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*Imagine Bleaker 羽瀬川小鳩は、夢を見ていた。 それはとても幸せな夢で、聖杯戦争という現実を忘れてしまいそうなくらいの、優しい夢。 ―――そもそも彼女は、あまりに不純な動機で聖杯に選ばれた稀有な存在である。 普段から吸血鬼を自称し、奇抜な衣装に身を包んで様々な設定を自らに課して生きている。 別にやらなければ誰かが死んでしまうとか、彼女が本当に吸血鬼だとか、そういった設定はない。 とあるアニメにどっぷり嵌まってしまい、それで思春期によくある病を発症してしまっただけである。 ……厨二病という、特効薬の存在しない病を。 それまでは馬鹿馬鹿しいことに情熱を燃やす、ちょっとばかし頭の足りない美少女だった。 それでも心まで吸血鬼になりきれてはおらず、内面はあくまで年相応の少女に過ぎない。 少々友達が少ない、ある少年の残念な妹。 それが、本来羽瀬川小鳩という少女に与えられるべき役割なのだ。 間違っても聖杯戦争なんてものに喜んで身を投じるような、そんな人物ではない筈。 では、何故彼女がマスターに選ばれたのか。 ひとえに、それは小鳩の心にあったひとつの願いが原因だった。 兄、羽瀬川小鷹。 小鳩と同じく友達の少ない、だが彼女にとってはかけがえのない兄。 単身赴任で父親は家に居ない、実質たった一人の家族といってもいい存在である。 どんなに妄想を拗らせようと、どんなに設定を追加しようと、兄への想いだけは揺るがない。 もし兄を失いでもしたら、自分がどうなるのか小鳩自身にも分からなかった。 それほどまでに、小鳩の中で小鷹という存在は大きいものだったのだ。 ―――つい最近。小鷹はとある部活に所属するようになった。 彼と同じく友達の少ない人間達が集まって、日々馬鹿なことをする部活・隣人部。 兄がそこで友達を獲得し、自分を疎かにしてしまうのではないか。 今まですごく近くにあった兄が、どこか遠くに行ってしまうのではないか――そんな気持ちだ。 早い話が、嫉妬に限りなく近い感情である。 傲慢と言ってもいいかもしれないが、その想い故か、彼女はこうしてマスターとなったのだ。 ……とはいうものの、本来の未来では小鳩もまた隣人部に所属する。 兄を追って入部し、そこで神の使い(シスター)の幼女と出会い、彼女の日々も豊かになる。 小鷹が遠くに行くなんてことはなく、むしろ距離は近付いたのかもしれない。 ――聖杯戦争に参加したのは、紛れもなく間違いだったのだ。 そんなことにも気付かないまま、羽瀬川小鳩は戦争を勝ち抜こうと軽く決意した。 サーヴァントを召喚して暫く経ってから、小鳩はようやく恐怖を感じ始めたのだ。 命を懸けることへの、本能的な恐怖。或いは年相応の恐怖。 彼女は聖杯戦争を勝ち抜くには、あまりにも幼過ぎた。 だからこうやって小鳩は、まるで現実から逃避するかのような夢を見る。 周りに、数人の友達がいる。 兄の姿もあって、自分より小さいシスター少女と小鳩は喧嘩している。 吸血鬼とシスターは絶対に相容れぬ存在だ、折れる訳にはいかないと互いに張り合うばかりだ。 それを微笑ましそうに見守る兄の姿は、いつも通り優しげで、大好きな兄のもの。 遠くから走ってきて自分の頭を撫で回す金髪の少女を、小鳩は見たことがなかった。 迷惑そうにそれを払おうとするものの、どうしてもその豊満な胸に視線が行ってしまう。 小学生よりも小さい胸、それは羽瀬川小鳩のコンプレックスなのだ。 悔しい、と思うが悪くない、とも思える。 この楽しい時間が永遠に続いてくれれば、どれほど良いことか。 そう思って、小鳩は目を閉じる―――― 「…………ぁ」 のではなく、目を開いた。 直後、激痛と肌寒さが押し寄せ、現実に引き戻される。 夢の時間は終わりだ。 随分楽しい夢だったなあ、と小鳩は茫然と思った。 ……口には出さなかった。 いや、出せなかった。言語になってくれないから。 人間としてあるべきでない状態に貶められ、それでも尚生かされている。 傍らで下衆の極みのような微笑みを浮かべる、青い海草のような髪の毛をした少年。 