いくつもの不運と幸運を重ねて


時は待たない。
全ての者に平等に結末を運んでくる。










電子世界の冬木市に僅かに陽の光が差しはじめた頃、枢木スザクは小鳥の囀りで目を覚ました。

「……夜が明けてきたのか。
本当に現実と変わらない世界なんだな、ここは」

大して疲労の抜けていない身体を起こし、スザクは先ほど潜り込んだこの家を物色し始めた。
本来ならもっと睡眠を摂るべきなのだが、昨夜の激戦のせいかはたまたバーサーカーへの魔力供給のせいか、強い空腹感に苛まれていた。
それに一度目が覚めてしまったせいか、腹を満たしたとしてもすぐには眠れそうにもなかった。
そこでまずは食糧を探すことにした。

食糧はすぐに見つかった。
何しろここは普通の民家、台所を探せば食べ物が見つかるのは当たり前の道理だった。
スザクはいくつかの菓子パンとバナナ、そして牛乳を選び取ると自分でも驚くほどのスピードでそれらを貪った。
そうしていくらか空腹を満たした後、今後の戦略を考えることにした。

やはり目下最大の敵は他二人のマスターと共に柳洞寺に立て篭っているルルーシュだ。
ランサーの言によれば柳洞寺は自然のマナが集まる霊脈であり、サーヴァントの回復には最適の場所であるらしい。
おまけに周辺には霊的な結界まであり、正面以外から侵入したサーヴァントは能力値を軒並み低下させられてしまうらしい。
まさに攻めるに難く守るに易い要衝の地。早々にそのような場所に目をつけさらには二人のマスターを抱き込んだルルーシュの手腕は流石と言う他無いだろう。
加えてそこに集うサーヴァントも粒揃いだ。
バーサーカーと同じ円卓の騎士であるガウェイン、そして彼ら円卓を従え十二の会戦に勝利し、かつてのブリテンに繁栄を齎したアーサー王。
また、宝具を無効化する宝具、太極図を備えたライダー。
太極図というありふれた単語だけでは真名を完全に絞り込むことはできないが、ランサーから聞いた中華風の装いと併せて考えれば中華系、それも宝具の性能から察するに神話の人物であることは疑いない。
最後の決め手は鳴上悠がマスターとしての透視能力で見たという軍略のスキル。
これら全てに該当し得る人物は多くはない。
その中で最も知名度と可能性が高い人物と言えば世間では釣り人の代名詞として知られる周の軍師・太公望だろう。
いずれも神話のメジャー級の英傑ばかりであり、まともに戦えば苦戦どころでは済まされない。

「そうだとしても、時間を掛けすぎるわけにはいかないか…」

しかしルルーシュをよく知るスザクは例え拙速と言われても可能な限り早期に柳洞寺を攻めるべきではないかと考えていた。
確かにルルーシュの頭脳とギアスは脅威だ。
だが彼とて無から有を生み出せるわけではないのだ。
故に、ルルーシュが準備を完全なものにする前ならば決して倒せないことはないはずだ。
逆に言えば、時間はスザクにとっての敵でありルルーシュにとっての味方なのだ。
それにサーヴァントの戦力でも大きく劣っているとは思わない。
自身のサーヴァント、ランスロットは言うに及ばず鳴上悠のサーヴァント、クー・フーリンも円卓の騎士に勝るとも劣らぬ大英雄だ。
もう一人の同盟相手である衛宮切嗣のライダーだけがやや未知数な面が強いのがネックといえばネックだが。

「そしてもうひとつ、衛宮切嗣と鳴上悠のどちらを残すか……」

当たり前だが、最終的には優勝を目指す以上柳洞寺攻略後のことも見据えなければならない。
そして衛宮切嗣と鳴上悠の間に(理由はわからないが)因縁がある以上この三者同盟はそう長続きしないだろうことは想像に難くない。
柳洞寺に篭った三組のマスター達という共通の敵がいるからこそ辛うじて成立している同盟であることをスザクは正しく理解していた。
そうである以上、柳洞寺を攻略した後は両者を天秤にかけてどちらかを切り捨てる必要が出てくるだろう。

