非エロ:提督×大井14-659


時刻はマルハチマルマル。
鉄や鋼が金槌に鍛えられ押し込まれる、耳をつんざく音が響く。
上から日課とされている開発任務の催促を消化しにやってきたのだが、
それについて自分は起床時から全く思考の一枚も重ねておらず、形式上終わらせる事しか考えていなかった。
と言うのも、艦に必要な装備は一通り揃い、
資料に登録出来ていないものといえば酷く製造が難しい極一部の精密な設計のものだけだからである。
そういったものは製造コストが資源に嵩むので、それなら今あるものでやりくりする方針で行く。
空母を例に挙げれば、普通の彗星やら流星やら烈風だけでも十二分な戦力となり得るのだから、
震電とかいうものを製造してみる気はない、という事だ。
冒頭に話を戻すと、そういった理由で自分は端から大井に適当な砲を作らせて報告書をでっち上げるつもりでいた。
時間もかからずに中型艦以下にはお馴染みの十四サンチ単装砲が一丁仕上がり、
大井も反論する様子は見受けられなかったので本題に入る。
話の内容が内容なので、自然と自分の口調は堅い物になる。

「検討した結果、大井は単装砲を捨て、九三式酸素魚雷を従来の二十発から三十発に換装してもらう。異論は……」

「あの。他の艦も、強くしてあげて?」

あるか、と問おうとしたのだが、大井から帰ってきたのは通論とも異論とも判断しかねる言葉であった。
至極穏やかでふわりとした控え目の笑みを浮かべて傾げる艦首、
そしてわざととしか思えない素っ頓狂な論点のずらし方に、たちまち自分の口調も崩れる。

「……他の艦の事よりも、第一に自分の事を気にしてくれ」

「私はもう充分強くなったからいいんです。それよりも北上さんや木曽ちゃんにあげた方がいいと思うんですよ」

確かにそういう選択肢もある。
しかし、兵装実験も兼ねて最先端を走るこの装備こそ、魚雷の扱いの練度が一番成熟した大井に託したいのだ。
それともう一つ。
身も蓋もない事なので口には出さないが、世のあらゆるところで特化型はバランス型よりも有利になるのだぞ。
大井は富士山にも届く程どんどん尖らせて行きたい。

「……そういうことなら、喜んで頂きます」

意外と素直に受け入れた大井は、早速装備換装の為奥のカーテンに向かい手をかけ、何事か振り向く。
綺麗な長髪を予兆なく さら、と揺らして振り向く大井の顔は、
その笑みに楽しげな成分がよく見ないと伺えない程度に盛られていて……。

「私の着替え、覗きます?」

阿呆な事を言ってないでさっさと済ませてきなさい。
両腕両足の装備を変えるだけだろうが。

「っふふ」




数分後、大井は戻ってきた。
魚雷は九三式酸素魚雷のままに、発射管を零式五連装発射管へと姿を変え、
それを両足に四基、両腕に二基搭載している。
大井は初めての五連装発射管が新鮮なようで、それらを手で撫でながら呟く。

「この魚雷火力、うまく使って欲しいなぁ……」

これらの発射管は開発したものではなく、
この鎮守府の戦果功績が認められて試験運用の名目で上から支給された物だ。
試験運用と言っても返す義務はないそうなので気楽なものだ。日々の報告書の作成は一枚増えるだろうが……。
自分もこの目で見るのは初めてで、大井が腕の発射管を眺めている傍で跪き、足の発射管を眺めて弄くり回す。

さわさわ。さわさわ。すりすりすりすり……。

「提督も気になります? 更にいっぱい付きましたよね、って……。
触りすぎなので提督に三十発、撃っていいですか」

「提督が艤装の検査をするのがそんなに悪いか」

「途中から艤装じゃなくて足触ってますよね」

「ついでに船体も磨こうと思ってな。お前はいつでも綺麗でいて欲しいからな」

「いい加減にしてくれないと私、本気にしちゃいますよお?」

状況によってはこの科白は昂りの材料になりそうだが、声色が威圧感を含んでいたので仕方なく離れる。
優しい目尻を貼り付けた笑みはそのままに、
眼力を強めるという器用な顔が出来る大井はいつまで経っても照れ屋だ。全く。

「朝からこんなところで盛らないで下さいね」

その言葉の裏を突こうものなら、局部に魚雷が飛んで来かねない事も考えて自粛しておく。
スキンシップを拒まれた自分は、単細胞生物の如く深く考えずにこのような科白をのたまった。