小鳩が目を覚ましたことに気付くと、涎を垂れ流すばかりの口に靴を差し出した。 ……そうだ。 もう自分には、人間としての権利は残っていない。 聖杯戦争を勝ち抜こうなんて、もはや無理だ。 令呪はもう残りひとつ。全て、貪り尽くされ、いいように使われた。 マスターとしてでもなく、人間としてでもなく。 羽瀬川小鳩という生命は、ただここに存在しているだけのモノに成り果てていた。 少年の下品な笑顔に嫌悪感を覚えようと、自分は彼に完全に敗北したのだ。 だから、もう何も抗う必要はない。 「おい、早くしろよ……ヒヒッ」 「……ふぁひ」 靴に舌を這わせる。 泥臭い味が伝わってくる。 そうしながら、羽瀬川小鳩は思い出していた。 自分が敗北した理由を、たった数十分で崩れ去った夢の話を。 そして、地獄のような拷問の時間を。 ――――羽瀬川小鳩の、敗北の物語。殺された幻想の物語。 □ □ ライダーこと拳王ラオウと間桐慎二は、結局見慣れたとある邸宅の前で停着していた。 黒王による移動は、というよりラオウの荒々しい運転が、慎二には耐えられるものではなかったのだ。 ラオウはそれを軟弱と罵り叱咤したが、彼もまたひとつの事実に気付いていた。 (この小僧……器だけでなく力もまた弱小か) 間桐慎二は、劣等感の塊である。 始まりの御三家・間桐の家に生まれながら、魔術回路が遂に宿らなかった劣性。 義妹の桜にさえ劣等感を感じ、日々その鬱憤を晴らして生きる毎日を送ってきた。 聖杯戦争に参加してみれば外れを引き、自身のミスの可能性など考慮もせずにまた劣等感を重ねる。 そんな矮小な人間に、かの拳王の荒々しさに耐えられはしなかったようだ。 酔いに近い状態になり、流石のラオウも呆れるばかりだった。 だが、如何に矮小といえどマスターにノビられてはこの先色々と面倒なことになりかねない。 癪なものを感じずにはいられなかったが、渋々マスターに合わせることにした。 拳王ラオウは早くも、この戦の不便さに沸々と苛立ちを覚える。 一方、黒王から降りて間桐慎二は内心毒づいていた。 二度目の聖杯戦争で、今度こそ勝利を収めようと思ったらこれだ。 前回のライダーよりも扱いやすさの度合いで言えば数段質が悪い。 所詮使い魔(サーヴァント)に過ぎないのに、マスターに手をあげるとは何事だ。 もっと従順忠実で、それでいて爆発的な力を有するサーヴァントが欲しかった! なのにどうしてこんな扱いにくいにも程がある奴なのか。 またも自分は苦い思いをし、無惨に死ぬのが落ちなのか……否。断じて否、だ。 折角の二度目の人生で、また無様に敗北するなんて嫌だ。 慎二は煮えくり返りそうな怒りを必死に抑えて、精一杯の冷静さを取り繕う。 前回の彼だったなら怒りに任せてサーヴァントと口論し、決裂していたかもしれない。 が、慎二は早まることをせずに、静かにラオウに話し掛けた。 「なあライダー。情けないが僕はちょっと酔った」 「言われんでも解るわッ! ……全く、情けないにも程がある」 舐め腐った言い回しにカチンとくるが、またもそれを寸でのところで押し留める。 ここで怒ったら折角思い付いた作戦が台無しだ。 今の慎二がやるべきことは、どうにかしてライダーを自分の言う通りに行動させること。 「ここは僕の家だからさ……少し、休む。だからお前は外で獲物を探していてくれ」 「……確かに、それも悪くはない」 存外呆気ない展開に慎二は拍子抜けの思いだったが、実はライダーにとって願ってもないことだった。 拳王ラオウの名は伊達ではない。 一対一の激闘でなら生半可なサーヴァントでは相手にならないだけの力を発揮することだろう。 ――だが、この聖杯戦争にはネックがある。 ラオウが如何に強くともマスターを狙い撃たれれば終わりなのだ。 姑息な敵にマスターの慎二を狙われでもしたら、そんな下らないことで彼の聖杯戦争は終焉を迎える。 逃げ道を進むようで癪だったが、ここは妥協することも有りか、とライダーは思っていた。 「成程、理解した。その策に乗ってやる―――だが」 「……ッ、ライダー!!」 「既に先客が居たようだな」 ラオウは並の戦士なら腰を抜かして失禁しかねない眼光で、姿を現した男を睨み付けた。 白いコートの男。 