提督×山城14-827


私は、提督に叱られてから素直に自分の部屋に戻って布団に身を預けていた。
隣の布団では姉が憑き物なさげに寝息を立てているけど、私はその姉のようにはなれないでいた。
横になると再び緩んできてしまう涙腺から流れる一粒の涙を拭う気力も起きない。

――私、提督に嫌われてるのね――

自分でも忘れそうになるが、私はこの鎮守府では最古参の戦艦だ。
提督が言うには初めての戦艦らしい。
まだ不慣れな様子を隠し切れていない提督が物静かに挨拶し、手を差し伸べてきたあの頃の記憶も、
今では忘却の危機に晒されている。
その頃のここは私以外に戦艦はいなかったし、姉も含めて幾つかの戦艦が私より後に建造されてきた。
艦が多く増えていくまでのしばらくの間、秘書艦として提督の補佐をしてきた経験もあるが、
その記憶もまた崖っぷちでつま先立ちしているような状態だ。
何せ、記憶に留めておけるほど特徴的な出来事があったわけでもない。
あの頃の私は執務に慣れようと奔走するのに必死だった。
対して不慣れだった提督の姿を見れたのは極短期間で、その後は仕事人間と言える性格の全貌を露わにした。
それから私達の関係はいつまで経っても上官と部下でしかなく、淡々とカレンダーを捲ってきた。
そしてある日を境に、秘書の座を降ろされたのだ。
私にとってはもうそれなりに執務や出撃に慣れることが出来ていた頃で。
さあ明日も頑張ろうと思っていた矢先、めっきり艦隊にも招集されなくなった。
この鎮守府に配備される時期が私より遅れた姉はその後も暫くは持ったが、
やはり私と同じように艤装を部屋の置物にせざるを得なくなった。
それからの提督は、私達より性能の良い戦艦を招集するようになって行って、今に至る訳だ。
ここまで鑑みて、私が提督に好感を抱かれていることを決定付ける出来事が全く無かった事に気付いた。
救いなのは、提督がその後継の戦艦組にも私と同じような態度で接していることか。
果たしてあの提督が感情を心から溢れるようにして曝け出す相手がこの鎮守府にいるかは永遠の謎だが、
それでも今日の提督の仕打ちは私にとってかなりショックな出来事となった。
提督は私達艦娘を部下としか見ていない。
好き嫌いの感情はない。
私の中で長く保ってきたそういう前提が崩れた。
あんな提督だって男の人だし。
対して私は女。
艦としての性能は欠陥レベルでも、人格の方くらいはまだ並に自信を持っていたのだ。
それなのに突き放されるなんて、滑稽の極み。
提督の局部は反応を示していたけど、今思えばそれは私の与えた刺激がそうさせただけだったのだ。
興奮していた様子は微塵もなかったのだ。
あの提督は性欲基準で物を考えるタイプではないことを失念していた。
あの場面までいってなお提督に鬱陶しがられる、と言う事はやっぱり。
嫌われている。

「……っ」

いつもの口癖も出ない。
ただ、これは提督に嫌われている事がショックなんじゃない。
提督に嫌われているということは、艦だけでなく人格の方も欠陥があったということを示しているのだ。
それがショックだから、涙が漏れているのだ。
……そんな有様でも姉だけは心から信頼できる唯一無二の味方だ。
姉が私を受け入れてくれれば、私は艦底の下駄を脱いで海に身を投げる気にならなくて済むのだ。

