風邪-Kaze- 京太郎編 episode of side-K

158 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/13(火) 01:06:17.92 ID:vA5lYwq2o


 結局、連休の前半はずっと家で養生する羽目になってしまった。

 ヘマしちゃったなぁ、あたしのバカ。


 県予選まで一ヶ月を切った大事な時期に風邪なんて。

 ……やっぱあの日、帰ってすぐシャワーを浴びなかったのが良くなかったよね。

 うん。分かってる。自業自得。

 風邪っぴき初日はしず達がお見舞いに来てくれたけど、それ以降はあたしの方から遠慮した。

 そんなことしてる場合じゃないからね。

 あたし達が目指す場所は、よそ見なんてしてたら辿り着けない。

 一分一秒でも長く。一局でも、一打でも多く練習しなきゃ。

 その為にも、まず完璧に風邪を治すことが先決。

 そう自分を納得させて、この三日間、全力で食っちゃ寝して過ごした。

 ………………体重計、乗りたくないなぁ。

159 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/13(火) 01:42:44.14 ID:vA5lYwq2o

 ベッドの上で過ごす日々は退屈そのものだった。

 しず程じゃないにしても、割とアウトドア派だし、あたし。

 まあ、部屋にテレビがあるのは幸いだったかな。

 時代劇の再放送とか、懐かしい感じのする教育番組とか。

 興味はなくても暇潰しにはなったし。

 寝る・食べる・テレビを見る。それ以外の時間は、ずっと牌譜を見てた。

 ハルエから貰ってて良かったわホント。

 全国の強豪選手の牌譜と自分の牌譜を見比べて検討を繰り返す。

 部活の時はどうしても対局優先で、データとじっくり向き合う機会ってあんまりないのよね。

 風邪をひいても悪いことばかりじゃない。

 そう思えるように精一杯の努力を重ねた。

 泣き寝入りなんて、キャラじゃないんだから。

161 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/13(火) 02:26:45.25 ID:vA5lYwq2o

 寝込んでいる間、ご飯の世話は主にお姉ちゃんが受け持ってくれた。

 病人相手に嫌な顔ひとつせず、話し相手にもなってくれた。

 それ自体はありがたかったんだけど。感謝してるんだけど。

 問題はその時の話題。



 お姉ちゃん、よりによって須賀くんの話をするんだもん……



 しかも三食毎回。メゲるわよ。

 どうやらあたしが寝てるタイミングで実物と顔を合わせてしまったらしい。

 その時のことを、嬉しそうに楽しそうにあたしに話して聞かせるの。

 やれ「思ってたよりイケメンだった」とか、やれ「憧の言うことはアテにならない」とか。

 勘弁して欲しかったわ、まったく。

 そんなの、普段の須賀くんを知らないから言えるのよ。

166 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/13(火) 03:28:38.53 ID:vA5lYwq2o

 ……けど、そろそろなのかも。

 そろそろ、須賀くんに対する認識を改めなきゃいけない……かも。



 彼は、きっと良い人だ。



 少なくとも悪い人ではない。

 お見舞いの日、なんと須賀くんだけが部屋に残っていた時間帯があったらしい。

 それを知ってすぐ、念入りに念入りに身体を確かめたけど、何かされた形跡はなかった。

 その前の日だって……まあ、色々あったけど……最終的に向こうからは何もされなかった。

 普段の彼がどれだけエッチでスケベでヘンタイでも、いざという時の須賀くんは驚くほど真剣だ。

 あたしも、それとこれとは分けて考えなくちゃいけないのかな。

 同年代の男子への苦手意識をなくしたい、ってのは間違いなく本心だし。

 だから、あたしの為にも、彼の為にも、もう少し歩み寄ってもいい……かも。

 本当に本当に、まだ可能性の話だけど。

 とりあえず今日、学校で会ったら、



 朝の挨拶をして、それからお礼を言ってみよう。



 そう決めて、三日ぶりの通学路を歩き始めた。

170 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/13(火) 03:50:39.44 ID:vA5lYwq2o

