提督×山城15-11


「……!」

水平線の向こうから幾つかの影が近づいてきた。
しかし、自分の心中は平穏ではなく、
夜空のかけた満月が運命を大きく捻じ曲げたと思わせる程度には不気味で脅威な存在に見える。

「提督、艦隊が帰投しました……」

岸壁に上陸した艦隊のうちの扶桑が報告に上がる。
しかし、扶桑は旗艦ではない。
では何故随伴艦の扶桑が報告に出ているのか。
何故今にも泣き出しそうな程に顔を歪めて低い声で報告しているのか。
敵艦隊撃退に成功したにも関わらず、何故他の随伴艦も一様に目を逸らしているのか。
何故なら。

「なお、旗艦山城の行方は未だ不明です……」

自分は、鉄の味がする程乾いた唇に歯を立てる。
海戦には勝利したが、ちっとも喜べなかった。

……………………
…………
……

陰りない程燦々と海を照らしていた夕べの陽は、自分らを騙して悪夢の海に引き込もうと企てていたのだろうか。
何の罪もない筈の遥か遠くの恒星にさえこんな疑心を向けてしまう。
人間は兎角理由をでっち上げて何かに押し付けないと気が済まない生き物だ。
今の自分は冷静さを海の底へ沈めてしまっていた。

「何処へ行きやがったんだ、山城……!」

鎮守府庁舎の屋上で、自分は目の周りに痕ができる程双眼鏡を覗き込んでいた。
庁舎より低い背丈だが沿岸に建つ灯台も、山城へ母港の位置を示そうと忙しなく光の柱を回転させる。
闇の地平線に目を凝らしても、軍艦どころか貨客船一隻見当たらない。

「提督、お体に障ります……」

背後から扶桑の声が聞こえた。
いつの間に屋上に来ていたのか。気配に気付けなかった。
しかし気に留めない。
自分は双眼鏡を通して水平線を睨み付ける。

「提督、もう寝ましょう?」

「扶桑が先に寝ろ。私もそのうち寝る」

山城を大事にしている姉の扶桑が、今は鬱陶しかった。
誰かと話す気分ではない。
追い払う目的でそんな科白を吐き捨てる。

「…………」

扶桑は諦めたのか、何も言わなくなった。
下駄が小さく床を踏み鳴らす音の後、屋上の扉を閉める音が聞こえた。

……………………
…………
……

次の日。
空腹感はあるのに食欲がないと言う経験を初めて味わった。
食事するのも億劫で、そんな時間も惜しい。
自分はスケジュールを乱し、真昼間にやっと起床した。
極最低限の書類執務だけ片付け、あとは手掛かりなく地平線を睨み付けるだけ。
出撃も演習も、建造も開発もさせず、遠征は前日行っていた指示を繰り返すだけ。
食事も間宮から押し付けられた握り飯を流し込むように食べただけ。
全てがどうでもよくなっていた。
陽が沈んでから海を見渡し続けても、目に映ったのは少しの艦娘の集団だけ。
あれは何処の鎮守府所属の艦だろうか。
嗚呼、数時間前に自分が送り出した遠征部隊だったか。
秘書艦扶桑に呼ばれて下に降りるまで分からなかった。
私の顔を見るなり艦らは異常なものでも見つけたようにぎょっとしていた。
よくやった。ではまた遠征に赴いてくれ。
気にせず空虚の労いの言葉を贈ったが、艦一同の表情は晴れない。
当然か。
遠征部隊の出港を見届けた後で扶桑に手鏡を見せられ、自分も驚いた。
開いていない程に細められた目の下には隈が出来ており、
その上から双眼鏡を押し付けた焼印のような痕がついていた。
おいおい、何て醜い顔を見せるんだ扶桑よ。
自分は逃げるように再び屋上に戻ったが、もう双眼鏡を手に取る気力さえ残っていない。
偶々ポケットに入っていた煙草に手を付ける。
煙草は双眼鏡と違って紙で出来ているから軽くて楽だなあ。
早速点火して煙を吸引してみると、思いのほか重かった。
肺に重くのしかかり頭がくらくらする。
でも構いやしない。
山城はもういないのだ。
あの日の夜戦で山城からの通信が途絶えた時、山城は命を散らしたに違いない。
扶桑が山城を"轟沈"ではなく"行方不明"と報告したのは、
沈んだ事も確認出来ない程文字通り木っ端微塵に散ったからだろう。
彼奴は姉と違って普段から"不幸"だの"欠陥"だのぼやいていたからなあ。
"口は災いの元"と言う諺を教えてやるべきだったか。
あの山城がいないのでは、自分も不思議と生きる気力が湧かない。
このまま呼吸不全で死んでしまってもいい。
自分はこの鎮守府の艦からは慕われている事もないから、困る奴もいない。
おや、いつの間にか携帯灰皿が臭い吸殻で満杯になっているではないか。
しかし喫煙はやめない。
今咥えている吸殻をほろりと落とし、そのまま箱に手を伸ばす。
吸う。落とす。吸う。落とすを繰り返す。

