星の綺麗な夜

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37 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2014/07/22(火) 23:05:46.04 ID:6RkXncRKo ◇  恋には特別な憧れがあった。  それも少女漫画みたいに鮮烈で劇的な恋に。  けれど、不幸にも歴代の親友達は色恋沙汰に疎かった。  しずは無関心。初瀬は無頓着。  唯一まともに話せそうだった和とも、とうとう機会を逸したまま進路が別れてしまった。  話したくても、妙な気恥ずかしさとプライドがそれを許してくれなかったんだ。  結局、あたしはいつも一人で思いを馳せていた。  誰とも答え合わせ出来ずに。そもそも、答えがあるのかどうかも分からずに。  貴重なヒントとして、和の言葉があった。  何気ない雑談の中で聞いた、彼女の将来の夢。  指折り挙げていく可能性のひとつに、『お嫁さん』があった。  そのことが今でも心に印象深く残っている。  あの女の子らしさの塊みたいな和が憧れるもの。  恋とは、きっと素晴らしいものに違いない。  あたしも恋がしたい。  思いは募るばかりだった。 38 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2014/07/22(火) 23:08:06.10 ID:6RkXncRKo  ところが。  あたしの恋の成就には根本的な問題があった。  あたしは男が苦手だ。  過去のとある出来事を境に、あたしの無意識の部分が男との接触を拒むようになった。  どんどん強く、どんどん酷く。  それは中学の三年間でも改善されず、高校でも同じだと思っていた。  思っていたのに。  京太郎。  あたしの内側に踏み込み、手を差し伸べてくれた人。  これまで怖がって逃げてきたものに、向き合うきっかけをくれた人。  時に優しく、時に厳しく、あたしの傍に立ち、あたしを奮い立たせてくれた。  感謝してもし足りない。  京太郎は、あたしの恩人だ。 39 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2014/07/22(火) 23:09:42.64 ID:6RkXncRKo  そんな京太郎に、あたしは特別な感情を抱いていた。  恩義や友情とも違う、もっと別の何か。  『それ』の名前が分からなくて、皆に迷惑を掛けた。  『それ』の名前を知りたくて、京太郎に打ち明けた。  京太郎は『それ』を信頼の一種だと断言した。  “憧係”である自分に対する感情は他にないと。  あたしは、飲み込めなかった。  何故なら心のどこかに、もしかしたら、という予感があったから。  京太郎と過ごした時間の中で芽生え、育まれた予感。  心当たりはあったのに、敢えて否定し、目を背け続けていた予感。  だって、『それ』を認めるには覚悟が必要だから。  きっと、今までの人生で一番の勇気が必要だ――それでも。  確かめよう。  そうする為の勇気をくれたのも、また京太郎だったから。 40 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2014/07/22(火) 23:19:15.15 ID:6RkXncRKo ◆ ~部室~ レジェンド「よーし、龍門渕以外には全勝か。いい感じに仕上がってきた!」  きゅ、とホワイトボードの上を走るペンの音。  一つのバツと六つのマルが並ぶ下には、これまで練習試合をしてきた全国各地の二位校の名前。  憧達の努力の証だ。 玄「でも三箇牧の荒川憩さんには誰も勝てなかったです……」 レジェンド「そりゃねぇ。皆が彼女に勝てるようならウチは簡単に全国優勝出来ちゃうよ」 穏乃「逆に言うと、勝てないってことは全国優勝出来ないってことだよね……」 レジェンド「総合力! 三箇牧が北大阪で二位なのは、総合力で千里山に劣るってことでしょ?」 宥「つまり……」 レジェンド「ウチも総合力で勝てばいい。その為に、明日から十日間の合宿で全員を底上げする!」 灼「十日間……」 レジェンド「それから数日自宅で疲れを取った後、全国大会の開催地――」  バン! とホワイトボードの上を叩く力強い手。 レジェンド「――東京に出発だ!」  そこに書かれた文字は、「めざせ全国優勝!!」。  インターハイが約半月後に迫っていた。 41 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2014/07/22(火) 23:23:11.53 ID:6RkXncRKo ~アパート~ 京太郎「インハイかぁ……」  思えばとんでもないことをやってのけたものだ。  