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「踏み越えた その先で」(2013/01/29 (火) 22:29:18) の最新版変更点
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これまでに、オレのこの手を掴んだのは、四人。
そして今、五人目に手を伸ばされたとき。
オレは……
『タカ! トラ! バッタ!』
『♪タ・ト・バ! タトバ タ・ト・バ!!』
『言ったとおりだったろう? 意外にすぐに見つかるってさ』
セイバーのサーヴァント――イスラ・レヴィノスが言う。
最初の場所、イスラと対面した小さな小部屋から出てすぐ、オレ――天海陸の耳に飛び込んできたのは奇妙な歌だった。
「じゃあ今のは?」
「こんな夜中に歌う酔狂なやつじゃなければ、間違いなく他のマスターとサーヴァントだろうね」
イスラが霊体化を解く。申し訳程度の戦闘準備だ。
先ほど一瞬だけ発動したイスラの宝具――“紅の暴君”が陸に強いた魔力の消耗は、行動にさほど影響を与えるものではなかった。
魔力を吸収する度合いを陸に教えるためだけに宝具を解放したのだから、当然解放時間は極々短くいものだったのだ。
「どうするんだい、リク」
「行くさ。どの道、誰かと接触しないことには何も始まらないんだ」
「そうかい。ま、僕をアテにしないでくれよ。現状、僕は最弱のサーヴァントと言って差し支えないと思うからね」
「自信満々に言うことか!」
イスラは自分の弱さを恥じるでもなく、からかうように言ってくる。
責任感の欠片もないこの物言いは、どうにも“感染源”――唐沢志郎を思い出し、苛立つ。
湧き上がった感情を言葉に変えて吐き出そうとした寸前に自制する。
認めるのも癪だが、今この場で自分が頼る相手はサーヴァントであるイスラを置いて他にない。
信用することは難しいが、敵意を持つことは明らかに馬鹿げている。
激発することは簡単だが、得るものは皆無だ。落ち着いて、今すべきことを考える。
「……行くぞ。できるだけ身を隠して、あの歌の出所に近づく」
「そうそう、それでいいんだ。君はおとなしそうに見えて実は熱くなりやすい性格だろう。常に冷静に、激情を制御すること……心がけてくれ」
この短時間の会話でもう己の底を見透かされたようで、頬が熱くなる。
が、イスラの言は正論だ。ただでさえ戦力に劣る自分たちが冷静さまで失っていては、勝ち残るどころか生き残ることすら難しい。
他人を利用するのならもっとクールに、悪辣に。嘘を嘘と見破らせない演技が必要になる。
天海陸は、他のマスターにとって無害で、無力で、無自覚な……“弱者”であらねばならない。
もちろん、狩りやすいただの“獲物”になってもいけない。接触する人物の品定めは慎重に行わなければ。
そして、ほどなく……夜の公園に立つ、二人の少女を見つけた。
◇
「失礼しちゃうなー、あたしが一番年上なのにさ!」
「ご、ごめん……」
「すみません……」
商店街の一角、深夜も営業している大型のレストランで。
入り口から視認しにくい奥の席、五人の人物がテーブルを囲んでいた。
泉こなた。彼女のサーヴァント、ライダー。
天海陸。彼のサーヴァント、セイバー。
遠坂凛。彼女のサーヴァント、不在。
「まあまあ、こなたちゃん。その辺で許してあげなよ」
この場では最年長のライダー――火野映司が、ぷりぷりと不満を口にするマスターをなだめる。
陸と凛、共に現役高校生の二人は二人してこなたを小学生だと勘違いした。
こなたが大学生だと自己紹介したとき、盛大に疑問の声を上げてしまい、こうして怒られている。
「むー、まあ映司さんに免じて許してあげるけどさ。気をつけてよ、凛ちゃん、りっくん」
「凛ちゃんて」
「りっくん……」
背丈では最小だが年齢では上とわかって、こなたはやや落ち着きを取り戻していた。
状況への対応ではなく逃避だと自覚していたが、取り乱すよりはマシだとも思う。
「で、りっくんもあたしと同じで気がついたらここにいたんだよね?」
「う、うん。さっき少し話したけど」
「行方不明のお姉さんからメールが届いた……ねぇ。で、そのメールに写っていた病院に行ってみたらいつのまにかここにいた、と」
凛の口調はあからさまに陸を疑っているそれだった。
家でPCをいじっていて寝落ちしたと思ったらここにいた自分よりはまだ筋が通っていると思ったが、口には出さなかった。
「泉さんもだけど、あなたもなにか怪しいわね。二人とも気付いたらサーヴァントと契約してここにいたなんて。
この聖杯戦争は自分から参加する意志がなければサーヴァントとの契約なんて出来るはずないんだけど」
「そんなこと言われても。じゃあ遠坂はどうなんだよ? 自分でサーヴァントと契約してここにいるのか?」
「もちろんよ、私は……」
陸に問われた凛は答えようとして、停止。しばし、沈黙。
「まあ今は、そんなことはどうでもいいわ。重要なことじゃない」
「いや、そこかなり重要なんじゃ」
「今は! あなたたちがこの聖杯戦争でどう行動するか、それが重要なんじゃないかしら!」
凛が机をバン、と叩く。露骨に話を逸らそうとしてる、とこなたは思ったが言葉にはしないでおいた。年長者の優しさだ。
「私はやっぱり殺し合いとか嫌だ。映司さんもそう言ってくれたよね」
「うん。みんな、俺とこなたちゃんはこの戦いを止めたいと思ってる。できたら協力してくれないかな?」
別にこなたには人を殺してまで叶えたい願いなんてない。強いて言えば、早く家に帰りたいということくらいか。
奇跡的に大学に合格してこれからが人生の楽しいときだというのに、前科者になるなどまっぴらだ。
誰も殺さず、もちろん自分も殺されず聖杯戦争が終わるなら願ってもないこと。
「「オレは……誰かを殺すのも、誰かに殺されるのも嫌だ。だから、泉さんと火野さんが戦いを止めるって言うなら、一緒に行きたい」」
「あら、お姉さんに会えなくてもいいの?」
言葉を選び選び話す陸へ切り込むように凛が質問する。
陸は一瞬顔を歪めた。深く逡巡するように固く目を閉じ、開く。
「「天音姉には会いたいさ。でも、そのために関係ない人を殺すなんて……無理だよ」」
絞り出した声には苦渋が満ちていた。
汗ばんだ額。握り締めた拳。欲望を抱えつつも踏み出し切れない葛藤が見て取れる。
そんなマスターを彼のサーヴァントは何も言わず見守っている。
「セイバー、あなたはいいの? 何か叶えたい願いとかないのかしら」
「マスターがそうしたいなら僕は止める気はないよ。マスターには申し訳ないが、奇跡が山ほど起きない限り僕が勝ち残るのは無理だろうからね」
自嘲とも取れるセイバーの言葉に、凛は何故か妙に納得した表情で首肯した。二人の間には何かこなたにはわからないやりとりがあったようだ。
ともかく、凛はセイバーの言葉に納得を得たか、陸から視線を外ししばし沈思する。
しばらく待って、凛が顔を上げたのを機にこなたは身を乗り出した。
「凛ちゃんはどうなの? 私たちは戦いを止めたいと思ってるから、できれば一緒にいてほしいんだけど」
「……そうね。綺礼の思い通りに動くのも癪だし、元々私は聖杯を破壊するつもりだったしね。いいわよ、一緒に行動しましょう」
「ほんとに!? 凛ちゃん、ありがとう!」
こなたは嬉しさ余って思わず凛に飛びついた。その際、テーブル上のコップを幾つかひっかけ、倒してしまった。
「ちょ、ちょっと! そんなくっつかないでよ」
「いいじゃーん、凛ちゃん年下なんだし甘えていいよ?」
「自分より二回りは小さい女の子に甘える気なんてないわよ!」
騒がしくじゃれあう二人を尻目に、陸がさっとテーブルをティッシュで拭く。
映司とイスラが倒れたコップを戻す。こなたほど浮かれてはいなかったが、三人とも柔らかく笑っていた。
「「オレも安心したよ。これからよろしく、泉さん、遠坂」」
「ちょっと、なんで泉さんはさん付けで私は呼び捨てなのよ」
「同い年だろ。それともさん付けで呼んでほしいの?」
「結構よ。言っておくけど、一緒に戦うからって守ってあげる気はないわよ。自分の身は自分で守りなさい」
「「わ、わかってるよ」」
「自分のサーヴァントのことは自分が一番良くわかるでしょう? お願いだから足を引っ張らないでよね」
「……それも、わかってる」
こなたと話すときとは打って変わり、凛は冷淡さの交じる口調で陸に警告した。
刺々しい空気に、こなたもとても軽口を叩く気にはなれなかった。
「凛ちゃん、それは」
「飲み物がなくなったね。取りに行こう、リク」
映司が口を挟もうとしたが、その前にイスラが立ち上がり、陸の手を引いた。
イスラはドリンクバーへ陸を連れ出し、一瞬映司に目配せして彼のマスターの後を追っていった。
重苦しい空気の中心が離れたことで、こなたは溜め息を吐いた。
「ねえ凛ちゃん、りっくんに何か厳しくない? りっくんがまだ嘘ついてると思ってる?」
「別に、確信があるわけじゃないわよ。ただ、これは私の知ってる聖杯戦闘とは違う。警戒するに越したことはないってだけよ」
「ふうん。でもさ? 信用できないならさっきの公園で会ったとき、りっくんが一緒に行っていいかって言ったの、断ればよかったんじゃない?」
あのとき、状況の変化についていけなかったこなたに代わって陸に応対したのは凛だ。
情報を引き出すためとはいえ、取り乱していた陸の話を聞き、同行を許したのも。
もしこなただけだったら不信感を抑えきれず別れていたか、悪くすれば戦いになったかもしれない。
「私を助けて、りっくんがついてくるのを許して。凛ちゃんって結構お人好しだね?」
「うっさいわね。別に……成り行きよ、成り行き」
「でもさ、凛ちゃんがいてくれて俺も嬉しいよ。聖杯戦争に詳しい凛ちゃんがいれば、きっとこの戦いを止められると思う」
「あなたも英霊のくせに変わってるわね。似たような考えの人を知ってる私が言うのも何だけど」
凛は複雑そうな顔で言う。言われた映司は意にも介さなかったが。
「とにかく、戦うのは俺がやるよ。こなたちゃんも凛ちゃんも、それに陸くんも俺が守るからさ」
「え、りっくんも? りっくんにはセイバーさんがいるじゃない」
陸はセイバーの真名を明かしてはくれなかった。正確には、言おうとしたがサーヴァントに止められた、と言うべきか。
人前で真名を呼ぶこなたの方が無防備すぎるのだと凛に呆れられたものだ。
現に凛は自分のサーヴァントの真名どころかクラスさえ明かしていない。
「あー、あのね、泉さん。あのセイバーのステータス、見てなかったかしら?」
「ステータス? あ、映司さんのDとかCとかある?」
「そう、それ。これがそのサーヴァントの能力の大体の目安なんだけど……」
先ほどまでのハキハキした喋り方から一転し、言葉を探すように凛が口ごもる。
こなたが映司を見ると、こちらも少し戸惑った様子だった。