「提督!」

誰かが自分を呼ぶ声がした。
死神か。随分な重役出勤だな。
死神に体を揺さぶられる。
赤い目に黒髪、そこからそびえ立つ艦橋が目に映る。
……山城?
どうやら私の迎えを担当する死神は山城だったようだ。
死んだ山城が私を連れて行ってくれるのか。

「何を仰ってるんですか! お気を確かに!」

口に咥えていたものを奪われた。
何をするんだ、山、城……。
体を揺さぶられた事で限界が来たのか、遂に自分の意識は底なし沼へと堕ちてゆく。
山城、今行くからな……。

……………………
…………
……

視界が黒で染まっている。
自分の後頭部が柔らかいものを感じている。
自分がいるのは天国か、地獄か?
判断がつかない。
そう言えばまだ走馬燈を見ていないな。
それならこの真っ暗闇を背景にぼんやりと流れる筈だ。さあ来い。
しかし待ち伏せても何も流れず、反して自分の意識が覚醒していく。
自分の視界も開けてゆく。
闇が真ん中から上下に向かって割れていき、ぼんやりと何かを映し出す。

「あ、提督……」

「……扶桑?」

長い黒髪を垂らして扶桑の赤い目が憂げに私を見下ろしていた。
頭と反して腰から下半身にかけては硬い感触がある。
……扶桑に膝枕されているのか。
私はまだ死んでいなかったのだな。
扶桑は私の目覚めを確認してから夜空を見上げ、溜息をついた。

「月はあんなに綺麗なのに……」

それを聞いて私の鼓動は大きく跳ね上がった。
いやいや。
あれは山城とだけ決めた合言葉だ。それを知らない扶桑がそう言うつもりで言ったのではない。
それを知ってか知らずか、扶桑の口は小さく動く。

「提督。山城は沈んだと思いますか?」

分からない。
只さっきの自分はそう思っていた。
やけに乾いた唇を無理矢理動かしてその問に応える。
血が巡っていないかのように頭は働かず、思っている事をそのまま口にしたが、扶桑は平手を張る事もなかった。

「そうですよね……。煙草もあんなに吸っていましたし」

扶桑は少し顎を下ろして前方のある一点を見詰めた。
その方向に首を回すと、そこには煙草の吸殻が幾つも転がっていた。
あれは全部、私がやったのか。煙草一箱消費したのではないか。
ヘビースモーカーでない自分は只々驚く。
次に扶桑は私を見下ろした。
その顔には、まるで手のかかる子供を見る母親のような目が貼り付いていた。

「山城がちょっといなくなっただけでこんなになるなんて、提督は余程山城にご執心なのですね」

前まではその逆だったのに、とそのままの顔で言うが、遠回しに責められているように聞こえた。
それは、悪かったと思っている。
趣味ではなく大真面目な戦争だから仕方ないとは言え、大きな戦力を揃える事が急務だったあの頃は、
正直に言ってしまうと扶桑型より元々性能の高い戦艦の育成を最優先にしなければならなかったのだ。
只勘違いしないで欲しい。
お前ら扶桑型だって充分に活躍の場はあるのだ。
庁舎の部屋も限りがある故、全く使えないと判断していたらそもそも解体している。

「ありがとうございます。でも山城に向けているのは、そういったお考えだけではないのですよね?」

何が言いたい?



