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Trinity soul」(2014/03/12 (水) 22:05:33) の最新版変更点

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 視界が朱に染まっている。  息を吸えば喉が灼かれ、肺は酸素を求めて喘いでいる。  夜の暗闇は太陽ではなく炎によって駆逐された。 「……! ……!」  炎の向こうで、仲間が――ルルーシュが、何か叫んでいる。  しかし、何を言っているのかわからない。  ふと足元に何か大きなモノが落ちていると気付いて、視線を下ろす。  それは炎よりも鮮やかな血で全身を染めた泉こなただった。  死んでいる……いや、まだ息はある。  しかしペルソナ使いでも礼装を所持している訳でもないこなたには危険なレベルの重症だ。  何故こうなった、と考えるもまったく理解できない。突然――そう、突然だった。  微睡んでいた意識は、気が付けば熱と痛みによって強引に叩き起こされたのだから。 「花村!」  駆け寄ってきたルルーシュに肩を掴まれる。  ルルーシュは一度こなたを見て唇を噛み締め、次いで呆然とする自分の頬を張った。 「しっかりしろ、花村! お前しか泉を治療できる者はいないんだ!」  痛みではなくその言葉が、花村陽介の意識を覚醒させた。  手の震えが止まる。揺れていた瞳の焦点が定まる。状況を理解できずとも、今やるべき事だけはっきりとしている。 「ルルーシュ、俺は泉を助ける!」 「頼む。俺達は敵を迎撃する!」  ルルーシュがそう言い、彼の横にセイバー――ガウェインが並ぶ。  彼らはランスロットを撃退した時にも使った決着術式“聖剣集う絢爛の城”をまたも発動し、即席の結界として周囲を覆っている。  いかにアサシンが気配を消そうとも、この灼熱の結界に忍び入る事は出来ない。アサシンによる襲撃と判断したルルーシュが咄嗟に展開したのだ。  ペルソナを召喚しこなたの治療に取り掛かった陽介の前に、ライダー――火野映司が現れる。  映司は仮面ライダーという姿に変身してこそ力を発揮するサーヴァントだ。  陽介、こなたの護衛に当たっていた時は変身していなかったため、彼もまた甚大な負傷を負っていた。 「ライダー、その傷は……」 「ごめん、陽介君。君達を守りきれなかった」  ぼんやりと思い出す。そうだ、確か――映司が庇ってくれたのだ。  だからこそ、おそらくサーヴァントの攻撃を受けたはずなのに、陽介もこなたも即死する事なく生き延びている。  ペルソナ使いであり耐久力も常人より高い陽介は軽傷で済んだが、こなたはそうもいかなかったのだろう。  襲撃は唐突で、映司が反応できたのはむしろ賞賛すべきだろう。  ともすればこなたと陽介は即死していてもおかしくはなかったのだから。 「ちょっと待っててくれ、火野さんも泉の回復が終わったらすぐ」 「俺の事はどうでもいい、こなたちゃんを! 君しかいないんだ陽介君、頼む!」 「くそっ……ディアラマ! ディアラマ!」  ルルーシュに続き映司にも懇願される。  今、こなたの命を救えるのは間違いなく花村陽介ただ一人だ。陽介は繰り返しこなたに回復魔法を掛け続ける。 「ライダー、変身はできるか?」 「大丈夫……戦うのは、ちょっと厳しいかもしれないけど」 「いや、戦う必要はない。それは俺達でやる。この状況、間違いなくアサシンとキャスターの襲撃だろう。  あのギルガメッシュならば奇襲という手段は取らないはずだ。ライダー、お前は泉と花村を抱えて空へ退避してくれ」 「空へ?」  ルルーシュが周囲を警戒しながら映司へと指示を飛ばす。  槍王イルバーンで底上げされているとはいえ、決着術式をこのように防衛目的で長時間使えば魔力の消費も桁違いに早い。急がねばならない。 「アサシンの気配遮断スキルは攻撃の際に効力を失う。そうだったな、ガウェイン」 「ええ。ですがこの攻撃は気配が現れると同時に行われました。これでは迎撃は不可能に近い」 「奴らは何らかの手段で気配を消したまま、あるいは気配を現すと同時に攻撃する手段を得た。また、威力も相当なものだ。  だがアサシンである以上、遠距離に攻撃する手段はないはずだ」 「つまり、空は安全地帯って事だね」 「そうだ。せめて泉の容態が安定するまで、邪魔を入れさせる訳にはいかない」  図書館で判明したアサシン=ファニー・ヴァレンタインの能力は、スタンド“D4C”による多次元攻撃と拳銃による射撃だ。  未だ全容が定かではないキャスターにしても、爆発物を生成する事は確定しているがそれを射出したような事例はない。  彼らはともにアーチャーのような投擲宝具を持たず、またセイバーやランサーのような高い跳躍力を誇るクラスでもない。  ならば現状、空こそが唯一の安全地帯である事に疑いはない。 「アサシンとキャスターは、俺達とランサーで仕留める。ライダー、お前はとにかく泉達に敵を近付けるな!」 「わかった……変身!」  こなた達を安全な所へ移せれば、ルルーシュが決着術式を維持する必要もなくなり攻勢に出られる。  映司が傷を押してタジャドルコンボに変身し、こなたと陽介を両腕に抱きかかえた。  本来であれば動かすべきではないのだが、地上ではどこに隠れようと気配を消したアサシンから逃れる事は不可能だ。 「行ってください、ライダー。地上は私達にお任せを。あなたの主を失ってはならない」 「お願いします、ガウェインさん、ルルーシュ君!」  ルルーシュが術式を解除した瞬間、映司が二人を抱えて抜けるような蒼穹へと飛翔していく。  同時にガウェインがルルーシュを抱え跳躍した直後、足元で閃光がいくつも弾けた。 「やはりアサシンが潜んでいたようですね」 「ガウェイン、もし泉達ではなく俺達が襲撃を受けていたとして、防げたか?」 「キャスターが気配遮断を解いた瞬間に斬る事はおそらく可能ですが、あの様子ではおそらく斬った瞬間に爆発するのでしょう」 「アサシンだけで出来る事ではない。キャスターも関わっているな」 「おそらくは。そして威力も生半可ではない。おそらくAランクの宝具に匹敵……いや凌駕しているでしょう」 「ちい……まさかこんな手段で打って出くるとはな。無限に増殖するあのアサシンにしかできない芸当だ」  ルルーシュは既に柳洞寺地下空洞での戦闘の仔細を聞いている。  アサシンは個体能力を落とせば複数体一気に出現する事も可能だという。  しかし戦闘能力を減退させても、彼らが備え持つ気配遮断スキルは遜色なく使用できる。  ならばこれは、その能力とキャスターの爆発物を合わせた複合戦術――謂わば死をも恐れぬ特攻部隊だ。 「連続して受ければ我ら三騎士のクラスとて危うい。恐るべき攻撃です」 「一人孤立していたランサーが危険か……急げ、ガウェイン!」  