陸地の影も形も見えない、太平洋の沖の果て。
波の静かな海上に、白線を真っ直ぐに描いて進んでゆく一隻の小型クルーザーの姿があった。
――通常の小型艦船の10倍近い、暴走とも言える異様な速度で。
「あーあーマイクチェック、マイクチェック」
場違いなハンドメガホンの音声が、急停止したクルーザーから晴れた海上に雑音を含んで響き渡る。
海上自衛隊の士官服に身を包み、金髪をツンツンと立て目付きの悪い奇妙な格好の若い男が、何もない海に向かって語りかけていた。
「ゴホン――英霊たる各艦に告ぐ!諸君の船体は既に海底に有り!海上にあらず!」
他に人影はおろか船のひとつもない快晴の洋上。一見、間の抜けた光景である。が――
「深海にて安らかに眠れ、艦霊たちよ!さもなくば――」
やがて呼び掛けに応えるように、俄に空が掻き曇り、波が高まる。
そして。
『否。――我らの戦争、未だ終わらず』
低音とも高音ともつかない、海上に響き渡る雑音混じりの不気味な声と共に、憤怒の形相が海底から現れ――やがて全身が、ゆっくりと海上に浮かび上がった。
一人、二人――三人の女型の『亡霊』。それ以外に、全身から暗い嵐の色を滴らせ、真紅の眼をしたそれらを形容する言葉は無い。
それらは右舷、左舷、そして正面に陣取って彼の船を取り囲み波間に立っている。
同時に、三体のそれぞれはるか後方に、蜃気楼のような巨大な亡霊の影――威圧的な軍艦の姿が浮かび上がった。
『応。この世のすべての艦を、深海に連れ逝くまでは――』
亡霊たちの赤い瞳に膨れ上がる敵意、殺気。――瞬間、男は叫んだ。
「ビンゴ!行け、金剛!」
「イェッサーー!!」
海上に不意に現れた巫女服の娘が、波間を蹴立てて走り抜け――正面の女亡霊の姿を、その勢いで力いっぱい蹴り飛ばした。
吹っ飛んだ青灰色の女姿が、海上に叩きつけられた瞬間に霧散する。同時に、その背後の幽霊軍艦の砲塔が生物のように蠢きはじめる――しかし。
「Burning――love!!」
金剛と呼ばれた巫女娘の奇妙な咆哮と同時に、その背に負った巨大な砲塔が轟音と共に炎を吹いた。
放たれた砲弾は、狙い違わず敵艦を貫く。軋むような悲鳴のような声を上げ、幽霊軍艦の姿はかき消えた。
同時に右舷、左舷にも『金剛』と同じような格好の、男の配下の娘が立ち向かい、戦闘が始まっていた。
「重巡2、空母1――前回よりは多少手強いですが、私たちと金剛姉さんの敵ではありませんね」
敵の人型と格闘戦を繰り広げながら冷静に戦況分析し、砲火は間断なく相手背後の幽霊艦へと放ち、その動きを牽制する『霧島』。
「まったく…早く扶桑姉様と会いたいのに、今日も戦艦相手じゃないなんて…!」
波立つ海上に居ながら滑るように艶やかな動作をもって敵の砲撃を回避しつつ、なぜか拗ね顔で応戦する『山城』。
「うわッ!!おいお前ら!提督サンの船はフツーの民間船なんだからな、ちゃんとカバーしろよ!沈められたら負けだと思えよ!!」
そして彼女たちと幽霊軍艦の大砲戦の波間に揺れに揺れるクルーザー『艦隊これくしょん丸』。
「ヘイ、テートク!重巡一隻、反転したヨ!」
金剛の声に提督と呼ばれた金髪が左舷を観ると、更にもう一隻を大破され形勢不利を悟った残一隻が回頭していた。戦線離脱するその速さは、当たり前の軍艦の速度ではない。
「あぁ、そっちなら追わなくて良い――いったぞデカ女!片付けろ!」
「…デカ女、と」
さほど大きくもない男の声に、そこから目視すら困難なほど離れた海上で待機していた一人の娘が応ずる。
