初期不良



「…………ハッ!?」

勢い良くベッドから上半身を起こす。
魘された所為か、身体は冷や汗を掻いている。
その所為か、少し冷える。

「あ、あれ? ゆ、夢……だったの?」

先程の出来事も夢だったのなら可笑しなものを見たものだと自嘲し、
もう一度ベッドに潜ろうとして、

「……って、ここ何処!?」

今度はハッキリと目を覚ます。

「僕の部屋? いや、でも……」

周囲に目をやり、自分の置かれている環境を理解しようとして、
逆に意味が分からなくなる。
今、自分が居る場所は間違いなく自分の家の自分の部屋だ。
でも、細部が異なる。
『物が多すぎる』のである。

「……このジャケット?」

ハンガーに架けられたジャケット。

「こっちにはシャフトとフライト」

ダーツの道具。

「飼いたかった九官鳥まで?」

鳥籠の中の九官鳥。

「……これって」

全部、自分が欲しかったものだ。
でも、それは在り得ない。
自分は“あの時”以来、この家には戻ってはいないのだから。
あの日、両親を亡くした時から。

「そ、そうだ! 日記を・・・」

思い出し、慌てて携帯電話を取り出す。
自分の身を守る為の手段。
その画面に目をやる。

特に変わった事は書かれていない。

取り敢えず、当面は問題は無い様だ。
DEAD ENDのフラグも立っていない。

「……あれ?」

そこで、疑問を覚える。
先程の『夢』の中ではフラグが立っていたのではなかったか?
いや、あれは『夢』なのだから、
フラグが消えていても気にする必要は無い筈である。
無い筈なのであるが、違和感が拭えない。
考え込んだ所為か軽く頭痛がする。
額を軽く押さえて痛みが止むのを待つ。
痛みが引いてきた為、
手を離した時に思わず、
その手に目がいく。

そこには刻印が刻まれていた。

「……夢じゃ……ない!?」

夢だと思っていた、
いや、『思い込もう』としていた先程の光景が
一気にフラッシュバックする。
深海の様な場所。
突如立ったDEAD ENDフラグ。
襲撃してきた謎の人形。

そして、

トントンと扉がノックされた。

「ッ!?」

心臓が急速に脈打つ。
急いで携帯を開き、画面に目をやる。
フラグは立っていない。
だが、そこにはしっかりと

【××:×× 誰かが扉を開けて部屋に入ってくる。】

そう書かれていた。

(……だ、誰? 由乃? ……もしかしたら……別の誰か?)

携帯と扉を交互に見比べ、逡巡する。
無差別日記にはそれを雪輝が視認しなければ、
正しい認識の下には表示されない。
ならば、この画面に記述されている。
『誰か』とは雪輝が今までに“面識の無い”人物という事になる。
そこまで考えが到った時には飛び出す様に
ベッドから降りて、扉へと向かって走るが、
ドアノブに手を掛けて扉の鍵を閉めるよりも早く、
扉はスッと開かれ、手は空しく空を切る。

「う……あ……あぁ……」

ゴクリと喉を鳴らし、扉から一歩後ずさる。
キィィっと音を鳴らし、扉は開けられ、

其処にはお盆の上になにやら甘い匂いのする飲み物を載せた、
大胆にアレンジされた和服を着た少女が立っていた。

「あら? お目覚めだったんですね、ご主人様☆」

明るい声で少女はニコリと微笑んだ。


……………………………………


キャスターと名乗った少女が作ってくれた
卵酒に恐る恐る口をつける。

「嫌ですねぇ、そんなに身構えなくても変なものは入れませんよ♪
 そういうのはずっと昔に懲りたんで、ハイ」

キャスターはクスクスと軽く笑いながら手をパタパタと振っている。
……後半は聞かなかった事にしよう。

「あ……美味しい」

口の中に入った時にふわりと甘さが広がり、
喉を通る時には身体を芯から温めてくれる様に
絶妙に加減された湯加減。
思わず口から零れ出た言葉は紛れもなく本音である。

「キャッ☆ 褒められちゃいましたぁ♪」

両手を頬に当てて、身体全体で喜びを表現するキャスターだが、
その仕草は傍から見ていて如何見ても『ぶっている』。
微妙に冷めた気持ちになりつつ、
雪輝は残っている卵酒を流し込んでいく。
このキャスターと名乗る少女は敵じゃない。
本能というよりも右手に刻まれたものが、
そう感じさせるのである。

