「騎士(奇死)」(2012/11/24 (土) 15:25:46) の最新版変更点
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*騎士(奇死)
空は、未だ漆黒。
既に幾つかの戦乱が行われているこの街―――その、商店街に、枢木スザクは潜伏していた。
騎士である彼がこんな盗人のような真似をするのは非常に似つかわしくないものがあったが、勝つためには隠れ潜むことも重要。
彼の親友『だった』男のように、奇策謀術で攻めてくる者だって、居るかもしれないのだから。
サーヴァント・バーサーカーことサー・ランスロットは、現在徘徊に向かわせている。
狂戦士の性質上令呪を用いない命令で縛りつけることは容易ではないだろう。
確かに彼が戦う傍らで敵のマスターを襲撃することも出来なくはないが、呪いに等しいとある『命令』に縛られているスザクであっても、サーヴァントのような超常の存在相手では厳しいものがある。
考えた末で出した結論が、『バーサーカーを先行させて自分は潜伏する』、お世辞にも騎士らしいとは言えぬ選択だったのだ。
どうやらまだ戦いを始めている様子がない―――丁度いい。
最悪命さえ失いかねないこの戦争に身を落とすのだ、少しばかり物思いに耽って見るのもいいだろう。
「…………ユフィ」
自分が友と決裂するに至った最初の事件。
虐殺皇女と蔑まれ、最期は国を転覆させんとするテロリストの凶弾に斃れた――スザクが恋い焦がれた女(ひと)。
彼女はどう思うだろうか。
願いを叶える為の殺し合いなんてものを自分がしていると知ったら、きっと嘆くだろう。
涙を流して、頬を平手で打ってくれるかもしれない。或いは、軽蔑されてしまうかもしれない。
だが、止まることはもう考えてなどいなかった。
彼女―――ユーフェミア・リ・ブリタニアのことは今でも大切に想っているが、それでもこの戦いだけは諦められない。
望んだ未来の為に、誰を傷付けてでも、誰を殺してでも、勝利を掴まなければならないのだから。
「………ルルーシュ。君も、こんな気持ちだったのかい?」
返事が返ってくるなどとは最初から考えず、友だった男に問う。
ルルーシュ・ランペルージ。
ブリタニア皇族の姓を隠匿して生き、世界を変える為に空前絶後のテロリスト、『ゼロ』として君臨した男。
ユーフェミアの一件で彼とは完全に決裂してしまったが、今ならば彼が感じていたであろう苦痛の程も理解できる。
他人を傷付けて、それでも尚諦められない戦いの苦しみの重さも、今ならばわかる。
世界を敵に回してでも戦うことを止めない彼の事を、枢木スザクは素直に凄いとさえ思った。
もしも自分が最初から理解を示せていれば、手を取り合える未来もあったのかもしれない――と考えると、胸が痛かった。
「ははは………君なら、もしかしたらこの戦争にも参加しているかもしれないね」
何気なく呟いたその言葉が、実は真実だった。
ルルーシュ・ランペルージことルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、とある騎士を従えてこの聖杯戦争に身を投じている。
枢木スザクと同じように、奇しくも自らの乗っていたナイトメアの名と同じ騎士を従えている。
このままスザクが無事に勝ち進んでいけば、いずれルルーシュとの激突は避けられないことだろう。
その時は―――容赦しない。
スザクは強い決意を秘めた瞳で、かつての親友へと宣戦布告する。