長野から奈良の元女子高に進学したその年にインターハイで東京へ行くなんて。付き添いだけど。  それでも麻雀部の皆の頑張りを間近で見ていた者としては誇らしい気持ちになる。  願わくば、このまま皆が皆の夢や目標を達成出来ますように――そう祈るばかりだ。 京太郎「……さて、と」  いつまでも寝転がっていては時間が勿体ない。  明日から始まる合宿の準備と、そもそも夕飯の支度もしなくては。  時間を食う準備の為に急いでメシを食う。うーんややこしい。時間を食ったら腹まで膨れないものか。 ピーンポーン♪ 京太郎「お?」  アホなことを考えてたら訪問者だ。  通販を利用した覚えも、仕送りが届く予定もない。  と、いうことは。 ガチャッ #size(15){#aa{{{                ___/: : : : : :./:: : : : |: : : : : : : :\ : : : : :._|_   .          /. -┼ : : : : /: : : : :/|: : : : |: : : : : \: : :|:┼‐-ミ :.          / '   l|: ヽ: : ///: : :/ .|: : : : ト、: : :\:|:∨:.|: |:.',  \:\           / :/    l:!: :.:|:V//|.: :/ ,イ.: :. .:.ト、\:. :. :.|||/:|:.:|:|   V∧   .       / :/    l:|: : :|.:||__ム斗匕 ヽ.:. :.| ≧s。L_l||/:l: :l: :l    V∧         / :/     l l : : |.:|| x===ミ   \ | x===ミ ||: :|: :| |    V∧   .     / :/     l | : : ト|l《 | {:::ノ |       | {:::ノ | 》|'^|::|:.l     V∧  「こ、こんばんは~……」   、     / :/     l.:|: : |||', 乂zン      乂zン || | : | : l     V∧   .‘,. / :/       :!.:|: :.:.:ト||_,/;/;/;/    ,   /;/;/;/||ノ|: |: l      V∧     ', / :/       :l :|: : : |:.||人             /:||: :l : :l: : l        V∧     ',: /        :l:.:|: : : l: ||: : > ,   c--っ   <:_:||: :|: : |: : l        V     ‘,     .ィ' ̄ ̄`ー_ー-、_.:.: .:.`ト .,,__,,. イ´:: : : : ||: :|: :.:|:. :.l }}}}  知ってた。 42 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2014/07/22(火) 23:25:06.95 ID:6RkXncRKo 京太郎「よう、こんな時間にどうした?」  もう陽は暮れていた。 憧「うん……あの……ば、晩御飯食べた?」 京太郎「まだだけど」 憧「ほんとに!?」パァッ  やけに嬉しそうな声を上げると、憧は安堵した様子で手に提げていたトートバッグから何かを取り出した。  見れば、大きなタッパーだった。 京太郎「それは?」 憧「おかずのお裾分け。よかったら、どーぞ」スッ 京太郎「マジで!? なんで急に」 憧「ほら、こないだ泊めてもらったでしょ。そのお礼っていうか、お詫びっていうか……とにかくお姉ちゃんが持ってけって」 京太郎「なんだそのことか。別に気にしなくていいけど、こいつはありがたくいただくな」 憧「う、うん……あのっ!」 京太郎「ん?」 憧「ぁ……あたしも、一緒に食べていい?」 京太郎「…………………………ナンデ?」 憧「だって折角だから一人より二人で食べた方が……って、お姉ちゃんが! お姉ちゃんがね!?」 京太郎「お、おう」 45 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2014/07/22(火) 23:31:06.89 ID:6RkXncRKo ◆  冷凍していた分をチンしたご飯。  インスタントの味噌汁。  作り置きのほうれん草のおひたし。  そこに憧が持ってきてくれた鶏と大根の煮物が加われば、なかなかどうして立派な夕餉に見えてくる。  手を合わせて、 京太郎「いただきます」 憧「い、いただきます……」  とりあえず味噌汁から口を付ける。  うむ、そこそこ美味い――と、ここで違和感。 憧「……」ジー  アコ様がみてる。  ガン見だ。  「じー」って声に出して言いそうな勢いである。 