「あのね、泉さん。天海くんのサーヴァントは、なんて言うか、その」
「えと、D+、D+、C、B+、D、B……だっけ? これって弱いの?」
「うん……かなり」
「でも映司さんだって一緒くらいじゃない?」
こなたがはっきり物を言うので、映司も苦笑いする。
映司のステータスは筋力D、耐久D、敏捷D、魔力E、幸運C。確かに陸のセイバーとは大差ない。
「あのね、あなたのサーヴァントはライダーなのよ。ライダーは乗り物に騎乗してこそ真価を発揮するクラスだから、本人のステータスはさほど重要な評価じゃないの」
「あ、そういえばさっき映司さん何にも乗ってなかったっけ」
「でもセイバーは剣士のクラス。基本的にはステータス任せの接近戦を展開するクラスよ。それがあの低さだと、ね」
「あー……どうなるか大体予想ついたかも」
レベル50の勇者とレベル99の盗賊が戦えば、HPや底力の差で盗賊が勝つ。こなたの理解はそんなものだった。
「でもそれって……へー、ふーん……そういうことかぁ」
「なによ?」
「いや、凛ちゃんがりっくんを疑いながらも追い払わないのって、りっくんを守るためなのかなーって思ってさ」
ここで凛が陸を放り出せば、聖杯戦争に疎くサーヴァントも弱い天海陸はすぐに脱落、死亡するだろう。
そうさせないために凛は口では色々言っても突き放さずにいる。こなたはそう考えた。
「違うわよ! 勝手に良い方に解釈しないで」
「えーでもー」
「違うったら! 戦力は一人でも多いほうがいいから……!」
「ん? りっくんを戦力として数えてるってことは、もう仲間だって思ってるってことだよね?」
真っ赤になって否定する凛を、こなたはニマニマとからかう。そんな二人を見て微笑む映司。
否応なく殺し合いに巻き込まれた状況にあって、これならきっと何とかなる――そんな希望を、こなたは抱いた。
甘い希望だった。
突如鳴り響いた轟音が、次なる戦いの到来を告げている。
◇
『イスラ……やるぞ。遠坂はここで、落とす』
『おや、いやにやる気だね。理由を聞いても?』
『このまま遠坂の仲間になるのも悪くはないと思う。遠坂はきっと強力なリーダーになる……身の安全だけを考えるなら、彼女にくっついていくのが安全だ』
まだ少し話しただけだが、遠坂凛という人物は大体把握できた。
口に出る言葉こそ厳しく現実的だが、泉を助けたことや、こうして聖杯戦争とは何かを説明してくれたことからして決して冷徹な人物ではない。
彼女の周りには人が集まる……それはより安全度が増すということでもあり、陸とイスラの勝ち抜きが困難になるということでもある。
『筋は通ってるが、それだけかい?』
『他に何があるってんだよ』
『いや? どうも個人的な好き嫌いがあるような気がしてね』
口ごもってしまった。できるだけ考えないようにしていた理由を言い当てられたからだ。
遠坂の長い黒髪、赤いコートという風貌はどうにもパートナー――有栖川レナを思い出させる。
自分の意志で切り捨てたはずの見掛けだけの“仲間”、思い出に心を乱されるのは、未だ覚悟が定まっていないからか。
だが、だからこそ彼女を葬れば、陸はこれ以上ないほどの“自覚”を得られることだろう。
他者を踏み躙りエゴを貫く、殺人者の自覚を。戦い抜くために必要な覚悟を。
『まあ、いいけどね。彼女をここで始末するのは僕も賛成するよ。と言うより、今が最良のタイミングかな。これを逃せば次はないよ』
例によってまた余計なからかいを入れてくるかと思ったが、イスラは賛同を示した。
怪訝に思いながら先を促す。
『いいかい、リク。君も忘れてはいないだろうが、僕の宝具は燃費が著しく悪い。とても君一人の魔力で賄いきれるものじゃない……君がそれで死んでもいいというなら話は別だけどね』
『冗談じゃない。お断りだ』
睨めない代わりに念話で盛大に毒付いてやった。
凛たちの席からは見えない位置にいるが、サーヴァントの視力聴力を警戒するに越したことはない。
『さて、では君一人では足りない魔力はどうすればいいと思う?』
なんとなく思い出したのは“タカオ”――刃旗狩りの姿だ。
刃旗使いから奪った刃旗を自在に使いこなす、あの怪物の。
『他から奪う、とか?』
『正解。マスターから供給される魔力より効率はかなり落ちるが、他者から奪えば君が消耗することはない』
『でもあの神父……NPCを魔力炉、だっけか。そういう風に利用するのはペナルティがあるとか言ってなかったか』
『度が過ぎれば、とは言ってたね。だが進行役が言ったのはあくまでNPCについてだろ』
『NPCじゃない……なら、狙うのはマスターか』
『そうだ。他のマスターから魔力を奪ったところで、それは攻撃の一環でしかない。ペナルティを課されるいわれはないのさ』
蹴落とすべき対象から魔力を強奪することまでペナルティで縛っては、そもそも殺し合う意味すらなくなる。
だからこそ神父もペナルティの対象を“多数のNPCを魔力炉にした者”と限定したのだ。
『遠坂凛の魔術師としてのスペックは超一級と言っていい。彼女から根こそぎ魔力を奪うことが出来れば、おそらく二度くらいは宝具を使用できるだろう』
『あいつ、そんなに優秀な魔術師なのか……』
『君を基準にすれば十人いても敵わないね』
イスラにすかさずこき下ろされる。事実ではあるのだろうが、やはり腹立たしい。
『今、遠坂のサーヴァントは近くにいない。遠坂を守るのは、火野さん――泉のライダーだけだ』
『彼女を始末して魔力を奪う絶好の機会……いや、むしろ好機は今しかないと言うべきかな』
イスラが肩を竦める。
この短い時間の交流ではさすがにまだ信用されてはいないだろうが、あの会話の後にすぐ裏切ると予想するのは難しいだろう。
戦力的にも、タイミング的にも、仕掛けるなら今以上はない。
『彼女のサーヴァントが何のクラスであれ、今の僕より弱いということはないと思った方がいい。どんな形であれ正面からぶつかるのは避けたい』
『令呪で呼ばれる前に仕留めるってことか』
『マスターが倒れればサーヴァントも遠からず消滅するからね。かかる労力も少なくて済むだろう』
『それと、泉とライダーに不信感を持たれても駄目だ。もしオレたちが遠坂を殺したってばれたらどうなる?』
『僕がライダーに倒されて終わり、だろうね』
結局、どうしたところでイスラが他のサーヴァントと対峙する状況になったらもう負けなのだ。
イスラの能力は可能な限り秘匿する。
遠坂凜に令呪を使わせず、魔力を奪い尽くし殺害する。
泉こなたとライダーに不信感を抱かせず、むしろ信用を得る。
『この三つの条件を同時に満たさなければならない。これが僕らのブレイブクリアだ』
『無理なものばかりじゃないかどうやれってんだよ』
『なに、手はあるさ』
イスラはそう言って意味ありげに微笑む。
思わず背筋がゾクリとした――その嫌な予感は、すぐに現実のものとなる。
◇
「うわああああああぁぁぁっ!」
絶叫――聞き覚えのある声――天海陸。
弾かれたようにライダーが立ち上がる。
「変身!」
『タカ! トラ! バッタ! タ・ト・バ! タトバ タ・ト・バ!』
流れるように、能力を解放――変身する。
火野映司の全身を、魔力で編まれた鎧が覆い尽くす。ライダーのサーヴァント、“仮面ライダーオーズ”の力だ。
「こなたちゃんと凛ちゃんはここにいて!」
映司――ライダーが飛び出していく。
広いといってもたかがレストラン、隠れる場所があるわけでもない。
こなたを背中に庇い、凛は十分に警戒しつつライダーの後へ続く。
ライダーの姿はすぐに見つかった。レストランの真ん中で、逃げ惑うNPCに目もくれず一点を見詰めている。
凛はライダーの視線の先を追う。
「セイバー!?」
そこには片腕を半ばから切り落とされ、胴体を剣で貫かれた黒髪のセイバー、天海陸のサーヴァントの姿があった。
セイバーを貫く大剣を掲げているのは、真っ白な髪を逆立たせ頬に紋様を刻んだ人物――否、“怪物”だ。
白髪の怪物が大剣の鍔にある引き金を引く。すると大剣の縁が変形しいくつもの小さな刃となり、次いで一方向に動き始める。
まるでチェーンソーだが、大きさが尋常ではない。刀身の長さ大きさから見れば車だって軽く真っ二つにできるだろう。
「ウオオオァァッ!」
「がっ……! ぐああああぁぁっ!」
そして、そんなものに貫かれたまま体内を掻き回されるセイバーの苦痛は如何程のものだろうか。
魔力で構成された身体とはいえ、サーヴァントの肉体は基本的に人間に準じている。刃に斬られれば当然血を流す。
高速で回転する無数の刃は、見る間にセイバーの身体を肉片と血飛沫へと加工していった。
怪物が大剣を横薙ぎに振るう。遠心力で剣が抜けて、人形のようにセイバーが凛たちの方へと飛んでくる。
すかさずライダーが跳躍しセイバーを受け止める。そこへ怪物が突進し、頭上で大きく旋回させた大剣をライダーへと振り下ろす。
ライダーはセイバーを抱えたまま転がって回避。地面に叩き付けられたチェーンソー剣は、轟音とともに大きなクレーターを生み出した。
広がった衝撃波で隣のこなたがひっくり返る。凛は何とか踏み留まったが、まるで爆弾が炸裂したかのような破壊力だ。
「アアアァァッ!」
「映司さん!」
怪物の攻撃は続く。ライダーの体勢は崩れている。
直撃を予感し、こなたが悲鳴を上げる。凛は悲鳴の代わりに腕を突き出していた。
「させないっての!」
指先から凝縮した魔力を放出、弾丸のように発射する。凛が得意とする攻撃用の魔術、ガンドだ。
幾筋もの光弾は怪物に当たる直前、見えない壁にぶつかったように破裂した。
ダメージは与えていないが、狙いは牽制だ。稼いだ一瞬の空白ででライダーが後退してきて、セイバーを降ろす。
「ら……ライ、ダ……」
「喋っちゃダメだ、セイバーさん! いくらサーヴァントでもその傷じゃ!」
「リ、ク……あ、あいつ、に……!」
「陸くんが!? ……わかりました、俺が行きます!」
セイバーが震える指でライダーの肩を掴む。
彼が指し示したのは怪物の背後、レストランの出口だ。
「凛ちゃん、あいつをここから引き離す! こなたちゃんとセイバーさんをお願い! 何かあったら令呪で呼んで!」
言うやいなや、ライダーは剣を抜いて怪物へ向かっていく。
ライダーの剣と怪物の大剣がぶつかり合う。一瞬足を止めた怪物の腹にライダーは足を突き込み、店外へと吹き飛ばした。
間髪入れずライダーはその後を追っていく。
「ちょ、ちょっと……! ああ、もう!」
押し付けられたセイバーの状態を診る。店内で戦われては治療もできないから、ライダーの判断は間違ってはいない。
が、あの怪物の正体がわからない以上、迂闊にそばを離れてほしくはなかった。
戦力がライダーだけである以上、今もし他のサーヴァントに襲われては一溜まりもない。
キャスターはどこまで行ったのか、念話が通じない。舌打ち一つ、右手の甲に目をやる。
(令呪を使ってキャスターを呼ぶ……いいえ、令呪を使えるのは実質二度だけ。このタイミングで使うのは……!)