自分の狂戦士で、彼のサーヴァントを撃破し――ユフィの仇としてではなく、越えるべき一つの壁として、彼を倒す。
運動能力は低いが、ルルーシュの戦略はいつだって感服せざるを得ないものがある。
スザクは知り得ないことだが、かつての事件――『ゼロ』が姿を消すに至る一つの事件、ブラックリベリオン。
その時に彼が敗北した理由の一つに、妹ナナリーを想う心がある。
もしナナリーの件が無ければ、歴史は大きく変わっていたかもしれないのだ。
そして今のルルーシュには、ナナリーを守るという言ってしまえば『枷』が存在していない。
正真正銘本気のゼロと、戦わなければならないのだ。
「でも、絶対に勝ってみせる。僕は君を超える」
尤も、スザクの心中に諦めるという選択肢は既に存在してはいなかったのだが―――しかし。
潜伏を決め込んだ彼の近くに、一匹の怪物が迫っていた。
そいつの外見は少女だった。
黒髪に小柄な矮躯で、腕が人と比べればかなり長い。
口から時折除く猛禽類のような八重歯が印象的な美少女だった。
だがその中身は―――≪人喰い(マンイーター)≫として恐れられた殺し屋、匂宮雑技団が最強の失敗作。
ギアスの力など持たずして、人外の力を易々と振るう存在。
激突の刻は、音もなく訪れた。
◇ ◇ ◇
匂宮出夢。
彼と彼女は同じ身体で時を過ごしている。
二人は一人、一人で二人。
二人が一人、一人が二人。
彼女はジキルで彼はハイドだ。
肉体に架された名前はない。
精神に貸された、名前が二つ。
《人喰い》(カーニバル)の理澄に、《人喰い》(マンイーター)の出夢。
同じ身体に対極の精神。
白と黒の、太極の精神。
表の顔は天衣無縫の名探偵。
彼女は調べる。
物事を裏の裏まで圧倒的に調査する。
裏の顔は悪逆無道の殺し屋。
彼は殺す。
人間を裏の裏まで圧倒的に殺戮する。
殺戮奇術の匂宮兄妹――――――――妹が死んで、残っているのは片割れ、兄の出夢だけ。
求めるは聖杯。求めるは敗北。
ナイトの前に、猛獣、現る。
◇ ◇ ◇
『殺し名』序列一位、殺戮奇術集団《匂宮雑技団》、団員No.18。第十三期イクスパーラメントの功罪の仔(バイプトダクト)。
尤もある種トレードマークになっていた拘束衣を今は纏っていない。
ぎゃはは、とおよそ少女には似つかわしくない下品な笑い声を漏らして、彼――匂宮出夢は、枢木スザクの前に現れた。
その奇抜な恰好に一瞬だけスザクは面食らうが、すぐに自分のすべきことを再確認する。
「………サーヴァントは、連れていないのか」
「あぁん? ああ、アサシンの野郎か……ぎゃはっ! あいつは単独で行動させてんぜ」
自分がサーヴァントを連れていたらどうするつもりだったのだろうか。
しかし出夢の纏う殺気は研ぎ澄まされたそれで、随分な戦闘を潜ってきたスザクでも恐れるに足るだけのものだった。
自信の裏返し。
無謀ではなく、根拠のある自信を基に、こうして匂宮出夢はここに来たのだ。
「自己紹介だ。僕の名前は匂宮出夢ってんだぜ」
「枢木スザクだ。悪いけど、手加減は期待しないでくれ」
「ぎゃはははは!! 僕に手加減と言ったか!!」
何がおかしいのか、腹を抱えてしばし爆笑した後――突然に、出夢は地を蹴った。
「――――傑作だぜ」
速い、とスザクは驚愕する。
この小さな矮躯からどうやったらそんな速度が出るのか、全く理解できない。
ただ一つ分かることは―――
(そうだ、確かに君の言う通りだよ、出夢―――手加減なんてしていたら、殺される!!)
