覇王ゼフィールはこの状況が内心気に入らなかった。
騎竜の上から巨大な妖気探知の主と相対する。
早々に片付けねばならぬ相手であることは間違いない。
だが、彼とて目立ちたくはなかったのだ。
NPC達は未だ夜空の闇に紛れる自分たちに気付かない。
しかし数秒後にはゼフィールの好む静寂とは真逆の状況になるだろう。
だが何より——混沌を好む、自分の従者が愉しそうなのが一層気に入らない。


狂王アシュナードは内心狂喜していた。
己が主人の内心など表情を読まなくても解る。
仕方がないと踏まえた上で全てが気に入らないのだろう。
相手のマスターの刺すような視線も、セイバーと思しき敵英霊の微笑も、
狂王アシュナードの悦びを増すばかりであった。
眼下に蠢くNPC達がこの瞬間から上げる悲鳴もまた、心地よい。


微笑みのテレサは迷わない。
敵の索敵能力の謎も、自分より更に上のステータスを見ても尚、迷わない。
自分に向けてライダーから放たれた斬撃を避け、大きくジャンプし、その身体能力だけで騎竜まで迫る。
だが一瞬、小さな疑問が頭を過る。
「こいつら本当にサーヴァントとマスターか?」
サーヴァントが二騎居る等と判断しなかっただけ、彼女の目は確かだったのだが。
ゼフィールの放つ並ならぬ気配が、その疑問を生み出していた。


アシュヒト・リヒターは思索していた。
敵のライダーは、わざと大きく地面を穿つ事で爆音を出した。
驚愕した周囲のNPCは蜘蛛の子を散らしたように逃げ去ってしまった。
それでも(本当の人間ではないくせに)腰を抜かして逃げ遅れたNPC達がいるのだが——

「挑発、ですか。今の初撃でNPCが誰も死んでいない」

ルールの力で相手の攻撃を抑えようとした自分の手が読まれている。
そこまで手を読みながら、あえてこの挑発。
何の意図があるのか、アシュヒトには測りかねる。

(何て高いステータス……)

相手のサーヴァントを見て、内心で呟く。
単純に『近接で攻め続ければ』アシュヒトのセイバーはサーヴァントでも上位の戦闘力を持っている。
攻撃力、速度、回復、対魔力と戦闘に関して言えば申し分ない性能を持つ。
だが防御性能に関しては過信するわけにはいかない。
回復力が優れていても、セイバーが優位を保っていられるのは『近接で攻めている時だけ』なのだ。

(止まれば死ぬ。というやつですね)

そして実際、空を自由に駆ける騎竜に対して、そぶりも見せないがセイバーは苦戦を強いられていた。
自身のスピードを活かし、ビルの壁を跳躍する事で攻撃と回避を続けるが、やはり効率が悪い。
離れれば敵ライダーの放つ弾幕の如き斬撃に襲われ、近づけばセイバー以上のパワーを伴った剣戟が待っている。
相手の攻撃にはマスター(と思うんだが)と騎竜(やっぱ火ぃ吹くのかコイツ?)も加わり、単純に3対1で分が悪い。
敵ライダーは完全に遊んでおり、敵の主人からは遠くからでも(自分のサーヴァントに対しての)殺気が感じられる。
自分が未だ決定打を受けていないのは奇跡としか言えない。
——仕方がない
ここで出し惜しみをすれば自分はきっと敗北する。

『マスター!妖力開放を許可してくれ!』
『許可します』



苦手ながらも念話にてセイバーの主従はやりとりを済ませる。
非常に厄介な相手に目をつけられた以上、アシュヒトに打てる手は少ない。
自身の左足の装備でも、遠距離のライダー達に弾幕は当たるまい。
ビルの隙間を縦横無尽に飛び回る敵主従に対して、アシュヒトはひどく無力だった。
だがアシュヒトはこの後、更に思い知らされる。
ゼフィールとアシュナードが空を飛ぼうが飛ぶまいが、アシュヒトは無力に違いないのだ。

50%開放。

長引けば長引くほど不利、ならば即効でカタをつける——!
テレサの肉体が異形のそれに変化し、筋力、耐久、敏捷が上昇する。
筋力A+ 耐久B 敏捷A+

このステータスなら足場が不利でも互角に渡り合える。
そう確信し、異形の脚に力を込め、大きく跳躍する。
敵の騎竜に自身の出せる最高速度で迫るその時に——



信じられないものが見えた。



テレサとは逆に、騎竜から飛び降りた覇王ゼフィールと視線が交差したのだ。
自分をまるで養豚場のブタでもみるかのように冷たい目が、テレサを捉えた。


(生身の人間が、激戦を広げる摩天楼から地表に飛び降りるだと!?)