セイバーの傷を診ながら右手の令呪を意識する。切り札である以上使うタイミングを間違えたくはない。
他にどうすることもできないほど追い詰められた状況でもなければ。
「泉さん、悪いんだけどいつでもライダーを呼び戻せるようにしておいて」
天海陸には悪いが、さすがに自分とこなたの命とでは秤には掛けられない。
彼を拉致したのはおそらく敵サーヴァントだろう。先ほどの怪物はステータスが見えなかったことからサーヴァントではありえない。
おそらく自己強化魔術を行使したマスターなのだろうが、サーヴァントと打ち合えるなど尋常な魔術師ではない。
火野映司がさほど筋力に優れていないライダーのクラスであることもあろうが、悪名高い教会の執行者でもあそこまで強力な者はいるかどうか。
(それに何故、わざわざ天海くんをさらったの? ここまで私たちに気取られず接近できるなら、三人まとめて仕留めることもできたはずなのに……)
たとえば敵がアサシンのサーヴァントだと仮定するなら、凛たちが戦闘態勢に入る前に皆殺しにされていて当然だ。
わざわざあんな、敵のサーヴァントを引っ張りだすような真似をする必要は無い。
(何か、違和感がある。何かを見落としている?)
セイバーの傷。切り落とされた左腕、胴体に空けられた大穴。
そうだ、そもそも何故。
(これほどの傷を負って……このセイバーはどうして消滅しないの?)
いかにサーヴァントといえども、深刻なダメージを受ければ回復は間に合わず存在が消滅する。
強力な回復能力を持つサーヴァントならあるいは再生できるかもしれないが、このセイバーは傷が回復する素振りなど無いのに一向に消える気配がないのだ。
そして、セイバーとしてはあるまじきステータスの低さ。だがいくら弱かろうと、果たしてマスターに敗北するサーヴァントなど存在するだろうか。
疑問の輪郭が露わになったとき、セイバーが目を見開いた。
セイバーの視線が、凛をまっすぐに射抜く。
「残念。気付かなかったら苦しまずに送ってあげられたのに」
セイバーの囁きと同時、胸の真ん中に灼熱の塊が生まれたような、感覚。視線を下ろす。予想と寸分違わない、鋭い刃がこの身を貫いている。
刃の柄を握るのは、天海陸のサーヴァント。セイバー。
(まさ、かっ……!)
ここでようやく、凛は天海陸とセイバーにしてやられたことに気付いた。
愕然とセイバーを見下ろす。セイバーは蒼白な顔色で、にこやかに微笑んだ。
「奪わせてもらうよ、遠坂凛。君の全てをね」
セイバーの握る真紅の剣が脈動した。文字通り、鼓動を打った。
凛の体内に潜り込んだ紅き刃が蠕動する。凛の魔力が内側から貪り喰らわれていく。
(い、泉さん……!)
剣に貫かれたまま、無理矢理に身体を捻ってそこにいるべき泉こなたの無事を確認しようとした。
陸が最初から凛たちを殺すつもりであったなら、こなただって無事では済まない。
「心配はいらない。彼女は殺さないよ……今はまだ、ね」
先んじてセイバーが言う。泉こなたは音もなく崩れ落ちていた。
さっきこなたに呼びかけたあのとき、既にセイバーに仕掛けられていたのだ。ライダーがいなくなり、凛とこなたを守るサーヴァントが一騎もいなくなった瞬間に。
もはやキャスターを呼ぶことも出来ない。令呪を起動するだけの僅かな魔力すら、この真紅の剣が根こそぎ吸い上げていくからだ。
「体質でね。僕はこのくらいじゃ死ねないんだ」
セイバーは顔色こそ真っ青なのに、言葉には力がある。
全て、狙い通り。このセイバーと、そして――彼のマスター、天海陸の。
「こ……の……!」
「まだ動けるのか。流石と言いたいが、あまりもたもたしてはいられない。陸がライダーに倒されては意味が無いからね」
凛が向けた指をセイバー軽く払う。それだけで脳幹が痺れるような痛みを感じた。セイバーの黒髪が、白く染まっていく。まるで先ほどの怪物と同じように。
最初から敵などいなかった。いや、敵は最初から隣にいたのだ。
眼球を巡らし周囲を見ると、そこにいるべきNPCは残らず黒い剣に身体を貫かれている――目撃者は、いない。
すべて計画的な犯行だということだ。一見気弱そうで、無害な一般人を装った天海陸が、この聖杯戦争を勝利するために描いた絵図。
“怪物”はサーヴァントではない――マスターの方だった。
失敗した。やはり迂闊に他人を受け入れるべきではなかったのだ。
「やっぱり……ガラにもないこと、するんじゃ……なかった……な」
「さあ、喰らい尽くせ――“紅の暴君”」
断絶がすぐ背後に立っている。遠坂凛という存在そのものの消滅が。
閉ざされていく視界の中、凛は幼い頃聞にいた父の言葉を思い出していた。
常に余裕を持って優雅たれ。
父から受け継いだ、遠坂の信条だ。
さすがにもう余裕を持つのは無理だったが……このまま一方的に魔力を奪われ敗北することは、決して優雅ではない。
「そんなの……認めるワケ、ないでしょっ……!」
維持が身体を突き動かす。遠坂の系譜に連なる者が、魔術師でもない輩にいいようにやられて屈服してはならない。
最後の切り札――ポケットから取り出した宝石を、セイバーの顔面へ叩きつける。
長年に渡って宝石の内へ溜め込んだ魔力を、制御などせずに解放、爆発させた。
「……くっ!」
いかに死なない体質といえど、ダメージを負わない訳ではない。
その瞬間、至近距離での魔力ダメージに剣を掴む力が緩む。その一瞬だけあれば十分だ。
「令呪を以って命じる……!」
たとえ数秒後に死が訪れるのだとしても。
(この命令だけは、必ず――)
一瞬で紡ぎ上げた命令を、令呪を用いて虚空へと放つ。
同時、セイバーが手首を捻る。
「っ……」
「……お見事。してやられたな。リクに怒られるよ」
“紅の暴君”が凛の心臓を食い破る刹那、凛の右手から一画の令呪が、消えた。
セイバーの惜しみない賛辞を、遠坂凛が生きて聞くことは、なかった。
◇
「……うまくいったのか?」
「半々、というところだね。令呪の発動を許してしまった」
レストランから少し距離を開けた商店街の裏路地で、陸はイスラと合流した。
お互いに満身創痍。特にイスラは今に消滅してもおかしくない深手だった。だがイスラは死の呪詛のスキルにより、Aランク以下の宝具の攻撃で死ぬことは絶対にない。
陸とイスラはそれを利用し、陸がイスラを傷つけることで、ありもしない敵の存在をでっちあげた。
凛たちの目を欺くため、イスラは何の防護策も講じること無く陸の攻撃を受け止めた。当の本人に防ぐ気がないのだから、マスターの攻撃であってもここまでサーヴァントを傷つけ足り得たのだ。
「おい! ……大丈夫なのか?」
「彼女のサーヴァントが現れなかったところを見ると、どうも僕らを対象にした命令ではなかったと思うよ。正体を知られたということはないだろう」
陸がライダーを引き離し、適当に時間を稼ぐ。敵が白髪の怪物とそのマスターだと思い込んでいるライダーは、残った瀕死のイスラを脅威として認識するはずがない。
そして、イスラが遠坂凛を殺し、魔力を奪い取ることに成功する。魔力に抵抗力のない泉こなたは至近距離での“紅の暴君”解放の衝撃で昏倒させた。
もし少しでも陸がライダーに敗れそうな状況になれば、泉こなたを殺害しライダーを消滅させる。ライダーがレストランを飛び出した時点で勝利は決まっていたのだ。