……
…………
………………

~教室~





ガラッ

担任「はーい皆さーん席に着いてくださーいちなみに今日須賀くんは風邪でお休みでーす出欠を取りまーす」





憧「」

175 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/13(火) 05:32:24.44 ID:vA5lYwq2o

……
…………
………………

レジェンド「えー……という訳で、今度は須賀くんが風邪で休みです」

 放課後、部活の時間。

 朝に担任の先生から聞いたことを、ハルエの口からも聞くことになった。

 もっとも、今までの内に情報が回って、既に全員の知るところではあったけど。

穏乃「京太郎、昨日から辛そうだったもんね」

玄「うん……ちゃんとお薬飲んだのかな」

宥「風邪が流行るとあったかくない……」

灼「だらしな」

 昨日から、だったんだ。

レジェンド「みんなも体調管理はしっかりするように。県予選が近くなったら特にね。じゃあ今日も張り切って部活はじめよっか!」

「「「「はーい」」」」

憧「………………。ねぇ、ハルエ」

レジェンド「ん? どした憧?」

憧「あの……悪いんだけどさ――」

176 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/13(火) 06:07:04.65 ID:vA5lYwq2o

……
…………
………………


 死にそう。

 身体の上から倦怠感がどかない。

 そのクッソ重い尻で俺を苛める。

 頭はガンガン喉はズキズキ、不調ここに極まれりだ。

 風邪の兆しは一昨日からあった。

 昨日になって、それがよりハッキリ感じられるようになった時にはもう手遅れだった。

 死にそう。今日中に。

 自分の死亡時刻が知りたくて時計を見る。

 学校では部活が始まっているであろう頃だった。

 憧の風邪はもう治っているだろうか。

 五人で練習に打ち込んでいるだろうか。

 いずれにせよ、俺の風邪を女子に感染す訳にはいかない。

 くれぐれも誰も見舞いに来ないよう、レジェンドには念押ししてある。

 これで安心して逝けるというものだ――





ピーンポーン♪

184 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/13(火) 08:02:56.34 ID:vA5lYwq2o

京太郎「ん……?」

 チャイムの音だ。

 つまり来客だ。

 こんな時間に――というか、奈良で阿知賀の関係者以外に知り合いはいない。

 その阿知賀学院の、麻雀部の面子が来る筈はないし……宅配便?

 だとしたら、

京太郎「無視だな……」モゾッ

 起き上がるのも辛いし。

ピーンポーン♪ ピーンポーン♪

 留守でーす。

ピーンポーン♪ ピーンポーン♪ ピーンポーン♪ ピーンポーン♪

京太郎「……」

ピーンポーン♪ ピーンポーン♪ ピーンポーン♪ ピーンポーン♪ ピーンポーン♪ ピーンポーン♪ ピーンポーン♪ ピーンポーン♪ ピーンポーン♪ ピーンポーン♪ ピーンポーン♪ ピーンポーン♪

京太郎「………………」

 布団から這い出る。

 鉛のように重い足を交互に動かし、玄関へ。

 チャイムの嵐に耳までも苛まれながら、やっとの思いで辿り着く。

 そして、

京太郎「ゴホッ。すいません、今居留守使ってるんでまた今度にしてもらっても――」

185 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/13(火) 08:05:44.03 ID:vA5lYwq2o



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    /:/     !:| | :i . :!:.∧.斗匕 圦 : . ト : | ヽ`{:十t}: } :|: !: i |        ヽ: . :i
.   /:/     |:!|:| . |.:|:{x示㍉xミヽ\:{ ヽ{xテヤ示xV!: :!,'.: .| |        ヽ:.| 
  ,' :i      {! .|∧: :! 圦 {トイ_刈`    ´{トイ_刈 灯:.:| : . :| |         |.::|    「こ、こんにちは……」
  | :|       |:i :ヾ|: :{ 乂こソ      乂こソ |: :!|. : . :l |          !: | 
  | :|        |.| . : |:从 :xx          xx  | :|ノ . : . |:.|        |.::|
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京太郎「…………………………憧!?」