罠だ。
何が罠なのかすらわからない。
だが、テレサの戦士の直感ともいえるものが激しく警鐘を鳴らしていた。

『そっちに敵マスターが行ったぞ!単独だ!危なければ令呪で呼べ!』

素早く主人に対し、状況を知らせる。
テレサにはよく理解できなかったが、アシュヒトは何らかの武装を持っているらしい。
英霊には通用しないが、同じ人間相手なら……
すぐに行くから少しでいい、粘ってほしい。


同じ事をアシュヒトも考える。
足場の関係があるとはいえ、セイバー相手に剣戟でダメージを負わないような怪物染みたマスターでも、自分の装甲の足でなら……
セイバーが戻ってくるまでなら時間を稼げるかもしれない。
決して楽観などではなく、それ以外に自分が生き延びる道などないのだ。


ふと、自分から20メートルほど離れた先に、NPCが見えた。
そんなどうでもいいものに目を奪われたのは偶然ではなく———
戦闘に怯えて動けなくなった少女を、同じ年齢くらいの少年がなんとか助けようとしていたからだ。

脳裏にフラッシュバックするのは、薔薇のステンドグラスに彩られた教会。
幼く愚かだった自分と、気弱な表情の愛しい少女。
扉を開けて、そしてそこで……



深紅の薔薇が咲いた。
さっきまで男の子と女の子だったものは、覇王の足元で咲き誇る薔薇になった。
ショッピングモールの石畳に、じわり、じわり、と薔薇が花開く。
サーヴァントと見紛う能力を持つ男も、流石に直接地面に衝突するのは避けたかったらしい。
結果としてNPCが2体、『破壊』したわけだが、彼は全く意に介さない。

アシュヒトとゼフィール、その距離20メートルほど…

この怪物としか言えないマスターは、『破壊』して咲いた薔薇の上から一歩も動かない。
こちらを警戒しているのならそれでいい。が、嫌な予感しかしない。
ゼフィールの視線を覗き込み、背筋が冷たくなるのを感じる。

令呪を使ってセイバーを呼ぶか?


否。


(読まれているでしょうね。ならば——)


相手の狙いがこちらの令呪使用だとしたら、決して乗るわけにはいかない。
令呪使用に対して、どんな対抗手段を用いるのかはわからなかったが。
打つべき手は、奇襲。

自分にはまだ、令呪以外にも武器がある。
鋼鉄の腕(アイゼン・デア・アルム)から弾丸を乱射する。
アシュヒトならほぼノーモーションで銃撃する事が出来、若干の距離はあっても物量でカバーできる。
剣等の類を持たないアシュヒトから急に遠距離攻撃を繰りだされ、流石に銃のない世界の王は防御の構えを——
銃弾に対して防御など間に合うはずがないのに。

凄まじい轟音と衝撃がアシュヒトを中心に起こされ、モールに激しい粉塵が巻き起こる。


「消えた?」


砕け散った石畳には、飛沫した血液しか残っていない。
知らない種類の攻撃を受け、撤退したのか一時的に身を隠したのか。
流石に 自分が勝った 等とは思えなかった。

『セイバー、敵マスターがいません。何処です?』

眼鏡の位置を直し、上空にて奮戦しているであろう相棒に念話で呼びかけたその時

アシュヒトの顎に、どこから飛んできたかわからないキックが炸裂した。





アシュヒト主従が大きな音に構い無く戦闘を続行していたのは理由がある。
騒ぎを大きくすれば、戦闘に気付いた他の参加者達が集まってくると期待したからだ。
もちろん先程遭遇したバーサーカー等にも気付かれてしまうかもしれないが、それは仕方ない。
意識がある状態で詩音を放置してきたのだ、令呪でも使ってさっさと逃げているだろう。

しかしそのリスクを被ってでも、複数の主従が入り乱れる混戦に持ち込みたかった。
一対一では分が悪くとも、複数騎を一度に相手取ればあの怪物的な主従にも対抗できるかもしれない。
あまりにもハイリスクかつローリターンなこの作戦、決行に踏み切ったのは『きっと逃げられない』という確信からだ。
どんなに危険な賭けでも、これを乗り切らねばきっとこの凶悪なライダー主従に殺される。
ならば勝負に出るしかない。