憧「じー……」  言った! 47 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2014/07/22(火) 23:35:22.92 ID:6RkXncRKo 京太郎「……なあ、食わねーの?」 憧「へっ!? た、食べるわよ?」 京太郎「なら早く食えよ、冷めるぞ?」 憧「……お先にどうぞ……」 京太郎「なんでや」 憧「じ、実はこの煮物お姉ちゃんの新作で」 京太郎「へー。言われてみれば確かに少し不格好かもな」 憧「見た目は関係ないでしょ!?」クワッ 京太郎「!?」ビクッ 憧「形なんて口に入っちゃえば分からないんだし、まず大切なのは味でしょ!? ていうか文句は食べてから言いなさいよね! ねっ!」 京太郎「分かった! 分かったから落ち着け!」 憧「じゃあ食べるの!? 食べないの!?」 京太郎「食べる、食べるって!」  なんなの。  なんでこんな興奮してるの。  知り合って三ヶ月が経ち、逆に憧の考えることが分からなくなってきている今日この頃である。 48 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2014/07/22(火) 23:40:15.89 ID:6RkXncRKo  だが食べる前からケチを付けるなというのも正論だ。  折角の厚意。よしんばマズくともありがたくいただこう。 憧「じぃー……」 京太郎「……」  ますます明け透けになる憧の熱視線に晒されながら、大根を箸で摘み上げ――ぱくっ。 憧「っ」 京太郎「」モグモグ  なんだ、普通に美味い。  ちゃんと煮えているし味も染みている。  対面の憧の心底不安げな表情が滑稽に思えた。 憧「どっ………………どう?」 京太郎「うめぇ。さすが望さんだな」 憧「ほ、ほんと!?」 京太郎「ほんとだって。普通に美味くて拍子抜けしちまったよ。お前ビビらせすぎ」 憧「ッ……そっ、か」ホッ 京太郎「さ、毒味も終わったし憧も食えよな」 憧「うん、もう少し後で食べるね」 京太郎「はあ? 今度はなんだよ」 憧「うん……なんていうか、胸がいっぱいで……」  なんじゃそりゃ。 50 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2014/07/23(水) 00:02:40.17 ID:W04SLmImo ◆ 京太郎「ごちそうさまでした」 憧「お粗末さまでした」  完食。  さっき憧が(八ツ橋なのに)胸が一杯とか言っていたが、今は俺の腹が一杯だ。 憧「よくあれだけ入ったわね……」 京太郎「明日から家空けるからなー。残しても悪いだろ」 憧「もしかして無理させちゃった?」 京太郎「いんや、美味いから加減出来なかったってだけだから心配ご無用だ」 憧「ふきゅ」 京太郎「ん?」  何故ふきゅる。  別に「デザートにお前の八ツ橋をいただくぜグヘヘ」なんて言ってないのに。  不思議に思い、じっと見つめる。  憧は照れ臭そうに俯いていた。 51 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2014/07/23(水) 00:04:30.89 ID:W04SLmImo 憧「……あのっ」 京太郎「ん?」 憧「あの……あのね? 実はさっき……嘘、ついてたの」 京太郎「嘘? 何を?」 憧「………………あの煮物、本当は作ったの、あたし」 京太郎「えっ!?」 憧「あ、もちろんお姉ちゃんに教えてもらいながらだけど……なかなか上手く出来なくて、調整してる内に量も増えちゃって……」ゴニョゴニョ 京太郎「でも、憧が作ったんだろ?」 憧「……うん」 京太郎「マジかよ、全然気付かなかったぞ!」 憧「ほんと? ほんとに気付かなかった?」 京太郎「ああ、前に食べた望さんの料理と遜色ない味だった。すげーじゃん憧!」 憧「~~~っ……えへへへへ……♪」フニャ  顔をほころばせる憧。  嬉しいのは俺も同じだ。  麻雀とも男嫌い克服とも関係はないけれど、仲間の成長を実感することが出来た。  合宿を前日に控え、なんとなく清々しい心持ちになれた。  須賀だけに。 53 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2014/07/23(水) 00:17:35.04 ID:W04SLmImo ◆  お互い明日の準備があるので、早々に解散ということになった。  家まで送る為、連れ立って外へ。 憧「近所だし別にいいのに……」 京太郎「遠慮すんなって。メシのお礼にこれぐらいさせてくれよ」  そう言うと憧も素直に聞き入れてくれた。  なんらかのハプニングに見舞われる暇もなく神社に到着する。本当に近い。 京太郎「じゃあまた明日な。寝坊すんなよ?」 憧「うん……」  が、ここにきて歯切れの悪い返事。  