だが全身から放たれる気は只者でないことを明確に示しており、マスターと見紛うことは有り得ない。 ゾルフ・J・キンブリー。キャスターのサーヴァントが間桐邸から姿を現した。 「生憎ここは私達が拠点とする予定でしてね……お帰り頂けますか?」 「――戯けィ!!」 言葉より先に、拳王の剛拳がキャスターの身体に迫っていく。 それを軽々とかわしてのけるキャスターだが、その表情に余裕の色は皆無。 彼もまた、今の一撃のみでライダーの力の程を計ったのだ。 結論、少なくとも舐めてかかって討ち果たせるような相手ではない。 紅蓮の錬金術師の力を総動員して戦い、それでも確実な勝利が約束されないいきなりの難敵だ。 些か以上に不味い状況である。 自身のマスターが非力であることも考慮して、間桐邸に侵入されることだけは避けたい。 「少なくとも……貴方だけは通しませんよ。ここで散って貰いましょう」 ライダーが無言で打撃を放ち、それをキャスターは避ける。 何度かの打ち合いの後に、その頬から一筋の血液が垂れてきた。 戦いは激化する。 ―――二体のサーヴァントは、間桐慎二の鬼畜の極みともいえる策に気付いていなかった。 間桐慎二は間桐邸に命からがら侵入するなり、マスターの捜索を始めた。 未だ表からは、激戦の音が絶え間なく響いている。 ■ ■ 「だ……誰か入ってきた……?」 羽瀬川小鳩は、怯えた声でそう呟いた。 吸血鬼を名乗る彼女はすぐにらしくないと気付き、また強がりの「設定」を口にする。 「フ……名も知らぬ盆俗の相手をするほど暇ではない」 そう言いながらも、彼女は隠れる場所を捜す。 こんな時の為に、キャスターから地下の蔵のことについて聞いていた。 キャスターが迎撃に出向いている中、彼女の逃げる場所はそこしかない。 本来はとある老魔術師の『蟲蔵』であったそこには、だが蟲の一匹の姿もなかった。 それが何よりも、この聖杯戦争が別物であることを意味していた。 階段を慎重に降りながら、小鳩は恐怖で高鳴る心臓に左手を当て、抑えつける。 こんなに怖いなんて――こんなに苦しいなんて。 泣きそうなほどの恐怖に駆られながら、彼女は階段を降り――足を踏み外した。 「や、やぁっ!?」 素っ屯狂な声をあげて、小鳩は床に背中から叩きつけられる。 鈍痛が押し寄せるが、それどころではなかった。 今の声が侵入者に聞こえでもしていたら、大変なことになる! 床を這って、蔵の隅にうずくまって涙目になる小鳩。 ふと見上げると、そこには鎖のようなものがあった――手枷と足枷のついた、拘束具。 ここで何が行われていたのか、小鳩の知識では想像することも出来ない。 ふるふると身体を震わせている彼女。 ―――――――だが、運命は無情だ。 「見つけた」 階段の上から、駆け降りてくる人影があった。 手にはいくつかの工具を持っていて、口は三日月を連想させる邪悪な笑顔に歪んでいる。 ひっ、と気の抜けた声を漏らす小鳩だが、どうすることも出来やしない。 彼女の身体では侵入者、間桐慎二を押し退けて逃げるなんて無理な話。 あれは何だろう、と小鳩はまるで他人事のように思う。 ペンチ、ドライバー。 あれを何に使うのだろうかとか、そんなことを考えている内に現実はやってきた。 慎二が小鳩の上にのし掛かった時、羽瀬川小鳩の命運は完全に尽きたのである。 「きゃ、キャス……っ、ぶ!?」 「おっと、死にたくなかったら令呪を使うのは止めな」 小鳩の顔面を容赦なく殴り、鼻から血が噴出する。 令呪でキャスターを呼び戻せばいいのだが、そんな素振りを見せたら慎二はすぐにでも、その手のドライバーで小鳩を突き刺すだろう。 微塵の容赦もなく、怒りに任せて突き刺すだろう。 怖い。死にたくない。 歯ががちがちと嫌な音を立て、鼻の痛みも相俟って慎二の言葉に頷いてしまう。 「僕の要求は二つだ」 にやぁっ、と笑って慎二は小鳩に耳打ちする。 要求の内容を聞いて小鳩はぶんぶんと頭を横に振り、条件を否定する。 その瞬間、慎二の溜め込んでいた怒りは爆発した。 サーヴァントが言うことを聞かないことへの怒り。 思い通りに行かない聖杯戦争への怒り。 そして、それらの感情は羽瀬川小鳩に向けられる。 小鳩の右手を掴むと、慎二は全体重をかけて四本の指をべきべき、とへし折った。 