その結果が、これ。

アシュヒト・リヒターに蹴りをかましたのは金城優である。
激しい戦闘音に気付いた金城は、見た目からして『何とやらは高いところが好き』そうなアストレアに
上空から偵察をさせ、大規模な戦闘が起こっていたショッピングモールに向かった。

そこで見たものは

武器も持たぬ男性相手に銃を掃射し、血溜まりを作った冷徹そうな痩身の男だった。

これに関しては立ち位置が悪かったとしか言えない。
金城がやって来たのはアシュヒトの背後側、距離がだいぶ離れていたため、ゼフィールの足元に気が及ばなかった。
激しい戦闘の余波でそこらじゅうに瓦礫が転がっており、石畳に咲く薔薇に気付かなかったのだ。

そして銃が乱射され、武器を持っていなかった男の足元には大きな血溜まりが残っていた。
注視すれば、それが大柄な成人男性のものではなく、小さな人間二人分の物だと気付けたかもしれないが、
金城優にそんなものを好んで眺める趣味はない。

結論から言うと、アシュヒトはゼフィールに嵌められたのだ。
闘志のある金城の大方の位置を知り、地上に降り、棒立ちするだけでいい。
ゼフィールが何もしなかったのは、金城に『無抵抗である』事を見せておきたかったからだ。

ゼフィールが、殺人に積極的なアシュヒトに殺されるシーンを見せたかった。

何ともタイミングの悪い。
内心で悪態を吐くが、こうなってしまってはどうしようもない。
アシュヒト・リヒターに落ち度はない、あるとすれば相棒たるセイバーの方。
戦闘や能力の落ち度ではなく、ただ、彼女には『現代の知識』というこのチーム最大の難問をどうにもできなかった。
聖杯から必要な知識を与えていられたハズ———にも関わらず、彼女は全くそれを咀嚼できず、主人たるアシュヒトに伝えられない。
『アシュヒトの知識』は、『現代の知識』に比べて遥かに時代遅れである。
アシュヒトはこれが大きくチームの足を引っ張ると予測し、そして実際に引っ張った。

アシュヒトは単に、園崎詩音が持つであろう現代についての知識が欲しいだけだったのである。
だが蓋を開けてみれば、開始早々にゲームでもトップクラスの実力を持つアーチャー、アサシン、ライダーとの連戦。
現代の情報を手に入れるという目的だけで考えれば、どう考えても割に合わない。
最初からアシュヒトに現代の情報が手渡されていたら、ここまで状況は悪化しなかっただろう。

そしてもう一つの間違いに、主人たるアシュヒトと従者たるテレサは気付かなかった。
彼らに欠落しているものは『現代の知識』だけではなく『現代の倫理』もだった。
なんとも奇妙な話だが、『合意の上で参加した』とあっても、『無抵抗の人間を殺すのは悪』とされるのだ。
殺し合いに合意したからここに居るはずなのだが、それでも金城の目には『無抵抗のオッサン殺した殺人者』でしかない。
金城とて、これが合意の上に起こった殺人だというのは理解している。
だが、戦意が無い人間を金城は襲ったりしない。これが『現代の倫理』という大きな矛盾を孕んだ大きな罠。




『ライダーのマスターはまだすぐ近くにいる。油断するな。
 それより新手が現れたぞ。飛翔能力を持つセイバーだ!攻撃されている!』

状況はまた一転する。
アシュヒトに従うセイバー、テレサを襲う新たな敵は
同じくセイバー、エンジェロイド・タイプΔアストレア。
空中での高速機動と近接格闘に特化した、金城優の従えるサーヴァントである。

いつのまにかライダーはビルの上に鎮座し、こちらを見下ろして静観している。
主人を守るつもりがないのか、信頼しているのかは定かではないが間違いなく正気の沙汰ではない。

