提督×大鳳・祥鳳 四章14-9

9 :クズ ◆MUB36kYJUE:2014/08/19(火) 13:39:18 ID:zamWRWyc
 四章

 1

 季節は廻った。
 結露に濡れた窓の外では、粒の小さな粉の雪が、密度も薄く舞っている。空調に暖められた寝室、その褥の上に服を脱ぎ去った二人、
獣のように睦み合っていた。
 手元にシーツを握りしめている大鳳は、四つん這いに組み敷かれながら、恥辱の嬌声を肺の絞られるままに発していた。重ねた逢瀬
に躾けられた身体は、被虐の仕打ちにこそ悦楽を見出すようになっていた。乱暴に突き立てる彼のものを、爛熟した女陰が貪婪に咥え
込んでいる。
 がたがたと震えていた肘が手折れると、彼はその華奢な手首を掴み、無理やりに体を起こさせた。より奥を、ただ乱雑に犯す。水音
と皮膚のぶつかり合う音が、大きく部屋に響き始めた。

 「んぁ……深ぁ、ぃ」

 涎を口の端に零しながら、大鳳は悦びの声を出す。焦点の合わない眼や、快楽にだらしなく崩れた表情。理性はとうに失われ、甘い
刺激を際限なく求めるだけになっていた。
 一見、征服の行為に見えるそれであるが、精神的な部分においては寧ろ、追い詰められているのは提督だった。慰めの伽に手を出す
という罪は、後より次第に害を成す蟲毒が如きものである。その実感と悔悟に最も侵蝕されるのは、まさしく行為の最中だった。
 彼女との情交無しには、最早自身を律せない彼である。慰みが仮初であるからこそ、更新を怠れば疵は開く。
 決して寵愛している訳ではない。だが歴然たる事実として、自身は大鳳を必要としているのだった。それを意識すると、むず痒く、
焦燥に駆られるような快楽が、どこか恋慕のわだかまりにも似ているように思えて、独り含羞の厭悪を覚えてしまう。
 射精感に駆られ、腰の振る速度を速めると、彼女は一段と嬌声を大きくした。ドロドロに煮詰まった苛立ちと自責の念が、全て切羽詰
った感覚に塗り替えられてゆく。事の後には、それらの感情が何倍にもなってぶり返す事を承知しながら、彼は悦を享楽せずにはいられ
なかったのだった。
 背に手をあて、小さな体躯をシーツに押さえつけるようにしながら、自身の精を吐き出した。瞬間、彼女の中はまるで搾り取ろうと
するかのように蠕動し、肉槍の硬度がある程度失われても尚、扱きは止まらない。背筋の凍ったように思われる快楽、痛みとも形容で
きるような刺激に、危殆な感覚が沸いて出てきて、彼は慌てて自身のそれを引き抜いた。
 薄ら寒い思いに、腰砕けになって頽れる彼女を見下ろした。回数の重ねるごと、大鳳の性戯はその熟度の高まること留まらず、一向
に限界も認められない。ただ慰めの道具として割り切っているのならば、それは喜ばしいことなのでもあろうが、胸底の怯懦を却ける
ことができないくらいには、提督も仔細な感情を有しているのである。捕食されるような、篭絡されるような恐怖を感じ、しかし彼女へ
の負い目からして、それも受け入れなければならないのだとも思えている。大鳳の望んでいることは分かっていた。だが、それを叶え
るには未練たらしく、拒絶するには未だ惰弱な彼なのだ。

10 :クズ ◆MUB36kYJUE:2014/08/19(火) 13:40:41 ID:zamWRWyc
 心を囚われていた提督の下、大鳳は仰向けになったかと思うと、息の整わないうちに彼の首に腕を回した。

 「キス、ください」

 気の向かい、一旦の制止を呼びかけるよりも、舌の舐られるほうが早かった。上体を起こそうとしても、巻きつけられた腕は固く絞
られ、提督はただ彼女の舌を受け入れざるを得なくなる。無遠慮に口腔内を侵す彼女の動きは、先ほどまでの彼の思考を知ってか、ま
るで口全体を食むかのようなものだった。落ちてくる唾液は残さずに啜り、大きく開いた唇は口全体を覆い、そして舌がところ構わず
舐めあげた。

 「提督、愛してるって言って?」

 キスの合間、彼女は蕩けた声音にそう言った。行為の終わった後には必ず口にされるこの言葉だが、最近は提督も憫殺するのには労
をとっている。流され従ってしまえば、胸の痛みも楽になるだろうことを知っている。遮る喉の引っかかりが如何なるものなのか、最
早彼自身にも分からなくなっていた。

 「今日はね、私も本気なんだから」

 大鳳は独り言ちるようにしてそう言うと、彼の胸を押し、上体を起こした。萎えた陰茎を視界に認めると、一度上目遣いに彼を見つ
めた後、おずおず口を近づけてゆく。

 「んっ……」

 咥えた瞬間眉を顰め、僅かに呻いた彼女だったが、すぐ後には意を決しそれを啜り上げたのだった。
 苦く生臭い行為の残滓が口腔内に広がる。とても快いものとも思えない味、感触であるが、彼の焦った制止の声や肩に置かれた震え
る手。そういった悦からの反応を見てみると、途端に行為に面白さが感じられるようになった。舌を突き出し、亀頭の割れ目をなぞって
みれば、ぴくぴくと脈打つように跳ねる。凶暴な固さで自身を抉っていたものが、いまや与える刺激のまま従順に反応を寄こす。愛お
しさと、溜飲が下がったような心地を胸に抱き、彼女は執拗に刺激を与え続けた。
 提督の立場が苦しい事を彼女とて心得ていた。初夜こそ祥鳳の代わりになる事を嫌った彼女だが、冷静に見方を改めてみれば、代替
の関係とは即ち恋仲である。満足とまではいかないまでも、望み焦がれた状況に、かなり接近したものでもあるはずだった。