212 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/14(水) 00:40:36.53 ID:RQ35T+QGo

憧「ぅ、やっぱ名前で呼ばれるの慣れない……」

 などと照れている憧を、俺は呆然と見ていた。

 熱で頭が働かないのもあるが、やはり単純な驚愕が大きい。

 何も言えず、ただただ見ていた。

 その視線に憧が気付く。

憧「……なに?」

京太郎「いや……お前こそなんで、」

憧「お前って言わないで」

 言葉は遮られ、次に視界が覆われた。

 白いビニール袋が目の前に突きつけられていた。

憧「ん」

京太郎「これって……」

 もしかして、と思う前に。

 袋が横にずれて、半分だけ見えた憧の顔。

 口ごもるように言う。

憧「お見舞いに来たの」

214 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/14(水) 01:10:52.33 ID:RQ35T+QGo

京太郎「は?」

憧「っ……だからお見舞いよ、お見舞い!」

 思わず訊き返す俺に、憧は今度こそハッキリと答えた。

京太郎「お見舞いって……まさか一人で来たのか?」

憧「そ、そうよ。みんなは部活中」

京太郎「じゃあなんで憧は参加してないんだよ。俺、監督に誰も見舞いに来ないよう頼んだんだぞ?」

憧「ハルエには、風邪が完治してないから今日まで大事を取るって」

 嘘をついたのか。

 そうまでして、どうして憧が。

憧「……須賀くん、ひどい顔色」

京太郎「え」

 言われて思い出す。自分の今の状態を。

憧「とりあえず上がらせてもらうから。……ほら、早く部屋の中にっ」グイグイ

京太郎「ちょ、ま、」

 手にした袋で俺の背中を押しながら、憧は後ろ手にドアを閉めた。 

219 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/14(水) 01:39:17.42 ID:RQ35T+QGo

 俺の住むアパートは2Kだ。

 男子高校生の一人暮らしならワンルームで十分だと思ったのだが、それに異を唱えたのは意外にも出資者であるお袋だった。

 曰く、起きる場所と寝る場所が同じだと生活にメリハリがつかない、らしい。

 家賃を払ってくれるのは両親で、その両親が2Kにしろと言うのなら、俺に断る理由も権利もない。

 かくして俺は、独り身でありながら2Kのアパートに住む贅沢者となったのである。

憧「とりあえず寝て。安静にしてて」

 そう言って憧は俺を寝室として使っている奥の部屋に押し込んだ。

 それから踵を返して、袋を持ったままキッチンに向かう。

憧「何が必要か分からなかったから、とりあえず色々買ってみたんだけど」

ドサッ ガサゴソ

 袋を置いて、中を漁る音。

憧「レンジでチンするおかゆでしょ、冷凍のうどんでしょ、スポーツドリンクにプリン……あ、冷蔵庫開けてもいい?」

京太郎「あ、ああ」

憧「じゃあ失礼するわね――ぅーゎー、中身からっぽ……」

222 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/14(水) 02:16:08.70 ID:RQ35T+QGo

 しばらくして、袋の中身を冷蔵庫に仕舞い終えたのだろう。

 憧がまた寝室にやってきた。

憧「市販の風邪薬も買って来てるけど……須賀くん、薬は?」

京太郎「……飲んでない……」

憧「は!? なにやってんのよ、自然に治るまで待つ気だったの!?」

京太郎「買いそびれたんだよ……昨日は部活が長引いて、スーパーに寄れなかったし、食い物も夕飯で……」

 言いかけて、咳き込む。

 憧は呆れたと言わんばかりに顔をしかめていた。

憧「だったらまず何か食べなきゃよね……おかゆとうどん、どっちがいい?」

京太郎「……それよりも先に、もっと大事なことがあるだろ」

憧「え?」

 きょとんとする憧。

 俺はベッドから上体を起こし、まっすぐその目を見据えて、



京太郎「どうして見舞いになんか来たんだよ」



 「大事なこと」を、問い質した。

224 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/14(水) 03:00:20.94 ID:RQ35T+QGo