状況は非常に悪い。

何より最もテレサにとって不運だった事は——
エンジェロイド・タイプΔアストレアが、『馬鹿』だった事である。

アストレアは馬鹿である故に、テレサが直前まで誰かと戦っていた事など頭に留めない。
負けて消えたのか逃げたのか、という事すら考えない。
馬鹿であるが故に。
索敵能力のないアストレアでも、周囲に気を配ればライダーの存在に気付けたかもしれない。
だが、保有スキル『蛮勇』がその視野と判断力を奪っていた。
視野が狭く、ライダーを感知できず、空中での格闘戦を得意とするセイバー。
テレサ視点で『今現在、最も呼び込んではいけない相手』を呼び込んでしまったのだ。
アストレアの何もかもが、テレサにとって全て都合が悪かった。
もしアストレアがライダーに気付いてくれれば、アシュヒト主従が期待していた混戦に持ち込めただろう。
だが馬鹿ゆえに、アストレアは目の前のテレサ以外など目にも留めない。

何よりテレサは、ものすごく『目立っていた』のだ。
妖力を50%まで開放していたテレサの姿は『白い異形』で、それが高速で夜空に向かってジャンプしている。
それを発見したアストレアは

『白いオバケがいるからたおすね!』

とだけ金城に念話で告げ、テレサを討伐に向かってしまった。


テレサがアシュヒトの元へ行けなかったのはこれが原因である。
空中機動の高いアストレアに襲われ、やはりビルの壁面を跳躍する事でしか対応できないテレサは圧倒的後手となる。

ショッピングモールのビルの谷間にて何度目かわからないアストレアとの剣戟。

(あ〜こいつがライダーを倒すのに強力してくれたらなー)
とテレサは当然のように考えるが、相手を説得する隙などアストレアは与えてはくれない。



アストレアの主人たる金城から見れば、説得を受ける必要など何もない。
つい先程まで敵セイバー主従が他の主従と戦い、敵セイバーの主人が相手の主人を殺害したことでその従者も死亡。

ムーンセルの聖杯戦争について事前に調査していた金城でも、実際に遭遇してみなければわからない事はある。
例えば、死亡した人間はどうなるのか等である。敵マスターが死亡すればその死体は消滅する。
だがそのルールを知らなければ、死亡したのがNPCであるとは明晰な頭脳を持つ金城でも気付かない。
ただ、生き残った方の主従と自分たちが戦闘するだけ。

銃まで使って勝ちにくるマスター相手だ、自分を楽しませてくれるに違いない。


アシュヒト視点、厄介な敵が増えてしまっただけだ。
確かに他の参加者を招くことができなければ自分は死亡すると予測した。だが、それですら相手に利用されてしまった。
幸運にも相棒たるテレサは、この聖杯戦争内でも燃費がよいサーヴァントに分類される。
身体能力の上昇と回復以外に魔力はあまり消費せず、ここまで大きなダメージも負っていない。
だが、ライダーが一時的に退避したとはいえ新たな敵が現れてしまった。当然のように契約による負荷はアシュヒトの体力を蝕む。

ライダーの相手を他者に押し付けるつもりが、逆にこちらの体力を削ることに利用されてしまった。
おまけに、敵ライダーのマスターは間違いなく自分をまだ狙い続けている。
この期に及んでアシュヒトは冷静を保ち続けていた。一瞬でも気が散れば、自分は死ぬ。
そう確信して。

装甲の足によるジェット噴射で、金城の恐るべき身体能力から繰り出される徒手空拳を避ける。
よほど金城の瞬発力が高いのか、銃など構えている暇はない。何より、こちらの行動を阻害するのが異様なほど上手い。
付近の壁を跳躍してアシュヒトに迫る姿は確実に人間離れしていた。
説得を試みるにも口を開く猶予すら与えられず、状況は一向に改善しない。

(少しでも相手に隙を作ることができれば……)

だが都合の悪い事に、この金城というマスターは従者のアストレアとは真逆に、とても賢い人間だった。
自分がどれだけ強くとも、一瞬でも油断すれば敗北する事になる。先程一戦を交えた近藤剣司が自分に一矢を報いたように。
この戦いが魔術師同士の戦闘という事は金城の事前調査によりわかっている。ならば、相手の指先や口の動きにも注意せねばならない。
その奇術めいた戦闘方法から魔法使いと呼ばれる金城でも、本物の魔術師相手に魔法で対抗できるわけではない。
身体や頭脳のスペックが高くとも、金城は一般人と変わらないのだ。
自分の攻撃を避け続けるアシュヒトは、先程遭遇した近藤剣司よりも、きっと自分を楽しませてくれる。
そう確信して。