「さてと……それでは本題に入りましょうか」

雪輝が飲み終わるのに合わせてキャスターは姿勢を正し、
凛とした姿勢で雪輝へと視線を向ける。
キャスターが言う『本題』とはつまり、
雪輝の今後の行動方針という事である。

それは雪輝に自分の願いの為に人を殺す覚悟があるのかという事だ。

「……ぼ、僕は……」

キャスターの視線から逃れるように視線を落とし、
床というよりも何処へともなく視線を彷徨わせながら
弱々しい声で呟く。

由乃は傍には居ない。
自分“だけ”の意志でそれを決めなければいけない。

「僕は父さんと母さんと一緒にプラネタリウムに行きたいんだ・・・」

目尻には涙を浮かべ、悲しい様な、笑い顔の様な歪な表情で顔を上げる。
自分だけの意志決定。
思えば、今まで雪輝が避けてきた道である。
それは自己責任からの逃避でしかなかったのであるが。

「そうですか、じゃあ露払いは私に任せてください♪
 その他大勢の連中なんてパパッとやっつけて、
 ご主人様と私で聖杯Getです!」

そんな雪輝の言葉に否定も疑問も掛けずにキャスターは
それをありのままに受け止めた。

「え? あ、あの……キャスター…はそれでいいの?」

正直な所、蔑まれるか馬鹿にされるかと思っていた。
逆に焦って上目遣いに聞き返す雪輝にキャスターは微笑んで口を開く。

「私はですね、ご主人様。
 他の奴らの事なんてこれっぽっちも如何でも良いんです。
 私にとってはご主人様の傍でお手伝いをさせて貰える事が、
 これが、これだけが私の願いなんです。
 そんな私がご主人様の願いの貴賎を問えますか?」

キャスターは笑顔のままだ。
だが、ほんの僅かだが蔭が差しているようにも感じられる。
それを悟られぬようにかキャスターが慌てて声を上げる。

「ややっ、私の事は置いといてですね、ご主人様?
 取り敢えず他に聞いときたい事とかがあるんじゃないですか?
 例えば、この家の事について~とか?」

キャスターに言われてハッと思い出す。
そういえば、この家は一体どういうことなのだろう?
どうして、僕はこの家で寝ていたのであろうかと。
ウンウンと勢い良く首を縦に振る。

「この家に関して言えば、単刀直入に言いますと……」

ゴクリと唾を飲み込む。

「私とご主人様の愛の巣です! キャーーーーーーッ☆」

イヤンイヤンと身をくねらせるキャスターとは対照的に
思いっきり外された形になった雪輝は魂が抜けたように放心している。

「あ、嘘です嘘。…今の所は……。
 要はこの家は私とご主人様の今後の活動拠点です。
 家の内観に関しては私がご主人様の記憶を元に
 勝手ながらムーンセルに申請させて頂きました」

流石に拙いと感じたのか真面目な表情に戻って、
キャスターが話を続ける。

「ムーンセル? 申請?」

キャスターの口から出る聞き慣れない単語に頭が混乱する。

「ちょっと待って、つまり僕たちが今いるこの場所は
 本当は僕の家じゃないって事?」

頭はこんがらがったままだが、
何とか整理がついた事から切り出していく。

「有り体に言えばそうなりますね」

それをキャスターはあっさりと肯定する。

「もっとぶっちゃけちゃいますと、この街自体が作り物ですし」

更に畳み掛けるようにキャスターは雪輝にとって、
重大な事実をあっけらかんと告げてしまった。

「えっ!? ちょっと待ってよ、えっと、それ如何いう事なの!?」

いきなりの重大発表に雪輝の混乱は益々加速する。
雪輝の頭脳ではキャスターから伝えられる情報を全く処理し切れていない。
1の事柄を処理している間に3の事柄が入り込んできている状態である。