その考えにまで至った時、スザクの相貌が赤い光を宿す。
忌み嫌い、忌避し――だが命を救われた力、ギアス。
『生きろ』という一つの命令を遂行する為に、彼の身体は匂宮出夢の必殺距離から脱出する。
「おっ、すっげ」
嗤いながらも、手を休めることなく出夢は拳を、足を振るって、スザクを抹殺せんとする。
だがスザクとて、不意打ちでもない攻撃でそう簡単にくたばるほどヤワな作りをしていない。
ギアスの力を借りずとも異常な身体能力を保有する彼だ。
その実力は、匂宮雑技団がトップにも拮抗し得る、絶大な力だった。
「はぁぁぁぁあぁああああああ!!!!」
「ぎゃははははははははははは!!!!」
傍から見れば何をしているのかも分からなかったろう。
高速で互いの身体が振るわれ、そして同時に互いが互いの攻撃を見事に全て躱している。
スザクは当然、目の前の少女の怪物っぷりに驚愕していたが、出夢もまた、枢木スザクという人間を内心賞賛していた。
泣く子も黙る≪殺し名≫を相手取ってこの戦い―――あの人類最強には及ばずとも、これまで匂宮出夢が殺し合ってきた相手の中でも、文句なしにトップクラスの実力を持つ怪物だ。
人類最強の死色の真紅があまりに規格外過ぎることも含めれば、トップかもしれない。
だがしかし、まだ全力など出してはいない。
匂宮出夢だけに許された絶対の絶技を、まだ披露していない。
≪人喰い≫に相応しい、絶技。
「いいぜいいぜェ!! おにーさん、アンタは最高だよ………だから、見せてやらぁ」
その瞬間。
枢木スザクは、猛烈な悪寒を覚えた。
それは紛れもなく、百獣の王を前にした威圧。
ギアスが発動する。
生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ。
――――『生きろ』!!
「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
攻撃を既に放ってしまった後。
肉体に無理な負担をかけて、その肉体を退避させようとするスザクを嘲笑するかのように。
『それ』は―――放たれた。
「――――――暴飲暴食ッ!!!!」
一撃必殺の平手打ち、≪一喰い(イーティングワン)≫。
コンクリートさえ砕き、あまりの獰猛さに神経さえ断絶されてしまうという文字通りの必殺技。
その真髄とも言える、両手打ち―――≪暴飲暴食≫。
子供一人くらいならこの世から≪消して≫しまえるほどの破壊力。
それは枢木スザクが退避を完了するより先に、彼の左腕を、肘から喰らった。
飛沫が舞う。
不思議と痛みはない。神経が潰れて、機能を為していないからである。
生きろ。一層強くなる命令に突き動かされ、スザクの身体は猛烈な速度で、匂宮出夢から逃走した。
出夢は追うでもなく、ただそれを見送った。
「ぎゃははは……あの間合いで、腕一本たぁな」
逃走行為に走ったスザクを否定するでもなく、出夢はただ感動していた。
あの間合いは絶対だった。暴飲暴食の両顎は、彼の胴体を食い千切っていてもおかしくなかった筈なのだ。
なのに彼の腕を一本削ぐにしか至らなかった。
全くの未知数である。
「後は前から言われてたでけえ隙をどうにかしなきゃなんねえか―――ぎゃはっ、修行パートは人気が出ないんだぜ」
狐面の男にかつて告げられた、大技故の弱点。
素直にそれと向き合い、この戦争を制する為に、匂宮出夢は更なる強さを得る為に強くなろうと決めた。
―――最後に求めるのは、敗北だ。
【深山町・商店街路地裏/深夜】
【匂宮出夢@戯言シリーズ】
【状態】:疲労(小)(残令呪回数:3)
◇ ◇ ◇
「………よし。何とか止血は出来たみたいだ」
商店街の薬局にて、枢木スザクは『食い千切られた』左腕の処置を完了した。
ドアを破っての、とてもスマートとは言えない侵入だ。
消毒の手順などうろ覚えの点も多々あったが、とりあえず出血を抑えることは出来たので良しとする。
しかし、先の激突を思い返せば今でも背筋に怖気が走る。
人間とは、ああも極められるものなのか。
呪いの力――ギアスによる強化を以てしても手傷を負うことは避けられない、それほどまでの一撃を放てるものなのか。
「弱いな……俺は……」
スザクは宵闇の中で自嘲する。
聖杯戦争中、自分はギアスの恩恵も相俟ってトップクラスの実力のマスターであると、心のどこかで信じていた。
だが彼を待っていたのは完膚無きまでの敗北。
マスター相手に片腕を持って行かれる大損害を被ってしまった。