望み通りの結果を掴み取った。だが、陸の表情は晴れなかった。
「心配無用さ……少なくとも君ごときの攻撃では、僕は絶対に死なない。そう言ったろ」
「わかってるよ……」
別にイスラを心配したわけではない。陸は右手の甲に埋め込まれた刃旗核を意識する。
天海陸の力――“刃旗”。異形の怪物“棺守”と戦うための武器。
(洋兄……今の俺を見たら、なんて言うかな)
命の恩人、武部洋平は、断じてこんなことをするために陸に刃旗を受け継がせたわけではない。
陸は彼の生き様を汚したのだ。命とともに受け継いだ彼の刃旗――人を守るという、願いを。
しかし、もう走り出してしまった。いまさら止まることなど出来はしない。
陸は意識的に武部洋平の記憶を記憶の底に封じていく。楽しかった思い出も、今はただの足枷だ。
「後悔しているのかい? 人を殺したことを」
「……うるさい。火野さんと合流する。怪しまれないだろうな?」
「問題ないよ。彼は善人だね……人を疑うことをしない。いや、できないのか。そういうのは他人に任せていたんじゃないかな」
顕醒した陸の容姿は、長く一緒に過ごしたクラスメイトですら気付かないほど激しく変貌する。レストラン内に突如出現した白髪の怪物と陸とを結びつけるのは難しいだろう。
イスラの負傷も説得力を強める材料になる。イスラの呪いを知らないこなたとライダーは、その負傷を敵の攻撃によるものだと信じるだろう。
「で、リク。君の方はどうだった? サーヴァントと戦ってみた感想は?」
「二度とやりたくない」
心底からの、本心だった。
顕醒――刃旗を開放し、さらに半棺守化した陸の戦闘力は人間災害と言って差し支えない。武装した軍隊が相手であっても軽く蹴散らせるだろう。
さらにイスラの固有の能力、召喚獣“ダークレギオン”を陸に憑依させることにより、力を底上げしていた。
そんな万全の状態で挑んで、なお。火野映司、直接的な戦闘力はさほどでもないライダーに手も足も出なかったのだ。
刃旗使いの感覚を拡大し、また物理障壁にもなる“意識圏”は、ライダーの剣に紙のように斬り裂かれた。
かつて“刃旗狩り”タカオにも“意識圏”を突破された経験があったため何とか対処できたが、ライダーでさえこうなのだから他のどのサーヴァントが相手でも戦えば同じ結果になるだろう。
どんなサーヴァントであれ、マスター単独では到底抗うことなど出来ない。それがこの戦いの絶対にして不変のルールだ。
数合打ち合うだけでライダーがタカオとすら比較にならない強さだと直感した陸は、搦め手を使うことにした。
「フフ……中々いい演技だったよ。タスケテ、タスケテ……ってさ?」
「うるさいな! 必死だったんだよ!」
陸はとっさに自由意志を奪われた哀れなバーサーカーを演じた。敵と戦いながらその敵に助けを求める、滑稽な三文芝居だ。
剣を繰り出しながらぼそりぼそりと呟いた助けを求める言葉は、だがしかしライダーのサーヴァントには効果覿面だった。
正直陸ですらうまくは行かないだろうと思っていたのに。
「君は誰かに操られているのか……だってさ。お人良しすぎて嫌になるよ」
「ははっ、運が良かったね。他のサーヴァントじゃ取り合ってもらえなかっただろうから」
おそらくこの先もずっと忘れられないだろう。
陸の攻撃を防ぐだけに留まり、決して剣を振るわなかった火野映司の姿は。
陸を助けようとする、どこまでも真っ直ぐに伸ばされた火野映司の腕は。
「君が飛び出していった後、敵のサーヴァントが襲ってきてね。動けない僕とこなたを庇い、凛が自分のサーヴァントを呼んで応戦したんだ。
僕も何とか援護しようと思ったんだが……済まない。力が及ばなかった」
気を失っているこなたを背負ったライダーにイスラが状況を説明している。
ご丁寧にもイスラはライダーとの合流を待ってから回復召喚術を行使した。自分と、陸の攻撃の余波でこなたが負った小さな傷を癒したのだ。
陸はイスラに礼を言うライダーの顔を直視する気にはなれなかった。
「敵のサーヴァントは深手を負って退いていったが、凛のサーヴァントは回復が間に合わず消滅した。サーヴァントを失った彼女も……また」
「凛ちゃん……そんな……俺はまた、助けられなかった、のか……」
「彼女は、命を懸けてリクを……僕のマスターを取り返してくれた。ライダー、僕はどうすれば、彼女に償えるんだ……?」
打ちひしがれるライダーに声をかけるイスラの顔は、深い悲しみに濡れているようにしか見えない。陸とは比較にならない演技力だ。
陸が見ていると視線が合う。言葉はなくともわかる。お前もこうしろ、こうなれとイスラは言っているのだ。
込み上がってきた吐き気を無理矢理飲み込んで、陸はライダーの前に立った。ポロポロと涙が流れる。意図したわけではないが、いい、小道具だ。
「「火野……さんっ。オレの……オレのせいで……遠坂が……!」」
くしゃりと顔を歪ませる。膝から崩れ落ちる。深い絶望を表情に貼り付ける。
「「……オレが……オレが遠坂を、こ、殺したんだ……!」」
吐き出すのは、嘘。
遠坂凛の死を貶め、利用し尽くす――畜生にも劣る外道の行為。
自分で自分に吐き気がする。死んでしまえばいいとすら思う。
だけれども――
「……陸くん、それは違う。凛ちゃんは君を守るために戦ったんだ。絶対に、君のせいなんかじゃ、ない!」
そのライダーの表情で、勝利を確信した。
彼が強く陸の肩を掴む。その顔にあるのは怒りと、悲しみと……そして自責だ。
「火野、さん……! ……あ、あああぁ……っぐ、ぁ……ああああっ……!」
ライダーの胸に身を預け、慟哭する。
これは演技であって、演技ではない。天海陸が生涯で流す、最後の良心――本気の涙だった。
これまでに、オレのこの手を掴んだのは、四人。
そして今、五人目に手を伸ばされたとき。
オレは、伸ばされた手を拒んだんだ。
取り戻すために。二度と失わないために。
その手に込められた優しさを裏切ることを、踏み躙ることを……選んだんだ。
この選択に、後悔はない。
【深山町・商店街/黎明】
【泉こなた@らき☆すた】
【状態】:気絶、左腕に大きな噛みつき傷(治療済)(残令呪使用回数:3)
【ライダー(火野映司)@仮面ライダーOOO/オーズ】
【状態】:疲労(大)
【天海陸@ワールドエンブリオ】
[状態]:疲労(大)(残令呪使用回数:3)
【サーヴァント:セイバー(イスラ・レヴィノス)@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ(大)、魔力200%
◇
あ~あ、ドジッたなぁ……まさかいきなりあんな奴に当たっちゃうなんて。
キャスターを行かせたのは失敗だったわね。あんなに簡単に他人を信じちゃうなんて、私も甘くなったものだわ。
これって一体誰のせいなのかしら……って、まあ間違いなく衛宮くんのせいよね。
冬木市、聖杯戦争ときて、綺礼がいて、私がいる。これで衛宮くんがいない訳ない。
会ったら一発引っ叩いてやりたいけど、もう無理っぽい……か。
あの人を助けずにはいられない“正義の味方”には、天海陸みたいな奴は天敵だわ。
それに天海陸以外にも、他にどんな凶悪な奴がいるかわかったもんじゃない。
衛宮くん。あなたのそばにいるサーヴァントは、あなたを守ってくれる強いサーヴァントかしら?