鳥居の前で立ち止まり、振り返る憧。 京太郎「どうした? 帰らないのか?」 憧「帰るけど……」  次の言葉が続かない。  言いたくても言い出せない、そんな雰囲気だ。 京太郎「ゆっくりでいいぞ」 憧「……うん」  やがて、本当にゆっくりと時間を掛けて憧の口が開く。  続いた言葉は、 憧「もう少し、歩かない?」 66 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2014/07/23(水) 22:51:10.12 ID:W04SLmImo …… ………… ………………  通学路に差し掛かる。  隣を歩く憧との間に会話はない。  ちらりと横目で窺っても、思い詰めたように深刻な表情をしていて話し掛けづらい。 京太郎「……」  どうしたというのだろう。  夜になっても気温は昼と変わらず、夏の重苦しい熱気が思考力を低下させる。  照明も少ない道を黙々と進んでいると、足元が覚束なくなってくるようだった。 ガッ 憧「ふぎゅっ!?」ビターン 京太郎「えっ!?」ビクーン  突然の声と音。  隣を見ると憧がいなかった。  下を見ると憧がいた。  ずっこけていた。 京太郎「……何してんだ」 憧「か、考え事してたら躓いちゃって……」 京太郎「マジで何してんだよ……大丈夫か?」 憧「痛っ……ちょっと擦り剥いたみたい」 京太郎「しょーがねーなー、どっか座れるとこ探すぞ」 憧「あ……それならこの近くに――」 67 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2014/07/23(水) 22:55:15.34 ID:W04SLmImo ~公園~ 京太郎「へー、この辺に公園なんてあったのか」 憧「知らなかったの?」 京太郎「普段は学校かスーパーと家を往復するだけだしな」  言いながら水道の方へ。 京太郎「で、擦り剥いたのってどこだ? 膝? 肘?」 憧「膝……」 京太郎「一人で洗えるか?」 憧「うん。ぅーゎー生ぬるい……」  文句を言うんじゃないよ。  うっすら滲んでいた血を洗い流して、憧をブランコに座らせる。 京太郎「ちょっと待ってな」ゴソゴソ 憧「?」  ズボンのポケットを漁る。  着替えるのが億劫で制服のままだったのが幸いした。  取り出しましたるは、 憧「ぁ……絆創膏」 京太郎「ほい正解。じっとしてろよ?」 71 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2014/07/23(水) 23:08:21.76 ID:W04SLmImo ◇  京太郎があたしの前にしゃがみ込む。  今日はショートパンツだけど、なんとなく不安になって脚を固く閉じた。 京太郎「なんか懐かしいなー」  やけに慣れた手つきで絆創膏を貼ってくれながら、京太郎がそう言った。 憧「なにが?」 京太郎「入学式の日だよ。あの日も憧、転んで怪我してたろ」 憧「あ゛」  嫌な記憶が蘇ってきた。  あたしの黒歴史。  まさかあの時の男子と今みたいな関係になるとは思ってなかった。 京太郎「ちなみに憧にドギツいこと言われたショックで入学式に遅刻しました」サラリ 憧「え゛っ!?」 京太郎「よーし出来た。もうコケんなよー」 憧「………………ありがと。ごめんなさい」  気にすんなとでも言いたげに、京太郎は手をひらひらとさせた。 73 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2014/07/23(水) 23:18:04.50 ID:W04SLmImo 京太郎「ふぃー」  そして隣のブランコに腰を下ろす。  鎖が軋む音がして、どちらからともなく空を仰いだ。 憧「わぁ……」 京太郎「すげーなこりゃ」 #size(20){#aa{{{    。      .     。          '           ☆       . ゚   。   ゚        ゚  .    。            ゜    +   ゜      。     。    ゚  。    ゚ 。   ' o ゜          ☆          ゜    +.      ;/    ゜         。   '   ゜     。            ゜   。  o      ゚    ゚'        ☆  .  '      。    * .      ゜         。        ゜     +      。         ゜    ゚   ゚        。      .        +     。        +      ゜   。     ゚ 。      +       。     *  .    ゜        ゜      ゜    。     。    ゚   ,;/    。   .          +      。  .     '   。   ゚   。.     +         。         .  ' ゚ 。     *  . ゜   +  ゜      。          ,;/   '   ゜             o     ゚   ゚        .  。             *''          *       .゜     。    ゜       。 '      ゜       。   ゚        ゚   ゜   +          ゜       。  '   ゜    。      .     。          '           ☆       . ゚   。   ゚        ゚  .    。            ゜    +   ゜      。     。    ゚  。    ゚ 。   ' o ゜          ☆          ゜    +.      ;/    ゜         。   '   ゜     。            ゜   。  o      ゚    ゚'        ☆  .  '      。    * .      ゜         。        ゜     +      。         ゜    ゚   ゚        。      .        +     。        +      ゜   。     ゚ 。      +       。     *  .    ゜        ゜      ゜    。     。    ゚   ,;/    。   .          +      。  .     '   。   ゚   。.     +         。         .  ' ゚ 。     *  . ゜   +  ゜      。          ,;/   '   ゜             o     ゚   ゚        .  。             *''          *       .゜     。    ゜       。 '      ゜       。   ゚        ゚   ゜   +          ゜       。  '   ゜   ゜     ゚ }}}}  そこには満天の星々がひしめいていた。  夏の暑さを忘れさせてくれる清涼な光。  田舎ならではの景色で、あたしの好きな阿知賀の風景だ。 74 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2014/07/23(水) 23:21:53.65 ID:W04SLmImo 京太郎「この調子で明日も晴れるといいなー」 憧「うん」 京太郎「頑張ろうな、合宿」 憧「うん」 京太郎「怪我、手じゃなくて良かったよなぁ」 憧「うん……」 京太郎「……憧?」  あたしの生返事を心配したのか、京太郎がこっちを覗き込んでくる。 憧「……っ」プイ  あたしが視線を下げると、膝小僧の絆創膏が目に入った――だから。 憧「――」  あたしは、 憧「あのね」  京太郎に、 憧「話があるの」  告白をする。 472 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2015/01/26(月) 02:33:53.02 ID:26xIOOIgo 京太郎「ん? どうした?」  ここまで来た時点である程度は予想していたのか、自然と話を聞く態勢に入る京太郎。  ありがとう。  心で感謝して、絆創膏を見つめたままゆっくりと言葉を紡ぎだす。 憧「京太郎はさ、奈良に来たこと、後悔してる?」 京太郎「はあ?」 憧「どうなの?」 京太郎「どうって……お前には後悔してるように見えるのかよ。超エンジョイしてるだろーが」 憧「だよね、ごめん。じゃあ質問を変えるけど――」  視線を京太郎に、改めて問い掛ける。 憧「――京太郎。長野を出たこと……後悔してない?」 京太郎「!」  投げ掛けた問いがどう転がるか。その行方を沈黙と見守る。  やがて返される答えは、 京太郎「……そりゃあ、してないって言ったら嘘になるわな」 473 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2015/01/26(月) 02:34:20.34 ID:26xIOOIgo 憧「そう……なんだ」 京太郎「長野は長野で出会いがあったろうし、大事にしてる縁だってあったしな」 京太郎「奈良に来たことを後悔はしてないけど、違う選択肢もあったのかなーって考えることはあるよ」 憧「そっか。あたしとおんなじだ」 京太郎「え?」 憧「あたしもね、ずっと後悔してることがあるの。