あまり上品ではない声が漏れてしまう。

 液晶に並んだ数字は、寝るにも起きるにも不向きな、夜明けの直前を示していた。

憧「……ほんと、ついてない」

 こんな日にデートなんて。

831 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/14(木) 21:54:21.46 ID:qXsNZqdjo

 そのままケータイをいじる。

 指に染み付いた動きでメールの受信BOXを開いた。

 『麻雀部』フォルダの、最新の一件。

 昨夜、部屋の電気を消す寸前に届いた一通。

 表示させる。

===

From:ハルエ
Sub:明日はいよいよ

待ちに待った須賀くんとのデートだね!
どう? 眠れそう? ドキドキしてない?
そんな憧にハルちゃんからお知らせです!

デート中、私から須賀くんにメールで指令を送ります。
憧はそれに素直に従うこと! 拒否ったらダメだよ?

そうすればきっと楽しいデートになるから。
もし気が進まなくても、どうか私を信じて。

そう……希望という名の船、エスポワール号に乗ったつもりで!

===

憧「………………」

 壁際に寝返りを打って、メールから目を背けた。

憧「はぁぁぁ……」

 そして溜め息。

 もうやだ、あのレジェンド。

834 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/14(木) 22:21:27.13 ID:qXsNZqdjo

~浴室~

 手に触れる水の温度を確かめて、頭からシャワーを被る。

憧「はぁぁぁ……♪」

 今度は至福の溜め息。

 どんな時だって、熱いシャワーを浴びると幸せな気持ちになれる。

 いや、こんな時だからこそ、かな。

 濡れた髪を横に逃がしながら考えるのは、ハルエのメールについて。

憧「京太郎に従う……って」

 ありえない。

 その一言に尽きる。

 指令を出すと知らせた上で、それは京太郎に伝えるとメールには書かれていた。

 つまり、あたしは指令の中身を教えてもらえない。

 つまり、あたしは受け身でしかいられない。

 つまり、あたしは京太郎に逆らえない。

 それは、だから、つまり、

憧「………………エッチな命令とかされたら、どうしよう」

842 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/14(木) 22:57:56.82 ID:qXsNZqdjo

 口にした途端、猛烈に後悔した。

 顔が熱くなる。

 降り注ぐお湯よりも、ずっとずっと。

憧「~~~~~っ」

 ありえない。

 ありえないありえないありえない!

 エッチな命令とか、そんなのさせる気もないしされる気もない。

 まったく、毛頭、これっぽっちも。

 花の女子高生の純潔を、安売りなんてしないんだから。

憧「……」

 けど、

 事実として、あたしは男に弱い。

 いや色ボケ的な意味じゃなく。

 これまで何度もハルエの指令に翻弄され続けてきたし。

 今日だって、本物の指令に紛れて京太郎が自分の欲望を押し付けてきたら――

憧「…………」

 ありえない。

 言い聞かせるように、断じる。

 京太郎はそんなことしない。

 そう信じられないような相手だったら、そもそもOKなんてしない。

 一緒に頑張ろうって決めた相手だから――京太郎だから、デート、するんだ。

憧「………………」

 でも下着は、一番新しいのにしよう。

 深い意味はないけど。

849 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/14(木) 23:13:18.42 ID:qXsNZqdjo

~憧の部屋~

 バスタオル一枚で脱衣所を出て、駆け足で部屋に滑り込んだ。

 もう5月だから寒くはないけど、万が一お父さんに見られたら、死にたくなるし。

 お小遣いも減らされそうだし。

憧「……さて……」

 気持ちを切り替えよう。

 とりあえず下着だけ身に着けて。

 差し当たって最大の問題が、目の前にあるんだから。



 床一面に散乱した、服、服、服。



憧「……」

 頭を抱える。

 昨夜、就寝ギリギリまで悩んだけど決まらなかった。

 ていうか、決められなかった。

 いくら相手が京太郎でも、いくら本当の恋人同士じゃなくても、デートはデート。

 下手な格好はしたくない。

 そう思うと、どうしても決めることが出来なかった。

853 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/15(金) 00:05:22.59 ID:6Ox6O/0oo

憧「むー……」

 分からない。

 男の人にウケる服が分からない。

 いつもは自分が好きなように選んで、それで初瀬とかにはウケてたし。

 でも男と女じゃ視点も違うって言うし、何より今日はデートだし。

 京太郎が好きな服なんて、分からないし。

 こんなことなら事前に訊いておけば良かった。

 ……それはそれで意識しまくってるみたいで、やっぱ嫌かな。

憧「むぅ~……」

 決まらない。

 数がある分、余計に。

 ミニスカート――駄目、短すぎ。

 ワンピース――駄目、キャラじゃない。

 ジーンズ――駄目、ちょっと可愛さ不足かも。

憧「……あーもーっ!」

 下着姿のままベッドに飛び込む。

 そんな風に逃げても、デートは待ってくれないのに。

 日はもう昇り始めていて、待ち合わせの時間は刻一刻と迫っているのに。

憧「ふきゅしっ」

 早く決めなきゃ。切実に。

864 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/15(金) 00:30:55.99 ID:6Ox6O/0oo

……
…………
………………


 待ち合わせ場所に着いた。

 まあ、神社の前なんだけど。

 指定された通り、鳥居に寄り掛かって神社側から見えないように立つ。

 腕時計を見れば約束の10分前を指していた。

京太郎「ふっ」

 我ながら完璧だ。

 服装も小綺麗なものを選んだし、印象はまずまず悪くないんじゃあなイカ?