「提督は、山城に並々ならぬ好意を抱いていると思っているのですが、私の勘違い、でしょうか」



自分は、すぐには答えられない。
走馬燈のようにこれまでの事を鑑みる。
何時も不幸だのなんだの言っている山城。
姉だけにご執心と思いきや、重巡の前に出て敵の攻撃を受け止める山城。
自身の戦果を無邪気に姉に自慢する山城。
滅多にお目にかかれないが、姉と同じ位に慈しむ目を浮かべられる山城。
幸せを追いかけようと必死になるあまり、周りが見えなくなる山城。
そして、幸せを掴むのに何故か私に頼る山城。
自分は、そんな山城に愛らしさを感じていた。
扶桑。お前の目は確かだ。
私は山城に惹かれてしまっている。

「そうですよね。なら、信じましょう? 山城は、そのうち帰ってきます」

山城が敵の攻撃を貰ったところを見た筈なのに、山城は沈んでいないと信じる。
それは現実逃避ではないか?
しかし扶桑の目に陰りや濁りは見受けられず、静かに強い意思を燃やす綺麗な紅の色をしている。

「逃避ではありません。分かりますか? ここ最近の山城ったら、楽しそうに"不幸だわ"って言うんですよ?」

分からない。
自分はそんな場面は見た事はない。
不幸を楽しむと言う感覚も理解出来ない。
そんな姿は扶桑の前でしか晒していないだけでは。
扶桑は首を振って私の言葉を否定する。

「そんな山城が呆気なく沈むとは思いません。山城は絶対に帰ってきます」

「…………」

「出撃する時、山城が約束したんですから、提督も信じて待ちましょう? 
煙草の臭いが染み付いていては、山城も逃げてしまいます」

そうだった。
山城は約束したじゃないか。
必ず帰る、と。
山城は約束破りの常習者でもない。
あれだけ姉を慕っていた山城が姉を残して沈むか? いや、ない。
これらは精神論で物を言っていると言えばそれまでで、山城が生きている証拠はない。
それでも、己を見失わず妹の生還を祈る扶桑と話をして大分気分が軽くなったのは確かだ。
自分もまた、扶桑に倣ってみる事にしよう。
静かにそう心に刻み、まず散乱している煙草の吸殻を掻き集める事から行った。

……………………
…………
……

あれから気を持ち直し、扶桑を秘書にして私は日課を続けた。
執務を行い、演習を行い、出撃させる。
そこに山城の姿はなく、自分でも呆れる程に物足りなさ、寂しさを感じていた。
そしてその日課には、臨時として庁舎屋上からの海上偵察任務も加わっている。
それが三日は続いた。
その三日目の晩、双眼鏡にたった一つの影が映る。
薄気味悪い夜の海を一つだけの影が走っているのは何とも不気味だ。
只、それは走っていると言う表現がそぐわない動きをしていた。
あれは。もしや。
自分の胸は高鳴り、堪らず地上まで駆け降りる。
のろのろと蛇行しながらそれは、確かにこの鎮守府に向かっていた。
やがてそれは座礁した途端、力が抜けたように地面にへたり込んで呟く。



「山城、帰ってきました……」



嗚呼、これは夢ではなかろうか。
あるいは、此奴は成仏出来ていないだけの霊だろうか。
いや、ない。
傷一つない姿形をしていたらそうかもしれないが、
ぼろぼろずたずたの艤装と装甲を纏い、全身を煤で汚し、死にそうな声だがしぶとく生気を赤い目に滾らせている。
そんな酷い有様が、現実味を見事に演出していた。