今まで誰にも内緒にしてたこと」 京太郎「……そんなこと、俺に話していいのか?」 憧「京太郎だからいいの。京太郎には、聞いててほしいから」 京太郎「俺には……?」 憧「じゃあ、言うね」  呼吸を整える。  これから曝け出すのは傷痕だ。  しずにだって見せたことのない、しずにだけは見せられない、今もまだ鈍く疼くあたしの傷痕。  それを京太郎に見せる。  京太郎は――  見せて、何を思うだろう。  思って、何と答えるだろう。  答えて、何かが変わるのだろうか。  分からないけど、もう止まれない。 憧「あたしの後悔は――友達を裏切ったこと」  あたし自身、抱え込むのは我慢の限界だった。 474 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2015/01/26(月) 02:34:57.99 ID:26xIOOIgo 憧「何度か話したよね? あたしの中学時代のこと」 憧「友達じゃなく、麻雀を選んだこと」 憧「そのことをあたしは、今でも後悔し続けてるの」 憧「ただ麻雀が好きなだけなら、同好会を作る道だってあった」 憧「高校でそうしたみたいに、しずと和と、それから玄も一緒に」 憧「地道に部員を集めて、阿知賀で麻雀部を復活させる道だってあったのに」 憧「あたしが阿知賀に進学してたら、それが出来たかもしれないのに」 憧「あたしは阿太峯を選んだ。麻雀で、もっと強くなることを望んだ」 憧「皆が皆を想い合っていたあの頃に、あたしだけがあたしだけの為に」 憧「一番大切な友達を見捨てて――結果論だけど、孤独にしてしまった」 憧「あの子が寂しい思いをしてるのも知らず、あたしは新しい友達に囲まれていた」 憧「だから、もしかしたら、罪滅ぼしがしたかったのかもしれないの」 憧「あたしが晩成を蹴ったのは、そういう気持ちがあったからかもしれない」 憧「中学の三年間で積み上げてきたもの、全部ナシにしてしまいたかったのかも」 憧「全部ナシにすれば、もう後戻りは出来ない。しずや玄とゼロから始めるしかない」 憧「それが償いだと信じ込むことで、自分で自分を許したかったんだと思う」 475 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2015/01/26(月) 02:35:27.04 ID:26xIOOIgo  ムシのいい話だよね――絞り出した結びの言葉がそれだった。  声は、我ながら笑ってしまいそうになるくらい、震えていた。  本当に、本当にムシのいい話だった。  罪滅ぼしとか償いとか、そんなのは誠実な自分を演出するための口実でしかない。  言葉の裏側の真実はシンプルなもので、あたしは押し潰されそうな罪悪感からの逃げ道が欲しかったんだ。  約束された安定を蹴って仲間と目指す夢に賭ける。  そんな美談の片棒を担ぐことで。その程度のリスクを負ったぐらいで。  許される筈がないのに。許してくれる訳がないのに。  それでもあたしは阿知賀を選んだ。  もう二度と、後悔したくなかったから。  どこまでも身勝手な、本当にムシのいい話。 京太郎「……」 憧「――」  それを聞いて、京太郎は。 476 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2015/01/26(月) 02:35:59.63 ID:26xIOOIgo 京太郎「………………まあ、その、なんだ。確かにムシのいい話ではあるわな」 憧「っ」  やっぱり――怒られる。  当然だよね。  こんなに卑怯なあたしは、怒られて当然だ。  打算だらけの醜いあたしは。  きっと幻滅させてしまった。  きっと、嫌われてしまった。  決心して打ち明けたことだけど、今になって怖くなる。  鼻の奥がツンとして、涙さえ出そうな、  その時。 京太郎「憧は、ちょっと自分本位に考えすぎだな」 憧「……うん」 京太郎「自分一人で悪く考えて、自分一人を悪者にしちまってるんじゃないか?」 憧「、え?」  話が予想外の方向へ流れていることに気付いた。 477 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2015/01/26(月) 02:36:44.43 ID:26xIOOIgo 京太郎「そういうとこ、頭の良さが裏目に出てると思うぞ、俺は」 憧「え……ちょ、待って。待って京太郎」  慌てて遮る。 京太郎「なんだよ?」 憧「……あの、あたしの話聞いてた?」 京太郎「はあ? 当たり前だろ。なに言ってんだよ」 憧「だって……」  いいから聞けよ、と京太郎は言う。  あたしはまだ反論したかったけど、とりあえずはその言葉に従った。  改めて京太郎が口を開く。 京太郎「勉強が出来るのは憧の良いところだけど、悪いところでもあるよな」 京太郎「全部計算で済ませちまって、相手の気持ちを無視してるだろ、お前」 憧「相手の……気持ち?」 