絶叫する小鳩の口に手を突き入れ、慎二は笑いながらペンチを取る。 もはや彼の枷はなく、ただ小鳩を壊すことしか頭にはなかった。 前歯にペンチを当てると、乱暴にそれを挟み、勢いよく引き抜く。 「っ、ぎゃあああああああああああ!!!??」 次は横にずれて、また一本。 ぶちり、ぶちりと歯を抜いていき、彼女はその度に醜く絶叫をあげた。 小鳩の令呪が不意に輝く。 慎二は僅かに焦ったが、彼女の口から消え入りそうな声で紡がれた命令に満足げな笑顔を浮かべる。 そして慎二も自身の令呪を用いて、自身のサーヴァントにとある命令を課すのだった。 だが、拷問は止まない。 小鳩の絶叫はしばし止まらず、ついに彼女の口にあるべき歯が全て抜き取られてもなお、次は爪に標的が移る。呂律の回らない口で何かを言う小鳩だが、慎二には届かない。 「ぁ、ひゃああああああああああいぃきぃいいいああああああああがががあああっくあああ――――――――――――!!!!!!」 蟲蔵に、絶叫が轟いた。 ■ ■ そして、時は現在に戻る。 羽瀬川小鳩の状態は、無惨極まりないものだった。 歯は一本残らず抜き取られ、衣服は引きちぎられ、布一枚たりとも纏っていない。 爪も無惨に潰され、おまけに大便まで垂れ流し、身体中に凄惨な拷問の痕跡を残していた。 光彩の消えた瞳で虚空を見つめ、彼女は呟く。 「ひゃ……あ、あん……ひゃん……たひゅけて……ぶがっ!?」 拳がまたもその顔面を打ち抜き、醜い悲鳴を漏らさせる。 その股間から金色の水が流れ落ちる様を見て、慎二は優越感に浸り、思わず高笑いをあげる。 散らばった歯が、爪の欠片が、破れた衣服が、鎖に繋がれ手枷と足枷に拘束された小鳩の姿が、その足下に出来たアンモニア臭のする水溜まりが、散らばる大便がーー全てが、慎二に愉悦を与えた。 自分は勝ったんだと、歪んだ勝利の喜びを噛み締める。 ―――間桐慎二がライダーに命じたのは、ひとつ。 『間桐慎二に異を唱えるな』と命じ、ライダーの厄介なところを消した。 ―――羽瀬川小鳩に命じさせたのはふたつ。 『間桐慎二及びラオウに従え』と、『間桐慎二の命令があり次第速やかに自害せよ』。 これが、間桐慎二のキャスターを最大限利用し、使い潰す為の策だった。 「あは……はは……は、はっははははははははははっはははっはははははははっははぁ!!!! どうだ衛宮ぁ、僕の勝ちだっ、僕にだってこれくらいのことは出来るんだ、はははッ!!! 殺せライダー、キャスターッ! 一人残らず殺し尽くせッ、あはははははははは!!!!」 【深山町・間桐邸/深夜】 【間桐慎二@Fate/stay night】 【状態:健康、気分高揚(残令呪使用回数:2)】 【羽瀬川小鳩@僕は友達が少ない】 【状態:全裸、鼻腔骨折、歯全本欠損、右手指四本骨折、手足の爪破壊、拘束中、失禁、脱糞(残令呪使用回数:1)】 ■ ■ 「――――あの、小僧めがッ!!」 ラオウの怒号が夜の深山町に響き渡り、キャスターはその相眸に怒りをありありと示している。 慎二の令呪でラオウは彼の策、キャスターとライダーの共闘に異議を唱えられない。 キャスターはといえば、ライダーが異議を唱えない限り、彼もまた慎二の傀儡だ。 小鳩を助けに行くにも拳王との戦いが激しすぎて、それすらも許されなかった。 令呪を使用される前は、ライダーを間桐邸に入れないだけで精一杯という有様。 しかも、命令ひとつで即座に自害させられる、まさしく只の手駒。 令呪の強制力は無情にも二人のサーヴァントを有無を言わせず従わせ、慎二の思うがままにする。 対決を邪魔されただけでなく、戦いの価値さえ貶められ――拳王と紅蓮の錬金術師は、劣等感故に狂った少年のマリオネットとして動くことを強いられるのだった。 【深山町・間桐邸前/深夜】 【ライダー(ラオウ)@北斗の拳】 【状態:疲労(小)、激怒、令呪】 ※令呪の詳細は以下の通りです。 ・間桐慎二に異を唱えるな 【キャスター(ゾルフ・J・キンブリー)@鋼の錬金術師】 【状態:疲労(中)、令呪】 ※令呪の詳細は以下の通りです。 ・間桐慎二及びラオウに従え ・間桐慎二の命令があり次第速やかに自害せよ