「あら、私とした事が失言でした。
 う~ん、でももっと分かりやすく伝えるにしても・・・」

雪輝の様子に流石に少し早すぎたかと考え込むキャスターが、
思いついたかのようにポンと手を叩く。

「まぁ、ここでグジグジ考えるよりも
 実際に分かってるのに聞いた方が早いってモンです。
 それにはうってつけのエセ神父がおりますから
 行ってみましょうか、ご主人様?」

尋ねた割には雪輝が答えるよりも早く、
キャスターは雪輝の手を引き、
強引に外へと連れ出していく。

「えっ? ちょ、ど、何処に行くのさ~?」

頭は混乱し、更には強引に連れて行こうとするキャスターの行動に、
元来、気弱な性質の雪輝は既に目に涙を浮かべて情けなく訴える。

「嫌ですねぇ、神父に会いに行くって、
 言ったじゃないですか。
 神父がお寺や中華料理屋にいますか?
 勿論、教会に決まってます♪」

キャスターは屈託の無い笑顔でそう答えるのであった。


……………………………………


夜道をおどおどと歩く。
思えば、何時も隣に居てくれた由乃が居ないだけで
こんなにも一人が怖いものだとは思わなかった。
いや、忘れさせてくれていたのだ。
超ストーカーで狂っているけれど彼女は
何時でも傍に居てくれたのだから。
今、自分の傍には代わりに狐が憑いている。
憑いているというのは文字通り、
今はその姿を確認する事が出来ないからである。


☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆


キャスターに外に連れ出されて暫くした頃、
不意にキャスターがその狐耳をピンと立てて
いきなり切り出してきた。

『巫女ーん! そういえば、私、この様にそれはそれは珍しい
 良妻狐で御座いますが、流石にこの狐耳と尻尾を隠さずに
 衆目の中を歩くのは至難の業なんです。
 と言うわけで御座いまして、私、ちょっと霊体化しますので
 ご主人様は私の名日に従って歩いてくださいまし』

言うや否や、キャスターの姿が光となって消えてしまった。

「ねぇ、ちょっと何処に行ったの!?」

慌てて雪輝は周囲にキャスターの姿を探す。
だが、辺りにはあんなにも目立つ姿だったキャスターの姿は
何処にも見当たらない。

『いえいえ、姿は見えませんけれどもお傍におりますので♪』

「うわぁ!?」

耳元でキャスターの声がする。
声のした方にすぐさま振り向いたがやはり姿は見えない。
それでも確かに傍には居てくれているのだ。
何となくだが自分とキャスターとの間の繋がりが
それを感じさせてくれる。

『ではでは、ご主人様。 頑張って参りましょー☆』

明るい調子でキャスターが雪輝を促す。
観念して仕方なく雪輝も歩き出した。


☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆


これが、先程までの経緯である。

姿が見えない心細さこそあるが、
キャスターは良く声を掛けてくれる為、
それほど不安には駆られずに済んでいる。
住宅街を抜け、辺りの景色は川沿いに
少し離れた場所にその川を横断する橋が見える。

『あの橋を越えて、暫く行った所に教会がありますので、
 橋の向こうにでも渡ったら、そこで軽く休みましょうか』

家を出てから時間にして1時間ほどだろうか、
道のりの半分には到達できたらしい。

「それにしても、他のマスターだっけ?
 その人達に会わなくて良かったね」

ここまでに来る間にちらほらと他の人の姿を確認する事が出来たが、
会社帰りのような様子のサラリーマンやら、
夜遊びをするちょっと怖い見た目の人達など、
そこら辺にいそうな人の姿しか確認出来なかった。

『そりゃまぁ、ご主人様は何処から見ても普通の男の子ですからね。
 よっぽど変な事でもしない限りは他のマスターには見つかりませんよ』

聞こえてきたキャスターの言葉は褒めてるんだか貶してるのだか
判断が難しいところだが、多分、本人には悪気はないのだろう。
目立つなと言われた手前、抗議の声はぐっと我慢する。