「足触っただけなのに、水臭いね」

……………………
…………
……

「…………」

この人のセクハラを止めながらも、長い月日の付き添いの下、
昔の私が知ったら怒り狂いそうな気持ちを私は秘めていた。
私からあっさり離れながらも恥も捨てて愚直に不満を漏らす提督に、私は距離を再び縮めようと一歩前に出る。

「もう少しだけなら触っ……」

「提督!」

提督以外の者には聞こえないように発した小さな声は、大きな声に叩き伏せられた。
提督の向こうにいた声の主は、大本営からの任務通達を担当する軽巡大淀さんだった。
大淀さんが探しに来るという事は、何か緊急の通達があったに違いない。
だから、提督が即座にそちらへ意識の全てを向けるのは何ら間違っていない。
間違っていないのだが、腑に落ちない。

「大淀? どうした」

せっかく縮めた距離も、また開いてしまう。
よく考えれば私は秘書なのだから、提督と同じように私も大淀さんの知らせを聞きに行けばいい筈なのだが、
提督との戯れを妨害された挙句に一人取り残されたような処遇で、その場に立ち尽くしてしまった。

「……ああ。……ああ。分かった、ありがとう」

最後にいくつかの書類を渡してから、大淀さんは凛とした面持ちを崩さぬままその場を立ち去った。
戻ってきた提督も、気を引き締めた面持ちに切り替わっていた。

「急で悪いが、用事が出来たから留守番を頼む。午前の演習は休みになるそうだ」

「……分かりました」

何か良くない事でも起きたのかと思ったら、そんな事はなかった。
でも、午前の演習がお休みになるって事は、用事は午後までかかるという事よね。
演習が出来ない。せっかくの五連装魚雷が試せない。
残念だなあ……。
…………。

ぎゅ。

「え……?」

暫く思考が止まり、次に我に返った時には強い力で暖かいものに包まれていた。
目前にあるのは、提督の肩?
抱き締められている?

「ほら、出かけるからって悲しそうな顔しない」

「……し、してませんよ。自意識過剰も程々にしてください」

口では微動だにしない姿勢を演じつつも、
本当のところは間近で感じるこの人の匂いだとか熱だとか、
私の腕と肩をいっぺんに包むこの人の腕、押さえるように腰に添えられた手の感触が気になって仕方がなかった。

「そうか? それにしてはさっき何か言いかけてなかったか」

「提督の空耳ですっ」

「……ふうん」

ここはうるさい工廠なのに。
まして小さい声だったはずなのに。
確かに全く聞こえないような声だったら口に出す意味がないとはいえ、聞こえていたなんて。
あそこで大淀さんが来ていなければ、
多分私は勇気が羞恥心を上回ったままこの人の好きにさせていたかもしれないけど、
あの戯言をこんな形で受け止められてしまっては、時間差も手伝って羞恥心が勝る。
私は何を言っているんだろう、という自己嫌悪に滅多刺しにされるのだ。
そんな私の心情などお構いなしに、この人はいっそう抱擁の力を強める。

「勝手にするけどね。何せ昼過ぎまで帰って来られないんだから、私も補給しておかないと」

「はぅ……」

「あー、暖かい……」

急な用事ではないんですか。
こんな事をしている場合ですか。
秘書として言える事は沢山あるのに、
締まらなくなった蛇口のようにそんな事をのたまうこの人の離す気配のない抱擁に、私は……。

「……熱くなってきてないか、お前」

「っ!」

この人の声色から、口の端が天に向かっているのは容易に想像が付くのだけど、
とうに突っぱねる選択肢を失っていた私は何も出来なかった。

昼過ぎまで、出撃も演習もなく、この温もりもないのだから。



それからは提督の気の済むまでそうしていた。
それから惜しむ間なく別れて、自室に戻ろうとして私は不意にある事を思いついた。

――そうだわ。昼過ぎまで帰って来られないって言ってたんだから、お弁当でも――

食事なんかしている時間はないかもしれない。
手に余らせて迷惑がられるかもしれないけど、知った事か。
思いついてしまった以上、ここで何もしないという選択はない。
実のところ土曜日のカレー以外は殆ど料理はしていないけど、
カレーが作れるなら不味い物は出来ないはずだ。
そう気を持って、朝食時を過ぎた厨房へ向かう。

私の運の悪さが災いしたのか、単に食材の仕入れ作業にでも行ってしまったのか、
頼みの間宮さんは不在だった。
勝手ながら厨房を借り、何とか残っていた少ない食材を駆使して、一つの包みの開発に成功する。
成功……したのかしら。
時間もないし簡単なもので仕上げたけど。
兎に角、提督の身仕度が終わっていないかが心配だ。
包みを抱えて小走りで玄関口へ向かうと、あと少しのところで大淀さんを見つける。