11 :クズ ◆MUB36kYJUE:2014/08/19(火) 13:41:15 ID:zamWRWyc
 献身を無碍にできるほど、彼は非情な男ではない。その優しさに恋をした彼女は、故に篭絡の方法を熟知していた。
 未だ絶頂の余韻を引き摺りながら、いつしか彼のものは与えられる刺激へ応じようと中途半端な固さを得ていた。力の入ったような
動きが時折口腔に感じられ、その間隔の次第に狭くなってゆくのが認知される。再度の絶頂の近いことを悟り、彼女は一旦口を離した。

 「提督。私のこと好き?」

 唇には透明な橋が伝っている。亀頭の先に唇を触れさせるだけのキスを繰り返しているうちに、それは自重で折れ崩れた。
 より穢れを意識させる事。即ち取らねばならない責任を意識させる事こそが、彼には有効なのだった。この口淫はそういった打算の
上で行われ、果たして彼の瞳は、動揺と逡巡に揺れ動いていた。
 だめ押しとばかりに、彼女はぬめる陰茎に頬擦りをした。竿の先から根元まで、愛おしむようにキスをしながら、彼の匂いを擦り込
むが如く、執拗に頬を当て続ける。先端に触れた髪の幾本かは、先走りの汁に濡れそぼった。恥ずかしげな微笑をたたえて、

 「私のこと、好き?」

 そう再度言えば、とうとう数ミリの首肯、おずおず二、三回されるに至ったのだった。
 大鳳は口淫を再開した。既に限界の近いことは分かっていたし、弱点らしき部位にも見当がついていた。全体を啜りながら、舌は亀
頭の裏を舐る。ストロークを速めるより、一回の動作を深く丁寧にしたほうが、快楽は大きいらしかった。
 十回ほど繰り返した後、陰茎が一段とびくついたのを感じ取り、彼女は口を離して目を閉じた。放出された白濁は、前髪から頤まで
をも汚し、唇に付着した分は後から舌で舐め取られた。
 顔に受け止めたのは、犯され、穢された事を視覚的に印象付けるためである。先ほど得られた左券の補強として、これほど強固な物
はない。提督の顔つきは昏く、しかしどこか憑き物の落ちた風でもあった。
 今回で、およそ何回目の逢瀬であったか。同衾の褥の下には悉く、眸子光らせ耳朶そばだてる一人の娘の姿があった。

12 :クズ ◆MUB36kYJUE:2014/08/19(火) 13:41:46 ID:zamWRWyc
 2

 「第一機動部隊、出撃します!」

 普段どおりの台詞に颯爽と出撃する大鳳以下六隻の艦娘。その背中を執務机越しに見送る提督は、しんがりの雪風が扉の向こうへ消
えたのを確認すると、手元の内線の受話器を取った。
 三、四回の呼び出し音の後、線が繋がりまず聞こえたのは、がやがやとした喧騒であった。主には声、それから食器具の擦れたり跳
ねたりの甲高い音や妖精の羽音が、おびただしく、氾濫して方耳に流れ込んできた。
 三秒ほどその環境音は流れ続け、つと柔らかに女性の声が耳をうつ。

 「もしもし、提督ですか?」

 さも忙しそうな早口、遅れて妖精へすぱすぱと指示を飛ばしているらしき声が小さく追って聞こえる。再び受話器を耳にしたであろ
うタイミングを見計らい、提督は口を開いた。

 「あ、間宮さん? 今彼女ら出撃したから」

 「そうですか。はい、わかりました。じゃあこれから好き勝手やらせてもらいますね」

 「お願いします」

 語尾の言い切らぬうちに、蒸し器が云々という叫び声が再び小さくスピーカーを振るわせる。喧騒に紛れて細部まで捉える事はでき
なかったが、どうやら普段は使わないような機材を倉庫から運び出すらしい。
 自身の依頼によって大掛かりな手間を掛けさせてしまっているということに、提督はばつの悪い思いを抱いていた。

 「なんだか悪いね」

 本心をそのまま言葉に乗せてみると、

 「いえ、お気になさらず。お安い御用ですよ」

 と、恐らくは笑顔に返答される。
 今後、退屈が予想された。このままできれば雑談したい気分であったが、これ以上受話器の側に拘束させてしまうのも気が引けて、
結局は礼を言った後、こちらから切ってしまった。
 執務室には、途端沈黙の寂寥が横たわり、何かそれが勘弁ならなくなると、何となしに窓を全開にしてみた。寒風吹き込むのも厭わ
ず、換気がてらに潮の音を聞いていれば、ざわついた心は幾らか安寧を取り戻す。
 身辺整理のつもりで、本日分の執務の大半を昨日の内に終わらせていた。徹夜と同義なほどの時間しか寝ていないのだが、不思議と
眠気は欠片も沸いてこない。ゆったりとした時間の流れを感じ、彼はすることもなくただ窓辺に立ちながら思慮に耽っている。

 葛藤がないわけでもない。しかし、こうして先に状況作ってしまえば、意志の問題は封じ込められると考えた。後には厳然とした義
務だけが残され、そうなれば惰弱な自身にも決断ができる。
 意外にも心持は軽く、頭にちらつく祥鳳の影も、憧憬と似たような感覚に捉えられた。決して未練や悔悟など、暗い方向の感情に支
配されているわけではないのだ。未来は明るく予想できたし、過去を思い出として処理できていた。ポケットの中を探り、硬質の立方
体を撫でてみる。しばらくは、そうして無為に時間を浪費していた。
 その後無理やりに仮眠をし、起きたら鎮守府の敷地内を適当に歩いて、そして第一艦隊の帰還は夕飯の時刻の一時間前。入渠の必要
な艦娘はおらず、もはや計画に齟齬の発生する要因は消失した。
 戦闘の報告も短かった。元より、今のレベルのこの鎮守府には役不足な海域だったのだ。この出撃は、提督個人の都合によるものであ
ったわけだが、それを知るのもまた、彼と彼に協力してくれた間宮たちだけなのである。