話を戻そう。
不幸のどん底で姉だけは私の事を受け入れてくれるが、私はそれだけでは我慢できなくなっていた。
不幸のどん底で互いの傷を舐めるのは、
不幸の底なし沼に一人で沈む事と相対的に見れば幸せかもしれないが、
絶対的に見てしまうとそんな訳が無い。
私はこの現状では満足出来ていないのだ。
あの鎮守府で提督とケッコンカッコカリを行った艦の話を思い出してみる。
毎晩提督と夜戦をしている。
それはとても幸せな事だ。
夜戦とは具体的に言えばこうこうこういった事をするのよ、と言っていたが、
経験のない私は話の内容を半分も理解できなかったように思う。
とにかく、まずはやってみるだけやってみようという突っ切った考えの下私は動き、
自分で自分を近代化改装させるべく提督に夜這いをかけた。
不幸の渦中にずっと巻き込まれ続けた私にとっての幸せが何かなんて、もうよく分らない。
いくら考えても纏まらず、思考はぐちゃぐちゃになっていくだけだ。
だから、提督に拒まれてお説教されたところで自分の意志は変わらなかった。
藻にも縋る思いの私は、
提督と夜戦をしてみれば何か状況が変わるはずなのだ、という短絡的な思考しかできなくなっている。
提督の出した罰は何だったっけ。
山城にとっての幸福を考え直せ、と。
ならば、私はそこに抜け穴を作ってしまおう。
適当にでっち上げて、提督と夜戦する事が私の幸福なのだとでも説得してしまおう。

「もうやめさせないわよ、提督……」

私は、深く布団を被って目を瞑った。

……………………
…………
……

次の日。
提督の元から現行の秘書が離れた晩の頃を見計らって、私は執務室の扉を叩いた。

「入れ」

「失礼します」

命令が下りたので扉を開け入室する。
提督は依然として執務に励んでいるようだった。ご立派なこと。
フローリングの木目の奥の執務席に鎮座する提督は、私の顔を見てなお顔色を一切変えず問いてくる。

「どうした」

「昨日の事で話があります」

私は提督の執務卓の前まで歩き、提督を見つめた。
それから、赤いスカートの上で両手を重ね、深々と頭を下げる。

「まず、昨日は迷惑をかけてしまって、すみませんでした……」

「……嗚呼。それについてはもう気にしていないから大丈夫だ」

部下に気を遣ってのコメントなのだろうけど、
私はこれを"お前のあんな醜態なんか思い出したくない"と言っているように解釈してしまう。
手が痺れるように震えるが、我慢。
本題はここからで、うまく提督を頷かせなければならない。
書類を提督宛に書き上げてポストに投函する選択肢は、私にはなかった。
直談判でないと押し切れない気がした。

「それで、昨日言われた通り私にとっての"幸福"というものを考えてきたので、お願いがあります」

「何かな」

「まず一つ。私をもう一度主力艦隊旗艦に、そして提督の秘書艦にさせて下さい。
二つ。扶桑姉様も随伴艦とさせて下さい」

私は嘘の理由で象られたお願いと、本心からのお願いを並べ立てる。
そして、一間置いて本質のお願いを述べる。

「三つ。提督は私と、や、……夜戦をして下さい」

軍帽のつばの下に潜む、まるで値踏みするように鋭くさせている目を見つめる。
提督はペンを握ったまま瞬き一つしない。
何を考えているのだろう。
数秒待ったが、何の反応もないので再度私は頭を下げる。
目を瞑って祈るように懇願する。

「お願いします」

「……頭を上げてくれ」

言われた通り頭を上げる。
提督はペンを置き、軍帽のつばで陰っていた目元を、顔を上げることで明かりを受けていた。
提督は机に肘を突いて顎を手で擦り、まだ値踏みするような訝しげな目をしている。

「山城にとっての幸福が何なのかは聞かない。
最初の願いは受け入れよう。
次の願いは出動目的や資源のあり方で毎回はできないと思うが、努力はする。
だが……」

戦艦タ級に特攻をかける位に後先考えず放ったのだが、嫌われている割には意外にもすんなりと通ったものだ。
ほっと安堵するのも束の間、最後の回答を待つ。
提督は作戦を編み出すのに行き詰まった時のように軍帽を脱いだ。
心底理解が出来ないという様子だ。
提督は私の内を覗き込むように首を伸ばして目を凝視してくる。

「最後の願いは本当にお前にとっての幸福なのか?」

ま、昨日あんな事があった手前、疑われて当然か。
それでも私は、下手に心の内を漏らすことがないよう唇をきゅっと結び、ただ無言で顎を引く。

「……分かった、受けよう。仕事のない夜に好きな時に来るといい」

提督はやはり、何を考えているのか見透かせない顔のままに軍帽を被り直した。
前衛作戦はうまく行った事を確認し、私は執務室を後にした。

……………………
…………
……

次の日、約束通り提督は私を秘書に任命した。
これから久し振りに提督とほぼ一日を共に過ごしていくのだ。
すぐに見限られないためにも、自分の責務はしっかり果たさなければならない。
のだけど……。