それにしても、気になる事がある。

「何だか、人が居ないね?」

時間的に深夜だと言う事もあるが、
それにしては人の姿が見えない。
先程まではちらほら居た人が
この公園に来てからはまるで見当たらなくなった。

『確かに……これは妙ですね』

キャスターの声に少し緊張感が込められる。

雪輝は携帯を開き、画面に目を通してみる。
日記には変わった所は見られない。
さっきとは違い、誰かと遭遇するといった記述も無い。

「うん、偶々だろうね」

まるで自分に言い聞かせるように雪輝は呟く。
そうして、一歩踏み出した時、
不意にぞくりと悪寒が走った。
踏み込んではいけない領域に踏み込んでしまったような不快感。
自然と冷や汗が噴出してくる。

「こ、これは!!」

霊体化していた筈のキャスターが突然姿を現した。
その様子は先程までの抜けた様子が感じられないほどに切迫している。
キャスターの視線の先にあるものは川と歩道とを遮る柵。
そこに奇妙な形の字の様なものが刻まれている。

「私とした事がルーンを見落としてしまうなんて・・・」

キャスターが苦虫を潰したような表情で辺りを警戒している。
そして、

――ザッ…――ザザッ…――

聞こえる筈がないと思っていた音が鳴る。
未来が変わったことを示すノイズ。

乱れる呼吸のままに視線をゆっくりと携帯に落とす。


【××:×× 歩道の先に人が立っている。】

その文字を確認すると同時に視線を一気に歩道へと移す。

其処には幽鬼のように一人の青年が立っていた。
銀髪の着崩した学生服から高校生くらいなのだろうか、
青年は懐から眼鏡を取り出すとそれを掛けた。

「ランサー」

青年の言葉に反応して、何も無い空間に突如として一人の男が出現する。
蒼い衣装を身に纏い、筋骨隆々のまるで血の様に紅い槍を構えた男。
そのランサーと呼ばれた男が出現した瞬間に、
雪輝はまるで心臓を鷲掴みにでもされたかのような
圧迫感と恐怖を本能で感じ取った。

“アレ”は人なんかじゃない、もっと別の恐ろしい“モノ”だ。

脳ではなく魂が告げる。
「逃げろ」と。

「人避けのルーンに気づかずに入ってこれたんだから間違いねぇわな。
 ありゃ、魔術の素養か若しくはそれに類するもんが無きゃ
 本人だって気づかぬ間に避けちまう代物だ。
 それに易々入る辺りはあの餓鬼がマスターって所か。
 案外、幸先が良かったんじゃねぇか?」

ランサーが学生服の青年に向かってカラカラと豪快に笑い掛けるが、
それを青年は聞き流し、眼鏡の位置を直している。

「ランサー、最初の作戦通り行こう。
 まずはサーヴァントの相手を頼む」

「へいへい、そんじゃ、おっ始めるとしますかねぇ!」

ランサーが叫ぶのと同時にその姿が消えた。
いや、消えたのではなく消えたと錯覚してしまうほどの
速度でこちらへと飛び掛ってきていたのである。
それに気づいた時にはランサーが構える朱槍が目の前に迫っていた。

「やらせる訳には行きませんよ! この青タイツ!」

キャスターの放った鏡が朱槍を弾き、
ランサーは飛び込んできた時と同じ速度で即座に飛び退く。

「これはタイツじゃねーよ、この駄狐! 毛皮にすんぞ!」

ランサーが軽い調子で悪態をつく。
一瞬にして、雪輝の命を奪いかけた事に対しての
反省の色等はまるで窺えない。
それはランサーにとっては当たり前の事ゆえに。

「いいからご主人様から離れなさい、奔れ!」

キャスターが呪符を構えて、男へと投げつける。
放たれた呪符はあるものは火球へと、
またあるものは氷塊、雷撃へと変化してランサーへ襲い掛かる。
それをランサーはしなやかな獣の様に身を屈め、
飛び退き、時には朱槍で打ち払い難無く交わしてのける。
そうしてランサーがキャスターの呪術を避けている間に
雪輝はキャスターの後方へと避難する。