願わくばかつてのセイバーや、あいつ……いや、あいつはダメか。衛宮くんとは相性最悪だものね。
何にしろ、信頼できるサーヴァントと契約したことを祈るわ。私はもう、あなたの力にはなれないから。
でも、たった一つ。成功したかはわからないけど、私も悪あがきをしてみたわ。
『衛宮士郎を探し、守りなさい』
これが私がキャスターに令呪で命じた、最初にして最期の命令。
マスターからの魔力供給が途絶えても、元来保有する魔力が莫大なキャスターならしばらくは現界を保っていられるわ。
もちろん戦闘なんてすればあっという間に消えてしまうだろうけど、逆に言えば、戦いさえしなければかなりの時間、存在し続けられる。
そして、キャスターの真価は戦闘で発揮されるんじゃない……工房や礼装など、後方支援でこそ活きるクラスよ。
どうせ衛宮くんのことだから、助けを求める人がいれば真っ先に飛び出していってしまうでしょう。
キャスターならきっと、そんなあなたの助けになれると思う。ああ、キャスター自身にはいい迷惑でしょうけど。
ごめんね、キャスター。私、あなたの真名も知らないまま逝くことになるわね。
そして泉さん、ごめんなさい……私が最期に願ったのは泉さんじゃなくて衛宮くんのことだった。
天海陸の元へあなたを残して死んでいくのは、本当に申し訳ないと思う。
だからお願い、天海陸があなたに牙を剥く前に、本当に信頼できる人……できれば衛宮くん以外の人を探して。
天海陸の嘘を見破ることができて、それでいてこの聖杯戦争を止めようとしている、そんな“正義の味方”を。
キャスターに天海陸とセイバーの嘘を伝えることはできなかった。だから、この場でやつらの脅威を知っている人は誰もいない。
衛宮くんはきっと、あいつらを疑うことはできない。もっと冷静で、疑り深くて、非情な判断を下せて、でも本当は優しい……無茶だとは思うけど、そんな人を探して。
それで無事に生き抜いて、家族の……お父さんのところへ帰ってあげて。
父親が娘を失って、一人ぼっちになるのは悲しいことよ。そう、とても、悲しい……
ああ、もう、眠くなってきたわ……
言いたいこと、やりたいこと……まだまだ、たくさんあったんだけどな……
衛宮くん、泉さん、どうか……死なないで……
この……戦いを……止めて……
生きて……
……
…
&COLOR(red){脱落【遠坂凛@Fate/stay night 死亡】}
※令呪を使用したのはキャスターが雁夜・アサシン組の追跡行から離脱した後のタイミングです
これまでに、オレのこの手を掴んだのは、四人。
そして今、五人目に手を伸ばされたとき。
オレは……
『タカ! トラ! バッタ!』
『♪タ・ト・バ! タトバ タ・ト・バ!!』
『言ったとおりだったろう? 意外にすぐに見つかるってさ』
セイバーのサーヴァント――イスラ・レヴィノスが言う。
最初の場所、イスラと対面した小さな小部屋から出てすぐ、オレ――天海陸の耳に飛び込んできたのは奇妙な歌だった。
「じゃあ今のは?」
「こんな夜中に歌う酔狂なやつじゃなければ、間違いなく他のマスターとサーヴァントだろうね」
イスラが霊体化を解く。申し訳程度の戦闘準備だ。
先ほど一瞬だけ発動したイスラの宝具――“紅の暴君”が陸に強いた魔力の消耗は、行動にさほど影響を与えるものではなかった。
魔力を吸収する度合いを陸に教えるためだけに宝具を解放したのだから、当然解放時間は極々短くいものだったのだ。
「どうするんだい、リク」
「行くさ。どの道、誰かと接触しないことには何も始まらないんだ」
「そうかい。ま、僕をアテにしないでくれよ。現状、僕は最弱のサーヴァントと言って差し支えないと思うからね」
「自信満々に言うことか!」
イスラは自分の弱さを恥じるでもなく、からかうように言ってくる。
責任感の欠片もないこの物言いは、どうにも“感染源”――唐沢志郎を思い出し、苛立つ。
湧き上がった感情を言葉に変えて吐き出そうとした寸前に自制する。
認めるのも癪だが、今この場で自分が頼る相手はサーヴァントであるイスラを置いて他にない。
信用することは難しいが、敵意を持つことは明らかに馬鹿げている。
激発することは簡単だが、得るものは皆無だ。落ち着いて、今すべきことを考える。
「……行くぞ。できるだけ身を隠して、あの歌の出所に近づく」
「そうそう、それでいいんだ。君はおとなしそうに見えて実は熱くなりやすい性格だろう。常に冷静に、激情を制御すること……心がけてくれ」
この短時間の会話でもう己の底を見透かされたようで、頬が熱くなる。
が、イスラの言は正論だ。ただでさえ戦力に劣る自分たちが冷静さまで失っていては、勝ち残るどころか生き残ることすら難しい。
他人を利用するのならもっとクールに、悪辣に。嘘を嘘と見破らせない演技が必要になる。
天海陸は、他のマスターにとって無害で、無力で、無自覚な……“弱者”であらねばならない。
もちろん、狩りやすいただの“獲物”になってもいけない。接触する人物の品定めは慎重に行わなければ。
そして、ほどなく……夜の公園に立つ、二人の少女を見つけた。
◇
「失礼しちゃうなー、あたしが一番年上なのにさ!」
「ご、ごめん……」
「すみません……」
商店街の一角、深夜も営業している大型のレストランで。
入り口から視認しにくい奥の席、五人の人物がテーブルを囲んでいた。
泉こなた。彼女のサーヴァント、ライダー。
天海陸。彼のサーヴァント、セイバー。
遠坂凛。彼女のサーヴァント、不在。
「まあまあ、こなたちゃん。その辺で許してあげなよ」
この場では最年長のライダー――火野映司が、ぷりぷりと不満を口にするマスターをなだめる。
陸と凛、共に現役高校生の二人は二人してこなたを小学生だと勘違いした。
こなたが大学生だと自己紹介したとき、盛大に疑問の声を上げてしまい、こうして怒られている。
「むー、まあ映司さんに免じて許してあげるけどさ。気をつけてよ、凛ちゃん、りっくん」
「凛ちゃんて」
「りっくん……」
背丈では最小だが年齢では上とわかって、こなたはやや落ち着きを取り戻していた。
状況への対応ではなく逃避だと自覚していたが、取り乱すよりはマシだとも思う。
「で、りっくんもあたしと同じで気がついたらここにいたんだよね?」
「う、うん。さっき少し話したけど」
「行方不明のお姉さんからメールが届いた……ねぇ。で、そのメールに写っていた病院に行ってみたらいつのまにかここにいた、と」
凛の口調はあからさまに陸を疑っているそれだった。
家でPCをいじっていて寝落ちしたと思ったらここにいた自分よりはまだ筋が通っていると思ったが、口には出さなかった。
「泉さんもだけど、あなたもなにか怪しいわね。二人とも気付いたらサーヴァントと契約してここにいたなんて。
この聖杯戦争は自分から参加する意志がなければサーヴァントとの契約なんて出来るはずないんだけど」
「そんなこと言われても。じゃあ遠坂はどうなんだよ? 自分でサーヴァントと契約してここにいるのか?」
「もちろんよ、私は……」
陸に問われた凛は答えようとして、停止。しばし、沈黙。
「まあ今は、そんなことはどうでもいいわ。重要なことじゃない」
「いや、そこかなり重要なんじゃ」
「今は! あなたたちがこの聖杯戦争でどう行動するか、それが重要なんじゃないかしら!」
凛が机をバン、と叩く。露骨に話を逸らそうとしてる、とこなたは思ったが言葉にはしないでおいた。年長者の優しさだ。
「私はやっぱり殺し合いとか嫌だ。映司さんもそう言ってくれたよね」
「うん。みんな、俺とこなたちゃんはこの戦いを止めたいと思ってる。できたら協力してくれないかな?」
別にこなたには人を殺してまで叶えたい願いなんてない。強いて言えば、早く家に帰りたいということくらいか。
奇跡的に大学に合格してこれからが人生の楽しいときだというのに、前科者になるなどまっぴらだ。
誰も殺さず、もちろん自分も殺されず聖杯戦争が終わるなら願ってもないこと。
「「オレは……誰かを殺すのも、誰かに殺されるのも嫌だ。だから、泉さんと火野さんが戦いを止めるって言うなら、一緒に行きたい」」
「あら、お姉さんに会えなくてもいいの?」
言葉を選び選び話す陸へ切り込むように凛が質問する。
陸は一瞬顔を歪めた。深く逡巡するように固く目を閉じ、開く。
「「天音姉には会いたいさ。でも、そのために関係ない人を殺すなんて……無理だよ」」
絞り出した声には苦渋が満ちていた。
汗ばんだ額。握り締めた拳。欲望を抱えつつも踏み出し切れない葛藤が見て取れる。
そんなマスターを彼のサーヴァントは何も言わず見守っている。
「セイバー、あなたはいいの? 何か叶えたい願いとかないのかしら」
「マスターがそうしたいなら僕は止める気はないよ。マスターには申し訳ないが、奇跡が山ほど起きない限り僕が勝ち残るのは無理だろうからね」
自嘲とも取れるセイバーの言葉に、凛は何故か妙に納得した表情で首肯した。二人の間には何かこなたにはわからないやりとりがあったようだ。
ともかく、凛はセイバーの言葉に納得を得たか、陸から視線を外ししばし沈思する。
しばらく待って、凛が顔を上げたのを機にこなたは身を乗り出した。
「凛ちゃんはどうなの? 私たちは戦いを止めたいと思ってるから、できれば一緒にいてほしいんだけど」
「……そうね。綺礼の思い通りに動くのも癪だし、元々私は聖杯を破壊するつもりだったしね。いいわよ、一緒に行動しましょう」
「ほんとに!? 凛ちゃん、ありがとう!」
こなたは嬉しさ余って思わず凛に飛びついた。その際、テーブル上のコップを幾つかひっかけ、倒してしまった。
「ちょ、ちょっと! そんなくっつかないでよ」
「いいじゃーん、凛ちゃん年下なんだし甘えていいよ?」
「自分より二回りは小さい女の子に甘える気なんてないわよ!」
騒がしくじゃれあう二人を尻目に、陸がさっとテーブルをティッシュで拭く。
映司とイスラが倒れたコップを戻す。こなたほど浮かれてはいなかったが、三人とも柔らかく笑っていた。
「「オレも安心したよ。これからよろしく、泉さん、遠坂」」
「ちょっと、なんで泉さんはさん付けで私は呼び捨てなのよ」
「同い年だろ。それともさん付けで呼んでほしいの?」
「結構よ。言っておくけど、一緒に戦うからって守ってあげる気はないわよ。自分の身は自分で守りなさい」
「「わ、わかってるよ」」
「自分のサーヴァントのことは自分が一番良くわかるでしょう? お願いだから足を引っ張らないでよね」
「……それも、わかってる」
こなたと話すときとは打って変わり、凛は冷淡さの交じる口調で陸に警告した。
刺々しい空気に、こなたもとても軽口を叩く気にはなれなかった。
「凛ちゃん、それは」
「飲み物がなくなったね。取りに行こう、リク」
映司が口を挟もうとしたが、その前にイスラが立ち上がり、陸の手を引いた。
イスラはドリンクバーへ陸を連れ出し、一瞬映司に目配せして彼のマスターの後を追っていった。
重苦しい空気の中心が離れたことで、こなたは溜め息を吐いた。
「ねえ凛ちゃん、りっくんに何か厳しくない? りっくんがまだ嘘ついてると思ってる?」
「別に、確信があるわけじゃないわよ。ただ、これは私の知ってる聖杯戦闘とは違う。警戒するに越したことはないってだけよ」
「ふうん。でもさ? 信用できないならさっきの公園で会ったとき、りっくんが一緒に行っていいかって言ったの、断ればよかったんじゃない?」
あのとき、状況の変化についていけなかったこなたに代わって陸に応対したのは凛だ。
情報を引き出すためとはいえ、取り乱していた陸の話を聞き、同行を許したのも。
もしこなただけだったら不信感を抑えきれず別れていたか、悪くすれば戦いになったかもしれない。
「私を助けて、りっくんがついてくるのを許して。凛ちゃんって結構お人好しだね?」
「うっさいわね。別に……成り行きよ、成り行き」
「でもさ、凛ちゃんがいてくれて俺も嬉しいよ。聖杯戦争に詳しい凛ちゃんがいれば、きっとこの戦いを止められると思う」