*Imagine Bleaker 羽瀬川小鳩は、夢を見ていた。 それはとても幸せな夢で、聖杯戦争という現実を忘れてしまいそうなくらいの、優しい夢。 ―――そもそも彼女は、あまりに不純な動機で聖杯に選ばれた稀有な存在である。 普段から吸血鬼を自称し、奇抜な衣装に身を包んで様々な設定を自らに課して生きている。 別にやらなければ誰かが死んでしまうとか、彼女が本当に吸血鬼だとか、そういった設定はない。 とあるアニメにどっぷり嵌まってしまい、それで思春期によくある病を発症してしまっただけである。 ……厨二病という、特効薬の存在しない病を。 それまでは馬鹿馬鹿しいことに情熱を燃やす、ちょっとばかし頭の足りない美少女だった。 それでも心まで吸血鬼になりきれてはおらず、内面はあくまで年相応の少女に過ぎない。 少々友達が少ない、ある少年の残念な妹。 それが、本来羽瀬川小鳩という少女に与えられるべき役割なのだ。 間違っても聖杯戦争なんてものに喜んで身を投じるような、そんな人物ではない筈。 では、何故彼女がマスターに選ばれたのか。 ひとえに、それは小鳩の心にあったひとつの願いが原因だった。 兄、羽瀬川小鷹。 小鳩と同じく友達の少ない、だが彼女にとってはかけがえのない兄。 単身赴任で父親は家に居ない、実質たった一人の家族といってもいい存在である。 どんなに妄想を拗らせようと、どんなに設定を追加しようと、兄への想いだけは揺るがない。 もし兄を失いでもしたら、自分がどうなるのか小鳩自身にも分からなかった。 それほどまでに、小鳩の中で小鷹という存在は大きいものだったのだ。 ―――つい最近。小鷹はとある部活に所属するようになった。 彼と同じく友達の少ない人間達が集まって、日々馬鹿なことをする部活・隣人部。 兄がそこで友達を獲得し、自分を疎かにしてしまうのではないか。 今まですごく近くにあった兄が、どこか遠くに行ってしまうのではないか――そんな気持ちだ。 早い話が、嫉妬に限りなく近い感情である。 傲慢と言ってもいいかもしれないが、その想い故か、彼女はこうしてマスターとなったのだ。 ……とはいうものの、本来の未来では小鳩もまた隣人部に所属する。 兄を追って入部し、そこで神の使い(シスター)の幼女と出会い、彼女の日々も豊かになる。 小鷹が遠くに行くなんてことはなく、むしろ距離は近付いたのかもしれない。 ――聖杯戦争に参加したのは、紛れもなく間違いだったのだ。 そんなことにも気付かないまま、羽瀬川小鳩は戦争を勝ち抜こうと軽く決意した。 サーヴァントを召喚して暫く経ってから、小鳩はようやく恐怖を感じ始めたのだ。 命を懸けることへの、本能的な恐怖。或いは年相応の恐怖。 彼女は聖杯戦争を勝ち抜くには、あまりにも幼過ぎた。 だからこうやって小鳩は、まるで現実から逃避するかのような夢を見る。 周りに、数人の友達がいる。 兄の姿もあって、自分より小さいシスター少女と小鳩は喧嘩している。 吸血鬼とシスターは絶対に相容れぬ存在だ、折れる訳にはいかないと互いに張り合うばかりだ。 それを微笑ましそうに見守る兄の姿は、いつも通り優しげで、大好きな兄のもの。 遠くから走ってきて自分の頭を撫で回す金髪の少女を、小鳩は見たことがなかった。 迷惑そうにそれを払おうとするものの、どうしてもその豊満な胸に視線が行ってしまう。 小学生よりも小さい胸、それは羽瀬川小鳩のコンプレックスなのだ。 悔しい、と思うが悪くない、とも思える。 この楽しい時間が永遠に続いてくれれば、どれほど良いことか。 そう思って、小鳩は目を閉じる―――― 「…………ぁ」 のではなく、目を開いた。 直後、激痛と肌寒さが押し寄せ、現実に引き戻される。 夢の時間は終わりだ。 随分楽しい夢だったなあ、と小鳩は茫然と思った。 ……口には出さなかった。 いや、出せなかった。言語になってくれないから。 人間としてあるべきでない状態に貶められ、それでも尚生かされている。 傍らで下衆の極みのような微笑みを浮かべる、青い海草のような髪の毛をした少年。 小鳩が目を覚ましたことに気付くと、涎を垂れ流すばかりの口に靴を差し出した。 ……そうだ。 もう自分には、人間としての権利は残っていない。 