憧「……」

京太郎「……」

 初めに沈黙の応酬があった。

 今の今まで続いていた、どこか何かがズレたような流れが絶たれる。

京太郎「あのさ、」

 少し待っても憧が口を開く様子がなかったので、また俺から。

京太郎「俺は部のみんなに来て欲しくなかった。だから監督にもそう伝えた。なのになんで、よりによって憧が来るんだ?」

 淡々と。

 普段の俺なら、もっと勢い任せに捲し立てているだろう場面。

 しかし今日は風邪のせいで語気までもが重い。

 自分で意図する以上に冷たい物言いになってしまっている。

憧「……」

 そして返事はない。

 やむをえず更に質問を――しようとした、その時。

憧「……そっちこそ」

京太郎「え?」

 ようやく憧が、こぼすように呟いた。

226 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/14(水) 03:38:45.23 ID:RQ35T+QGo

憧「そっちこそ、土曜、なんで来たのよ」

 一語一語、確かめるように区切られた言葉だった。

京太郎「なんでって……そりゃ、心配だったからだよ」

憧「それだけ?」

京太郎「………………まあ、ぶっちゃけ憧が風邪ひいたのって俺のせいだろ。だから、責任は感じてた」

憧「あたしも同じよ」

京太郎「、へ」

 二秒で切り返されて面食らう。

 憧は、真剣な表情で俺を見ていた。

憧「このタイミングで風邪なんて、あたしのが感染った以外に考えられないじゃない」

京太郎「そりゃあ……そうかもな」

 否定は出来ない。というか、しようがない。ほぼ間違いなく事実だ。

憧「だから来たの。……怖いのとか恥ずかしいのとか、全部我慢して。だから――」

 ――憧は、一歩。

 寝室に踏み入って、一言――

227 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/14(水) 03:42:39.56 ID:RQ35T+QGo

.             xァ′ /       |                ヽ {__j__
           '   /   ′       / |     |      .         :, `丶 \
      /  / /    i |    i  | |     |     i |  i     :,    \ \
      /  /         | |  ‐-L_ | |     | j |i  | |  |         \ \
   .         |    |:八  人j ト八      i |斗匕|「 | |  |   l: .,        ヽ
      /     |    |  Ⅳj]xぅ妝斥 \    i/≫ぅ妝ミxV|  |   |: .′       ,
.      ′     八  :{  |  |坏´_)「:::ハ   \ ∨  _)「:::ハⅥ  |   |: .        ′
  ;           \乂_|  |八 rヘしi::::}     \   rヘしi::::} オ |  . .|: . i           ;
  |   i        l .⌒|  |   乂__/ソ          乂__/ソ |  |  . .|: . |       i   |  「――だから、大人しく看病されなさいっ!」
  |   |          | . . .|  |    ,,,      ,      ,,,   |  |  . .|: . |       |   |
  |   |         /:| . . .|  |\i                 |  |  . .|: . |       |   |
  |   |          | . . .|  |:::八     r'ア ̄`ヽ       /::|  |  . .|: . |       |   |
  |   |       i | . . :|  {::::::个:...   ∨     ノ    イ:::::}  |  . .|: . |       |   |
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  |   |       | | . . . :\ Vi:i:i:i:i:i:i:|. : j>--<. : .{: |:i:i:i:iV //   廴_|       |   |
  |   |     r七i| . . . . : |\i:i:i:i:i:i:i:|: . : . : . : . : . : . :|:i:i:i:/i:i/    // /i:\       |   |
  |   |     ∧ Ⅵ. . . . . :|:i:i:\i:i:i:i:|─-. : . : . : .-─|:/i:i:i:/    // /:i:i:i:i∧    |   |