 「おつかれさま。全員夕飯までに補給してこい。大鳳はちょっと残れ」

 答礼すると五隻の艦は嬉々として、駆け足に執務室を出て行った。不安の僅かに滲んだ表情を湛えながら立ちすくむ大鳳は、互いの
肘を支えるように腕を組み、訝しむ声音に聞く。

 「何か私に用ですか? 提督」

 彼女は彼が机を回り込む間もずっと、視線を寄こし続けていた。
 どう切り出すかは決めていた。そしてその後に続く言葉も、それに対する返事も、もう何回もシミュレートした事なのだ。少し距離
を開けて前に立ち、躊躇いもなく、心緒の平静なまま口を開く。

 「大鳳、ケッコンするか」

 まるで、散歩にでも誘うかのような気軽さ。彼女はたっぷり十秒沈黙した後、ようやく鼓膜の振るえを処理したか、

 「はい?」

 一語、ただそれだけを返した。

 「だから、ケッコンしよう。ケッコンカッコカリ」

 「だ、誰がですか」

 「いまここには私達しかいない」

 絶句。彼女の心は理非より先に、まず猜疑に囚われた。彼のこの言葉は嘘であるはずだと、そう証明するための根拠を無理やりに探
し出す。胸の内を支配するのは、恐れと似たような感情だった。壊れた人形のように頭を振りながら、震える声音で疑問を投げかける。

 「だって私……錬度が足りないはずじゃあ……」

 「昨日確認をした。もう充分らしい」

 「でも、あの提督は祥鳳さんのこと……」

 「もう一年も前の話だ」

 「えぇ!? えっと、いやでももっと、あの……そう! ムードとか。こんな、え……悪戯なんでしょ? 私の反応を見て……」

 「違う。本気だ。……ムードについてはすまない。私はベッドの中でこんなこと言いたくなかった」

 ポケットに手が入れられる。大鳳は彼の手が今何を掴んだのか、そしてこれから何をしようとするのかをも瞬時に察すると、半ば反
射的に踵を返した。
 兎に角、落ち着きたかった。処理の追いついていない思考が、これ以上の負担になるような場面を拒絶した。彼にこのまま押され続
けてはならないと、意識の敷居の下に、防衛反応とも呼べるような観念が結ばれたのだった。

 「わ、私! 補給してくるわ! 失礼します!」

 戸に向かい叫び、彼女は走って部屋を出た。
 指輪も渡せず逃げられるというパターンは、頭の中の予行では三回目に考えられたものである。別段、彼女が秘書であり続ける限り何
時かは機会が巡るのだから、焦る必要も無い。
 提督は分かりやすく進む展開に安堵をしながら、しかし打ち立てた計画では、寧ろここからが本番であった。その事を意識すると、
高揚と緊張の複合したものが腹底に流れだし、思わず長く嘆息をついた。
 一刻の後、食堂に向かうため廊下を進めば、食欲を司る神経を直接握りこまれるが如き香りが遠くからも感じられた。提督は階段下、
敷居のガラス戸の奥を認めると、息を飲まずにはいられなかった。時間と食料のストックとを考慮しなければここまで華美な雰囲気に
なるものかと、ただただ間宮たち食料配給部隊の手腕に畏敬の念を覚えるばかり。
 部屋に入り定位置に着席すると、この煌びやかな食膳、目の前にし続けるには気苦労してしまうほどの絢爛さである。
 彼女の意匠としては、本来ならば一品ずつ差し出してゆくスタイルにしたかったのであろう。供給人数の多すぎる故、それは達成で
きなかったが、寧ろ会席料理の一堂に机に並ぶ様というのは、今回の趣旨に沿っているものだとも思えた。

 長机には等間隔、四五人に一人の割合で酒瓶が給されている。そして各個人の目の前、先付から強肴までが、所狭しとぎゅうぎゅう
に、机の領域一杯に押し込められていた。
 蒸し鮑の小鉢から始まり、白身の、恐らくは鱧の椀物。造りは赤身と小海老、青魚は鯵だと思われた。人参と茄子、里芋に隠された
鯛の切り身の煮物。おまけにイクラの和え物やら鱈の西京焼きやらの乗った八寸までもがあった。
 人の気配を感じ後ろへ振り向くと、いつの間に立っていたのか、得意な表情の間宮がいた。

 「あとホタテの炊き込みご飯と香の物と、止め椀の赤出汁があります。デザートは苺と金柑です。ご満足?」

 「……君はここで腐ってちゃいけないね。小料理屋でも営めばいい。そしたら毎日通ってあげるよ」

 「魅力的な提案ですけど、ますますこの鎮守府の業務が滞りますから遠慮させていただきます」

 礼を言うと、彼女は微笑み颯爽と背を向けたのだった。
 続々と食堂に入る艦娘、その反応は皆一様であった。驚愕と感嘆と疑問である。
 幾人かは、席に着くより先に提督へわけを尋ねに来たが、投げかけた問いは全てはぐらかされるのみだった。唯一大鳳だけは、仔細
な顔つきに黙って彼の隣に座った。空間は何時もよりも騒がしかったが、この両者の間にだけは沈鬱とした空気が流れている。
 六時を回り、号令の為に立ち上がる。ざわつきがある程度落ち着いたのを見届け、提督は用意していたその台詞をとうとう舌に乗せ
たのだった。

 「いただきますをする前に、ちょっと報告することがある。今日の食事が豪華な理由でもあるんだがね。……大鳳とケッコンするこ
とにしたから。以上。んじゃ、いただきます」

 復唱は、普段よりも幾分小さい。言葉の意味が各々に理解されてゆくのと比例して、歓声やら驚愕やらの声が徐々に大きくなってい
った。
 ひとつ契機となったのは、正面に座っていた金剛、昏倒したように白目を向いていた彼女の突然の絶叫である。

 「ノオオォォォゥ!」

 腰を浮かせ半身を乗り出し、わなわな肩を震わせながら提督を睨む。隼鷹の発した冷やかしの歓声が伝播し、あたりは笑いや嗚咽に
途端姦しくなった。
 まったく動じずに鮑を咀嚼している提督。その姿は増大している怒りを更に盛りたてたらしく、彼女の顔は真っ赤になった。

