提督×山城14-922


軍艦に限らず、"初期型"や似た意味の肩書きを持つものとはその能力に不安が残るのは当然の道理だが、
それでも何とかなって長く使われると言う事例のものは多い。
その例に漏れず、大日本帝国初の超弩級戦艦でありながら欠陥呼ばわりされてきた扶桑型も
多岐に及ぶ出撃や演習、遠征の甲斐あって、最近は貫禄が出てきていた。
おかげで、今日は午前のうちに南西諸島海域の敵影を鎮圧出来た。
しかし、執務を手伝う隣の山城を悟られないよう横目で見て思う。
この山城は貫禄があると思えば愛嬌もある事を最近の自分は見出してしまっている。
不自然に高い頻度で鉛筆の芯を折っては"不幸"だと呪詛のように呟きながら鉛筆を長時間削っていたり、
高い位置に置いてある書類の束を持って来させようとすると紙の雪崩が発生、
それに合わせてこけては白い山の中で"痛い"と悲痛な叫びを上げる。
今挙げた事は幾つもの逸話の極一部だが、
これだけでも山城の持つ独特の雰囲気は八分は理解出来ると言える。
山城は戦闘における練度が上がっても、根っこの部分は不変であった。
その愛嬌をもっと引き出そうと、最近は鉛筆を芯の柔らかい五Bの物に変えたり、
山城に手伝わせる書類の束を以前より分厚くした上でわざと高所に置き、
更に脚立まで紛失したように見せかけて工廠で解体して貰った事は秘密だ。
特に後者について、山城は自分と同じ位の背丈を持つ癖に、三度に一度はこけて紙に埋もれる。
ここまでやらかす頻度が高いと山城もまたわざとやっているのではないかと勘繰る。
愛嬌がある事に変わりはないが。

「……提督」

なんだ。
羨ましがっても私と同じボールペンは貸してやらないぞ。
お前に使わせると不幸故か短期間でインクが固結するに違いないんだからな。

「酷い言い方するのね。……じゃなくって」

羨ましがっていた事は否定しないのだな。
山城は私に訴えるような目付きで抗議してくる。

「提督の手が止まってます。……もしかして、提督も処理の仕方が分からない書類が出てきたとか?」

科白だけ聞けば健気に心配してくれているようにも聞こえるが、勘違いしてはいけない。
山城は私の汚点でも見つけたように にやにやした顔を向けているのだ。
此奴は私の弱みでも握りたいのだろうか。
握るのはその鉛筆と主砲の持ち手だけにしてくれ。

「別の考え事をしていただけだ。お前の助けは要らん」

「……この執務放り出していいかしら」

せっかく筆を走らせようと紙に目を落としたのに、また上げる事になった。
それはやめてくれ。
自分一人では満足に昼飯にもあり付けない。

「だったら今の発言取り消して下さいよ」

分かった。
悪かったよ、お前がいないと駄目だ。
最近は特に助けられているからな。

「も、もう。そこまで言いますか……」

山城は私から目を逸らしてそう呟いた。
そっちの方向には何もないぞ。
満更でもなさげなのはいいが、執務を再開しないか。

「は、はい。って、提督のせいなんですけ……」

ぐうぅっ。

「…………」

「…………」

なんだ。
こっちを見るな。
屁ではないぞ。

「ぷっ、あはは! まだ終わってないのに、正直ですねぇ」

五月蝿い。
空腹には逆らえんのだ。
少し早いが、昼食に……。
自分は言葉を詰まらせ、カレンダーを見やった。
そうだ。今日は土曜日ではないか。
無邪気に笑う山城に水を刺すように、思いついた名案を口にする。

「そうだな。今日は山城にカレーを作って貰おうか」

「くすくす……、え、カレーですか? 出来ませんよ、そんなの」

だろうとは思っていた。
山城に調理を手伝わせた事はなかったからだ。
だからと言ってそれを悪びれず言っていい理由にはならないぞ。

「私が作りながら教えるから。ほら行くぞ」

「提督が作るんですか!? ちょっと!」

……………………
…………
……

「では、調理演習を始める」

提督は別の料理を仕込む間宮さんに断りを入れてから、焜炉を一つと割烹着を二つ貸してもらう事になった。
似合わない割烹着に身を包んだ提督は、本気で私の指導役を努める気の様子。
でも、それなら厨房を仕切っている間宮さんに教わった方がいいんじゃ……。