京太郎「ああ。この場合は例えば穏乃の気持ちだな」 憧「しずの、気持ち」  言われたままを口の中で転がす。  あたしが、しずの気持ちを分かっていなかった? 478 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2015/01/26(月) 02:37:15.95 ID:26xIOOIgo 京太郎「今俺に話してくれたこと、そのまま穏乃に話してみろよ」 憧「そのままって」 京太郎「そのままだよ。中学進学の件を引け目に感じてるとか、そのへん全部」 京太郎「多分すげー怒られるけどな。なんで黙ってたんだーって」 京太郎「けど、その後はちゃんと許してくれると思うぞ」 憧「……そんなの……」  嘘だ。  許してくれる訳がない。  もし許されてしまったら、あたしは―― 京太郎「憧はさ、ひょっとすると許してくれない方が都合いいのかもしらねーけどさ」 憧「――ッ」  心臓が止まるかと思った。  何気なく口にしただろう言葉は、けれどあたしの深い部分を的確に刺した。 京太郎「お前は変なとこ真面目だからなぁ、逆に立つ瀬がないとか思ってたりして……図星か?」  沈黙で答える。 479 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2015/01/26(月) 02:37:44.44 ID:26xIOOIgo  京太郎の言う通り、あたしの中にはふたつの思いが渦巻いていた。  「許してもらえなかったらどうしよう」。  「許されてしまったらどうなるんだろう」。  そんなふたつの思いが決心を鈍らせ、踏み出すべき一歩を重くさせた。 京太郎「俺は皆を高校からしか知らねーけど、それでも分かることはある」 京太郎「皆、ちゃんと正直に話せば、絶対に笑って許してくれるって」 京太郎「そして憧には、そういう『許し』が必要だって」 憧「ゆる、し」 京太郎「ああ。憧みたいなのは誰かに許してもらわないとダメだ。自分じゃなく、他の誰かに」 京太郎「いいじゃねえか、進路ぐらい自分の都合で決めたって」 京太郎「中学は離れ離れでも、今はこうして一緒にいるんだし」 京太郎「阿太峯だっけか。そこでの経験がなきゃ、阿知賀は全国に行けなかったかもしれないしな」 京太郎「過去はなくならない。積み上げたもの全てが、なかったことにはならない」 京太郎「それでいいじゃねえか。後悔も成長も、全部ひっくるめて次に活かせば」 京太郎「で、その為には『許し』が必要だ。憧がしてきたことを肯定することが」 京太郎「いきなり皆に言うのが怖いなら、まずは――」  そう言って京太郎は、 #size(12){#aa{{{   ____           ̄ ` ヽ、.____                `ヽ、  )                  `ヽー‐、―- 、_                    \       `ヽ        「俺が許すよ」       __                   ー―=ニ二′  ̄ ̄ ̄ ̄ヽ、 ヽ            ヽ、      ̄`ー―-、         `ー‐l             `ヽ- 、                      ヽ                    ̄`ヽ―――'             ヽ                    `ヽ、                  \        lr――--- 、__    `ヽ                ヽ、        l            ̄ ` ー                 `ヽ、    l                    ヽ    ヽ,                     \    l                      V   l                       ヽ、- '|                        ヽ-' }}}}  ふわり、と。  あたしの頭を撫でてくれた。 480 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2015/01/26(月) 02:38:28.10 ID:26xIOOIgo 憧「――――――」  優しい感触が。  暖かな感覚が。  全身へと伝播する。  心の、一人では決して埋められなかった部分が満たされていく。  これだ。  この感情だ。  ずっとずっと、あたしの中にあったもの。  あたしじゃないあたしのような、とびきり特別な感情。  やっと見つけた。  やっと分かった。  予感は確信に変わっていた。  もう認めるしかない。  正直、まだまだ言い訳したい気持ちはあるけれど。  