「あの、提督。これはどうすればいいんでしたっけ」

「嗚呼、これはな……」

最古参の面目は渋いお茶の底に沈んでいた。
ずっと前に提督の秘書を離れてから今まで何をやっていたか問われても、語れる事は何もない。
他言できない疚しい事があったという事ではなく、本当に何もない。
だからお茶淹れも、執務を処理する腕も、すっかり訛っていた。
私が以前秘書をやっていたあの頃とは書類の内容も違っているから尚更だ。
これでは駄目だ。
こんな醜態を晒すために提督に頭を下げてここにいるのではない。
隣に座って、私とは対照的に何も聞かず執務を処理していく提督の足を引っ張りに来たのではない。
私は書類に何をどう書けばいいのか、この書類をどこに仕分けるべきか、
多少分らなくても提督には聞かず生半可な考えで処理して行こうとする。

「山城。これ違うぞ」

なのに、自分の書類に集中しているように見えた提督にすかさず指摘されてしまう。

「あっ、……ごめんなさい……」

またやってしまった。
焦る気持ちが一人歩きして、ついてこれていない実力が警鐘を鳴らす。
こんな調子では秘書なんかさせてもらえない。
保身のために出た謝罪の言葉が震える。
まだ出来るはず。欠陥戦艦とは言わせたくない。
本心は醜く足掻いてこう叫ぶ。
俯き視界の半分を書類で埋め尽くしていたが、視界の端から不意に提督がこちらへ手を伸ばしてきた。

「ひっ……!」

私を嫌う提督がとうとう堪忍袋の緒を切らした。
殴られるか髪を掴まれるか。
艦娘の肉体は防御力が格段に向上されているとか関係ない。
何も強化されていないどころか、下手すれば人並みより精神が弱いかもしれない私は、
提督から体罰が来るという予想に怯え、ぎゅっと目を閉じた。

「っ……?」

しかし、息を呑んだ私の予想に反し乱暴な衝撃は来なかった。
頭にあるのは何?
私や姉とは違い、ごつごつした手。
その手付きは子でもあやすように優しい。
そうやって私の髪を、頭を撫でている?
この感触は今まで経験がない。
ゆっくり瞼を開いて広げた視界には、私の頭に伸ばす腕と、私を見つめる真顔の提督の顔があった。

「えっ……、あっ、あれ……」

私は非常に困惑した。
そこは怒る場面じゃないの?
なんで私は頭を撫でられているの?
なんで提督は私を撫でているの?
提督が何を考えているのか分からない。
でも私の中にさっきまで感じていた恐怖心などは消え失せている。
提督はゆっくりとだがたった三度だけ頭を撫でて手を離した。

「あっ……」

「山城には久し振りの執務なんだから。分からない事があったら遠慮せず聞いていいんだよ」

提督はそんな事を言って、私がミスした書類の訂正作業を始めた。
私も自分のミスしたところがどういう具合に訂正されていくのか見なくちゃいけないはずだけど、
私はぼーっとして提督の横顔を見つめていた。
一心に私を見つめて救済の言葉を優しくかけてくれた時の提督の顔を思い出す。

――こんな提督でも、笑ったりするのね――

あれは ぱっと見、いつもの真顔。
しかし、注意深く見れば笑っていたような気がする。
何よりは目。
目は口ほどに物を言うとはよく言った物で、いつもの淡白な提督像が少し掠れた。
夜這いを仕掛けたときは目も口も険悪な雰囲気があったけど、今見たそれらの雰囲気は全く真逆で。
酷く剣呑なまでに冷たく波打っていた私の心の海は、温かく穏やかな物へと変わって行った。