半壊した校舎を足場に、ランサー――アレックスが警戒していたグラウンドへ出る。  そこはまるで空爆を受けたかのように大穴がいくつも空き、さながら戦場の様相を成していた。  その中心で、アレックスは一人敵を迎撃している。一人や二人ではない。数十人に増殖した、金髪の男の群れに飲み込まれている。 「薙ぎ払え、ガウェイン!」  ルルーシュがイルバーンから魔力を噴射させ、宙に滞空する。  両腕が自由になったガウェインは“転輪する勝利の剣”を伸長させ、炎の大太刀として横薙ぎに振り抜いた。  十人のアサシン達を一気に斬り捨てる。だが、その瞬間斬られたアサシン達は一斉に爆発し、凄まじい破壊を撒き散らした。 「おおおおぉっ!」  後方の無事をガウェインによって確保され、アレックスが吠える。  開いた空間へ退避、一瞬の好機を得て全身をARMSへと変態させる。 「跳べ、ガウェイン!」  アレックスの指示に逆らわずガウェインが再度跳躍、空中でルルーシュを受け止めさらに舞い上がる。  地上ではアレックスが両腕からガウェインの剣に勝るとも劣らない灼熱を放出する。  そのまま一回転することで荷電粒子の帯が円形に拡散され、取り囲んでいたアサシン達を一挙に消し飛ばした。  荷電粒子に飲み込まれたアサシン達は次々に爆発四散するが、少なくない数が自らの死をも厭わずアレックスへと跳びかかっていた。  結果、アレックスの全身は硬化した装甲をも打ち砕かれ、全身に傷を負ってしまう。 「くっ……」 「ランサー、無事か!?」 「指揮官か。俺は見ての通りだが、マスター達はどうなった?」 「花村は無事だが、泉が重症を負った。今、ライダーが二人を連れて退避している」  ルルーシュが空を見上げて告げる。  ひとまずマスターの無事を知ったアレックスが安堵し、魔力の消耗を抑えるために変態を解いた。 「貴方がここまで深手を負うとは……敵は侮れませんね」 「威力もそうだが、俺のARMSが耐性を作り出せん。どうやら奴ら、一人一人が違う種類の爆薬を所持しているようだ」  アレックスのARMS“帽子屋”は、受けた攻撃を分析してその耐性を作り出す。  しかしこのアサシン達の攻撃は、一人一人が違う波長の魔力爆発を起こすため、耐性を作り出しても次のアサシンには通じないのだ。 「俺達が奴らの手の内を知っているように、奴らも俺達を調べ上げているという事だな」 「それにこの数、尋常ではない。柳洞寺の地下でも多数のアサシンを撃破したが、それ以上だ。  一体一体は大した事はないが、気配を消されて近づかれる上にあの威力だ。連続して受ければ俺の再生能力ですら追いつかんかもしれん」  ガウェインとアレックスが背中合わせで警戒するが、いつ攻撃を受けるかわからない。  それに襲い来る敵をいくら倒し続けても意味はない。“D4C”を持つ本体のはアサシンを倒すか、マスターを殺さない事には決着は着かないからだ。  大きな戦いが終わって間もないというのに敵は仕掛けてきた。つまりは、これを決戦とするつもりなのだ。  ルルーシュ達を休ませず、一気呵成に決着を着けるための、このタイミングだったのだろう。 「アサシンの本体とキャスターは同じ場所にいる。アサシンの分身にキャスターが爆発物を持たせているとすれば、これは間違いない。  そしてアサシンの本体がこうして分身を増やし続けているのなら、本体は気配を隠せないはずだ」 「気配を隠していないのなら、近づけば俺達でも察知できるだろう」 「よし、では行くぞ――っ!?」  手短に方針をまとめ、いざ飛び出そうとしたルルーシュ達の前に、人影が現れていた。  それは紛れもなくアサシン――ファニー・ヴァレンタイン。 「アサシン……!」 「君達に伝えるべき事がある」  反射的に攻撃を加えようとしたガウェインとアレックスを制するように、アサシンが手を掲げた。  その手には何もない。が、アサシンの本領は武器などではない事はこの場にいる全員が知っている。 「聞くと思うのか? 奇襲を仕掛けてきたのはお前達の方だ」 「無論、無駄だと思っているよ。それでも、おそらくこれが最後の戦いになるのだ。私達にとっても、君達にとっても。  ならば戦う相手の名くらいは知っておいてもいいんじゃないか?  我々はお互いのサーヴァントの事は知っているが、マスター同士はそうではない。故に、私のマスターがせめて名を交換したいと申し出ていてね」 「断る。お前の能力――“D4C”に利用されるとわかっていて教えるはずがないだろう」  皆を代表してアサシンに応えるルルーシュは、まさにその脅威を肌で知っている。  違う世界の自分と遭遇したとき起こる消滅現象は、リインフォースがいたからこそなんとか防げたのだ。  彼女がいない今はもう、一度攻撃を受ければ防ぐ手段はない。 「ふむ、道理だ。ではこちらが伝えるだけで良しとしよう。  私、アサシン――ファニー・ヴァレンタインのマスター、ジョン・バックスは、諸君らとの決着を所望している。彼は今、新都のハイアットホテルにいる」 「何……どういう意味だ? 何故マスターの所在を俺達に知らせる?」 「言っただろう、彼は決着を望んでいる。この聖杯戦争に生き残っているのはもはや我々と君達だけだ。  我がマスターもようやく自らの命を賭ける時が来た。もはや隠れ潜む必要はない」 「撃たれる覚悟はある……という訳か。だが、俺達が信用するとでも?」  アサシンの言う事が本当である確証はない。いや、間違いなく罠のはずだ。だが、現状手がかりがないのも事実ではある。  アサシンを信じるか、それとも市内を虱潰しに探していくか――どちらが確実かは、正直なところルルーシュにもわからない。 「それは勝手にすればいい。お前達が来ようが来るまいが、私はすぐに攻撃を再開する。  ここで私を迎撃し続けるか、あえて虎穴に飛び込むか。選ぶのはお前達だ」  言葉を切ると同時に、アサシンは突進してくる。  アレックスがすかさず荷電粒子を放ち消滅させるが、当然のごとく彼も爆発、轟音と衝撃波を叩きつけてくる。  爆炎が晴れれば、先ほど十数体を撃破したばかりだというのに、黒い影が山のように周囲を取り囲んでいた。 「どうする、指揮官! このままでは押し込まれるぞ!」 「キャスターがいない以上、探知もできない……くっ、行くしかないか!」 空を仰ぐ。こなたの治療はまだ終わりそうにない。 唯一空を飛べるライダーの参戦は期待できない。だからこそアサシンもこのタイミングで話を持ちかけてきたのだろう。 これだけの数で攻められればいつかこちらの体力が先に尽きる。悠長に市内を捜索する余裕もない。 「……ガウェイン、ランサー! 進むぞ!」 意を決したルルーシュの号令で、セイバーとランサーがそれぞれその力を開放、暗殺者の群れへと突貫していく。 目指すは西の果て、天を衝く魔塔。 ここに、最後の戦いが始まった。               ◆  手も足も動かない。自分が起きているのかすら定かではない。  意識できるのは思考だけ。夜の海にふわふわと漂っているかのような浮遊感が、こなたの全身を包んでいた。 (あ、これ……もしかして私、死んじゃった?)  泉こなたは一般人だ。  魔術師でも殺し屋でも騎士でも国王でもなく、絶対遵守のギアス、ペルソナ、刃旗といった超常の力もない。  未来日記、封印の剣、魔術師殺しの魔弾など、ゲームの中でしか触れないような物には当然縁がない。  幼少の頃に格闘技を嗜んでいたものの、匂宮雑技団の殺し屋やナイトオブセブンほどの身体能力はさすがに持ち合わせておらず、探偵のような思考力もない。  日記所有者やスーパーの狼達のように日常的に闘争に身を浸していたという経歴もなく、巨大ロボに乗ったり魔法少女になる運命でもない。  つまり、完全無欠な一般人だ。  この聖杯戦争の参加者の中ではある意味少数派。こなたと同じ条件に該当するのはあと一人、羽瀬川小鳩という少女のみ。  では、そんなこなたが今まで生き残れたのは、何が要因か。 (多分、運が良かったんだろうねー……)  最初に魔術師だがどこかお人好しな部分のある遠坂凛と出会って。  次に天海陸と出会って。彼は内に悪意を秘めていたが、それがこなたに向けられる事はなかった。利用されるという形であっても。  その次にはルルーシュ、セイバーと出会い、立て続けに花村や名無達とも合流出来た。  考えてみればこなたは最初蟲に襲われた時を除けばほとんど一人になっておらず、攻撃らしい攻撃もされていない。  無力だからこそ誰からも狙われず、仲間からは守られる、そんな立ち位置を得ていた。 (何より……映司さんが私のサーヴァントだったっていうのが、一番ラッキーだったかな……)  現代の価値観を持ち、平和的で、しかし主を守る強い意志を持つ優しいサーヴァント、火野映司。  もし彼以外のサーヴァントであれば、こなたは殺し合いという緊張状態の中、精神的に追い詰められ錯乱していただろう。  ディケイドという彼と同じ存在に狙われる事はあったが、なんとかそれも切り抜けた。しかし、今度ばかりは幸運も続かなかったようだ。  彼らはこなたを救うためなら躊躇わず命を投げ出すだろう。なら、このまま死んだ方がルルーシュや陽介のためになるのではないか。  仲間を犠牲にして生き延びる事が本当に正しいのか、こなたにはわからない。 (みんなに迷惑ばかりかけて、守られるばかりだったし……私、足手まといだったよね……)  実感はないが、おそらくこのまま死ぬのだろう。死んだらどうなるのだろうか。  こなたの家族は父親が一人、従姉妹が一人同居している。母はこなたが幼い頃に亡くなった。  このまま逝けば、もしかしたら母親と同じ所に行けるのだろうか。  なんとなく、母に手を引かれているような気がする。  目を開ける――そう意識しただけだが――そこには本当に、写真で見た母が微笑んで、両手を握ってくれていた。  本当に、自分にそっくりだ。父親は何たるロリコンなのか。 (おかあ……さん)  こなたはもう覚えていない、その手の温もり。  この温かさがあるなら、このまま眠るのも悪くない――そう思った瞬間、津波のように思い出が押し寄せてきた。  楽しかった高校時代。  三年間を共に過ごした親友――柊かがみ、つかさ、高良みゆき。  同じ学校の後輩や先生――岩崎みなみ、田村ひより、黒井ななこ。  一緒に暮らす家族――父、小早川ゆたか、成実ゆい。  彼らの顔を一つ一つ思い出すたび、こなたの足は重くなる。  死んでもいい、一度はそう思ったはずなのに。 (やっぱり……やだ)  死にたくない。  こんなところで、誰にも知られないまま死んで、大好きな人達に二度と会えないなんて。 (嫌だ! 私、死にたくない! まだやりたい事たくさんある!  せっかく大学に入って車の免許も取ったのに、まだどこにも行ってない! 予約してたゲームだって楽しみだし、来期のアニメだって見たいのいっぱいある!  バイトだって店長に止めるって伝えてないし、私がいなくなったら家事する人がいなくなっちゃうじゃん!  お父さんはずぼらだし、ゆーちゃんは見ててあげないと不安だし、かがみんやつかさ、みゆきさんとまだまだいっぱい遊びたいし!  こんな、こんなところで死んでる暇なんてないよ!)  叫ぶ。  それは虚飾のないこなたの心底からの願い――かつて抱いた事のないほどに強い意志だ。  自分の手を掴んでいる母へ、こなたは叫んだ。 (お母さん、私まだ死にたくない! まだ、私――生きていたいよ!)  涙を顔でくしゃくしゃにして叫ぶ娘をどう思ったのか、母は一度小さく頷いて。 「行ってらっしゃい」  笑顔で、そう言った。  そして強く手を引っ張られる。 (お、お母さ……)  違う、自分は生きたいのだ、そう言おうとして、気付く。この手を握っているのは母の細い手ではない。  右手を、父よりも大きく傷だらけの固い手に、左手を、父よりは小さいががっしりとした男の子の手に。違う人物に引かれている。  この手の先から、誰かが呼ぶ声が聞こえる。“泉”、“こなたちゃん”――と、こなたを呼ぶ声が。  振り返れば、こなたの母は微笑んで手を振っていた。  何か言わなければ、ああでも、物心ついて初めて会ったのに何て言えばいいのか。  一瞬で色んな言葉が胸を埋め尽くす。こなたがその中から選んだ言葉はたった一つ。 「行ってくるね、お母さん!」  母には言えなかった、でもずっと言う事を夢見ていたその言葉を、叫んでいた。               ◆ 「もうすぐだ、市長。覚悟はいいか?」 「無論だ、大統領。私の心臓は既に天秤に乗っている。後は、彼らの命が私のそれを上回るかどうか……」  冬木ハイアットホテル。  そのエントランスの中心で、ジョン・バックス市長とファニー・ヴァレンタイン大統領は待っていた。  敵の到来を。決着の瞬間を。そして自らの勝利を。 「スペックを最低まで落とし、さらに令呪を用いたとはいえ、生み出した私の数はおよそ二百。それでも君は生きている。驚くべき事だな」 「後がなければ人間はどんな事でもする。生き延びるためならなおさらだ。今の私からいくら魔力を吸い上げたところで、それは私を終わらせる要因にはならんよ」  市長はひどく落ち着いている。達観しているとも言うべきか。  相変わらず上半身はむき出しだが、目を引くのは彼の心臓だ。  外目からでもわかるほど肥大し、脈打っている。  市長の心臓は今や発電所のようなものだ。彼の寿命を燃料に、無制限に無節操に魔力を生み出し続けている。  彼が本来生きるはずの未来を担保にしているようなものだ。これだけ魔力を吸い上げてしまえば、仮に生き残ったところで永くは生きられないだろう。  それでも、市長は怯まない。勝てば全てお釣りが来る。未来日記など比較にならない想像を絶する力を手にできる。 