「間宮は見ての通り忙しいんだから駄目だ。カレーなら私でも上手くできる」

「いえ、後は煮込み作業だけなので忙しくはないんですけどね」

間宮さん、こう言ってますけど。

「……いいから始めるぞ」

提督は姿勢を揺るがせずに、迷わず戸棚や冷蔵庫から包丁や食材を取り出し始めた。
間宮さんも本当にやる事は終わらせたようで、提督に何も口出しせず黙って見ている。
私は間宮さんに近寄り小声で話しかける。

「間宮さん、大丈夫なの? 提督が料理なんて……」

「提督さんは出来る方ですよ。
特にカレーは自分好みの味がいい、って、ルウや食材を指定してまで秘書さんに教えてるんです」

間宮さんから教わろうとする私を止めたのはそういう理由だったのか。
我儘なところがあるのね。
でもこれって、私達艦も食べて良いように多めに作るんですよね?
提督好みの味にしちゃっていいの?

「提督さんのカレーは辛くないですし、味も良いので皆さんには受け入れられています」

「何を話している?」

「へっ!?」

私は素っ頓狂な声を上げた。
提督は馬鈴薯と包丁を手に持って、怪訝な顔付きで私達を見ている。
顔付きは険しいのに、割烹着と両手の物のせいで間抜けだ。

「ほら、山城さん」

私だけに聞こえる声で、間宮さんがとんと私の背を小さく叩く。
それに押されるように私は提督の傍に寄った。

「間宮の負担を軽減する為だ。しっかり覚えるんだぞ。まず馬鈴薯の皮剥きからだ」

壁にかかっている皮剥きの道具は無視ですかそうですか。
初っ端からハードルの高さを前に、私はやる前から根を上げたい思いに包まれた。
かつて鬼呼ばわりされていた私でも、戦争とは無縁のこう言った事に関しては何の予習もしていない。




「なんで人参は皮剥きの道具使って馬鈴薯は使わないのよ……」

「馬鈴薯は凸凹しているから大して効果はない。因みにそれはピーラーと言う」

ご丁寧に器具の名前まで教える提督は、人参の皮を剥く私の横で私の手付きを睨んでいた。
少しやり辛い。
それでも馬鈴薯に比べれば楽だ。
人参の皮はピーラーによってするすると簡単に剥けてくれる。
対して馬鈴薯の方は目も当てられない形に変えられた。
提督の手付きは確かなものだったけど、見ただけで会得出来るわけがない。
自分の不運さを恐れた私は、何も起きないようおっかない手付きで包丁を扱い、身も多く削って皮を向いた。
案の定、馬鈴薯は小さくなった。
馬鈴薯と同じ要領で、乱切りとかいう切り方でさっさと切ってまな板の脇に寄せる。
まな板が狭くなってきた。

「おっと、鍋を出してなかった。山城、そこの戸棚から鍋を」

忘れていたように提督が指を差す。
そこは頭より僅かに高い位置にある上の戸棚だった。
場所も覚えろという事だろう。
間宮さんより背丈ある私は台を探す手間を惜しみ、腕を伸ばして把手を引いた。
すると。

がらがらがしゃーん!!

「いっ! 痛い! ……やっぱり不幸だわ……」

戸棚を開くや否や、いくつもの金物が一丸となって私を襲ったのだ。
最初に一撃を頭にもらって床に尻餅を付いただけでは許されず、
更に多くの金物の雪崩が私や床に降り掛かる。
床に落ちた物は耳をつんざく不快な音で耳を攻撃してくれた。
私を心配する一人と一隻が慌ただしく私に近寄る。

「山城さん、怪我はない?」

間宮さんが、申し訳なさそうに私を見つめている。
戸棚を開けた直後の刹那、いくつもの鍋が整然と積まれていたのを見えた私は、間宮さんを責める気は起きなかった。
大丈夫よ。間宮さんは悪くない。
私の不幸が招いたんだし、寧ろ傍に間宮さんがいなくて良かった。

「大丈夫か!?」

提督は必死の形相で私を見つめている。
こんな事は日常茶飯事なのに、まして敵駆逐艦に攻撃されるよりも軽い程度なのに、
提督の形相は私が敵戦艦から被弾されたときと同じだった。
馬鹿じゃないの。
何の問題もない意を伝えて頭に乗った鍋を退かす。