こんな自分で、本当に聖杯を手に入れられるのか―――こんな自分に、聖杯は相応しいのか。
匂宮出夢への敗北が、枢木スザクの心に残したダメージは、大きかった。
【深山町・商店街・薬局内/深夜】
【枢木スザク@コードギアス 反逆のルルーシュ】
【状態】:疲労(大)、左腕欠損(処置済)、失血(命に別条なし)(残令呪回数:3)
*騎士(奇死)
空は、未だ漆黒。
既に幾つかの戦乱が行われているこの街―――その、商店街に、枢木スザクは潜伏していた。
騎士である彼がこんな盗人のような真似をするのは非常に似つかわしくないものがあったが、勝つためには隠れ潜むことも重要。
彼の親友『だった』男のように、奇策謀術で攻めてくる者だって、居るかもしれないのだから。
サーヴァント・バーサーカーことサー・ランスロットは、現在徘徊に向かわせている。
狂戦士の性質上令呪を用いない命令で縛りつけることは容易ではないだろう。
確かに彼が戦う傍らで敵のマスターを襲撃することも出来なくはないが、呪いに等しいとある『命令』に縛られているスザクであっても、サーヴァントのような超常の存在相手では厳しいものがある。
考えた末で出した結論が、『バーサーカーを先行させて自分は潜伏する』、お世辞にも騎士らしいとは言えぬ選択だったのだ。
どうやらまだ戦いを始めている様子がない―――丁度いい。
最悪命さえ失いかねないこの戦争に身を落とすのだ、少しばかり物思いに耽って見るのもいいだろう。
「…………ユフィ」
自分が友と決裂するに至った最初の事件。
虐殺皇女と蔑まれ、最期は国を転覆させんとするテロリストの凶弾に斃れた――スザクが恋い焦がれた女(ひと)。
彼女はどう思うだろうか。
願いを叶える為の殺し合いなんてものを自分がしていると知ったら、きっと嘆くだろう。
涙を流して、頬を平手で打ってくれるかもしれない。或いは、軽蔑されてしまうかもしれない。
だが、止まることはもう考えてなどいなかった。
彼女―――ユーフェミア・リ・ブリタニアのことは今でも大切に想っているが、それでもこの戦いだけは諦められない。
望んだ未来の為に、誰を傷付けてでも、誰を殺してでも、勝利を掴まなければならないのだから。
「………ルルーシュ。君も、こんな気持ちだったのかい?」
返事が返ってくるなどとは最初から考えず、友だった男に問う。
ルルーシュ・ランペルージ。
ブリタニア皇族の姓を隠匿して生き、世界を変える為に空前絶後のテロリスト、『ゼロ』として君臨した男。
ユーフェミアの一件で彼とは完全に決裂してしまったが、今ならば彼が感じていたであろう苦痛の程も理解できる。
他人を傷付けて、それでも尚諦められない戦いの苦しみの重さも、今ならばわかる。
世界を敵に回してでも戦うことを止めない彼の事を、枢木スザクは素直に凄いとさえ思った。
もしも自分が最初から理解を示せていれば、手を取り合える未来もあったのかもしれない――と考えると、胸が痛かった。
「ははは………君なら、もしかしたらこの戦争にも参加しているかもしれないね」
何気なく呟いたその言葉が、実は真実だった。
ルルーシュ・ランペルージことルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、とある騎士を従えてこの聖杯戦争に身を投じている。
枢木スザクと同じように、奇しくも自らの乗っていたナイトメアの名と同じ騎士を従えている。
このままスザクが無事に勝ち進んでいけば、いずれルルーシュとの激突は避けられないことだろう。
その時は―――容赦しない。
スザクは強い決意を秘めた瞳で、かつての親友へと宣戦布告する。
自分の狂戦士で、彼のサーヴァントを撃破し――ユフィの仇としてではなく、越えるべき一つの壁として、彼を倒す。
運動能力は低いが、ルルーシュの戦略はいつだって感服せざるを得ないものがある。
スザクは知り得ないことだが、かつての事件――『ゼロ』が姿を消すに至る一つの事件、ブラックリベリオン。
その時に彼が敗北した理由の一つに、妹ナナリーを想う心がある。
もしナナリーの件が無ければ、歴史は大きく変わっていたかもしれないのだ。
そして今のルルーシュには、ナナリーを守るという言ってしまえば『枷』が存在していない。
正真正銘本気のゼロと、戦わなければならないのだ。
「でも、絶対に勝ってみせる。僕は君を超える」
尤も、スザクの心中に諦めるという選択肢は既に存在してはいなかったのだが―――しかし。