 後は憧が来たらロープウェイで駅前へ、そして電車に乗って繁華街へ。

 楽しいデートの始まりって寸法だ。

 つっても、楽しく出来るかどうかは俺次第ってところかな。

 と、

憧「きょ、京太郎~」トテトテ

京太郎「お」

 声と足音。

 ご到着か。

 逸る気持ちと歪む顔面を理性で制御しつつ、鳥居の陰から顔を出して振り返る。

865 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/15(金) 00:34:50.37 ID:6Ox6O/0oo



                  -―…―-
         , -―‐-、/: : : : : : : : : : : : : \
         /γ  ̄ .ア: :/: :./ : : |: : : : : : : : : : .
.         i: :/    ./: : /:.、イ : ⅰ|: :.|: :|: : : : :’
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        八:ヘ   |レ:.;ィrぉ!|: :l 弋マサ:|: : /: : ̄|` 、:\  「お、おまたせ~……」
.         ヘ:.ヘ    Yイ代リ`ヽ! 'で心'/ニ/: :j: : :|   \:\
          \、「l /〉:|  ,    辷チハ_/ : ハ: :λ    \:\
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.          / 「lY {:「!: :ぇ. ゝノ  /厶ク ∧: : ヘ: :ヘ ̄ィ二ニ_マ: :ヽ-、
.        /   ト}」テ了|: :ハ ¨爪/// 厶-\: :ヽ: ヽ: : : : _:ヘ: : ヘヾ
      \  / 入__ム/:厶≧「ミマム': :, イ    \: :\:\: : : : `:ヽ: :ヘ`ー-‐ァ
         `ー'`ー ´ ./:/    レ/: イ ム ___ 寸z_`: : : :―‐- \: ヽー‐'.       }.   ___
            /:/   く/ィチ_Y 厂/     ハ寸: ̄: : ‐--: 、ヾ\:\ミー‐ァ  ./' jγ ̄ `
             | {   //| ヽ._/      ,-<¨ \\: : : : : : : : :`\:\二_/ムィノ,
             | ト、 /イ/ 个ァ'   /  /    ̄ ̄ \ミー―--  _: : ヾー―----一´
             ヾ、 ハ|   /   /  ∠_        `ーニ=-一  ̄ヽ: :.
                   厶  '   //ゝo `     _   ク`了ユ
                 /     / λ        ー ´   ヽ:\
                        / 夕く`ー、 o            〉:.:.〉
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: : / へ.゙、 :丶ヾヽ<´{::::i` ヽ! 1!|:/| :!ノ゙、リ
: :ヽ    \ : :!丶   ̄     Vイ:ハ |\:i
.: : 丶    \゙、        `> リ  `
ヽ: : :`┬ 、  ヾ          /
  i: ;ィノ    U     ,....-ィ /   「制服ゥゥーーーーーッ!!」
,,:‐レリ    _       ̄ /
゛=!_    \ `ー-、_  _/
::::::゛== 、 \   / ̄ヽ、
::::::::::::::::::::::゛===-、    >



916 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/15(金) 22:18:04.14 ID:6Ox6O/0oo

憧「せ、制服ですが何か?」エッヘン

京太郎「なんで開き直ってんの!?」

 腰に手を当て、ない胸まで張って。

憧「うっさいわね! 着る服が決まらなかったんだから仕方ないでしょ!」ムキーッ

京太郎「今度は逆ギレかよ!」

憧「うるさいうるさい! いいわよね男は適当な格好でも許されるから!」

京太郎「んだとォ? これでも精一杯キメてきたつもりなんですけど?」

憧「え?……あ、確かにいつもより……」

京太郎「だろ? だから憧も着替えてこいよ、待ってるからさ」

憧「い、いいわよもう。制服のままで行く」

京太郎「ダーメーだ。折角のデートなんだぞ?」

 俺も制服だったら、放課後デート風でアリなんだが。

 と、憧が難しい顔で俺を見つめ……睨んでいるのに気が付く。

京太郎「なんだよ?」

憧「……京太郎は、あたしがオシャレしたら、見たいの?」

京太郎「は? そりゃ見たいに決まってるだろ」

憧「…………」

京太郎「憧?」

憧「………………だったら、アンタにも手伝ってもらうから」

京太郎「へ?」

憧「来なさい!」グイッ

京太郎「おぅ!?」

919 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/15(金) 22:44:18.06 ID:6Ox6O/0oo

