非エロ:提督×山城15-224


「あ、ありがとう……。でも、私の心は常に扶桑姉様と共にあるの、ごめんなさい……」

好意を向けられる事に慣れていない私でも分かった。
向けられた好意を拒絶する事のどんなに心苦しいことか。
ああ、そんな顔をしないで。目を逸らしたくなる。
しかしそれは許されない。

「そうか……」

提督は、私へと差し出したそれを引きずるように引き戻し、手持ち無沙汰にポケットへしまった。
沈黙が辛い。
こんなときは、何を言ってあげればいいの?
不幸者にそんな物を贈る提督は好き者ですね、とでも言って茶化す?
提督なら他にそれを貰ってくれる娘がいる、とでも言って慰める?
あり得ない。
そんな軽薄な言葉を放つ勇気なんかない。
告白するときの真剣な様子からあまり変わっていない、と思いきや、
しっかりと私の言葉を受け止めて落とす瞼、気迫のなくした声を搾り出す提督を、
元気付けてあげる術など私には見つけられなかった。

「今言った事は忘れてくれ。小破した分を修復したら寝るといい。明日も頼むぞ」

提督はポケットにそれをしまいこむと、至って普段の様子を取り繕った。
想いを棒に振ったのに、"明日も頼むぞ"だなんて。
いや、秘書の板にはすっかり着いたから使ってもらえることに嫌悪感はないのだけど。
少し、ほんの少し、抵抗を感じてしまわずにはいられない。

……おやすみ。

「え? は、はいっ、おや……」

ばたん。

提督は、私の言葉を待たずに奥の扉を閉めてしまった。
自身が言いたかっただけか。
やけに遠く感じるその扉へ駆け寄る勇気もなく、私は執務室を後にして修復ドックへ向かうことにした。

……………………
…………
……

一日の疲れをドックにて完全に流す工程を踏んだはずなのに、不思議と流せた気がしない。
もやもやした憑き物がこびりついた硝煙のように落ちない。
姉は被弾しなかったので入渠もとい入浴を早々と終え、もう寝床についているはずだ。
一日は、最後に姉と些細な談話をもって閉めるというのに、私の足は寝室を向かっていない。
なんだろう。この焦燥感は。
日々の不幸で磨かれた第六感が私に警鐘を鳴らしているのだ。
提督が心配でならない。
そうして長い廊下を歩いているうち、鈍足性能も振り切るように早歩きになっていた。
執務室へたどり着き、執務室の扉を開ける。そのまた奥の私室の扉を、こっそり開ける。
どうか普段通り眠っていますように、と祈りながら……。

「……!」

いない。
執務室の神棚には、神様は宿っていなかったらしい。
寝具の布団は膨らんでいないし、服や靴なども見当たらない。
いないと分かった以上、遠慮なく速度をつけて扉を放るように閉め、その場を後にする。
廊下の床を叩く下駄の音が周りに迷惑をかけやしないか気になるが、
今はそんなことにも構っていられなかった。
私の焦燥感は増すばかりで、警鐘と化した自身の鼓動のほうが五月蝿い。
ドックとは別の浴場を確認。いない。
男子便所を確認。いない。
こうなると、私の艦橋が弾き出した推測は一つだけになった。
悠長にしていられない。

慣れとはいえ高い下駄で階段を幾つも駆け下りるのは容易ではなかった。
焦りによって足が思うように動かないのもあるだろう。

「はあ……、はあ……、……!」

岸壁の隅に置かれたベンチを照らす電灯。
確かにそこに見慣れた人影はあった。
しかし様子がおかしい。
あの人は、提督は、何をしようとしている?
ベンチの横に立ち、紫煙を燻らせ、
何やら右手を見つめてから持っているらしい何かを海に向かって振りかぶろうとし、
一旦中断しては首を振り払ってまたそれを一際大きく振りかぶったのだ。
索敵機が戻ってこない事よりも大きく膨らんだ焦燥感だけが、息切れを起こした私のタービンを稼働させた。