潜伏を決め込んだ彼の近くに、一匹の怪物が迫っていた。
そいつの外見は少女だった。
黒髪に小柄な矮躯で、腕が人と比べればかなり長い。
口から時折除く猛禽類のような八重歯が印象的な美少女だった。
だがその中身は―――≪人喰い(マンイーター)≫として恐れられた殺し屋、匂宮雑技団が最強の失敗作。
ギアスの力など持たずして、人外の力を易々と振るう存在。
激突の刻は、音もなく訪れた。
◇ ◇ ◇
匂宮出夢。
彼と彼女は同じ身体で時を過ごしている。
二人は一人、一人で二人。
二人が一人、一人が二人。
彼女はジキルで彼はハイドだ。
肉体に架された名前はない。
精神に貸された、名前が二つ。
《人喰い》(カーニバル)の理澄に、《人喰い》(マンイーター)の出夢。
同じ身体に対極の精神。
白と黒の、太極の精神。
表の顔は天衣無縫の名探偵。
彼女は調べる。
物事を裏の裏まで圧倒的に調査する。
裏の顔は悪逆無道の殺し屋。
彼は殺す。
人間を裏の裏まで圧倒的に殺戮する。
殺戮奇術の匂宮兄妹――――――――妹が死んで、残っているのは片割れ、兄の出夢だけ。
求めるは聖杯。求めるは敗北。
ナイトの前に、猛獣、現る。
◇ ◇ ◇
『殺し名』序列一位、殺戮奇術集団《匂宮雑技団》、団員No.18。第十三期イクスパーラメントの功罪の仔(バイプトダクト)。
尤もある種トレードマークになっていた拘束衣を今は纏っていない。
ぎゃはは、とおよそ少女には似つかわしくない下品な笑い声を漏らして、彼――匂宮出夢は、枢木スザクの前に現れた。
その奇抜な恰好に一瞬だけスザクは面食らうが、すぐに自分のすべきことを再確認する。
「………サーヴァントは、連れていないのか」
「あぁん? ああ、アサシンの野郎か……ぎゃはっ! あいつは単独で行動させてんぜ」
自分がサーヴァントを連れていたらどうするつもりだったのだろうか。
しかし出夢の纏う殺気は研ぎ澄まされたそれで、随分な戦闘を潜ってきたスザクでも恐れるに足るだけのものだった。
自信の裏返し。
無謀ではなく、根拠のある自信を基に、こうして匂宮出夢はここに来たのだ。
「自己紹介だ。僕の名前は匂宮出夢ってんだぜ」
「枢木スザクだ。悪いけど、手加減は期待しないでくれ」
「ぎゃはははは!! 僕に手加減と言ったか!!」
何がおかしいのか、腹を抱えてしばし爆笑した後――突然に、出夢は地を蹴った。
「――――傑作だぜ」
速い、とスザクは驚愕する。
この小さな矮躯からどうやったらそんな速度が出るのか、全く理解できない。
ただ一つ分かることは―――
(そうだ、確かに君の言う通りだよ、出夢―――手加減なんてしていたら、殺される!!)
その考えにまで至った時、スザクの相貌が赤い光を宿す。
忌み嫌い、忌避し――だが命を救われた力、ギアス。
『生きろ』という一つの命令を遂行する為に、彼の身体は匂宮出夢の必殺距離から脱出する。
「おっ、すっげ」
嗤いながらも、手を休めることなく出夢は拳を、足を振るって、スザクを抹殺せんとする。
だがスザクとて、不意打ちでもない攻撃でそう簡単にくたばるほどヤワな作りをしていない。
ギアスの力を借りずとも異常な身体能力を保有する彼だ。
その実力は、匂宮雑技団がトップにも拮抗し得る、絶大な力だった。
「はぁぁぁぁあぁああああああ!!!!」
「ぎゃははははははははははは!!!!」
傍から見れば何をしているのかも分からなかったろう。
高速で互いの身体が振るわれ、そして同時に互いが互いの攻撃を見事に全て躱している。
スザクは当然、目の前の少女の怪物っぷりに驚愕していたが、出夢もまた、枢木スザクという人間を内心賞賛していた。
泣く子も黙る≪殺し名≫を相手取ってこの戦い―――あの人類最強には及ばずとも、これまで匂宮出夢が殺し合ってきた相手の中でも、文句なしにトップクラスの実力を持つ怪物だ。
人類最強の死色の真紅があまりに規格外過ぎることも含めれば、トップかもしれない。
だがしかし、まだ全力など出してはいない。
匂宮出夢だけに許された絶対の絶技を、まだ披露していない。
≪人喰い≫に相応しい、絶技。
「いいぜいいぜェ!! おにーさん、アンタは最高だよ………だから、見せてやらぁ」
その瞬間。
枢木スザクは、猛烈な悪寒を覚えた。
それは紛れもなく、百獣の王を前にした威圧。
ギアスが発動する。
生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ。
――――『生きろ』!!