「――言うなッ!!!!」
巨大な武装を全身に施した娘――『日向』の一斉全門斉射が、逃げる敵艦を粉々に打ち砕いた。
***
「飲み会ならお前らだけでやれよー」
「え~テートクいないとつまんないヨー」
その夜の鎮守府、大広間。
畳敷きの大宴会場といった風情のその席で、倉庫から金剛が持ってきた正体不明の日本酒を、目つき最悪の金髪提督が苦い表情で煽る。
宴席には昼間に戦った軍艦娘のほか、今日の敵であった艦娘――重巡『鳥海』『那智』空母『蒼龍』が並んで正座していた。その姿からはすでに怨霊的なものは一切抜けて、興味深げに状況を見つめる三人のただの娘である。
「は~…なんだってオレがこんな鉄とアブラくさい悪鬼悪霊どものリーダーやんなきゃなんねぇんだよ…」
「悪霊じゃないです。『艦娘』です。訂正を、司令」
メガネの奥から軽く睨みつつ、霧島が提督のグラスを満たす。
「お前らこそ『司令』とか『提督』って呼ぶんじゃねー。俺はただの神社の跡継ぎ候補であって別に海戦指揮のプロでも戦艦マニアでも船好きですらないの。素人。提督とか銀○伝のヤ○提督しか知らねーし」
再びグラスを口へ運ぶ。
ちなみに酒保の質は相当高いのでかなりの高級酒なのだが、貧乏暮らしが長くかつそれほど年齢を重ねていない彼はそれを理解するほどの口は持ってはいない。
「なのにお役人の奴ら、いきなりオレをとっ捕まえて海上の悪霊払いだっつって、ヨコチンだかなんだか知らねぇがこんなトコにもう三ヶ月も監禁しやがって」
「横須賀鎮守府です」
霧島がくい、と眼鏡を直す。
「で結局このしょぼい建物とボロクルーザー一隻しか寄越さねぇし…お前らが曳航するから早くて揺れないにしても海上は圏外だからスマホいじれなくてヒマなんだよ」
金髪のクセに黒い眉を不機嫌に潜めると、この男のクマ気味の目つきはもはや悪人レベルに達した。
「それでも勝利と調伏を重ね、戦力は充実してきているではないですか。それに『何でも言うことを聞く』妙齢の女性ばかり従えて、見る人がみたら羨ましがる環境かも知れませんよ?」
「ババァばっかりじゃねーか…」
「あら、そういう趣味のお方で…」
「ちげーよ!お前建造何年よ!?オレはタイヘーヨーセンソーとか知らないし興味もない平成生まれなんだよ!!ああ~ピザ屋のバイトに戻りて~!ゲームの話とかしてぇぇぇぇ!!」
「ハイハイー。とりあえず今日の勝利と新しい仲間と、提督の未来にカンパーイ!!」
頭を抱えた元フリーターを尻目に、もはや飲めればどうでも良い風の金剛が満面の笑みで宴会の開始を宣言した。
彼が国家から与えられた権限は、海上自衛隊・横須賀地方隊付、『特殊艦隊』司令官。
――こんな冗談みたいな戦闘が、平成日本の片隅で、国家公認で人知れず繰り広げられていたのであった。
***
「しれぇ~?飲んでますかぁ~?」
「うっせーな飲んでるよ!つーかお前ら弱すぎだろ!なんでオレ一人取り残されてる感じになってんだよああ?!」
艦娘たちはあっちでは酒ビン片手に目を回しこっちではなぜか尻を突き上げて突っ伏し、死屍累々の体である。
「とりあえずウコンとウーロン茶をだな…全く、なんでこんなとこで女子大サークルの引率みたいなマネしなきゃなんねーんだよ…」
「こっちだってまさか金髪黒マユゲを司令と呼ぶ日が来るなんて…ってか、それにしてもー……司令は女の子ニガテですか?もしかして」
「おいあんまくっつくな…って、ちょ…」