「あ、山城……」

提督が何かに気づいたように私の名前を呼び、不意に手を伸ばしてきた。
何故か、スロー再生されているような感覚に陥る。
そのとき私は秘書に舞い戻ってすぐの、あの出来事が脳裏に浮かび上がっていたのだ。
あのときと違い恐怖感は感じていないが、咄嗟の事で私は目を瞑る。

――な、撫でられ――

「……?」

目を開く。
提督が撫でているのは、艦娘として蘇ってから持った頭部ではなかった。
私が艦の頃からの頭部。
提督は私の艦橋を触っていた。
迎撃しようとしていた私は、思わぬ勘違いをやっと自覚し、羞恥に悶える。
これではまるで期待していたみたいで……。

「艦橋が壊れているじゃないか」

「え? ……」

一先ず調子を取り戻そうとする前に、提督の言葉に私は耳を疑った。
呆けて自分の頭にそびえ立っているはずの艦橋の具合を確かめようと手を伸ばす。

ぴと。

「……っ!」

――い、今提督の指に当たった? 当たった!?――

硬い鉄の感触だと思ったら感じたのは柔らかくはない肉の感触。
私はたったそれだけの事に驚いて手をさっと引っ込めた。
提督もまた私の様子に驚いたように手を引いた。
訪れる謎の沈黙。
どうしよう、この展開。
ほら、後ろの間宮さんも微笑ましいものでも見るようないやらしい目になってるわ。
提督は早く何か言って下さいよ。

「……か、艦橋はデリケートだから、あまり触らないで頂けますか」

あれ。
冷静に動転した私は、誰かの科白を引用、というより盗用してしまったような気がする。
私が不幸で間抜けな姿を晒してしまった事が。
心配してくれる提督が私の繊細な艤装に触れた事が。
提督の手と私の手が当たってしまった事が。
多くの要因が重なって羞恥に悶え、少し汗ばむ程に顔を熱くさせる。
心配する提督の手を突っぱねるように頭を小さく振るが、
提督は提督でどう反応したらいいか困ったように言葉が出ないらしい。



間宮さんの鶴の一声があるまで、私と提督は沈黙の渦潮に巻き込まれたままでいた。
間宮さんが鍋の山を戸棚に戻し始め、
それに合わせて普段の調子を取り戻した提督のおかげで作業は再開された。
不幸ぎりぎりの淵を歩くように危なっかしくも下ごしらえを済ませる。
鍋を焜炉に設置し、仕込み作業も終えて煮詰めてゆくだけとなった頃、時計は正午を過ぎていた。
灰汁もそれなりに取り除き、具材に火が通るまでの時間が退屈だ。

「カレーの隠し味に、チーズや蜂蜜を入れる手もあるそうですよ」

「色々あるんだな。私はチョコレートを入れる話を小耳に挟んだ程度でよく分からなくて……」

鍋を注意深くじっと見つめる振りで、私は提督と間宮さんの談話に耳を傾けていた。
間宮さんと料理談義なんか出来る提督と違い、私は経験がないからそんな話は出来ない。
置き去りにされた心境だ。
楽しげに にこにこ笑う間宮さんの隣で、私に背を向ける提督がどんな顔で談話に励んでいるか分からない。
この境遇に私は不満を覚えるようになってくる。
決めた日の深夜には誰もいない海辺で提督ともやもやを共有しているのに、
私だけがこのもやもやを味わうのは初めてのことだった。
非常に気に入らない。

これも自分の招いた不幸というやつなのか。
でもカレーを作ると言い出したのは提督だし。
私はカレーが煮上がるまで、こうした煮え切らない思いを誰にも気づかれずふつふつと一人煮込んでいた。



「どうだ?」

「美味しいです……」

皿によそったカレーライスを口に含み、代わりに私は提督がお望みだろう言葉を口にする。
実際美味しいと言えば美味しいのだけど、私は未だに煮え切らない思いを抱えていて、
笑って喜ぶほど味は伝わってこない。
自分の声が著しく低くなっているのが自覚できる。
私のそんな調子を知らない提督は首を傾げ、自身の分を口に運ぶ。

「こんなものだな。今は一先ずカレーだけでいいから、山城もこれくらいの出来を目指して欲しい。
私も演習は付き合うから」

山城"も"。
敵艦が放って私に向かってくる弾丸をぼけっと見つめていたり、
降ってくる書類や艤装や鍋の山に反応出来なかったりするくせに、提督の言葉に私は敏感に反応した。
"も"という辺り、また間宮さんも言っていたように提督は色んな艦と演習をしてきたんだ。
提督がそういった意味で放った証拠や確信はないのに、私は勝手にそう思い込む。