16 :クズ ◆MUB36kYJUE:2014/08/19(火) 13:45:33 ID:zamWRWyc

 「どういうことネ!」

 「言った通りだよ。大鳳とケッコンするから」

 「ノゥ! 私許可した覚えないヨ!」

 「何でお前の許可を貰わなきゃならん」

 「信じてたのニ! 浮気モノ! 大鳳さんも抜け駆けなんてずるいネ!」

 箸を手にしたままぼうっと硬直していた大鳳は、話をふられようやく我に帰ったようだった。

 「わ、私はまだ、返事をしたわけじゃ……」

 取り繕うように言うと、逡巡の後に金剛は表情に安堵を滲ませる。

 「なら、私とケッコンしてもいいはずネ。私はいつでもOKなんだから」

 「お断りだな」

 「ノゥ! なぜ!」

 「……昨日、大鳳は私の部屋で寝たから」

 ようやく小鉢を手に取ろうとしていた大鳳は、聞くや

 「ば、馬鹿っ!」

 そう言って頬を朱にして肩を殴る。その反応はまさしく、提督の口走ったことが狂言でないことの証明でもある。彼女自身その事に
気が付いたのは、周りの艦娘が黙し一様に頬を染めていたのを認めてからであった。

17 :クズ ◆MUB36kYJUE:2014/08/19(火) 13:46:08 ID:zamWRWyc
 金剛は流れる涙をそのままに、目前の料理に手をつけはじめた。

 「姉さま。私がいますから」

 肩に手を置き、半笑いに慰める比叡。そして堪えきれなかった嗚咽が、口の端から漏れ出した。



 「なんや? キミはショックじゃないんか」

 三つの机を挟んだ先、龍驤は隣に座る祥鳳へそう疑問を投げかけた。性格からして大仰に泣け叫んだりはしないのであろうが、それ
でも彼女の様子には悲壮であるとか嫉妬であるとか、そういった横恋慕にあるべき感情が欠落しているように思われたのだ。
 彼らのやりとりを、ただ微笑ましく見つめている。不気味なほど正の方向に傾き過ぎた、そんな純粋の瞳が顔に二つ貼り付いていた。

 「私? ……嬉しいわ」

 感慨深げな声音に、そう返答があった。

 「随分潔いというか、純真なんやな」

 「だってあの人が幸せになるんだもの。嬉しく思わないわけ無いわよ」

 「ははっ。大鳳はんよりも君のが提督のこと想ってたりな。存外」

 「当然よ」

 一体どこに背筋の鳥肌立つ要因があったのか。祥鳳の声音、そして表情に一切差異はなかったのにも関わらず、しかし龍驤は「当然
よ」というこの一語に底冷えする恐怖を感じていた。
 恐る恐る伺い見る彼女を感じ、祥鳳は訝しげな視線を寄こした。そこに、腹の暗い何かは無い。道化を演じる違和感も無い。ぎこち
なく笑顔を返し、彼女はただ忖度し過ぎたのだと思う事にした。

18 :クズ ◆MUB36kYJUE:2014/08/19(火) 13:47:15 ID:zamWRWyc

 「それにしても意外やな。今の時期に……電撃ケッコンや」

 「私はもっと早くにすると思っていたんだけどね」

 「知っていたんか? あの二人がそういう関係やったって」

 「ええ」

 「なら、こんなになる前に奪えばよかったのに」

 龍驤としては、それは冗談を口にしたつもりなのであった。祥鳳も、さも可笑しそうに笑いながら、しかし次に発せられた言葉は意
図を真逆にしたものだった。

 「むしろ今の方が都合がいいわ」

 「……キミ。冗談言うなら、もちっとわかりやすくしてもらいたいなぁ」

 祥鳳は微笑を崩さず、小首を傾げるだけだった。



 樽俎はそれから二時間は続いた。
 執務室に戻ってみると、空調の切れていた為に空気はやや肌寒い。椅子に座り、つい習慣で万年筆を手に取った提督は、机に書類の
無いのを見ると慌ててペン立てにそれを戻した。
 食堂からずっと金魚の糞をしていた大鳳は、この部屋に入ってからは習慣に倣い、彼の隣に突っ立ていた。両者することも無く、ただ
気まずい沈黙を双肩に感じるだけになる。
 先に行動を起こしたのは提督である。およそ五分の後、彼は椅子を回転させ大鳳の方を向くと、軽く両手を開いて膝を出した。

 「おいで」

19 :クズ ◆MUB36kYJUE:2014/08/19(火) 13:47:35 ID:zamWRWyc
 意図を察し半歩後ずさりした彼女は、しかしこの何をしていいのかも分からない状況に疲れていたのも事実だった。渋々といった風
を装いながら、ちょこんと彼の膝先に尻を乗せる。

 「落ちるよ。もっと来て」

 腹に手を回し少し締めてみれば、大人しく身をにじり寄せる。しばらく、恋人同士のするような抱擁の体勢のまま、秒針の振れる音
を聞く。十秒二十秒と経つうち、すっかり彼女は背を預けて、首元に彼の吐息を感じるのだった。

 「ケッコンしよう」

 まどろみの出端を覚えだしていた頃合、突如そう切り出されて、大鳳は体躯をびくつかせた。すぐさま、

 「ごめん。驚かせた」

 と謝罪があり、彼女はかぶりを振ってそれに答える。
 食事中も、冷やかされている最中でさえ、彼女はずっと問いただしたい事が何なのか考えていた。流されてはならないのだという前
提は、何故か初めから胸に根付いていたものである。わだかまり、つかえる感情の切れ端を、果たしてどう処理したものか。一体どん
な返答を聞けば満足なのか。それをずっと思っていた。