京太郎「………………はい」

253 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/15(木) 01:22:03.51 ID:qCYaUDpao

……
…………
………………

憧「はい、出来たわよ」コトッ

 結局うどんを作ってもらった。

京太郎「サンキュー。……てかマジでありがとな、全部でいくらだった?」

 財布どこに置いたっけ。

憧「あ、お金ならあたし持ちでいいから」

京太郎「いや良くないだろ。家に来てメシまで作ってもらってんのに」

憧「いいってば。これでやっと貸し借りゼロになるんだし」

京太郎「貸し? 借り? なにが?」

憧「う゛。だから、その………………Tシャツのクリーニング代」ボソッ

京太郎「は? Tシャツって……あの時の?」

 無言で、こくりと頷く憧。

 クリーニングに出すほど汚れてなんかなかったのに。

 いまいち腑に落ちない言い分だ。

254 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/15(木) 01:51:58.92 ID:qCYaUDpao

 首を傾げる俺に、テーブルを挟んで座る憧が神妙な顔を近付ける。

憧「…………………………洗濯したわよね?」

京太郎「そりゃまあ」

憧「そ、そう……良かったぁ……」ホッ

京太郎「?」

憧「まったく、お姉ちゃんが突然「あのTシャツ須賀くんに返したから」なんて言い出した時は心臓が止まるかと……」ブツブツ

京太郎「??」

憧「ッあ、な、なんでもない! こっちの話!」アセアセッ

京太郎「???」

 何が何やらさっぱり分からない。

 風邪のせいだろうか?

憧「ほら、そんなことより早く食べたら? 冷めるし伸びるわよ?」

京太郎「あ、いけね」

 せっかく作ってもらったのに、台無しにしたら悪い。

京太郎「いただきます」

 手を合わせて、それからうどんに箸をつける。

256 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/15(木) 02:14:34.40 ID:qCYaUDpao

ズビズバー

京太郎「……うん、うまい」ゴックン

 冷凍うどんはどう作ってもうまいのだ。

 それが可愛い女子高生の手による代物となれば格別にうまい。

 まあ、味、あんまり分かんないんだけど。鼻詰まってるし。

憧「……」ジー

 それでもズルズル啜っている様を、憧がじっと見ていた。

京太郎「なんだよ?」

憧「あーんしてくれとか言うと思ってた」ジトー

京太郎「人のことなんだと思ってやがる」

 うどんであーんて。

 芸人じゃないんだから、病気の時まで身体を張って笑いを取りに行くことはあるまい。

 更に食べ進める。

京太郎「はふはふ」

 熱い。

258 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/15(木) 04:35:12.74 ID:qCYaUDpao

憧「食べながら聞いて欲しいんだけど」

京太郎「むぉー」ズビズバー

憧「……ありがとね」

京太郎「ふぼ?」ピタッ

憧「た、食べててってば」

京太郎「もぁー」ズビズバー

憧「ほら……土曜日。お見舞いに来てくれたこと」

京太郎「」ズビズバー

憧「いきなりだったから驚いたり、困ったりしたけど……やっぱり嬉しいって部分も少し、ほんの少しよ? 少しだけど……あったから」

京太郎「」ズビズバー

憧「お姉ちゃんもね、とにかく「須賀くんに忘れずお礼を言いなさい」ってうるさいのよ。いくらあたしでも、そこまで恩知らずじゃないのに」

京太郎「」ズビズバー

憧「だから――うん。改めて、ありがと」

京太郎「」ズビッ

憧「……」

京太郎「………………」



京太郎「もごがもごもごもぐぐもっがもぐぐんもぐもぐ」モッキュモッキュ

憧「話す時は飲み込んでからにしなさいよ」

285 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/16(金) 01:10:02.98 ID:tt3s46qxo