「あなたも英霊のくせに変わってるわね。似たような考えの人を知ってる私が言うのも何だけど」
凛は複雑そうな顔で言う。言われた映司は意にも介さなかったが。
「とにかく、戦うのは俺がやるよ。こなたちゃんも凛ちゃんも、それに陸くんも俺が守るからさ」
「え、りっくんも? りっくんにはセイバーさんがいるじゃない」
陸はセイバーの真名を明かしてはくれなかった。正確には、言おうとしたがサーヴァントに止められた、と言うべきか。
人前で真名を呼ぶこなたの方が無防備すぎるのだと凛に呆れられたものだ。
現に凛は自分のサーヴァントの真名どころかクラスさえ明かしていない。
「あー、あのね、泉さん。あのセイバーのステータス、見てなかったかしら?」
「ステータス? あ、映司さんのDとかCとかある?」
「そう、それ。これがそのサーヴァントの能力の大体の目安なんだけど……」
先ほどまでのハキハキした喋り方から一転し、言葉を探すように凛が口ごもる。
こなたが映司を見ると、こちらも少し戸惑った様子だった。
「あのね、泉さん。天海くんのサーヴァントは、なんて言うか、その」
「えと、D+、D+、C、B+、D、B……だっけ? これって弱いの?」
「うん……かなり」
「でも映司さんだって一緒くらいじゃない?」
こなたがはっきり物を言うので、映司も苦笑いする。
映司のステータスは筋力D、耐久D、敏捷D、魔力E、幸運C。確かに陸のセイバーとは大差ない。
「あのね、あなたのサーヴァントはライダーなのよ。ライダーは乗り物に騎乗してこそ真価を発揮するクラスだから、本人のステータスはさほど重要な評価じゃないの」
「あ、そういえばさっき映司さん何にも乗ってなかったっけ」
「でもセイバーは剣士のクラス。基本的にはステータス任せの接近戦を展開するクラスよ。それがあの低さだと、ね」
「あー……どうなるか大体予想ついたかも」
レベル50の勇者とレベル99の盗賊が戦えば、HPや底力の差で盗賊が勝つ。こなたの理解はそんなものだった。
「でもそれって……へー、ふーん……そういうことかぁ」
「なによ?」
「いや、凛ちゃんがりっくんを疑いながらも追い払わないのって、りっくんを守るためなのかなーって思ってさ」
ここで凛が陸を放り出せば、聖杯戦争に疎くサーヴァントも弱い天海陸はすぐに脱落、死亡するだろう。
そうさせないために凛は口では色々言っても突き放さずにいる。こなたはそう考えた。
「違うわよ! 勝手に良い方に解釈しないで」
「えーでもー」
「違うったら! 戦力は一人でも多いほうがいいから……!」
「ん? りっくんを戦力として数えてるってことは、もう仲間だって思ってるってことだよね?」
真っ赤になって否定する凛を、こなたはニマニマとからかう。そんな二人を見て微笑む映司。
否応なく殺し合いに巻き込まれた状況にあって、これならきっと何とかなる――そんな希望を、こなたは抱いた。
甘い希望だった。
突如鳴り響いた轟音が、次なる戦いの到来を告げている。
◇
『イスラ……やるぞ。遠坂はここで、落とす』
『おや、いやにやる気だね。理由を聞いても?』
『このまま遠坂の仲間になるのも悪くはないと思う。遠坂はきっと強力なリーダーになる……身の安全だけを考えるなら、彼女にくっついていくのが安全だ』
まだ少し話しただけだが、遠坂凛という人物は大体把握できた。
口に出る言葉こそ厳しく現実的だが、泉を助けたことや、こうして聖杯戦争とは何かを説明してくれたことからして決して冷徹な人物ではない。
彼女の周りには人が集まる……それはより安全度が増すということでもあり、陸とイスラの勝ち抜きが困難になるということでもある。
『筋は通ってるが、それだけかい?』
『他に何があるってんだよ』
『いや? どうも個人的な好き嫌いがあるような気がしてね』
口ごもってしまった。できるだけ考えないようにしていた理由を言い当てられたからだ。
遠坂の長い黒髪、赤いコートという風貌はどうにもパートナー――有栖川レナを思い出させる。
自分の意志で切り捨てたはずの見掛けだけの“仲間”、思い出に心を乱されるのは、未だ覚悟が定まっていないからか。
だが、だからこそ彼女を葬れば、陸はこれ以上ないほどの“自覚”を得られることだろう。
他者を踏み躙りエゴを貫く、殺人者の自覚を。戦い抜くために必要な覚悟を。
『まあ、いいけどね。彼女をここで始末するのは僕も賛成するよ。と言うより、今が最良のタイミングかな。これを逃せば次はないよ』
例によってまた余計なからかいを入れてくるかと思ったが、イスラは賛同を示した。
怪訝に思いながら先を促す。
『いいかい、リク。君も忘れてはいないだろうが、僕の宝具は燃費が著しく悪い。とても君一人の魔力で賄いきれるものじゃない……君がそれで死んでもいいというなら話は別だけどね』
『冗談じゃない。お断りだ』
睨めない代わりに念話で盛大に毒付いてやった。
凛たちの席からは見えない位置にいるが、サーヴァントの視力聴力を警戒するに越したことはない。
『さて、では君一人では足りない魔力はどうすればいいと思う?』
なんとなく思い出したのは“タカオ”――刃旗狩りの姿だ。
刃旗使いから奪った刃旗を自在に使いこなす、あの怪物の。
『他から奪う、とか?』
『正解。マスターから供給される魔力より効率はかなり落ちるが、他者から奪えば君が消耗することはない』
『でもあの神父……NPCを魔力炉、だっけか。そういう風に利用するのはペナルティがあるとか言ってなかったか』
『度が過ぎれば、とは言ってたね。だが進行役が言ったのはあくまでNPCについてだろ』
『NPCじゃない……なら、狙うのはマスターか』
『そうだ。他のマスターから魔力を奪ったところで、それは攻撃の一環でしかない。ペナルティを課されるいわれはないのさ』
蹴落とすべき対象から魔力を強奪することまでペナルティで縛っては、そもそも殺し合う意味すらなくなる。
だからこそ神父もペナルティの対象を“多数のNPCを魔力炉にした者”と限定したのだ。
『遠坂凛の魔術師としてのスペックは超一級と言っていい。彼女から根こそぎ魔力を奪うことが出来れば、おそらく二度くらいは宝具を使用できるだろう』
『あいつ、そんなに優秀な魔術師なのか……』
『君を基準にすれば十人いても敵わないね』
イスラにすかさずこき下ろされる。事実ではあるのだろうが、やはり腹立たしい。
『今、遠坂のサーヴァントは近くにいない。遠坂を守るのは、火野さん――泉のライダーだけだ』
『彼女を始末して魔力を奪う絶好の機会……いや、むしろ好機は今しかないと言うべきかな』
イスラが肩を竦める。
この短い時間の交流ではさすがにまだ信用されてはいないだろうが、あの会話の後にすぐ裏切ると予想するのは難しいだろう。
戦力的にも、タイミング的にも、仕掛けるなら今以上はない。
『彼女のサーヴァントが何のクラスであれ、今の僕より弱いということはないと思った方がいい。どんな形であれ正面からぶつかるのは避けたい』
『令呪で呼ばれる前に仕留めるってことか』
『マスターが倒れればサーヴァントも遠からず消滅するからね。かかる労力も少なくて済むだろう』
『それと、泉とライダーに不信感を持たれても駄目だ。もしオレたちが遠坂を殺したってばれたらどうなる?』
『僕がライダーに倒されて終わり、だろうね』
結局、どうしたところでイスラが他のサーヴァントと対峙する状況になったらもう負けなのだ。
イスラの能力は可能な限り秘匿する。
遠坂凜に令呪を使わせず、魔力を奪い尽くし殺害する。
泉こなたとライダーに不信感を抱かせず、むしろ信用を得る。
『この三つの条件を同時に満たさなければならない。これが僕らのブレイブクリアだ』
『無理なものばかりじゃないかどうやれってんだよ』
『なに、手はあるさ』
イスラはそう言って意味ありげに微笑む。
思わず背筋がゾクリとした――その嫌な予感は、すぐに現実のものとなる。
◇
「うわああああああぁぁぁっ!」
絶叫――聞き覚えのある声――天海陸。
弾かれたようにライダーが立ち上がる。
「変身!」
『タカ! トラ! バッタ! タ・ト・バ! タトバ タ・ト・バ!』
流れるように、能力を解放――変身する。
火野映司の全身を、魔力で編まれた鎧が覆い尽くす。ライダーのサーヴァント、“仮面ライダーオーズ”の力だ。
「こなたちゃんと凛ちゃんはここにいて!」
映司――ライダーが飛び出していく。
広いといってもたかがレストラン、隠れる場所があるわけでもない。
こなたを背中に庇い、凛は十分に警戒しつつライダーの後へ続く。
ライダーの姿はすぐに見つかった。レストランの真ん中で、逃げ惑うNPCに目もくれず一点を見詰めている。
凛はライダーの視線の先を追う。
「セイバー!?」
そこには片腕を半ばから切り落とされ、胴体を剣で貫かれた黒髪のセイバー、天海陸のサーヴァントの姿があった。
セイバーを貫く大剣を掲げているのは、真っ白な髪を逆立たせ頬に紋様を刻んだ人物――否、“怪物”だ。
白髪の怪物が大剣の鍔にある引き金を引く。すると大剣の縁が変形しいくつもの小さな刃となり、次いで一方向に動き始める。
まるでチェーンソーだが、大きさが尋常ではない。刀身の長さ大きさから見れば車だって軽く真っ二つにできるだろう。
「ウオオオァァッ!」
「がっ……! ぐああああぁぁっ!」
そして、そんなものに貫かれたまま体内を掻き回されるセイバーの苦痛は如何程のものだろうか。
魔力で構成された身体とはいえ、サーヴァントの肉体は基本的に人間に準じている。刃に斬られれば当然血を流す。
高速で回転する無数の刃は、見る間にセイバーの身体を肉片と血飛沫へと加工していった。
怪物が大剣を横薙ぎに振るう。遠心力で剣が抜けて、人形のようにセイバーが凛たちの方へと飛んでくる。
すかさずライダーが跳躍しセイバーを受け止める。そこへ怪物が突進し、頭上で大きく旋回させた大剣をライダーへと振り下ろす。
ライダーはセイバーを抱えたまま転がって回避。地面に叩き付けられたチェーンソー剣は、轟音とともに大きなクレーターを生み出した。
広がった衝撃波で隣のこなたがひっくり返る。凛は何とか踏み留まったが、まるで爆弾が炸裂したかのような破壊力だ。
「アアアァァッ!」
「映司さん!」
怪物の攻撃は続く。ライダーの体勢は崩れている。
直撃を予感し、こなたが悲鳴を上げる。凛は悲鳴の代わりに腕を突き出していた。
「させないっての!」
指先から凝縮した魔力を放出、弾丸のように発射する。凛が得意とする攻撃用の魔術、ガンドだ。
幾筋もの光弾は怪物に当たる直前、見えない壁にぶつかったように破裂した。
ダメージは与えていないが、狙いは牽制だ。稼いだ一瞬の空白ででライダーが後退してきて、セイバーを降ろす。
「ら……ライ、ダ……」
「喋っちゃダメだ、セイバーさん! いくらサーヴァントでもその傷じゃ!」
「リ、ク……あ、あいつ、に……!」
「陸くんが!? ……わかりました、俺が行きます!」
セイバーが震える指でライダーの肩を掴む。
彼が指し示したのは怪物の背後、レストランの出口だ。
「凛ちゃん、あいつをここから引き離す! こなたちゃんとセイバーさんをお願い! 何かあったら令呪で呼んで!」
言うやいなや、ライダーは剣を抜いて怪物へ向かっていく。
ライダーの剣と怪物の大剣がぶつかり合う。一瞬足を止めた怪物の腹にライダーは足を突き込み、店外へと吹き飛ばした。
間髪入れずライダーはその後を追っていく。
「ちょ、ちょっと……! ああ、もう!」
押し付けられたセイバーの状態を診る。店内で戦われては治療もできないから、ライダーの判断は間違ってはいない。
が、あの怪物の正体がわからない以上、迂闊にそばを離れてほしくはなかった。
戦力がライダーだけである以上、今もし他のサーヴァントに襲われては一溜まりもない。
キャスターはどこまで行ったのか、念話が通じない。舌打ち一つ、右手の甲に目をやる。
(令呪を使ってキャスターを呼ぶ……いいえ、令呪を使えるのは実質二度だけ。このタイミングで使うのは……!)