こんなに星の綺麗な夜に、隠し事なんて出来ない。 481 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2015/01/26(月) 02:38:56.11 ID:26xIOOIgo 憧「京太郎」 京太郎「ん?」 憧「なんでもない」 京太郎「なんだそりゃ」 憧「……京太郎」 京太郎「だからなんだよ」 憧「だからなんでもないってば」 京太郎「はあ……」 憧「京太郎、京太郎、京太郎」 京太郎「へいへい」 憧「京太郎」 京太郎「ここにいますよーっと」  京太郎。  あたしね。  アンタのこと、好きみたい。 579 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2015/03/15(日) 23:59:29.41 ID:B5RLTGMFo …… ………… ……………… 憧「ごめんね京太郎。重くない?」 京太郎「よゆーよゆー。密着する分むしろ役得だ」 憧「……へんたい」  言い合いながら夜道を歩く。  街灯が照らす影は、ひとつ。  まだ脚の痛むあたしを見かねて、おぶって帰ると申し出てくれた京太郎。  あたしは、その厚意に甘えることにした。 憧「――」  自分の気持ちに正直になる。  こんなに簡単で、こんなに素敵なことだったなんて。  どうして今まで出来なかったんだろう――って、意地悪な自問。  理由は分かりきっている。  変わってしまうのが怖かったんだ。 585 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2015/03/16(月) 00:08:16.32 ID:7Iexhe01o  もう十年以上の付き合いになる、新子憧の性格。  時間と経験が築き上げた、他の誰でもない、あたしという人格。  それを否定するのが怖かった。  あたしが、あたしの知らないあたしになっていくのが怖かった。  だから必死になって守った。  計算高いあたし。男嫌いなあたし。負けん気の強いあたし。  あたしの描くあたしに縋った。  そういう意固地な部分を、京太郎が解きほぐしてくれた。  時間を掛けて、少しずつ。  半年前まで縁もゆかりもなかった赤の他人の為に。  いつしか、その気持ちに応えたいと思うようになっていた。  それが元々抱いていた不安とせめぎ合って、胸が苦しくなる時期もあった。  でも今は違う。  胸の鼓動はこんなにも穏やかで――だけど、力強い。 587 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2015/03/16(月) 00:22:19.63 ID:7Iexhe01o 憧「……えへへ」フニャ 京太郎「?」  ああ、あたし、今すっごい幸せだ。  まるで夢でも見てるみたい。  好きな人とこんなに近くにいられて。  その上、明日からは四六時中一緒だなんて。 憧「……………………………………………………ん?」 京太郎「憧?」  一緒。  四六時中。  好きな人と。  それって――――――どくん。 憧「ッ」  さっきまであんなに穏やかだった鼓動が一つ、大きく跳ねたのが分かった。 592 名前:7月21日(日)[saga] 投稿日:2015/03/16(月) 01:43:51.45 ID:7Iexhe01o 京太郎「どうかしたのか?」  京太郎と一緒。  これから、えっと、何日間?  ハルエは確か――そう、十日って。 京太郎「おーい、憧ー?」  十日。  十日?  十日!? 京太郎「憧ー。憧やーい」  それってそれってもしかして。  朝から晩まで一緒ってこと……よね?  朝起きたら隣に京太郎がいて、夜寝る時も一緒に――そんな生活が、十日間? 京太郎「あーたーらーしーあーこーさーん」  あ――やばい。  心臓の音がどんどん激しくなっていく。  落ち着こう、落ち着けようと思っても抑えきれなくて、やだ、だめ、このままじゃ、この態勢じゃ、どうしよう、京太郎に聞こえちゃう――! 憧「おっ」 京太郎「おっ?」 憧「おろしてーーーーーーーーーー!!?///」ギャース 京太郎「いきなりなんだよ!?」  ああ、神様。  日頃の感謝と尊敬が足りていなかったのは認めます。謝ります。  でも、だからって。  いくらなんでも残酷です。  こんなの、恋愛初心者のあたしには難易度が高すぎます。  好きだって気付けたばかりの人と十日間も一緒だなんて。  嬉しい以上に気まずくて、緊張して、恥ずかしくて――  あたし、死んじゃうかもしれません…… 憧「いーーーーーーーーーーやーーーーーーーーーーーッ!!///」 【TO BE CONTINUED...】

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