「よし、出来た。山城も、欠陥呼ばわりされたくないならどんどん聞いていけよ」

「……欠陥? 私が? ち、違いますから」

この人のらしくない冗談を躱しながら、私は再び書類の丘に手を付ける。

……………………
…………
……

「不幸だわ……」

結局私は、欠陥戦艦だった。
南西諸島海域を制圧する任務を遂行すべく艦隊の旗艦として華々しく出撃したけど、
不幸と足の遅さと装甲の薄さが災いしたか、
敵主力艦隊の戦艦から重い一撃を貰って入渠し、起きてみればもうこんな真夜中だ。
戦艦は入渠が長いのだからあまり被弾してはいけない性能を求められるのに、この様。
姉を始めとする随伴艦に気遣われる旗艦なんて、情けない。
執務も戦闘も一人前に出来ないなんて、この先未来はあるのか。

「はあ……、月はあんなに明るいのに……」

一寸先はあの遠くから照らす月さえない真っ暗闇か。
不幸の私には、お似合いかも……。

「ふ、ふふふ……。あれ……」

海辺の堤防をやや俯きながら歩いていると、ぽつんと申し訳程度に置かれているベンチに人影が見えた。
こんな夜中に誰だろう。侵入者?
下駄を鳴らしながら近づいてみる。
粗末な電灯が、その人の横顔を微かに照らしている。

「……山城か」

そういうあなたは、提督じゃないですか。
軍帽を脱いでベンチに背を預け、朧げに紫煙を燻らせている。

「隣、いいかしら」

「どうぞ」

何となく、だ。
同族を見つけたような気持ちになって、私もベンチに腰を落ち着かせる。
提督とは三十サンチほどの距離を開けて。
目の前に広がる黒い海を眺める振りで、横目で提督を見やる。
提督はどこを眺めているのか分からない目付きで煙草を嗜んでいる。

「寝ないんですか?」

「……眠れなくてな」

か細い声もあってどこか儚げだ。
らしくない。
私の知る提督は、ネガティブな今の私のようにこんなところで途方に暮れる姿が似合う人じゃない。
私が提督の事をほとんど知らないから、そんな身勝手な感想が出るんだけど。

「山城はどうしてここへ?」

「……へ?」

まさか提督からそんな事を聞かれるなんて。
提督は艦娘の私情には全く興味を示さない人物だと思っていた。
無感情な目で私を見つめる提督からの思わぬ問い掛けに気の抜けた声が出るも、すぐさま本心を口走っていた。

「私、何をやっても駄目だなって思って、気付いたらここに来ました」

何と要領の得ない回答だろう。
自分で言って呆れる。
提督はそれだけ聞いてまた海の方へ顔を戻した。
不気味なまでにひっそりとした海が、ざああ、と寝息を立てる。
提督は煙草を咥え、それから重く溜息を付くように、ふうー……、と白煙を吐き出す。

「山城が被弾したのは、私も悪い」

「え?」

提督は、今なんと言ったのだろう。

「私が適切な命令を出せなかった不手際で、山城に手傷を負わせてしまった」

どう考えても、随伴艦が避けろと叫んだのに避けられなかった私の不手際だと思うんだけど。
提督の横顔は遠回しに馬鹿にしているようには見えず、自分にも責任があると本気で捉えているらしい。
そう言って体の重心を前に置き、背を丸めて地面に視線を落とす提督を見ていると、
私は急に何か言ってあげないといけない衝動に駆られる。

「わ、私っ……。頑張りますから!」

「山城?」

「今日は全然駄目でしたけど、欠陥戦艦なんて言われなくなるよう、頑張ります。
だから、提督がそんなに悩む必要はないんです……」

「……山城は優しいな」

"だから"の使い方が合っていないこんな拙い言い分でも、
提督はほんの少しだけその横顔に安堵したような笑みを浮かべてくれた。
褒められた、のかな。
それが嬉しくて、私は気付かれないよう静かに腰を提督の方に少しずらす。
何も知らない提督は煙草の火を明るくさせて、また白い溜息を漏らす。

「今日みたいにうまく行かない日は、仕事が終わってからここに一人でいるんだよ」

そういえば、提督の言葉遣いも執務真っ最中の時と違って柔らかい。堅っ苦しい厳格な言葉遣いはどこへやら。
そして、それにはまるで"こういうことはよくある"という意味でも含まれているように聞こえる。
こんな提督でも"うまく行かない日"は多いのだろうか。