「…やはり、より危険なのは衛宮切嗣の方だろうな」

スザクが見た限り衛宮切嗣という男からは人殺しのプロ、有り体に言えば暗殺者のような雰囲気が感じられた。踏んだ場数も向こうの方が遥かに上だろう。
先ほどの戦闘とその後の交渉でまんまと出し抜けたのはひとえに戦闘中に乱入し、奇襲をかける事によって多大なアドバンテージを得られたからに他ならない。
幸いバーサーカーは衛宮切嗣のライダーに対しては相性が良いようだが戦闘中のやり取りから察するにライダーにはバーサーカーすら打倒し得る切り札が存在する可能性がある。
何より衛宮切嗣はステータスと宝具が隠蔽されている筈のバーサーカーの能力を何故か以前から知っていた節がある。これは断じて看過して良い問題ではない。
先ほどは鳴上悠の首を献上すると言ったが、あんなものは交渉をスムーズに進めるための方便だ。
あちらもそこまで本気にしてはいないだろう。

対して鳴上悠はマスターとしては反則的なまでに万能かつ強力な術(ペルソナと言うらしい。心理学用語のペルソナと関係があるのだろうか?)を持つ反面、人間同士の殺し合いには慣れていないように見受けられた。
むしろ、どこにでもいる普通の学生と言った方が違和感が無いぐらいだ。
御しやすさという点で言えば衛宮切嗣よりもずっと楽な相手だといえる。
事実先ほどは生殺与奪を握っていたとはいえあっさりとこちらの望む条件を呑ませることができた。
今はペルソナを使えなくなっているようだが、当面戦力的にはランサー(魔力供給の途絶は一時的なものだったらしい)が加わるだけでも十分だ。
むしろ最終的には死んでもらうことを考えればずっとペルソナを使えないままで良いとすら思っている。
何よりも彼らは令呪で丸二日間こちらに攻撃できない状態にある。これを活かさない手はない。

「決まりだな。衛宮切嗣には早々に消えてもらった方が良い」

呟きながら今後の方針を固めていく。
体力が回復次第柳洞寺に攻め入る。最優先目標はルルーシュの殺害とバーサーカーの足の傷の治癒だ。
そしてその段階で上手くライダーを消耗させ、鳴上悠と共謀して衛宮切嗣を葬る。
彼からすれば衛宮切嗣は相性の悪い相手だ。謀殺を提案すれば喜んで乗ってくることだろう。
その後は令呪の効果が切れるまでは鳴上悠との同盟を維持する。
大雑把だがこんなところで当座は問題ないだろう。
戦場では何が起こるかわからない以上、細かい部分は臨機応変に対応せざるを得ないだろうがそれは仕方ない。
頭の中で今描いたシナリオを反芻しつつ、再びスザクは休息しようとしていた。





だが、彼はもう少しだけ慎重になるべきだったのかもしれない。
聖杯戦争を勝ち抜くためのシナリオを描いているのは何もスザクだけではないのだから。




「っ!?」

突如、地震のような揺れと大気が震えるような感覚に襲われた。
何が起こったのか確認しようと外に出ようとした瞬間、凄まじいまでの轟音とともに玄関が破壊され、大量の破片やガレキがスザクを襲った。

「……?」

だが、予想に反してスザク自身には何の痛みも衝撃もやって来ることはなかった。
実体化したバーサーカーがその身と支配下に置いたドラグブラッカーを盾にしてスザクを守ったのだ。
その動きはただの理性を失った獣では有り得ない、主君、いや、友を守るための騎士のそれだった。

「…ありがとう、バーサーカー」

感謝の言葉を口にして、前方を睨む。
そこには、自分達を襲撃してきたであろう巨大な馬に跨った巨漢の姿があった。
巨漢は馬から降りると宝具だったのであろうそれの実体化を解き、威風堂々と立ちはだかってきた。
そしてその後ろから、マスターと思しき海藻のような頭髪の少年が現れた。















遡ること数時間前、間桐慎二は大いに困惑していた。

「…は?月海原学園?」

自宅で羽瀬川小鳩との“お楽しみ”に時間を費やした後、ライダーとキャスターを引き連れて獲物を探しに夜の深山町に繰り出した彼が遠目に見たのは普段通っている穂群原学園とは似て非なる形の校舎だった。
何事かと思い立ち寄ってみると、そこには穂群原学園は影も形もなく、代わりに月海原学園なる学校があった。

「な、何なんだよこれ?」

例え聖杯戦争だとしてもあまりに予想外すぎる事態にしばらく立ち尽くしていたが、意を決して中に入っていった。
サーヴァントを二騎従えているという事実が慎二を強気にしていたのだ。
何故か開かれていた校門から中に入ると荒らされたグラウンドと窓ガラスが割れ、外壁のあちこちが削られた校舎が見えた。
既に新たな聖杯戦争が始まっていることを改めて実感する光景だった。
そして驚くべきことに校舎に入ると数人の生徒らしき者がいた。

