No.7


 無数の死を振り撒いた末に迎えた、最期の時。
 いかなる物体をも焼き尽くす恒星じみた灼熱のなか。
 自分自身のエネルギーを抑えきれず、身体が崩壊していく寸前。
 己が積み上げた屍の山の頂で、魔獣の爪を受けた――あの瞬間。

 戦いの神に、心残りなど存在しなかった。
 地獄からの使者は、自らの意思で力を欲した。
 急激すぎる進化と理解しながら、戦闘生命の生を全うしたのである。

 ――ゆえに、死してなお胸に抱く願望なぞ、持ち合わせている道理がない。

 たしかに、そうであったはずだ。
 本人が、誰よりよく分かっている。
 にもかかわらず、機会を与えられてしまった。
 聖杯によって、『槍兵』のクラスをあてがわれたのである。
 それがどうにも腑に落ちず、ランサーのサーヴァントは行動方針を決めかねていた。
 サーヴァントとして招集されたということは、何かしら叶えたい願望があるのは明白だ。
 だというのに、当人であるランサー自身にまったく心当たりがない。
 生前ならば戦術を悩むことはあっても、そもそも戦場でどうあるかを悩むことはなかっただろう。
 破壊者として動くのは、確定していたのだから。
 しかしながら、破壊者としての結末はとうに迎えている。
 何度目かになる逡巡でも答えを導き出すことはできず、ランサーは傍らで黙り込んでいる少年を見据えた。

「そろそろ、話をする気にはなかったか」

 返事どころか振り返りもせず、少年は整った顔を下に向けたままだ。
 少年の身長は決して低くないのだが、ランサーが長身すぎる。
 こうして俯かれていては、表情を窺おうとしても茶色い髪しか見られない。
 ヘッドフォンは首にかけられているので、聞こえていないワケではなさそうなのだが。

「ふん、だんまりか」

 吐き捨てると、ランサーは周囲を見渡す。
 彼がいまいるのは、ガラス張りの無機質な部屋だ。
 ガラスの向こうには研究室があり、そちらに誰もいなくても観察されている気分になる。
 モルモットじみた扱いを受けてきた過去が蘇り、ランサーは眉間にしわをよせた。

「……人をこんなところに呼んでおいて、口も利かないつもりか?」

 意図せず、先ほどよりも低く冷たい声色になる。
 それでもやはり返ってきたのは沈黙だけであり、不愉快になるばかりだった。
 このうな垂れっぱなしの少年こそ、ランサーを召喚した張本人。
 つまりマスターであるはずなのだが、最初に名乗ったっきり口を開こうともしない。
 いい加減に苛立ちが頂点に達し、ランサーはついに声を荒げた。

「貴様、なぜ前に進もうとしないッ!
 なんとしても叶えたい願いがあるから、心から欲しているものがあるからッ!
 だから俺を呼び出したのではなかったのか!? 貴様の意思を聞かせろ、花村陽介ッ!」

 これでも口を閉ざしたままならば、ランサーはマスターを殺してしまうつもりであった。
 令呪に命令を下す暇など与えず、一瞬のうちに命を奪う。
 その程度は、ランサーの力をもってすれば造作もない。
 マスター不在により現世から消滅してしまうが、別に知ったことではない。
 そもそも、聖杯に叶えて欲しい願いなど存在しないのだから。
 だがランサーの予想に反して、ようやくマスターである花村陽介は沈黙を破った。

「……そうだよ」

 搾り出すように言うと、陽介はゆっくりと顔を上げる。
 露になった陽介の表情は、いまにも泣き出しそうなものだった。
 しばらく歯を噛み締めていたが、意を決したように声を張り上げる。

「そうだよ! たしかにそうだッ! 願っちまったさ、俺はッ!
 あんとき怒りに駆られてやっちまった……俺の、俺たちの罪を全部なかったことにしちまおうってッ!
 いくら時間が過ぎても忘れらんねーし、いまでも夢にアイツの姿が出てきちまう! あの一件以来、俺らの関係はムチャクチャだッ!
 それが全部帳消しになるなんて、たまんねえよ! また下らねー話で笑えるなんてサイコーだ! 毎日毎日朝から晩までずーーーっと夢見てたさ! 違いねえッ!!」