「そういう日はもやもやするから何となくで煙草に当たるんだけどね。
一時的に何も考えなくなるだけで何も変わらない。
自分でも何がしたいのかと思うよ……」

提督は短くなった煙草を挟んだ指で弄んでから、地面に叩きつけて踏み躙った。
それを拾って、揉み消したそれを携帯灰皿に仕舞い、全てを無かったことにしようとする。
背もたれに身を沈めてそんな事を言う提督の声の抑揚はひどく平坦で、提督はまるで他人の話をしているよう。
何だか、ここまで来ると提督に親近感が湧いてきた。
遥か遠くを走っているようで、実は私と大して変わらないところで足踏みしているのではないか。
締まらないぼんやりした顔で空を眺める提督に見つからないよう、更に腰をずらす。
機械のようだと思ってきたけど、提督だって、一人の人間だったのだ。
もう今の提督に警戒心と疑心は、ない。
だから私は、こんな事まで聞いてしまう。

「提督は、私の事……嫌いですか」

「……嫌いだなんて言った事はない筈だぞ」

「はっきりしてください」

「嫌いだったらこんな事を喋ったりしない」

「もっと」

「山城の事は嫌いじゃない」

あの晩、不幸、だと思ったのは私の早とちりだったか。
嫌われていない。
それだけでも私は随分と救われた気持ちになっていた。
それなのに。

「寧ろ、こう優しくしてくれる山城は好きな方だよ」

――反則だわ――

そんな科白、姉以外に囁かれた事はなかった。
ここまで言えとまでは言っていないつもりだった私は、冷たい潮風が吹くにも関わらず体を、特に顔を熱くさせる。
じんわりと胸の中を何かが満たしてゆく。
この気持ちは何だろう。
ああ、そうだ。
きっと、姉だけだと思っていたら、提督も私の味方だった事が分かって嬉しいのだ。
私は、今一度腰を静かにずらす。
ぴったりと、私の体が提督にくっついた。

「山城?」

「提督って、似てますよね。私と……」

「そうか?」

「はい。ですから、今度またここに来る時は、私も誘ってくれませんか」

「……山城が迷惑じゃないならな」

こっちからお願いしているのに、そんな気遣いまでしてくれる提督と黄昏る事が、迷惑なわけがない。
こてん、と提督の肩に私の頭を預けても、何も言わないでくれる提督と一緒にいて、迷惑なわけがない。
提督から伝わる熱が私の心を穏やかにしてくれて、私は目を閉じた。
端から見れば幸せでも何でもないだろうけど、憩いの場を一つ見つけた私は、確かに小さな幸福を感じていた。
この幸福を存分に味わいたい。
暫くそうしているとその思いが強まり、私は提督に囁く。

「提督」

「どうした」

「私が言った三つ目のお願い、覚えてますか」

「……覚えてるよ」

「今ここで、それをしようと思うんですけど」

「……お前、自分が今どこで何を言ってるのか分かってるのか」

分かっている。
でも、今提督が欲しくなったのだから仕方が無い。
思えば、私がここで提督を見つけた時からこうなる運命だったのだろう。
煙草の火のように、静かながらも確かに燃え始めた情欲を、私は抑えようとは思わない。

「提督が嫌いなら、諦めます」

「……何度も言わせるなよ。嫌いじゃない、って」

提督はどういうわけか、このお願いも本気で受け入れてくれるみたいだった。
夜這いを仕掛けたあの時と比べると、対応がまるで正反対だ。

「どうしたんですか、本当に。あの時はあんなに怒ったのに」

「あの時のお前はやりたくてやっているようには見えなかった。だから止めたんだよ。
こうする事が自分の幸せだときっぱり言うなら、私は受け入れる。山城の好きにするといい」




それは心なしか、提督自身にも言い聞かせているように聞こえた。
それなら、と、私は席を立って提督の前に立ち、跪く。
私は拒絶する余地を残すつもりで、両手でやんわりと提督の足を開かせた。
提督は宣言通り全く抵抗せず、嫌な顔もせず私を真顔で見下ろす。
私は恐る恐るズボンのファスナーをつまみ、ゆっくりと下ろしていった。
その穴に手を入れ、下着の中を探って取り出した。
提督の砲は最初小さいままで、ちょっと可愛い。
だけど、それは手を添えて観察しているだけで、すぐに私を威嚇するように戦闘態勢に入っていった。