「おい、そこの奴!ここは本当は穂群原学園なんだ。
どこの魔術師だか知らないけどこの冬木でちょっと勝手が過ぎるんじゃないか?」

慎二が八つ当たりの対象に選んだのは休憩時間を利用して購買にお菓子を買いに行っていた図書室受付の間目智識だった。
彼女はどこか困ったような調子で慎二にとって信じ難い事実を口にした。

「君、確か間桐慎二君だよね?
えーっと、すごく言いにくいんだけどここって地上の冬木市じゃなくてムーンセルで再現したバーチャルな冬木市なんだよね」

「は?なんだよそれ。
いい加減なこと言って誤魔化そうとしてるんじゃないだろうな?」

「いや、嘘なんかついてないから!
だって君、地上の聖杯戦争で一度殺されたのにちゃんとこうしていられてるでしょ?」

「っ!?な、何だよお前、何でそんなこと知ってるんだよ!?
~~~!!くそっ、わかったよ、いいからまずは説明してみろよ!
嘘をついてたら、ライダーとキャスターにこの学校ごとぶっ壊させるからな!!」

聖杯戦争の当事者でもない限り知り得ない事実を知っている事に加え、自分がここで生きている理由を知っていそうなこの少女をすぐに殺すのは不味い。
そう考えた慎二は持てる理性を総動員して癇癪を抑え、話しを聞くことにした。
実のところ彼も死んだ筈の自分が生きている理由が気になってはいた。
死人を完全に生き返らせるなどそれこそ魔法の領域だ。
それにこの場所に来るまでにも(意図的に無視していたが)小さな違和感はいくつもあった。
如何にサーヴァントを従えていたとはいえ無断で魔術師の工房に侵入した非力な小娘相手に何もせず、姿も見せなかった祖父・間桐臓硯。
同じく所在の知れない義妹・間桐桜。
さらに蟲の一匹もいない異様な蟲倉。
それらの事実が慎二に辛うじて冷静さを保たせたのだ。










「……とまあ、大体こんなところかな?」

間目智識は語った。
ムーンセルの成り立ちやその機能、参加者に話しても問題ない範囲でのこの聖杯戦争の詳細なルールや性質などを。

「じ、じゃあ何か?
今ここにいる僕はただの再現されたデータだっていうのか?」

世間で言うところの遊び人である慎二は他の魔術師と違い、ある程度は機械やPCへの知識と理解があった。
だからこそムーンセルに関する説明も理解はできたのだが、それは別の困惑を生んだ。
人間一人のデータを丸ごと再現するなど尋常な事ではない。それこそ聖杯でもなければ到底成し得ないことだ。
いや、それを言えば街ひとつをそのまま再現するのもそれ以上の超越的な技術なのだが今の慎二にそこまで気を回す余裕はなかった。

「事実だけを言えばそうなっちゃうね。
でもそれは他のどのマスターも同じだよ。
現実世界に肉体があるか無いかっていう違いはあるけどね」

「……!!おい、ライダー!!
そんな大事な事を何で僕に黙ってた!?」

怒鳴りつけた慎二の横に憮然とした表情のライダーが実体化した。

「貴様とて聞こうとはしなかっただろう。
経験者の貴様の意を汲んだまでよ」

その言葉には明らかに先ほど令呪を使われた事に対する意趣返しの念が含まれていた。
だが慎二はそんなことなど棚に上げて苛立ちを募らせていく。

「この大馬鹿野郎!!
マスターにこんな基本的な事も伝えないサーヴァントがあるか!!
お前本当に勝つ気があるのかよ!?ええっ!?
大したサーヴァント様だよ、まったく!!」

令呪の強制力が働いているのを良いことにこれまでこのサーヴァントにコケにされてきた鬱憤を罵声に変えて晴らしていく。
前回の聖杯戦争で自身の(正確には桜の)サーヴァントの忠告を全く聞き入れなかった彼がこんなことを言う資格はないのだが、今この場に限っては正論であるともいえた。

慎二の口が更なる罵声を紡ぎ出そうとしたその瞬間、それはやってきた。
まるで昼夜が逆転したかのような強烈な閃光と何かがぶつかり合ったような轟音、そして学園内の全ての窓ガラスを割るほどの凄まじい地震と衝撃波が襲いかかってきたのだ。
ライダーが渋々身体を張って盾になったため傷こそ無かったが衝撃によって慎二は無様にも床に寝転がる羽目になった。

「な、何だ今のは…。
そ、そうだ、あれはまるであの時の……」

そんな慎二の脳裏に浮かんだのはまだ真新しい記憶。
自らのサーヴァント・メドゥーサが敵サーヴァントの放った宝具の光の奔流の中に消えていった敗戦の瞬間だった。
それを漸く思い出した慎二の身体から急速に血の気が引いていった。