「……随分と、間宮さんと仲が良いんですね」

――私情で艦と談笑に励む姿なんか全く見せないくせに――

私は言葉の後に心の中でこんな嫌味を付け加えた。
私だけだと思っていた。
出撃や作戦会議以外の用事で艦娘を呼び付けることがなく、
たまに工廠へ行けば建造の指示を出し、入渠中の艦娘がいる修復ドックへは近づこうとせず、
毎日足を運ぶ食堂も注文して完食して挨拶だけして終わり。
多くの艦から提督への印象を推測すると、"普通の上官"でしかないだろう。
今までそう思っていた。

「うん? 偶に話す程度だよ」

食事の時間のためか、提督の口調は煮通った馬鈴薯のように柔らかい。
"偶に話す"にしてはカレーの煮込み時間を有効に潰してましたね。
数ヶ月秘書を続けても、提督の知らない部分はまだまだあるようだった。
厨房に張り付いている間宮さんの方が、私より知っているんじゃないか。
空いた時間に提督と談笑できる事と、できない事。
この事柄だけでもその差をよく表している。
私は考え事をしながらもそもそと口を動かしているが、提督はもう皿の半分は消費したようだった。
そして不意に口を開く。



「近いうちに山城の作る美味いカレーを食べたいものだな」



間宮さんが言っていた言葉を思い出す。
提督は間宮さんを気遣う事を言っていたけど、本心はこの科白なんだろうか。
腹で鳴いた虫を押さえつけて私に指導するくらいだし。
私の願いを受理しそのまま数ヶ月経つ時点でそうなのだけど、嫌われているというのは私の思い違いで、
こう言われてやっぱり提督から悪くは思われていない事を改めて噛み締める。
不思議と陰鬱な気分はどこかへ吹き飛び、提督を見上げた。



提督は、少し照れ臭そうに口角を上げていた。



私は湧き出た感情をよく分からないながらも素直に受け入れ、顔には出さずに思う。
やっぱりこの人なら、私に幸せをもたらしてくれるに違いない、と。

……………………
…………
……

演習を終え、執務を終え、明石さんに欠けた分の艦橋を作ってもらい、今日やらなければいけないことは終わった。
夕飯も済ませ、一日の疲れをドックにてお湯で流してみれば、海は不気味な闇に包まれたばかりだった。
だが、かつての悪夢の舞台であった海のことなんか全く気にせず、
私は私なりに身の清め方を念入りに考えながらドックに入り浸っていたことを振り返る。
普段通りに疲れを流して早々と出て行った姉が、
自室で再会してみれば普段よりも早く眠りに就いていたのが不思議だったが、
私は眠る姉に小声で謝罪の言葉をかけてきた。
日付が変わるのを待たずに、誰もいない執務室の奥の扉を叩き、最早慣れた言葉をかける。

「今日も、月が綺麗ですね」

『…………。そうかもな』

沈黙の後、扉越しで入室の許可が降りたので、私は扉を開けた。
提督は、起き上がって寝具に腰掛けて待ち伏せていた。
じっと提督の目を見つめ、後に引けないよう後ろ手に扉を閉める。

「前に私がお願いしたことの三つ目、覚えてますか」

「……よく覚えているよ」

提督は、今更何を言い出すのだろうとでも言いたげに少し間を置いてから返した。
今更なのは私もよく分かっているけど、構わず俯くように頭を下げる。

「ごめんなさい。あのとき私は自分と提督に嘘をついていました。
……でも、あのときから私は自分にとっての幸福を考えてきたんです」

今までの事を振り返ってみれば思い浮かぶのは、後継の戦艦組のこと。
私の練度は上がってきたが、元々の性能に大きな高低差があるので結局は勝てない。
練度があの戦艦組より上になっても、
敵艦を一撃で葬れる能力に勝ることはできない。
練度を上げれば上げるほど私の実力を明確に見つめられるようになっていき、
私の劣等感はますます強くなってきたのだ。
いくら頑張ったところで生まれ持った錘は断ち切れない。

「もう不幸から抜け出す事は諦めましたけど、それが辛くなくなるくらいの幸福が欲しいんです」

近代化改装を行えば別の欠陥が浮き彫りになる経緯を嫌というほど歩んできた私。
一度死んでから艦娘として蘇生されても、私が"山城"である以上、ついて回る欠陥の肩書きからは逃れられなかった。
私はその事を悟った。
だから、もう"山城"なんてどうでもいい。
解体されて艦娘としての戸籍を失ってもいい。
私はそういう気持ちで提督に追加でお願いをする。