~新子家~

京太郎「……」

 廊下なう。

 憧に首根っこを引っ掴まれ、憧が今しがた来た道を戻って。

 廊下なう。

京太郎「……」

 どうしてこうなった。

 俺だけ放置だもんなぁ。

 まあ、仕方ないと言えば仕方ない。



 目の前のドアの向こうで、憧、着替え中だもんなぁ。



京太郎「……」

 どうしてこうなった。

924 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/15(金) 23:10:34.66 ID:6Ox6O/0oo

コンコン

京太郎「お」

 内側からノックの音。

 次いで、僅かに開くドアの隙間から憧が顔を出した。

京太郎「終わったか?」

憧「ま、まあ」

京太郎「じゃあ見せてくれよ」

 そういう話になっている。

 憧が着て、俺が評する。

 なんやかんやで、そういう話になっていた。

憧「………………」

京太郎「おーい」

憧「急かさないでよ! 今見せる、から……」

キィ...

 ゆっくりとドアが全開される。

 そして、



憧「じゃ、じゃーん……///」



 恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。

929 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/15(金) 23:31:00.56 ID:6Ox6O/0oo

京太郎「おお……」ジッ

 ともあれ、見る。

 普段なら目潰しが飛んでくるレベルのガン見だ。

 今日はそれが許されるのだから、まったく中学生は最高だぜ。

 なんだ今の電波。

憧「う、ぅうう……///」モジモジ

京太郎「それ、ワンピースだよな?」

 膝を擦り合わせて居心地悪そうにしている憧に訊いた。

憧「へ、ぁ、そ、そうよ。フレアワンピース。それに細いベルトでスリムに見せたりしてるんだけど……ど、どう?」

 裾を小さく摘んで、恐る恐る俺に視線を寄越す憧。

 ピンクがお気に入りなのだろう、件の『ふれあわんぴぃす』なる装束も薄い桃色をして候。

 そんな憧に俺は、

京太郎「うんっ! そうだなっ!」

 他に言う言葉が見当たらなかったでござる。

932 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/15(金) 23:52:07.69 ID:6Ox6O/0oo

憧「は? いや、そーゆーんじゃなくって……」

京太郎「なくって?」

憧「もっと具体的な意見が欲しいんだけど……」

京太郎「うんっ! そうだなっ!」

憧「元気ばっかり良くても駄目だからね!?」

 駄目かー。

 イケると思ったんだけどなー。

京太郎「でも俺、ファッションとか詳しくないぞ?」

憧「専門的な意見なんて期待してないわよ。単純に、京太郎があたしを見てどう思ったか……って変なこと言わせないでよ!///」カァッ

京太郎「言わせてねぇよ!?」

 だが、何を求められているかは分かった。

 念頭に置いて、改めてガン見。

京太郎「そうだなぁ……まず感じたのは、予想外だったってことかな」

憧「や、やっぱり?」

京太郎「似合ってない訳じゃないけどな。今まで見たことない格好でビックリした」

933 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/16(土) 00:15:36.52 ID:XvmgMoSIo

憧「ん……分かった。じゃあ着替えるから待ってて」

京太郎「ちょ、待、」

バタン!

京太郎「あー……」

 別にそのままでもいい、と言いそびれた。

 可愛かったんだけどな。

 しかし今日の行き先は繁華街。軟派な輩も少なからずいるだろう。

 憧のあのルックスなら声を掛けられてもおかしくない。

 となると、それはもう面倒なことになる。

 そういう意味では、もう少し大人しい格好をしてくれた方がありがたいのかも。

コンコン

京太郎「ぬ」

 またノック。

 そして開かれるドア。



憧「ぱ、ぱんぱかぱーん……なんつって///」



 なんつってっつっちゃった。

940 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/16(土) 00:39:16.30 ID:XvmgMoSIo

京太郎「おお、そう来たか」

 気を取り直して憧を見て、そんな声を上げた。

 今度の憧はパンツルックだった。

 Tシャツと七分丈ジーンズのみの、シンプルな出で立ち。

憧「どう? これならさっきよりラフで……あたしっぽいと思うんだけど」

京太郎「うん、そうだな」

 確かに、比較的イメージ通りといった風情だ。

 が、

京太郎「……今度は地味過ぎないか?」

憧「!」

 肝心の本人が、微かに不満気な表情をしていたようだった。

京太郎「なんつーか、やっぱりスカートの方が見慣れてるし、似合うと思うぞ」

憧「そ、そうかな? そう思うっ?」

 おう、と頷く。

 声の弾み具合からするに、読みは当たったらしい。

 良かった。

 「ぴったりめのTシャツに浮き上がった胸のラインが悲惨だし、逆に下半身は尻のラインがエロい」とか言わなくて。

 本当に良かった。

48 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/16(土) 21:39:13.95 ID:XvmgMoSIo

憧「じゃあ、また違うの着てみるから待ってて」

パタン

 そう言って、三度閉められるドア。

 三度廊下に置き去りにされる俺。

京太郎「……」

 ふと思う。

 これって家デートみたいじゃね?