そう、いくら今回の自分のサーヴァント・ライダーのスペックが優れていようとあれほどの宝具を使われては耐えられるはずがない。
キャスターを屈服させた程度で自分は一体何を調子に乗っていたのだろうか。

(か、勝てるのか…?生き延びられるのか、僕は……?)

ここに来て初めて強い不安に駆られた慎二に更なる追い討ちが待っていた。

「あ、新しい脱落者の名前が出たみたい」

同じく咄嗟にライダーの後ろに隠れて難を逃れた間目智識の言葉で掲示板(今まで気がつかなかった)の方を向いた慎二の視界に信じ難い名前が映った。

脱落者
  • 天野雪輝

  • 我妻由乃

  • イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

正直に言って上の二人の有象無象のマスターはどうでもいい。
慎二の目を引いたのは三番目の名前、始まりの御三家の一角にして自分を一度殺したあの強力無比なバーサーカーのマスター、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンだった。

「そ、そんな馬鹿な…。
始まってからまだ半日だって経っちゃいないんだぞ。
なのにアインツベルンが、あのバーサーカーのマスターがこんなにあっさり…?」

その事実は慎二の中の死への恐怖を再燃させるには充分すぎた。
あのマスターを殺したのが今さっき炸裂した宝具であったならばまだ良い。
だがもしもそれ以外のまだ見ぬサーヴァントの手によるものだったとしたらどうする。
イリヤスフィールの名前しか追加されなかったということはそいつを倒したマスターとサーヴァントは未だ健在ということだ。
そんな危険な連中を向こうに回してどうして生き残れるというのか。

「や、やっぱり僕は死ぬんだ…。
もう駄目だ、おしまいだぁ……」

その場に蹲って嫌だ、死にたくないとうわ言のように呟きはじめた。

「うろたえるな、小僧!!!!」

そんな慎二にライダーの容赦ない叱責が飛んだ。
不甲斐なさすぎるマスターに苛立ちが頂点に達したライダーの大音声は、結果としては慎二にいくばくかの冷静さを取り戻させた。

「貴様は誰を従えていると思っている!!
この拳王を召喚しておきながらそのような無様を晒すなど…恥を知れい!!!」

「な、何だよ…。
何偉そうなこと言ってんだよ。
お前状況わかってんのかよ!?
あんな危険な宝具を持ってる連中と戦って勝ち抜けると思ってるのかよ!?
お前だってたった今見たとこだろ!」

「愚問だ。
甚だ不本意だがこの拳王の名にかけて貴様を聖杯の頂きまで連れていってやろう」

有無を言わさぬ断固とした口調で告げるライダーに慎二は不覚にも多少の頼もしさを覚えた。
彼の前のサーヴァントは従順ではあったが勝利を約束することはしなかった。
否、勝利そのものに対して執着が無いようにも見えた。
だからこそ、憚ることもなく勝利を断言するこのサーヴァントが眩しく映った。

「ライダー、お前……」

ライダーに何かを言おうとしたところでまたしても騒音が響いてきた。
先ほどよりも遠くから聞こえた音に慎二は今度こそ冷静な判断を下すことができた。

「よし、まずは様子を見るぞ、もちろん一番安全な場所からな」










そして時間は現在へ戻る。
突如として敵マスターとサーヴァントの奇襲を受けたスザクは必死で事態を好転させるべく頭を回転させていた。
今の自分達は激戦を越えたばかりであり、はっきり言ってまともに戦える状態ではない。
となれば取り得る手段は一つしか有り得ない。

「待ってくれ!」

「何だよ?命乞いか?」

妙に自信満々な相手の様子を怪訝に思いながらもスザクは言葉を紡いでいく。
ここで戦うわけにはいかないのだ。

「そうじゃない、君は知らないかもしれないがこの聖杯戦争は単独で戦い抜けるほど甘いものじゃない。
現に今柳洞寺には三組のマスターが籠城しているし、僕自身も二人のマスターと同盟を結んでいる。
ここで僕らが潰し合うのはどう考えても得策じゃない。
むしろ、ここは一時でも手を組んで柳洞寺を攻めて後顧の憂いを絶つべきだ」

提供しても構わない情報を小出しにしつつ交渉を試みる。
柳洞寺にいるマスター達の存在を考えれば衛宮切嗣や鳴上悠もここでスザクが脱落することを望まないはずだ。
この交渉が上手くいかなくても彼らが救援に来るまでの時間を稼げば良い。