酔ったらしい霧島の柔らかいカラダが、どちらかという細身の提督に伸し掛かってきた。鉄と油どころではない、娘らしい柔らかい匂いが提督の鼻腔をくすぐる。
「なんでも言うことを聞く娘たちを使って、この辺りを満足させるのに使おうという気は起きないのかしら。ちょっと試してみようかな…」
押し倒した提督の、脚の間あたりを霧島の白い手がすうっと無でる。
「お前…自称頭脳派のセリフかよソレは」
「ふふん。でも金剛姉様のお気に入りに手を出したら、後で怒られちゃうかな~?」
言いながら、さっと身をひく霧島。
「…なんだそりゃ。挑発しといて焦らしてるつもりか?サマになってねーな。あんま慣れてねんだろ」
反射的にムッとした彼女を、提督は一瞬で逆に畳の上に組み敷いた。霧島は、驚いた顔で眼鏡の奥から提督を見つめる。
「悪いけど、この流れで照れるような好青年じゃねーんでオレ。知ってると思うけど。アル込みで挑発されたら、喰っちゃうタイプだよ?」
「そ…それは、えーと、あの…」
意外に端正な顔に間近で見つめられ、霧島は驚いた表情のまま頬を染める。
「――ん?どうすんの?」
どどどうしよう…………、てか、意外とカッコイイ…
ま、いっか…。こうなっちゃったらまぁ…。
「の、望むところですよ…?別に、初めて、じゃあ、ないですし…」
余裕の笑みで返したつもりが、ちょっと声が震えた霧島だった。
***
「は…はぁん…気持ちい…」
「あんま声出すなよ。誰か起きたら恥かくのお前だぜ」
巫女服の前を自らの両手で左右にはだけさせ、こぼれた柔らかな乳房に舌を這わせる。必死に声を抑える霧島。やらせといてなんだが予想以上のエロスを感じる光景だった。
「そう、そこ、下から舐めていって…いっぱい吸って…うぁ…っ、あ…ん」
「エっロいオンナだなお前。普段のメガネはあれか、ムッツリか?」
いつもは知的な秘書然とした雰囲気を醸し出す霧島の予想外の乱れ姿にヤンキー提督の方もかなり制御が効かなくなりつつあったが、あくまで冷静に上位をキープする。
「やぁん、言わないでぇ…司令ぇ…」
鼻にかかった鳴き声。乱れた裾の奥で、肉感的な白いふとももをすり合わせる霧島の素振りを、やんちゃに遊び慣れた提督は見逃さない。
「そろそろこっち触って欲しいんだろ?…答えなくていいぜ、触れば分かるし」
軽いキスに意識を向けさせておいて、警戒なく霧島の下着に指を滑りこませる。むっとした熱気に包まれたそこは、予想通りに乱れていた。
「はっ、スゲェな。胸ちょっといじっただけで、こんなに期待してんの?」
「…やだぁ……」
軽く入り口にノックしたり、突起の感触を回すように撫でると、霧島は悲鳴を堪えるように口元を押さえて悶える。
「――で。ただしてもらうだけで良いと思ってるのかな霧島サンは?」
「…はぁ、はぁ…な、何をしたらいいでしょうか…」
「いつものセリフで言ってみてよ」
羞恥を煽る提督のお言葉。真っ赤な顔で視線を外し、もじもじしながら霧島が口を開く。
「ご、ご命令を…司令…」
「よく出来ました。ではまずお口でよろしく」
戯れに差し出した提督の人差し指を、おずおずと口に含む霧島。
提督の逸物を霧島が無心で舐め始めるまで、その段階からそう間は掛からなかった。
***
ちゅぷ、くちゅ、というイヤらしい水音。眼鏡の奥の霧島のとろんとした瞳、根本から先端までくまなく刺激する桃色の舌、白い指。
何よりも霧島自身の激しい熱意と欲望を熱く強く感じて、提督のそれは高く太く反り上がる。
「もういいよ、霧島。――来いよ」
「きゃあっ?!」