「ならば寿命などいくらでもくれてやる。この身全てを賭けて、私は勝利を手に入れる。  もう予知などには頼らん。私の武器はこの意志と、決意と、そして大統領。君だ」 「いい覚悟だ。最初の君とは比べ物にならん。それならばこそ、この私も遠慮なく全力を振るえるというものだ」 「ふふ。キャスターはどうした?」 「奴は契約を果たしたと言って姿を消したよ。まあ、もう問題はない。  全ての仕込みは済んだし、奴も残った魔力をほぼ消費し尽くしている。あれでは放っておいてもいずれ消えるだろう」 「とどめを刺していないのか?」 「そういう契約だからな。奴は見届ける――我々と奴らの決着を。我々の邪魔をする事はないだろう」  ここに残ったのは市長と大統領、ただ二人だけという事だ。鳴り止まない爆発が敵の接近を示している。 「やはり、あの程度では彼らは止められんか」 「想定内だ。決着はこの場所で着ける」 「ふふ……そうだな」 「ん? どうした、何かおかしかったか」  戦場では場違いな笑みを見せる市長に疑問を感じ、大統領が問いかける。 「いや、何。奇妙なものだと思ってな。私と君が会ったのはせいぜい二日前だ。にも関わらず我らはお互いに命を預け、決戦に臨んでいる。  思えば私は、これまで誰かをここまで信頼した事はない。それがおかしかったのだ」 「それは私も同じだ。生前、私には部下は大勢いたが、君のような相棒を得る立場ではなかった。  そう、たとえばあのジャイロ・ツェペリとジョニィ・ジョースターのような……。他人とはすなわち敵か部下しかいなかった私にとっては、なかなか新鮮な体験だ。  今だから言うが。私は最初、君を頼りないと思っていた。大した手腕だとも思っていたがね」 「言ってくれる。だが、結果的に私の仕事は何ら意味を成さなかったからな。甘んじて受け入れるしかない。  市長の地位、ゼフィールとの同盟……予想外の事態でどちらも覆されてしまった」 「しかし結果的にここまで生き残った。指導者とは時に威を示さなければならないが、蛮勇を振るうのも良くない。  君を臆病だと感じた私の目こそ曇っていたのかもしれないな」  大統領としても、今や市長はただ一人心を許せる間柄となったのかもしれない。  たとえ彼の先行きが短いものだとしても、聖杯に掛ける願いが競合しない限り彼と争う理由はない。  市長の方もそれは同じだ。彼が守るべき民と、市長が守るべき民は違う。争う理由がない。  だからこそ、市長は純粋に大統領へ敬意と感謝を抱く事ができる。 「何、君がいてくれたからこそだ。大統領、勝敗がどうあろうと……私は君に感謝している。それだけは覚えておいてくれ」 「同じ言葉を返そう、市長。私も、君と共に戦えた事を誇りに思おう」  戦いの果てに何が起ころうと、別れは近い。お互いに感じていた事だ。  だからこそ言い残す事がないように、ここで終わらせておく。 「……来たか。では、客人を出迎えよう」  市長と大統領は、ゆっくりとホテルを出る。  そこにいたのは白銀の騎士と異貌の槍兵、そしてマスターが一人。  彼らは皆、一様に傷を負っている。ここに来るまでぶつけさせた百体のアサシン達は十全に仕事を果たしたようだ。  特にランサーのダメージは深い。再生能力を持っているため率先してアサシンの攻撃を引き受けた結果、再生能力が停止するほどに全身を破壊されている。  しかし、致命傷ではない。その瞳は爛々と輝き、撃発の時を待っている。  指揮官であるらしい少年が進み出てくる。枢木スザクから得た情報によれば、彼こそがルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。  仮面のテロリスト。ある意味、政治を司る市長や大統領とは対極の存在だ。 「初めまして、ルルーシュ君。私がアサシンのマスター、ジョン・バックスだ」 「本当に……ここにいたとはな。覚悟は本物だったか」 「いかにも。だが君こそいい度胸をしている。罠とわかっていて突き進んでくるのだからな」  ルルーシュは市長の心臓に目をやり、尋常ならざる魔力が詰め込まれているのを見て取った。 「なるほど、あのアサシンどもはそのグロテスクなもののおかげか」 「ふっ、私は中々気に入っているのだがな。理解してもらえんか」 「生憎だな。そして、捉えた以上長話に付き合う気もない。討たせてもらうぞ!」  ルルーシュの号令でガウェインが構えた。この距離なら一息でアサシンごと市長を葬れる。  しかし地を蹴る寸前、ルルーシュの背後に新たな気配。ガウェインは瞬時に身体を捻り込み、剣を奔らせる。  深山町から新都に来るまで数えきれないアサシンを斬ったおかげでコツは掴めている。  気配を現してから爆発するほんの僅かなタイムラグを見切り、先の先で斬る。  全方位の飽和攻撃でない限り、ガウェインはもはや完璧にアサシンの不意打ちに対応できる。  目論見通り背後に現れたアサシンは何をする間もなく頭部を刎ね飛ばされた。 「――これはッ!?」  しかし、そのアサシンが爆発する事はなかった。  彼が手に持っていたのは、まさにガウェインの主そのもの――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの頭部だった。 「そうだ! 忘れてはいまい! 我々は違う世界の君を何人でも引っ張ってこれるのだよ!」  市長の宣言と同時に現れたいくつものアサシン達は、皆その手に別世界のルルーシュを抱えていた。  彼らはキャスターにより上級サーヴァントをも傷つけ得る攻撃力を得ただけではなく、対ルルーシュ・ガウェイン用の切り札も用意していたのだ。 「くっ、ルルーシュ!」  こうなってはもはやガウェインは有効な戦力としては機能しない。  ルルーシュの護衛に専念し、迫るアサシンと距離を引き離さねば、王を討ち取られてしまう。 「ガウェイン、俺の影に入れ!」  完全体へと変態したアレックスが巨体を活かしてルルーシュとガウェインを庇い、ARMSの力を開放した。  全身の装甲が赤熱し、さながら太陽の如き光と熱を撒き散らす。メルトダウン寸前まで出力を上げているのだ。  以前は暴走状態に陥ったが、今のアレックスは令呪の加護を得ている。莫大な熱を放出しつつも、それをコントロール出来ていた。  接近してくるアサシンは、姿を見せている者・隠形している者を問わず次々と灼き尽くされる。  量産するために能力を落とした状態のアサシンでは、この余波に耐えるだけの耐久力もない。  違う世界の自分と接触させなければルルーシュの消滅も始まらない。  当然、そんな熱波を浴びれば至近距離にいるルルーシュとガウェインも無事では済まない――だからこそ、とうに対策済みだ。 「舐めるなよ……!」  ルルーシュとて、アサシン側が再度別世界のルルーシュを利用するだろうという事は予想していた。しかしルルーシュを置いて攻め入る訳にはいかなかった。  