「山城おおおお!!」

脇目も振らず全速力で山城の元へ駆け寄った。
飛び付くように、もう目の届かないところへ行ってしまわぬように、ひしと抱き締める。
山城の体は、ぼろぼろになって機能を低下させている缶のように冷えてしまっていた。

「わぷっ! ……提督?」

「山城っ……山城ぉ……」

「……大の大人が、なに泣いてるのよ……」

誰の所為だと思っているのか。
他人事のように言いやがって。
どれだけ心配したと思っているんだ。私が体を壊す程だぞ。
山城に嬉し紛れの罵倒を浴びせる。
思考が上手く出来ず感情だけで物を言う余り、語彙の無さが滲み出る。

「あの日近代化改装しろって言うからしてやったのに……、馬鹿だ。馬鹿! もうドックから出るな!」

「ひどい、言い方するのね……」

月は天高く艦が寝静まった静かな鎮守府の一角で、自分は張り詰めていた気を緩め、
弱っている山城の低い体温を確かめながらみっともなく喚く私を、山城は力のない手で擦って宥めてくれた。
山城は、大破しながらも確かに帰投した。

……………………
…………
……

山城から目を離したくないと思う余り、逸る気持ちのまま山城の入渠に同伴する等と言う戯言をのたまった。
その直後我に返って自分で呆れたが、何故か山城は拒まなかった。
そう言う経緯があり、修復ドックの入り口に満杯の看板を立ててから、山城に続いて自分も暖簾をくぐった。
広間には艤装を修復する機器、疲れを癒す様々な物が整然と並んでいる。
山城が艤装を全て下ろすのを見届けてから、脱衣所へ向かった。
当然ながら脱衣所が仕切られていたりはせず、自然と山城と共にタオル一枚だけの姿になる。

「あまり見ないでくれます?」

それは恥じらいをもっての言葉か、体に煤が付いているのを気にしての事か。
どちらにせよ自分がそれに従う理由にはならない。
山城を促して浴場のタイル床に足をつける。
共に言葉を交わさず風呂の椅子に腰掛け、体を清めていく。
自分は手早く頭と体に付けた石鹸を流したが、山城はまだだ。
山城が疲弊し切っているのに先に湯船に浸かる事を憚られた自分は、髪を気にする山城に声をかける。

「山城、背中を流そうか」

「え……、いいです。自分で できます」

山城が湯船に入るのを待つので自分はやる事がないんだ。
丁寧にやるから、山城はゆっくりしていていい。

「むぅ……、痛くしたら姉様に言い付けますから」

山城は拒まなかった。
そう言うとタオルを緩めたか、山城の背中が露わになる。
手拭いに石鹸を塗りたくり、山城の背中に押し付けた。
煤で汚れた部分を特に念入りに、しかし強い力は入れず山城の背中を擦る。
艦娘を人と同義として良いのか分からないが、
露わになった山城の背中やうなじは人の女性と同義の物を持っていた。
髪を壊れ物のように扱う山城に見習って、手拭いを上下に動かす。
少しして、山城は鏡に向かったまま私への呼び声を浴場に響かせた。

「今日察しました。帰投するまでに、練度が限界まで上がったんです」

おめでとう。
思えばもうそこまで来ていたのだな。
私も嬉しく思うよ。

「で、聞きたいんです。提督は……、どうしてここまで私を使ってくれたのかって」

お願いしたのは私ですけど、と最後に付け加えられる。
放置したら拗ねて、使ったら使ったで疑心を持つとは面倒臭い奴だ。
ある期間放置した事はあったが、そもそも山城をもう使わないつもりでいたのではないんだよ。
山城が先に懇願してきただけで、そのうち招集するつもりはあった。
で、その理由だったか。
戦力を軒並み増強させねばならないと言うのも理由の一つだが。

「趣味だよ」

「は?」

山城は上官への言葉遣いを崩す程に唖然としていた。
顔を横にずらして鏡の中の山城を見やる。
山城は目と口を主砲口径のように丸く開けていた。
山城は私の言葉を反芻する。

「趣味……?」

「分からないか。お前ら扶桑型の高い艦橋に、妙な魅力を感じる者は多いんだよ」

扶桑型の造形について情を込めて語る者は、過去と現在、軍人と民間人、共に多く見られる。
それを記した書物も、探すのは容易い事だろう。
山城は周りが見えない質だな。
何でも不幸だと言うが、まさか人から慕われる事まで不幸だと思ってはいまいな?