 多少の物理的な隔たりこそあれど、可愛い女の子が俺の為だけにファッションショーを開いてくれているのだ。

 これを家デートと呼ばずしてなんと呼ぼうか。

 やばい。テンション上がってきた。

 が、



望「憧ー? まだいるのー?」



 冷や水・オン・ステージ。

52 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/16(土) 22:18:24.14 ID:XvmgMoSIo

京太郎「――!」

 ヤバい。

 理屈でなくそう感じる。

 声は玄関の方から聞こえた。

 そしてその声は、望さんのものだった。

 言葉から、彼女は憧を探しているのだと知れる。

 靴は手元にあるし、玄関からこの廊下までの距離もある。

 しかし、だからこそ、鉢合わせた時に気まずいのではないだろうか。

京太郎「……」

 俺自身、望さんに見つかっても問題はない。

 別に憧といかがわしいことをしていた訳ではないし。

 けれど、憧はどうだろう。

 恐らく嫌がる。恐らく困る。

 分かっていて放っておくのも気が咎めるし、

京太郎「……、――うむ」

 覚悟を決めて、祈りを込めて、

ガチャッ



憧「へ?」



 扉を、開けた。

56 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/16(土) 22:52:39.70 ID:XvmgMoSIo

 憧の部屋には当たり前のように憧がいて、しかし当たり前の格好をしてはいなかった。

 下着姿だった。

 ピンクが基調の花柄で、ややエロ可愛い系。

 こういう言い方が適切か分からないが、これこそ憧らしいと感じた。

憧「ふ、きゃ――」

 って脳内解説してる場合じゃねえ!!

 俺は今にも悲鳴を上げそうな憧の、その背後に素早く回り込んで、

京太郎「すまん、静かに!」

憧「ぅむーーーっ!?」

 その口を手で塞いだ。

 ついでに片方の腕は腹に回し、動きも封じる。

憧「……! むぅっ、んーっ!」ジタバタ

京太郎「暴れんな、暴れんなって!」

 ヤバイヤバイヤバイ!

 半裸の憧が腕の中で暴れる。

 その感触も、シチュエーションも、過去ダントツにヤバい!!

61 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/16(土) 23:16:51.53 ID:XvmgMoSIo

 あったかい。

 やわらかい。

 いいにおい。

 どれもこれもが役満級の破壊力なのに、それがトリプルだ。

 死ねる。理性が。

 だが、生きねば。

京太郎「これもお前の為なんだよ!」

 などと供述しても、

憧「ん゛ーーーっ!!」ジタバタ

 当然、伝わらず。

 このままでは望さんが、無人の筈の部屋から聞こえる物音に気付いてしまう。

 今では俺も、いや俺こそ非常に危険な立場にある。

 手段は、選べない。

京太郎「――」ギュッ

 腕に一層の力を込めて、

京太郎「憧」ボソッ

憧「んっ!?///」ビクンッ

 耳元、ほんの数ミリの距離で、囁く。

66 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/16(土) 23:42:04.38 ID:XvmgMoSIo

 目論見通り、憧の身体が跳ね、固まる。

 頭から爪先まで、緊張が行き渡っているのだ。

京太郎「しィーーー……そのまま、静かに……」

憧「ん、ふぅっ///」ゾクゾクッ

 柔らかく、そして濡れているような声で。

京太郎「憧。耳を澄ませて、部屋の外の音を聞いてみろ」

憧「ふ、ぅ……?」

 なるべく下着や肌を見ないように、視線は真っ赤な耳たぶに固定させておく。

 そのまま憧が問題を認識してくれるのを待った。

トットットッ...

憧「!」

京太郎「分かるな? 望さんが近付いてるんだ」

憧「……」コクン

 良かった、理解してくれたらしい。

 最悪の事態は免れて……やれやれってところか。

74 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/17(日) 00:29:22.82 ID:YO6rzQ+Lo

 後は、憧の気が緩まないように声を掛け続けるだけだ。

 触れてしまいそうな程に唇を寄せて、

京太郎「なあ、憧?」ボソッ

憧「っ……?///」

京太郎「もしも今、あのドアが開いて望さんがこの部屋を見たら……どう思うかな」

憧「~~~っ!?///」ビクンッ

 また跳ねた。

 それによって物音が立たないように注意しながら、更に続ける。

京太郎「驚くだろうなぁ。妹が下着姿で、男に後ろから抱き締められて……そんな光景を見たら、さ」

憧「ん……く、ふ……っ///」フルフル

京太郎「きっと誤解されて、まず監督に話が行くかな。そこから鷺森部長、玄さん宥さん――もちろん、穏乃にも」

憧「っ!」ビビクンッ

京太郎「嫌だよな? だったらいい子にしててくれよな」

憧「……っ」コクン

 掌には憧の吐息が、そして時には唇が触れる。

 どちらも火傷しそうな程に熱かったが、それでも俺は憧の身体を離さなかった。

 望さんの足音が部屋の前に近付き、また遠ざかるまで、ずっと。

108 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/18(月) 00:09:21.33 ID:NORJ+vIQo