金城の取った策は、この聖杯戦争で勝ち抜くに当たり、とても有効で重要なものであったと付け加えさせてもらう。
強力な魔眼や心象魔術の使い手がマスターとして複数参加しているこの戦いでは、わずかな隙こそが死因に直結するのだ。
事実、このハイスペックな金城の奇襲から続く猛攻に対し、有効に切り返す手段を持つマスターは少ない。

サーヴァント然とした戦闘能力を持ち、サーヴァントを殺す宝具さえ持つゼフィール。
ギアスの呪縛により身体能力の向上と、生存のために最適化された判断力を持つ枢木スザク。
長年の戦闘経験に加え、固有時制御にてどんな状況からでも有利を取れる衛宮切嗣。
身体能力で他を凌駕し、鍛錬により異形の域にまで強化された匂宮出夢。
この4名以外に、この状況で金城を倒せるマスターはいないのである。
いかに優れた魔術師でも、封殺を得意とする金城相手に対抗できなければ意味がないのだ。
そう考えれば、むしろアシュヒト・リヒターは善戦していると言えるだろう。



 ◇



「2……3……4……」

狂王アシュナードは退屈していた。
つい数分前まで白いセイバーと戦っていた彼だが、彼女に対し下した評価は『退屈』の一言。
戦闘能力の高さこそ認めるものの、ただ跳ね回って自分に近づこうとするだけの彼女の戦闘スタイルは退屈でしかなく、
わざわざその索敵能力と頭脳を警戒してここまでやってきたのに、この有様である。
どうやら賢いのは彼女ではなくマスターの方だったようだ。
アシュナードのマスターは、遊んでいるとしか見えない己が従者に業を煮やし、この騎竜から飛び降りてしまった。
覇王ゼフィール程の能力があれば仮にサーヴァントに襲撃されてもすぐに死ぬことはないだろうが、
残されて待機を命じられた彼からすれば『賢い敵の主人を先に奪われた』だけでしかない。
主人の自分に対する殺気を懐かしみながら、仕方なく彼に命じられていた用事を実行する。

『今、この場に集まっている参加者が何名か確認する事』

精密な索敵能力をアシュナードは持っていないが、集まるサーヴァントの数を確認する程度なら出来る。
その近くにいるサーヴァントは4体。
闘志を滾らせ戦うテレサとアストレア、全てを諦めてしまったセリスと己が内に呪いを溜め込むさやか。
それぞれの主人を含めて、10人の参加者がここに集っている。



 ◇



狂王アシュナード様の開く宴に、羊達は選ばれました。
それぞれの抱く殺意、闘志、絶望の炎が、メダリオンを蒼白く燃え上がらせるのです。
あなたの愛する人を失った悲しみも、あなたの勝利を目指す渇望も、等しくアシュナード様の贄となります。

覇王ゼフィール様は静寂を渇望しました。
狂王アシュナード様は戦乱を渇望しました。
果たしてその渇望は満たされるのでしょうか?

アシュヒト・リヒター様は恋人の復活を渇望しました。
微笑のテレサ様は己が復活を渇望しました。
果たして生き残ることができるでしょうか?

魔法使い金城優様は強者との戦いを渇望しました。
エンジェロイド・タイプΔアストレア様はお弁当を渇望しました。
お弁当はここにありませんが大丈夫でしょうか?

雛見沢の園崎詩音様は恋人の復活を渇望しました。
魔法少女の美樹さやか様には絶望しかありません。
果たして生き残ることができるでしょうか?

竜宮島の近藤剣司様は思い人の復活を渇望しました。
セリス・シェール様には絶望しかありません。
果たして生き残ることができるでしょうか?



 ◇


テレサとアストレアの戦いは互角だった。
ステータスでは優位に立つテレサも、空中機動に優るアストレアに決定打を与えることは出来ず、
妖力探知による攻撃の先読みも猪突猛進気味な相手には意味が薄い。
猛攻で互いにタメージを受けていくが、テレサは優れた再生力で傷を塞ぎ、アストレアは傷を意に介さない。
だがそれも宝具の持つ性能差で何時ひっくりかえるか分からない。
アストレアの持つ武器はランクA+のクリュサオル、対してテレサの武器はDランクのクレイモア。
もし、打ち負けてしまえば甚大なダメージを受け、そのまま敗北してしまうだろう。
クリュサオルとクレイモアの刃が交わる度に火花が散り、頑強なクレイモアが刃毀れする事でテレサは己の不利の実感する。