……
…………
………………

 うどんを食べた。

 プリンも食べた。

 薬を飲んで、憧が買って来てくれていた冷えピタも貼った。

 至れり尽くせり極まれり。

 そして今はベッドの上、安らかな心持ちで布団に包まれている。

京太郎「本当にありがとうな、憧」

憧「もういいってば。あんまりしつこいと逆効果よ、お礼って」

京太郎「……だな。すまん」

 声はやや離れた位置から返ってきた。

 流石に枕元にはいられないらしく、憧は足側の床にちょこんと座っている。

 座布団ぐらい出してやりたかったが、いいから寝てろと一蹴された。

 その厚意に甘えてしまう辺り、自分で感じている以上に体調が思わしくないのかも、と考える。

287 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/16(金) 01:44:05.51 ID:tt3s46qxo

京太郎「で、いつまでいる気なんだ?」

 何気なく訊いてみた。

 ら、

憧「……なにその、早く帰って欲しいみたいな」

 返事のトーンの意外な冷ややかさにビビる。

京太郎「え、いや、まあ実際なるべく長居はしてほしくねーけどな? 風邪が一往復するとか笑えねーしな?」

憧「あたしだっていつまでも居座る気はないわよ。ただ、なんかタイミングが」ゴニョゴニョ

 なるほど。

 確かに潮時を見極めるのが難しいシチュエーションってあるよな。

 憧にとっては今がまさしくそうらしい。

京太郎「無理せず帰っていいんだぞ?」

憧「でも、須賀くん一応病人だし……」

京太郎「メシの世話してくれただけで十分だって。おかげでかなり楽になったよ」

 と言って聞かせるが、憧の表情は晴れない。

 自分だって男子の部屋は居心地が悪いだろうに。

 まったく義理堅い奴である。

288 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/16(金) 02:33:38.92 ID:tt3s46qxo

憧「ねえ、まだ何かやって欲しいことってない? それやったら帰るから」

京太郎「どうしてそうなった」

 義理堅くて思慮深くて、でもたまにアホだと思う、こいつ。

 男嫌いが災いしてるというか、裏目に出てるというか。

憧「いいから言って。ほら早く」

京太郎「じゃあ巫女服で添い寝してください(真顔)」

憧「バッカじゃないの!!!!!!!!!!」

 クッソ怒鳴られた。

京太郎「おま、叫ぶなよ……頭が……」ズキズキ

憧「あ、ごめん……って須賀くんがヘンなこと言うからでしょ!?」

京太郎「明らかに冗談だろ……ほら、土曜は巫女ネタでいじれなかったから」

憧「なにその無駄な律儀さ。折角なあなあに出来たと思ってたのに……」

京太郎「フハハ」

 悔しいでしょうねぇ。

315 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/17(土) 01:18:47.45 ID:PH0VVXj2o

京太郎「つーか、そもそも実家が神社だってなんで黙ってたんだ?」

憧「今みたいに巫女ネタでいじられると思ったからに決まってるでしょ」ズバァッ

京太郎「お、おう」

 反論の余地もなかった。

京太郎「でもわざわざ遠回りまでして帰らなくても」

憧「う゛。それは確かにやりすぎだったかもしれないけど……」

 良かった、自覚はあったんだな。

 これで「残念だが当然。慈悲はない」とか言われたらショックで風邪が悪化するところだ。

憧「って話が逸れてるじゃない!」

京太郎「バレたか」

憧「他にして欲しいことないの? ヘンなこと以外で」

京太郎「んー……………………………………………………ないなぁ」

憧「巫女服で添い寝させる以外に何も思いつかないってどうなのよ……」

317 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/17(土) 02:05:30.64 ID:PH0VVXj2o