セイバーの傷を診ながら右手の令呪を意識する。切り札である以上使うタイミングを間違えたくはない。
他にどうすることもできないほど追い詰められた状況でもなければ。
「泉さん、悪いんだけどいつでもライダーを呼び戻せるようにしておいて」
天海陸には悪いが、さすがに自分とこなたの命とでは秤には掛けられない。
彼を拉致したのはおそらく敵サーヴァントだろう。先ほどの怪物はステータスが見えなかったことからサーヴァントではありえない。
おそらく自己強化魔術を行使したマスターなのだろうが、サーヴァントと打ち合えるなど尋常な魔術師ではない。
火野映司がさほど筋力に優れていないライダーのクラスであることもあろうが、悪名高い教会の執行者でもあそこまで強力な者はいるかどうか。
(それに何故、わざわざ天海くんをさらったの? ここまで私たちに気取られず接近できるなら、三人まとめて仕留めることもできたはずなのに……)
たとえば敵がアサシンのサーヴァントだと仮定するなら、凛たちが戦闘態勢に入る前に皆殺しにされていて当然だ。
わざわざあんな、敵のサーヴァントを引っ張りだすような真似をする必要は無い。
(何か、違和感がある。何かを見落としている?)
セイバーの傷。切り落とされた左腕、胴体に空けられた大穴。
そうだ、そもそも何故。
(これほどの傷を負って……このセイバーはどうして消滅しないの?)
いかにサーヴァントといえども、深刻なダメージを受ければ回復は間に合わず存在が消滅する。
強力な回復能力を持つサーヴァントならあるいは再生できるかもしれないが、このセイバーは傷が回復する素振りなど無いのに一向に消える気配がないのだ。
そして、セイバーとしてはあるまじきステータスの低さ。だがいくら弱かろうと、果たしてマスターに敗北するサーヴァントなど存在するだろうか。
疑問の輪郭が露わになったとき、セイバーが目を見開いた。
セイバーの視線が、凛をまっすぐに射抜く。
「残念。気付かなかったら苦しまずに送ってあげられたのに」
セイバーの囁きと同時、胸の真ん中に灼熱の塊が生まれたような、感覚。視線を下ろす。予想と寸分違わない、鋭い刃がこの身を貫いている。
刃の柄を握るのは、天海陸のサーヴァント。セイバー。
(まさ、かっ……!)
ここでようやく、凛は天海陸とセイバーにしてやられたことに気付いた。
愕然とセイバーを見下ろす。セイバーは蒼白な顔色で、にこやかに微笑んだ。
「奪わせてもらうよ、遠坂凛。君の全てをね」
セイバーの握る真紅の剣が脈動した。文字通り、鼓動を打った。
凛の体内に潜り込んだ紅き刃が蠕動する。凛の魔力が内側から貪り喰らわれていく。
(い、泉さん……!)
剣に貫かれたまま、無理矢理に身体を捻ってそこにいるべき泉こなたの無事を確認しようとした。
陸が最初から凛たちを殺すつもりであったなら、こなただって無事では済まない。
「心配はいらない。彼女は殺さないよ……今はまだ、ね」
先んじてセイバーが言う。泉こなたは音もなく崩れ落ちていた。
さっきこなたに呼びかけたあのとき、既にセイバーに仕掛けられていたのだ。ライダーがいなくなり、凛とこなたを守るサーヴァントが一騎もいなくなった瞬間に。
もはやキャスターを呼ぶことも出来ない。令呪を起動するだけの僅かな魔力すら、この真紅の剣が根こそぎ吸い上げていくからだ。
「体質でね。僕はこのくらいじゃ死ねないんだ」
セイバーは顔色こそ真っ青なのに、言葉には力がある。
全て、狙い通り。このセイバーと、そして――彼のマスター、天海陸の。
「こ……の……!」
「まだ動けるのか。流石と言いたいが、あまりもたもたしてはいられない。陸がライダーに倒されては意味が無いからね」
凛が向けた指をセイバー軽く払う。それだけで脳幹が痺れるような痛みを感じた。セイバーの黒髪が、白く染まっていく。まるで先ほどの怪物と同じように。
最初から敵などいなかった。いや、敵は最初から隣にいたのだ。
眼球を巡らし周囲を見ると、そこにいるべきNPCは残らず黒い剣に身体を貫かれている――目撃者は、いない。
すべて計画的な犯行だということだ。一見気弱そうで、無害な一般人を装った天海陸が、この聖杯戦争を勝利するために描いた絵図。
“怪物”はサーヴァントではない――マスターの方だった。
失敗した。やはり迂闊に他人を受け入れるべきではなかったのだ。
「やっぱり……ガラにもないこと、するんじゃ……なかった……な」
「さあ、喰らい尽くせ――“紅の暴君”」
断絶がすぐ背後に立っている。遠坂凛という存在そのものの消滅が。
閉ざされていく視界の中、凛は幼い頃聞にいた父の言葉を思い出していた。
常に余裕を持って優雅たれ。
父から受け継いだ、遠坂の信条だ。
さすがにもう余裕を持つのは無理だったが……このまま一方的に魔力を奪われ敗北することは、決して優雅ではない。
「そんなの……認めるワケ、ないでしょっ……!」
維持が身体を突き動かす。遠坂の系譜に連なる者が、魔術師でもない輩にいいようにやられて屈服してはならない。
最後の切り札――ポケットから取り出した宝石を、セイバーの顔面へ叩きつける。
長年に渡って宝石の内へ溜め込んだ魔力を、制御などせずに解放、爆発させた。
「……くっ!」
いかに死なない体質といえど、ダメージを負わない訳ではない。
その瞬間、至近距離での魔力ダメージに剣を掴む力が緩む。その一瞬だけあれば十分だ。
「令呪を以って命じる……!」
たとえ数秒後に死が訪れるのだとしても。
(この命令だけは、必ず――)
一瞬で紡ぎ上げた命令を、令呪を用いて虚空へと放つ。
同時、セイバーが手首を捻る。
「っ……」
「……お見事。してやられたな。リクに怒られるよ」
“紅の暴君”が凛の心臓を食い破る刹那、凛の右手から一画の令呪が、消えた。
セイバーの惜しみない賛辞を、遠坂凛が生きて聞くことは、なかった。
◇
「……うまくいったのか?」
「半々、というところだね。令呪の発動を許してしまった」
レストランから少し距離を開けた商店街の裏路地で、陸はイスラと合流した。
お互いに満身創痍。特にイスラは今に消滅してもおかしくない深手だった。だがイスラは死の呪詛のスキルにより、Aランク以下の宝具の攻撃で死ぬことは絶対にない。
陸とイスラはそれを利用し、陸がイスラを傷つけることで、ありもしない敵の存在をでっちあげた。
凛たちの目を欺くため、イスラは何の防護策も講じること無く陸の攻撃を受け止めた。当の本人に防ぐ気がないのだから、マスターの攻撃であってもここまでサーヴァントを傷つけ足り得たのだ。
「おい! ……大丈夫なのか?」
「彼女のサーヴァントが現れなかったところを見ると、どうも僕らを対象にした命令ではなかったと思うよ。正体を知られたということはないだろう」
陸がライダーを引き離し、適当に時間を稼ぐ。敵が白髪の怪物とそのマスターだと思い込んでいるライダーは、残った瀕死のイスラを脅威として認識するはずがない。
そして、イスラが遠坂凛を殺し、魔力を奪い取ることに成功する。魔力に抵抗力のない泉こなたは至近距離での“紅の暴君”解放の衝撃で昏倒させた。
もし少しでも陸がライダーに敗れそうな状況になれば、泉こなたを殺害しライダーを消滅させる。ライダーがレストランを飛び出した時点で勝利は決まっていたのだ。
望み通りの結果を掴み取った。だが、陸の表情は晴れなかった。
「心配無用さ……少なくとも君ごときの攻撃では、僕は絶対に死なない。そう言ったろ」
「わかってるよ……」
別にイスラを心配したわけではない。陸は右手の甲に埋め込まれた刃旗核を意識する。
天海陸の力――“刃旗”。異形の怪物“棺守”と戦うための武器。
(洋兄……今の俺を見たら、なんて言うかな)
命の恩人、武部洋平は、断じてこんなことをするために陸に刃旗を受け継がせたわけではない。
陸は彼の生き様を汚したのだ。命とともに受け継いだ彼の刃旗――人を守るという、願いを。
しかし、もう走り出してしまった。いまさら止まることなど出来はしない。
陸は意識的に武部洋平の記憶を記憶の底に封じていく。楽しかった思い出も、今はただの足枷だ。
「後悔しているのかい? 人を殺したことを」
「……うるさい。火野さんと合流する。怪しまれないだろうな?」
「問題ないよ。彼は善人だね……人を疑うことをしない。いや、できないのか。そういうのは他人に任せていたんじゃないかな」
顕醒した陸の容姿は、長く一緒に過ごしたクラスメイトですら気付かないほど激しく変貌する。レストラン内に突如出現した白髪の怪物と陸とを結びつけるのは難しいだろう。