聖杯戦争を勝ち抜こうなんて、もはや無理だ。 令呪はもう残りひとつ。全て、貪り尽くされ、いいように使われた。 マスターとしてでもなく、人間としてでもなく。 羽瀬川小鳩という生命は、ただここに存在しているだけのモノに成り果てていた。 少年の下品な笑顔に嫌悪感を覚えようと、自分は彼に完全に敗北したのだ。 だから、もう何も抗う必要はない。 「おい、早くしろよ……ヒヒッ」 「……ふぁひ」 靴に舌を這わせる。 泥臭い味が伝わってくる。 そうしながら、羽瀬川小鳩は思い出していた。 自分が敗北した理由を、たった数十分で崩れ去った夢の話を。 そして、地獄のような拷問の時間を。 ――――羽瀬川小鳩の、敗北の物語。殺された幻想の物語。 □ □ ライダーこと拳王ラオウと間桐慎二は、結局見慣れたとある邸宅の前で停着していた。 黒王による移動は、というよりラオウの荒々しい運転が、慎二には耐えられるものではなかったのだ。 ラオウはそれを軟弱と罵り叱咤したが、彼もまたひとつの事実に気付いていた。 (この小僧……器だけでなく力もまた弱小か) 間桐慎二は、劣等感の塊である。 始まりの御三家・間桐の家に生まれながら、魔術回路が遂に宿らなかった劣性。 義妹の桜にさえ劣等感を感じ、日々その鬱憤を晴らして生きる毎日を送ってきた。 聖杯戦争に参加してみれば外れを引き、自身のミスの可能性など考慮もせずにまた劣等感を重ねる。 そんな矮小な人間に、かの拳王の荒々しさに耐えられはしなかったようだ。 酔いに近い状態になり、流石のラオウも呆れるばかりだった。 だが、如何に矮小といえどマスターにノビられてはこの先色々と面倒なことになりかねない。 癪なものを感じずにはいられなかったが、渋々マスターに合わせることにした。 拳王ラオウは早くも、この戦の不便さに沸々と苛立ちを覚える。 一方、黒王から降りて間桐慎二は内心毒づいていた。 二度目の聖杯戦争で、今度こそ勝利を収めようと思ったらこれだ。 前回のライダーよりも扱いやすさの度合いで言えば数段質が悪い。 所詮使い魔(サーヴァント)に過ぎないのに、マスターに手をあげるとは何事だ。 もっと従順忠実で、それでいて爆発的な力を有するサーヴァントが欲しかった! なのにどうしてこんな扱いにくいにも程がある奴なのか。 またも自分は苦い思いをし、無惨に死ぬのが落ちなのか……否。断じて否、だ。 折角の二度目の人生で、また無様に敗北するなんて嫌だ。 慎二は煮えくり返りそうな怒りを必死に抑えて、精一杯の冷静さを取り繕う。 前回の彼だったなら怒りに任せてサーヴァントと口論し、決裂していたかもしれない。 が、慎二は早まることをせずに、静かにラオウに話し掛けた。 「なあライダー。情けないが僕はちょっと酔った」 「言われんでも解るわッ! ……全く、情けないにも程がある」 舐め腐った言い回しにカチンとくるが、またもそれを寸でのところで押し留める。 ここで怒ったら折角思い付いた作戦が台無しだ。 今の慎二がやるべきことは、どうにかしてライダーを自分の言う通りに行動させること。 「ここは僕の家だからさ……少し、休む。だからお前は外で獲物を探していてくれ」 「……確かに、それも悪くはない」 存外呆気ない展開に慎二は拍子抜けの思いだったが、実はライダーにとって願ってもないことだった。 拳王ラオウの名は伊達ではない。 一対一の激闘でなら生半可なサーヴァントでは相手にならないだけの力を発揮することだろう。 ――だが、この聖杯戦争にはネックがある。 ラオウが如何に強くともマスターを狙い撃たれれば終わりなのだ。 姑息な敵にマスターの慎二を狙われでもしたら、そんな下らないことで彼の聖杯戦争は終焉を迎える。 逃げ道を進むようで癪だったが、ここは妥協することも有りか、とライダーは思っていた。 「成程、理解した。その策に乗ってやる―――だが」 「……ッ、ライダー!!」 「既に先客が居たようだな」 ラオウは並の戦士なら腰を抜かして失禁しかねない眼光で、姿を現した男を睨み付けた。 白いコートの男。 だが全身から放たれる気は只者でないことを明確に示しており、マスターと見紛うことは有り得ない。 ゾルフ・J・キンブリー。