「……おいで」

黙って話を聞いていた提督が私を招く。
よく分からないまま、私は寝具をぽんぽん叩く提督に従い、上がり込んで横になった。
それを見届けてから、提督も同じように狭い寝具に潜る。
私と距離を開けるように落ちそうなくらいに寝具の端で横になり、布団をかけてしまった。

「……え?」

素っ気なく天井を向く提督の意図が分からない。
私の話が聞こえなかったのだろうか。
横顔を見せる提督はそのまま不意に口を開いた。

「こういうのも、幸せの一つだと思うんだが」

私は頭が真っ白になった。
これが私の望んでいたことだと?
ふざけないで下さいよ。
私は提督の作戦に、初めて異議を唱える。

「……!」

私は、ばさっと提督のかけた布団を乱暴に退かした。
床に落ちたが汚れることなんか気にせず、
私は提督に馬乗りになってその両手首を鬱血するほど握り締め寝具に強く押し付ける。
思いのままに激情で声を荒げる。



「私じゃ駄目なんですか!?」

「確かに私は欠陥ですけど! 一回くらい大きな幸せを望んだっていいじゃない!」



「落ち着け」

だが、馬乗りにされて身動きの自由を奪われても提督は抵抗しない。
見下ろす私を睨みつけることもしない。
ただ真顔で私の目を見つめるだけ。
ただ静かな声で私を嗜めるだけ。



「別に山城が幸せになっちゃいけない訳じゃない」

「私が他人に幸せなんか与えられると思ってないだけだよ」



私はそれを聞いて、艦橋に昇っていた血が引いていく感覚を覚えた。
すーっと冷静になった私は改めて提督の目を覗く。
提督はあくまでも他人事のような口調でいたが、言霊とは不思議なもので、
そんな嘲笑うような話を聞くと提督の目から覇気がなくなっているように見える。
提督はやっぱり、根っこのところは私と似ている。
この人も結局は自信なんかないのか。
この湧き起こる感情はなんだろう。
同情ではないはずだ。
そういった哀しい気持ちではない。
私はこうして馬乗りになっていなければどこかへ消え入りそうな提督に、鎖になるような言葉をかける。

「私の幸福のためには、提督が必要なんです。私に幸せを教えて欲しいんです」

「提督の手で、私を近代化改装して下さい」

……………………
…………
……

提督は再び寝具に横たわるよう指示したが、今度はしっかりと私に向き合ってくれている。
巫女服の帯を外され、前を肌蹴させられる。
まるで明石さんや妖精さんに見て貰っているみたい。
でも全然違う。

「ど、どうですか? 私の艦体、欠陥とかありませんか……」

恥ずかしい。
欠陥持ちの自身を提督に全て曝け出すのに抵抗が全くないと言えば嘘になる。
自信なんかなくて、晒された胸を、腹を両手で隠す。

「確かにお前は欠陥持ちなのかもしれないな」

私を見下ろす提督は無慈悲にもこう放った。
とてもぶっきらぼうで、心のどこかでそれを否定してほしかったと悲しむ自分がいる。
だけど、提督の言葉はそれで終わりではなかった。

「只、それ以上に山城には魅力を感じる」

――やっぱり、反則だわ――

私の凝り固まっている心と身体は、いとも容易く提督に解されていった。
私の身体が欠陥持ちなせいで、簡単に弾薬庫に引火する。
消火もままならず、優しいながらもその中に激しさを含んだ手付きで提督は私を溶かし、
新たな形へと近代化改装させていく。
私の身体が私の身体でないみたいに、提督のものになったようになる。
自分の制御が全く出来なくなり、
熱い海に漂流したころ、提督は一旦手を離して意味の分からないことを囁く。

「あのな。本当の夜戦というのは、ここからなんだよ」

「はぁ……、はぁ……。え……?」

夜戦? 近代化改装?
もうどっちだか分からない。
どっちでもいい。
ぼんやりした頭では考えられない。
とっくの昔にスカートを外され、色気皆無の褌も緩められ、
何も遮るものがない私の足の間を提督は割って入ってくる。
次は何が来るのかと予想もできないまま、私は突然もたらされた痛みに悶えた。