京太郎「どうなのよって言われてもな。本当に何も……ッ、ごほ、ゲホッ!」

憧「ちょ、大丈夫!?」

京太郎「あ、ああ」

 さす、さす、と。

 おっかなびっくりという調子で俺の背中を撫でてくれる憧。

 咄嗟の行動だったのだろう、それをする本人も戸惑った表情をしている。

 その手の感触はとても柔らかくて、とても嬉しかった。

京太郎「っあー……、………………あー……」

憧「どうしたの?」

京太郎「いや……して欲しいことなんだけどさ」

憧「うん。あ、思いついた?」

京太郎「まあ……」

憧「なに? とりあえず聞くだけ聞いてあげる」

京太郎「……」

憧「須賀くん?」



京太郎「……手、握って欲しい……」



322 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/17(土) 02:46:34.29 ID:PH0VVXj2o

憧「え……ぇえっ!?」

 憧が慌てる。

 そりゃそうだよな。

 俺だって言った途端に後悔した。

憧「て、ててて……って……手?」

京太郎「手」コクリ

 頷いて見せる。

 憧はどう反応していいか困ったような態度だった。

京太郎「……さっきさ、背中さすってくれただろ」

憧「う、うん」

京太郎「それでなんつーか、すごく安心したんだ」

京太郎「誰かが傍にいてくれることに、本当に安心した」

京太郎「一人暮らしで病気になるって、思ってたより心細いんだな」

憧「だから、手を?」

京太郎「ああ。……けど、憧には無理だよな」

憧「え、あ、」

京太郎「悪い、十分ヘンなことだったわ。俺ちょっと眠るから、好きな時に帰っていいぞ」

憧「………………うん、おやすみ」

京太郎「おやすみ。今日はありがとな、憧」

324 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/17(土) 03:27:26.77 ID:PH0VVXj2o


 それから三分と経たない内に、須賀くんは本当に眠ってしまった。

 起きてるのが辛かったのかな。

 飲ませた薬が効いてる証拠だったらいいんだけど。

憧「……」

 すぐ近くに、須賀くんの寝顔がある。

 規則的な寝息を立てて、布団を被せた胸が上下している。

京太郎「う……く……」モゾッ

憧「!」

 それも束の間、今度はうなされ出した。

 苦しそうに顔をしかめて、もがくように手足を動かしている。

 ど、どうしよ。どうしたらいい?

327 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/17(土) 04:16:59.54 ID:PH0VVXj2o

 辺りを見渡すと、枕元のタオルが目に入った。

憧「あ、汗を拭くくらいなら……」

 手に取って、須賀くんの顔の汗を拭う。

 頬から鼻の頭、それから首筋。

 更に下は……無理。流石に無理。

 だって布団めくらないといけないし。

 だってパジャマ脱がさないといけないし!

 ごめん須賀くん、ここまでで我慢して。

 せめて拭けるところは出来るだけ丁寧に拭こう。

憧「……あ、喉仏」

 タオル越しにつうっとなぞる。

 へえ、こういう感触なんだ。

 女の子のは目立たないから知らなかった。

 ………………今あたしすっごい恥ずいことしてない!?

 やばいやばい、早く済ましちゃお!

憧「~~~っ!」ゴッシゴッシゴッシゴッシ

京太郎「うぶぶぶぶぶぶ」

329 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/17(土) 05:08:36.98 ID:PH0VVXj2o

京太郎「」チーン

 とりあえず顔の汗は拭き終えたけど、相変わらず須賀くんの顔色は優れない。

 次は何を……

憧「あ」

 冷えピタ剥がれかけてる。

 まだ完全にぬるくなってはいないだろうけど、新しいのを貼ってあげようかな。

 ……誰が?

 ………………あたしが???

憧「……や、やらなきゃ……!」グッ

 わざと声に出して自分を奮い立たせる。

 まず須賀くんの額から冷えピタを剥がす。

 続けて、新しい冷えピタを貼る為に前髪を掻き上げて――

憧「」ドキドキドキドキドキドキ

 ――やばい、緊張する!