「やめて!!」

撃ち方やめの合図よりもその声は大きかった。
その甲斐あって、提督は動きを止めてくれた。
振り向き、提督の右手の物がはっきりと確認できた。
あれは、私の心に嫌というほど刻み込まれた見覚えある小さな箱だ。
私は肩で息をしながら提督を問い質す。

「何を、しようと、はぁ、してたんですか」

「お前には関係ない」

関係ない?
笑わせてくれる。
むしろ私が大いに関係ある物じゃない。
そこは自負しておきたい。
提督が私だけに贈ろうとしてくれた物なのだから。
私はその確信を持って提督に強気で挑む。

「それ、指輪ですよね?」

「…………」

提督。
いつもは口酸っぱく"相手の目を見なさい"なんて言い回すのに、人のこと言えないんじゃない?
不気味な黒い海なんか見て楽しいの?

「何を、しようとしてたんですか」

「お前が見た通りだよ。これはお前がいらないなら無用の長物なんだ」

提督はやっと白状してくれた。
私を強く想ってくれた本音を混じえて。
嫌味ったらしく、憎たらしい感情が入っているようにも聞こえるけど、それは私が悪い。
でも、私は、それを貰う決心を出来ていない。
今後貰う予定も考えていない。
無我夢中で提督を止めることだけを考えていたので、今の私は図々しく先延ばしにしてもらうことしかできなかった。
怖くて提督の顔も見られず、祈るように目を強く閉じて懇願するしかない私を許してください。

「お願いします。それは捨てないで、とっておいてください……」

「何故だ」

「言えません。とにかく、お願いします……!」

提督の言葉が、疑心が、潮風よりも冷たく心に刺さる日めくりだった。

……………………
…………
……

あんなことがあってから数日ものあいだ、私は息苦しさを感じていた。
あれからというもの、提督は私への態度を変えた。
時折覗かせてくれた柔らかい態度が全て偽りだったように、着任初期の素っ気ない態度に一貫してしまっていた。
執務中に書類の山に手を伸ばそうとして提督のそれと触れ合ってしまっても、提督は態度を変えない。
厨房での演習も、執務中の一緒の休憩も。
そして、深夜の合言葉さえも。
何もなくなった。
私達の関係は壊れてしまったのだろうか。
距離を置かれているような執務が、苦しい。

「やっぱり、提督と何かあった?」

目の前の布団で正座で向き合う姉が、優しく、しかし不安気に問う。
同じく自身の布団に正座する私が、誤魔化す術はない。
ここに及んで誤魔化すのは、畜生のやることだ。
そこまで私は堕ちていないと信じたい。

「実は……」

私は、ことのあらましを姉に語った。
姉は静かに聞いてくれて、最後に短く、そう、とだけ漏らす。

「山城が三日間帰ってこなかったときの提督の様子、知ってる?」

無論知らない。
誰からも、提督からも聞かされていない。
私が知っているのは、帰投したときに見せた提督の号泣した姿だけだ。
私は首を横に振る。

「提督はね、食事も睡眠も惜しんで山城を探し続けたわ。それだけならいい。
でも、どんどん酷くなっていって、最後には倒れるまで煙草を吸い続けたの。
倒れる直前に提督が私を見てなんて言ったと思う?」



「死神が、山城が迎えに来てくれたって」



私は戦慄した。
それでは最早依存ではないか。
私のことを死神など縁起でもないけど、あの無表情の奥底ではそんなことになっていたなんて。
最近は提督も私と一緒にいてそれなりに楽しんでいるように見えたけど、そこまで考え付かない。