ライダーはこれ以上人を抱えられないし、一人でアサシンに対処できるはずもなく、どこかに隠れる事も不可能。  またルルーシュがイルバーンを用いて魔術を発動する際、ガウェインが近くにいなければ彼のバックアップを受けられない。  かと言ってガウェインが残り、アレックスだけを敵陣に攻め入らせるのはリスクが大きすぎる。  ならば、あえて敵に別世界のルルーシュを利用させ、さらにその上をいく――活路はここにしかない。 「コードキャスト、展開!」  学園で展開した決着術式“聖剣集う絢爛の城”と同質のものだ。極小規模の炎熱結界を周囲に展開することで、他者の侵入・干渉を遮断する。  謂わば、決着術式ならぬ絶対守護術式。  ハドロン砲と同じくかつての乗機にあやかって名をつけたこの術式は、サーヴァントならぬマスターが使う防護術式としてはおそらく最高峰のもの。  無論、アサシンの特攻を防げるほどではないが、そこはアレックスがカバーしてくれている。そしてアレックスの放つ熱波は、炎熱の結界が吸収し和らげる。 「この剣は太陽の映し身、もう一振りの星の聖剣……!」  そして王を護る必要のなくなった騎士は、攻勢に出られる。  アレックスとルルーシュの二重の結界に護られている今、ガウェインの宝具開放を止められる者はいない。  ランスロットに放ってからさほど時間が経っていないため全力とは言い難いが、それでも、セイバーの誇る最強宝具がアサシンごときを屠れぬ道理はない。  最強の盾と矛。盾が敵を弾き返した今、返す刀を遮る物はない。  しかし――まだ、市長と大統領の手は尽きてはいない。 「やれ、ガウェイン!」 「まだだ! 超えられるものなら……超えてみるがいい! これが我々の切り札だ!」  ガウェインが聖剣を解き放つ寸前、市長の絶叫が響き渡った。  彼が隠し持っていたスイッチを押し込むと、彼の背後にそびえ立っていた冬木ハイアットビルの四方が弾けた。 「なっ……!?」  空を覆うほどの巨大な建造物が、要である支柱を吹き飛ばされ、斜めにずり落ちてくる。  圧倒的な質量。圧倒的なプレッシャー。まるで山が空から降ってくるような。  生半可な宝具よりもよほど強力な破壊を引き起こす、超大型の質量弾がルルーシュ達を襲う。 「自分を餌にして、俺達を誘き出したか……!」 「これが私の覚悟だ! さあ……勝つのは私か!? お前達か!? 決着の時だ!」  勝ち誇る市長がアサシンの開いたホテルのドアに挟まれ、姿を消す。別世界に退避したのだ。  だが、ルルーシュたちはそうは行かない。今も犠牲を厭わず特攻し続けてくる分身に足止めされ、この場を離脱できない。  必然的に、この場を切り抜けるにはガウェインが開放寸前だった宝具を解き放つしかない。  アサシンではなく空に向けて、ガウェインは躊躇わず聖剣を振り抜いた。 「“転輪する勝利の剣”!」  地上から吹き上がる灼熱の炎が、何万トンもの質量を包み込み、消し飛ばす。  いかに超大質量であっても、魔術的な処置を受けていない建造物など宝具の敵ではない。  が、この場合は質量こそが問題だった。いかに太陽の聖剣といえどもすぐには灼き尽くせないほどに巨大なのだ。  必然的に、ガウェインは限界以上の宝具開放を強いられる。 「おおおおおおおおぉっ……!」  全身の魔力を振り絞り、長く短い永遠の刹那を経て――ようやく、空が見えた。  聖剣の炎は遥か上空の雲すらも吹き散らし、冬木ハイアットビルを地上から消滅させた。 「ガウェイン、大丈夫か!?」  ルルーシュに応える余裕もなく、ガウェインは膝を着く。  ただでさえランスロットとの死闘を経て消耗していた上に、ギルガメッシュとの交戦、さらに百体以上のアサシンを退けてここまで来た。  とどめに限界を超えて聖剣を振り抜いたため、ガウェインを以ってしても蓄積した疲労と魔力の消耗はもはや甚大なものになっていた。 「どうやら、我々の勝ちのようだな」  そこに、別世界に逃げていた市長が再び舞い戻る。  彼はルルーシュ達があの状況を凌ぐと予想していたのか、欠片の動揺もない。心臓の脈動が幾分弱まっていたものの、まだまだ戦闘不能の域ではない。 「想定内とはいえ……正直、呆れるよ。これがサーヴァントの力か。凄まじいものだ」  中程から綺麗に消失したハイアットホテルを見上げ、市長が呟いた。 「あれだけの質量を攻撃に叩き込み、さらにお前達は凌いでみせた。こんな真似は未来日記所有者達にもできはしまい。  これが聖杯戦争……か。ふふ、私も、もっと早く覚悟を決めていれば、うまく立ち回れたかもしれんな。  だがまあ、決着だ。そうだろう?」  嘯く市長に言い返す余裕はない。  彼の横に立つアサシンは一人ではなく、数えて十人がそこにいたからだ。 「正真正銘、私の軍勢はこれで最後だ。だがもはや君達に力は残っていまい」  市長の言葉は正確だった。  ガウェインの魔力は尽き、ルルーシュもまた絶対守護術式を長時間展開したためほぼ限界。  唯一両の足で立っているアレックスにしろ、暴走状態を長く維持していたため消耗が激しい。  まだ戦えない事はないが、ルルーシュとガウェインを護る余裕はもうない。 「アレックス、俺達の事はいい。奴らを倒せ」 「拒否する、指揮官。言ったはずだ、もう誰も死なせる気はないと」 「だが……この局面をどう切り抜ける? もう俺達に打つ手はないぞ」 「フン、見くびられたものだな。ガウェインがあれほど大きな狼煙を上げたのだぞ」  ルルーシュは気付く。  アレックスは諦めていない。足を止めていない。彼が見ているものは、たった一つ。  蒼穹からまっすぐに降ってくる希望――前へ進もうという意思そのもの。 「あいつが来ないはずはない……そうだろう、マスターッ!」 「ペルソナァッ!」  タジャドルコンボのオーズに運ばれてきた陽介が、落ちてくる勢いのままペルソナを召喚した。  形成す像はイザナギ。彼が友から受け継いだ力。  黒いコートを纏った影が、竜をも封印する剣を手に取る。  湧き上がる炎。それは、花村陽介の抱く希望に向かって進む意思に他ならない。 「“帽子屋”、力を示せ……破壊するためではなく、守護するための力を!」  空から一直線に市長へと落下していく陽介に遅れじと、アレックスが力を出し尽くして腕を変形させた。  人ならざる鉤爪が、陽介を阻止せんと立ちはだかるアサシン達を薙ぎ倒す。 「長い付き合いとなったが、ここで最後だ……アサシン!」 「まだだ! まだ……まだ終わらん。流れはまだ……我々にある!」  分身をアレックスへと特攻させ、本体である“D4C”を従えたアサシンが陽介に向かってジャンプする。  “D4C”を直接陽介に接触させることで異世界に送り込もうとしているのだ。 「いいや、終わりです!」  しかし、上から何かによって押さえつけられる。タジャドルコンボからサゴーゾコンボへと変身した映司が放った重力波だ。  