キャスターのサーヴァントが間桐邸から姿を現した。 「生憎ここは私達が拠点とする予定でしてね……お帰り頂けますか?」 「――戯けィ!!」 言葉より先に、拳王の剛拳がキャスターの身体に迫っていく。 それを軽々とかわしてのけるキャスターだが、その表情に余裕の色は皆無。 彼もまた、今の一撃のみでライダーの力の程を計ったのだ。 結論、少なくとも舐めてかかって討ち果たせるような相手ではない。 紅蓮の錬金術師の力を総動員して戦い、それでも確実な勝利が約束されないいきなりの難敵だ。 些か以上に不味い状況である。 自身のマスターが非力であることも考慮して、間桐邸に侵入されることだけは避けたい。 「少なくとも……貴方だけは通しませんよ。ここで散って貰いましょう」 ライダーが無言で打撃を放ち、それをキャスターは避ける。 何度かの打ち合いの後に、その頬から一筋の血液が垂れてきた。 戦いは激化する。 ―――二体のサーヴァントは、間桐慎二の鬼畜の極みともいえる策に気付いていなかった。 間桐慎二は間桐邸に命からがら侵入するなり、マスターの捜索を始めた。 未だ表からは、激戦の音が絶え間なく響いている。 ■ ■ 「だ……誰か入ってきた……?」 羽瀬川小鳩は、怯えた声でそう呟いた。 吸血鬼を名乗る彼女はすぐにらしくないと気付き、また強がりの「設定」を口にする。 「フ……名も知らぬ盆俗の相手をするほど暇ではない」 そう言いながらも、彼女は隠れる場所を捜す。 こんな時の為に、キャスターから地下の蔵のことについて聞いていた。 キャスターが迎撃に出向いている中、彼女の逃げる場所はそこしかない。 本来はとある老魔術師の『蟲蔵』であったそこには、だが蟲の一匹の姿もなかった。 それが何よりも、この聖杯戦争が別物であることを意味していた。 階段を慎重に降りながら、小鳩は恐怖で高鳴る心臓に左手を当て、抑えつける。 こんなに怖いなんて――こんなに苦しいなんて。 泣きそうなほどの恐怖に駆られながら、彼女は階段を降り――足を踏み外した。 「や、やぁっ!?」 素っ屯狂な声をあげて、小鳩は床に背中から叩きつけられる。 鈍痛が押し寄せるが、それどころではなかった。 今の声が侵入者に聞こえでもしていたら、大変なことになる! 床を這って、蔵の隅にうずくまって涙目になる小鳩。 ふと見上げると、そこには鎖のようなものがあった――手枷と足枷のついた、拘束具。 ここで何が行われていたのか、小鳩の知識では想像することも出来ない。 ふるふると身体を震わせている彼女。 ―――――――だが、運命は無情だ。 「見つけた」 階段の上から、駆け降りてくる人影があった。 手にはいくつかの工具を持っていて、口は三日月を連想させる邪悪な笑顔に歪んでいる。 ひっ、と気の抜けた声を漏らす小鳩だが、どうすることも出来やしない。 彼女の身体では侵入者、間桐慎二を押し退けて逃げるなんて無理な話。 あれは何だろう、と小鳩はまるで他人事のように思う。 ペンチ、ドライバー。 あれを何に使うのだろうかとか、そんなことを考えている内に現実はやってきた。 慎二が小鳩の上にのし掛かった時、羽瀬川小鳩の命運は完全に尽きたのである。 「きゃ、キャス……っ、ぶ!?」 「おっと、死にたくなかったら令呪を使うのは止めな」 小鳩の顔面を容赦なく殴り、鼻から血が噴出する。 令呪でキャスターを呼び戻せばいいのだが、そんな素振りを見せたら慎二はすぐにでも、その手のドライバーで小鳩を突き刺すだろう。 微塵の容赦もなく、怒りに任せて突き刺すだろう。 怖い。死にたくない。 歯ががちがちと嫌な音を立て、鼻の痛みも相俟って慎二の言葉に頷いてしまう。 「僕の要求は二つだ」 にやぁっ、と笑って慎二は小鳩に耳打ちする。 要求の内容を聞いて小鳩はぶんぶんと頭を横に振り、条件を否定する。 その瞬間、慎二の溜め込んでいた怒りは爆発した。 サーヴァントが言うことを聞かないことへの怒り。 思い通りに行かない聖杯戦争への怒り。 そして、それらの感情は羽瀬川小鳩に向けられる。 小鳩の右手を掴むと、慎二は全体重をかけて四本の指をべきべき、とへし折った。 絶叫する小鳩の口に手を突き入れ、慎二は笑いながらペンチを取る。 