「はぁ、大淀さん! 提督もう行っちゃいました!?」

「ええ、今し方出ましたけど」

何てこと。
ということは、大淀さんは提督を見送ったところか。
一方の大淀さんは、私の手に持っているもので察したようで、どう反応すべきか困ったように苦笑する。

「あら、残念でしたね……」




「作戦が悪かったわ……」

あるいは私の運が悪かったか。
机に突っ伏して腕を枕にしてそう嘆いても、提督の手元にこの包みは渡らない。
自動車だから、空母に頼み込んだところで航空機の燃料が持たないだろう。
そうして行き場を失ったこの包みを持ち、私は執務室で一人退屈の渦中に巻き込まれる事となっていた。
こういう時って、駆逐艦は他の艦と違って大人数で集まって好きに動くのよね。
でも騒がしいのはどちらかといえば好きじゃない私は、それを見習う気にはならない。
それは私だけでなく、北上さんや木曽ちゃんもまた同じ。
北上さん、大丈夫かな……って、そういえば早い昼寝と洒落込んだんだった。
普段の招集頻度は高い方だから、こういう時があれば身を休めようとするのは己の為になるだろう。
ああ、炬燵に突っ伏してぼんやりつらつらとそんな事を考えているうちに、私も睡魔に襲われていく。
姿勢が悪かろうと、こうなると今更自室まで体を動かすのは億劫だし……。
大人しめな色合いの包みを穴が空くほどじっと睨んでいたが、私の意識は段々と低下していった。

……………………
…………
……

不定期に開かれる軍の会議にやっと終わりの鐘が鳴り響いた時、時計の時針は無慈悲にも正午を通り過ぎていた。
議題の一つ一つの話が回りくどいし長ったらしい。
おかげで尻が痛い。

正午は現代日本人にとって二度目の食事時だというのに、
鎮守府の門を通った時、時計の時針はその重要性を吐き捨てるように大幅に過ぎ去っていた。
庁舎に入り、まず持って行くように言われた書類を置いてくる為に真っ先に執務室へ向かう。
歩く足を止めず扉を叩きもせずに開けたが、自分はそれを反省する事になる。

「おっと……」

畳の中心に設置した机で大井が突っ伏していたからだ。
自分がいない執務室にまさかいるとは思わず、反射的に姿勢を正す。
それから自分は音を立てないよう細心の注意を払って扉を閉め、畳に上がり込んだ。
手持ちの書類を机にそっと置き、大井の傍に置かれている包みに意識を向ける。
これは何だろうか。
外からの手触りからこれは弁当箱だと察した。
ではこれは誰のだろう。
こんなものを執務室に持ってくる時点で候補は大幅に絞れるが、確信もない。
食事なら食堂を使えばいいのだから、大井が弁当を持つ意味が分からない。
まずこれを作ったのが大井という確信もないから、大井が寝ている手前誰に聞けばいいかも分からない。
自分が出かける直前、自分は大井から何も言われていないのだ。
どうしたものかと何気無く大井の寝顔を見やった。

「すー……、すー……」

朝の工廠で見せた、あの悲しむような寂しがるような顔はなかった。
大井は絶対否定するだろうが、
自分が出かけると言った時に見せた口角を落とした顔、気落ちした様子を表す声の抑揚のなさは、
落ち込んでいるという事が手に取るように分かりやすいものだった。
それだけにこの安らかな寝顔を見ると安堵するものだ。
その安眠を邪魔しないよう、普段よりも慎重に頭を撫でる。

「ていとくぅ……、んふふー……」

するとどうだろう。
大井は目を瞑ったまま突然口の幅を大きく広げ、大井らしからぬ間抜けな声を漏らしたではないか。
寝息がそのまま続いているから、起きてはいまい。

「おい、しい……ですか……、すー……」

夢でも見ているのか。
寝言で大体察した。
そこの弁当は手をつけてしまっても問題なかろう。
大井なりに男が持つのに合う物を選んだ気遣いが伝わってくる包みを解いてゆく。
箱を露わにし、黒塗りの箸を手に取った。