あの二人、特に衛宮切嗣に対しては弱みを見せたくはないが背に腹は代えられない。

「へえ、それは確かに人手が要りそうだ。
手を組む必要もあるかもね。
その上で聞くけど、僕とお前が対等な関係である必要がどこにあるわけ?」

だが、相手のマスターはまるで耳を貸す様子がない。
こちらの言うことを信じていないわけではないようだが、だとすればこの不可解なまでの自信は何なのだろうか。
考えを巡らせる暇も与えぬとばかりに海藻頭の少年はサーヴァントに顎で合図し、それと同時に敵サーヴァント――恐らくライダー――が凄まじい威圧感を放ちながら突進してきた。
バーサーカーはすかさず黒龍ドラグブラッカーと共にライダーを叩き潰すべく迎撃を試みる。
ランサーや元の持ち主であるライダーをも叩き伏せた黒龍の性能は断じて伊達ではない。
だが、その選択は拳王ラオウに対してはこの上ない愚策と呼ぶ他なかった。

「そのような木偶でこの拳王と対等に戦おうなど…笑止!!」

そう言うやライダーは右掌に魔力、いや、気を溜めていく。
そして、迫るドラグブラッカーに真正面から激烈な気を放った。

「北斗剛掌波!!!」

周囲を揺るがす爆音とともにドラグブラッカーの巨体が大きく揺れた。
騎手であるバーサーカーが必死に制御しようとするも、多大なダメージを受けた黒龍は人間でいうところの棒立ちに近い状態に陥った。

「砕けよ!!」

その隙を見逃さずライダーの剛拳がドラグブラッカーを直撃し、その身体を粉砕した。
拳王ラオウの全身全霊の拳はその一撃一撃が平均的な対人宝具にも匹敵する。
魔力の塵となって消えていく黒龍を他所にバーサーカーはすぐ後ろに着地して難を逃れたが戦力の大幅な低下は免れなかった。

(不味い!!)

今の一連の攻防からスザクは目の前のライダーとバーサーカーが極めて相性が悪いことを痛感した。
あのライダーは武具という武具を用いない、武術でもって戦うサーヴァントだ。
バーサーカーが奪える武器が無いのでは真正面からの戦いを強いられることになる。
しかもこのライダーは相当な実力者だ。
もしもバーサーカーが切り札“無毀なる湖光(アロンダイト)”を使える程度まで回復していたのなら足の傷を考慮しても互角以上の戦いができただろう。
だが現実にはバーサーカーは先ほどの一戦で貯蔵魔力の大半を消耗していた。
無理を押して両腕を修復して衛宮切嗣と鳴上悠らの戦闘に介入したことがここに来て裏目に出た。
さらに、ランサーの“刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)”を防御した時に受けたダメージも未だ癒えていない。
如何に身体の限界を超えて戦えるバーサーカーといえども体力も気力も魔力も尽きた状態でまともな戦いなど出来るわけがない。
スザクのその考えを裏付けるようにバーサーカーはライダー相手に防戦を余儀なくされていた。
その場に転がっていた角材を即席の宝具にして凌いでいるが、ライダーの拳を受ける度に宝具としての神秘を付与された筈のそれが軋みをあげ、バーサーカー自身にも確実にダメージが蓄積していった。
このままでは決壊は時間の問題だ。

(ならば打つ手はひとつだ……!)

「ハハ、ハハハハハハハハ!!
凄い、凄いじゃないかライダー!!
流石は僕のサーヴァントだ!!」

そう、熱に浮かされたように騒いでいるあの少年をスザク自身が仕留めることだ。
見たところ、戦闘の心得があるようには見えない。

(その油断が命取りだよ)

幾度目かもわからないライダーとバーサーカーの激突。
その間隙を縫ってスザクは駆けた。
普通の人間の限界を完全に超越した動きで少年、間桐慎二に迫る。

「ハッ、引っかかったなバーカ!」

猛烈なスピードで突進してくるスザクを嘲笑する少年の背後から何者かが現れスザクを殴りつけ、瞬く間に組み伏せた。

「ぐっ…!ま、まさかそんな……!?」

スザクが驚くのも無理はない。
突然現れたその男は明らかに人間とは異なる気配、即ちサーヴァントとしての気配を纏っていたからだ。
スザクは知らないことだが、そのサーヴァントこそキャスターとして招かれたゾルフ・J・キンブリーだった。

「ハハッ!無様だね。ああ、言っておくけどアテにしてる同盟相手の援軍なら来ないぜ?」

「なっ!?ど、どうして…」

動揺を露わにしたスザクの顔を見た少年は何かの確信を得たかのようにニヤリと笑った。