 「……何で提督は、私とケッコンしたいんですか?」

 結論としては、やはりこの疑問に落ち着いた。自身と彼との関係はそう明快なものではなく、故にケッコンという楔の打つことをゴー
ルにはできないはずであった。慰めあうだけ、少なくとも提督に恋情は無いんだと諦めていた矢先、あまりに都合の良すぎる提案だと感
じられた。

20 :クズ ◆MUB36kYJUE:2014/08/19(火) 13:47:55 ID:zamWRWyc
 吐き出し切ってみると、返答を聞くことへの恐怖が突如として湧き出した。思わず耳を塞ぎたくなり、スカートを握りこみなんとか
堪える。今まで充分に傷ついてきてはいたが、それでも与えられる胸の疼痛に慣れることはないのである。
 彼は、極めて落ち着いた口調に語りだした。

 「祥鳳のことは、もう忘れようと思った。それに、お前にした諸々の事の責任も取りたかったし、何より私自身けじめをつけたかっ
た。お前の事が好きなのかは……正直言うとまだちょっと分からないんだが。……状況を先に作れば、後から感情もついてくるという
のが私の持論だ。そして、お前とそうなってもいいと思えるくらいには、やっぱり私はお前の事が好きなんだ。だからケッコンしてく
れ」

 一語一語を噛み砕き彼の言葉を理解してみると、自身の想像とほぼ一致したものだった。それが嬉しくもあり、口惜しくもあり。果た
して感情が正負どちらに傾いたのか、仔細過ぎて判断に困る。
 いつの間にか左手が掬い取られていた。彼の指には白銀の輪が摘まれており、その煌びやかさ、無駄な装飾一切を廃された気取らな
い輝きに息を飲んだ。

 「待って……」

 言葉で制してみても、近づいて来る手に躊躇は生まれない。薬指の先にとうとう端が掛かり、だが彼女は最後まで抵抗できなかった。
 諦観と呼ぶには、希望と歓喜の鼓動が煩い。その複雑な感情が胸中に増大し、涙となって溢れ出してくる。僅か指の締まる感触に報わ
れたような気になってしまい、そんな単純さを自嘲せずにはいられなかった。
 歯を食いしばり必死に嗚咽を堪えていると、梳くようにして頭を撫ぜられた。いよいよ耐えられなくなり、向き直って背中へ手を回す。
肩に顔を押し付け、不器用な息づかいに慟哭した。

 「愛してる。大鳳」

 提督の囁きと肩を抱く腕が、感情の濁流を更に昂ぶらせる。その日、彼女は縋りついたまま、いつまでも留まらない涙を彼の上着に
染みこませ続けていた。

21 :クズ ◆MUB36kYJUE:2014/08/19(火) 13:48:21 ID:zamWRWyc
 3

 桜の花弁の張り付いた岸壁を、提督は早足に歩いていた。徹夜による気だるさと尾を引く混乱が、散発的に眩暈を引き起こしている。
 事件発生から既に十二時間が経過していた。ようやく取れた小休憩だが、気の抜けた状態でどこかに座ってしまったが最後、そのまま
意識を失うであろう事は想像に難くない。肉体的疲労と何より心的ストレスが苦しく、意識の敷居の下、精神はどうやらこの現実から
の離脱を求めているらしかった。
 仕方無しに海岸線を散歩する彼であったが、少しも気の晴れる事はなかった。そもそも、外の空気に向精神の作用を期待していたわけ
でもなし。今回の事態、寧ろこれからが本番なのだとも思えている。
 鎮守府玄関に近づくにつれ、足取りは重く、嘆息の出る頻度は増していった。とうとう敷居を跨いでしまうと、途端胸の中を馳騁する
憂鬱。幾度目かの立ちくらみを覚え、彼は下駄箱に寄りかかった。
 険しい山を登攀する心地に階段を這い上がり、なんとか執務室の前にまで辿り着いた。思えば現場を視察しお偉い方の相手をし、携
帯片手にあちこちを馳走していた為に、ここに戻ってくるのも久方ぶりである。
 戸を開けてみると椅子の背もたれに伸びていた大鳳の、がばっと上体を起こすのが視界に入った。万年筆を手に取りながら、慌てた
様子に彼女は叫ぶ。

 「ごめんなさい!」

 「別にいいよ。疲れたなら休んで」

 「大丈夫。ちょっとぼぅっとしてただけだから」

 かぶりを振って無造作に、書類の塔のてっぺんを掴む。
 事態の対応のため処理する余裕の無くなった雑務全ては、大鳳一人に任せてしまっていた。それを依頼した時、慣れない酷な任務で
あるはずなのに、彼女は嫌な顔一つせず無言で首肯してくれた。

22 :クズ ◆MUB36kYJUE:2014/08/19(火) 13:48:57 ID:zamWRWyc
 最後にこの部屋を出たのは、およそ八時間前。決して他人に触らせるなと戒められた横須賀鎮守府の角印さえ預け、連絡一つもせず、
ずっと放っておいたわけである。朝から夕刻まで如何に長く思われた事か。提督の胸内には配慮の至らなかった事への悔悟が、今更沸
き出してきたのだった。

 「すまない。無理させてるな」

 近づき、右手に握られた万年筆を取り上げて、机の上に放る。怪訝そうな瞳には答えず、背後に移動してから、華奢な肩へと手を回し
た。
 彼の体温を久しいと思うのは、状況が作り上げた印象だった。普段、執務の最中に抱き合うことなどないのだから、これほどまでに
感慨深く感じるのも馬鹿馬鹿しい話ではある。
 しかし充足を覚え、ささくれ立っていた心が静謐を取り戻しているのもまた、純然たる事実であった。
 首元の腕に掌を置き、大鳳は口を開いた。

 「……無理してるのは提督の方だわ」

 「そうかな」

 「声に元気がないもの」

 「じゃあ少し分けてもらおうか」

 体を横にずらしたのを見て、彼の意図を察す。眼を瞑り口を差し出せば、すぐに啄ばまれる感触があった。
 キスは一分ほど続いたが、流石に舌を差し込まれる事は無かった。そこに安堵を覚えつつ、やはり残念だとも思えていた大鳳は、突
如気付かされた一つの心緒に途端表情を暗くした。