「ま、私が山城に感じる魅力はそれだけではないんだがね……」

「え……、ひゃ……!」

手拭いでなく指で直に山城の背筋を、つつ、と撫でる。
山城は驚いたように体を震わせる。
立ち上がれないよう山城の弾薬庫の前に両手を回し、包み込むように抱き締める。
煤の混ざった石鹸が自ずと体に付着するが、どうでもよかった。
鼻先に来た山城の右の耳たぶを口に含むと、また面白いように山城は跳ねる。

「ひぅ……! て、ていとっ、くぅ……!」

あむあむと口先で山城の耳を甘噛みする。
山城は払おうと首を振るが、抵抗は無に等しいものだった。
それに合わせて耳を覆い隠そうと小さく揺れる濡れた横髪が顔に当たり、こそばゆい。
しかし邪魔しようとするそれさえも、自分は愛しく思えた。
気分が高じて自分は舌をも突き出し、山城の耳たぶを攻め立てる。

「提督っ……、なんで、こんな……っ」

この分からず屋が。
自身の価値を理解しようとしない山城なんか、こうしてやる。
山城の耳に舌を突っ込んだ。

「ふぁ、っ、……っ! うぅ……!」

山城の耳たぶを唇で挟む。
山城の耳の穴で舌を暴れさせる。
そんな事だけを繰り返していく。
それだけで体を震わせていた山城は、タオルが緩んでいる事も気付いていなかった。
その隙を見、身体の前を隠すタオルを震えに紛らわせて下ろしていった。
山城の耳を攻めながら鏡を見やる。
山城は、立派なものを持っていた。
抱き締めているうちの左手で、それを下から持ち上げるように揉みしだく。

「あっ!?」

山城の目が開かれ、私と目が合った。
自分は山城の超弩級なタンクに虜になり、耳から口を離す。
手に吸い付くような錯覚を覚える程に、柔らかくも張りがある手触りだ。
これだけのものを手入れするのだから、戦艦の入渠は長くても仕方のない事だなあ。
自分の理性はもう排水溝に流れてしまった。
邪魔物を取っ払って妙にすっきりした気持ちだ。
そうなると、自分の血液はある一点に集まってくる。

「……んっ、ちょっと、何か当たってるんですけど……」

それを覆い隠していたタオルの存在意義は潰れている。
タオルから顔を出した自分の単装砲が、たちまち戦闘準備に入るように首をもたげたのだ。
たった数秒で起き上がったそれが、山城の背中に当たる。
それの正体が山城にも分かるようにぐいぐいと尚押し付ける。
その間も、自分は山城のタンクに夢中だ。
経験のない雑な手付きで揉まれるそのタンクを、鏡越しで眺める。
タンクの中央に備えられた突起を摘み上げるだけで山城は言葉を詰まらせる。
こんなのでよがってくれるとは、山城は何と優しいのだろう。
もっと見せてくれ。
タオルの中に右手を突っ込み、すべすべな弾薬庫を撫で回す。

「ひゃ、そっちは……! ふ、うぅ……!」

何やら危惧した様子だが、どうしたのか。
知った事ではないが。
再度耳たぶを唇に挟み、タンクと弾薬庫の修復作業は続行。

あむあむ。

「っ! ……っ!」

もにゅもにゅ。

「ふあん! もっと優しく、扱ってよ……」

すりすり。

「うんん……、んやぁ……」

山城、すまん。
久し振りだから、我慢ならないんだ。

「久し振りって、三日しか経ってないでしょ……」

山城は三日の間海でどう命を繋いだかは分からないが、山城を待っている間の三日は途方もなく長かったのだ。
終わりの見えない隧道に入ってしまったようなものだ。
不安と絶望に塗れて仕方がなかった。
山城が悪いんだ。艦隊からはぐれて、私を三日も待たせた山城が。
不満なら自身の失態を悔やんで大人しく私に弄られてくれ。
有無を言わさずそう吐き捨て、弾薬庫を撫ぜていた右手を、下へ。