イスラの負傷も説得力を強める材料になる。イスラの呪いを知らないこなたとライダーは、その負傷を敵の攻撃によるものだと信じるだろう。
「で、リク。君の方はどうだった? サーヴァントと戦ってみた感想は?」
「二度とやりたくない」
心底からの、本心だった。
顕醒――刃旗を開放し、さらに半棺守化した陸の戦闘力は人間災害と言って差し支えない。武装した軍隊が相手であっても軽く蹴散らせるだろう。
さらにイスラの固有の能力、召喚獣“ダークレギオン”を陸に憑依させることにより、力を底上げしていた。
そんな万全の状態で挑んで、なお。火野映司、直接的な戦闘力はさほどでもないライダーに手も足も出なかったのだ。
刃旗使いの感覚を拡大し、また物理障壁にもなる“意識圏”は、ライダーの剣に紙のように斬り裂かれた。
かつて“刃旗狩り”タカオにも“意識圏”を突破された経験があったため何とか対処できたが、ライダーでさえこうなのだから他のどのサーヴァントが相手でも戦えば同じ結果になるだろう。
どんなサーヴァントであれ、マスター単独では到底抗うことなど出来ない。それがこの戦いの絶対にして不変のルールだ。
数合打ち合うだけでライダーがタカオとすら比較にならない強さだと直感した陸は、搦め手を使うことにした。
「フフ……中々いい演技だったよ。タスケテ、タスケテ……ってさ?」
「うるさいな! 必死だったんだよ!」
陸はとっさに自由意志を奪われた哀れなバーサーカーを演じた。敵と戦いながらその敵に助けを求める、滑稽な三文芝居だ。
剣を繰り出しながらぼそりぼそりと呟いた助けを求める言葉は、だがしかしライダーのサーヴァントには効果覿面だった。
正直陸ですらうまくは行かないだろうと思っていたのに。
「君は誰かに操られているのか……だってさ。お人良しすぎて嫌になるよ」
「ははっ、運が良かったね。他のサーヴァントじゃ取り合ってもらえなかっただろうから」
おそらくこの先もずっと忘れられないだろう。
陸の攻撃を防ぐだけに留まり、決して剣を振るわなかった火野映司の姿は。
陸を助けようとする、どこまでも真っ直ぐに伸ばされた火野映司の腕は。
「君が飛び出していった後、敵のサーヴァントが襲ってきてね。動けない僕とこなたを庇い、凛が自分のサーヴァントを呼んで応戦したんだ。
僕も何とか援護しようと思ったんだが……済まない。力が及ばなかった」
気を失っているこなたを背負ったライダーにイスラが状況を説明している。
ご丁寧にもイスラはライダーとの合流を待ってから回復召喚術を行使した。自分と、陸の攻撃の余波でこなたが負った小さな傷を癒したのだ。
陸はイスラに礼を言うライダーの顔を直視する気にはなれなかった。
「敵のサーヴァントは深手を負って退いていったが、凛のサーヴァントは回復が間に合わず消滅した。サーヴァントを失った彼女も……また」
「凛ちゃん……そんな……俺はまた、助けられなかった、のか……」
「彼女は、命を懸けてリクを……僕のマスターを取り返してくれた。ライダー、僕はどうすれば、彼女に償えるんだ……?」
打ちひしがれるライダーに声をかけるイスラの顔は、深い悲しみに濡れているようにしか見えない。陸とは比較にならない演技力だ。
陸が見ていると視線が合う。言葉はなくともわかる。お前もこうしろ、こうなれとイスラは言っているのだ。
込み上がってきた吐き気を無理矢理飲み込んで、陸はライダーの前に立った。ポロポロと涙が流れる。意図したわけではないが、いい、小道具だ。
「「火野……さんっ。オレの……オレのせいで……遠坂が……!」」
くしゃりと顔を歪ませる。膝から崩れ落ちる。深い絶望を表情に貼り付ける。
「「……オレが……オレが遠坂を、こ、殺したんだ……!」」
吐き出すのは、嘘。
遠坂凛の死を貶め、利用し尽くす――畜生にも劣る外道の行為。
自分で自分に吐き気がする。死んでしまえばいいとすら思う。
だけれども――
「……陸くん、それは違う。凛ちゃんは君を守るために戦ったんだ。絶対に、君のせいなんかじゃ、ない!」
そのライダーの表情で、勝利を確信した。
彼が強く陸の肩を掴む。その顔にあるのは怒りと、悲しみと……そして自責だ。
「火野、さん……! ……あ、あああぁ……っぐ、ぁ……ああああっ……!」
ライダーの胸に身を預け、慟哭する。
これは演技であって、演技ではない。天海陸が生涯で流す、最後の良心――本気の涙だった。
これまでに、オレのこの手を掴んだのは、四人。
そして今、五人目に手を伸ばされたとき。
オレは、伸ばされた手を拒んだんだ。
取り戻すために。二度と失わないために。
その手に込められた優しさを裏切ることを、踏み躙ることを……選んだんだ。
この選択に、後悔はない。
【深山町・商店街/黎明】
【泉こなた@らき☆すた】
【状態】:気絶、左腕に大きな噛みつき傷(治療済)(残令呪使用回数:3)
【ライダー(火野映司)@仮面ライダーOOO/オーズ】
【状態】:疲労(大)
【天海陸@ワールドエンブリオ】
[状態]:疲労(大)(残令呪使用回数:3)
【サーヴァント:セイバー(イスラ・レヴィノス)@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ(大)、魔力200%
◇
あ~あ、ドジッたなぁ……まさかいきなりあんな奴に当たっちゃうなんて。
キャスターを行かせたのは失敗だったわね。あんなに簡単に他人を信じちゃうなんて、私も甘くなったものだわ。
これって一体誰のせいなのかしら……って、まあ間違いなく衛宮くんのせいよね。
冬木市、聖杯戦争ときて、綺礼がいて、私がいる。これで衛宮くんがいない訳ない。
会ったら一発引っ叩いてやりたいけど、もう無理っぽい……か。
あの人を助けずにはいられない“正義の味方”には、天海陸みたいな奴は天敵だわ。
それに天海陸以外にも、他にどんな凶悪な奴がいるかわかったもんじゃない。
衛宮くん。あなたのそばにいるサーヴァントは、あなたを守ってくれる強いサーヴァントかしら?
願わくばかつてのセイバーや、あいつ……いや、あいつはダメか。衛宮くんとは相性最悪だものね。
何にしろ、信頼できるサーヴァントと契約したことを祈るわ。私はもう、あなたの力にはなれないから。
でも、たった一つ。成功したかはわからないけど、私も悪あがきをしてみたわ。
『衛宮士郎を探し、守りなさい』
これが私がキャスターに令呪で命じた、最初にして最期の命令。
マスターからの魔力供給が途絶えても、元来保有する魔力が莫大なキャスターならしばらくは現界を保っていられるわ。
もちろん戦闘なんてすればあっという間に消えてしまうだろうけど、逆に言えば、戦いさえしなければかなりの時間、存在し続けられる。
そして、キャスターの真価は戦闘で発揮されるんじゃない……工房や礼装など、後方支援でこそ活きるクラスよ。
どうせ衛宮くんのことだから、助けを求める人がいれば真っ先に飛び出していってしまうでしょう。
キャスターならきっと、そんなあなたの助けになれると思う。ああ、キャスター自身にはいい迷惑でしょうけど。
ごめんね、キャスター。私、あなたの真名も知らないまま逝くことになるわね。
そして泉さん、ごめんなさい……私が最期に願ったのは泉さんじゃなくて衛宮くんのことだった。
天海陸の元へあなたを残して死んでいくのは、本当に申し訳ないと思う。
だからお願い、天海陸があなたに牙を剥く前に、本当に信頼できる人……できれば衛宮くん以外の人を探して。
天海陸の嘘を見破ることができて、それでいてこの聖杯戦争を止めようとしている、そんな“正義の味方”を。
キャスターに天海陸とセイバーの嘘を伝えることはできなかった。だから、この場でやつらの脅威を知っている人は誰もいない。
衛宮くんはきっと、あいつらを疑うことはできない。もっと冷静で、疑り深くて、非情な判断を下せて、でも本当は優しい……無茶だとは思うけど、そんな人を探して。
それで無事に生き抜いて、家族の……お父さんのところへ帰ってあげて。
父親が娘を失って、一人ぼっちになるのは悲しいことよ。そう、とても、悲しい……
ああ、もう、眠くなってきたわ……
言いたいこと、やりたいこと……まだまだ、たくさんあったんだけどな……
衛宮くん、泉さん、どうか……死なないで……
この……戦いを……止めて……
生きて……
……
…
&COLOR(red){【遠坂凛@Fate/stay night 死亡】}
※令呪を使用したのはキャスターが雁夜・アサシン組の追跡行から離脱した後のタイミングです
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