もはや彼の枷はなく、ただ小鳩を壊すことしか頭にはなかった。 前歯にペンチを当てると、乱暴にそれを挟み、勢いよく引き抜く。 「っ、ぎゃあああああああああああ!!!??」 次は横にずれて、また一本。 ぶちり、ぶちりと歯を抜いていき、彼女はその度に醜く絶叫をあげた。 小鳩の令呪が不意に輝く。 慎二は僅かに焦ったが、彼女の口から消え入りそうな声で紡がれた命令に満足げな笑顔を浮かべる。 そして慎二も自身の令呪を用いて、自身のサーヴァントにとある命令を課すのだった。 だが、拷問は止まない。 小鳩の絶叫はしばし止まらず、ついに彼女の口にあるべき歯が全て抜き取られてもなお、次は爪に標的が移る。呂律の回らない口で何かを言う小鳩だが、慎二には届かない。 「ぁ、ひゃああああああああああいぃきぃいいいああああああああがががあああっくあああ――――――――――――!!!!!!」 蟲蔵に、絶叫が轟いた。 ■ ■ そして、時は現在に戻る。 羽瀬川小鳩の状態は、無惨極まりないものだった。 歯は一本残らず抜き取られ、衣服は引きちぎられ、布一枚たりとも纏っていない。 爪も無惨に潰され、おまけに大便まで垂れ流し、身体中に凄惨な拷問の痕跡を残していた。 光彩の消えた瞳で虚空を見つめ、彼女は呟く。 「ひゃ……あ、あん……ひゃん……たひゅけて……ぶがっ!?」 拳がまたもその顔面を打ち抜き、醜い悲鳴を漏らさせる。 その股間から金色の水が流れ落ちる様を見て、慎二は優越感に浸り、思わず高笑いをあげる。 散らばった歯が、爪の欠片が、破れた衣服が、鎖に繋がれ手枷と足枷に拘束された小鳩の姿が、その足下に出来たアンモニア臭のする水溜まりが、散らばる大便がーー全てが、慎二に愉悦を与えた。 自分は勝ったんだと、歪んだ勝利の喜びを噛み締める。 ―――間桐慎二がライダーに命じたのは、ひとつ。 『間桐慎二に異を唱えるな』と命じ、ライダーの厄介なところを消した。 ―――羽瀬川小鳩に命じさせたのはふたつ。 『間桐慎二及びラオウに従え』と、『間桐慎二の命令があり次第速やかに自害せよ』。 これが、間桐慎二のキャスターを最大限利用し、使い潰す為の策だった。 「あは……はは……は、はっははははははははははっはははっはははははははっははぁ!!!! どうだ衛宮ぁ、僕の勝ちだっ、僕にだってこれくらいのことは出来るんだ、はははッ!!! 殺せライダー、キャスターッ! 一人残らず殺し尽くせッ、あはははははははは!!!!」 【深山町・間桐邸/深夜】 【間桐慎二@Fate/stay night】 【状態:健康、気分高揚(残令呪使用回数:2)】 【羽瀬川小鳩@僕は友達が少ない】 【状態:全裸、鼻腔骨折、歯全本欠損、呂律が回らない、右手指四本骨折、手足の爪破壊、拘束中、失禁、脱糞(残令呪使用回数:1)】 ■ ■ 「――――あの、小僧めがッ!!」 ラオウの怒号が夜の深山町に響き渡り、キャスターはその相眸に怒りをありありと示している。 慎二の令呪でラオウは彼の策、キャスターとライダーの共闘に異議を唱えられない。 キャスターはといえば、ライダーが異議を唱えない限り、彼もまた慎二の傀儡だ。 小鳩を助けに行くにも拳王との戦いが激しすぎて、それすらも許されなかった。 令呪を使用される前は、ライダーを間桐邸に入れないだけで精一杯という有様。 しかも、命令ひとつで即座に自害させられる、まさしく只の手駒。 令呪の強制力は無情にも二人のサーヴァントを有無を言わせず従わせ、慎二の思うがままにする。 対決を邪魔されただけでなく、戦いの価値さえ貶められ――拳王と紅蓮の錬金術師は、劣等感故に狂った少年のマリオネットとして動くことを強いられるのだった。 【深山町・間桐邸前/深夜】 【ライダー(ラオウ)@北斗の拳】 【状態:疲労(小)、激怒、令呪】 ※令呪の詳細は以下の通りです。 ・間桐慎二に異を唱えるな 【キャスター(ゾルフ・J・キンブリー)@鋼の錬金術師】 【状態:疲労(中)、令呪】 ※令呪の詳細は以下の通りです。 ・間桐慎二及びラオウに従え ・間桐慎二の命令があり次第速やかに自害せよ

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