「なに、言って……、ひっ」

山城は身をよじった。
しかし両腕で固定している為に逃れられない。
手で初めて触れた山城の其処は、既に濡れていた。
陰毛の奥の裂け目からとろりと垂れている、お湯とはまるで手触りが異なる粘液で。
なんだ、早いじゃないか。
山城も期待していたのか? まだ始めたばかりなのにもう準備が整っているようではないか。
耳元で囁きかけ、これなら遠慮はいらないだろうとばかりに、山城の艦内に中指の第二関節までを突っ込む。

つぷぷ……。

「んはぁぁぁぁ……!」

山城の艦内は指を誘導するように疼いていた。
おお、と感嘆の声を漏らす。
山城の口は上と下、どちらが正直なのだろうな。
百聞は一見に如かず。
考察する前に試してみれば分かるだろうと、指を動かす。

「んあ! ちょっと、中で動かさ、なっ!」

言葉になってないぞ。
只、なっていても聞く気はない。言葉ではなく嬌声を聴く気ならある。
それしかないので指の動きは大きく無遠慮なものにしていく。
艦内の壁を撫でたり、一際柔らかそうな部分を押し込んだり、色々刺激を与えてみる。

「ていとくっ、待っ、まっ……てぇぇ……」

蚊の鳴くような声だ。
前方の鏡を覗き込む。
そこには、水も滴る良い艦がいる。
乱す黒髪に、目を強く閉じ、嬌声を作る唇。
露わにされている肩、鎖骨、胸部。
それだけでなく、それより下を隠すタオルさえも、みだりに乱れた山城の良さを引き立てていた。
それに自分が見蕩れるのは当然の道理だろう。

「ふう、ふぅっ、……?」

タンクを揉みしだく手、艦内を点検する手の動きが止まってしまう。
山城はふと目を微かに開いた。
その動きに自分も反応を示し、それを追う。
結果、当然ながら鏡越しではあるが視線が絡み合った。

「っ!」

山城は、指図されている錯覚でもしているように首を左に回転させて私から目を背けた。
……なんて可愛い奴だろう。
しかし、その所為で鼻先にあった山城の耳が遠くへ行ってしまった。
玩具を取られた気分だ。酷い事をしてくれた。お仕置きしてやらねば。
山城の艦内に差し込んだ右手を、指だけでなく手全体を動かすように動かす。

くちっ、くちゅくちゅくちゅくちゅ……。

「んぁっ、ぁ、ぁぁああぁぁああ!」

山城の嬌声が、ドックに木霊す。
良かったな。貸切にしておいて。
山城の恥ずかしい嬌声は誰にも聴かれる事はない。
私を除いて。

「随分乱れるようになったなあ。山城?」

「あっ! んん……、んんんん……! て、提督の、せいでしょっ……!」

こら。鏡越しでいいから、目を合わせなさい。
山城からすれば、此方を責めているつもりなのかもしれないがな。
その科白は、此方の情欲を煽らせるだけなのだ。
我慢ならない。自分の単装砲は威勢よく跳ねているのだ。
山城の胸部と艦内の点検作業を中断する。
山城がこうも乱れているのは、我侭な提督の所為か。
しかし何時も私に主導権を握らせているのは山城なのだから、それは山城の自業自得と言えよう。
そんな私から逃げるように左を向く山城の左耳に小さく命令の言葉を放り込む。
立って壁に手を突け。