「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
攻撃を既に放ってしまった後。
肉体に無理な負担をかけて、その肉体を退避させようとするスザクを嘲笑するかのように。
『それ』は―――放たれた。
「――――――暴飲暴食ッ!!!!」
一撃必殺の平手打ち、≪一喰い(イーティングワン)≫。
コンクリートさえ砕き、あまりの獰猛さに神経さえ断絶されてしまうという文字通りの必殺技。
その真髄とも言える、両手打ち―――≪暴飲暴食≫。
子供一人くらいならこの世から≪消して≫しまえるほどの破壊力。
それは枢木スザクが退避を完了するより先に、彼の左腕を、肘から喰らった。
飛沫が舞う。
不思議と痛みはない。神経が潰れて、機能を為していないからである。
生きろ。一層強くなる命令に突き動かされ、スザクの身体は猛烈な速度で、匂宮出夢から逃走した。
出夢は追うでもなく、ただそれを見送った。
「ぎゃははは……あの間合いで、腕一本たぁな」
逃走行為に走ったスザクを否定するでもなく、出夢はただ感動していた。
あの間合いは絶対だった。暴飲暴食の両顎は、彼の胴体を食い千切っていてもおかしくなかった筈なのだ。
なのに彼の腕を一本削ぐにしか至らなかった。
全くの未知数である。
「後は前から言われてたでけえ隙をどうにかしなきゃなんねえか―――ぎゃはっ、修行パートは人気が出ないんだぜ」
狐面の男にかつて告げられた、大技故の弱点。
素直にそれと向き合い、この戦争を制する為に、匂宮出夢は更なる強さを得る為に強くなろうと決めた。
―――最後に求めるのは、敗北だ。
【深山町・商店街路地裏/深夜】
【匂宮出夢@戯言シリーズ】
【状態】:疲労(小)(残令呪回数:3)
◇ ◇ ◇
「………よし。何とか止血は出来たみたいだ」
商店街の薬局にて、枢木スザクは『食い千切られた』左腕の処置を完了した。
ドアを破っての、とてもスマートとは言えない侵入だ。
消毒の手順などうろ覚えの点も多々あったが、とりあえず出血を抑えることは出来たので良しとする。
しかし、先の激突を思い返せば今でも背筋に怖気が走る。
人間とは、ああも極められるものなのか。
呪いの力――ギアスによる強化を以てしても手傷を負うことは避けられない、それほどまでの一撃を放てるものなのか。
「弱いな……俺は……」
スザクは宵闇の中で自嘲する。
聖杯戦争中、自分はギアスの恩恵も相俟ってトップクラスの実力のマスターであると、心のどこかで信じていた。
だが彼を待っていたのは完膚無きまでの敗北。
マスター相手に片腕を持って行かれる大損害を被ってしまった。
こんな自分で、本当に聖杯を手に入れられるのか―――こんな自分に、聖杯は相応しいのか。
匂宮出夢への敗北が、枢木スザクの心に残したダメージは、大きかった。
【深山町・商店街・薬局内/深夜】
【枢木スザク@コードギアス 反逆のルルーシュ】
【状態】:疲労(大)、左腕欠損(処置済)、失血(命に別条なし)(残令呪回数:3)
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