 手が震える。何故だか泣きそうになる。

 しかもよりによってこんな時に、お姉ちゃんの言葉を思い出す。

――『例の「須賀くん」、話に聞いてたよりイケメンだったじゃない。アンタってやっぱり面食いよねー』――

憧「イケメンでもなければ面食いでもないわよお姉ちゃんのバカァ!」ビターン

京太郎「」ベチーン

333 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/17(土) 05:53:46.51 ID:PH0VVXj2o

 汗を拭いて。冷えピタも替えて。

 それでも須賀くんの寝顔は険しいままだった。

 こっちは万策尽きたってのに、呑気にうなされてくれちゃって……

 なんて、愚痴っても仕方ない。

 あたしはあたしの意思でここにいるし、こうしているんだから。

 途中で放り出したりはしない。

 してあげられることの精一杯をしよう。

 借りを返そう。

 この無自覚なお人好しから押し付けられた、たくさんの借りを。

――『だから……もう少しだけでいいから、俺を頼ってくれよ』――

――『こういう時は、ごめんじゃなくてありがとうって言うもんだぜ?』――

――『感動した!!!!!!!!!!』――

 その為なら、

京太郎「はぁ、はぁ……」

憧「……」スッ



                     , -/`ヽ
                        _/,   ー' ⌒>― 、
                  //    ′      人|              _,.  -‐..::::´
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 ̄ ̄´    \           /                   ̄ ̄
`ヽ、       ヽ        /
   \     il   }       /



京太郎「ぁ……すぅ……」

憧「っ……」ギュッ

 汗ばんだ手を強く掴む。

 震えごと握り潰すように。

 たとえ悪夢の底にいても、ハッキリと伝わるように。

――『けど、憧には無理だよな』――

 そして言ってやるんだ。



憧「別に……どうってことないんだから、これくらい」



 聞こえたら、返事くらいしなさいよね。

335 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/17(土) 06:39:19.92 ID:PH0VVXj2o

……
…………
………………


 目が覚めると、もう憧の姿はなかった。

 ぼーっとする頭を右へ左へ。

 すると、一枚のメモ用紙を見つけた。

 手に取る。

『気持よさそうに寝てるみたいなので勝手に帰ります。お大事に。
 夜はおかゆを食べて薬を飲んで、暖かくして休んでください。

 それと、今日あたしがここに来たことは絶対ナイショだから!』

京太郎「……ぷっ」

 何故だか小さく噴き出してしまった。

 女の子らしい丸みを帯びた字とか。敬語とタメ口のバランスとか。

 そんなことの一々に、憧の優しさが垣間見えたような気がした。

京太郎「って汗すご!」

 こりゃ着替えないと駄目だな。

 それが終わったら熱を測ろう。

 斜めにくっついた冷えピタを剥がしながら、俺はベッドから立ち上がった。

337 名前:4月30日(火)[saga] 投稿日:2013/08/17(土) 07:53:24.72 ID:PH0VVXj2o

……
…………
………………

 ピピピ、という電子音。

 腋に挟んでいた体温計を抜き取る。

京太郎「おー、下がってる」

 憧のおかげかな。

 このまま油断せずに過ごせば、明日には学校にだって行けそうだ。

京太郎「憧、か」

 今日は世話になりっぱなしだったな。

 今日だけに限った話でもないが。

 入学して最初に会ったのも憧だし、入部のキッカケも憧だと言える。

 部活ではド素人の俺に麻雀を教えてくれて、そして今日は風邪の看病。

 “憧係”なんて拝命している俺だが、むしろ憧こそ“俺係”なんじゃないだろうか。

京太郎「………………うん。よし」

 そんなことを考えながら、

 俺は心である決定をした。













































麻雀部、辞めよう。

【TO BE CONTINUED...】
最終更新:2013年10月16日 00:51