次元が違う。

自分たちが行ってきたサバイバルゲームなんて
この二人の戦いの前では児戯にも等しい。
雪輝だけだったら10秒と掛からずに殺されていたに違いない。

「こぉの! 喰らえってんですよ!」

キャスターが両手に呪符を構え、一気に投げつける。
一塊となり、巨大な火球と化したそれを避けきれずにランサーに命中する。
轟と凄まじい勢いで燃え上がる火柱と化した中から
ランサーが煙を纏いつつ飛び出し、キャスターへと迫る。

「へっ、今のは中々やばかったぜ!」

言葉とは裏腹にランサーの表情には危機感は見られず、
むしろ、その状況を楽しんでいる様に感じ取れる。

「むしろ、そのまま消し炭になっててくれません?」

一方、眼前まで迫った朱槍をギリギリの所で
鏡で受け止めたキャスターが口元を歪めて返す。
キィンと金属同士が弾かれる音が響き、
二人のサーヴァントが同時に距離を取る。

「ランサー、耳を貸せ」

青年の傍に戻ったランサーにそれまでは
静観していた青年が何事かを呟いている。

「ハァ? そりゃお前、出来ない事は無いだろうが・・・
 ・・・ッたく、折角、盛り上がってきた所なのによぉ」

青年の言葉を聞いたランサーからやる気が、
みるみると減っていっているのが良く分かる。
青年は一体、何をランサーに提案したのか?

「ご主人様」

どうやったら相手の目的が分かるだろうか?
真剣に考えを巡らせるが時間としては数分だが
先程までの異次元の戦闘を見せられた後では
考えも巧く纏まらない。

「ご主人様!!」

「うわぁ! は、はい!?」

キャスターの声で正気に戻る。
見ればキャスターの様子は息も絶え絶え、
限界寸前といった様子である。
互角の様にも思えたけれども、
実際にはかなりの優劣が存在していたのが窺える。

「ハッキリ言います、これ以上無いって位、ピンチです。
 そも私のクラスはキャスター、あんなムキムキ蒼タイツと
 真正面からぶつかり合うのなんて体力的にも精神的にも
 全くと言って良いほど向いてないんです、私」

キャスターは出来るだけ気丈に振舞っているが、
要はこのままでは勝ち目は無いと暗に示しているのである。
何か打開策を見つけなければ。

「……あっ」

そこまできて、今まで頼りにしてきた物の存在を思い出す。
携帯を取り出し、画面を見つめる。
何故、すぐに思いつかなかったのであろうか。
空気に圧倒されて完全に失念していたが
自分には相手よりもアドバンテージがあるという事を。

「ウッ!?」

だが、そこに写っていた文字は雪輝にとっては打開策などではない。

【××:×× 心臓を槍で貫かれる。 DEAD END】

打開策など、端から存在しなかったのである。

「如何しました、ご主人様?」

顔面蒼白で携帯の画面を食い入る様に見つめる雪輝に
キャスターが声を掛ける。

「ぼ、僕が槍で殺されるって日記に・・・・・・」

泣き笑いのような表情を浮かべて、
キャスターに助けを求めようとする。

だが、

「ペルソナ」

その願いは青年の言葉で掻き消された。
言葉と同時に青年の頭上に奇妙な像が出現する。
長刀のような物を構えた戦士の像が
雪輝ではなく、キャスターへと襲い掛かる。

「―ッ! 私狙い? ……まさか、ご主人様!!」

青年の繰り出した謎の攻撃を受け止めるキャスターから
急激に血の気が引いていく。

「ま、そういう訳だ。 悪いな坊主、死んでくれや。
 こっちも精々1分位しか持たないんでな」

まるでやる気が無い様に肩に朱槍を抱えた状態で
ゆったりとランサーがこちらへと近寄ってくる。
やる気は無さそうなのに殺気はまるで違う。
逃がす気など元よりも感じられない。
ランサーの眼光に捉えられた時点で雪輝は
動く事すら出来ないほどに竦みあがっていた。
蛇に睨まれた蛙の気持ちとは正にこういうものだろうと
心の何処かで既に諦めた部分が他人事のように感じている。