「提督、興奮してるんですか?」

「見れば分かるだろ」

口は素っ気ないけど、そこは正直みたい。
こんな私でも興奮するんだ。
ないと思っていただけに反動は大きく、意外だし嬉しい。
何本も血筋を浮かべて大きくなったそれは、
潮風で冷やされた手で握ってみると、手が温められるほど確かに熱かった。
私はそれを熱く見つめながら握った手を上下に動かす。

「っ、っ……」

提督が息を詰まらす音が聞こえる。
浮いた血筋の手触りを感じながら、砲身を観察する。
私の扱う無機質な砲とは違い、生きたそれはどういう構造をしているのか、時折びくっと震える。

「はぁ……、はぁ……」

私の少し荒くなってきた息が、それに当たるのがこそばゆいらしい。
小さくて可愛いとは思ったが、大きくなっても可愛いままだった。
これは、優しく愛でてあげないといけない。
私はそう悟り、顔を近付ける。
濃い提督の臭いが一杯に鼻を満たすが、不快には感じなかった。
感じた事のない独特の臭いだけど、癖になりそう……。

「はぁ……、んむ」

くにゅ、と唇を砲身に押し付ける。
あ、また震えたわ。
これだけでも物怖じするなんて、提督じゃないみたい。

「ん、んん、んぅ……、えぅ、ちろ、ちろ、ぺろ……」

「っ、く……」

堪らなくなって舌を這わせてあげるでも、提督はやや強く息を吐き出す。
なんだ。あの晩は強気で押し退けておいて、実は経験多くないじゃない。

「うぅ、えぅー……、ぺろ、……はぁ」

でも、私はまず経験が全くない。
だからこれくらいしかできない。これより先のことは知らない。
舌を離し、目を動かして提督の顔を見上げる。
……眉間に皺を寄せて口を結ぶとは、苦しそう。

「提督。私、この後どうしたらいいか分かりません。教えて下さい……」

「唾液を多くしてから、咥えてくれ」

提督は迷わず開き直ったようにそう答えた。
提督の断らせる気力は完全に奪う事に成功しているようだ。
一方こちらも準備は出来ている。
とっくに沢山出ている唾液を舌に乗せ、再度それの腹を砲身の先端に押し付ける。
口も小さく開いて先端を包み込み、歯を立てないように気を付けながら、ずるりと呑み込んだ。

「ぁ、むぅっ……」

「うっ……。舌を動かしたり、頭を上下に動かしてみろ……」

「っ……」

ほんの少しだけ顎を引くことで了承の意を伝える。
舌をどう動かすのかを具体的に教えて欲しかったけど、そこまでの不満を漏らすのは無粋だろう。
試されているということにしておいて、私は言われた通りにしようとする。
と言っても、口の中を埋め尽くさんとばかりに砲身は熱膨張を起こしていて、
舌を満足に動かせるほど口の中にスペースは残されていない。
硬い砲身を無理矢理押し退けるように舌を動かす。

「……んぐ、おぇ、んちゅ、えぅ、ちゅる……、んう」

「おっ……、く……」

提督は呻くのを堪えている。
経験ない私だし、堪えるのは簡単よね……。

「ちゅる、んむぅ、はぁ……、んく、じゅる、はぁ、……」

鼻からでなく、わざわざ口に隙間を作らないと呼吸もままならない。
たどたどしいのは自分でも分かっているけど、それでも精一杯に舌を動かす。
巻きつけようとする私の舌が提督の砲身を更に熱くしているのか、あるいはその逆なのかも分からない。
咥えて舐め回すままに、提督を見上げる。

「う、はあっ……」

負けないくらい熱っぽい吐息を提督は抑えられていない。
なんだ。これでは提督も経験が全くないみたいじゃないか。
やっぱり、提督は私と似ている。
楽しくなってきた私は、行為をエスカレートさせた。