アサシン達が全て封じられ、市長は今や丸裸。 「う……うおおおおおおぉぉぉっ――!」 「やらせないよ!」  市長がアサシンから渡されていた拳銃を乱射する。その狙いは正確で、陽介の身体を貫く奇跡を描く。  ルルーシュ達の陣営の、最後の一人。泉こなたが操ったクジャクカンドロイドが、その銃弾をことごとく跳ね返した。  もはや、王を護る盾は全て取り払われ―― 「“D4C”ィィィィ――!」  地面に這いつくばったアサシンが、スタンドだけを飛ばす。だが、“D4C”が陽介の身体を貫く寸前に。 「……負けた、か」 陽介の操るペルソナの一刀が、ジョン・バックス市長を斬り裂いた。 彼の異形と化した心臓を、二つに断ち割った。 この瞬間、聖杯を狙う最後の一人が脱落し。 彼らの聖杯戦争は――ここに、終結した。               ◆ 「勝った、と思ったのだがな。それこそが慢心だったか……」  ムーンセルによる分解が始まったジョン・バックスを囲むように、ルルーシュ達は立っていた。  もうアサシンの姿はない。彼らを支えていたのは礼装となった市長の心臓であり、それが破壊された以上もはや生み出される事はない。  本体であるアサシンもまた、市長が陽介に斬られたと同時にアレックスによって消し飛ばされた。  ジョン・バックスとファニー・ヴァレンタインは、完膚なきまでに敗北したのだ。 「アサシンの報告では、そちらのお嬢さんは致命傷だった……と、聞いていたのだがな。よもや、生きていたとは」 「私もそう思ったけど、映司さんと陽介君のおかげで何とか戻ってこれたんだよ」  こなたの手を引いたのは、呼びかけ続けていたのは、映司と陽介の二人。  ペルソナで傷を癒せても、こなた自身に生きる意志がなければ、回復は難しかったはずだ。  死を実感する事で初めて生を渇望する。こなたを踏み留まらせたのは、懐かしい日常への回帰、ただその一念だった。 「やれやれ。この戦いは予想外な事ばかり起こったが……最後は、ただの女子供に、上を行かれるとは……。  それとも、私はそういう運命なのか……、全く……気に入ら、ん……な」  どことなく不貞腐れたような顔で、市長は目を閉じた。  そのまま、彼を構成するデータは消失し……消える。 「終わった、のか」  ガウェインに肩を支えられたルルーシュが、ようやくと息を吐いた。  二日前に始まった戦いが、今ようやく一つの終わりを迎えた。  まだギルガメッシュという問題が残っているものの、これで残っているサーヴァントは―― 「待て。誰かキャスターを見たか? まだあいつが残って」 「おや、私をお呼びですか?」  ルルーシュの独白に答えたのは誰であろう、キャスター本人だった。  またもどこかに隠れて見物していたのか、大した負傷もなく飄々と歩いてくる。 「貴様……」 「おっと、お待ちなさい。もう私に敵対する気はありませんよ。契約主だったそこのジョン氏も敗れたようですからね。  いやいやお見事、この戦いはあなた達の勝利です。まさかこんな結末を迎えるとは、予想もできませんでしたよ」 「なら、何のために現れた。まさかいまさら俺達に協力したいと言う訳じゃないだろう」 「それも面白そうではありますが。残念ながら私もここまでのようですからね」  比較的状態がマシな映司がキャスターの前に立ち塞がるが、キャスターは両手を上げ降伏のポーズを取る。  そのまま身を折り、口から吐き出したのは紅く輝く小さな石だった。  しかしその石は、ルルーシュ達が見ている前で見る間に輝きを失っていく。 「これは私からのささやかなご褒美です。楽しませてくれたお礼とでも思ってください」 「……何だか知らんが、受け取る訳ないだろう。爆弾を操るのがお前の魔術のはずだ」 「いえいえ、本当に含むところあどありませんよ。だって、ほら」  と、キャスターが石を摘んだ手を見せる。  その手は、先ほどのジョン・バックスと同じく徐々に消滅し始めていた。 「細かい説明はしませんが、これが私のマスターの代理を務めておりましてね。  マスターを失った私を現世に繋ぎ止めていたのがその石なのですが、さすがに酷使が過ぎましたね。ムーンセルを騙すのももはや限界だったのですよ。  だから、どうせ消えるくらいならあなた方に差し上げよう……とね。  賢者の石、聞いた事くらいはあるでしょう? せいぜい使えてあと一度ですが、必ずあなた達の助けになるでしょう」  消えていく自身の身体に何の興味も示さず、キャスターは淡々と続ける。  その様子を見て、ルルーシュは彼に抱いた印象が間違っていなかったと改めて感じた。本物の狂人だ。  しかし、狂人は狂人なりに筋を通そうともしている。思えばスザクとの決戦の場所に導いた時も、彼は自分の定めたルールを破らなかった。 「……お前は一体何がしたかったんだ?」 「そうですね。まあ、あえて言うなら暇潰しでしょうか。おかげで中々楽しい時間を過ごせました。  この聖杯戦争の結末を見れただけで満足ですよ。ここから先は、私は興味がない」 「ここから先? ギルガメッシュの事か」 「それに、教会の神父役のNPC。さしあたってこの二人があなた達の次の相手になるでしょう。  そして更にその先……いえ、これは野暮というものですね。あなた達が自分の目で確かめなさい」  では、と言い残し、一礼してキャスターも消えた。  最後までよくわからないサーヴァントだった。彼の真名すら明らかになっていない。  だが他のサーヴァントとは違い、一片の後悔もなく消えた。稀有なサーヴァントと言えるだろう。 「とにかく、俺達の勝ちだ。これで残るは」 「ワリ、ルルーシュ。水挿しちまうけど……俺も、これまでだわ」  今度こそ勝利を宣言しようとしたルルーシュを、今度は陽介が遮った。  何だ、と問いかけようとして、気付く。陽介は、膝をついたアレックスの側で立ち尽くしていた。  そのアレックスの胸に、大穴が空いている。彼の命の核と言える、ARMSコアが貫かれている。 「アサシンの……最期の一撃を、避けなかったんだ。俺を護るために。  ハハ……意味ないよな。アレックスが死んだら、俺も一緒に死ぬってのにさ……」  アレックスは、アサシンと相打ちになっていた。  ただでさえ陽介がこなたの治療にかかりきりになり、アレックスに十分な魔力を供給できない状態だったのだ。  数百体のアサシンを消し飛ばし、また彼らの自爆を受け続け、そしてホテル前での“帽子屋”の開放。  アレックスの中にあった魔力は枯渇し、最後に残ったその肉体で彼は主を護りきったのだ。  そして、物言わぬまま――逝った。  サーヴァントを失った陽介もまた、市長やキャスターと同じくムーンセルによる除外が始まっていた。 「花村……」 「だ、駄目だよ陽介君! 私を助けたせいで陽介君が死ぬなんて、そんな……そうだ、私の令呪をあげるよ!  