 「どうかしたか?」

 互いの薬指のものを視界に入れていなければ適当に誤魔化しもできたであろうが、今この関係となった彼に嘘をつくのも後ろめたく
思われ、結局は正直に告白するより他に無い。申し訳なさそうな声音に、彼女は胸中のそのままを舌に乗せた。

 「その、嬉しく思ってる自分もいるの。もう祥鳳さんは関係ないんだなあって。……ごめんなさい、不謹慎だわ」

 きょとんとした表情は、数秒後に微笑に変わった。髪を梳きもう一度軽くキスしてから、彼は名残惜しげに体を離した。

 「ごめん。じゃあ行ってくるから」

 「ええ」

 幾らかのやる気を取り戻し、提督は執務室を後にした。

23 :クズ ◆MUB36kYJUE:2014/08/19(火) 13:49:30 ID:zamWRWyc
 戸の先に消えた背中を見ていると、不安が増大して胸を埋める。唇の残滓を拠り所として、彼女は震える肩を抱き、ただ迫り来る寂
寞から耐えた。


 中央階段一階の脇、柱に隠されるように設置された床扉。
 一畳ほどの大きさを持つそれは、中央に二つ引き起こし型の取っ手があり、その間に挟まれるようにして小さく鍵穴が鎮座してある。
 もとより目立ちにくい場所にある扉ではあるが、設立より長いこの鎮守府。その存在を知っている艦娘も、もちろん幾人かはいるの
であった。しかし開けることを許されているのはこの鎮守府現職の提督のみであり、しかも管理は徹底していた。鍵の在り処は秘匿さ
れ、真相を語ることさえも固く禁じられている。故に噂好きの艦娘の間にも、憶測以上の会話がなされる事はなかったのである。
 一生使う事はないだろうと思っていた鍵。およそ三センチほどの大きさしかない質素なそれを、提督はポケットから取り出した。鍵
穴に差込み時計回りに一巡させれば、がちりと、背筋の寒気立つ音が鳴る。既に二、三度は耳にした音であったが、未だ慣れるという
ことはない。不気味に腹底を叩く感触は、不快以外のなにものでもなかった。
 戸を開けると、地下へと続く階段が姿を現す。コンクリートそのままの壁と踏み段。たとえ初見であったとしても、この空気を肌に
感じただけで、尋常の目的に作られた所でない事は察せるであろう。汚らしいわけではなく、寧ろ清潔と呼ぶことのできる空間ではあ
るが、だからこそ薄気味悪くもあるのだった。
 提督は中に入り戸を完全に閉めてから、足元に点く僅かな明かりを頼りに進みだした。四十段の長い階段を降りきると、白く厚い扉
が一枚、行く手を阻むように設置してある。
 扉の前には一匹の妖精の姿があった。敬礼へ応じ目配せをすると、彼は戸に備え付けられたコンソールを弄りだした。電子音、それ
から短くブザーが響き、少し遅れて施錠の解かれたらしい音も鳴る。再び妖精は敬礼の姿勢を取り、提督は答礼をしてから大仰な扉の
取っ手を掴んだ。
 扉はごく静かに、そして不気味なほど滑らかに開いてゆく。先には狭苦しい灰色の部屋。事務机と椅子だけが物寂しく置かれ、隅には
監視カメラが設置されてある。そして机を挟んだ対面、僅かな微笑みを湛え彼女はそこに座っているのであった。
 再び扉の完全に閉まった事を確認してから、提督もおずおずと席についた。机上の埃を払い、嘆息を一つついてから口を開く。

 「監視カメラの記録機械に細工をした。今から一時間先の映像は、全て五時間前のものに差し変わる。ボイスレコーダーも同じだ。
そこの妖精も懐柔して、私が今ここに来たという情報は完全に抹消される。……お前の望みは叶えてやったぞ。ようやく二人っきりの
時間だ」

 祥鳳は満足げに口角を吊り上げ、一言

 「ありがとうございます」

 と言った。その後、場は沈黙し、互いが互いを忖度する重苦しい時間が流れ出す。

24 :クズ ◆MUB36kYJUE:2014/08/19(火) 13:50:15 ID:zamWRWyc
 十二時間前、朝方五時に発生した入渠ドッグの爆発と火災は、その不自然な建屋の損壊状況から、すぐに人為的な原因によるもので
あると断定された。天井に空いた穴より艦爆を用いて爆撃された事は明白であり、他の施設には被害がなかった事から、敵艦による攻
撃とも考えられない。横須賀鎮守府全空母、軽母への身体検査が実施されようとした矢先、彼女が一人執務室へと出頭した。
 ここに身柄を拘束したのは九時間前。そして腰を落ち着かせて話をするのは、今回の面会が初めてとなる。
 先に静けさに耐えられなくなったのは提督の方であった。彼は懐から報告書のコピーを取り出すと、それを彼女の前に差し出した。

 「入渠中だった艦娘は全員無事だった。だが負傷した妖精は重軽傷合わせて百六十体。ドッグ四基が全損。被害総額が幾らになるか
検討もつかない。……教えてくれ。なんでこんなことしたんだ」

 祥鳳は短く唸った後、

 「一言で言うなら……」

 それだけを言って、焦らすように口を噤む。悪戯っぽい笑顔を向け上目遣いに彼を見ていた。まるで、あててごらんなさいとでも言っ
ているかのような、余裕と嘲りの表情である。

 「なんだ」

 湧き出す苛立ちを隠しもせず静かに怒鳴ると、彼女は破顔しながらすぐに言葉を付け加える。

 「羨ましかったからです」

 「大鳳が、か」

 「はい」

 「……理由になってない。詳しく説明しろ。どういうことだ」

 「長くなりますから、コーヒーでも淹れませんか?」

 兎角、真相を遠ざけ続ける彼女である。逡巡の後、提督は無言に立ち上がり、壁面の内線受話器を取った。扉前の監視員に繋がる線
であり、コーヒーの注文をつけると二つ返事に快諾される。状況は緊迫しているはずなのに、どこか間の抜けた空気が漂っていた。