「ん……ちゅ……、ん、んっ、んっ、ふっ」

「く、うっ、あっ」

言われた通り、頭を上下に動かしてみる。
口の壁で砲身を擦る。
歯が当たらないように気を付けるのに精一杯で、あまり大きく上下させることはできない。
小刻みながらもそれなりのスピードはつける。

「う、うああっ、やま、しろっ。すぐ、出ちまっ……」

出る?
何が?
脳内演習どころか予習さえしていない私は、どこから何が出てくるのか皆無検討がつかない。
まずそれは出てはいけない物なのかすらも。
しかし今更撤退する選択など、今の私にはあり得ない事だった。
単純な動きのままどこを目指しているかも分からず突き詰めて行く

「ふっ、んむ、んっ、んんっ、ぅ、んぐっ!? んんっ、んんぅぅぅぅ……!!」

すると、突然何かが私の口の中を染め上げた。
じわあ、と熱い液体が広がっていく。

――不味っ!? 何、これ――

味覚が新しい感覚を図鑑に登録しようと、頭にそれを送ってきた。
苦いような、臭いような、一言でひっくるめるなら不味いとしか表現できない直撃弾を喰らった。
提督の砲身を咥えるどころではなくなった私は、
こんな時でも最後まで歯を立てまいと砲を解放するのに時間をかける。
……まさかとは思うが、本当にここから出てきたの?
口を離すと、提督の砲身の先端にある小さな裂け目と私の唇が白い何かで結ばれていた。
それは一瞬の事で、重力に負け切れてしまったので未だに口の中身の正体を確かめられない。
この口の中に残ったもの、どうしよう。

「はあっ……。……や、山城?」

「……! ……ん、んん、ぅ、くっ、んぐっ、こく……っ! げほっ!?」

――不幸だわ――

口の中に入った以上、飲むしかない。
少なくとも人間の体から出た物であるから、毒ではないはず。
覚悟を決めて体内に納める事で事を収めようとしたけど、
それは不味いだけでなく物凄い粘度で、少し飲み込んでから盛大に器官を犯されてしまった。
みっともなく私は提督の足の間で咳き込む。
よく考えてみれば、最初から私の目的はこれにあった。
提督が出してくれる液体Xを取り入れる事こそ近代化改装の裏の手順であるはずだ、と。
今出来る限界まで近代化改装を終えていた私は、これを行えば更に強化できる。
なのに、私の口から灰色の地面に向かって白い何かが吐き出された。
ああ、勿体無い。
限界を超えようと無茶したのに、なんてこと。ふふ、ふふふふ……。

「山城。誰も飲めなんて言ってないんだぞ」

別に誰から言われてやっているわけじゃない。
自分のためだ。
でも自分に跳ね返ってきたこの苦痛に、私は未だもがき、涙ぐむ。
すると、私の背中に何やら擦るような感触が。
いつまで経っても咳き込み続ける私を見かねてか、提督が手で撫でてくれていた。
こんな事をしたって体の拒絶反応は収まらないけど、精神的には苦痛から大きく逃れる事ができていた。
私の体の怒りが鎮まってくれるまで、提督は優しく温かい手付きで背中を撫でて待ってくれた。

「けほっ……はあ……。て、提督、次は……?」

「いや、夜戦はこれで終わりだよ。よく頑張った」

体の津波が去ると、提督が今度はやんわりと笑って頭を撫でてくれる。
その言動はどう見ても私を子供扱いしていたのが分かったけど、
反論する気も起きず提督のあやしに甘んじる私は子供よね、と思った。
というか、大人か子供かなんてどうでもよかった。
安心感を覚えさせる提督の細くないこの掌でこう撫でられる事は、
私にとっては確かに小さくも大きな幸せだと感じていたから。

「こんな時間なのに付き合ってくれて、悪かったな。もう戻ろう」

提督は下腹部の乱れを整えてから、愛想ない口調に戻してそんな事を言う。
私は、本当にこれで終わりなのだろうか、と釈然としない疑問を馳せながらも素直に提督に従った。
火照った体を、涼しいくらいの潮風が撫でてくれていた。


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最終更新:2021年10月21日 16:23