 やがて、

望「変ね、気のせいかしら……」トタトタ

 そんな声を最後に、脅威は過ぎ去った。

京太郎「………………、ふぅーーーーーっ……」

憧「っ!? ……っ! ……!///」ビクンビクン

 安堵から(憧の耳元で)深く息を吐く。

 すると憧も、力なくその場にへたり込んでしまった。

京太郎「おいおい、大丈夫かよあ」 憧「こっち見るなぁ!」バサー 京太郎「ゴッ」

 投げつけられた服が顔面に直撃。

 もがもが言いつつ撤去する頃には、憧は他の服を掻き集め、胸の前に当てて防御を完了させていた。

 顔も体も、肌という肌が紅潮している。

憧「……し、」

 そして潤んだ瞳で俺を睨めつけ、

憧「信じらんない! 信じらんないっ! 何考えてんのよこのヘンタイ!!」

110 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/18(月) 00:38:39.97 ID:NORJ+vIQo

京太郎「あー……はい、ごめんなさい。俺が悪かったです」

 良かれと思ってやったことでも、憧からすれば堪ったものじゃなかっただろう。

 ここは素直に謝るべきと見た。

憧「なんでこんなこと、こんな日に……! ほんっとに最悪! 最低! 女の敵!!」

京太郎「返す言葉も御座いません」

憧「男嫌いを治すのを手伝う筈のアンタが、こんな暴漢みたいな真似してどうすんのよ!」

京太郎「うぐぅ」

憧「だから男なんて嫌いなのよ、野蛮でスケベで馬鹿でクズ……クズクズクズクズクズクズクズクズクズクズ……」ブツブツ

京太郎「………………」

 あのぅ、メゲます。

 流石に居た堪れない。

 逃げるようで情けないが――いや逃げるんだが実際――、さっさと退散しよう。

112 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/18(月) 01:05:09.94 ID:NORJ+vIQo

京太郎「えっと、憧。本当に悪かった。反省してる。とりあえず廊下に出てるから、早く服着ろよ」

 そう言い残して踵を返

憧「ま、待ちなさい!」ガシッ

京太郎「へ?」

 そうとしたところで、ジーンズの裾を憧に掴まれる。

京太郎「ど、どうした? まだ罵り足りないのか?」

 おっかなびっくり背中越しにクエスチョン。

 まず返ってきたのは沈黙だったが、すぐに声が追いついた。

憧「……アンタ、もしもう一度お姉ちゃんが戻ってきたら、また同じことするでしょ」

京太郎「え……そりゃあ、隠れなきゃ見つかるし」

憧「そんなこと、されたら、心臓とか、色々、もたないの……よ!」ズモモ...

京太郎「アッハイ」

 圧巻。

 思わず怯む俺に、憧はこう言った。

憧「だから……」

京太郎「だから?」



憧「こ、こ、こ、こ、こ、に、いなさ……い!!」



京太郎「」

146 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/18(月) 21:46:03.50 ID:NORJ+vIQo

 絶・句。

 ……したまま、10分ばかりが経っただろうか。

 憧は沈黙を肯定と受け取ったのか、背後で服選びを再開していた。

 あーでもないこーでもないと呟く声が聞こえる。

 もちろん平然とはしていないだろう。

 きっと茹で上がった顔で、一触即発のテンパり具合の筈だ。

 振り向けば殺される。

 コーラを飲めばゲップが出るくらい、確実に。

 そういう意味での緊張もあるし、また別の意味でも。

京太郎「っ……」ゴクリ

 普通にドキドキしている俺がいた。

 当然だろう。

 憧ぐらい可愛い女の子が、すぐ後ろで脱いだり着たりを繰り返しているんだ。

 衣擦れの音や微かな吐息。どれも扇情的な色で耳に届く。

 生殺しにも程があるわ。

151 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/18(月) 22:15:27.77 ID:NORJ+vIQo

 下手は打てない。しかし沈黙も辛い。

 そんな状況で、そんな状況なりの逃げ道を探す。

京太郎「あ」

 答えは目の前にあった。

 そして、そこら中にも。

京太郎「なあ」

憧「へっ!?」ビクッ

京太郎「これなんだ?」

 ぴらっ、と。

 掲げて見せたのは、床に広がる夥しい数の服の中の、ほんの一着。

憧「そ、それ? え、と……それはサロペットっていうの」

京太郎「さろぺ……? オーバーオールじゃなくて?」

憧「微妙に違うのよ。フランス語と英語で、意味はほとんど同じだけど」

京太郎「ふーん」

 そのデニム地の肩紐を摘んで眺める。

158 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/18(月) 22:48:34.39 ID:NORJ+vIQo