思えば、大井にさせている料理の殆どは土曜日のカレーであった。
なので大井はカレーに関しては高い練度を発揮出来るが、カレー以外ではそうはいかない。
あまり余計な負担をかけないようにと思っていたが、これはこれであまり良くないのでは、と思ってしまった。
カレーは毎週少しずつ出来が良くなっていったが、変化したのはカレーだけだったようだ。
大井の作ったであろう弁当は、不味い訳ではないが、とても美味しい、とも言えないものだったのだ。
カレー以外は殆ど演習させていないから、恐らく下ごしらえだとか、調味料だとか、火の通し方をまだよく知らない。
レパートリーが不足しているのだ。
これはいけない。
自分の為に出してもらえる飯が美味いに越した事はないのだ。
そうだ。それなら演習をしよう。
興味があって人並みに出来るくらいまで勉強した自分が少し口出ししようかと、
持ち帰ってきた書類を仕分け、少しでも時間の許す限り執務を進めながら考えていた。
勿論大井の寝息を聞きながら。



「んっ、んんん~……!」

筆を置き背を伸ばす。
もうヒトヨンマルマルだ。
午後に演習があるため、あまりのんびりしてはいられない。

「大井、起きろ」

呼びかけて肩を揺する。
大井が瞼をゆっくりと半分開いた。
起動し切っておらずという具合に、顔を上げるにも時間をかける。

「あ……、ていとく……」

目を覚ますにはまだ時間がかかりそうだが、自分は構わず用件を口にする。

「さて、時間もあまりないから、少し私と演習しようか」

「……分かりました」

本当に分かっているのか。
顔でも洗わせに洗面所へ向かわせた方がいいだろうか。
とか考えている間に、何やら大井は行動を見せる。
一体全体どういう理屈か、大井はこちらへ四つん這いで近付き、私の首に両腕を巻き付けてきた。
突然の事に自分は後ろに倒れかけたが、間一髪両手を畳に付き事なきを得る。
しかしこれは同時に、抵抗する手段を失っていた事に自分は気づけないでいた。
そして。

「んんっ!?」

なんなんだ。
何故自分は大井に唇を奪われ、好き勝手に弄られているのだ。

「ちゅ、ちゅぱ、……んん~、んぅんぅ、ちゅる……ぅ」

しかも舌を差し入れ、私の口を開けさせようと歯茎を舐め回し、歯を突つく。
混乱した自分は素直に口を開いてから後悔した。
阿呆か、自分は。
頭の中で反省文を原稿用紙に長々と書かせる暇がある訳なく、
立てこもり犯のようにいとも簡単に舌を同じものに捕まえられてしまう。

「んっ、はむ、ちゅく、んぁ、ちゅる、ふぅ……、えへへー……」

大井らしからぬ間抜けな声を漏らす辺り、まだ寝呆けているに違いない。
そんな調子の大井相手に情けない事だが、碌に抵抗もできずに気の済むまでされてしまった。
こんな事をする意図があったつもりは毛頭ないので、さっさと息を整えて止めにかかる。
大井は言っていた。朝から盛るなと。
どっちが。

「はぁ、はぁ。おい、目を覚ませっ」

口を離した時が隙と見て、倒され気味だった体勢を直す。
畳に付いていた両手を大井の肩に置いて揺らすという少々強引な手を使う。

「……ぁ、あら? 提督、帰っていたんですね」

やっと目を覚ましてくれたらしい。
これで妙な展開は静まると安堵したが、その油断が自分の落ち度だったのかもしれない。

「提督、どうして口の周りをべとべとにしてるんですか。汚いので早く拭いてくださ……」

「お前の所為だ馬鹿」

「……え? あれ、だって、提督、夜戦の演習って……」

「……お前は白昼から何の夢を見ていたんだ」

「……夢?」

大井のその呟きを最後に、見つめ合う事数秒。
きょとんと垢抜けた顔はぼっと赤くなり、困ったように目尻と口角が下がる。
大井が目を下に逸らす。
何やら口を動かしているようだが、よく聞こえない。
大丈夫か、と問おうとするその直前。



「提督の馬鹿ーっ!!」

バチコーンッ!!

「ぐふっ、大井……、私が何をした……」



Oh, ジーザス。
艤装を付けていない艦娘の底力を渾身の平手打ちで表現された自分は、盛大に体を壁に叩きつけられる。
理不尽さとデジャヴと、大井の柔らかかった唇の感触を走馬燈のように思い出しながら、意識を失ってしまった。

……………………
…………
……

その晩。
床に就いた自分は眠るまでに多少の時間が必要そうなので、
駆逐艦イ級の数を数えるのに必死でいた。
リラックスしないと眠りには就けないのに必死とは、寝る気あるのかと突っ込まれても反論一つできない。
そう自嘲していると。

もぞもぞ……。

「!」



「夜戦……、しないんですか?」



ジーザスは言っている。
ここで引くべきではないと。


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大井
最終更新:2014年11月26日 01:41