この後更に先程のライダーと戦わねばならず、一時的に身を隠したライダーのマスターも何とかしなくてはならない。
一切を表情に出さず、それでも彼女は微笑を絶やさない。それでも勝てなければ意味がないのだ。
既に一度死んだ身であるテレサには失うものなど無く、勝ち進む以外に何もありはしない。

時間稼ぎでしかない猛攻も、決して無駄に行っていたわけではない。
この場に新たに2組の参加者が近づいている事を彼女は知っていた。
妖力探知で先程のバーサーカーと思われる魔力と、新たに加わった知らない魔力。
おそらくバーサーカー組の心象は最悪だろうが、決して可能性がないわけではない。

アシュヒトとテレサは、そのバーサーカーのマスターを『甘い性格』と予想していた。
テレサの妖力探知と現実の情報から、アシュヒトが導き出した推測である。

マスター二人の反応があった蝉菜マンションの一室からアシュヒトが攫ってきたマスターは一人。
アシュヒトが見逃した事もあるが、バーサーカーのマスター以外に誰か同じ人物がいて、その人物は出てこなかったという事実。
現代知識について質問したいだけなのだから、もう一人の方なぞどうでも良かったのだが——今現在ではこれが重要になる。

バーサーカーのマスターは、もう一人のマスターを庇ったのではないか?

これはアシュヒトの立てた仮説である。
親しい友人だったのか、見るからに戦闘能力のない子供だったのか——可能性としては前者のほうが高い。
テレサの情報では、もう一人のマスターは成人前の少女の体格であり、バーサーカーのマスターと年齢は変わらないそうだ。
では、親しい友人である少女がいたから、その少女を庇って前に出てきたのか?これも答えはノーである。
バーサーカーのマスターはゲーム開始直後からバーサーカー以外、他者と接触はしていなかった。
にも関わらず、その少女とバーサーカーのマスターは接触——偶然でしかないのだろう。
バーサーカーのマスターと少女の下に、アシュヒトが向かい、バーサーカーのマスターのみが迎撃に出てきた。
もしもバーサーカーのマスターと少女が元の世界の友人ならば、一緒に迎撃に出てきてもおかしくなかったのでは?
単なる利益や損得勘定では納得できないこの現実に対し、アシュヒトは『感情で動いたのでは』と考察する。
バーサーカーのマスターが多少荒事に慣れている性格でも、その少女を『つい』庇ってしまった——
そう考えれば、全ての辻褄が合う。

そのバーサーカーの『つい』が今、とても重要なのだ。
期待するのもおこがましいが、今は少しでも混戦してもらわなくては困る。
甘い性格のその主人が今、自分たちのいるこの場所に来てくれれば、戦況はまた大きく変わる。
テレサにもアシュヒトにも口を開き、相手を説得する猶予を与えられる可能性がある。

あのライダー主従の危険性を説明する事ができれば、自分たちは生き残れる可能性がぐんと高くなる——
仮にもし騎兵の主従に勝利できても、その後には間違いなく、自分達誘拐犯が次の攻撃対象に選ばれるのだろうが……
それでもあの謎の探知能力を持つ凶悪な主従に比べれば、逃げ切れる可能性はずっと高い。
何せテレサは気配遮断を持つのだ。このスキルはそうそう簡単に見破られるものではない。
ライダー主従さえどうにかなれば、自分たちは逃げ切れる可能性がある。
それだけが、今のアシュヒトとテレサの希望であり未来だった。

その予測があったからこそ、詩音は殺されずに放置された。
アシュヒトの優れた頭脳は奇跡的なまでに予想を的中させた。
今、戦闘に参加する意欲があっても殺意に乏しい金城の主従、甘いと予測された詩音の主従、
そして未だ見ぬやはり甘い性格の主従……アシュヒトはわずかな可能性の中から、
これだけ自分たちが生き残れる可能性を引っ張り出したのだ。
状況は決して楽観視できないものの、結果から言えば奇跡と云うに相応しいこの状況。

だが一つ、もう一つだけ彼らには足りないものがあった。
普通の人間が持ち合わせていながらアシュヒト主従が持っていないもの。
現代知識でも現代倫理でもなく、人が生まれながらに持っていたはずのもの。
この聖杯戦争では無用のもの。