 喉を削るような叫びは、まだ終わらない。
 さながら溜め込んでいた感情を爆発させるかのように、まくし立てるように続く。

「でも……だけどよォ! それこそ蜘蛛の糸が垂れてきた気分で、扉開けちまったけど……!
 汚しちまった手ぇキレイにすんのに、もっとたくさんの血で汚すんじゃ意味ねえだろうがッ!
 四十八人だぞ、四十八人! 一人殺したのをなしにするために、四十八人だ! 釣り合うワケねえだろ!
 こんなこと許されっかよ! 聖杯なんかが許したとしても、俺が俺を許せねえ! アイツらだって、絶対に許すかよ!
 だいたい、そんな人殺しまくって手に入れた幸福なんか……ッ! そんなもん渡して、どのツラ下げてアイツらと笑えんだよ!
 ちッくしょう! ナメてんじゃねえぞ、聖杯! そんな血塗れの幸せで喜ぶヤツらじゃねえんだよ、ざッけんな! 気付くのが遅かったんだよ、俺はッ!!」

 そこまで一気に言うと、陽介は酸欠気味になったらしい。
 全力疾走したあとのように、激しく肩を上下させている。
 陽介の呼吸が落ち着くのを待って、ランサーは問いかける。

「事情は分かったが、どうするつもりだ。
 願いを叶える気がなくなったからといって、いまさら一組辞退など許されない」
「できたとしてもやらねえよ。死ぬのが四十六人になるだけじゃねえか」

 即答を受けて、ランサーは眉根を寄せる。
 聖杯を掴むつもりはなく、かつ聖杯戦争を辞退する気もないという。
 ならば、いったいなにをしようというのか。
 ランサーが疑問を口にするより、陽介がしゃがみ込むほうが早かった。
 床に正座をしてから、両手を前に出し頭を地面につける。

「考えなしだった俺なんかと違って、アンタには必死になって叶えたい願いがあるんだと思う!
 でも……ごめんなさい! マジで悪いと思ってます! すんません! 許してください! この通りっすから!」

 土下座の体勢を作られても、ランサーには謝罪される意味が理解できない。
 事情を説明するよう促すと、陽介は真剣な表情を浮かべて立ち上がった。

「誰も死なせないためにはどうすりゃいいのかを、さっきからひたすら考えてたんだ。
 んで見つけた。一組の願いが叶うまで続く殺し合いを止める方法を、たった一つだけ」
「…………ほう」

 知らず、ランサーは息を呑んでしまう。
 少し思考を巡らせてみたが、見当もつかない。
 若干の間を置いて、陽介がその方法を明かした。

「聖杯があるから殺し合うってんなら、聖杯をブッ壊しちまえばいいんだ」

 陽介は目を伏せて、相手の反応を待つ。
 広がりかけた静寂を破ったのは、ランサーの哄笑だった。
 十秒ほど笑い続けてから、唖然とする陽介に向き直る。

「くっく。なるほどな。
 定められた運命から抗う、ということか。
 己の意思でもって、聖杯戦争の参加者を閉じ込める見えないガラスを破壊する……く、ははは」

 ランサーは、自身の左肩を擦った。
 生前に刻まれた永遠に治らぬ傷痕が再生している。
 戦闘生命である証であった負傷が存在しないのだ。
 ならば、彼にも――
 長兄の呪縛に縛られることなく、戦闘生命として以外の生を送ることが可能なのかもしれない。
 魔獣の力に呑み込まれぬよう、必死で戦ってきた兄弟のように。

「アンタの願いも叶えられなくなっちまうけど……でもっ!」
「構わない」

 ランサーは、説得するような陽介の声を遮る。
 やっと、どうして自分がサーヴァントとして現界したのか分かった。
 抱いていた願望を自覚したからこそ、胸を張って断言できるのだ。

「――願いは、いま叶った」

 ぽかんと口を半開きにしている陽介に、ランサーは右手を伸ばす。

「お前と同じく、俺も聖杯の呪縛から抗うべく聖杯戦争に臨もう。
 安心するがいい。我が『ブリューナクの槍』ならば、聖杯とて容易に破壊できるだろう」

 しばらくしてやっと意味を理解したのか、陽介はランサーの手を握り返した。
 固い握手を交わしてから、なにか思い出したように目を見開く。

「……あれ? そういえば、アンタの名前なんてんだっけ?
 ランサーって槍使うヤツってことだし、それで呼ぶのはなんかなぁ」
「キース……いや違うな」

 生前のコードネームを言いかけて、半ばで口籠る。
 これから運命と戦うというのに、運命から逃れられなかった戦闘生命の名前では縁起が悪い。
 考え込むランサーの脳裏を掠めるのは、戦闘生命と化す以前に呼ばれていた名前だ。
 二度と名乗ることはないと思っていたが、強い意思をもって強大な運命に抗う――人間として生きるならば相応しい。

「アレックス。名字はない、ただのアレックスだ」




【参加者No.7 花村陽介@ペルソナ4】
【サーヴァント:ランサー(アレックス)@ARMS】




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