「念には念を入れろってマスターからのご要望でね。
 ――その心臓、貰い受ける」

ランサーが槍を構え、朱槍に魔力が込められる。
その瞬間に空間が濃密な気配で満たされる。
その言葉だけでも充分に呪いが込められている。
そして、導き出される結果もまた変わらないのであろう。

――それは、死だ。

「――刺し穿つ死棘の槍<ゲイ・ボルグ>!!」

ランサーから因果逆転の槍が放たれる。
紅い閃光と化した槍の軌道は例え雪輝が何処に逃げようとも
変わらずに雪輝に【心臓を刺し貫かれる】という結果を齎す。
いや、既に放たれた時点で雪輝は魔槍の呪いにより、
【心臓を刺し貫かれている】のである。
後はその事実に沿って、槍は雪輝を貫くだけである。

――本来ならば。

魔槍の呪いを覆す方法が存在する。
死の運命をも覆す強運か、
若しくは“結界による絶対防御”。

「呪層・黒天洞!」

雪輝の胸に気づかぬ間に貼られていた呪符が
キャスターの唱えた真言により発動する。
黒い虚ろな空間が雪輝の眼前に出現し、
朱槍の勢いを食い止めている。

「こ、これって?」

恐怖から目を瞑り、結末から目を背けていた雪輝が
怖々と目を開けて目の前の光景に唖然とする。

「ご主人様が眠っている間に貼り付けていたのが幸いでした」

そう言ってキャスターが微笑む。
だが、その彼女を青年は容赦無く打ちのめしていく。
それでもキャスターは青年に反撃しようとしない。
いや、出来ないのである。
キャスターが全力で魔力を込め続けなければいけないほどに
魔槍の呪いは強力なものなのであり、
現実はいずれはキャスターが力尽きるか、
雪輝が刺し貫かれるかの二択になっただけである。


「面白い事になってるな、俺も混ぜろ」


第三者の助けでも無い限りは。

凄まじい音を立てて、何かが声が聞こえた方から
ランサーに向かって放たれる。

「うぉっとぉ!?」

地面を抉り取るほどの衝撃で放たれた何かは
寸前で回避こそされたが、その反動で魔槍の魔力が解除される。
それに合わせて雪輝の前に展開されていた空間が解除され、
同時にキャスターが青年へと反撃に転じる。

「よくもやってくれましたね、このイケメン眼鏡!
 百倍返しで痺れやがれ!」

キャスターが続け様に呪符を投げつける。
空中で雷撃へと変化したそれが青年の周囲ごと降り注ぐ。

「ッ!?」

青年の作り出した像が身構えて防御の姿勢を取るが、
その防御を打ち砕くように雷撃が打ち据える。

「ぐぁああああぁぁっ!!」

それまで寡黙だった青年が始めて、大声で悲鳴を上げる。
膝を着き、倒れ掛かるのを堪えて青年は何とか
立ち上がろうとするが、足元はふらついている。
見かねたようにランサーが青年を支えて肩に担ぎ上げる。

「そんな都合よくはいかねぇって事だろ。
 こういうのが戦場の常ってもんだ」

青年を庇ったランサーがさも愉快そうに笑う。
ランサーに助けられた青年はそれ以上は何も言わずに
目で合図を送り、それに応えてランサーは
青年を担いだまま、一気に走り去っていってしまった。
見事なまでの逃走に追いかける暇すら与えられないほどである。

――ザッ…――ザザッ…――

だが、運命を覆す事には成功した。

日記から消えたDEAD ENDフラグを呆然と見つめ、
雪輝は現実離れした先程の出来事に今更になって腰をぬかす。
青年に痛めつけられた為か満身創痍といった様子の
キャスターもすかさず傍に駆け寄ろうとしてくる。