令呪ならまだアレックスさんを助けられるかもしれない!」 「いや……駄目だよ。もう、俺の令呪はアレックスと繋がってないんだ。  死んだサーヴァントには令呪は使えない。使ったって意味ないんだ」  陽介が静かに言う。彼の令呪は輝きを失い、黒く染め上げられていた。  令呪は、既にその効力を失っていたのだ。 「いいんだよ、泉。俺、後悔してねえんだ。きっとアレックスも。  むしろ、あそこで泉を見捨てたりしたら俺はずっとそれを忘れられない。アレックスもそんな俺をマスターだって認めてくれないんじゃないかな。  だからさ、いいんだ。悠がくれた力で泉やルルーシュ、みんなを助けられたんだからさ」  涙を流すこなたを、映司がそっと支える。  彼もまた悔いている。もし映司が最初から参戦出来ていれば、結果は違っていたかもしれない。 「火野さんもさ、気に病まなくていいんだぜ。火野さんが最初に俺達を護ってくれてなかったら、俺も泉も死んでたんだ。アレックスだってきっと火野さんに感謝してるさ」 「陽介君……済まない。俺、君達を護ろうって誓ったのに」 「いいんだって。それよりさ、まだギルガメッシュってラスボスがいるんだ、そっちを気にしろよ。  ルルーシュ、頭いいお前ならあいつ倒してこの聖杯戦争終わらせる考えくらいあるだろ? 頼むぜ、俺の代わりに終わらせてくれよ。こんなクソッタレな殺し合いをさ」 「……ああ、了解だ。だが花村、最期に一つ聞きたい。本当に、思い残す事はないのか?」 「ねえよ。俺は、全力を尽くしたんだ。だから」 「花村、次はギアスを使うぞ。本心で答えろ――本当に未練はないか?」  答える陽介をルルーシュが遮る。  ルルーシュの瞳には赤い鳥のような文様が浮かび上がっていた。  使わないと誓った絶対遵守のギアス――それを今、ルルーシュは花村に向けている。 「る、ルルーシュ君? 一体何を」 「ライダー、ここはルルーシュに任せて」  ルルーシュの意図を読めない映司が一歩踏み出しかけるが、ガウェインが制する。  ガウェインはルルーシュに先を促す。 「最後だ、花村。お前の本心を言ってくれ――本当に、未練はないか?」  三度問いかけられ、陽介はぐっと震え――次いで、叫んだ。 「うるせえな! せっかく人が覚悟決めたってのに! 未練? あるに決まってんだろ!  俺はまだ高二だぞ! やりたい事だってあるし、会いたいダチだっている! 里中や天城、クマに完二、りせちーに直斗、親父やお袋……たくさんだ!  それに……それに、堂島さんと菜々子ちゃんに、悠がもう帰れないって伝えてやんなきゃいけないのに……」 「なら、何故諦める? お前が鳴上悠から託されたのはその程度のものか」 「仕方ねえだろ! アレックスはもういない……いないんだ! あいつ、すげえ強いのに、俺なんかの願いに付き合ったから……あいつは死んじまった。俺のせいで死んだんだ。  なのに俺が、俺だけが生きてたいなんて、図々しいにもほどがあんだろ!」 「それの何が悪い。アレックスは、自分だけ死んでお前が生き残る事に起こるような器の小さい男だったか?」 「ちげーよ! あいつはきっと、俺に生きろって言う……。でもよ、どうすんだよ。どうしようもねえだろ。  アレックスは死んだ。生きかえらせる事なんて出来やしない。残ってるサーヴァントだって、お前のガウェインか火野さんくらいだろ。  お前ら殺してサーヴァント奪ってまで生き延びたいとか、思えねえよ……」  本心を吐露し、陽介は項垂れる。  やはり口ではどう言おうと、洋介は死を望んではいない。ただ仲間のために言い出せなかっただけ。  そしてそれこそ、ルルーシュが最も聞きたかった言葉だった。 「……花村、俺はな、スザクにこう言われたんだ。『生きてくれ』、と。  誰にも痛みを与えない死なんてない。悔いはないなんて、自分を騙しているだけだ。  そしてお前のサーヴァント――アレックスは、もう誰も死なせないと言った。誰もだ!  俺も同じ想いだ、花村。お前も、アレックスも、死なせはしない! だから!」  ルルーシュは、キャスターが残していった紅い石を拾い上げる。  あのキャスターがここまで考えていたのかどうかわからないが――少なくとも今は、賭けるしかない。 「だから――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。  生きろ、花村陽介! お前の相棒、アレックスの想いを背負い……生きて、元いた場所へ帰れ!」  これはギアス。しかし他者を従属させる絶対遵守ではない。ルルーシュが陽介に願う祈り。  生きて、生き抜いて、本来いるべき場所へと戻って欲しい。彼が本来生きるべき場所へ。 「花村、お前が夢の中で聞いた鳴上悠の力……俺のギアス……そして、キャスターが残した賢者の石。  出来るはずだ。お前なら、お前が受け取った『ワイルド』の力なら! アレックスを、お前のペルソナとして転生させる事が!」  ルルーシュが賢者の石を陽介の手に握らせた。  キャスターは、この石を依代に現世に残っていると言った。ならばその逆も可能なはずだ。  サーヴァントの情報をペルソナ化して取り込み、サーヴァントを所有していると、ムーンセルを欺瞞する事が。 「……悠の、力で……?」 「そうだ、花村! お前の命はもはやお前だけのものではない!  鳴上悠、そしてアレックスの命を背負っている……だからこそ、簡単に死んでいい訳はない。違うか!?」 「そうだよ、陽介君! もし可能性があるなら……!」 「うん、アレックスさんだってきっとそう言うよ、だから!」  ルルーシュ、こなた、映司に促され、陽介は立ち上がる。  同じく消えかかっているアレックスの亡骸の前に立ち、拳を握りしめ、砕けた彼のARMSコアに触れて。  握り締めた鍵が熱い。夢の中の老人を通して、親友から贈られた鍵が。  きっと、あいつも応援してくれている。だったら――諦めてなんかいられない! 「アレックス……もし、まだ俺をマスターだと認めてくれているのなら、もう一度、俺に力を貸してくれ!  俺は生きる! 生きて、聖杯を壊して、家に帰る……あいつと一緒に過ごしたあの街に!  また、笑ってあいつらと会うために……だからアレックス、頼む! 俺と一緒に、戦ってくれ!」  願望、渇望。純粋な願いこそがARMSを駆動する力。  それはきっと、ペルソナも同じ。ならばこの願いはきっと叶う。  アレックスに触れた手に、そっと上から重ねられる手がある。相棒が、鳴上悠が、手を貸してくれる。  陽介自身のペルソナ、スサノオ。  鳴上悠から託されたペルソナ、イザナギ。  二つのペルソナが賢者の石を媒介に惹かれ合い、混ざり合い、新たな器となる。  そこに、魂をダウンロードする。  果てたアレックスの亡骸から呼び覚ます、彼の魂を―― 「お前の手を取るのは、これで二度目だな」  陽介が伸ばした手が、しっかりと握り返される。  