それさえあれば、あるいは——違う結末が用意されていたかもしれない。



予め剣と盾を構えたセリスが先導し、剣司が続き、最後に足元が覚束ない詩音を学生服姿のさやかが支えて続く。
またさやかが学生服姿に戻っているのは、こちらのほうが魔力消費が少なく、詩音に負担をかけないからだ。
戦闘するにしろしないにしろ、他のマスターの確認だけはする必要がある。
裏路地からショッピングモールへと向かい、そこで目にしたのは。

「金城、優?」

剣司にとっては既に知っている金城優が、長身眼鏡と徒手空拳の戦闘をしていた。
やはり多分に手加減されていたのか、その動きは先程自分と相対した時よりも鋭かった。
詩音の情報では長身眼鏡の方が、襲撃者に対抗するためショッピングモールへと向かっていったらしい。

「あ、あいつです、あの眼鏡にやられたんです」

詩音がその情報を捕捉する。
話にあった白いセイバーの主人の特徴(といっても長身の眼鏡でコート姿というだけの情報)と一致する。

(金城が襲撃者かよ)

自分の知っている人間が襲撃者と知って、何故か剣司はガックリとする。
ここまで緊張しながら進んできたのに、得たかった肝心の情報が半分無駄になってしまった。

「あそこ」

セリスが指差す先に、2体のサーヴァントが見えた。
片方は既に知っている金城のセイバーで、やはり翼により空を飛びながら戦っている。
もう片方は白い異形で、ビルの壁を跳躍しながら金城のセイバーと剣を交え、火花を散らしている。

「あの白い怪物に見覚えは?」

セリスに訊かれ、詩音は長身眼鏡の従えていたサーヴァントを思い出す。


「いいえ、眼鏡のセイバーとは違います。見た目も、ステータスも」

詩音の知るテレサと、今上空でアストレアと戦うテレサは似ても似つかなかった。
片やビスクドールを思わせる高貴な美しい女性のセイバーで、片や白い異形。
姿もステータスも違い、詩音にはこの二つが同じテレサだと気付くことはできなかった。

「じゃあ、あいつが襲撃者か」

眼鏡のサーヴァントは行方不明。他の場所で戦っているのか、消滅してしまったのかもわからない。

「なるほど、確かにあの白い奴は強そうね」

強力な襲撃者に対してアシュヒトが応戦していたが、どういうわけか襲撃者はアストレアと戦っている。
セリスは自分がステータスとしてはそれほど優れているわけではないことを自覚している。
魔術攻撃や補助、魔法の無効化等に特化している分、直接戦闘能力は決して高いわけではない。
加えて、対魔力の特性を持つ参加者が多い聖杯戦争では、自分は決して優位でない事も知っていた。
襲撃者のマスターは不明だが、今なら、アストレアと手を組んでしまえば白い襲撃者を倒すことも出来る。

「剣司、今なら白いモンスターを倒せるわ。どうする?」

「よし、倒してくれ!」

剣司はそう即決する。
剣司は人を殺す事に抵抗を感じる人間だが、ファフナーのパイロットとして人外と戦ってきた。
例え白い異形にもマスターがいたとしても、人外と戦い続けてきた剣司には躊躇う理由にはならなかった。

アシュヒトは幼い頃から異形のフランケンシュタインに囲まれて暮らし、それが当然だった。
だから異形に対する恐怖などなかったし、怪物を目にしても特に違和を感じなかった。
テレサも同じく、長年戦士として暮らし、数多くの覚醒者を屠ってきた。
怪物のように醜くなりながらも戦うことが当然で、頭ではわかっていても心に抵抗はない。
だからアシュヒトとテレサの主従は、気付かなかった。
これがアシュヒトの主従に足りなかった最後の要素——異形への抵抗感、現代の常識。

怪物は、倒すものなのである。

自身に補助魔法をかけつつ、セリスが取った行動はアストレアの補助。
直接白い異形を叩くメリットがなく、近接戦闘では自分が返り討ちにあってしまう可能性が高かった。
自分が攻撃するより、アストレアに攻撃を任せたほうがいい、それがセリスの判断。

「フレア!」

突如、テレサを無属性の爆発が襲う。

テレサは対魔力が高く、それゆえに魔術によるダメージはなかったが、セリスの狙いはそこではない。
空中で爆発に煽られて体勢を崩し、アストレアに無防備な姿を晒してしまう。

「しまっ……!」




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Assault of Dreadnoughts(後編)

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