「~~っ!」

山城は背筋を痙攣させる。
耳に囁かれるのがそんなに気に入ったのだろうか。
一足先に自分は椅子から腰を上げた。
山城の両肩を持ち上げるようにして催促すると、山城は肩を痙攣させながらも何とか立ち上がる。
山城のタオルが足元に落ちた。それを私が向こうへ蹴り飛ばし、自分の腰に巻いているものも放り出す。
山城は、私の命令に逆らわない。
壁に両手を突き、腰は此方に突き出してくれる。
山城は本当に以前よりも練度が上がってきているな。
これから何をするのか、分かっているじゃないか。

「……っ」

自ずと主張される山城の尻の、なんとも男の性を刺激してくれる事か。
ふるふると誘うように震えている。
山城が海戦で中破帰投すると目にする尻を、今自分は弄ぶ権利を握っているのだ。
おくびにも出さなかったが、あの尻に己の手を沈めてやりたいと実は常々思っていた。
一先ずは山城の腰を左手でむんずと掴み、右手は自分の主砲に。
照準を定める。

「っ……、ぁ、ぁはあっ!」

入った。
ピストン輸送を開始する。
山城の艦内は潤滑油で程よく濡れているし、艦内が引きずり込もうと疼くし、
自分の主砲も山城の艦内を拡張工事する位に膨張したおかげで隙間がない。
複数の要素が上手い具合にかみ合っているので、とても円滑に行えている。

「う、ああっ、ぁ、ぁあああ……、てい、とくのっ、いつもよりも……っ!」

それだけ待ち遠しかったんだよ。
分かるか? 三日も待った私の気持ちが!

ぱん!

「いひゃいっ!」


私は山城に、言葉をぶつけ、艦内に主砲をぶつけ、尻に手をぶつけた。
艦隊からはぐれるなんて問題外だ。
この鎮守府最古参の戦艦なんだからもっとしっかりしろっ! 後輩の戦艦が呆れるぞ!

ぱん!

「あうぅっ! し、仕方、ないでしょっ! あん! や、夜戦は、苦手なのよおっ!」

苦手?
練度が限界に達しておきながら苦手なものがあるというのか。
本当に限界まで練度を極めたのか?
このっ、このっ!

ずぶっ、ずぶっ!

「あ! ああっ! だ、だってえっ! 夜戦に、いい思い出なんかないんだからぁっ!」

自分は、ぴたと動きを止めた。
第六感がここは話を聞く場面だと興奮する私を冷静に諭したのだ。
山城は酸素を求めて必死に息を整えようとする。
暫し待つと、山城は息絶え絶えながらも私に訴え始めた。



「はぁ、ま、"前"の時はっ、超弩級の威厳なんかなかった」

「私は、最期の夜に敵艦に囲まれて、姉様と一緒に虐殺されたからっ、それが、今でも……」



どくん。
自分の心臓が強く脈打つ。
艦が経験してきた事は、経歴には事細かに記されていない。
だから、その事柄は初めて知った。
日本軍艦はかつての大戦の戦況悪さ故に敵国より悲話が多いから、
此方から首突っ込んで聞くのはよしたほうがいいだろうと前々から判断していたが、ここまでとは。
彼女らの精神に深刻なダメージを与えてしまわないようにとの配慮だが、
たった一隻からそれを聞くだけでも聞く者に深刻なダメージが来るものなのだな。
囲まれて虐殺される。
躊躇いなくそんな言葉で表現できる山城の奥底の闇を垣間見てしまったようだ。
そこには、どれだけの悲しみやら憎しみやら辛さやらの負の感情があったか計り知れない。
悪ふざけで山城を虐げていた先までの自分の姿がとてもみっともない。
しかし、山城の艦橋を越える程自分に呪詛の言葉を積み上げるのは後だ。
自身の恐怖の根源である夜の海を三日も彷徨って命からがら帰って来た山城を、自分は修復しなければならない。
自分は、慈しむ想いで身体を山城に重ねる。
なるべく耳に伝わるよう首を伸ばしてそこに呟く。
すまんな。