「ユッキー!!」

だが、それよりも早く雪輝にとっては
聞き慣れた声が飛び込んできた。

「由乃?」

少女の声へと振り返り、
ブンブンと手を振りながら嬉々とした表情で
こちらへと走り寄って来る見慣れた姿。

「ユッキー、大丈夫だった?
 怪我してない?」

「僕はキャスターが守ってくれたから・・・・・・」

雪輝の身体を心配そうに眺める由乃に
安心感を憶えるのと同時に今まで自分を守ってくれていた
キャスターの事を案じるのだが、

「お前、誰だ?」

そんな事はお構い無しに敵意というよりも
殺意を剥き出しにした表情で由乃はキャスターを睨みつける。

「おやおや、いきなり現れてご主人様に
 ベタベタと張り付いただけじゃなく、
 何の見境も無く喧嘩を売りますか、
 このヤンデレ娘は?」

一方のキャスターも負けず劣らずの喧嘩腰である。
ビシッと空気が凍りつくのを雪輝は感じた。
が、そんな雪輝の頭に誰かの手がぽんと載せられる。

「おいおい、こいつを助けに来たんだろうが。
 まぁ、やるって言うんなら俺は構わないけどな」

ランサーを退けた時に聞こえた謎の声。
その声の主が雪輝の傍にいる。
ゆっくりと見上げた視線の先に胸部から腹部に掛けての
十字の腑分け痕のある大柄な男が立っていた。

「ユッキーから離れろ!」

由乃が男へと向かって怒鳴りつける。
男もやれやれといった様子で承諾し、
雪輝の頭から手を離すと霊体になり、
その場から消え去った。
それは一つの答えを導き出す。

「……由乃も“そう”なの?」

主語を欠いた間の抜けた質問。
それでも由乃は雪輝の言葉の意味する所を把握し、
自分の右手に刻まれた令呪を見せる。

「ユッキーは私が守るから」

日記だけではない、新たな力を得た少女は
恍惚の表情でそう呟いた。

【深山町・海浜公園/深夜】
【天野雪輝@未来日記】
[状態]:健康(残令呪使用回数:3)
【キャスター(タマモ)@Fate/EXTRA】
[状態]:負傷(中程度)
※住宅地に拠点【天野邸】を作りました。

【我妻由乃@未来日記】
[状態]:健康(残令呪使用回数:3)
【アーチャー(ジョン・ドゥ)@ エンバーミング】
[状態]:健康


……………………………………


「……ここは?」

何処かの下水道だろうか、
身を隠すのには確かに持って来いだと思う。

「いやぁ、見事に負けちまったな」

自分をここまで運んできたランサーが笑う。

「あんたは悔しくないのか?」

何故、この男はこうも笑う事が出来るのか
それが不思議だった。

「さっきも言ったろ。
 戦場じゃ、勝つも負けるもその日の運ってな。
 生きてりゃ、そん時の事は一々引きずらねぇよ」

そんな疑問をランサーは一蹴する。

「俺は悔しい」

敗因は自分の作戦ミスだ。
ランサーにマスターを狙わせず、
自分がサーヴァントの足止めに
周らなければ正攻法でも勝てていたに違いない。

また、間違えてしまった。

「そんなモンは気にすんな」

気落ちする自分にランサーが声をかける。

「お前さんの自分を犠牲に出来る判断力や
 冷静な思考ってのは中々備わるもんじゃない。
 まぁ、まだ足りないのは実践での
 命のやり取りってとこだけだな。
 お前さん、自分の命は賭けた事があっても
 他人の命を取った事はあまり無いだろ?」

戦場の英雄というのは流石に伊達じゃないなと感心する。
シャドウ相手に命懸けで戦ってきたが
思えば、シャドウは元々『命の無い』存在だった。
奪った命は一つだけだ。

「まぁ、そういうこった。
 とりあえずは仕切り直しだな」

そう言ってランサーは歯を剥き出しにして笑う。
それは英雄というよりも少年の様に感じられた。

【深山町・川沿い下水道/深夜】
【鳴上悠@P4】
[状態]:負傷(小程度)(残令呪使用回数:3)
【ランサー(クー・フーリン)@Fate/stay night】
[状態]:健康



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