京太郎「じゃあこっちは?」ピラッ

憧「それはレギンスね」

京太郎「スパッツじゃなくて?」

憧「だから微妙に違うんだってば。用途で呼び分けたりしてるけど」

京太郎「へー。あ、これは分かるぞ、ストッキングと見せかけてタイツだな!」

憧「残念、それはトレンカ……ってさっきから何してんのよ!」バッ

京太郎「あ」

 ぶん取られた。

 真横から憧の怒気を感じる。怒気怒気。

憧「女子の服を、しかもボトムス多めに触んな!」

京太郎「仕方ねーだろ! こっちだって事情が……おお……」

 言葉の途中で思わず振り向いた俺は、続けて驚嘆の声を漏らすことになった。

憧「な、なによ?」

京太郎「いや……いやぁ」

憧「気持ち悪いわね……言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ」

京太郎「似合ってるぞ」

憧「ふきゅ」

161 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/18(月) 23:20:06.45 ID:NORJ+vIQo

 全身を見る。

 さっきとは違うデザインのTシャツと、下はミニスカート。

 ジーンズでないだけで華やかさがぐんと増した。

 加えてニーソックスがいい仕事をしている。

 憧のニーソ姿は初めて見るが、違和感はない。

 シンプルにまとまっていて好感が持てる着こなしだ。

京太郎「お」

 下がった視線を上に戻すと、中途半端な位置で固まった手の先に、

京太郎「帽子?」

憧「っ」コクコク

京太郎「……ハンチング!」

憧「きゃ、きゃすけっと」

 やだもー。

163 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/18(月) 23:36:29.57 ID:NORJ+vIQo

京太郎「……なんでもいいや。被るのか?」パッ

憧「うん、まあ……」

 おずおずと、ハンチングもといキャスケットを頭に乗せる憧。

 もぞもぞ具合を整えて、

憧「ど、どう……ですか」

京太郎「いいじゃん、似合ってる似合ってる」

憧「ほ、ほんとに?」

京太郎「嘘ついてどうすんだよ」

憧「じゃあ、これに眼鏡とか掛けてみたり……」スチャ

 勉強会の時に見た、赤いアンダーリムの伊達眼鏡が装備された。

京太郎「おー。似合ってるけど、なんか変装みたいになってきたな」ワハハ

憧「そ、そかな……♪」エヘヘ

 いつになく上機嫌な憧。

 どうやらようやく、デートに繰り出せる雰囲気になったようだ。

京太郎「よっし、決まったんなら早速――」

憧「そうね、早速――」



京太郎「出ぱ」 憧「靴を選ばなきゃ!」 京太郎「うぇー」



 俺達の戦いはこれからだ!

212 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/20(水) 21:45:34.95 ID:QBFwNEsVo

……
…………
………………


 がたんとごとんの繰り返しを聞きながら、あたしは膝の上に置いた手を見つめていた。

 電車の中だ。

 あたしと京太郎は、吉野を離れ繁華街へ向かう電車に乗っていた。

 ……隣同士の席で。

京太郎「晴れて良かったよなー」

憧「そ、そーね」

 近い!

 いや、仕方ないんだけど。

 長椅子に幅を取って座るなんてマナー違反だって、分かってるんだけど。

 それでも近い。

 もう少しで肩とか触れちゃいそうだし。

 だから、顔なんて見れない。

 下を向いて、京太郎の世間話に相槌を打つのが精一杯。

 デートって、こんなに緊張するものなの?

 なんでもなくて、ただ移動してるだけなのに。

214 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/20(水) 22:32:29.20 ID:QBFwNEsVo

憧「……」

 デート、か。

 夢にまで見たデート。

 まさか初めての相手がコイツになるなんて。

 4月、知り合った直後は思ってもみなかった。

憧「…………」

 理想の相手とは、お世辞にも言えないけど。

 理想の滑り出しとは、お世辞にも言えなかったけど。

 理想のデートとは、お世辞にも言えなそうだけど。

憧「………………」

 それでもデート。夢にまで見たデート。

 よく晴れた週末に、可愛い服を着て。

 好きな人――いや今回は違うけど――と電車に揺られて、賑やかな街に繰り出す。

 田舎も好きだけど、都会だって当たり前に好きだから、楽しくない訳がない。

 うん、楽しくない訳は、ない。

 だったら、

 頑張れるよね、デート。

216 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/20(水) 22:59:10.53 ID:QBFwNEsVo

京太郎「……ん。おい憧」

憧「ぇあ、な、なにっ?」

 途中の停車駅を出発した直後、京太郎が口を開いた。

京太郎「いや、そろそろ立とうかと思ってさ」

憧「え? まだ距離あるわよ?」

京太郎「でも隣見てみ」

憧「み、見てるじゃない」

京太郎「俺じゃねーよ。逆だ逆」

 逆?

 首を傾げながら振り向く。

 と、

憧「ふきゅ」

 変な声漏れた。

 隣に、知らない男の人が、座ってる。

 間に一人分のスペースはあるけど……

223 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/20(水) 23:34:49.07 ID:QBFwNEsVo

京太郎「な? 日曜でまだまだ混むだろうし、今の内に立っとこうぜ」

憧「う、うん……」

 油断してた。

 デートだからって京太郎のことばかり考えてた。……変な意味じゃなく!

