微エロ:提督×大井15-953


953 :2-683 大井:2015/02/05(木) 10:33:12 ID:F6638vaA
窓の外では欠けた月が天高く輝いている。
ついこの間に年が明けたかと思えば今や如月で、時期に伴う冷たそうな海風が窓を叩く。
それを何処吹く風とばかりに、私は温い煎茶の入った湯呑みを呷る。
提督もまた突っ伏して自分の腕枕に顔を埋めている。
炬燵天板には提督の軍帽と小さなラジオと二つの湯呑みが不規則な位置に置かれているだけ。
私も提督も、ラジオから流れる放送に大して耳は傾けていない。
執務はとっくに終えたが、その後は気づけばこうして惰性に時間を過ごしていた。

「もう寝ましょうか」

私の湯呑みが完全に空になった事を合図に、私は提督に声をかけた。
寝てはいなかったようで、提督はのそりと顔を上げた。
時計を見やればそろそろ日めくりを機械の鳩が鳴いて知らせる頃だった。
提督はラジオを切り、炬燵を切る。
私は布団を出し、部屋の一角の畳に敷いてゆく。
完全に習慣と化したこの作業を、迷い無く進める。
私が最後に枕を二つ並べたのを確認した提督は明かりを消した。

どちらが何か言うこともなく、自然と揃って一つの布団に潜った。
こうして二人で就寝することを毎日行っているわけではないけど、
数日前に行ったそれが昨日のことであるかのような錯覚を覚えるくらいには馴染んでいた。
私は目を瞑り、体を提督の方へ向ける。
いつもの事だ。
そして何事もなければ提督は暫くして就寝の挨拶をかけ、私もそれに応える。
だけど、今日はそうではないようだった。
衣擦れの音が布団の中で響き、その次には私の肩に手の感触があった。
私はそれに即座に反応する。

「この手は何ですか」

私の肩に触れた手が引っ込んだ。
目をふっと半分開いてみれば、こっちを向く提督の顔がある。
こんにちまで見慣れた、固い表情。
でも私には分かる。
この人は今、不安に取り憑かれているのだ。
思えば、出撃が終わって私以外の艦と顔を合わせなくなってからこの人の顔の装甲は除々にひびが入っていった。
普段なら私と交わしてくれる緊張感のない軽い応酬もなかった。
そして今、この人は私に触れようとした手をおっかなびっくり引っ込めている。
疲れるような気遣いをする遠い仲ではないのに、今もこうして五サンチ程度の距離しか開いていないのに、
この人の中では"何とか五サンチだけでも開ける事が出来た"とでも思っているんだろう。
私の反応が不愉快から出たものとでも本気で思っているんだろうか。

954 :2-683 大井:2015/02/05(木) 10:33:43 ID:F6638vaA
「嫌と言ってないんですけど」

この人の調子が普段のものなら、私がわざわざこう口に出す必要もなかっただろう。
こっちの事情というか心の準備なんか考えずに求めてくるのだから。
私が不愉快でないことをこの人はやっと認識すると少しは安心したように目を瞑り、一度撤退させた手を恐る恐る進軍させてきた。
やがて私の肩が確かにこの人の手に抱かれた。
この手は、外で海風に吹かれているように小刻みに震えていた。
しかしここは布団の中であるゆえ風など起きていない。雨など降っていない。
私は時間をかけて抱き寄せられた。
私もこの人も、枕の崖っぷちまで寄って距離を完全になくす。
この人の、瞼を下ろした顔が近づく。

「……明日から、ですものね」

言葉を汲むと、この人はそのまま小さく顎を引いた。
この人の顔に一層力が入るのは、昔から決まって緊張とか不安とか、心身がリラックスできていない時だった。
そうなる頻度は制服の装飾が華やかになってゆくのと反比例で落ちてきたけど、墜落には至らない。
こうした大規模作戦発令前日になると、今でもこうなってしまうのだ。

「大丈夫ですよ、大丈夫……」

そしてまた、この言葉をかける。
なんだかんだで今まで上手くやってこれたんですから。
厳しく見る私が保証します。だから今度も大丈夫。
そういった念を込める。
こんなことを今まで大規模作戦の大方の数だけ行ってきた。
大方の数だけ。全部ではなく、まだここまでの仲になる以前の事情は知らない。
ふとそれが気になった。

「私がこうしてあげる前、どうしてました?」

この人は恥ずかしいのか目は依然として閉じたまま、ぽつりと静かに教えてくれた。
一人で煙草を吸って、酒に酔い潰れて眠っていた、と。
秘書である私が北上さんと眠っていた部屋とは離れた執務室で一人、そう過ごしていたのね。
こんな弱った様子、部下には見せられないという考えでもあるだろう。
この人なりに頑張っていたのだ。哀れだとは思わない。愛しさが増すだけだ。

「今は、私がいますからね……」

囁いてあげると、この人は手の震えを打ち消すようにより強く私の肩を抱いた。
昔は死角のなさそうな読めない男だとばかり思っていたけど、この人は必死に隠していただけだった。
ちゃんと弱い面があってよかった。
私が認めたこの人の支えになってあげることで、大きな充実感が得られるから。
エゴだと糾弾されても聞く耳は持ってやらない。
そうしてそれはやがて高じる。

955 :2-683 大井:2015/02/05(木) 10:34:15 ID:F6638vaA
「ん……」

互いの顔の距離を完全に無くした。
少しの間を置いて離し、この人の顔を伺う。
目を開けて驚いていた。
と言うには顔の筋肉の変化は大きくないけど、思い悩んでいたことは吹き飛ばせたようだった。

「ん、ふふっ、……ん、んむ、ちぅ……、んん……」

面白くて、嬉しくて、笑いが漏れる。
何が可笑しいのかと問うてくる目は無視し、再び優しく口付けを繰り返す。
昂ぶった時とは違う、慈愛を込めたものだ。
支えになりたいことを伝えたい意志があって、優しくも幾度も着弾させてゆく。
私はこんなだけど、この人がもし昂ぶったりしたら?
受け入れる。

「今夜は、します? ……え? いいの? ふーん……」

しかしこの人は首を振った。
それならそれでいい。
心身共に休むのもいいだろう。明日からまた大変になるし。

「したくなったら、ちゃんと言うんですよ?」

分かった分かった、と、よく使うあしらうような生返事。
少しは調子も戻ってきたよう。
私も安心して寝られる。
それでこそ私の提督です。
私にしか見せられないさっきみたいな顔はもう終わりにして、明日からはまた誇りある指揮官の顔をして下さい。
私は提督をそう作戦指南するような言葉を掛ける。

「私が守りますから。提督は安心して、おやすみなさい……」

+ 後書き
956 :2-683:2015/02/05(木) 10:35:20 ID:F6638vaA
短めですが明日からの冬イベがんばりましょうということで


これが気に入ったら……\(`・ω・´)ゞビシッ!! と/

最終更新:2015年04月10日 19:22