即座にしまったと気付いたがもう遅い、少年はカマをかけていたのだ。

(迂闊だった…!さっきの戦いは見られていたんだ!)

「大体さあ、ちょっと考えればわかるだろ?
これは聖杯戦争だぜ?いくら同盟してるからって競争相手には違いないんだ。
そんな奴のピンチに駆けつけるような物好きがそうそういるわけないだろ。
ましてあんなやり方で介入したんじゃ尚更さ」

得意気に自らの推理を語る少年に返す言葉をスザクは持たなかった。
衛宮切嗣と鳴上悠の思惑は分からないが今もって彼らがスザクを助けに来ていないことはどうしようもない事実だからだ。

「ともあれ勝負ありって奴だ。
おいキャスター、死なない程度に痛めつけてやれ。
そいつとサーヴァントには使い道があるからね」

「…ええ、わかっていますとも」

「……!!」

キャスターはまずスザクの残された右腕をへし折った。
そして両足に手を添えた次の瞬間、スザクの両膝に小型の爆弾が出現した。

「なっ…!?」

その直後スザクの両足は爆ぜ、膝から先の部分が永遠に失われることとなった。
その激痛たるや、スザクの人生においても経験したことのない例えようのないものだった。

「ぁ、ぐああああああああああああああああああぁぁぁっ!!!!」

「あははははは!!こりゃ傑作だ!!
さあて、お前に選択肢をやるよ。
ここでキャスターに体中を爆破されて死ぬかサーヴァントを差し出して生き延びるかという素敵な選択肢をね」

「だ、誰、が……!!」

下衆な笑いを浮かべながら見下してくる少年を渾身の力を込めて睨み返す。
例えここで死ぬとしても戦友と認め合った者を売り渡すわけにはいかない。
そう固く心に誓い、歯を食いしばる。



だが、世界がスザクの意思を聞き届ける理由はどこにもない。
いや、それは裏切りに塗れた人生を歩んできた彼への罰だったのかもしれない。
枢木スザクには既に誇りある死を選ぶ事すら許されない。




――――生きろ




(……!?)

突如頭の中に響いた命令(ギアス)。
慎二の提案を拒めば即座に死を免れないこの状況においてその呪いはスザクに最も恥ずべき言葉を選ばせた。

「ああ、わかった」

「へえ、物わかりが良いじゃないか。
ってお前、もう令呪を一画使ってるのかよ。
まあ良いさ、お前はサーヴァントにこう言うんだ」

スザクの赤く染まった瞳に気付かぬまま気を良くした慎二は令呪の使用を促した。
その指示に従って、スザクの口は禁断の言葉を紡ぎ出した。

「間桐慎二及びラオウに命令された事柄を除く一切の行動を永久に禁じる」

その瞬間、戦闘中のバーサーカーの動きがピタリと止まった。
対魔力の低い彼に令呪の強制力に抗う術などありはしないのだ。
見覚えのある光景にライダーは恨みがましい表情で慎二を睨んだ。

「…貴様、またか」

「怒るなよ、これは立派な戦略ってやつさ。
むしろ感謝したって良いんじゃないか?
これから先お前が直接戦うに値しない雑魚はみんなキャスターとバーサーカーが片付けてくれるんだからさ」

「…ふん」

「……俺…は…何を……」

慎二とライダーが話し込む中、スザクの心は途方もない絶望に支配されていた。
せっかくバーサーカーと分かり合えた筈だった。
ここから自分たちの聖杯戦争が始まる筈だった。
それなのに聖杯への道をたった今、自ら断ち切ってしまった。
これから先聖杯戦争を勝ち抜くなどもう不可能だ。
これが父を刺し、旧友を皇帝に売り渡した自分への報いだとでもいうのか。
こみ上げる悔し涙を抑えることができなかった。

(何故だ…ルルーシュ、俺はどこで間違えてしまったんだ?
もし君ならこんな逆境も覆せたのか……?)

神の視点から言えばこの聖杯戦争でのスザクは常に最善かそれに近い行動を取り続けてきたと言っていい。
当初バーサーカーを単独で行動させた事も並のマスターやサーヴァントが相手であればベストといって差し支えない策だったし、運悪く匂宮出夢に発見されてしまったが聖杯戦争において弱点となるマスターが潜伏するのはむしろ良い判断だった。
それらの策は結果的に裏目に出たが、それでもそのすぐ後に令呪を用いてバーサーカーとの対話を図り、鳴上悠から宝具を奪還したことも些か拙速ではあったが彼らの窮状を鑑みれば限りなくベストに近い判断だった。

無い無い尽くしの中スザクは見事な奮戦を続けていたが、運を味方につけることだけはできなかった。