25 :クズ ◆MUB36kYJUE:2014/08/19(火) 13:50:53 ID:zamWRWyc
 昂ぶった感情に尋問は成功しない。提督自身、そのことはよく分かっていたし、まだ内圧のコントロールもできていた。冷静さを欠
かせることが目的ならば、極限まで甘やかせ続ければ、何時か計画もご破算となる。
 五分ほど経って、戸のノックされる音が響いた。盆を受け取り机に置くと、彼女は奥のカップに指を掛けた。端に口をつけ一口舐め
ると、

 「提督も飲みましょう。お互い冷静に話したほうがいいと思うんです」

 唯でさえ極限にまで疲労を感じている中、椅子に座り、しかも沈黙の時間も多かった。眠気に侵蝕された瞼は幾分重く、悔しい事で
はあるのだが、コーヒーを飲む機会に恵まれたことをありがたく思う自身もいる。彼は一口啜った後、

 「説明を続けろ」

 冷たく言った。

 「私、ずっと提督のことお慕いしていました。昨年の冬の後もずっと」

 「先に私に背を向けたのはお前だ」

 「それは、反省しているんです。自分のした中で過去最悪の行動でした」

 「私に飽きたんだろ」

 「ごめんなさい。それも嘘です。ただあの時は、ずっと秘密にしているのが辛かったから……。それで色々と一杯一杯になっちゃっ
て……あのほんとに反省してます。気が触れたの」

 「……今更遅い」

 断じる口調に言い放つと、彼女は悲しげに眼を背けた。途端、心の根の一部分にじくりと痛みが走り、必要の無いはずの悔悟が胸を
締め付け始める。

26 :クズ ◆MUB36kYJUE:2014/08/19(火) 13:51:19 ID:zamWRWyc
 誤魔化すように更に一口カフェインを飲み干し、だがそれでも胸中の苦さは流されず、追って言い訳じみた言葉を口にした。

 「信用できるわけないだろ。あれからもう一年以上だ。その間ずっとお前は……私がケッコンをしてもずっと口を閉ざしたままだっ
た」

 「ごめんなさい。でも信じてください! あなたのことを想っているのは本当なの」
 「じゃあ仮に信じてやってもいい。とにかく、本題だ。なんでこんなことをしたのかを言え」

 「仮に、じゃだめです」

 「その話はもういいから」

 「よくありません!」

 その時、伺い見た彼女の眼光の、燦爛とした様。口元に笑みは既に無く、背筋の鳥肌立つ凄みが発せられていた。
 白い服の影が伸び、ようやく遅れて祥鳳が立ち上がったのを理解した。ぼやける思考と倦怠の体躯は、より注意を散漫とさせている
らしい。

 「なんだ?」

 近づく彼女に問いかけると

 「信用を、してもらいます」

 短くそう返答される。
 自身の体に違和感を持ったのは、その時ようやくであった。立ち上がろうと脚に力を入れたのだが、まるでその勢いが全て地面に流
れ出すかの如く腰を上げられなくなっていた。頭はずんと重く、何時もの散発的な眩暈かと思われた視界の歪みも、思えば長く継続し過
ぎである。

 「妖精さんを懐柔していたのは、提督だけではありません」

 得意な声音に彼女は言う。視界の隅に映るコーヒーカップ。幾らクロック数の落ちた頭とは言え、原因は容易く特定できる。

27 :クズ ◆MUB36kYJUE:2014/08/19(火) 13:51:48 ID:zamWRWyc

 「何を、飲ませた」

 「酩酊薬です。少し力の抜ける程度の、極軽いお薬」

 上体の体重さえ支えられなくなり、提督は遂に背もたれに伸びた。いつの間にかすぐ目の前に佇立していた祥鳳は、如何わしく僅か
に唇を開き、赤くぬたる舌を差し出して、露わになった彼の首筋を舐め上げる。
 腕で払うくらいの抵抗もできず、ただ舐られ続けるより他になかった。彼女はひたすら鎖骨から頤までを執拗に舐め続け、往復する
ほどに吐息を熱くさせていった。

 「お口のキスは、後であなたからしてもらうから……。今は我慢しますね」

 「な、にが……」

 舌も回らず思考は断裂し、ただ彼女の敷居の下に根付いていた切望のようなものが、感じれるだけになった。上着は肌蹴られ、薄い
唇が胸板を吸う。彼女の欲情の増してゆくに比例して、徐々に接吻の位置は下がっていった。
 とうとうバックルも緩められると、細く凄艶な指が下着の中へと進入した。既に固さを持った陰茎を見つけるや、くるくると周りを
這いずって、軽く握りながら外へと露出させる。
 祥鳳は焦らす事も無く、そして躊躇も見せずにそれを咥えた。長い髪は耳に掛け、丁寧に先から奥にまで舌を伸ばし、ゆっくりと喉
の入り口にまで迎え入れる。
 酩酊の成分以外にも、そういった効用のある薬が混ざっていたのだろう。体の力は悉く抜け視界もぶれるほどの状態なのに、彼女の
口腔の感触だけはぞっとするほどの鮮明さに感じられていた。
 卑猥な音が部屋に響いた。唾液が零れるのも厭わず、祥鳳は激しく頭を前後させている。舌がのたうち回り、時折腰の抜けそうなほど
の吸引があった。
 時間の感覚が希薄になりだした頃合。性の快味を享楽し続け、彼の頭の中は真っ白く塗り潰されていた。限界の近いことを察し、彼
女はより奥まで肉槍を咥え、それからゆったりと唇で扱いた。何度目かの喉奥の感触に、遂に提督は絶頂し、口内へ自身の精を吐き出
しつくすに至る。

 「んっ……く、ぅ」

 祥鳳は陰茎の引き抜かれてすぐ、口を両手で覆い隠し、涙目になりながらもそれを嚥下し始めていた。途中途中に荒く息をつきなが
ら、三十秒ほどかけて何とか飲み込んでいった。