「私、提督にそこまで想われるほど何かした覚えはないんだけど……」

「そこは、居心地がいいから、とかだと思うわ。人を想うって、そういうものだもの」

そんな明瞭でない結論なのだろうか。
いや、完全に否定するわけではないけど。
私も居心地が良くないと言えば嘘になるし……。

「提督がどういうときに煙草を吸うか、山城はもう分かっているでしょ?」

分かっている。
提督もそれを示唆することを言っていたけど、そこから私は完全に汲めていた。

「山城が出撃したときも、よく煙草を吸いに外へ出るのを見たわ。このときの提督の気持ちが分かる?
山城が心配で心配で仕方ないの」

提督は、決まって負の感情が取り巻く時に煙草に当たっていた。
海に向かってあの箱を投擲しようとしたときもまた然り。

「山城は提督にそこまで想われて、嫌な気持ちだった?」

私は、少し迷ってから首を横に振った。
嫌で提督を拒絶したんじゃない。
私はずっと前から心に刻んでいたことを厳守しようとしただけ。

「私の心は常に、姉様と共にある、って……」

「それは、提督と共にあったら離れてしまうもの?」

私の言葉を遮るように姉は問う。
噛み締めてみれば誰もが思い浮かびそうなごく普通の疑問だったけど、それを何故か私は考えたことがなかった。
提督と共にあったら、どうなるのだろう。

「山城は、幸せを見つけるために、提督の傍に身を置いたのよね?
山城が探す幸せは、何なのかしら」

それは。
超弩級戦艦としての威厳を取り戻すこと。
それには、強化が必要で、その強化には提督が必要で。
でも一日の中で姉よりも長い時間を提督と過ごしていくうち、情けないことに自身の目標を度々忘れてしまっていた。
姉以外にもう一つ見つけた、一緒にいて幸福感を感じる存在。
ぼうっとそれだけを噛み締めることが多くなっていった。
私が、その幸福感を完全に自身のものにするには。

「山城の心が提督と共にあっても、私達はずっと一緒よ」

姉のその言葉で、私はやっと自身を動かすことができた。
数え切れないほど日常的に踏み締めた深夜の岸壁を、私は決心した思いで向かう。

……………………
…………
……

「提督の想い、もう廃れましたか……?」

私の懸念していた問いを、提督は首を振ってくれた。
提督を振った挙句、足踏みまでさせる暴挙を働いたのだ。
本来なら罵倒されても仕方がない。
自身の不手際であるゆえ、不幸とも言っていられない。
でもこれだけで、私の不安は取り除かれた。

「では、もう一度、あの時の言葉を、下さい……」

安堵やら罪悪感やら感極まって、私は、一粒涙を流してしまう。
蚊の鳴くような言葉尻になってしまうも、提督は嫌味も言わず応じてくれる。
私の懇願通りポケットに常備してくれていたらしいそれが差し出される。
箱が開けられ、そのリングは強くない月明かりの下、煌びやかに存在感を放つ
数日ぶりながらもこれまで長かった感覚を思い起こさせた。
意図せずして細められてしまう私の目を提督は見つめ、これまでの息苦しさを断ち切ってくれた。



「月より綺麗な山城を、私のものにしたい」



「……っ!」

もう、だめ。
抑えられない。
提督の中へ飛び込んだ。

「提督ごめん、なさ、っ、今まで、ぐすっ、我儘ばっかり言って……。
ぐすっ、迷惑ばっかり、かけてっ……、ああああぁぁ……!!」

私を受け入れてもらえたこと。
提督を待たせてしまったこと。
思いが入り乱れ、腕の中でみっともなく泣き崩れる。
涙が止まらない。
提督はそんな私を静かに宥めてくれる。
身を引き寄せて。頭を撫でて。

「すまなかった。自分も、不器用だから……」




涙を止めてから、提督にリングを装着してもらう。
日頃不幸だと言っていながらも、このときばかりはそれが指に嵌らない、という事態にもならなかった。
存在感を放つそれが提督に見えるように、左手を私の胸に置く。
自身で装着するよりも、こうして装着してもらわなければ、ここまで胸は躍らなかっただろう。
私は頬にもう一度道筋を作ってしまう。
久しぶりに感情を顔に表してくれた提督は照れ臭そうにしながらも、私をしっかりと見つめて問う。

「どうだ。幸せは見つかったか」

「……くすっ」

言うまでもない。
提督と同じように、私も顔に感情を精一杯せり上げさせた。
私は、あの月より綺麗に笑えただろうか。
その答えは、提督だけが知っている。


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最終更新:2020年11月23日 07:42