 街に向かって進んでいれば、次第に人が増えるのは当然のことで。

 同年代の男子とか、年上でもいかにも「男!」って感じの大人とか。

 そういう、あたしが特に苦手な類の相手が増えるのも当然のことだ。

 立ち上がる京太郎の後に急いで続く。

京太郎「ほれ、こっち」

憧「え」

 京太郎が、自分の前に来るよう促す。

 ドアのすぐ傍。角になる位置。

227 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/21(木) 00:16:24.22 ID:v7W3BdCQo

憧「そ、そこなの?」

京太郎「おう。まあ、いい気分はしないだろうけどさ。まだマシじゃないか?」

憧「そうだけど……」

 自分から入っていくのか。

 尻込みしてしまう。

憧「べ、別にそこまでしてくれなくても平気よ」

 多分。

京太郎「本当か?」

憧「うん……なにもアレルギーって訳じゃないし、ちょっと怖いだけだから」

 嘘じゃない。

 まさか男に触られたからって死んだりしない。

 そうでなきゃ、とっくに京太郎に殺されてる。

京太郎「……」

憧「京太郎?」

京太郎「やっぱりダメだ。こっち来い、憧」

憧「は、はぁっ……?」

228 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/21(木) 00:45:03.41 ID:v7W3BdCQo

京太郎「ちょっとでも怖いなら無理すんなよ」

憧「で、でも京太郎に迷惑掛けちゃうし……」

京太郎「バーカ」

憧「んなっ!? ば、馬鹿って何よ!?」

京太郎「言葉通りの意味だよ。男が苦手なのは憧だけなんだから、それを庇っても俺には迷惑でもなんでもないっての」

憧「……あ」

 それもそうだ。

 京太郎にとっては、あたしがどこに立つかってだけの話なんだ。

憧「……、だったら……」

 呟いて、一歩。

 揺れる車内を、ゆっくりと移動する。

 京太郎が身体を傾けてくれて、その隙間に入る。

憧「……ごめん、京太郎」

京太郎「ん?」

憧「めんどくさくて、ごめん」

京太郎「気にしねーって」

 そんな声を、あたしは背中で聞いていた。

 こんな至近距離で向き合ってなんていられない。

憧「~~~っ……」

 がたんとごとんの繰り返しに紛れて、心臓の音まで聞こえなきゃいいけど。

267 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/21(木) 21:59:05.89 ID:v7W3BdCQo

……
…………
………………

~繁華街~

 駅前には雑踏が広がっていた。

 この光景を見ると、山を下りてきたんだなって実感する。

京太郎「はー。思ったより賑わってるな」

憧「長野と比べてどう?」

京太郎「どうかなぁ……もうずっとこっちにいる気がして思い出せねーや」

憧「なにそれ、まだ二ヶ月も経ってないでしょ」

京太郎「まあな。でも、こっちでの生活がインパクト強くてさ」

憧「気持ちは分かるけども」

 あたしだって、この4月からの思い出は特に濃く頭に残っている。

 それは単純に最近の事柄だから――じゃなくて。

 また集まれた仲間と過ごした時間だから、深く刻まれているんだ。

268 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/21(木) 22:25:59.92 ID:v7W3BdCQo

京太郎「さて、まずどこに行くかな」

憧「え、決めてないの?」

京太郎「え、決めてないよ?」

憧「えー……」ジトォ

京太郎「なんだよその目」

憧「普通、こういうのって男の人が段取り決めてくれてるものじゃないの?」

京太郎「いや知らんし。ついでに土地勘もねーし」

憧「頼りないなぁ……」

京太郎「うっせー。いいんだよ、今日はデートはデートでも予行演習みたいなもんだし」

憧「予行演習?」

京太郎「そうだろ? 憧の男嫌いを克服する一環って俺は考えてるけど」

憧「……む」

京太郎「だから、ちょっとグダついても探り探りやった方が為になると思うぜ」

憧「ふーん……」

京太郎「ふーんってお前」

憧「お前って言うな。別にいいんじゃない、京太郎がそういう考え方ならさ」ツーン

272 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/21(木) 22:51:27.85 ID:v7W3BdCQo

京太郎「なんかトゲがないか?」

憧「気のせいでしょ」ツンツーン

京太郎「そっすか……じゃあ適当に行き先を挙げるから、希望があったら言ってくれ」

憧「いいけど」ツンツンツーン

京太郎「……えーっと……まず思いつくのは、映画とか?」

憧「却下」

京太郎「瞬殺!?」

憧「デートと言えば映画って……短絡的」ズバァッ

京太郎「せめて定番と言っていただきたい……そんなにダメか?」

憧「ダメね」

京太郎「理由は?」

憧「そうね……何よりハイリスクローリターンなところかしら」

京太郎「ハイリスクローリターン?」

憧「そ。映画って拘束時間が長いでしょ?」

京太郎「ああ、まあ」

憧「せっかくの日曜日にそれだけの時間を費やして観た映画が……もしフォローのしようもない駄作だったとしたら?」

京太郎「!!」

273 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/21(木) 23:28:19.99 ID:v7W3BdCQo