28 :クズ ◆MUB36kYJUE:2014/08/19(火) 13:52:27 ID:zamWRWyc

 「飲みました。……好きでなきゃ、こんなことできないでしょ?」

 口を開け舌を差し出し、彼に中を見せ付ける。まだ頬の裏や舌先には白濁の飛沫がこびりついており、それがいやに淫靡に見えた。

 「何が、目的なんだ……なにが……」

 息も絶え絶え、薬の酩酊と状況の混乱に頭痛を抱え、彼は呆然と口にする。膝上から肩口にまで彼女の体躯がしな垂れ掛かり、そし
て耳元に、とうとう真相が語られだした。

 「提督。私への罰は恐らく解体だけでは済まされません。あそこまでやったんだもの。除籍と雷撃処分……をしてもまだお釣りがで
てきます」

 「腹いせに死んで満足か……。そうまでして私を苦しめたいのかお前は!」

 「いいえ、まだ私も死ぬ気はありませんよ」

 一度体を離し、彼女は眇めた眼に彼を見た。その瞳の明るさ、明々と輝く漆黒の珠に正気を失った者の濁りは無い。何時もと変わらな
い、普段どおりの彼女である。それが、恐ろしくもあり虚しくも感じられた。

 「提督。私を連れて逃げて」

 遂に本懐が吐露される。驚懼に目を見開く提督を見下ろし、彼女は続けて口開く。

 「ずっと、提督がケッコンなさるまで待っていました。提督はお優しいですから、中途半端なままだったら大鳳さんのこと思って首
肯なさらないだろうなって。彼女はもう、幸せを得ました。それから提督への絶対の信頼も。……たとえ二人で逃げても関係を疑った
りはしませんよ。……だからこそ心置きなくここから逃亡できるんです」

 「……私が、それでもお前を拒否したらどうするんだ。お前を忘れて、ずっと大鳳と二人で生きてく選択だってある」

 「提督はそんなことできません。……でももし仮にそうなったなら、その時は私の死という枷を首に巻いて生きてもらいます。一生
繋ぎとめることができるんだもの。……満足、ではないけれど充分です」

 その枷は、恐らく大鳳にも向けられているものなのだろう。自身の恋慕によって死人が出たとして、果たして彼女はそれを受け入れ
ることができるのか。
 祥鳳の策謀に掛かった時点で、既に選択の余地は無かったのだ。再びもたれ掛かってきた彼女の身体。その温かみに諦観の空虚が増
大して、目尻から涙があふれ出した。

 「……泣いているの?」

 「ようやく前に進もうと思ったんだ。進めていたはずなんだ。……なんでお前は、私をずっと、そうやって……」

 「でも、いつも提督は許してくれました。そういう優しいところが、やっぱり私は好きなんです」

 彼女は嫣然として、頬に伝う雫を舐めた。

29 :クズ ◆MUB36kYJUE:2014/08/19(火) 13:53:16 ID:zamWRWyc
 4

 事件から十日後の朝、大鳳が目を覚ますと隣にいるはずの彼の姿が無かった。枕元には一枚の便箋が置かれ、その内容は以下のよう
なものであった。

 『縁を結んだ君さえ捨て置きこの鎮守府を去る事、心より恥じている。弁明をするつもりは無い。同情を買うためにこれを書き残し
ているのでもない。ただ君の優しさに甘え、胸の内の名残惜しさを消すためだけにこの筆を取っている。許せとは言わない。だがもし
君が最後までこれを読んでくれたなら、それに勝る喜びは無い。思えば私は、ずっと君の寛大さに付け入り傷つけてばかりいた気もす
るから、もうこの駄文の初めを読む間に既に見限られてしまっているのかもだけれど。私個人はしばらく君の顔を見れないこと、ひた
すら寂しく辛く思っている。
 この逃避行は、実はそんなに長く続きはしないんじゃないかとも考えていて、だからこれだけ気障に見せかけたものを残しておきな
がらあっさり一週間くらいで連れ戻されてしまって、頭を抱えながら君の横を通り過ぎる羽目になるんじゃないか。実はそんな想像も
していたりする。私が彼女に同行して逃げるのは、あくまで戦友として部下として、彼女を殺すわけにはいかないから。ただその一点
の理由に拠っている。理非より命は優先されるべきというのが私の数少ない信条だった。だから、身の安全を保証できる場所を見つけ
られたなら、すぐに私は、私だけでも帰ってくるつもりだ。君を見放し、心中の旅に出たのではない。薬指の物を外したりはしない。
それだけはここにはっきりとさせておいてくれ。
 とにかく、この先どうなるのかは分からない。だけどもし全てがうまくいって、何もかも都合よく、神様を味方に付けられたなら私
は必ず帰ってくる。君と契った冬の日に、いや身が軽くなればすぐにでも帰るが、できれば冬の記念日に帰還すれば格好もつくかなと
か、そう思った。ただ私の性質はいい加減だから、それが一体いつになるのか、もしかしたら君の期待を裏切ってしまうかもしれない。
勝手だとは思うが、そういう覚悟だけはしていて欲しい。もちろん次の提督がいい奴ならば、君を止める術が私には無いという事も明
記しておこうと思う。(もし帰還した時、本当にそんな風になっていたなら、私は号泣するだろうがね)
 ただの一枚の便箋では、たったこれだけの文字しか書き込めない。最後に、一番伝えたい事を。どうか、体だけは大事にしてくれ』

 枠をはみ出し、直筆の文字は下限ぎりぎりに終端を迎えた。
 今回の騒動について無粋な想像を膨らます者は幾人もいたが、彼女は問われた悉くの質問に、薬指を見せながら答えたという。

 「私は提督を信頼していますから」

 まさしく祥鳳の予知した通りとなった。しかしそれについて幸か不幸か決める権利を有しているのもまた、彼女自身をおいて他には
いないのである。その後の結末について、記すには及ばない。

<完>


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最終更新:2016年10月22日 12:14