もしも彼に失策と呼べるものがあったとすれば、先ほどの戦いの後単独で行動してしまったことと、失地を挽回しようと焦るあまり自分達の行動が第三者に見られる可能性がある事を失念していたことにある。
スザクが気付いた通り慎二らは先ほどの戦いを学園の屋上から遠目に観察していた。
以前にサーヴァントを使役した経験のある慎二は英霊が視力においても人間のそれを遥かに超越することを知っていた。
故に屋上という比較的安全な場所からでもある程度は戦闘の様子を窺い知る事ができると判断したのだ。
その判断は功を奏し夜間とはいえ街中で堂々と戦闘に勤しんでいた二人のマスターとスザクらの姿をライダーとキャスターの眼はしっかりと捉えていた。
流石にどのような会話がされていたかを聞き取ることは叶わなかったが突如として戦場に介入し、特撮ヒーローのような姿のサーヴァントの宝具の一部を奪いランサーのマスターを攫い、もう一方のマスターに電話をかけたスザクやバーサーカーの動向から慎二はある結論を導き出した。

即ち、スザクは自らが主導権を持った同盟を築くために戦場に現れ、ランサーのマスターに令呪を使わせランサーの戦力を出汁にして恫喝することでもう一人のマスターとも共闘を持ちかけたのだと。
このように考えればランサーのマスターを殺さなかったスザクらの動きの理由にも説明がつく。
令呪の使用を示す強烈な赤い光が出たことをライダーらがしっかりと見ていたことも慎二に自らの推理を肯定させる材料になった。

そして三組の中からスザクを選んで奇襲を仕掛けたのもいくつかの理由あってのことだ。
一つは単純な位置関係。
スザクらは運悪く慎二らに最も近い位置に移動してしまっていたのだ。
もう一つはスザクら三組の同盟の関係性だ。
慎二は戦闘に介入して引っかき回した挙句片方のサーヴァントの宝具を奪い、片方のマスターに令呪を使わせたスザクは介入された双方から恨みを買っていると推理した。
逆に残る二組のマスターのどちらかを攻撃すれば折角の共闘関係を壊させまいとスザクが横槍を入れる可能性が高いとも考えた結果、スザクを潰すのが最もリスクが低いという結論に達した。
逃げの一手を打たれないようあらかじめキャスターを後ろに伏せさせた上で敵サーヴァントの索敵範囲外からライダーの宝具“黒王争覇”で強襲を仕掛けたのだった。
それでも同盟相手が救援に来るのではないかという可能性を完全には捨てきれなかったため、慎二は大きな態度とは裏腹に内心では気が気でなかったのだが、結果的にはその心配は杞憂に終わった。
残る二組は元々一戦交えていた連中だ。主導権を握っていたスザクが潰えれば再び勝手に潰し合ってくれるのは明白だと慎二は考えている。

元々間桐慎二は所謂要領が良いとされるタイプの人間だ。
それを支えているのが(本人はさして自覚もしていなければ誇ってもいないが)人より優れた推理能力だった。
第五次聖杯戦争では魔術回路を有さない事から来るコンプレックスや家のしがらみ、過剰なまでの衛宮士郎や遠坂凛への敵愾心から最後まで発揮されることは無かったそれがこの場においてついに存分に振るわれた。
この聖杯戦争でもやはり魔力供給は不得手だが、サーヴァントを指揮するマスターとしては決して悪くない素養を持っているのだ。










対キャスター戦に続いて完全な勝利を収め、バーサーカーをも手駒にした慎二には精神的な余裕が生まれつつあった。
キャスターを使ってスザクを引き続き脅すことで彼はスザクがこれまで入手してきた情報をそっくり手に入れることにも成功した。
それを基にして慎二なりの今後の戦略を構築していく。

(夜も明けたしとりあえずは家に帰ってしばらくは静観だな。
バーサーカーが回復しないようなら魂喰いでもさせれば良い。
やりすぎたらペナルティがあるらしいけどそれで損をするのは僕じゃなくて枢木の方なんだ、ゲームみたいな杓子定規なルールはこういう時ありがたいね)

それは先ほど間目智識からムーンセルについて聞き出した時に確かめた事だった。
多数のNPCを殺傷し続けた際、ペナルティを被るのは実行したマスターとサーヴァントに限定される。どのような状況にあるかは斟酌されないということだ。

(衛宮、少しは猶予をやるよ。
あっさり僕が勝ってしまったんじゃつまらないからね。
べ、別にあいつのサーヴァントの宝具が怖いわけじゃないぞ)

ニヤつきながら間桐家へと引き返していく慎二の背中をキャスターは無表情で見つめていた。

(まだまだ警戒されているようですね。