憧「余程の安牌を選ぶなら別だけど、気紛れや暇潰しで映画館に入って良作に当たる確率は限りなく低いわ」

京太郎「た、確かに……」

憧「もし大ハズレを引いたらその後が悲惨よ」

憧「とぼとぼ入った喫茶店。ミントティーも冷めて、柔らかな午後の日差しも翳り」

憧「お互いに気を遣って、ありもしない『良かった』探し……」

京太郎「うわぁ……うわぁ……!」カタカタ

憧「そんな訳で、初デートに映画館はオススメしないわ」

憧「学生には映画代もバカにならないしね」

京太郎「お、押忍! 肝に銘じます!!」ペコリッシュ

憧「よろしい」フフン

 京太郎を屈服させて溜飲が下がる。

 今日は押され気味だったけど、やっと上になれた。

 やっぱり京太郎くらい手玉に取れないと、男の人への苦手意識はなくならないよね。

 うん、調子出てきた。

275 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/22(金) 00:11:16.38 ID:Ui4kQtBso

京太郎「あのー、ちなみに憧さん的にオススメのデートスポットってどこっすか?」

憧「そーね……もちろん相手次第な部分はあるけど、よっぽど内向的でなければカラオケは鉄板じゃない?」

京太郎「ああ、カラオケなら俺も好きだな」

憧「でしょ? 後はゲームセンターとかボウリング場とか……身体を動かす系のアミューズメント施設もいいわね」

京太郎「ふんふむ」

憧「総じて言えるのは、やっぱり学生らしく手軽に健全にってところかしら。下心が透けて見えるようなのは論外」

京太郎「なるほどなぁ。憧は何でも知ってるんだな」

憧「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」

京太郎「で、その知識はどこで仕入れたんだ?」

憧「そりゃ雑誌のデート特集――ハッ!?」

京太郎「へぇ~」ニヤニヤ

憧「そ、な、なによそのニヤケ面!?」

京太郎「別にぃ~?」ニヨニヨ

憧「嘘! 絶対なんか言いたがってるじゃない! 男嫌いの癖にデート特集とか読み漁ってるあたしに物申したがってるじゃないー!!」ムキー

京太郎「もう言うことねーわ」

281 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/22(金) 01:02:37.78 ID:Ui4kQtBso

憧「~~~っ……///」カァァ

 何よ何よ何よ京太郎のやつ!

 また余裕ぶって笑って、あたしをからかって。

 そりゃ一人で予習までして盛り上がってたあたしが滑稽なのは事実だけど。

 だけど、せめて形だけでもデートらしくって思うのは人情じゃない。

憧「……」

 あたしだけ、なのかな。

京太郎「憧? 急に黙り込んでどうした?」

憧「……別に何も。とりあえず、行き先は歩きながら決めましょ」スッ

 そう言って、京太郎から逃げるように前へ出る。

京太郎「あ、ちょい待ち」

 それを、呼び止める声。

 あたしの気持ちをまるで汲まない行動に、少しだけ腹が立った。

憧「なによ?」

京太郎「手ぇ繋ごうぜ」

憧「ふきゅっ!?」

283 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/22(金) 01:43:40.64 ID:Ui4kQtBso

 な に よ !

 また京太郎だ。

 突拍子もないことを口走って、人をかき乱して。

 いい加減にして欲しい。

 文句のひとつくらい、言わせて欲しい。

憧「あ、あ、あ、アンタ……!」

京太郎「ん?」

憧「どういうつもりで……なんでそんなこと言うのよ!」キッ

京太郎「なんでって」

 ぽり、と京太郎は頬を掻いて、

京太郎「その方がデートっぽいだろ」

憧「ふきゅ」

 なんて、のたまう。

京太郎「この際、誰が見てもデートだって分かるようにしようぜ」

京太郎「憧には厳しいかもしれないけど、それも含めてチャンスだと思ってさ」

京太郎「ちょっと頑張ってみないか?」

憧「……」

京太郎「憧?」

憧「つ、つなぐ」

京太郎「わぁい」

286 名前:5月26日(日)[saga] 投稿日:2013/11/22(金) 02:02:12.16 ID:Ui4kQtBso

 ぎゅ、と。

 手が取られ、京太郎の大きな手に包まれた。

憧「………………、へ?」

 あたしの手と、京太郎の手が、繋がっ、手ッ!?

憧「ゎ、ちょっ、ぅえええっ!?」ビクッ

京太郎「おぉ!?」ギュッ

憧「~~~っ!?///」

 暴れ出しそうになると、更に力強く繋ぎ留められる。

 やばい。

 完全に無防備だった。

 まったく警戒しない内に、つい手を繋いでしまった。

京太郎「落ち着け憧、落ち着けって」

憧「で、で、で、でも……!」

 一対一でも、部活の中でも恥ずかしいのに。

 ここは駅前で、たくさんの人がいて。

 だから、だから、



 京太郎と繋がったままこんな街中歩くなんて、頭がフットーしそうだよぉっっ。



 ……ふきゅ。



最終更新:2013年11月30日 15:31