「痛っ、ぃ……! やっぱりふこっ……、だわ……!」

苦しい。息が乱れる。
悲鳴を上げずにいられない。
寝具の布にぎゅっと捕まる。
強く瞑った両目のうちの片目を開けてみると、私の下腹部と提督の下腹部がくっついていた。
いつの間にか肌蹴ていた提督の下腹部から伸びる砲身が、直に私を貫いていた。

「辛いか……抜こうか」

提督が下腹部を引こうとする。
ずずっ、と、狭い私の中を提督の硬い砲身は動く。
痛いにも関わらず、私は反射的に声を絞り出す。

「あっ……、だ、駄目です……。幸せのためなら、これくらいの痛み……っ、
ひっ、ぐ……、ここまで来て、やめるなんて……!」

「……ゆっくり進めるから、我慢してくれ」

提督はそれだけ呟いて、引いたそれを再び私の中に押し込む。
潤滑油が不足しているというよりも私の中が狭すぎる故か、動きは良くない。

「ぁ、あぁっ、いや、いやぁ、あぁ、ああぁあぁ……」

やめてほしい。やめてほしくない。
私の葛藤は互いに勝敗が決まらず、その戦況が自然と口で提督に報告される。
ぐちゃぐちゃになった思考は提督にずんずんと突かれることで、更に攪拌されてゆく。
いつまで経ってもそんな調子でいる私に痺れを切らしたように、提督は行動に出る。
みっともなく揺れる私の胸を。
忙しなく左右に振る私の頭を。
提督は情を込めた手付きで私を扱ってくれる。
大切にされている。
乱れる心情の中、提督の思いは一直線に私の中を貫いた。
私の奥に、提督の熱いものが、熱い思いが、絶えず何度も何度も強い衝撃で届けられる。

「あっ! あう! んっ、んんっ、んや、や、ぁ、私、こんなのっ、知らな、いぃっ!」

どれくらい突かれただろう。
いつの間にか私は苦痛から解放されて、脇目を振らず声を上げていた。
提督の動きも速いものに変わっている。
私がそれを止める選択肢はなく、全ては提督に託している。
身体全体の、特に下腹部の熱が提督の動きに合わせてじんじんと脈打つ。
もうこれ以上は無理だと訴えかける奥底の私の小さな叫びは伝わることなく、無理矢理上り詰めていく。
そして。

「くっ……!」

「あっ……、ああああああぁぁっ!!」

提督が砲身を私の奥に叩きつけ、硬直した。
提督の砲身が私の中で膨らみ、その直後、私の最奥を熱い何かが満たしてゆく。
私の弾薬庫はそれに引火し、爆発を起こした。
全身が痙攣する。
提督から発射された弾丸を愚直に受け止め、私は何もできない。
しばらくして提督の砲撃はやっと収まり、やがて砲身が私の中から抜き出された。

「はあ、はあ……。近代化改装、これで、いいだろう……?」

提督はそんなことを聞いてくる。
成功したと思う。
提督の熱いものは貰ったし。
しんどかったけど、最後はその、気持ち、良かったし……。
確かに、幸せ、だった。
しかし私は息を荒げながら小さく顎を引くだけしかできず、息を整えたときにはもう意識が落ちていた。

……………………
…………
……

翌日。
何事もなかったかのように朝は始まった。
実戦の先駆けに演習を行うと、とても調子がいい中勝利判定を得られた。
気を良くした提督は、褒められて気を良くする私に、
私だけに分かるようなほんの僅かな程度に含み笑いを浮かべて言う。

「山城は昨日久し振りに近代化改装したからな。頑張るんだぞ」

私が昔に近代化改装の限界を迎えている事を知っている随伴艦は戸惑う。
姉はどうなのか分からないけど、そんな姉含む随伴艦の様子を尻目に私は密かに優越感を感じていた。
ずっと前は責任感だとか義務感だとかで海へ出ていたけど、今は違う。
ついてきてくれる姉に褒められたくて。
帰りを待つ提督に褒められたくて。
姉や随伴艦を率いて、暁の水平線に勝利を刻む約束を、提督と刻む。



「提督……山城、必ず帰ってきます」



私は艦隊の先頭に立ち、岸壁から海面へ意気揚々と進水した。
陰りない朝日が、海面の波をきらきらと白く輝かせているのが眩しかった。

これが気に入ったら……\(`・ω・´)ゞビシッ!! と/

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最終更新:2017年12月24日 09:53