これはもう少し積極的に取り入らなければ隙を作らないかもしれません)

先ほど屋上でスザクらの戦闘を観察させた際、慎二はやろうと思えばより詳細な情報を知ることもできた。
彼が屈服させたサーヴァントは魔術師の英霊であるキャスター。
その類い稀な道具作成技能を活用すればサーヴァントの眼に頼らずとも慎二が直接戦況を覗くこともできた。
そうしなかったのは令呪で従わせているにも関わらず未だ完全には自分への警戒を解いていないからだ、とキャスターは考えている。
いや、先ほどの戦いでキャスターに背中を晒すような指示はしていたことから基本的には屈服させたものと思っているが無意識レベルでは信用していない、といったところだろう。

未だサーヴァントとしての意識が薄いキャスターは知らないことだが慎二が元いた世界の聖杯戦争においてキャスターのサーヴァントは奸智に長けた裏切りのクラスとして知られている。
如何に令呪の力で従属させているとはいっても結局のところキャスターも慎二にとっては敵サーヴァントの一人でしかない。
そんな輩に自身の命を預ける道具を用意させるなど自己の保身を何よりも優先する今の慎二には考えられないことだった。
当然にして彼は未だキャスターに間桐家を工房として使う許可を与えていない。
安心できないという何ら戦略的見地に基づかない理由で高い後方支援能力を持つキャスターを通常戦力としてしか用いないのは下策と評する他ないが、その下策が結果的にキャスターにとって動きにくい状況を作っているのもまた事実ではあった。

キャスターはこのままずっとあの小物としか言い表せない少年の道具でいる気は全く無い。
いや、そもそも極めて意思の薄弱な羽瀬川小鳩のサーヴァントでい続ける気も更々無かった。
彼はこの戦いを勝ち上がるためにより有力なマスターを常に探し求めている。
だがその計画を実行に移すためには現在自分の生殺与奪を握っている慎二を上手く油断させ、厳しい条件の中謀殺せねばならない。
バーサーカーをも従えた慎二はいよいよもってキャスターを使い潰すことに躊躇いなど覚えなくなるだろう。
何しろバーサーカーのサーヴァントには裏切りを考える思考能力など無いのだから。

(ただ…今のところ運があの少年に味方しているのも事実。
その運が持続している限りは従っておくのも一つの手ではある…)

キャスターが分析する限り間桐慎二はこの聖杯戦争に参加したマスターの中でも最も幸運に恵まれているマスターだ。
彼自身は貧弱なマスターながら開始早々に輪をかけて貧弱なマスターである小鳩を補足し、キャスターを手駒にしたという幸運を発揮した。
また、小鳩の拷問に時間を費やし、学園に寄り道したことで運良く先に学園で行われたのであろう戦闘や直後に起こった大規模な宝具合戦に巻き込まれなかった。
更に幸運なことにスザクらの戦いも比較的安全な場所から傍観し、最もリスクの低い戦略を立て、結果としてバーサーカーをも屈服させることにも成功した。
運もまた実力の内。キャスターは生前の経験則から運を味方につけている者を無理に排除しようとする者は往々にして手痛いしっぺ返しを受ける事を知っている。
如何にしてあの小心者なマスターに取り入り、どのようなタイミングで反旗を翻すか。
キャスターはそれらの方策を未だ計りかねていた。


【深山町・民家跡/早朝】
【間桐慎二@Fate/stay night】
【状態:疲労(小)、気分高揚、残令呪使用回数2画】

【ライダー(ラオウ)@北斗の拳】
【状態:魔力消費(中)、令呪】
※令呪の詳細は以下の通りです
間桐慎二に異を唱えるな

【枢木スザク@コードギアス 反逆のルルーシュ】
【状態:疲労(大)、右腕骨折、左腕欠損(処置済)、両足喪失、絶望、残令呪使用回数1画】

【バーサーカー(ランスロット)@Fate Zero】
【状態:ダメージ(特大)、魔力消費(特大)、右大腿に刺し傷(通常の回復手段では治癒不可能)、令呪】
※令呪の詳細は以下の通りです
間桐慎二及びラオウに命令された事柄を除く一切の行動を永久に禁じる
※リュウキドラグレッダーは完全に破壊されました

【キャスター(ゾルフ・J・キンブリー)@鋼の錬金術師】
【状態:健康、令呪】
※令呪の詳細は以下の通りです
間桐慎二及びラオウに従え
間桐慎二の命令があり次第速やかに自害せよ

|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|