霧島の腰を掴んで抱き寄せ、横たわった自らの身体を跨がせた。提督の視界は霧島の乱れ姿で満たされ、空気は霧島の匂いに包まれる。
この姿勢だとここからどうするかは霧島自身の意志が決めなければならず、その結果は霧島の欲望の証明となる、ある意味で最悪の羞恥プレイである。
しかし――霧島はそこまで意識してか否か、一切の躊躇なく片手で提督の反り立つモノを自らの秘所へ誘導し、ゆっくりと腰を下ろしていった。
「う…ああぁぁぁっ……」
ずぶずぶと、霧島の中に提督のものが飲み込まれてゆき――やがて、着底。
「…司令、司令の、大っきい…です…ね……んっ」
「そりゃしっかり準備してもらったからなー。気持ちいい?」
「…はい…」
――可愛いじゃん。
頬を赤く染めて頷き、無意識にか腰をくねらせ、額や胸先から熱い雫を滴らせる霧島の姿が急に愛しく思えて。
「んっ、そんな、突き上げ…急に、あっ、やぁッ……!」
「悪い、霧島。もうちょっと可愛がってやろうかと思ったけど、なんかもう――イキたいわ、オレ」
「あぁ…はい、んっ、来て、わたしの、中に…ぜんぶ……わ、わたしも、もう……」
「あ、もう外して良いぜ」
ズレてきた眼鏡を外して枕元に起き、提督は霧島の熱い身体を抱き寄せた。
「もっかいキスしても良い?」
「はい、でも…お嫌でなければ…」
「お嫌でない」
素顔の彼女と存分に唇を合わせ、互いの胸の熱を感じて、背に手を回し合って――
一夜の遊びどころか、まるで熱烈に愛しあう恋人たちのように二人は激しく感じ合い、求め合って、接合したまま同時に果てた。
***
「幻滅したでしょー?でもオレはもともとこういうタイプでさ、軍属とか世界を救うとか言ってもスタイル変える気はないんで」
「いいえ。幻滅なんてしませんよ。私が誘ったんです。――嬉しかったですよ、ちゃんと女性としても見てもらえるんだな、って」
「悪霊じゃなくて、かぁ?」
横になったまま軽口を叩く提督の横で、着衣の乱れを直して正座する霧島。
「――貴方は、艦娘たちに人気があるんですよ?自覚はないでしょうけど」
「ははッ、バカ言うなよ」
「結構気むずかしいところのある金剛姉様をあんなに手なづけたり、常に冷静な日向の素顔と覇気を引き出させたり」
タバコが欲しいな。久々に。
そういうものがないと、こういう時間このような会話はこの提督にとって気恥ずかしいものでしかなかった。
「それはだって――あいつらがそうだからだろ。オレがどうという話じゃない」
「あくまでムリはさせず、全員揃っての帰還を第一に考える方針も。文句ばかりだけど、この仕事を辞めない理由も――」
「――それは、やめて」
起き上がり、思わず低く強い口調で遮る。その二つは、彼にとっての負い目を刺激するものだった。
「そんなことより、お前。――前の戦争では、そこそこ活躍したの?」
「え?」
驚く霧島。そういう類のことを彼が聞くのは、初めての事だった。
まるで軍艦になど戦争になど興味はない、そんな態度であったのに――。
「…勘違いするなよ。ちょっと知りたくなってきただけだ」
「はいはい。――三式弾、てご存知ですか?」
懐かしいような楽しいような、やんちゃな孫に昔話をする気分で、霧島は語り始める。同時に、確信に近い直感を得た。
すべての艦の戦争を終わらせられるのは、データ以上の破格の方…きっとこの人しかいないのだろう、と。
「英霊たる各艦に告ぐ!諸君の船体は――あぁ、もう面倒くせえ!行け、金剛!!」
「イェス、サー!!」
そして、今日も。
砲火と轟音が、海上に響く。
(End.)