「え、提督? ……んあっ!?」

止めていた腰を再び動かす。
両手を前に持っていき二つのタンクを揉む。

「あうっ! そんな、いきなりっ!」

自分の下腹部を山城の尻にぶつける音がリズムよく木霊す。
それに合わせるように山城の艶かしい歌声が響く。
欠陥だの不幸だのそう言った口癖だけ聞いていると弱そうだが、やはりと言うか山城はそんな事はなかった。
夜の海で凄まじく不本意な最期を遂げた山城に未練があるのは当然で、
それをばねに蘇ったと言っても過言ではない今の山城が、弱々しい訳がない。
山城もまた芯のあるしぶとい強さがある。
浴場に響くこの綺麗で儚げな嬌声にも、そんなものがあるように聞こえた。
聴覚がそう錯覚してくれると自分の心は揺れ動く。

「はあはあっ、あっ、ああっ! て、ていとくっ!」

自分の身体も突き動かされる。
山城に対するこの大きな感情が暴れて止まらない。
嗚呼、こんな感情が生まれたのは何時からだっただろう。
いつの間にかできていた。
不幸と言いながら死にたがりにならず生きる山城が、
深海へ足から引きずり込まれそうになりながらも足掻く様に生きる山城が、愛しくてたまらない。

「……っ、……っ!」

自分は思わず歯を食い縛る。
口から出ようとする心臓を縛り付けておくために。
それでも、山城とこうしていると次第に自分の枷も小破、中破、遂には大破してしまう。
嘗ては不幸から脱却したいと言う山城の為にこう言う事をしていた筈なのに、
今こうして山城と一つになっている事を、自分の方が幸せに感じてしまっていた。
おかげで、自分はあまり長く持ちそうにない。

「……しろっ、山城っ、山城っ! す……!」

危ない。
地の声を零し掛けた。
山城は別に私にそう言った意味での好意は持ち合わせていない。
そんな山城に自分がそんな想いをぶつけたって何も実らないし、山城が迷惑がるだけだ。

「あ、あっ! ああん! んっ、てい、とく……何ですか……っ」

何でもない。気にしなくていい。
もう出るから、山城は準備する事に集中しろ……っ!!
そんな事を言いつつも山城にそんな時間なんか与えず、
頭の頂点から足先まで一つになったまま自分は達する。
唯一つだけ除いて。



どぷっ! びゅく、びゅくびゅくびゅる……っ!!

「んっ! ぁ、はああああぁぁ……!! うぅんっ……」

……………………
…………
……

あの後、自分は急激に萎えた。
自分の中の熱い想いは、外的攻撃によって墜落するように冷めたのだ。
自分の事だから理由くらい分かっている。
山城に対するこの想いが実らない事くらい分かっている。
言い方は悪くなってしまうが、山城は私の事を、自身が幸せになる為の踏み台としか思っていないだろう。
逆に山城にそう言った好意を抱かれる事をした覚えはない。
では出口を見つけられずに自分の中で疼くこの想いはどうすればいいのだ。
そんな葛藤が始まった自分は、早く寝床に身を沈めたい気持ちに包まれた。
山城は上手く修復できたようで、艦が大破した事で体に溜め込まれた疲労はすっかり抜けたと言っていた。
それを聞くや否や、自分は短い返事だけ返して湯船にも浸からずに出てきた。
そして今、こうして寝床の布団を頭から被っている。
山城を修復した代わりに私の調子が狂ってしまったようだ。
なあに。一晩寝れば直るさ。

「……提督? 寝てる?」

山城か。扉を叩かずにいきなり足を踏み込んでくるとは無礼者め。
提督はこうして惰眠を貪っているのだ。
お前の修復作業で疲れたのだ。眠っているのだから話し掛けないでくれ。
顔を覗きこまないでくれ。頼む。

「……馬鹿」

おいどういう意味だ。
自分の背後でそんな言葉を投げかける山城に心の中で問う。
山城は意味の分からない罵倒を静かに飛ばしてから、部屋の扉をゆっくりと閉めた。
今夜は、こうして煮え切らない想いを抱えた自分に構わず更けていった。


これが気に入ったら……\(`・ω・´)ゞビシッ!! と/

最終更新:2016年08月04日 06:40