この感触を知っている。固く、熱い。無骨な男の手だ。二日前にも握った――もはや懐かしささえ覚える。  そこにいるのは紛れもなく、ランサーのサーヴァント――アレックスだった。  分解されゆくアレックスの情報は、虚空ではなく陽介が創造した新たなペルソナへと憑依したのだ。 「あ、アレックス……!」 「花村陽介、これは誓いだ。  俺はお前とともに生き、お前とともに滅びる。  お前の願いが果たされるその時まで、我が“ブリューナクの槍”はお前の敵を薙ぎ払おう……」  アレックスの姿が掻き消える。まるで夢だったかのように。  しかし、陽介の手には今のアレックスの手に包まれた感触が残っている。  その熱が、残っている。 「花村、どうなった? 成功したのか?」 「ああ、ルルーシュ……見ろよ、これ」  駆け寄ってきたルルーシュに、陽介が手のひらを返した。  そこにあった、サーヴァント不在のため力を失った令呪が――確かな輝きを放っていた。  ムーンセルによる消去に侵されていた陽介の身体も、一瞬で元の色を取り戻す。 「あいつ、俺と一緒に滅びる、だってよ……。はは。何だよ、死んでも俺と一緒がいいってのか……」 「なら、なおさら死ぬわけには行かないな、花村」 「そうだよ、陽介君!」 「ああ、わかってるよ……」  陽介は大の字に身を投げ出した。視界には青空が広がっている。  アレックスは死んだ。しかし、陽介とともにいる。あの鳴上悠と同じように。  泣きそうになったが、堪える。今泣いてはあの二人になんとからかわれるかわかったものではない。  今言うべきは泣き言ではないはずだ。これだけは、自信を持って言える。 「俺は生きて帰る。絶対に」  決意も新たに、そう呟いた。               ◆ 「……決まったな」  パチ、パチと、小さな拍手が響く。  聖杯戦争最後の戦いを一部始終見届けた言峰綺礼によるものだ。 「まあ順当の結果だったな。新鮮味がない」 「おや、そうかね? 私としては中々楽しめたが。状況に流されていた泉こなたが生きる意志を見出し、花村陽介もまたその渇望に目覚めた。  正直、意外だったよ……私としては、泉こなたはここで落ちると思っていたからな」 「余興にはなったというところだ。さて……これでようやく、我の出番という訳か」 「出るのか?」 「まさかな。横から勝利をかっさらうなど英雄王の戦ではない。  奴らが傷を癒やし、万全の状態で攻め込んできたところを迎え撃ち、蹂躙してこそ、だ」 「それを慢心と言うのではないかね?」 「ハッ、慢心せずして何が王か! 貴様こそ気を引き締める事だ。我は貴様を護る気はないぞ」 「手厳しいな。だがそれでいい……私も別に勝ちたい訳ではないからな」  言峰綺礼の姿をしたNPCの目的は、あくまで結果を見届ける事だ。聖杯を求める者、破壊する者、どちらの意志が強いか。  キャスター・キンブリーの方針と大した違いはない。  その目的も今や達成されたに等しいが、しかしだからといって舞台袖に引っ込む気は毛頭ない。 「私こそが最後の試練となろう。聖杯にたどり着く障害……彼らはきっと本気で向かってくるだろう。  彼らの意思は、きっと甘美なる味わいを私に示してくれるだろう……」  恍惚と呟く神父の前に、滴り落ちる黒い雫。それはやがて人の形を成し、圧倒的な存在感を示す。  魔王ゼロ。聖杯戦争の仕掛け人であり、生き残った彼らが最終的に打倒すべき中枢でもある。 「おや、魔王。次は私とギルガメッシュが出ようと思うが、どうだ?」 「許可する。彼らの意思が真に強きものならば、お前達をも乗り越えるだろう。そうでなくては、待った意味もない……」 「言うではないか、雑種。しかしそうよな……そうでなくては眠りから覚めた甲斐もないというものよ」 「私は門で待つ。彼らがもし、お前達を超える器なら……待っている。そう伝えてくれ」  現れた時と同じように、音もなく魔王は消えた。 「さすがの魔王も昂揚を抑えきれんか。結構な事だ。さて……」  モニターに目を向ける。  そこでは、花村陽介がランサーを自身のペルソナとして再召喚した姿が映し出されている。  ムーンセルに報告すれば、イレギュラーとしてあのペルソナを消去する事は容易い。  が、それは誰も望まない。綺礼も、ギルガメッシュも、そして魔王ゼロも。  欲するは強き意志。  ランサーのペルソナがその意思の果てに生まれたのならば、その誕生は祝福されるべきものだからだ。 「さあ、来るがいい。この聖杯戦争の幕引きを始めよう……」  聖杯戦争が終わり、そして最後の戦いが始まる。  終幕の時は、もうすぐそこに―― &color(red){【ランサー(アレックス)@ARMS  死亡】} &color(red){【ジョン・バックス@未来日記  死亡】} &color(red){【アサシン(ファニー・ヴァレンタイン)@ジョジョの奇妙な冒険  死亡】} &color(red){【キャスター(ゾルフ・J・キンブリー)@鋼の錬金術師  死亡】} 【深山町/午前】 【花村陽介@ペルソナ4】 [令呪]:1画 [状態]:疲労(極大)、魔力消費(極大)、精神力消費(極大)、強い覚悟と決意 [装備]:“干将・莫邪”@Fate/staynight、封印の剣@ファイアーエムブレム 覇者の剣 [道具]:契約者の鍵@ペルソナ4 ※スサノオとイザナギを合体させ、アレックスをペルソナとして召喚しました。  ペルソナのスキルとアレックスの能力を一部引き継いでいますが、会話はできません。 【泉こなた@らき☆すた】 [令呪]:2画 [状態]:疲労(極大)、魔力消費(中) [装備]:携帯電話 カンドロイド複数 【ライダー(火野映司)@仮面ライダーOOO/オーズ】 [状態]:疲労(大)、魔力消費(中)  ※スーパータトバメダルは消滅しました。 【ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア@コードギアス反逆のルルーシュ】 [令呪]:2画 [状態]:魔力消費(極大)、疲労(極大) [装備]:槍王イルバーン [道具]:携帯電話 ※槍王イルバーンを装備することで、コードキャストを発動できます。   hadron(R2) 両眼から放つ魔力砲。収束・拡散発射が可能。      効果:ダメージ+スタン。   絶対守護領域 決着術式“聖剣集う絢爛の城”をデチューンした術式。 効果:小ダメージを無効化。 【セイバー(ガウェイン)@Fate/extra】 [状態]:疲労(極大)、魔力消費(極大) ※『聖者の数字』発動不可 【新都・教会地下/午前】 【言峰綺礼@Fate/extra】 [令呪]:2画 [状態]:健康 【ギルガメッシュ@Fate/extra CCC】 [状態]:健康

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